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sa






「知っての通りだが、裏切り者のシンタローによって秘石が盗まれた。
この中から刺客として秘石とシンタローの奪還をしてもらう。」





なんて茶番な















決算前夜のその前夜











「勿論シンタローは裏切り者だ。よってその生死は問わない。」

緊急に総帥命令で呼び出されたのは自分と親友と数人の同期生たち。
勿論言葉通りに秘石と一緒に彼の溺愛する息子の死体を差し出そうものならその場で消されるのは明らかだ。

名乗り出る者がいない沈黙のなかトットリは密かにため息をついた。


とんだ貧乏クジだ。


仮にもNo.1の実力をもつシンタローにこの中の誰も敵うはずないのだ。
この傲慢で冷酷な支配者ははなからそんなことは期待していない。
周りを見ればわかる。皆仕官学校や部隊でシンタローに関わったことのある者たちばかりだ。
この中の人間はたぶん本気でシンタローを殺せはしない、しかし同時にシンタローもこちらを殺せない。
シンタローはそういう男だ。ここにいる者達にできるのはかつての仲間としてシンタローに刃を向けることだけだ。
それは同時に任務失敗を意味する。敗北者を団は許さない。


自分たちはシンタローを追いつめるメッセージ。



シンタローが団に帰らなければかつてシンタローと背中を合わせに戦った仲間達は哀れな敗北者となって消される。

捨て身のメッセンジャーの一番手など誰もなりたくはないだろう。
一番生きて帰れる確率が低い。いや、そもそも確率は最初から0なのかも知れない。

この膠着は長引く、トットリはそう思って二度目のため息をつこうとした。








「オラがいきます。」





すぐ真横から聞こえた声はトットリの思考を止めるのに十分だった。



































ミヤギの部屋はトットリと同じだ。望めばひとり部屋も可能だったがあえてそれはしなかった。






「………いくだらぁか。」



「おぉ。明日の朝には出発だべ。」

ミヤギはこちらを振り返らずにいそいそと己の武器や物資の準備をしながら明るい声で答えた。

手を休めずに独り言にしては大きく、不自然に明るい声が響く。


「…すっかしシンタローも馬鹿だべな~。ガンマ団に逆らうなんて。」

「オラの真の実力をみたらビビってすぐさま団に帰ることになるべ。」

「おめぇ以外には明かしてねぇこの生き字引の筆の威力に驚く顔が目に浮かぶな。」














「…………ミヤギくん。」




絞り出せたのはそれだけ。









「あっという間に秘石とシンタローを連れ戻して大手柄だべ!
トットリ、オラのほうが大出世したらオメェはオラが面倒みてやるから心配すっな。」

「ん~この仙台銘菓萩の月ももっていくべきだか?いや柿の種も捨てがたいべ。」











「…ミヤギくん。」






「ん?なんだべトットリ。」










「…………行かないでくれっちゃ。」





いったら帰ってこれないのだ。


死ぬかもしれないのだ。












「……………わかっとるべ、トットリ。」





「でも誰かが必ず行かなきゃならねぇべ。もしかしたら本気で命を狙ってるヤツもいるかもしんねえ。そんなやつらにシンタローを任せらんねぇ。」





「オラが絶対シンタローを連れ戻す。」







ミヤギの声はしっかりとしていた。







いつもそうだ。

ミヤギくんは前向いてばかり。後ろにいる自分になど構ってはくれない。

こんなに近くにいるのに。

こんなに想っているのに。











「…でも、もし…」


「ん?」

「……もし、ミヤギくんがピンチになったら、今度は僕がいくっちゃ。僕ら二人がそろえば無敵だっちゃよ。」




だったら自分は。


自分は絶対に後ろを離れない。

いつだってミヤギくんを支えられるように。安心して前を向けるように。




「おう!そんときは頼むべ!」

やっと振り返ってくれたミヤギくんの笑顔はまぶしくて、僕は思わずミヤギくんを抱きしめた。








「必ず帰ってくるっちゃよ。」




「………おう。」





















「僕たちはベストフレンズだっちゃ。」
















2004/





BACK



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s


何でも知りたいお年頃




休日にくつろいでいる俺様と紳士

できたてのクッキーをかじりながら、一人は読書、一人は自作クッキーの品評中。

流れる時は緩やかに。





「…シンタロー。『あつかうく』とはどういう意味だ?」

「は?!あつかうく?」

「そうだ『扱く』だ。」

「そりゃ『しごく』って読むんだよ。」








「シンタロー。」

「今度はなんだ。」


「『男女男る』というのはどういうことなんだ?」

「…だんじょだ…?…あ─…」

「……キンタロー。」

「なんだ。」

「……お前は何を読んでいる。」

「マジック伯父貴から教養を深めなさいといわれて貰った『パパとkiss in the ガンマ』だ。続編もあるぞ。」

「今すぐ燃やせ───────!!」






2004/





BACK



ss
平凡な日常ほどありがたいものはない。
ない、が、≪ここ≫ではそうはいかない。
≪ここ≫での平凡は外の領域からみればまた特殊で。
いくら殺し屋集団の看板を取り払ったとはいえ、
≪ここ≫―――『新生ガンマ団』とは、平凡な日常というものはまずあり得ない。



チュド―――――――ンッ



・・・今日も今日とて在るべからざる場所から放たれる青の一族の秘技が鋼鉄な本部を揺るがし大勢の団員をざわめかせ、
一部の幹部を嘆かせる。






領域・~テリトリー(前編)





在るべからざる場所―――そこはガンマ団総帥の部屋。
豪華な―――しかし現総帥が今の地位に就任する前に全体に模様替えをした為、
決して嫌味ではない装飾が施されている。
そこに佇む二人の男。
二人は全くと言っていい程似ても似つかない容貌である。
一人は長い黒髪を、以前よりは日焼けの落ちた小麦肌に滑らせた男。
歳は・・・20前後に見えるだろうか。実年齢はもう三十路を控えているのだが、
マリアナ海溝よりも深すぎる事情により外見年齢はまだ青年になったばかりというところ。
意志の強さを物語る瞳は髪色同じく黒曜石。
【G】というロゴ入りの真っ赤なスーツは前総帥から(無理矢理に)受け継がらせたもので、
それからこの男が現総帥のシンタロ―である事が伺える。
趣味の悪いと言われた新着した同デザインの総帥服だが、想像するのとは大違いに彼とマッチしている。
黒髪と相性が良いのかもしれない。
もう一人の男はシンタロ―が黒い髪・瞳に対して見事なまでの金髪に蒼瞳を持ち、
さらさらと流れるような絹を連想出来るシンタロ―の髪とは打って変わり、かなり硬質である。
服装は特に派手でもなければ地味でもない。
ただ紫を基調にしている為か、どこか攻撃的な印象を全体に与える。
銜え煙草が猛禽類のような攻撃性を助長してもいた。器用に灰は床に落ちる事はないのが不思議だ。
特に目立つのが金髪に対して、何故か自生した黒眉でそこから獅子舞又はナマハゲ―――もとい、
前ガンマ団総帥の二番目の弟であり、特選部部隊隊長のハーレムだと知れる。
両者ともその整った顔立ちによりかなり目立つ。
男女問わず、一度見たらそうそう忘れられるものではないだろう。
佇んでいると言うよりは睨み合っている―――しかも互いに戦闘準備万端と言った風であり、
実際もう互いに一族の秘技を繰り出し合うと言う真に穏やかではない事をし合っている。

「ったく。何でこんな事ばっかりすんだよアンタはッ!」
「相手が弱過ぎんだよ。とっととケリつけた方が効率いいだろうが。こちとら忙しいしな」
「どこが忙しいってんだよ!いっつもいっつも競馬と酒に溺れやがるヘビースモーカー親父ッ!!
もうガンマ団は殺し屋じゃねーって何度言わせればいいんだアンタはッ!!!」

ガンマ団が暗黒面で名を馳せていた血生臭い歴史は長い。
それだけに不殺だと公言してもなかなかに殺し屋のイメージは世間から拭う事は難しく、
試行錯誤悪戦苦闘の毎日に丈夫だと自負している胃もキリキリと痛む―――と言うのにこの叔父は、
まるで自分の足を引っ張る所業ばかりで向ける怒りも並ではない。
額に青筋をデカデカと浮かべてシンタローが人差指をびしっと向け指すと、
口元は相変わらず笑みを残しているハーレムの蒼瞳が変わる。
気付いた変化に身体が凍り付いていくような感覚。


自分は何か特別な事をしたのか?
交わされる言葉の内容はハーレムがこうして大きな問題を抱えてくる度に激しい衝突を引き起こす、
終局の見えぬ平行線。
だからこそ脱力する程の今の会話にいつもは感じられない反応を見せた叔父の心情は分からない。
分からないが―――・・・
何か、あるのだ。
目の前の男の気に触れた言の葉が。


「もう殺しはしない?―――はっ!見せかけだけの奇麗事だな」
「んだと・・・っ」
「お前だってしてるだろ。
この前893国にどデカイ眼魔砲をぶちかましてくださったのはどこのどいつだァ?」
「あれは半殺しで済んでる!誰も殺してはいねぇよ!!」
「似たようなもんだろうが」
「違うッ!生きてるか死んでるかの違いが出てくるんだぞっ!!」

それだけで大きな違いだと口にする、若き新総帥の何と幼い事か。いっそ憐れだなとも思ってしまう。
世間を知らな過ぎる器だけ大きい、けれどただそれだけの総帥。

「死ななければいい。そりゃあ違うんじゃねーの?」

胸の中に溝が出来る。
それはさらに範囲を広げ、その内部に侵入するのはマグマのような純粋な―――単純な怒り。
せき止める法をシンタロ―は知らず、今日もまたこの言葉で二人の言い争いは終結を迎える。
それはあまりにも単純であっけなく面白みもない。

「出てけ――――ッッ!!!」





あれからどれくらい経ったのだろう。
ハーレムが憎たらしいまでの笑みを浮かべて立ち去った後、シンタロ―はすぐさま今日のノルマに取り掛かろうと、
叔父との喧騒の残り火を押しのけながらもパソコンでの作業へと頭を切り替える。
が。
イライライライラ・・・。

「あ~~~!!!ムカツクゥ―――――――ッッ!!!」

シンタロ―総帥、ハーレムと別れてからこれで数十回目の叫び。
PCを立ち上げてもエラーを出し捲くるわ折角打ち込んだ文章もデリートさせてしまったりでちっとも進まないではないか。
とにかく苛々して仕様がない。頭をガシガシと乱雑に掻き回して背凭れに体重を乗せる。
ぎしっ・・・と鳴る音が妙に虚しい。そして腹ただしい。
考えるのも嫌なのだが無視ることも出来ないトラブルメーカーな叔父の事。
もう彼との衝突は日常茶飯事に達している。
今回のように任務先で目に余る事をしでかしたとのものだけでなく、プライベートな時でも、だ。
出会えば何故か二人の間に衝突が起きる。殆どハーレムから仕掛けるのだが。
シンタローがその挑発にのってしまい勃発し、先程の状況になるその繰り返し。
最後に残るのはどうしようもない、あの男に対する消化出来ない怒り。
けれど今シンタローが感じているのは、様々な身勝手言い分ばかり述べる彼に対してだけの怒りではない。
男の言葉がリフレインする。


―――見せかけだけの奇麗事だな―――――死ななければいい。そりゃあ違うんじゃねーの?――・・・


分かっている。出来るだけ相手を傷付けずに済めば良いのだと常に願っている。
いるが・・・。
その事を忘れてしまう時が確かにあるのだ。
こうして我を忘れかけるくらい感情が高ぶると、願っていない言葉もついっと出てきてしまう。
感情に流されるのは総帥として汚点他ないだろう。
願ってはいない・・・・・・けれど心の奥底、“思って”はいる。
命を奪わないで済めば相手を傷付ける事を大目にみてしまう自分がいる。
そんな愚かな事があろうか。
平和を望むなら穏やかに事を進めなければならない―――けれど、
それに目を閉じて耳を塞いで・・・行われる己の手で、指示で行われる破壊。
平和が訪れるのは事実だ。
それでも破壊の元に行われたそれは、真の平和と言えるものではない。
その事実を一番の破壊衝動者に突きつけられる。
普通の者なら気にもせず聞き流すそれを、あの男は掘り返す。
忘れるなと囁くように・・・。
それが優しさからくるものだったら、まだ素直に聞けよう。
けれど彼の場合は―――明らかに自分に対しての挑発行為からだ。
感じる、彼が自分に向けている感情に。それは殺意なのだろう。
あれほど激しいものを感じない筈がない。
男も隠す気がないのか。全てをシンタローにぶつけてくる。
その元で真実を知らしめる。奇麗事を並べて言葉と矛盾している真実の自分を。
・・・・・・・一番胸を占めているのは自分に対する怒り。
忘れていた事に対しての。
忘れようとしている自分に対しての。
意識してではないけれど結局はそうなのだから言い訳するのはあまりに惨めで無意味。
所詮口先だけのキレイゴト。

「第ッ一!!アイツは何かにつけて俺に突っかかってくるんだ!」

けれど、その全ての感情を叔父に全面向ける事でそんな自分と思考を避ける。
それが卑怯な事だと内心理解していながら、認められずに足もがく。
あまりに怒りが今は何よりも勝っている為か、言葉を掛けられるまで戸口の気配に気付かなかった。

「ご機嫌斜めなトコ、すみまへんけど・・・」

遠慮深く様子を伺うように入ってくるアラシヤマの片手には大きな封筒。

「―――っ」

消して気配を消していた訳でもないのに気付けなかった。そんな自分に更に苛立つ。
積み重なる怒り憤怒、交じり合うマーブリング迷彩色の思考。
気付けなかったのだと決して悟られてはならない。
多くの人の上に立つとはそういう者。
常に冷静な判断と威厳を保ち尊敬を浴び、人を動かせるよう勤めなければならないのだ。
自分の父がそうであったように。

「んだよ」

けれど保とうと勤める冷静さをこの男の前では欠いてしまうのは、
身近な存在として無意識な認識をしているからか。
不機嫌さを隠さずに―――隠せるものなら実際は隠したいのだが―――夜中の訪問者を苛立ちの眼光で見据える。

「苛立ってますなぁ」
「るっせーよ」

相手にも分かるあからさま溜息をつかれ、更に苛々が増してしまう。
きっと自分の心臓はグツグツと煮立っているんだろうと冷静な部分が残っている自分がいれば、
そう客観視するかもしれない。
アラシヤマがここに来たのはハーレムとシンタローの騒動を聞きつけてきた野次馬心からでなく、
先日赴いた地区での報告書を渡しにきた事は右手に納められている茶封筒から知れる。
用件はそれだけであろう。それを置いて早く立ち去れと、に言葉を鋭く乗せてやる。
しかしその程度の嫌悪態度をとられたくらいでこの男が立ち去る事はない。
それは冷たくあしらわれる事に慣れているからか、
それとも師匠の弟子いびり(・・・。)から培われた打たれ強さか。
・・・・・・どちらかを取らねければならないとすれば、後者の方がマシな気がする。

「またハーレム様どすか?」
「関係ねーだろ。テメエには」

否定しないところからして答えになっていないようだが100%肯定であるようだ。
無視を決め込もうとするがなかなか立ち去らない男に苛々し、発する言葉がつい冷たいものとなる。
普段は冷たくないのかと問われれば返答に苦しいものはあるが。

「気が散る。帰れ」

彼の深いところまでの心情を読み取り、眉を顰める。

―――これは・・・相当ご機嫌斜めみたいどすな。

いつもより、という意味で。
普段ならばもっと遠まわしな言い方で立ち去るよう言う。
例えば明日も早いのだろうから早く休息を取らないと業務に響くぞ、とか。
帰れと言われても、このような状態の彼を放っておけない。
彼でなければアラシヤマも関心を持たずに立ち去ろうが、
相手がシンタローであるならばどうにかしてやりたいと保護欲のようなものが湧く。
その原因は、やはり―――

「シンタローはんの立場―――心情を他の親しい誰かが抱いています時、
あんさんはそれを黙って見捨てる事が出来ますの?」

自分は出来ない。
親しい者は少ないが、この男とは浅い仲ではないのだと自負している。
何より自分はこの男に心底惚れ抜いているのだから余計に―――。
くるりと身体ごとアラシヤマに向けるシンタローの表情は冷たい。微かに浮かべているその笑みも。
姿勢悪く右肘を立て顔を乗せる。僅かに顔を傾けた事で、さらりと長く伸ばされた黒髪が揺れた。

「俺とお前が親しいって言うのか?」
「違います?」
「大違いだ」

即答。
けれど、知っている。気付いている。言葉とは裏の彼の本心を。それは思い上がりじゃない。
いつも自分には冷たい素振りばかり見せる彼だけれど、隠されたココロを自分は知っている。
隠そうとしても隠し切れない無駄な足掻きをどうして彼は手放さないのかも知っている。
自分をそう簡単に誤魔化せないしさせはしないのに。


―――声が聞こえますよって。


以前、誰かに自分はこう言った。
確かまだ彼の父親が総帥だった頃、まだ現総帥が一団員でしかなく、まだあの島の温もりを知る前の頃。
もう顔も声すら覚えていない一団員の男がシンタローに対して言ったのだ。
そう、その時。
何時ものように冷たくあしらわれたアラシヤマに同情しての発言。
友達はいない彼だが、彼を慕う者は皆無ではなかった。
その中の一人の男がシンタローが去った後に悔しげに漏らした。


「シンタローさんは冷たい人ですよね」
「なしてそう思いますの?」
「えっ・・・だって・・・」


彼が自分に冷たい態度を取り続けるから?


「声が聞こえますよって」
「声?」
「悲しい声どすなぁ・・・。ああ、あんさんは泣いとるんですか?」
「アラシヤマ様・・・?」


その言葉はもはや男に対してではなく、別の強情な誰かに向けて。
声が聞こえた。
それは幻聴などではなく、真実(ほんとう)の彼自身。
それを彼に言おうならば間違いなく否定され、同時に眼魔砲の一発でも撃たれるのであろうが。
だからこれは自分だけが抱くもの。
そしてシンタロー自身が気付かなければ、頑固な彼は認めないのだろう事。
彼の内面考察は今は切り離そう。それより今聞いておきたい事がある。
自分が親しいものではないと言うならば、あの男はどうなのだろう。
今、シンタローの思考の大部分を奪っている彼の事は。
彼に寄せるシンタローの想いが敬愛や親しみではない事を知っている。
二人の間に何事もなければ、
無意識博愛者であるシンタローが相手に対して負の感情を抱きはしないのだろうけれど。
憎しみの感情にすら嫉妬を感じる自分はどこまで欲深いのであろうか。

「ハーレム様より、わてはあんさんとの距離があるます言うんですか?」
「・・・何故にそこでその名前が出てくるんだ」

何故?
それは。
嫉妬という一感情。
下らないプライドがそれを相手に伝えようとはしない。
伝えなければ当然伝わらない。
これがもっと心の芯からの深い間柄ならば伝わるのかもしれない。
けれども自分達はそこまで深くはないのだと
、親しい者とは自負していても悲しきかな、否定は出来ない認識。
ただそれは年月の問題ではない。
無論年月は親近感に大きく作用するが。
最低ラインでもあの島の小さな王者ほどに、彼の心に近付かなければ。

―――えらい高いハードルですなぁ。

一年半以上。二年は経過したであろうか。
自分がシンタローを知った14から約十年。
嫌悪感と認めたくはなかった激しい憧れを抱いて、彼の傍に居た。
それに比べればずっと短い2年にも満たない歳月で、彼の親族よりも何よりも、
きっと心を砕いた最愛の弟よりも、南国の幼い王者は何の策略もなしに彼にとって最も心傾けられる存在になった。
そしてその王者もまた。そこまで思考を巡らせてはた、と気付く。
最初は彼の叔父に対して沸きあがらせられていた嫉妬心が、
いつのまにか別の人物に向けていた事に驚いた。
当初のものと随分掛け離れてしまっていた事に、しかし笑う事は出来ない。
それだけ彼は多くのものに愛され、そして彼もまた多くのものを愛する。
今、彼の怒りをかっているハーレムにも、もしかしたら・・・・・・いや、きっと・・・

「アラシヤマ?」

訝しげに自分の中に突然閉じこもってしまった青年を見やる。
いつも自分の殻に閉じ篭ってしまう事は彼には珍しい行動ではないが、それがいつもとどこかが違う。
それは―――そう、直感。確かに働く第六感。
それ程先程の問いには答え難いものであったのか。
ただ単に一例としてハーレムの名を持ってきただけなのか。
何もこんな時にその名を挙げる事もないだろとは思う。
思うが。
ともかく・・・

「アラシヤマッッ!!」
「・・・えっ!?・・・あ、な、何ですのん!!?」
「~~~~~ッ・・・。・・・・・・あのなぁ・・・何だ?はこっちの台詞だ」

質問に答えず自分の殻に閉じ篭る男の思考に割り込むように名を叫び呼ぶ。
返ってきたのが素っ頓狂な返事だった為か大きな脱力感が襲ってくるのは仕方がないのか。
段々に怒りより呆れの方が強くなった気がしないでもない。
つい漏れてしまう溜息。
相手に聞こえるか聞こえないかの小さなものだったが、
しっかりと相手には聞こえたらしく困惑の表情を見せた彼。
相手の機嫌を更に悪くさせたのだろうかと思ったからだろう。
実際は、ただ、

「もういいや。こうしてるのが何か阿保らし」

話が食い違い繋がらず更に複雑化していく彼との会話は意味不明で生産性がないのだと、
手をひらひらさせて特別意識してではないだろうけれど思いを表し、その視線は宙を仰ぐ。
ちらり、とディスクに詰まれた書類に目を配る。
自分にはまだまだ山のような仕事がある。
それの為の時間を、
例えるなら最初から繋がりもしないバラバラのジグソーピース問答の為に随分と費やしてしまった。
はっきり言えばこれ以上の無駄な時間を打ち切ろうとの意味が、言葉の中には込められている。
それをアラシヤマも気付いているのだろう。何も言わないけれど、きっとそうだと妙な確信がある。
先程から彼には冷たい又は素っ気無い言葉ばかり投げてしまっている。
アラシヤマが嫌いな訳ではない。
普段は「嫌いだ」「うっとおしい」等言ってしまうが。
そしてそれは嘘でもないけれど、真実でもない。
冷たくしてしまうのは癖みたいなもの。
不器用な一種のコミュニケーション。
それは先程も提示したが嫌いだからではなく、
不思議と親族を抜かせばこの団内では気軽に接する事が出来るから。
彼が何か自分に訴えようとしているのは何となく分かる。
根拠もないもないただの感だけれど、きっとそれはお互いにとって、大切な事。
けれど対話する程の時間の余裕がこちらにはないのだ。
そして相手も高幹部の地位。それは総帥ではない自分程でないにしても多忙を余儀なくされる身。
不器用ながらシンタローなりに気を使ったつもりなのだ。
隠された本当の思いが伝わるか伝わらないかは相手の受け取り方次第。
互いの親密の度合が深ければ深い程正しく思いを汲む事が出来る。
確かに二人はあの島で故意ではなくとも隠されていた心をお互いに見せ合えた。
全てではなく、多少歪んだものだったけれど。
確かに。
それでも。
まだ足りなかった。

―――阿保らしい事・・・?

アラシヤマの表情がおどおどしていたものから一変し、シンタローの発した言葉を心中にて反復する。
自分の想いが?
他の誰かとの彼との関わり一つ一つに対する嫌悪感が?
その全てが陳腐なものだと?
決してシンタローはそこまで思って言っているのではなかった。
けれど最初にすれ違ってしまった二人は思いが混じる事はなく、平行線を辿るでもなくすれ違い、
時間をかけず大きな亀裂を作る。
陳腐なもの。
違う。いつだって自分は真剣なのだ。
彼に関しては全て。
想いは感情的な叫びとなり、止め処もなく溢れ出す。

「阿保ちゃいます!真剣なんどすえ!?」

いきなり常ならぬ怒鳴るアラシヤマに酷く驚き、目を丸くして一変した彼を見る。
言葉にしなければ伝わらない想い。
伝えなければならない想い。
越えなければならない境界線(テリトリー)。
大きく息を吐き出し、キッと相手を見据えた。顔面だけでなく身体中が火だって熱い。

「わては・・・わては、シンタローはんの事が・・・・・・」
「俺の事?」

まだ驚きながらも確信に迫るだろう言葉を待つのはシンタロー。
伝わって欲しくて反比例して言い出せなかった想いを言の葉に乗せるのはアラシヤマ。

「~~~好・・・きなんどすッッ!!」

言い終ったが同時に、
重労働後のようにどっと疲れが噴出してその場に崩れ落ちそうになるのをぐっと堪える。
やっとの思いで吐き出した、心の小箱に大事に大事に秘めていた切望色の想い。
すっきりしたと思えたのは一瞬で、今度は一気に顔が朱に染まりまた青くもなる。
長い間伝えれずにいた想いを遂に告白してしまったとの純粋な羞恥心と、
告白に対する相手の返答に期待と不安が交差する。

―――つ、・・・遂に言うてもうたっ!

整った容貌からか、一人で居る事が多いからか、はたまたガンマ団No.2という肩書きからか、
仲の浅い者(主に部下)から見ればアラシヤマはクールな上司。
やや大げさに言えば孤高の御方と憧れ的な眼差しで見られている。
特に新幹部や士官学校生などからは決して少なくなく尊敬を受けており、(※悲しきかな、当の本人はそれを知らず)
又、親しき同僚その他から見れば執念深い根暗男と見られがちなこの青年も、
クールで孤高なお方と見られようが根暗と言われようが根っこは極めて純情。
恋愛関連に関しては友愛以上に小心であるが故、
この告白が如何に勇気を振り絞ったものだったのかは想像に難くない。
体内で煩いほど響き渡る心臓が運んでくる血流が面中心に集まる。
今直ぐにでもここから逃げ出したい衝動を押し留めながら返答をただ黙して待つ。


待って。



待って。



待って。




―――アレ?

返答なし。
更に待っても同じ事。
何故。
突然の告白に彼は戸惑ってしまったのだろうか。
無言相手に不安が更に募り、恐る恐る彼と下げていた視線を合わせた。

「シンタローはん・・・あの・・・」
「あ?」

その声色は快・不快のどちらも伺えぬもので、
決死の告白を受けた者の反応とはあっさりとし過ぎている。戸惑いの様子はまるでない。

「わて、今言うたでっしゃろ・・・。あんさんの事が・・・っ!」
「言ったな。好きって」

あまりにもけろりとした返答にはて?と疑が過ぎる。
何かが擦れ違うような―――冷風が塀の亀裂に吹き抜けるような―――何か―――。

「せやさかい、お、お返事頂きたい・・・・んどす・・・けど」
「返事?いっつも言ってるだろ」

疑が確信へと近づく。それはもしや。

「いっつも好きだの親友だの言ってるじゃねーか」

見事に嬉しくないビンゴ。
確かに普段の彼も直に『好き』とは言ってはいないが、同等な言葉を彼に投げ掛けるのは日常茶飯事だ。
だからシンタローはアラシヤマの『好き』を友愛だと判断した。

―――果たしてそうでっしゃろか。

心の亀裂が更に開く感覚。
それを抉じ開けるのは自分。
キッカケは彼。
気付きたくない。


―――知らない方が良い事だってあるのよ―――


幼い頃にそう、自分に何故か哀しそうに告げたのは誰だったのだろう。
その時頭を撫でてくれた人の顔は今ではもうぼやけてしまったけれど、口元に浮かんだ笑みは忘れない。
笑っているのに、今にも泣きそうだった。その言葉が今となってリフレインする。
気付いてしまうのは自分。
その原因なるのはシンタロー。
今までの『好き』は嘘じゃない。
けれど今まで発してきた『好き』は今抱えている恋心が生んだ『好き』とは種が全く違う。
シンタローが判断したであろう友愛の『好き』。
それは今までの『好き』。
伝えたい『好き』は違う『好き』。
踏み出そうともがく想い。
更に踏み込む彼との彼が作った境界線。
踏み出すのは怖い。
けれど。

「ならこう言えば分かります?―――・・・愛してます、シンタローはん」

踏み出さなければ、きっと何も変わらない。

「・・・・・・」

無言でこちらを見つめる彼の面は先程の告白を受けた後とは明らかに違う。
伝わった筈だ。確実に。
不思議と二度目の告白に気恥ずかしさをそれ程感じなかった。
二度目だから、ではなく、まるで愛の告白をしたと言うよりこれは説得に近いと何故か思った。
それが、無性に悲しいのは何故―――?
無言無表情でアラシヤマの視線を受け止めていたシンタローは、
硬くも感じられた面を溜息と共に切り替えた。
まるで聞き分けのない子どもに向ける顔。それそのものだった。

「なあ・・・、好きも愛してると同じじゃん。『好き』がすっげー『好き』になっただけでさ」
「シンタローはん・・・」

搾り出すように出た相手の名を呼ぶ声は、泣きそうで。
どうして哀の想いが押し寄せてくるのか、もう知っている。
何度目かの震えが両の拳に走った。

「お前、書類提出しにきただけだろ?もういい加減帰れ。
こっちだって日常会話を楽しむほどの時間の余裕はねーし」

これで打ち切りと言葉を遮断し、くるりとディスクワークに戻ろうとするシンタローの右腕を強く掴んで轢き留めたその手は、
意識するより早く。
アラシヤマの瞳に焦燥感は消えうせ、代わりに怒りに似た色が浮かんでいた。
けれどそれは決して怒りの感情ではなく。

「違いますッ!!」
「何が」

何が、違う?
今までの『好き』と今伝えた『愛している』の違いを彼は気付かないのだろうか。
そこまでシンタローという人物は人の感情に疎かっただろうか。
いや。

「本当は知っとります筈ですわ」
「知らない・・・」

伝わっている。
だからこんなにも彼は真っ直ぐなアラシヤマを見れない。


最初に『好き』だと言った時。その時は気付かなかったが、彼は一瞬だけ瞳を揺らめかせた。
けれど彼にはまだ平常心を保つだけの余裕があった。
直ぐに相手の言葉の意味に気付かぬ振りも出来た。
『愛している』と言われた時にも相手の本心を細かく探っていた。
その言葉は真実なのか否かを。
次に『愛している』と言われ、彼の瞳や声色・伝わる全てから想いの意味を知り、同時に驚愕を覚えた。
その今では言葉の震えを感じている。
彼はアラシヤマの想いに気付いている。
それは今ではもう確実。


一歩、アラシヤマはシンタローへと進む。
ほんの少しだけ、半歩もいかないがシンタローは後退する。
僅かに耳についた革靴と絨毯の擦れる音。
また、一歩近付くアラシヤマと同じく僅かに後ずさるシンタロー。
後退する事は気負いを意味してしまうが、頭では分かっていても体が動いてしまう。
出来るなら時間を掛けて事を進めれば良いのだ。
それは理想。
けれど彼はあまりにも頑固で素直でなくて自分では何も気付かないから。
ならば無理矢理にでも彼のテリトリーに入り込む。
一つ間違えてしまえば永遠に修復不可能となってもそれでも踏み込みならきっと今しかない。
チャンスは互いに何度も訪れてはくれないのだ。
互いの息が掛かるかかからないかの距離で、やっとシンタローが口を開く。
相手との距離をこれ以上進めない為に。

「何で近付くんだよ。帰れって言っただろうが」

弱々しい声。まるで何かに酷く怯えたような声。

「怖がる事は何にもあらしまへんのに」
「―――なっ」
「もう誤魔化しは効きまへんよ?わてはずっと無視出来る程にはお人好しではおまへんから」
「何を誤魔化すってんだよっ!それに怖がってなんかねえっっ!!」

ハーレムとの言葉の攻防の時のように声を荒げる彼にに臆する事はない。
むしろそんな彼を痛ましく感じる。

「どうして俺がテメエを怖がらなくちゃなんねーんだよ!!」

彼の領域を全て取り払おうとするかのように、アラシヤマは言葉を紡ぐ。
それは確実へと繋がっていく。

「強がらなくてもいいんでっせ?」
「違うって言って―――ッ!」

語尾はアラシヤマに抱き込まれた為、発する事なく霧散する。
抱く腕は強く。
自分の想いを塗り込めるように優しく。

「分かりますんや」

そっと瞳を閉じてシンタローの肩に顔を埋めると、
彼の愛用するシャンプーの匂いがふわりと微かに香った。
母が子に聞かせるような穏やかな声がシンタローを包もうとする。

「わても・・・おんなじどすから」

その一言にもゆっくりと時間が流れる。
その人の痛みは同じ痛みを持つ者にしか決して分かり合えない。
同じ痛みを知らない者の手厚い同情心は、かえって傷口を深く抉り出すのだ。

「アラシヤマ・・・?」

胸に埋めさせられた顔をゆっくりと上げて合わさったのは、驚きを表している黒曜石の瞳。
そうだろう。自分だって隠していた心中奥の奥の鎖で固く封じていた心。
友が欲しいと常日頃言う。
それは本心。
けれど。
更に奥に潜めていた一番の想いのカモフラージュでもあったのだ。
友愛が恋愛より劣る訳じゃないけれど、伝えるのはどちらが重いか。
受け止めるのはどちらが軽いか。



領域・~テリトリー(後編)





愛する事が怖いのだと、音なき泣き声が聞こえる。
愛するものを失う恐ろしさを自分は知っている。
また彼も。
ふと気が付けば、彼は沢山の多種愛を持っていた。
親愛・友愛・家族愛・敬愛・・・。
それを捨てる気はない。けれどこれ以上所有するのは辛い。
もう失いたくはない。失わない為に守る。

―――けど、それは常にギリギリだ。

込み上げてくる、泣きたくなるような衝動感情を抑えるようにアラシヤマに縋る。
この男の前で弱さを表す事は悔しいけど。
縋らずにはいられないのは、込み上げるものを抑える為か。
それとも彼と同じ想いから欲する衝動か。

―――いや、けどそれは・・・。

自分の彼に対する想いは、彼が自分を想う感情と同一のモノだろうか。
向き合う事でさえ怖いのに、それを直ぐに認識するのはきっと無理。

「急がなくてもいいんですわ」

心を読まれたかと思い、びくりと僅かに肩が震えた。
読心術なんて―――そんな筈はないのだけれど。

「わてはただちゃんと向きおうて欲しい思いましただけですわ」

少々急かしてしまった面は否めないけれどと笑う彼の顔に寄る眉間の皺が哀しく見えた。
直接的ではなく。
とても間接的に諭そうとするその姿勢は、やり方の大差はあれど、と同じだ。

―――誰と、同じ?

ちらり、と月色の影がアラシヤマ越しに脳裏に映る。
揺れる 揺れる 黄金の鬣。

―――眩しい。

顎をつい・・・っと上げ、空ろな瞳をどこからか漏れているらしい微風に揺れる黒に映す。
さらりとそれを撫で上げてみれば相手の身体がおかしなくらいにビクンと跳ねる。
構わず優しく髪を梳いた。

「・・・お前の髪も・・・硬いな、少し」
「シンタローはん・・・?」

消え入りそうな彼の声、その中にある確固たる事に気付いた自分。
不審に思い、緊張に硬くなる面を彼に向ける。



お前の髪も・・・



―――“も”。それは誰の事を言うてはりますの?

ゆっくりと身体を離す。心臓がドクドクと喧しい。

「・・・言うて、シンタローはん」
「何を」
「あんさんは・・・あんさんの―――」


誰がシンタローはんの中にいますの。
わてより先に誰が入り込みましたんどす?
あんさんの眼前にいますんはわてですのに、わてを見てくれはりませんの?


疑問系ながら実際には検討はついている。
だからこそ苦くて辛い。

「わてでは役不足でっか?」

全てが遅すぎましたのやろか・・・。
苦しく苦い想いと共に愛しい人を更に強く抱き寄せる。

―――違う。

強い想いを打ち明けた彼の肩に腕を回しながら心の中、そっと呟く。

―――そうじゃない。

役不足なんかじゃない。
彼も大事な構成物質のピース。

―――ないが・・・ただ・・・。

世界に数限りなくある言葉。
だというのに上手く想いを適切に表す言葉は見つからなくて。
自分自身ですら整理のつかない想いを、どうして彼に伝えられるのでしょうか。





開け放たれた窓からバサバサと時より強めの風が室内で踊る。
部屋の主の兄よりは落ち着いた、弟よりは飾り気のある調度品の数々、
その中心部に固定設置されたさして大きくはない白いテーブル。
そして置かれた何杯目かのコップに注がれた、
アルコール度の非常に高い、決して少なくはない無数の酒瓶。
鬣のような硬質な黄金も揺れてその度に鈍く光る。
酒に酔う事はなく、逆に酒を酔わせているのではないかと誰かにそう嫌味として咎められたが、
あながち間違いではなさそうだ。
アルコールが齎す浮遊感も甘さも、いつの頃からか薄れていった。
面白みが半減したと知っていても呷り続ける酒。
浴びるように飲む。
確かにその言葉通り、服のあちらこちらに点々と酒の水滴がばら撒かれている。
双子の弟のような米国紳士的に上品に飲むと言う事はない。
途中からコップは意味をなくし瓶を片手に直接口を付け喉に流し込んだ。
とっくに酔ってしまってもおかしくはない―――それ程豪快に肝臓へとドロドロと流し込んでも酔い込めない。
今日はまだ大喰らいの彼は夕食を口にしていないのだ。
空っぽのお腹に酒を入れると酔いが回るのが早くなると言われているけれど。
それは全くに訪れず。
また乱暴な手つきで注がれる酒。
硝子の中、小さくなった氷が狭い空間の中でかちりと音を立てて離れる。
そしてまたどちらからと言う事もなく引き寄せあい、懲りずにカランとぶつかる。
豪酒な彼。
しかしこれでもまだ酔えぬ原因は

「アイツの所為で何時まで経っても酔えやしねえ」

子どもみたいな八つ当たり。
想いの複雑さは世間を知る大人のものなのに。
領域は森羅万象形見えるものも違えるものとて無限ではない。
例えるなら視界に捕らえる事は叶わぬ不明確な一つの箱舟。
ある一定量を受け付けたならそれは容易く崩れ落ち、泡粒に姿を変え深海へと消える。

「とっくに限界を超えてやがるだろう。テメエは」

紡がれた言葉は驚くほど弱い。
それに反応を示したかのように、またカランと鳴り揺れた氷。
小さく、なのにとても空間全体に響く音を打ち消すように呷る。
想いの全てを流すかのように。
グラスに残った僅かな残り酒と氷に映った顔は、
波紋でよくは見えなかったが不快だけで形成された面だろう事は知れた。
快を促す酒。
不快のみ感じる男。
原因はきっとあの影がある京人。
今頃、現総帥と言う肩書きを持つ甥の元へ何かと理由を付て傍に自分の居場所を作ろうとする、
部下の弟子が甥っ子の傍に居るのだろう小さな推理は全くの感ではない。
甥との日常茶飯事ともなっている討論後。
自室に戻る際、近くに感じた彼の気配。
気は複雑に乱れ、会いに行く男とのこれからをあれやこれやと頭に描き、
期待と落胆を繰り返しているのだろう事を予測するのは常日頃の―――係わり合いが乏しい為、
その間の微かな記憶の彼と甥の関係考察と、
師匠である部下から極たまに耳にする彼の小話からの僅かな情報からだけだが―――彼から簡単に知れる。
三十にも満たない生で、両腕から溢れ出してしまう程の親愛も無責任な期待も、
殺意を含む憎しみさえも受け止め続けた甥。
彼に近付くモノ。
その大半が甥の心を気にもせず入り込んだ先には未成熟な領域(テリトリー)。
入り込んだと言うより無理やりな形の侵略だろう。
あの男なら大丈夫なのだとの無意識下での勝手な押し付けられた信頼。
受け止め、同時に失った幾つもの愛おしい存在。
もうこれ以上何かを失う事が酷く怖いのだと深い心が悲鳴を上げても、誰も気付かない。
気付こうともしない。
例え察しても黙殺し、不安定要素で構築された窮屈な領域に土足で進入する。
あの京人もまた同じなのだとハーレムは結論付けた。
けれど。
どこかでリンリンと鳴る否定の鈴音。
ちらりと視界に過る片方だけのしかし両眼に炎を宿す瞳は―――。

「シンタローに呷られたのかよ?」

アイツも。
己も。
媚びるでもなく、劣等感も優越感さえ他の者ならいざ知らないが、
甥の前には現さない抱く筈はなかった不純な想い。
意外とも思える二人の共通点はシンタロー。
それでいて、違いを生み出す原因もまた彼。
一歩後ろ又は隣で、彼を見守り支えになりたいと願うアラシヤマとは違い、
ハーレムは甥の数十歩先を歩む優越感は持とうとする。
彼のように前に進むでもなく後ろに控えるでもなく、共に並ぶ事すら望む事はない。
甥はもう子どもではないのだし自分はそこまで甘くはない。
ただ特別意識させる事なく、察する事もさせずに道を作りたかった。
例えば生い茂る道なき広大な草原を無造作に進む。
新しく出来た道を甥が進むのだ。
常に彼の前を歩き、
その先に待つ、ハーレムとシンタローの互いの位置関係は今と比べ、どう変化するのだろうか。

「一時の愚問で終わるがな」

思考はそこで途切れる。
気付かせない素振りで彼の中へ潜り込みたかった。
けれど。
シンタローの箱舟はもうぎゅうぎゅう詰めで。
それ以上は定員オーバー。
それでも、あの器用でしかし妙なところで不器用なお人好しは、自分を必要とする者を、
結局は本気では邪険に出来ず、手を差し伸べるのだ。
心が悲鳴を上げていようとも。
それに気付かぬ愚者達の為に。
それが我慢ならないというのは傲慢なのだろう。
いや。ただの我侭だろう。
シンプルに。
自分は気が短い。
十分に自覚している。事について否定する気はない。
博愛の衣で、偽り姿で、狭く広い舞台で演じ続ける甥に現実を叩きつける。
瞳を逸らすなとそれこそ容赦なく。
好印象を持たれはしないだろう。
けれど憎悪の感情は強ければ強い程、質によっては彼の心を捉える事が可能となる。
それは“自分だから”だと自負してもいる。
彼の作った固い殻もこじ開け、捉える。
シンタローの箱舟から温まっている輩を全員蹴倒してしまえば、舟内は当然がら空き。
留まるのは自分だけでいい。
他の奴らには渡したくない居場所(ソンザイ)。
歪んだ愛情だ独占欲の黒い愛と人は呼ぶのだろうか。

「まァ誰が何を言おうが勝手に思おうが、俺には関係ねぇがな」

甥は確実にこの傲慢な叔父に対し、憎悪の想いを持っている筈。
しかしそれもこの男のカリュキュレーションズアンサー。
いつかのどこかで聞いた言葉がリフレインする。
もう遠の昔に誰かの囁き。

「愛と憎しみは紙一重・・・ねぇ」

愛する事と憎しみは別モノの感情。
当時はなにを馬鹿な事だと片付け、
まるっきりに無関心だった彼が意味を理解出来ずにそのまま流してしまった、記憶に留めていない遥かな昔。
必須項目ではない蛇足。気になるもの。常に胸を占める強き想い。
それだけで手一杯なのだから。
互いに互い、思いが先走り過ぎて素直になれないままに。
あまりに強情な甥。
激しい嫌悪感と、否定し切れない、確かに抱く愛しく想う情。
気付いてしまったなら―――認めてしまったのなら、すべき事は自然と一つの道へと向かい進む。

「刻み込んでやるよ」

俺を。
癒えない傷をもっと深く与え続けてあげる。
無理矢理にでも、それでも欲しいのだから。
我慢は覚えない。欲しければ奪えば良い。
全て。
身体だけじゃ決して満足など出来ない。
もっと欲するのは。

「けっ、らしくもねぇ」

男からすればまだまだ青臭いいあんな子どもに、
こんなにも激しく執着する事し快と不快を簡単に揺さ振られるなんて。
今は忘れるようと、酒を体内に循環させる。
今、だけ。
彼を忘れる事は実際には出来やしないし、

「忘れてもやらねぇけどな」

波紋を作り続けるワインレッドの表面に自分と甥を映し、小さく笑った。
微かに覗く月は朧月。
部屋の主である男を見守るように、淡く光を降らせ続けた。





「シンタローはん」
「んだよ」

呼ばれてはじめて飽きずにアラシヤマの髪を撫でていた手動がとまる。
明らかに見せつけと分かる盛大な溜息の次には「テメエの所為で溜まってる仕事を中断させられるわ
ソレを今からヤル気は削がれちまったしで散々だぜ」と長々ぶつぶつ言ってくる。
やれやれ先程までの彼はどこへ行ってしまったのか。
そう思うのと同時にけれど虚ろ調子ではない、いつものシンタローに少なからずの安堵感。
文句を言われる謂れは
・・・・・・・・・やはりあるのだろう。

―――それに何ぞ言い返したとしてもメリットのある結果は得られへん事も先読みが出来るさかい、
     素直に謝罪しておくのが何より得策でっしゃろ。

シンタローが“こういう場面”では“こうする”、
“ああいう場面”では“ああする”など舵の取り方が意識する事少なからず理解出来るようになってきている。
それだけ自分は彼を、彼だけをずっと見ているのだから。
気がつけば何時だって彼の事だけを追いかけていく自分。
今は安堵感を持たせる小言を淡い笑みを持って人差し指を彼の唇に当てて制した。
少なからず驚いたような彼は黒曜石の瞳を少し大きく開く。

「あんさんが誰を強く思うても構いまへん・・・と言うたら、まあ・・・嘘になりますけど」

言いながら触れる唇をゆっくりと優しくなぞりあげる。
アラシヤマにしては大胆過ぎる行為に対し、普段ならば十や二十、下手すれば眼魔砲を繰り出す癖に。
出来ない、しようとも思えないのは、彼の常には見られない温かさを纏った自愛な笑みについ、
毒気を抜かれたからか。

「いつかわてがトップになりますよって。期待しててくだはれv」

あの子どもよりも、最愛の弟よりも、彼の従兄弟からも他の仲間よりも、
・・・戦略的にシンタローに入り込む彼の叔父である、あの男をも越えて。
体も心も。
誰よりも自分が一番彼の傍にいたい。

「はァ?何の」

案の定。彼は気付かない。気付かれたらきっと、

「言うたらあんさん力いっぱい否定しますさかい。まだ言いまはんわ」
「んだよソレ。否定されるって分かってるんなら何のトップだか知らねーけどぜってぇーに無理だろ」
「酷いおますなぁ~。まだ何のか言うてまへんのにもう無理だ言いはるなんて」
「テメエの考える事は大概、俺にとってろくでもねえ事だし」
「ああっ!!相変わらずに殺生なお方やっ!」

冷たくさらっと言われてしまい、大袈裟によよよよ・・・と泣き真似を存分に披露する。
ただ少しからかってみただけなのに、相変わらずの彼が妙に可笑しくて、涙を瞳に溜めお腹を抱えて笑った。
彼が可笑しくて。
本当に、涙まで浮かんだのはそれだけが理由だったのだろうか。





それから少し続いた、いつも通りの二人の会話・対話とほぼ一方的ながらの言い合い。
いつも通り。
他の気心の知れた相手とならば誰とも大差な変わりのない態度。
平面だけの会話。
微量に受け取れる事の出来る想い。
それもそう遠くないうちに。

「変えてみせますよって」
「は?何を??」






誰も入り込めない、入り込ませない、二人だけの領域(テリトリー)。
END

☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:
PAPUWAキャラクター人気投票でシンちゃんが一位を獲得したと知った瞬間に、
「こりゃぁ祝うっきゃねえ!!」とばかりに書いた三位(ハーレム)vs二位(アラシヤマ)×一位(シンタロー)。
真っ黒クロスケ・・・と言う程ではありませんが、シリアスまっしぐらでした(´▽`;A゛
その口直し・・・になるのか分かりませぬが、ちょこっとおまけ↓はALLギャグ路線でGOo(≧▽≦)○☆★


★GOBLIN’SPARTY★・・・の没ネタ


★これまでのあらすじ★
ガンマ団に設置してある託児所の子ども達の為に、ハロウィンパーティを主催したシンタロー現総帥。
化け猫の仮装をして自らも積極参加。
無事に終わったハロウィンパーティだが、自室に吸血鬼の仮装をしたアラシヤマが訪れ、菓子を強請った。
邪険に対応するシンタローに、「仕方あらしまへんなぁ・・・・・・ほなら悪戯しますえv?」と襲い掛かるアラシヤマ!
どうなる!?シンタロー!!!





やばいヤバイや~~~べ~~~えええええよおおおぉおぉおぉおぉぉ~~~~~~~~!!!!!
脳みそをフル回転させて、この窮地を切り抜ける方法を考える。
何かある筈だろ!?どんな難解な状況でも打破する何かがッ!!思いつけ思いだせ思い・・・・・・・・・
―――あ。
あった・・・。アレがあったんだっけか!
グイッと相手の体を押し退けてベットから降りる。

「シンタローはん?」

展開に着いていけないと語るぼんやりとしたアラシヤマに背を向けてソファに向かう。
ソファの上にはさっきパーティで着用していた化け猫服(?)が無造作に投げ出してある。
少し時間が経った為か少々の皺が出来てしまっていたが、
どうせ明日にはガンマ団内に設置されているクリーニング部署に頼む予定だったから特に問題視はしていない。
しかし、クリーニングに出す前に≪コレ≫に気付けてよかったぜ。
そのまま出しちまってたらえらい事になっただろうな。
ポケットの中がべとべとしちまって。
俺が離れてしまっても、耳を塞ぐかその口を塞ぐかしたいアラシヤマお得意一人妄想語りが聞えてくる。

「何か探しものでっか?何もこないないざ本番な時にせんでもええんでっしゃろ。
それともよっぽど今すぐに必要なものですの?
ハッ・・!今入用なもの言わはったらやはりそういうもんですの!?
いややわぁ~vvシンタローはん、意外と大胆ですわぁv
そないなもんに頼らへんでもわてはちゃあぁ~んとあんさんを満足させる事出来ますよって要らへん思いますよ?
京人は手先器用が多いよってどすから。
まあ京人全員がそうとは言えまへんが、けどわては幼少期から何をやらせてもそつなくこなせましたし。
はっ!!そう言えばあんさんなしてそないな物を持っとりますの。
・・・まさか。
・・・・・・まさかとは思いますけどシンタローはん。
どこぞの誰かと使ったりしてまへんでっしゃろな!?
使う使わないは別としても、わて以外の男と―――――うわっ!!」
ぼすっ
「いい加減に黙れ」

≪コレ≫を服から取り出すただその動作時間だけで、
んなアホな想像妄想を限りなく続けられるアラシヤマの顔面めがけて化け猫服で思いっきり殴ってやった。
服はまあ、柔らかい素材で出来ているからそんなに痛くはなかっただろ。
勢いは全力でつけたから痛い“ようには”一瞬感じるかもしれねえケド。

「ほれっ」
「え?ぅわっととッッ!」

突然投げたソレを、慌ててアラシヤマが危なげな手つきでキャッチした。
手に平の中でソレが数回バウンドしている。
おいおい・・・。一回でキャッチしろよ、ガンマ団(自称)No.2の男。
ガッシリと両手に握り締めたソレをゆっくりと指を解いて凝視するこいつの顔に、
状況追跡困難色が目印のような判り易さで色濃く浮かんでいる。
俺の貞操危機(※まだあるのか信憑性はイマイチ)を救う小さなソレは。

「チロルチョコ・・・でっか?」

ハロウィンパーティで子ども達に配った菓子の中でやけに数の多かったチロルチョコ。
余った分は本部に戻すも良し、土産代わりに貰っても良しとなっている。
ハロウィンパーティー主催者は俺だが、菓子・場所手配諸々は親父の代からの総帥秘書、
名前だけは甘く仕事に関してはかなり厳しいコンビ・ティラミス&チョコレートロマンスに主な手配、運営を任せた。
菓子類は元々子供たちの為に用意したモンだし、俺は残らないように全部配ったんだが、
それでも中途半端に一つだけ余っちまったチロルを一応貰っておいた。
まさかこんなちっちゃなモンに救われるとは思わなかったぜ。

「そ。お前も知ってるだろ?チロルチョコ」
「そら、知ってはりますけど・・・はっ!?もしかしてシンタローはん・・・ッ」
「お前の予想、多分ビンゴな。どんなに小さくても菓子は菓子だろ」
「シ、シンタローはぁぁあん~~~」

あんまりに情けねえ声に、ちょっとだけ・・・本当に少しだけ意地悪だったかなと思うけど、
やっぱりそー簡単には俺の初物は渡してやんねーよ。






どうせ来るなら全てを賭ける覚悟を持って全力できな。
中途半端じゃ俺は捕まえられねえよ?
俺はお高いんだぜ?
知ってたか?



。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。。・
:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。・:*:☆・゜',。・:*:・゜'★。
本当はこっちが【★GOBLIN'S  PARTY★】本編になる予定でしたが、
気が付いたらアラッシー甘やかしのHAPPYENDをUPしておりました。
おっかしいですね~(゚_゚?)何の為に『何故かチロルチョコの多い菓子の袋(勿論他の菓子もあるが)を
一つを渡し~』と菓子描写をしたのやら(;´▽`A``
俺様なシンちゃん書けて幸せ~vv主婦してるシンちゃんが一番好きなんですが、俺様受もいいよねッ☆ヾ(≧∇≦*)〃
俺様受シンちゃんシンちゃんはアラッシー相手じゃないとなかなか難しいですし。(キンちゃん・・・は対等ですし)














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ポイント 愛知県 興信所 資格 確定申告
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SSS.31「タイ」 キンタロー×シンタロータイを直してやるとリキッドは短く礼を言った。
別段、どうということもない。
曲がっていたのがなんとなく気になって直したまでだ。
眼前で繰り広げられる結婚式は、今までシンタローが見たものとは違ってナマモノ同士のものだったが、それでもやはり微笑ましく心が洗われる光景のものだった。

突然の式に朝から追われていた所為で少し眠い。
新婦が気恥ずかしげに目を伏せたのを見ながら、シンタローはこっそりとあくびをする。
目ざとく見つけたリキッドにここぞとばかりにじっと見られたが何も言わずに蹴ってやった。

(俺に文句言おうなんざ10年早いんだよ)



***



時代錯誤な重たい引き出物をパプワの分も運んで、家に帰るとすぐさまリキッドがジャケットを脱いだ。
日頃の肩の凝らない服装と違って疲れたのだろう。
それでも脱ぎ散らかしはせずに皺にならないようにきちんと畳んでいる。
式場で簡単なものを摘んだとはいえ、育ち盛りのパプワがアレで満足するとは思えない。
早く夕メシにとりかからねえと、とシンタローもジャケットを脱ごうとボタンに手をかけた。

「あ。シンタローさん、脱いだらこっちに掛けてください」
一応、洗っておきますんで、とリキッドがズボンを脱ぎながら言った。
おう、と返事をしてシンタローはジャケットを脱ぐと、とりあえずその場に軽く畳んでおいた。
いつものランニングを引き寄せておいて、タイごとシャツを取り払おうと首元を緩めると、シンタローの目に下だけ着替え終わったリキッドが目に入った。

タイとシャツの間を指先で強引に緩めている。

(おいおい。それじゃシャツもタイも傷むだろうが……)

ああいう形のタイはアイロンかけるのが面倒なんだよな、とシンタローは自分のことを棚に上げてそう思った。
キンタローだったらきちんと順序良く着替えるだろう・
それこそ横着して、シャツと一緒に脱ごうとしてる俺を怒るんだろうな、と脱いだシャツを足元に放りながら思う。
ランニングを被り、結んだ髪を左右に振りながら頭を出すと、ちょうどリキッドがほどいたタイを手に取ったままシャツを脱ぎかけているのが見えた。


(キンタロー……)


その仕草はキンタローとは似ていない。
従兄弟のようにしゅるりと小気味よい音を響かせて首元からタイを抜き取ったわけでもない。
滑らかな指先でもない。着替える時にボタンを外しながら俯いた顔も似ているわけでもない。

だが一瞬、リキッドがタイを持ったままでいる手を見たとき、シンタローはそこにキンタローがいるかのような錯覚に囚われた。■SSS.35「続きは後で」 キンタロー×シンタロー「昨日は結局どうなったんだ?」

開口一番、朝の挨拶もそこそこに従兄弟は切り出した。
寝過ごしたためか、髪が跳ねている。
朝食の席に現れなかった彼を伯父が心配していた。

「おまえが酔いつぶれたと連絡を受けたので俺が迎えに行った」

連絡を受けて迎えに行くと、くたっと力を抜いてソファに体を投げ出している従兄弟がいた。
他にも何人か潰れていたヤツラがいたが酒瓶を抱えて豪快に笑うコージに任せてきた。
俺はシンタロー以外の面倒を見るつもりはない。


「あー、なんだ。車に乗せてくれたのおまえだったのか」
よかった、よかったと従兄弟は髪を掻きまわしながら呟いた。

「よかった?」
なにがだ、と傍らの彼に視線を向けるとシンタローは髪を弄りながら言う。

「誰かが……っていうか金髪の男が車に乗せてくれたのは覚えてるんだけどよ。
親父かおまえか分からなかったんだよ。酔っ払ってて眠かったから」
あ~、親父じゃなくてスッキリした、とシンタローが伸びをしながら言う。


「グンマは俺を抱えていけるわけねえだろ?朝起きてどっちだか分かんなくってさ。
前に親父が迎えに来たとき、あのヤロウ、イイトシした息子を抱っこした写真を取りやがって。
おまけに朝起きたらアイツのベッドで寝てたんだぜ」

今朝は自分の部屋だったからおまえだと思ってたけど、とシンタローは付け加えた。

「でも万が一、親父だったら朝会いたくねえからさあ。酔いつぶれるまで飲むなとかぐだぐだウルセエし」
「それで朝食に来なかったんだな」
そうか、とシンタローの横顔を覗くと彼はああと頷いた。



カツカツ、と廊下にシンタローのブーツの音が響く。
しん、と冷えた空気が肌を刺すが、それでもまだ季節は秋だ。
冬物のスーツに袖を通しているため、指先や顔など露出している部分以外は寒くない。
傍らで歩むシンタローもとくに空気の冷たさに堪えた様子はなかった。



「キンタロー」
三叉路へと出るとシンタローがいつもとは違い俺を呼び止めた。
左に進もうとしていた足を止め、彼のところへ戻る。
シンタローのいた数歩先では総帥室へと直結するエレベーターのランプが点滅していた。

故障か、いやまだ乗っていないのだからなにか言い忘れでも、と従兄弟を見る。
どうした、と口が動く前にシンタローが動いた。


「昨日は面倒かけちまって悪かったな」


立ち止まったまま動かないでいた俺にシンタローが手を伸ばした。
頤に添えられた指は空気にさらされているというのに冷たくない。

ゆっくりと、指が頬を撫で、口唇をなぞってくる。
朝に似つかぬその動きにどきりとする。


シンタロー、と言うよりも早く彼が口唇を合わせてきた。


頭の後ろに回されたシンタローの手が俺の髪を掴む。
酔ったシンタローは俺が抱き上げても抵抗せずにいた。
とりたてて暴れることもなく、車に乗せたときも大人しくしていた。彼の手は首に回されていたが髪を掴むことはない。
部屋に運ぶときも、ガンマ団のエントランスから戻ったというのに文句は出なかった。


夢中になって舌を絡めるシンタローの指先は俺の髪を放さない。
昨夜は赤く染まっていた目元は今は元通りである。
絡める舌を離して、シンタローが角度を変えるたびに彼の睫は震えた。

シンタローの味は酒の名残が微かにあった。
歯磨きをした後に残るわずかなミントの辛さの中に微かに残っている。
垂らされたままの髪も密着した状態では酒の残り香が染み付いているのがよく分かった。

昨夜の、酔い潰れて視線も口調も覚束なく、頬を染めたシンタローの姿がフラッシュバックする。
昨夜は従兄弟が今着ている総帥服が乱れていた。
帰りたくねえよ、と駄々を捏ねる彼を車に乗せ、部屋へと運び入れるとおやすみのキスをねだってきた。
子どもがえりした酔っ払いのたわいない頼み事は勿論聞いた。
でも、それはこんなキスではない。




「……シンタロー」
彼の舌が離れたときに思わず名を呼ぶと、従兄弟は不敵な笑みを浮かべた。


「続きは……後でな」
体を離す間際にシンタローが俺へと囁く。
熱い息が耳朶に掠り、それから彼はキスの後の濃密な空気を払うように駆けて行った。



(……なにもそんな礼をとらなくてもいいだろう)

言葉だけでなく、唐突に行動に現したシンタローに心臓が早鐘を打っている。
引き止める暇もなく、それよりもどうしていいのか分からない。
スーツの皺を払って、当初の通り研究室へと向かおうとする。
  
背を向ける前になんとなく視線を上へと向けると、ちょうどエレベーターのドアが閉まるところだった。
ドアが閉まる間際に視線がかち合う。 

にやり、と悪戯が成功したような顔でシンタローが俺を見ていた。
さっきまで冷たかった頬が熱く、体から熱が引いていかないでいる。
早く来いよ、と笑いながら手招きしたシンタローの姿がドアによって遮られて、そしてもう一度エレベーターのランプが灯るまで俺はそこから動けずにいた。■SSS.37「エプロン」 キンタロー×シンタロー俺にだって料理くらいできる、と新しくできた従兄弟が言い出した。
え~!ほんとに?ひとりで大丈夫なのキンちゃん!ともうひとりの従兄弟が言ったのが彼にとって不満だったらしい。
来週末に俺もグンマも親父も、そして高松ですら出かける日程が重なることに、皆、不安を覚えていた。
姿こそ20代の青年とはいえ従兄弟のキンタローは今まで現実を経験したことがなかった。
はじめてのお留守番にヤキモキするのは当たり前だ。


「料理って言ったってトーストとコーヒーとかカップ麺にお湯を注ぐのはなしだよ?」
従兄弟のグンマがキンタローに言う。それに対してキンタローは眉を寄せて「当たり前だろう」と言った。

「本当に?本当に出来るの、キンちゃん。シンちゃんが作ったごはんをレンジでチンする方がいいかもよ」
美味しく出来るか分からないじゃない、とグンマは言う。
けれどもキンタローは、
  
「下ごしらえも片付けも自分で出来る。俺のことは放っておいて出かければいいだろう」
と言った。

「店屋物とか外食でもいいんだよ?」
「くどい」
 
しつこいグンマにキンタローが切れた。が、グンマは黙る様子はない。
初めてのお留守番をする従兄弟がよっぽど心配なのか、そんなこと言ったって!と喚きはじめる。
同席していたドクターが仕方なく宥めるべく口を開いた。

「まあまあ、グンマ様。
キンタロー様もおできになると言っているんですし、ここはひとつ、なにか作っていただいたらどうでしょう?その結果を見て来週のことは考えたらいかがですか?」

「高松。それは俺に嘘じゃないか証明しろということだな」 
キンタローは憮然とした表情で口を開いた。

「いえいえ!キンタロー様。めっそうもない。この高松、キンタロー様のことは疑ってなどいませんとも!
ただ、やはり何事も備えあれば憂いなしということで……キンタロー様の予行練習にもなりますし」
おろおろと二人の従兄弟の顔色を伺うようにドクターが言う。

「ふん。まあいい。そうだな、伯父貴がよく作るカレーでも作ることにしよう。
ちゃんと作れたらこれ以上がたがた騒ぐなよ、グンマ」

きっと睨みつつキンタローが立ち上がる。
楽しみだねえ、と暢気な口調で言った父親にシンタローはげんなりした。
楽しみってあのなあ、ガキの喧嘩でまずいもん食わされたらたまんねえぞ。
アイツ、本当に料理できんのかよ。

キッチンに向かうキンタローを見ながらシンタローはこっそりとため息を吐いた。
  


***



「シンタロー」
手招きされてシンタローは立ち上がった。やっぱり、ダメかと思いつつキッチンに行く。
背後でグンマが忍び笑いをするのが聞こえた。

ったく。しょうがねえ、従兄弟どもだよ。

けれどもキッチンにはシンタローが想像した惨状は広がっていなかった。
俎板には丁寧に切られた野菜が乗っていて、ガラスの皿には飴色に炒められたタマネギのみじん切りがあった。

「どうしたんだよ、キンタロー」

ちゃんと料理できるじゃねえか、と見回しつつ尋ねると従兄弟はばつの悪そうな顔で切り出す。


「始めてしばらくしたら気づいたんだが、料理をしているというのにエプロンをするのを忘れてしまった」
「別にしなくても……」
いいじゃねえか、とシンタローは言おうとした。けれどもキンタローがダメだと頭を振る。

「それで?エプロンなら戸棚の左から2番目にあるぞ」
場所が分かんなかったのか、と思いシンタローが言うとキンタローは「違う」と言った。
そして、テーブルに置いてあった布を広げる。

「なんだ分かってんじゃねえか。それじゃなんの用だよ?」


「背中の紐がうまく結べないから結んでくれ」


エプロンを着込みつつ、少し照れた顔でキンタローはシンタローに背を向けた。■SSS.38「馬子にも衣装」 キンタロー×シンタロー朝食の席に向かおうとシンタローが廊下に出ると、新しくできた従兄弟のキンタローに出くわした。
彼の部屋の扉が開いた拍子にあくびを堪えつつ、目を擦りながらおはようと声をかけたが返事は返らない。
まあ、いつものことだしな、と思いつつシンタローはすたすたと先に行こうとするキンタローに目を向けた。

(え!?)

「お、おい。ちょっと待てよ。キンタロー」

いつもとは違う装いの従兄弟にシンタローは思わず目を疑った。
島から帰ってきても好んで着ていたレザースーツは彼の身を包んでいない。
おまけにざんばらだった長い髪の毛も短く揃えられていて、きれいに撫で付けられていた。
昨日とはまるっきり、百八十度違う姿だ。

「キンタロー、おまえ、どうしたんだよ!?それ!!」  

地味なダークスーツに身を包み、髪も整えた姿はどこかの名家の子弟のようにさえ見える。
ぎらぎらとした眼差しも口角を上げた不適な口元もその姿では乱暴者というより切れ者補佐官と言った感じだった。

「朝からぎゃあぎゃあと煩いヤツだ。少しは声を抑えろ。
高松が父さんのような格好でないと学会には相応しくないと言ったからそうしただけだ」

何かおまえに不都合があるのか、と横を歩くシンタローに彼は冷たく言い放つ。
それに一瞬、シンタローはムッとしたがいつものことだと思い直した。
この新しい従兄弟が自分に突っかかるのはいつものことなのだ。

シンタローは昨日までの姿を思い浮かべながら、ふんと鼻を鳴らすキンタローを見る。

(たしかになあ。あれじゃ特戦部隊だもんな)

血生臭い世界とは無縁の科学者の勉強会には相応しくない。
場違いなだけでなく、バックにガンマ団が控えていることと合わせていい印象なども持たれはしないだろう。


「ふ~ん。そんでなのか。まあ似合ってんじゃねえの」

ルーザー叔父さんに似てるなあ、ともシンタローは思った。
写真の中の姿や話に聞いた叔父のやわらかな物腰には及ばないが、以前とは違ってこのごろは落ち着きが見られてきた。
スーツ姿もなかなか様になっている。

ドクターのヤツ、こいつにこういう格好勧めたけど見たのかなあ。
きっと鼻血出すぞ、2リットルくらい、と亡き叔父を信奉していて現在はこの従兄弟に無償の愛を捧げる科学者をシンタローは思い浮かべた。今日のガンマ団は大変なことになるだろう。
そのまえに食卓で親父もグンマもビックリするだろうけど。



「あ、ちょっと待てよ」

リビングのドアを開けようとするキンタローをシンタローは止めた。

「まだなにか言いたいことがあるのか?」
ぎらっとひかったキンタローの目を見てシンタローは頭を抱えたくなった。

ったく。なんでコイツは俺に突っかかってばっかいるんだよ。
仲良くしろとは言わねえけど、少しは気を許してくれてもいいじゃねえか。ドクターには懐いているくせに。


「こっち向けよ。ネクタイが曲がってるぞ」
直してやる、とシンタローはキンタローの肩を掴む。だが、

「俺に触るな」

肩口に置いた手はばしっと払われた。
どけ、とリビングのドアを開けてキンタローが食卓に着く。
装いは変わってもいつもどおりシンタローに牙を剥く彼に、ドアの前に立ち尽くしながらシンタローはため息を吐いた。■SSS.43「口の減らない」 高松×サービス久しぶりに友人の研究室を訪ねると、相変わらず室内に染みついていた薬品臭が鼻をついた。
眉を顰めて、手近な椅子に座ると友人がいつもどおりペンを止めて立ち上がる。
すぐに淹れてきてくれたコーヒーで薬品のにおいは幾分和らいだ。

「相変わらず不味いものを飲んでいるね」
一口啜るとドリップ式特有の紙の味がした。
「口が肥えた貴方にとってはそうでしょうけどね。私はコレでいいんですよ」
そうにべなく言って高松は己のカップにミルクを注いだ。
マーブルを描くコーヒーを楽しげにスプーンでかき混ぜている。
ふうん、といつもどおり気のない返事をして、ふと殺風景な部屋に視線を走らせると場違いなものがあった。

「高松、あれは?」
視線で尋ねるとカフェ・オ・レに口をつけていた友人がああ、と口元を緩めた。

「プレゼントですよ」
「誰に?」
そんなこと決まってるじゃないですか、と友人は私を一瞥した。

「グンマ様とキンタロー様にですよ。私はあの方たちのサンタクロースなんですから」
「……」
うっとりと話した友人を冷たい目で見ると彼は別にいいでしょう、といってカップに口をつける。
プレゼントの横の写真立てを見て懐かしげに目を細めた高松に私はふとルーザー兄さんのことを思った。


兄さんが生きていたら私にしてくれたようにあの子たちにも贈り物をしていたんだろうか。
高松は兄さんの代わりをしている、だとかキンタローがクリスマスを迎えるのは初めてだとか、いろいろなことが頭の中に駆け巡った。



「……高松」
「コーヒーが冷めますよ」

さりげなく高松は目をそらした。
それから白衣へと手を入れて彼は煙草を取り出した。

「吸いますか?サービス」
いつもの人をくったような笑みではない、穏やかなものを口元に浮かべて彼は言った。
「ああ。もらうよ」
指を伸ばして一本掴み取り、火を分けてもらう。
吸い込むときつい苦味が喉に沁みた。


「高松」
いつものようにからかってやろうと声をかけると紫煙を吐き出していた彼が「なんですか?」と片眉を上げて応じた。

「あの子たちにプレゼントを買う金があるのなら私に4万円を返してくれてもいいんじゃないか?」
ふふ、と笑うと高松が目を見張る。
いつものように慌てて私を褒めて矛先をかわすのかと思ったら今日ばかりは違った。


「返してしまってもいいんですか?私に会う口実がなくなりますよ、サービス」

煙草の灰を落として友人がにやりと笑う。
思わぬ切り替えしに煙草から口を離す。すると高松はそんな私を、
「貴方のそんな顔を見るのは初めてですよ」
とからかいの滲んだ口調で言った。

「うるさいよ」
きっと睨んで煙草を吸い込むと友人がくつくつと笑う。

まったく。どうしてこの男はこんなに口が悪いんだか。
ジャンもハーレムも私には口で勝てないのに、とここにはいない同い年の二人を思い浮かべながら私は紫煙を吐いた。
苦い煙を高松に吹きかけてやっても旧知の友人は動じずに人の悪い笑みを浮かべるのみだった。   ■SSS.44「お願い」 コタロー出してよ、出してよ。
お願い。誰かぼくをここから出して!

何度そう叫んだのかぼくは分からない。
喉ががらがらですぐ近くにはぼくのために用意された食事とジュースとが置いてある。
ジュースはとっくにぬるくなっているし、チキンもすっかり冷めていた。
冷めたチキンを口に運ぶと今日はテーブルにもうひとつお皿があったのに気がついた。
  
ケーキ!ぼくの大好きな甘いケーキだ。イチゴが乗っている。真っ白なクリームがふわふわのっているケーキ!

ぼくのお誕生日、覚えてたのかな?パパ?ううん、パパはぼくのこと興味ないもん。
お兄ちゃん?ううん。お兄ちゃんは遠くの学校へ行ってるってパパが言ってた。
でもパパはくれないと思うし。やっぱりお兄ちゃんなの?

ドキドキしながらケーキのお皿を引き寄せる。
小さな丸いケーキの上にはプレートが乗っていたから。ぼくの位置からはちょうど裏側だった。

きっとお誕生日おめでとうって書いてある。
コタローって名前だって入ってる。だって、お兄ちゃんが前に買ってくれたのはそうだったもん。
このケーキ、ぼくにお兄ちゃんがプレゼントしてくれたのかな?
  

ワクワクしながらお皿を反対にすると白いチョコレートのプレートに赤い字が書かれている。

Merry Christmas!

ただそれだけ。
今日はクリスマスじゃないよ。それは明日だもん。今日はぼくの誕生日……ぼくの誕生日なのに。


チキンが刺さったフォークを投げつけるとからんと床に落ちた。
でも誰もぼくを叱らない。
ここには誰もいない。パパは帰っちゃったし、他の人間は誰も来ない。

もうやだ。ひとりはやだよ。
パパ、戻ってきて。いい子にするから。お願い、お願い、お願い……。






ぼくの前には誰も座っていない。
少し前にいた家ではお兄ちゃんがいた。ぼくにおいしいご飯を作ってくれたし、お菓子もくれた。
  
でも、今はいない。
毎日毎日、ぼくが呼んでもお兄ちゃんはここへは来ない。

ここに来ていたのはご飯を持ってくる人。でもその人もぼくが泣いたら壊れちゃった。だから今ではパパだけだ。
ぼくのご飯は眠っている間にいつの間にか用意されている。
ぼくはいつもご飯のまえに眠っちゃう。お兄ちゃんとはよくお昼寝をしていたからだと思う。

たまに知らないおにいちゃんの声がスピーカーで聞こえると扉が開く。
扉が開くのはそのときだけ。
  
ぼくのパパが来る、そのときだけ。


出してよ!パパ!
ひとりはいやだよ!パパ!


泣き喚いて、パパが持ってきてくれた新しいおもちゃに力をぶつけるとパパは冷たい目でぼくを見た。

駄目だよ。コタロー。
おまえはここから出てはいけない。

パパはそう言っていつも帰っていっちゃう。
いつもいつも。ぼくがどんなに頼んでも泣いても言うことを聞いてくれない。
お兄ちゃんはぼくの言うことを聞いてくれたのに。
りんごのお菓子が食べたいってねだったらすぐに用意してくれたのに。
遊んでっていったら木馬に乗せてくれたし、抱っこもしてくれた。
ぼくのお願いは全部聞いてくれたのにパパは違う。

パパはぼくのお願いをひとつも叶えてくれない。
きらいだ。パパなんか。大きらい。
パパなんかいなくていいのに。大きらいだ。きらいきらいきらい……。
パパなんてきらいだ。パパだけじゃないもん。お兄ちゃんもだ。ちっとも迎えに来てくれないお兄ちゃんもきらい。
お兄ちゃんもきらい。きらい。きらい。きらい。みんなきらい。





はぁはぁっ、と息を切らす。暗いテントの中でも僕の目が覚める。
喉が渇いて、なんだか口が重たい。
水を飲もう、と寝袋から出ると横で同じように眠っている叔父さんが寝返りを打った。
暗闇の中でもサービス叔父さんの髪はきらきらして見えた。

起こさないように、目を擦りながら静かに歩く。すると、

「コタロー?」

サービス叔父さんが僕に声をかけた。見ると、ぼんやりとした目で僕のほうを見つめている。

「お水が飲みたいから起きただけだよ」
「……そう」

サービス叔父さんは目を閉じた。
あまり音を立てないようにテントの中のリュックからペットボトルを取り出す。
かちっとキャップを回して、喉が鳴らないように気をつけて口に運ぶとぬるい水が流れ込んできた。

あんまり、おいしくないや。

冷やしてないから当たり前だよね、とため息をついて元に戻す。
まあ、いっか。すこしは口の中がさっぱりしたし。
ごそごそと寝袋に戻ると今度は叔父さんが起き上がった。


「叔父さん?」
「なんでもないよ。おやすみ」

ぽんぽんと頭を撫でられて僕の心がすーっと軽くなった。
もしかしてサービス叔父さん、僕が嫌な夢見たの分かってるの?


「ちゃんと寝ないと疲れは取れないよ、コタロー」
目を丸くして見上げていると、叔父さんがふふと笑って僕の額にキスを落としてくれた。

「眠れないのなら私が傍にいてあげるよ」
私が起きていたらサンタクロースは来ないだろうけどね、と叔父さんが笑いながら言う。

「ひとりで寝れるよ!それに、僕、サンタクロースはここに来れないんだから」
ぷーっと膨れると叔父さんはおやと目を見張る。

「どうして、ここには来れないのかい?」

どうしてってそんなの……。

「だってパプワ島で見たんだもん。夜、トイレに起きたら島のみんなにリキッドがプレゼント配ってたんだからね。サンタクロースはリキッドだったもん。ここには来れないよ」

「パプワ島ね……。それならコタロー、ガンマ団ではどうだった?」
サンタクロース来てただろう?と叔父さんが僕の髪を撫でる。

「……たしか朝起きたらプレゼントの傍に鼻血が落ちてたよ。あれはお兄ちゃんだよ。僕、悪い子だったし……」
そう言うと叔父さんは悲しそうな顔をした。
でも、本当だもん。昔の僕は悪い子だったからサンタさんは来なかった。
プレゼントがあったのはお兄ちゃんと暮らしてたときだけ。
悪い子の僕をお兄ちゃんがかわいそうに思ってくれたんだよ、きっと。

「今はいい子だよ。コタロー」
叔父さんが優しく僕の髪を撫でながら言った。

「ううん。今夜だって多分来ないよ。僕がいい子になったの、サンタさん知らないもん。
僕、ずっとパプワ島にいたんだから」

そうかな、と叔父さんは考え込むように言った。

「そうだよ。それに僕のサンタクロースはリキッドだから来ないでしょ。プレゼント2個貰っちゃうことになっちゃうもん」
「リキッドはおまえのプレゼントを用意しているの?」
「そんなの当たり前だよ。リキッドだもん」

パプワくんに会いに行ったらついでに貰うもん、と口を尖らせると叔父さんは笑った。

「それじゃあ、修行を早く終えないといけないな」
「……うん」

寝袋の端を握り締めると叔父さんが僕の頭を撫でる。

「明日の修行のためにはもう寝ないといけないよ。おやすみ」
「うん。おやすみ、サービス叔父さん」

おやすみ、を言うと叔父さんが目元をほころばせた。
目を閉じて、でもやっぱり気になってそっと瞼を開けるとサービス叔父さんが僕の顔を覗き込んでくれている。
ちゃんと寝るまで見てくれるの?


なんだか、くすぐったいや。


おやすみ、サービス叔父さん、と心の中でもう一度呟いて、僕は目を閉じる。
なんとなく今度はいい夢が見れるような気がした。


どうせならパプワくんやリキッド、島のみんなの夢がいいなあ。
リキッドはここには来れないけど、こっちの世界のサンタさんもそれくらいならお願い聞いてくれるよね?

お願い、サンタさん。今度は僕にいい夢見させてよ。■SSS.45「リップクリーム」 キンタロー×シンタローただいま、と軽いキスを額に落として、それから口唇へと移行する。
ちゅ、と軽く落とした額とは違って少し長めのキスで従兄弟を味わうとかすかにミントの香りがした。


「シンタロー」
「なんだよ?今、コーヒー淹れてやるから待ってろよな」


キスを終えて、俺がジャケットを脱いでいる間にキッチンへと移動していた従兄弟がカップを片手に返事をする。
ネクタイを緩めて、ソファで待っているとしばらくしてシンタローは二人分のカップを携えてきた。
 

「寝る前だからな。薄めに淹れたぞ」
ほら、とテーブルに従兄弟がカップを置く。俺の隣に座ると彼は早速コーヒーに口をつけた。

「シンタロー。もう歯を磨いたんじゃないのか?」
一口飲んでから、先程尋ねようと思ったことを切り出す。
砂糖が少しとはいえ入ったコーヒーなど飲んでいいものなのか。
いや、また歯を磨けばいいことだが、と首を傾げるとシンタローは目を見張った。

「夕飯の後には一応磨いたけど、俺、まだ風呂も入ってないぜ?」
寝る前に磨くつもりだ、と俺を見て従兄弟が答える。
言われてみれば従兄弟はまだパジャマを着ていなかった。
  
「そうか。そういえばそうだな」
夕食の後に磨いたといったからその残り香か、とコーヒーを飲みながら思う。

「何で急にそんなこと聞いてきたんだよ」
すると今度はシンタローが不思議そうな面持ちで俺に尋ねてきた。

「何で……って、さっきキスしたときになんとなくミントの香りがしたからだが」
ただ聞いてみただけだ、と従兄弟に答える。シンタローは俺の答えにミント?と考えこんだ。

「歯磨きのじゃないのか」
たしかすっきりするものを使っていただろう、と言うとシンタローはあ!と声を上げた。

「違う違う。今日、歯磨き粉切れててグンマの借りたんだよ。アイツのイチゴ味のヤツ。
おまえが言うミントみたいな香りってこれだぜ」

ごそごそとポケットを探るとシンタローは少し細めの小さな筒を見せてきた。

「リップクリーム?」
「ああ。メンソレータム配合ってなってるからこれだろ?たぶん」
さっき塗ったから、と言ってシンタローはリップクリームの蓋を開けた。
軽くひと塗りするなり、俺の口唇にちゅ、と軽く合わせる。

「な?これだろ」

ポケットへとリップクリームを戻しながらシンタローは笑った。

「ああ、これだ。この香りだな。シンタロー、おまえ口唇が荒れているのか」
口唇を合わせてみてもそんな感じはしなかった。
少しべたつく下唇に指を這わしてみてもささくれ立ったところはとりたててない。

「団内どこいっても暖房つけてて空気が乾燥しているだろ。ひび割れないうちに予防でしてるだけだぜ。
もう何日も前から塗ってるぞ」

意外と気づかなかったんだな、とカップの縁を弄りながらシンタローが言う。

「キンタロー、おまえも使うか?放っておいて口唇荒れたら痛いだろ」
研究室だって暖房はつけているわけだし、とシンタローが再び内ポケットを探り始める。

「いや。いい。もう寝る前だしな」

そういって俺は従兄弟の申し出を断った。
シンタローはふうんと気にも留めていない返事をするとソーサーにカップを置く。
俺が片付ける、と腰を上げるとシンタローは中腰になった俺の額へ少し背伸びをしてキスをする。

お礼のつもりなのか、と思わず頬が緩む。
風呂は沸かしておいたから一緒に入ろうな、と囁かれてカップを手にしたまま俺もシンタローにキスをした。
  
彼と違って、額ではなく口唇だったけれども。



口唇のむちっとした感触に俺はふと思い立った。
俺の口唇が荒れないのはもしかしてリップクリームを塗ったシンタローにキスをしているからか?



明日からは俺も塗ろう。
シンタローの口唇からみずみずしい潤いを奪わないようにしないと。■SSS.48「心臓」 キンタロー×シンタロー「俺はお前を好きなようだ」

思わず耳を疑った。
幻聴だとか、なんかの罰ゲームだとか思いつく限りのことは想像してみた。
だが、目の前の男のあまりにも真剣すぎる表情に笑い飛ばそうと思った気が萎えていく。

「あの……な、キンタロー」
エイプリルフールまでずいぶん時間があるぜ、と引きつった笑みを浮かべながら言うと従兄弟は眉を顰めた。

「何を言っているんだ、シンタロー。俺は本気だぞ」

いいか、もう一度言う。俺はお前のことが好きだ、などと真剣な表情で従兄弟は俺の肩に手をかけた。

「返事は今でなくてもいい。だが、俺は本気でお前のことを愛してるんだぞ」
寝ても覚めてもおまえのことしか考えられない。仕事も手につかないんだ。
シンタロー、おまえ以外の人間じゃこんな気持ちにならないんだ。俺はおまえが好きでたまらない」

親父じゃないんだ、下手な冗談はよしてくれと俺は言おうとした。だが、キンタローは、

「LIKEでなくLOVEでだ。従兄弟としてでなく、一人の男としてでだ」
と至極真面目な顔で言う。
退路を立たれて俺はぐっと詰まった。
だが、いくらなんでも……。


「おまえ、絶対勘違いしてるぞ!どうせ、ワケわからねえ心理学の本でも読んで影響されただけだ!
本を読んで得ただけの知識で物事を理解しようったって世の中そんなに甘くねぇぞ!
心臓がどきどきするから恋だとか四六時中相手のことが気になるから恋だとか、そんなもんは全部錯覚だ!!
どきどきするのは不整脈だ!親父じゃねえけど、少しおまえは疲れが溜まってるんだよ!
俺が気になるのは俺がひよっこ総帥だからだって!じゃなきゃ、アレだ。
ズボンのチャックが開いてたり、髪が長いのが鬱陶しくて視界に入ってきただけだ。な、そうだろ?
よく、考えてみろよ!!キンタロー!!」


一息に怒鳴るとキンタローは少し考え込んだ。
俺の肩に置いていた手が口元へと持っていかれ、考え込む姿勢を作っている。

爪の先まで調えられた長い指に一瞬見惚れているとキンタローがぼおっと突っ立っていた俺を己のほうへと引き寄せた。

「ッな!おいッ!!」

ぐいっと力任せに引き寄せられ、体のバランスが崩れかける。
支えるキンタローの腕にほっとしつつ、何をするんだと咎める視線を送ってみるとキンタローはすっと指先で俺の顎に手をかけた。


「……俺の心臓はどきどきしているだろう、シンタロー」

おまえはそうでもないようだが、と残念そうにキンタローは口唇を微かに上げた。

「おまえに触れるだけでこんなに心臓が早く動くんだ。錯覚じゃないだろう、シンタロー」

これは絶対に恋だ。おまえを愛している、とキンタローは俺の頬をやさしく撫でながら言った。
そんなわけない、と反論したかったが口が動くよりも先に俺の心臓がどくりと大きな音を立てた。←SSS Top




視界を横切った金色に思わずハーレムは駆け寄った。
焦り、足がもつれそうになるのを必死で押さえ込んで回り込むとそこにいたのは思い描いた人物ではない。
似ているが、脳裏に浮かんだ人の忘れ形見だった。

「ハーレム?」
何か用か、と眉を顰めた様子は兄のルーザーによく似ている。
今朝、食卓を囲んだときには長かった鬣のような金色の髪も丁寧にカットされていて、生前の兄を写し取ったかのようだった。

「あー、いや……髪切ったんだな」
何を言っていいのか分からなくてしどろもどろ口にすると、目の前の甥が微笑んだ。
うすい口唇を上げるその仕草がやはり兄によく似ている。
じろじろと見つめると口角になにか赤いものが付いているのが見えてハーレムは訝しげに思った。

「キンタロー、なんか口についてるぞ」
ここらへんに、と己の口元で指し示すとキンタローは不思議そうな顔をした。
「ついている?」
「ああ、なんか赤い。ジャム……じゃねえよな。なんだ」

赤い、とハーレムが言うなり、キンタローはああ、と納得したような顔をした。

「それは俺の血だ」

ごく普通にそういってキンタローが口元を手で拭う。
けれども言われたほうのハーレムは普通にはしていられなかった。


「おまえの?」
どういうことだ。殴られては、いねえようだし。いや、こいつがそうなら相手は……あのガキしかいねえよな。
本気で殺し合いをおっぱじめたにしちゃ爆発音は響いていねえし。
ガキの喧嘩か、とぐるぐると悩んでいるとキンタローは小首を傾げた。


「なにかおかしいか?ああ……まだとれていないのか」
言って、再び口元を拭うキンタローにハーレムは何も言葉が浮かばない。
幾度か拭って気が済んだのか、
「まだついているか?」
と言われてようやく我に返る。
「ん……ああ、取れたけどな」
けどな、とハーレムが言うとキンタローはまだ何かあるのかとでも言いたげな表情を浮かべた。


「殴られたわけじゃあねえよな?」
口の端が切れた様子も痣が出来た様子もない。
聞きたくねえけど、と恐る恐る疑問を呈したハーレムに甥は父親譲りの笑顔を浮かべた。

「殺してやろうと思って口を塞いでやったら抵抗されてな。
舌を噛まれた。噛み切られてはいないのに意外と血が出るもんだな。
それに、もう大分経つのにまだ舌の先がひりひりして……どうした?ハーレム?」


具合でも悪いのか、と覗き込む甥にハーレムはなんともいえない気分に陥った。
その殺し方は間違ってるだろうが、と思ったが兄譲りの容姿で訝しむ甥の姿を見るともう何も口には出せなかった。




火事を告げるアラートが鳴り止まない。
朝食の席で伯父が貴賓室で友好国の大統領と会談するとキンタローは聞いていた。
和やかな会談であるはずなのに、本部棟の静寂が打ち破られた。
その事実が何を示すのかはっきりしないまま、研究室で報告を受けるのを待たずにキンタローは現場へと急いだ。


足音を立てて、濛々と立つ煙の中を抜けると焦げ臭い臭いが鼻を突く。
マスクをした団員が消化剤を撒いているが、あまり緊迫した空気はない。
どちらかといえば、シンタローと伯父の親子喧嘩で棟が破壊されたときの後始末と同じような雰囲気だ。
アフロヘアーの秘書たちに状況を尋ねるとこの惨状を引き起こしたのが伯父本人だと言われる。
詳しい事情を聞いて、キンタローは眼魔砲を撃ったマジックよりも一番の原因であるハーレムとその部下たちを呪った。
友好国に裏切られたのか、暗殺かと一瞬でも考えてしまったことが厭わしい。


元凶の特戦部隊は遠征の準備に入っていると聞いて、その場は秘書たちに任せて滑走路へと赴く。
整備班が嫌そうな顔をしながら作業にあたるのを見て、キンタローはため息を吐いた。



飛行船のタラップを上がり、室内に入るとそこは4年前に訪れたときと同じ光景だった。
ところどころアルコール類のボトルが転がっているが、一応は片付いている。
めずらしい。掃除でもしたのか、と思いながらキンタローがハーレムを呼ぶと現れたのは彼の部下1人だけだった。

「ロッドか」
「……キンタロー様。何か御用で?」
垂れ気味の目元を殊更緩ませてロッドは聞いた。へらへらと笑う態度にむっとしたが、キンタローは口にはしなかった。

「叔父貴はどうした?貴賓室のことで話がある」
貴賓室とキンタローが口にするとロッドが盛大に笑う。

「マジック様にお仕置きされてるとこじゃないすかね。他のメンバーは寝てますよ。
戦地に行くってのに、俺だけ寝ずの番で……ああ、それは隊長から言いつけられた罰のひとつですけどね。
ま、日が差してるってのにそう寝られるわけじゃないですけど」

御用があるのなら、総帥室へ行かれたらどうですか、とロッドが笑う。

「ハーレムの処遇をマジック伯父貴が決めてるのなら俺が行くには及ばないだろう。
一言俺からも忠告しようと思っていたがな。おまえたちもあまり叔父貴の悪ふざけに付き合わないことだ」
おまえのミスが原因だそうだな、と貴賓室の方向を顎でしゃくってキンタローはロッドを見据えた。

「ミス……ねえ。それが故意だったらどうします、キンタロー様」
ロッドはジャケットの内側から数枚の写真を取り出した。
黒いレザーのジャケットは特戦部隊だけの制服だ。
一時期これを着ていたな、と少し懐かしく思う心を打ち消してキンタローは写真を受け取る。

「なかなかよく写ってるでしょ?俺が撮ったんですよ」
隊長に命令されてね、と笑う彼が寄越した写真は新しい番人のあられもない姿を写し取っている。

「かわいい息子さんのこんな姿見ちゃったら坊やの復帰は難しいですよね」
可愛い息子さんを持つ親に俺からのやさしい忠告ですよ。
でも、まさか坊やのパパがアメリカ大統領とはね、とロッドは大仰に肩を竦める。

「俺はね、キンタロー様。坊やには幸せな人生を歩んで欲しいわけ。
でも、獅子舞の傍じゃあそうはいかない。だから坊やのパパに写真を披露しただけのことですよ」
隊長のことは尊敬してますけどね、とロッドは写真をキンタローから取り上げながら付け加えた。

「……ロッド」

「リキッド坊やじゃなかったら俺も反対しないっすけどね。
まあ、さっきの坊やのパパの様子じゃ金輪際、獅子舞は近づけられなくなるでしょうけど」
そう思いませんか、と垂れた目を片方閉じてロッドはウィンクした。
その仕草が癇に障ってキンタローはロッドの胸元を掴みあげた。


しばらく視線を交えたまま、キンタローはロッドの胸元を掴んでいたが手を出さずに離した。
今はそんなことをしている場合じゃない。一刻も早く、シンタローを救出しないと。
そう思ってキンタローは踵を返そうとした。だが。

「キンタロー様」
ロッドに呼び止められ、キンタローは振り返る。
にやついていたはずのイタリア人がすっと真剣みを帯びた表情でいるのを見てキンタローは一瞬緊張した。

殺気ではない張り詰めた空気が2人の間を漂う。

「俺たち、特戦が帰還してるのは不思議じゃないですか?」
「……?」
何を言っているとキンタローが怪訝に思うとロッドは続きを口にした。

「本部を盗聴するのはわけないんですよ。
団員はみんな遠征か、あの島へ行く装置を開発するのにかかりきりですからね」

壬生のやつらが紛れ込んでたら情報は駄々漏れですね、とロッドに言われてキンタローは言葉に詰まった。

「新総帥を助けたい気持ちは分かりますけど周りを見たらどうですか?」
「……ロッド」

「そこまで送りますよ」
タラップにいたるドアを開けてロッドは表情を緩めた。
真剣味はもうない。いつもの緩んだ表情だ。


近づき、ロッドはキンタローの耳に口唇を寄せた。

「新総帥とあんたの関係ばらすよりよかったでしょ?」
マジック様にばらしたら坊やの騒ぎどころじゃない。
現状を忠告してやったのを感謝してくださいよ、と揶揄いまじりに口にされてキンタローはなんとも言えない気分になった。


タラップを降りれば、煙が空へと流れていくのが見える。
自分と従兄弟の関係がどこまで漏れているのか考えて、キンタローは首を振った。

そんなことは後でもいい。伯父にばれてからでも、シンタローが帰ってからでも。
むしろ後に出来ないのは……。


装置の開発も大事だが、それよりとりあえず団内を統制しないと、とこれからのことを思ってキンタローは嘆息した。



aromatic」 キンタロー×シンタロー軽くタオルドライをしたものの髪はまだ水気を持っている。
パジャマの上からタオルを引っ掛けた状態でとりあえず水分補給をしようと向かったキッチンから水音が聞こえた。

「誰かいんのか?」
ドアを開ける前に呼びかける。いるのが父親だとすると髪を乾かしきっていないことを小うるさく咎められる。
がしがしと拭き取りながら俺は「おーい」と叫んだ。できれば俺が強い態度を取れるグンマであって欲しい。
けれども水音が邪魔をして相手に聞こえなかった。

「親父~ぃ?」
グンマだといいな、と思いつつ室内に踏み入れると短めの金髪が見えた。
髪の長さは父親と同じくらいだけれども微妙に違う。金色だけれども父よりは色合いがうすく、それに空色のスーツを着ていた。
父親はイイ年をして未だにピンク色のジャケットを羽織る男だけれども、この色は着ない。
シンクの前に立っていたのはもう一人の従兄弟、キンタローだった。

「なんだ、おまえか」
タオルから手を離して呟くと背を向けていたキンタローが蛇口を止める。
平たい皿を拭きながら、キンタローは俺に向かって「シンタローか」と言った。

「ナニ?おまえ今メシ食ったのかよ」
「ああ」

夕食の席に着いたときに確かグンマからキンタローは研究室にこもっていると聞いていた。
こんな時間まで、と咎めるような視線を送ると仕方がないだろうとばかりに肩を竦められる。

「今日中に片づけたいことがあったんだ」
そう言いながらキンタローは食器棚に皿を仕舞う。それから、彼は横にある冷蔵庫を開けた。

「これでいいのか?」
炭酸水のボトルを掲げられて俺は頷いた。
「ああ。風呂入ってノド渇いちまったからな」
相変わらず従兄弟は自分のことは何でも分かるらしい。
礼を言いつつ、受け取るとキンタローはパタンと冷蔵庫のドアを閉めた。

「なんだよ?」
キッチンの電気は俺が消すぜ、とスーツのジャケットを着たままでいるキンタローに俺は言った。
ボトルの蓋がきゅぽんと小気味のいい音を立てて、それから炭酸の泡が浮き上がる小さな音が耳に入ってくる。
しゅわっと立った音を楽しみつつ、口をつけると口腔へと気持ちのよい冷たさが満たされた。
寒くなってきたけれども、やはり風呂上りには冷たいもののほうが美味い。

「キンタロー?」
いいんだぜ、とボトルから口を離して部屋に引き上げるよう促す。
だが、彼は俺に従うのではなく違う言葉を口にした。

「何のにおいだ?」
「はあ?」

キンタローは俺に近づいて、ボトルを手にする俺の手首を掴んだ。

「なッ!おい、ちょっと待て!零れるだろッ」
なんなんだよ、とボトルに慌てて蓋をする。
キンタローはといえば、身を屈めて俺の手に鼻を寄せていた。掠めるように吹きかかる息がくすぐったく、変な気分になる。

「レモン……?いや違うな」
石鹸を変えたのか、それともバスオイルかなどとキンタローは考え込みながら呟く。

「レモンって……ああ、分かった。このにおいいは柚子だぜ。冬至だろ」
風呂に柚子を浮かべたんだよ、と掴まれた手を払って説明してやるとキンタローは納得したような顔をした。
「そうだったな。おまえは昔から日本式で過ごすのが習慣だった」
日本支部で暮らしてたからか、とうんうんと頷く従兄弟に俺はそうかもなと投げやりな返事を返す。

「柚子湯に入りてえんなら、まだ何個か冷蔵庫にあるぞ」
キッチンペーパーに包めば掃除も楽だ、と教えてやるとキンタローはそうなのかと感嘆したように言った。





それから俺は炭酸水の残りを飲み干しながらキンタローに柚子の包み方をレクチャーしてやった。
適当にすればいいのに真剣な顔で柚子を包むキンタローの表情は見ていてなんだかくすぐったい気がする。
そのうちコタローが起きたときにはこうやって冬至の日を過ごすのかな。
そんなことを思い描いていると2個目の柚子に切れ込みを入れたキンタローが不意に問いを発した。

「伯父貴とグンマは使わなかったのか?」
何でこんなに買っておいたんだ、と不思議そうに聞く。
「残りは明日柚子釜にする……ああ、親父とグンマ?あいつらはやらねえよ」
「柚子釜、か」
「そ。たまには手の込んだもん作ってみたいし。
親父とグンマはバラとかバニラとか甘ったるいもんがすきだろ。柚子はミカンの入浴剤とかよりにおいがキツイからな。
いい柚子だと次の日まで体に香りが染み付いてるし」
だから柚子湯に入るのは俺とおまえだけ、とキンタローが包丁を洗い終わったらボトルを軽く水洗いしようと思いながら答える。
キンタローのほうも俺の行動が分かっていて、洗い終わっても蛇口は閉めなかった。


「そこ閉じたら出来上がりだからな」
ちゃぷちゃぷとボトルを揺すりながら水で洗う。
するとキンタローはできたぞと袋仕立てにしたキッチンペーパー俺に見せながら口を開いた。


「これで今日は俺も柚子湯だ。……そうすると俺とおまえだけが明日同じにおいなんだな」
キンタローの言葉は思いついたまま口にしたものでとくに含むような響きはない。
だから、普通に相槌を打てば言いだけのことなのにそうだな、と答えた俺の声は思いもかけず上ずった。


「シンタロー、それは」
「え、ああ?」
柚子の入った袋を手にしたキンタローが怪訝そうに俺を見る。

「いつまで洗ってるんだ……捨てるぞ」
変なヤツだな、と言いながらキンタローが俺の手からボトルを取り上げる。
一瞬だけ触れた指先が不意に先ほど手首を掴まれたときに感じた呼気を思い出させ、冷めたはずの肌が風呂上がりのように火照り始める。

(ちくしょう。これから寝るのに考えちまうじゃねえかよ)

この後、キンタローの肌が自分と同じ香りがするのだ、と意識して俺はどうしようもなくどきどきした。
誤魔化すようにかき上げた髪の先からも柚子の香りがして、どうしていいのか分からない。■SSS.60「可愛くない」 キンタロー×シンタロー渡された紙は5枚もあって俺はうんざりした。
ターゲットの部隊に潜入するくらい士官学校生の時分からもう何度もやってるのだ。
それでも生真面目にペンを持ってチェックしようとするキンタローには逆らえず、俺はしぶしぶテストを受けるはめになる。
5枚にわたってびっしりと潜入組織のデータやら俺の偽名での設定、この場合はどういう行動をとるべきか、などといった問題が印刷されている。
とっとと終わらせてコタローの顔でも見に行こうと俺は1問目に目を走らせた。


*


「その発音は綺麗過ぎる」

俺だって口に出してから気づいたんだ。
もっと乱暴にクチを聞けって言うんだろ。分かってるっつうの。さっきまで出来てたんだからな。
ちょっと間違っただけじゃねえか、うるせえな。

「俺は指摘をしたまでだ。ボロを出して捕まりたくなかったら気をつけろ」
現地の発音に近づけろ、と笑みを浮かべながらキンタローは俺を見た。
くそっ。むかつくヤローだぜ。
だいたいなんでコイツが監督するんだよ。
他にもいるだろ、他にも。

「そこの発音は正しくはこうするべきだ……分かったか?シンタロー」
ちくしょう!その口、止めろ。自分が優位だからって笑いやがって!!
あーホントむかつくヤツだ!本当になんでコイツなんだよ!!

「……手の開いてるのが俺で残念だったな」
次の問題はまだか、とキンタローはチェック表にバツをつけながら俺を見る。
やってやろうじゃねえか。


「――で、どうだよ?合ってるか?」
間違っていないはずだ。めちゃくちゃ自信がある。ほら、とっとと言えよな。
睨みつけるとキンタローは息を吐いて、
「……正解だ。次もそうだといいな、シンタロー」
と言った。
いちいち気に障るやつだぜ。
まあいい。とっとと終わらせるか。コタローが待ってるんだ。俺の可愛い弟のコタローが。

「顔が緩んでるぞ、シンタロー。コタローのことは後で考えろ」
……うるさい。なんでもかんでも俺のこと分かりやがって。
24年間観察してたからって言われりゃおしまいだけどな、いちいち指摘すんじゃねえよ!
コタローと違って可愛げのないヤツだぜ。

「コタローのことは後にしろ」
次も間違えるつもりなんだな、と笑われて俺は本気で腹が立った。
ああ、ホントうるせえヤツだな!可愛くねえ!

「間違える気なんてねえよ。ほら、次だ。次」
チェックしろと言ってキンタローを睨むと笑った。



「――どうだよ?合ってるだろ。完璧な発音だし、これ以上ない答えだと思うぜ」
正解だという自信はさっきよりある。
得意気にキンタローに宣言すると従兄弟はふっと口元を緩めた。
さっきまでの俺の失敗を指摘するような笑い方とは違う。どちらかといえばやわらかい印象の笑みだ。

「……おまえのそういう、俺に対してむきになるところは可愛いな」
ああ、それは正解だ、と付け加えてキンタローは俺を見た。
次はどうなんだ、と問いかけるキンタローに俺はぐっと詰まる。
慌てて紙を1枚捲ると笑い声を噛み殺す気配が伝わってきて、俺は照れくさいと同時に苛立ちも感じた。
むかつく。ほんとむかつく。
なんでそういうこと言い出すんだよ。

「次は……ちょっと待ってろ」

集中しろ、集中。これが終わったら、コタロー。コタロー。コタロー。

「シンタロー、次はどうした。コタローの病室へ行きたいんだろう?」

そうだよ、今すぐ行きてえよ!
ああ、ホントむかつく。とりあえず、笑うのはやめろ。俺の心ん中も読むなよな!
それから、キンタロー。おまえってホント、可愛くない。       




賭け事」 キンタロー+シンタロー叔父上がお喜びでしたので、とこの国の人間は俺とシンタローを競馬場へと案内して来た。

叔父であるハーレムがガンマ団から離脱してもう数ヶ月余り経つ。
この国はかつて叔父にクーデターを依頼したこともあって有事のたびに本部を介してではなく叔父の部隊に直接依頼していたらしい。
ハーレムの影響下にある国はほかにもいくつかあるようだったが、これは見過ごせない事態だった。
叔父は団からリタイアして悠々自適の生活を送っている、と俺とシンタローはこの国の役人に言った。
以降の依頼は本部で引き継ぐので、と求めたがすでに叔父の方で手回しがしてあったようだ。
ガンマ団を抜けるに当たって用意周到に準備をするのはよく考えれば当たり前だろう。
飛行戦の燃料の補給、食料を行く先々で略奪すればどこからか本部かあるいは敵対組織に依頼が入る。
好戦的な叔父とその部下の性質から考えれば向かってくる敵も大歓迎だろうが、それでは苦労する割合が高くなる。
名の知れた特戦部隊に歯向かうヤツはそうはいないとはいえ、後々の禍根や毒物の混入などのリスクを考えれば縁のある国で出稼ぎした方が楽だ。
この国の要人たちは誰もが曖昧な笑みを浮べるだけで俺とシンタローの要求に回答を出さなかった。
有耶無耶に誤魔化して、俺たちが帰国したらとりあえずハーレムに指示を仰ぐつもりなのかもしれない。
繊維工場の視察も申し入れた俺たちは回答は三日後でよいと告げた。
彼らは一様に微笑を浮べながら頷くとそのうちの1人が俺たちを競馬場に案内してきたのだ。
視察を頼んだ繊維工場ではなくて。

工場どころかたいていこういうときに案内される公共機関ではなく競馬場に連れてこられたことにシンタローは最初、腹を立てていた。
「そりゃあ、この国のレースは観光資源だし、王族も来るから変じゃねえけどよ」
と従兄弟は俺に囁く。俺もシンタローの言いたいことは分かる。
この国の人間は日程を調整する時間を作るためと少しでも俺たちの機嫌が良くなるよう接待のつもりでここへ連れてきたのだろう。
けれど、「叔父上がお喜び」はない。
あのアル中でギャンブル狂いのハーレムと一緒くたにされるとは……。

「ハーレムと一緒にされてもな」
肩を竦めてみせるとシンタローは俺に「まったくだ」とため息を吐いた。
ブザーが鳴り、馬たちが位置に着く。きっとハーレムはこの状態からも大騒ぎしていただろう。
それに金も賭けていたはずだ。部下の小遣いも巻き上げて大分注ぎ込んでいたに違いない。


一斉にスタートする馬はVIP席からだと小さく見える。
シンタローははじめから用意されていたオペラグラスを手にした。
なんだかんだ言って彼も興味があるらしい。手を握りしめて芝を駆ける馬に熱中し始めたシンタローに俺は心の中で「似たもの同士じゃないか」と思った。
ハーレムが離脱したのは他国にも知れている通り、新総帥であるシンタローとの確執が原因だ。
確執と言っても戦闘におけるスタンスの違いから生じた口喧嘩の応酬で伯父貴が出て行ったというのが正しいかもしれない。
アイツの邪魔をしてやる、とシンタローはさっきまで意気込んでいた。けれども。

「よっしゃあ!行け!まくれ!まくれ!抜いちまえ!」
従兄弟の頭の中はハーレムの顔がすっぱりと消え去っているらしい。
他の客はいないから興奮したシンタローが多少騒いだところで恥をかく心配はない。しかし……。

「あー!ちくしょう!馬券買えばよかったぜ!」
黒毛の馬がゴールするなりシンタローは髪を掻き毟った。
どうやら目をつけていた馬が1着のようだ。VIP席にいる俺たちに飲み物を給仕した後も控えていた係員をシンタローが手招きする。

「なあ、次のレースあの茶色いヤツに賭けたいんだけどさ」
金ならあるけどどうすりゃいいんだよ、と生真面目に係員に尋ねるシンタローに俺はため息を吐いた。
……きっとこの国の人間は青の一族は競馬が好きだと思うだろう。



*



オペラグラスを片手にしたシンタローが片手に握っていた馬券を放り投げる。
外れたことに悔しがるシンタローに俺は散らばった馬券を拾い集めてから渡した。

「外れたからといって放り捨てるのは止めろ」
ハーレムと同じで行儀が悪い、と俺が忠告するとシンタローは眉を顰めた。
「ついやっちまっただけだ」
ちゃんと拾うつもりだった、と弁解するシンタローは本部の家でマジックに「吸殻と空になったお酒は片づけなさい」と怒られたときのハーレムと同じ表情だった。

「それに賭け事は叔父貴と同じで向いていないようだな」
ハーレムの横領した金のほとんどがなんとかホイミという馬に注ぎ込んだ裏づけがあったな、と俺は従兄弟に言った。
「……ツいてなかっただけだ!」
おまえだってやってみりゃ当たるのが難しいの分かるぜ。そりゃハーレムは行き過ぎだけどな、とシンタローは口を尖らせる。

「俺は別に団の金まで賭ける気はねえよ。ただゲームをおもしろくするスパイスみたいなもんだろ」
せっかくここへ案内されたのに昼寝を決め込むわけにもいかねえし、とシンタローが言う。

「何も賭けなくても」
いいだろう、大人しく見ていればと俺が言い返そうとするとシンタローが遮った。

「賭けでもしねえと馬が走ってるの何回も見たってつまらねえだけだろ」
あんまりうるさく言うなって、とシンタローは言った。

「おまえだってあと2回もレースを見れば退屈になるぜ」
にやっとシンタローは笑った。
だが、そういわれても俺は賭ける気にはならない。プライベートで来たならともかく来賓なんだから大人しくするべきじゃないのか、とシンタローに言うと従兄弟は「つまんねえヤツ」と鼻を鳴らした。

「……馬に賭ける気はないが」
「なんだよ」

「おまえがあと3回とも予想を外すのは賭けてもいい」
認めたがらないだろうがこの従兄弟はハーレムに似ている。きっと外す。ビギナーズラックなんて言葉も無縁に決まっている。
いやビギナーズラックは金の賭けていない最初のレースだっただろう。きっと。
俺の言葉にシンタローは立ち上がり「言ったな!」と人差し指を突きつけてきた。

「俺が当てたら吠え面かくんじゃねえぞ!」
「それはおまえの方だ」
「俺が勝ったら親父がファンに貰ったとかいう勝負パンツを履いてもらうからな!」
高松の鼻血で溺れてもらうぜ!とシンタローが背を逸らす。

「そっちがその気なら俺は……」
そうだな、と考えて俺はマジック伯父が片時も離さないシンタロー人形の存在を思い出した。

「マジック伯父貴の人形をリビングで作ってもらおう」
見られた瞬間、伯父貴の熱い抱擁が待ってるぞ、と俺が言うとシンタローは「やったろうじゃねえか」と乱暴に椅子に座りなおす。
次のレースを賭けようと係員を呼んだ従兄弟に俺はどうせ外れる、とほくそ笑んだ。

シンタローとハーレムはよく似ている。
いくら馬に注ぎ込んだところで……当たるわけがない。■SSS.67「Chupa Chups 」 キンタロー×シンタローコーヒーを淹れ替え、席に戻ってくると隣でレポートを書いていた従兄弟がにこにことバッグに手を入れているところだった。
ガンマ団のエンブレムが付いたスポーティなバッグは見かけとは違って中身はジムに行くための運動着でもなく、色とりどりな菓子がいつも入っていた。軽い休憩や食事の時間になると従兄弟のグンマはそこから気に入りの菓子を取り出す。

「今日は何だ?」
カップをデスクに置くとグンマは俺を見上げた。
今日はね、と笑顔を浮かべて従兄弟は選んだ菓子を見せびらかすように上へと向けた。
白い短い棒に丸い玉。形状からキャディの類だと見て取れる。

「……ずいぶんカラフルな包装だ」
キャンディのヘッドは花形をくりぬいたような形を黄色で塗りつぶされている。下の方は紺色だ。赤いラインがうねうねと走っている。
思わずそんな感想を呟くとグンマは「きれいでしょ」と笑った。

「これはグレープ味で、こっちはプリン!グレープは今日初めて食べるんだ~」
「そうか」
それは楽しみだな、と答えるとグンマは頷いた。

「キンちゃんにもあげようか?コーヒー味はないけどね、キャラメルならあるよ」
「キャラメル?いや……」
「ミルクより甘くはないけど」
首を傾げるとグンマはバッグを漁りはじめた。俺はあわてて断ろうとグンマの手を引く。

「グンマ。俺は……」
別にいらないんだが、と断る前にグンマは目当てのキャンディを見つけ出してしまった。
「はい、これあげるね」
「……ああ」
すっごくおいしいよ。ハマる味だから、とにっこり笑うグンマに退路を立たれて俺はキャンディを受け取った。
いらないと断るのは簡単だけれどもグンマがむくれるのは面倒だ。
もう一人の従兄弟にでもやろう、と思いながら俺は席に着く。グンマはカラフルな包み紙を外してキャンディを口に入れた。
今日初めて食べるというグレープ味のキャンディ。
「うまいか?」
なんとなく感想を聞くとグンマは満面の笑みを浮かべた。

「もちろん!すっごい幸せな気分だよ~」
甘くておいしい、とグンマはふわふわと夢見るような顔で答えた。
キンちゃんも食べたら、と微笑まれて俺は「……後で」と返事するに留めた。咎められないうちにキャンディをそそくさと上着のポケットへと仕舞いこんだ。
机の上には淹れたてのコーヒーがある。それに。

グンマの持っている菓子はたいてい歯の浮くような甘さのものばかりだから性質が悪い。



*



日が沈むのがだんだん遅くなってきた気がする。
研究室から総帥室へと移動するとき窓の外を見て俺はそう思った。夏が近づいている。
今年もシンタローはあの島での夏を思い出すんだろうか。
そんなことを考えながら俺はドアをノックした。
「入れ」
ノブを回すといつも控えている秘書たちがいなかった。
デスクワークに勤しむ従兄弟は口にペンを咥え、頬杖を付いていた。

「行儀が悪いぞ、シンタロー」
従兄弟の口からペンを取り上げると彼はうるせえなあという表情を浮かべた。

「ちょっと煮詰まってるんだよ」
きしっと椅子の背をしならせてシンタローは伸びをした。背もたれがぐっと角度を広げている。
伸びをするのをやめてシンタローの体勢が元に戻ると椅子はまた軋んだ音を立てた。

「コーヒーでも淹れるか」
立ち上がり、シンタローは読んでいた書類をばさっとひとつに重ねた。
「俺がやる」
「来たばっかだろ。いいって」
座ってろと、シンタローは俺にソファを勧めた。
「いや。だが、おまえは休憩した方がいいだろう。俺が」
「いいって」
ひらひらと手を振りながらシンタローは俺の横をすり抜けようとした。
すっと給湯室まで行くのか、と思っていたがシンタローが不意に足を止めた。
「なんだ?」
「いや……それなんだよ?」
車のキーじゃねえよな、結構膨らんでるし、とシンタローは呟いた。
「膨らんでる?」
「ああ、ほら。それだよ。ジャケットの。何入れてるんだ?」
実験器具なら戻しとかねえといけねえんじゃねえの、とシンタローは指差した。

「ジャケット……ああ、これか」
ほら、と俺はポケットから取り出したものをシンタローに渡した。グンマから貰ったキャラメル味のキャンディだ。

「これ、グンマのヤツか?」
「ああ」
「懐かしいな」
甘いんだよな、これ、としげしげと黄色いパッケージをシンタローは覗き込んだ。

「おまえにやろうと思って」
「俺に?おまえ舐めねえの?」
「ああ」
ほら、とシンタローの手の中に俺はキャンディを渡した。
「それでも舐めて待っていろ。コーヒーは俺が淹れてくる」
俺の言葉にシンタローは頷くとソファへと足を引き返した。歩きながら従兄弟の指はパッケージをはがすのに苦心していた。




カップを2つ抱えて戻ってくるとシンタローはソファから慌てて足を下ろした。
寝そべってキャンディを舐めているとはこれもまた行儀が悪い。
ため息を吐きたくなったが、俺は大目に見ることにした。

「時間かかったな」
「ああ。新しい豆を探すのに苦労した」
誰か場所を移動させていた、と答えながら俺はテーブルにトレイを置く。

「キャンディはどうだ?うまいか」
白い棒を咥えたままのシンタローに尋ねると彼は「まあ。普通だな」と答える。
顔を顰めないところを見るとどうやら糖度は一般的なものらしい。グンマの気に入る菓子にしてはめずらしいことだ。

「それとは違う味だが、グンマは幸せな気分だといっていた」
「ふ~ん。幸せな気分ねえ」
アイツらしいぜ、とシンタローは肩を竦める。シンタローの横に座りながら俺は従兄弟のそんな仕草に笑った。

「おまえにも幸せをお裾分けしてやろうか?」
にやっと笑うシンタローの言葉に俺は首を傾げた。
「どうやって?」
「こうやってだよ」
笑いながらシンタローがキャンディをがじっと音を立てて噛み砕く。

「ほら」
腰を浮かせたシンタローは俺に口唇を合わせてきた。
何の行動を取るまもなくするりと砂糖で漬けたような舌が侵入してきた。
僅かなかけらが舌の上に乗せられるとシンタローは体を離した。それから口から離していた棒を従兄弟は咥えなおした。
白い棒には噛み砕かれた後のキャンディの残骸がまだある。

「どうだよ?幸せか」
にやっと笑ったシンタローに俺は口中の甘いかけらを舌で転がしながら眉を顰めた。

「……甘い」
俺の言葉にシンタローはキャンディを離して笑った。■SSS.68「前言撤回」 キンタロー×シンタローああ、なんでこうなってんだっけ、と俺は考えた。いつのまにか2人の間が縮まっている。
ゆっくりと顎の輪郭をなぞる指の感触に気をやりつつ、思い出してみたが「夕飯何する?」と聞いた後に二言三言会話しただけで取り立てて思い当たる節はない。
顎をなぞっていた指が耳の後ろへと這わされて、髪が引っ張られる。痛くはないけれど少しだけ引き攣れた感触に俺は目を閉じた。

青い目がゆっくり近づく。キスされる。

(なんでコイツそんな気になったんだ……?)

分かんねえ、と歯列に感じたくすぐったさに伏せていた目を明けると端の方でちらりとしたひかりがあった。
キスを受け止めながらひかりの先に目を凝らす。
その行動を助けるわけではないだろうけれど、キンタローは俺の口腔から撤退した。
口唇に与えられたものとは違う、触れるか触れないか分からないほど軽いキスを目元にされて、俺はため息を吐いた。
ひかりの正体は鏡だ。
亡き叔父、ルーザーの部屋には大きな姿見がある。なぜだかキンタローはそれを気に入っていた。

「……メシどうするか聞きに来ただけだぜ」
「ああ、そうだったな。で、どうする?」
キンタローは帯びれずにそう返してきた。たまには俺が作ってもいい、と話すキンタローに俺は内心、「そうじゃなくてなんで急にキスしてきたんだよ」と再び思う。
唐突過ぎてワケが分からない。煽るようなこともなにも言っていない。

(……コイツってホント分かんねえよ)

2人きりの密室だからいいものの出入りの激しい総帥室だったらと考えるとぞっとする。
そんな無防備なことをするわけないが、それでも衝動的にされるキスは心臓に悪い。
この部屋だってグンマや父がいつ訪ねてくるかわかったもんじゃない。

(バレたらどうすんだ。バレたら)
ああ、ちくしょうと髪をかきながら、それでも惚れた弱みで咎めることはせずに俺は壁に寄りかかった。
ひやっとした感触が背に伝わる。俺の部屋ともキンタローの部屋とも違う温度だ。
この部屋は何故だか他のどこよりも温度が低い。

背に伝わった感触から俺は随分前のことを思い出した。
帰ってきたばかりの頃、この壁に押し付けられて殺してやるといわれたことを……。


「なあ、そういえばさ」
なんとなく思いついたことを俺は聞いてみることにした。

「おまえってこの部屋で俺のこと殺すって言ってたよな」
痛いくらい壁に押し付けやがって、と笑いながら言うとキンタローはわずかに目を見張った。
それから数年前のことを思い出してああと頷いた。

「お前を……引き裂いて殺してやりたかった」
「で、今はどうなんだよ」
意地の悪い質問だなと思いながら俺は尋ねてみた。どう答えてくるのか興味がある。
歯の浮くような科白は勘弁してもらいたいけど。

「今……?」
「ああ」

なんて答えるつもりだよ、と俺はキンタローをじっと見た。


「そうだな。殺したいとは思わないが、お前の服を引き裂いてやりたいときはある」


「……」
前言撤回。歯の浮くような科白の方がマシだ。■SSS.70「心臓に悪い」 キンタロー×シンタロー総帥を継いだシンタローが激務の毎日を送るようになったのは当然だったが、引退したとはいえ、父であるマジックももそれなりに忙しい日を送っていた。
マジックが多忙である理由はおよそシンタローの理解の範囲を超えたファンクラブのための活動であったが、たいていは日帰りのもので今日のようにわざわざ泊りがけて他国へと行くのはめずらしかった。
いつもなら分担して行う夕食の準備も残った家族は食器を出すだとか洗い物をするくらいしか期待が出来ないので、シンタローは早くから台所に立った。残った家族、グンマは家事を高松に任せきりの生活をしていたし、キンタローは料理どころかに日常の雑事すべてがやることなすこと初めての男だ。はっきり言って期待以前の問題である。ところが。

(コイツも家事にハマるタイプだったのかよ)

シンタローの横では今、キンタローが真剣な面持ちで小鯵を開きにしている。
手伝ってやる、と尊大に言われたときシンタローはこいつの面倒も見なきゃいけねえなんてかったりぃなあと思った。
グンマと手分けして食器を出してくれれば、後は大人しく席に着いて待っていてほしいとも思った。
包丁を持つのも初めてだ、と感想を持つだろう男にいちいちレクチャーしてまで手伝ってもらうのは気が進まない。
だが、シンタローの意に反してキンタローは料理でも器用なところを見せた。
おまえがいつもやっているやつだろう、とみじん切りも教えることなくできたし、飾り切りだって手馴れたように作って見せた。
見れば分かる、と得意そうに胸を張る従兄弟のおかげで父親と分担しているときと同じスピードで調理が進むのはよかったけれども。
でも。

(なんつーか話しかけても答えてくれねえしなあ)

今ちょっと取り込んでいるんだ、と研究室に訪ねてみたときと同じ口調でキンタローはすっぱりとシンタローの口にしたくだらない話を一蹴した。集中しているキンタローにそれ以上何を言うことも出来ず、シンタローはコンソメジュレに取り掛かった。




粗熱をとって冷蔵庫にボウルを入れてからふとキンタローを見るとやはり彼は口を引き結んで魚に包丁を入れていた。
バットの上に並べられた小鯵は丁寧に小骨も取り除かれている。
今捌いているもので終わりか、と空になったトレイをシンタローは確認した。やっぱり手際がいい。
まあ、これなら明日も手伝わせて平気だな、とシンタローは思った。
従兄弟に対して過保護な高松を夕食に招待してやるのもいいかもしれない。
そう考えつつ、キンタローを見やると彼は手を動かしつつも前髪が目にかかっているのをうざったそうに目を細めていた。

(払ってやるかな)

一瞬そう考えたが、刃物を持っているときは危ない。それにここまで丁寧に仕事が出来ているのだから放っておいても平気だろう。
長い髪ならシンタローのように後ろでくくることも出来たが、生憎とキンタローは髪が短い。
ああいうのくすぐったいんだよな。痒いような、なんつーか、とシンタローはキンタローの前髪を見ながら思った。
金色の髪が動くたびにさらさらと鼻先にかかる。伏せ気味の目は時折少し開いて青い色を髪の隙間から見せていた。
引き結んでいる口は怒っているときと違って口角が上がっていない。
じっと観察しているとキンタローが手の甲で汗を拭った。
額があらわになるとともに目元がばっちりと見えた。
細めていない目の青い玉が視界に入ってきてシンタローは見惚れた。

(やっぱきれいだよな、コイツの目)

父親もグンマも他の親族も自分とは違う青い目を持っている。
皆、微妙に違った色合いの青だがシンタローは従兄弟のものが一番きれいだと感じた。
子どもの頃とは違って自分の黒い目が嫌だとか青い目になりたいなどとは思わずに、単純に見惚れてしまった。

(親父より薄いかな……)

亡くなったルーザー叔父さんと同じ色なんだよな、とシンタローはぼんやりと思った。
そのまま見つめていると片方だけ見えていた青い目がキンタローが振り返って両方確認できるようになった。

「できたぞ」
どうするんだ揚げるのか、マリネにするのか?とキンタローはシンタローに尋ねた。
「あ?え?ああ……なんか言ったか?」
シンタローははっとした。青い目が怪訝そうに揺れる。

「だからこれだ、魚はどうするんだ」
手を引かれてシンタローは飛び退いた。キンタローの右手は包丁を握ったままだ。
刃物を持つ手に驚いたわけではない。いきなり手を握られたことが原因だったのだけれども。

「し、心臓に悪いんだよ!お前!」
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