「私の息子はおまえだけだ・・・。おまえさえいればいいんだ!」
マジックはそうシンタローに告げ、動揺したシンタローが自己卑下した言葉を勢いで言ってしまった時に、マジックは初めてシンタローを殴った。
普段、自分に甘い父親の姿ばかりを見ていたシンタローにとって、そのことはかなりのショックであった。
「もう、父さんなんか知るか!家出してやるッツ!!」
そう言って、シンタローは総帥室を飛び出した。シンタローは心のどこかでマジックが追ってくるかと少し期待していたが、誰も追っては来なかった。
シンタローは、泣きそうな顔を誰にも見られたくなかったので、1人になれる場所に行こうと思った。なるべく人に会わずに行ける人気のない場所を考えた末、結局仕官学校内図書館の裏手の階段に行くことにした。
門は閉まっていたが、シンタローは門を乗り越えて学校内に入った。
放課後であったせいか校内には生徒が居らず、シンタローは誰にも会わずに目的地まで辿り着くことができた。シンタローは膝を抱えて階段に座った。
家に帰らない決意を固めたものの、シンタローにはこれと言って行く当てはなかった。叔父のサービスがいれば、もちろんサービスの所に行くのだが、あいにく彼は現在ガンマ団には居なかった。
学校の友人の所ということも一応考えてはみたが、シンタローはその案をすぐに諦めた。学校でシンタローは多くの友人達に囲まれていたが、彼らとはその場での付き合いであり、彼には実は心を許せる相手というものはいなかった。
父親の威光が士官学校の中でも強く、いつも良かれ悪かれ「総帥の息子」という目で見られていることは、シンタロー自身もよく分かっていた。
シンタローが友人達に一言「泊めてほしい」と言えば、喜んで泊めてくれるのかもしれないが、マジックに睨まれるのが怖くて関わろうとしない可能性もあった。
シンタローは、自分の心に入れた相手から裏切られることがとても怖かった。
さっきのマジックとの事やコタローの事に加えて、現在自分が孤独で無力であると実感したシンタローの目には涙が滲み、シンタローはそれをごまかすように抱えた膝に目頭を押し付けた。
夕方になり、辺りはだんだんと薄暗くなってきた。
アラシヤマは学生食堂から寮への帰り道、近道をしていた。その近道というのは食堂から寮までの最短距離であるが、梢の間を通り抜けるという無茶なものであったのでほとんど誰も使用していなかった。
「よっと。ここで木立は終わりどすな。ここから寮までは後ちょっとやさかい、楽なもんやわ」
そう言って、図書館の裏手に出たアラシヤマは木から飛び降りた。
いつのまにか、辺りはすっかり暗くなっていた。
(ん?何やろ?人ですやろか??全然動かへんけど・・・。まぁ、殺気は感じへんから外部からの侵入者というわけでもおまへんやろ)
そう思ったアラシヤマが、確かめようと階段の方に向かうと、座っていた人影がバッと顔を上げた。
「あっ、シンタローやないか。こんな所で何してますのや。アレ?もしかして泣いとったん?ええ年してみっともな~」
アラシヤマは、シンタローからあからさまに無視するか怒って突っかかってくるかどちらかの反応が返ってくると思ったが、予想外にもそのどちらでも無かった。
シンタローは、力なく再び膝の上に顔を伏せた。
いつもと違う様子のシンタローの姿に焦ったアラシヤマは、
「あ、あんさん、どないしましたん?具合でも悪いんどすか?」
と声を掛けたがシンタローは顔を上げようともせず返事もしない。焦れたアラシヤマは、さらにシンタローに近づき無理やり顔を上げさせようとした。
アラシヤマがシンタローの顔を無理やり上げさせると、少し離れていたときには分からなかったが、近くで見るとシンタローの頬は涙で濡れていた。
アラシヤマはシンタローの涙を見て思わず固まってしまったが、シンタローは怒ったような顔をし、
「触んじゃねェヨ!!とっとと、失せろ!」
と、アラシヤマの手を振り払った。
その対応にムッとしたアラシヤマは、
「へェー。あんさんは他人の親切にそんな対応をするんどすか。もう、俺は知りまへんえ?」
そう言って、その場を後にした。アラシヤマは寮の方に向かってしばらく歩いてはみたが、さっきのシンタローのことが頭から離れず、気になって仕方がない。
「あ゛―――!!もう!なんでわてが、こんなにシンタローなんかのことを気にせなあきまへんのや!!まぁ、このままほっといても寝覚めが悪うおますし、しょうがない。戻りまひょか」
そう言うと、アラシヤマは走ってシンタローがいる場所へと戻った。
シンタローが居なくなっている可能性もあり、少し心配であったがシンタローはそのままさっきの場所から動いていなかった。
「シンタロー、こんな場所にずっと居ってもしょうがないやろ。家に帰ったほうがええんとちゃうか?ホラ、これで顔拭きや」
と言って、たまたま持っていたタオルをシンタローに差し出した。
アラシヤマの声を聞いたシンタローは、まさかアラシヤマが戻ってくるとは思わなかったらしく、あっけにとられたような顔をしてアラシヤマを見、思わずタオルを受け取った。
タオルを受け取ったものの、シンタローは再び俯いてしまった。
「あんさんがこのまま帰らへんかったら、親馬鹿の理事長がえらい心配しますやろ。さっさと帰りますえ?」
アラシヤマがそう言うと、理事長という言葉を聞いたシンタローは勢いよく顔を上げ、
「あんなヤツ、心配なんかしてるわけねぇヨ!!」
と吐き捨てるように言った。
「・・・何があったんか知りまへんが、朝までここに居るわけにもいかんやろ」
「家に帰るぐらいだったら、ここに居る!」
「・・・しょうがないどすなぁ。なら、俺の部屋に来まへんか?」
それを聞いたシンタローは、戸惑ったような顔をした。どうにも決めかねているようなので、アラシヤマは無理やりシンタローの腕を掴んで立ち上がらせた。
「ホラ、とっとと行きますえ?」
そう言ってシンタローの手を引き、アラシヤマは寮に向かった。シンタローは手を引かれるまま素直についてきた。
(いつもこんなにしおらしかったら、可愛げがありますのになぁ・・・。って、えッ!?わて、今シンタローのことちょっと“可愛い”とか思わへんかったやろか・・・。わてはホモやおまへんし、シンタローのことを可愛いと思うやなんて、絶対何かの間違いどす~!!)
アラシヤマが(顔には出さなかったが)心の中で色々考えている間に、2人は部屋の前に着いた(ちなみに、普通は2人で1部屋だが、アラシヤマは1年間謹慎処分であったことと特異体質のせいで1人部屋である)。
アラシヤマがドアを開けて部屋の中に入ると、シンタローは戸口の所に立ったまま入ろうとしない。
「遠慮せんでもええんどすえ?」
そう声を掛けると、シンタローはオズオズと部屋の中に入ってきた。所在無さげにしているシンタローをアラシヤマはベッドに座らせ、自分は机の椅子に腰掛けた。
「あんさん、何も食べてへんのやろ?もう食堂も炊事場も閉まってますし、カップ麺ぐらいしかないどすが、食べはる?」
シンタローは黙っていたので、アラシヤマは勝手にカップ麺を作りシンタローに押し付けた。
シンタローが食べ終わると、アラシヤマは片付けながらシンタローの風呂をどうするか考えた。
(うーん、共同風呂は却下どすな。シンタローは明らかに泣いてたと分かるような顔してますし。そもそも、総帥の息子がこんなとこに居るやなんてバレたら大事ですしな。まぁ、シャワーだけでもええですやろ)
そう結論付けると、アラシヤマはシンタローに部屋のシャワーを使うように勧めた。 シンタローに着替えを渡し、アラシヤマが入れ違いに入ってシャワーを浴びて出てくると、シンタローは疲れのせいかベッドの壁際にもたれて眠そうであった。
「眠いんどすか?眠いんやったら、ちゃんと布団の中に入って寝なはれ」
そうアラシヤマが言うと、シンタローはモソモソと布団に入ったが、ふと気づいたように
「オマエは?」
と聞くと、
「わてのことはええんどす。なんや知らんけど、あんさん疲れてるんやろ?はよ寝や」
シンタローは、眠いながらもしばらく考えていたようであったが、
「じゃ、一緒に寝よーぜ」
と突然、いい案を思いついたように言った。
アラシヤマは、非常に動揺した。
(な、何言い出しますのん!?わて、今まで誰かと一緒に寝たことなんかおまへんで!!普通、この年にもなって男同士で一緒に寝るとかありえまへんやろ??)
色々と心の中で葛藤があったようであるが、悩んだ末アラシヤマは結局シンタローの横に入った。シンタローはアラシヤマが悩んでいる間にすでに眠ってしまったようである。
(普段生意気やけど、こうやって見てみると、シンタローの顔は幼いどすなぁ・・・。あれッ、また、わて、シンタローのことちょっと可愛いと思わんかったやろか!?気のせいどす、気のせい・・・)
アラシヤマが、念仏のように「気のせい」と唱えていると、不意にシンタローが寝返りを打ち、「んー」と言いながら猫のようにアラシヤマの肩口の方に擦り寄ってきた。
(か、可愛いおす!!って、シンタローは男でっせ――!?しっかり!負けるな、わて~!!)
アラシヤマは結局、その夜一晩中眠れなかった。
朝になりシンタローが起きると、すでに起きていたアラシヤマは非常に疲れた顔をしていた。
シンタローは少し不思議に思いつつ、着替えながらアラシヤマに礼を言った。
「ありがとナ。オマエ、案外面倒見がいいんだな。俺、弟が生まれるまで1人っ子みたいなもんだったから、なんか兄貴ができたみたいっつーか、」
「出て行っておくんなはれ」
「えッ?」
「俺は、シンタローと一緒にいるとすごく疲れましたえ?もう、あんさんの面倒をみるのは懲り懲りどす」
その言葉を聞いたシンタローは、一瞬泣きそうに顔を歪め、しかし、すぐにいつものシンタローに戻った。
「あぁ、そーかよ。俺もオマエのことなんか大っ嫌いだ!世話かけたな!!」
そう言うと、シンタローは振り返らずにアラシヤマの部屋の扉を思いっきり閉めて出て行った。
残されたアラシヤマは、
「これで良かったんどす。だって、わてはホモやないですもん・・・。シンタローはライバルなんどす」
と言いながら、その日の授業の用意をし始めた。
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