+ 雨のち晴れ、否、落雷と... +
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ガンマ団本部は今月に入って本日で四回目の爆発が起きた。
三回目までは爆発を起こした本人相手にシンタローが鬼の形相でブチ切れた。
だが、今回の四回目は、普段なら宥め役に回るキンタローが珍しくも怒った。
そうなると、普段と配役が異なってくるようで、キンタローに怒られて大声で泣きじゃくるグンマ博士の宥め役が、今回はシンタローに回ってきたのである。
研究室に着いたときは、シンタローにしがみついてわんわん泣き叫んでいたグンマだが、シンタローが文句を言わずに黙って付き合っていた甲斐があってか、次第に落ち着きを取り戻し、今現在は大好きなお菓子を口にしながら、時折笑みを浮かべてシンタローに話しかけている。
シンタローは頷きを返してグンマの話し相手をしつつも、心の中で一つ溜息をついて、グンマの右腕に巻かれた包帯をそっと見つめた。
それから、今グンマの研究室で後処理をしているであろうもう一人の従兄弟の姿を思い浮かべた。
研究室の爆発が起きたのは日付が変わる二時間ほど前であった。そのぐらいの時間では、まだ各々の研究室で勤務している者達がかなりいる。
シンタローも例にもれることなく総帥室で仕事をしていたのだが、突然大きな爆発音が聞こえると、即座に頭を抱えた。確認するまでもなく、誰が犯人かが直ぐに判ったからである。
アイツは何度言ったら解ンだよと思いながら、直ぐに総帥室を出て従兄弟の研究室がある場所へ向かった。
総帥と擦れ違う団員達はその形相に恐れをなして、普段よりも三割増で固まりながら敬礼をしていたのだが、シンタローの方はそれどころでなかった。
『グンマのヤロー…何回研究室ブッ壊せば気が済むんだよッ』
心の中で悪態を付きながら足早に爆発現場へ向かったシンタローだが、研究室にたどり着く前に大声で泣きじゃくるグンマの声が聞こえてきた。
自分で起こした爆発に驚いて泣き喚くグンマは毎度のことなのでシンタローは気にせず足を進めていたのだが、次にキンタローの怒鳴り声が聞こえると驚きのあまり一瞬足を止めて、次に走って二人の元へ向かった。
シンタローがグンマの研究室があるフロアまで駆け上がってくると、まだ勤務していた研究員達が数歩下がった位置から二人の様子を窺っているのが判る。爆発以外に何かあったのかと思いながら走ると、キンタローの怒声が尚も聞こえてきた。
『こりゃマズイな…』
自分の相棒が本気で怒っているのが判ったシンタローは、研究員達の群をかき分けて中へ入る。
「キンタローッグンマッ」
シンタローが二人の間に割って入ると、涙で目を真っ赤にしたグンマが真っ先に飛びついてきた。
「シンちゃーんッキンちゃんが恐いーッ」
シンタローにしがみつき胸に顔を埋めて泣きつくグンマに「お前、何やったんだよ…」と声をかけながら、次にキンタローに視線を向けた。シンタローが来たことでキンタローは黙り込んでしまったのだが、荒立った感情が納まっていないのは一目瞭然だった。
『キンタロー……アイツ…───』
キンタローの青い眼が鋭い視線を投げ付けてきて、一見だととても恐いのだが、よく見ると本人が震えている。
シンタローは二人の従兄弟をどうしようかと一瞬迷ったのだが、キンタローに後片付けを任せるとグンマを連れて急いでその場を離れた。
何故ならば、怪我したグンマの血がシンタローの総帥服の一部分を赤黒く染めていたからであった。
そのまま医務室に直行して、怪我の手当をするときも「痛いーッ」と大声で泣くグンマをシンタローは何とか宥めて、それから少し気持ちを落ち着かせようとリビングへ連れていった。
泣く以外は大人しくシンタローに付いてきたグンマだが、怪我をしていない方の手でシンタローの腕を取るとそこから離れようとしない。シンタローもグンマの体が震えていることに気付いていたから、振り払うような真似はせずに、そのまま放っておいた。
グンマに大人しく椅子に座って待っているように言うと、シンタローはキッチンへ向かう。急いでお湯を沸かすと、リビングに待たせている従兄弟が好きな、甘い紅茶やお菓子を用意して持っていき、グンマの正面にある椅子に腰を下ろした。
シンタローから離れて最初は震えていたグンマだったが、少しそれが納まるとまず温かい紅茶に手をつけ、それから大人しくお菓子を口に運ぶ。
シンタローは黙ったままグンマの様子を窺っていたが、当の本人は無言のまま何度かそれを繰り返すとしっかり落ち着いたようで、泣き腫らして赤くなった目に笑みを浮かべながら「ありがとう、シンちゃん」と一言礼を言った。その一言が普段と変わらない口調に戻っていたので、シンタローもひとまずは安堵する。
それからグンマの他愛もない話に付き合い、大分時間が経った頃に『もう大丈夫だろう』と様子を見ながら話題を変えた。
「グンマ」
「なぁに?シンちゃん」
「お前、キンタローが何で怒ったか解ってるか?」
シンタローがキンタローの名前を出すと、途端に表情が翳り、グンマは俯いたまま黙り込んだ。
シンタローはそんな様子のグンマを根気よく待つ。
正面に座った黒髪の従兄弟が無言のまま自分の台詞を待っていることに気付くと、しどろもどろになりながらもグンマは口を開いた。
「僕…が……懲りずにまた実験に……失敗…したから…」
「違う」
グンマの大きな目には、再び涙が溜まってきていたのだが、シンタローの一言に少し驚いた表情を浮かべて顔を上げた。
シンタローは特に怒った様子もなく、静かにグンマを見つめていた。
「違うの…?」
グンマの問いかけにシンタローは頷きを返すと、再び口を開く。
「キンタローが恐かったか?」
その問いかけに、少し躊躇いを見せたグンマだったが、素直に頷いた。
「凄く?」
「うん…とっても…。あんなに怒ったキンちゃん…僕、初めて見た…今までだって何回も…僕、実験の失敗はやってるのに……あん…な、キン…ちゃ……恐か……ッ」
グンマの台詞を大人しく聞いていたシンタローは、目の前で泣きそうになっている従兄弟をジッと見つめながら静かに口を開いた。
「お前、怪我しただろ?」
予期せぬ一言がリビングに響いて、グンマはきょとんとした顔をした。次いで自分の右腕を見る。
「お前が恐かったって分だけ、キンタローは凄いビックリしたんだよ、その怪我を見て」
シンタローの言葉を聞きながら、先程医務室で手当をしてもらった際に捲かれた真っ白な包帯を見つめた。
「僕が…怪我をしたから…?」
「お前ってどんな強運持ってんだか知らねーけど、どんなに研究室ブッ壊しても何でか無傷じゃねーか」
「じゃぁ…」
「そう、だからキンタローは怒ったんだ───意味、解るよな?」
最後の台詞は、グンマの耳に優しく響いた。
キンタローの気持ちを理解した瞬間、グンマは感極まって勢い良く立ち上がる。
「僕、キンちゃんのことひどく言っちゃったよ…謝りに行かなきゃッ」
半泣き状態で慌ててリビングから出ていこうとしたグンマにシンタローは片目を閉じてドアを指した。
「今、来るゼ」
その台詞に驚いてグンマがシンタローを振り返ると、言われたとおりにリビングのドアが開く。
忙しなく首を動かして、またグンマが背面を振り返ると、自分と同じ青色にあった。
「キンちゃんッ」
普段なら真っ先にシンタローの元へ行く従兄弟だが、今は入口で立ち止まったまま目の前にいるグンマを青い双眸にしっかり映している。
そしてグンマの右腕に視線を移すと、辛そうに顔を歪ませてそっと腕を取った。
「グンマ……怪我は?」
悲痛に染まった声色は、どれ程心配をしてくれたかが、聞いた者全てに判るような響きを持っていて、グンマはそれが心に痛くて泣きながらキンタローに抱きついた。
「大丈夫だよ~ッうわーんっゴメンネ、キンちゃんッ心配かけてゴメンナサイッ」
強い力で抱きつき、泣きながら捲し立てるグンマに、キンタローは目を白黒させる。
「恐いって言ってゴメンナサイッキンちゃんの気持ちに気付かなくてゴメンナサイーッわ~~んッ」
キンタローは、泣き出したグンマにどう対応すればいいのか判らなくて、驚きと共に戸惑いを見せる。
そんな従兄弟にシンタローは、
「グンマが凄い勢いで謝ってんだぜ。お前は何かねーの?」
と優しく笑いかけた。
シンタローにそう言われて、キンタローはグンマの勢いに押されたために飲み込んでしまった自分の言葉を思い出す。
「いや、グンマ…俺も怒って悪かった…怒鳴り声を上げてすまなかった……その…恐かった、だろう…」
「恐かったけど良いのッキンちゃんが僕を心配してくれた気持ちだからっキンちゃん大好きーッ」
シンタローに向かって「大好きッ」と言いながら抱きつくグンマの姿は見慣れていたが、まさか自分が抱擁を受けながら同じ台詞を言われるとは思っていなかったキンタローは、驚きのあまり完全に固まってしまった。
グンマの腕から流れる血に驚いて、我を忘れて大声で怒ったのは、つい先程のことだ。
あんなに怒鳴り声を上げたのだから、嫌われてしまっても仕方がないと思っていた。
キンタローが困惑した表情でシンタローを見ると、柔らかな微笑と共に頷きを返される。
キンタローは戸惑いながらも宥めるように、グンマの頭をそっと優しく撫でた。
─ 後日談 ─
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