Act.1
「早いもんですね…二人ともあんなに小さかったのに…」
ファンシーヤンキーランドの一角のベンチで、高松は横に座っているサービスに言った。
自分がシンタローへの祝いとして連れてきた犬の毛を指に絡めて遊んでいたサービスは高松の視線の先を見る。
「子供が大きくなるは早いとか言うのを聞いてたけど…やはり身近にいるとそう思うよ」
そこには、緊張した面持ちでメリーゴーランドの馬にしがみついているシンタローと、乗りたいけどやっぱりこわいというのでハーレムに付き添われて馬車に乗っているグンマの姿があった。
マジックからのシンタロー四歳の誕生プレゼントは『遊園地貸し切り』という豪華なものだった。
だが、残念なことに発案者のマジックは緊急の仕事が入ってしまい中座、取り残されたシンタローは、招かざる客こと叔父のハーレムに焚きつけられて、こともあろうか某国のお偉いさんだというヤンキーをカツアゲしようとして愛の御仕置きをくらってしまった。
あわや外交問題に発展か?という緊張が大人たちに走ったが、そこは子供を焚きつけたハーレムが悪いということで収まり、ハーレムが謝罪をすることによって解決した。
そして、当のハーレムはというと
『誰があれくらいのことで済むようにしてあげたのか考えてみたら?』
…と、仲裁をした弟から言われ
『体力バカのアンタにはうってつけの仕事ではありませんか。シンタロー様、グンマ様、誕生プレゼントを持ってこなかったお詫びに、ハーレム叔父様が乗り物に乗せてくれるそうですよ』
と高松に言いくるめられ…罰としてグンマとシンタローに園内を引きずり回されている。
それでもジュース代、ソフトクリーム代その他を自分の分まで上乗せしてせしめていくあたりがハーレムらしかったが。
ガタン、ゴトンと重い音をたてて、メリーゴーランドがゆっくりと動きはじめる。
「たかまつー!」
グンマの甲高い声に、高松はそっちを見た。
体をしっかりとハーレムに抱きかかえられたグンマが高松に懸命に手を振っていた。
「あぶねーぞ、そんなに身を乗り出したら落ちるじゃねぇか」
保護者の前でそんなことが起きたら、自分は明日は実験室でホルマリン漬けになっていると思い込んでいるハーレムは必死にグンマを抑えていた。
そして、
「サービスおじさーん」
回り始める前は必死にしがみついていたシンタローも、なんとか手を振っている。
「なんだかんだで子守が似合っているじゃないですか」
それに高松は手を振って応えてやり、サービスもそれに倣うと、ますます身を乗り出そうとするグンマと、こともあろうか両手離しをしようとするシンタローを怒鳴り続けては、さっきまでグンマに言っていた『身を乗り出すな』になっているハーレムがそこにいた。
喧噪の元が反対側に回り、ようやく落ち着いた頃、高松はタバコを取り出し火を点けた。
悲鳴が聞こえないところを見ると、ハーレムはちゃんと言い渡された使命を果たしているのだろう。
「あの場に総帥がいらっしゃらなくてよかったですねぇ。いたらここはどうなっていたことやら」
シンタローが愛のお仕置きを食らったときマジックがいたら…このファンシーヤンキーランドは全壊していただろうと、高松は思う。
「兄さんならやりかねないだろうね。その前にハーレムが半殺しになってると思うけど」
「それくらいで懲りる男じゃないでしょ。まーでも彼が来たおかげで救われたところもあるんですから。総帥も邪険にはしないと思いますよ」
「救われた?」
眉をひそめたサービスの横顔が、さっきシンタローに見せていた笑顔とはまるで違う、厳しいものになっていた。
「…今日ここに呼ばれている招待客の顔ぶれをみたでしょ」
「ああ…」
二人の兄、マジックが中座しハーレムが揉めごとを起こしたため、ゲストたちへの挨拶や応対はサービスの仕事になってしまった。
しぶしぶながらも引き受けたサーヒスだったが、各国のお偉方を相手にしての接待は全く卒がなく、高松を唸らせたのだった。
「シンタローはあなたには招待状を送ったそうですが…ハーレムはもらわなかったとか言ってましたね」
サービスは、自分がもらったシンタローが自分で作ったらしい、クレヨンでかかれた招待状のことを思い出した。
「みたいだけど」
「まあハーレムがどこでかぎつけたかは知りませんが。彼が来なかったらどうなっていたことやら」
「何が?」
競馬ですって小遣いをたかりにきただけじゃないか、と高松に向けられたサービスの冷ややかな視線が言っていたが、高松は否定した。
「今日ここで、あなたとハーレムがいなかったら…もしくはどちらかが欠けていたら、あの人たちは『青の一族は磐石ではない』という情報を国に持ち帰っていたでしょうね」
高松の視線が移った先には、それぞれ遊園地での一日を楽しみ、ガンマ団に連なる子供の無邪気に遊ぶ姿を見ながらも、外交を忘れない各国のお偉方がいた。
これだけ大勢の客がいても、幼子の誕生日を無邪気に祝える大人は、残念ながらごく一部だけだった。
「おまえからそんな言葉が聞けるとはね」
「ガンマ団に何かあったら、グンマ様にも累は及びますから」
「グンマがかわいくてたまらないんだね」
驚嘆に少しの皮肉を込めて言ったサービスに、
「ええ。本当に利発でかわいらしい方です」
と返事をした高松は笑みさえ浮かべていた。
偽りや打算のない穏やかな微笑みと眼差しの先には、あの子供がいる。
あの夜、突然泣き出したらどうしようと恐れながら頼りない体を抱き上げて、この男に渡した子供が。
これが望んでいたあるべき姿というなら満足のいく結果だというのに、サービスはどこか胸が締め付けられる錯覚に囚われる。
実際に締めているものは何もないというのに。
この苦しさは高松にはないのだろうか、とサービスは旧友の横顔を見た。
だが彼はもう一度回ってきたメリーゴーランドにいる子供たちに手を振って答えるのに忙しく、サービスの方をちらりとも見ない。
そうするうちにメリーゴーランドは動きを止め、降りてきた子供たちは見守っているだけの保護者のことは忘れ、今こき使うことのできる『子守』の手をとって次の目標に駆け出した。
「じゃあ…私はこれで」
サービスはベンチから立ち上がり、服の裾の乱れを直す。
「もう行くんですか?」
行き先は誰にも分からない、本人さえも知らない当て所のない旅に戻るサービスは、やや寂しさの篭っている旧友の眼差しを敢えて見ないで答えた。
「あまり長居するつもりはなかったんでね」
「シンタローくんが寂しがりますよ」
サービスは暫く何か考えていたが、高松の手を取りつれてきた犬の綱を握らせると、
「よろしく言っておいてくれ」
とだけ言い、振り返りもせずにひっそりと立ち去った。
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