昼間だというのに、深く暗い森。その中をリキッドとシンタローは歩いていた。二人の背には大きな竹籠がある。
「こんなもんでいいだろ」
「そうッすね」
脚を進める度に籠の野菜やら果物が音を立てた。
「じゃ、帰んぞ」
「あ、ちょっと待って下さい」
そう言うや否や、リキッドは傍の樹に駆け寄ると、実を二つもぎ取った。そして、その内一つをシンタローに手渡した。
「これ美味しいんすよ」
リキッドは手の中にある果実の朱くつるつるした皮をめくりとっていく。
柔らかな香りが辺りに広がって、白い果肉からは汁が滴ってリキッドの手を濡らす。リキッドはそれを噛り、飲み込んだ。
それを見届けてから漸くシンタローも果物を食べ始めた。それは桃のように甘く、林檎のようにさっぱりともしていて、けれどもどの果物とも違う味がした。
「確かに旨いな」
「でしょ?今度これで何か作ろっかなって思ってるんす」
にこにことリキッドは笑っていた。晩のおかずや家事について話をする内に二人は果実を食べきってしまう。
「手ぇ、べたべたになっちまったな」
「大丈夫ッすよ、この近くに湖があるんです」
そこでリキッドはちらりとシンタローの眼を見た。瞳は碧く、一瞬光ったようにシンタローには見えた。
「で、それは何処なんだ」
「すぐですよ、行きましょう」
リキッドは今来た方でも帰る方でも足を向けた。シンタローもそれに倣い、ついていく。
しかし、歩けども二人は湖の「み」の字すら全く見つけられない。
横から漂ってくるあからさまな怒りのオーラにリキッドはだんだん小さく縮こまっていく。
「…で、何処にあんだよその湖とやらは!」
「…す…すみません…」
「ったく、使えねぇなぁ」
じろりとシンタローに睨みつけられ、リキッドは小動物のように竦み上がった。
「あ…あの、でもこの辺だと思うんで…手分けして探しませんか?」
「何だ、俺にたかが元ヤン風情が指図すんのか?」
「……一緒に探してやって下さい…お願いします…」
頭を地面に擦り付ける、リキッドの土下座にシンタローは鼻を鳴らした。
「で、どっちの方なんだよ」
「じゃ…シンタローさんはあっちの方をお願いします。俺はそっちに行きますんで」
シンタローはそう言われると直ぐに向きを変えて、肩を怒らせて大股で歩いていってしまう。
そんな後ろ姿を見つめるリキッドの眼差しは先程の様子とは異なっていて、口角が吊り上がっていた。
今や、シンタローは何十本の蔦によって宙に吊り上げられていた。
「…な…なんなんだよ…一体……ッ!」
しっかりと巻き付いて構成された蔦は思った以上に頑丈で、シンタローがもがいてもびくともしない。
その上、眼魔砲をぶっ放そうとするものの、突然の出来事に頭は真っ白になっていて、意識を集中させるのは困難な作業となっていた。
そして、そんな囚われの身のシンタローの躯に新たな蔦が触れ始めた。
「…やめろ…ッッ!」
相手は植物で聴覚なんて存在しているかもわからなかったが、そうシンタローは叫んでいた。
顔や腕を撫でていく蔦にシンタローの身体には鳥肌が立っている。
「……っ……!」
タンクトップの脇口から蔦が入ってきて、シンタローは身を固く強張らせた。
そして、調べ尽くすように蔦は彼の上半身を丹念に這っていく。
蔦の表面に生えそろっている細かくて柔らかな毛がシンタローの上を何時も往復していた。
――ただそれだけであるのにも関わらず、刺激に餓えたシンタローの肉体は徐々に変化していく、本人の意思に反して。
「ん…っ…やめろっ!」
シンタローは首を振ったが、その動きさえも顔の周囲の蔦に制限された。逃れようと身をよじっても、植物はまるで鋼鉄でできているように揺るがない。
「………ド……」
出来る事は、声を出す事だけだった。
「…リキ…ッド……ッ!」
声はかすれて甘くなっていた。
「リキッド……ッッ…!」
すっかり形を整えた胸の飾りを繊毛が愛撫をして、シンタローは思わず吐息をもらしてしまった。羞恥でシンタローは身体が更に熱くなる。
そして同じく準備が整い始めているものにも、蜂が蜜に吸い寄せられるように侵略の手がのばされていた。
「触るな…っ…やめろ…!」
布越しの動きにさえ反応してしまう身体をシンタローは呪った。
「…ぅ……いや…だ…っ」
いっそこのまま意識を手放してしまえば、とシンタローは思ったが彼の自尊心はそれを許さず、より一層彼を苦しめた。
「い…や……リキ…ッ…ド…」
「…電磁波ッッ!!」
焦げる臭いがしたあと、シンタローは重力を感じた。
そしてその身体は地面にぶつかることなく、抱き留められた。
「大丈夫ッすか、シンタローさん」
見上げるとそこには求める人物の顔があり、シンタローの体からは力が抜けおちた。
「……ん……」
リキッドは子供をあやすようにシンタローの背中をゆっくりと撫でている。
「…くすぐってぇよ…リキッド」
シンタローの手首は今だ拘束されたままだった。
「じゃあ、ここならどうすか?」
手は移動すると、今度はシンタローの脇腹を撫でた。ぴくんと、シンタローの身体が震える。
「…っ…何すんだッ…!」
リキッドはシンタローを抱え上げると、先程の場所から離れた所に乱暴に下ろした。
そして、白い上衣を無理矢理めくる。
「おいっ! やめろっ!!」
リキッドが突起を摘むように指の腹で揉むと、シンタローの身体は揺れた。
「もうかなりイイみたいッすね、シンタローさん」
より深く覆い被さられて、シンタローは直にではないにせよリキッドの熱い欲望が身体に当たっているのに気付き、そして背中を流れる冷たい汗も感じた。
「やめろっ、冷静になれっ!」
「俺はずっと冷静ッすよ」
リキッドは微笑んでいた。しかし、見知らぬ人間のようにシンタローの目には映った。
「やめ……っ!」
硬く結ばれていた腰紐はたやすく解かれ、リキッドはシンタローの姿を露にさせた。
シンタローは固く眼を閉じる。けれど突き刺さる程の視線にすら感じてしまい、羞恥はその頬を紅く染め上げた。
「みるな…!」
リキッドは躊躇うこともなく、それに手をのばした。十分に火照らされた身体はリキッドにとても素直だった。
それでも、理性はシンタローの口を借りて拒否の言葉を繰り返した。
「へぇ…でもここ、こんなですよ」
先端から早くも溢れ出た蜜を拭うと、リキッドは自らの親指と人差し指を重ねる。離すと、糸がひいた。
「やだ……やめろ…っ…」
リキッドは手の動きを早める。先刻前の植物とは異なる刺激にシンタローの身体はますます促進されてしまっていた。
「いや……だ……っ」
疼き続ける所からは摩擦が与えられる度に、濡れた音がした。
「や…めろ…リキッドッ…!」
途端にリキッドは動きを止めた。瞼を上げると、シンタローの視界は涙でぼやけていたが自分の上にいるリキッドを見て取った。
「…シンタローさん、そんなに俺の名前呼ぶと気持ち良くなれるんすか?」
「…ちが…う…」
「違うんすか?」
リキッドはシンタローの耳元に口を寄せた。
「さっき植物に襲われてた時だって、すごくいやらしい顔して何回も俺の事呼んでたじゃないすか」
シンタローはその黒い眼を見開いた。
そんな様子を見て、体制を直したリキッドは再び不敵に笑った。
「見てた……のか…?」
「ええ」
「…最初…から…?」
「そうですよ」
事もなげにそう言うと、リキッドは行為を再開した。
「…い……や…だ…ぁ…」
動きに従って、シンタローの呼吸は荒く熱くなっていく。
限界が近づき、シンタローは唇を噛んだ。それだけが彼に出来た事だった。
「…随分溜めてたんすね」
掌に零れた白濁した液を見て、リキッドは驚いたようにそう言った。対して、シンタローは乱れた呼吸を整えようと胸を上下させていた。
「今度は俺の番ッすね」
リキッドの指が対象部分の周りをなぞる。
「いや……や…め……」
「駄目ですよ、シンタローさん」
口調は優しいのに慣らす指は強引で乱暴だった。先程の液体を潤滑油代わりにしているものの、シンタローは痛みに顔をしかめている。
「ぃ…や……だ…」
「シンタローさん、どうして俺が蔦に襲われなかったか教えてあげますよ」
指が一本増やされ、シンタローは苦しげに呻いた。
「さっき、果物食べましたよね。あれの香りに反応して、植物が寄って来るんすよ」
「…っ…そこ……や……っ」
リキッドは的確にその弱点を探り当て、集中的に攻め立てた。
「…ん…っ…」
「俺は湖でちゃんと洗ってから来たんです。だから大丈夫だったんすよ」
触れられていないのに、形を取り戻したものにリキッドの瞳は冷たく光った。
「…なん……で…」
「そんなこと、どうでもいいじゃないすか」
指が抜かれた。そして、触れるか触れないかの所に準備をした状態でリキッドは諭すようにシンタローに言った。
「もう誰も助けてなんかくれませんよ」
シンタローはぐったりとして、リキッドの腕の中にいた。リキッドはその黒髪をすいている。
「シンタローさん」
名を呼んでも返事はない。
彼の人は事が終わると、ショックのためかそのまま気絶した。
今はただ、涙を浮かべたまま眠っている。
リキッドはシンタローの両手を縛っている蔦を外した。自由になったその二つの手首には赤く痣が残っている。
そしてしっかりと握られていた手を開くと、堪えようと強く力をこめていたために爪でつけてしまった傷から血が滲んでいた。
リキッドがその手をとって傷を嘗めると、果実の甘い味と鉄の苦い味が広がった。
満足げに笑うと、リキッドはシンタローの唇にキスをした。
『きっと、この人の心にも同じように深い傷がついたのだろう』と。
『そして、その痛みがこの人の中に自分の存在を刻み込むだろう』と。
そう、考えながら。
END
「こんなもんでいいだろ」
「そうッすね」
脚を進める度に籠の野菜やら果物が音を立てた。
「じゃ、帰んぞ」
「あ、ちょっと待って下さい」
そう言うや否や、リキッドは傍の樹に駆け寄ると、実を二つもぎ取った。そして、その内一つをシンタローに手渡した。
「これ美味しいんすよ」
リキッドは手の中にある果実の朱くつるつるした皮をめくりとっていく。
柔らかな香りが辺りに広がって、白い果肉からは汁が滴ってリキッドの手を濡らす。リキッドはそれを噛り、飲み込んだ。
それを見届けてから漸くシンタローも果物を食べ始めた。それは桃のように甘く、林檎のようにさっぱりともしていて、けれどもどの果物とも違う味がした。
「確かに旨いな」
「でしょ?今度これで何か作ろっかなって思ってるんす」
にこにことリキッドは笑っていた。晩のおかずや家事について話をする内に二人は果実を食べきってしまう。
「手ぇ、べたべたになっちまったな」
「大丈夫ッすよ、この近くに湖があるんです」
そこでリキッドはちらりとシンタローの眼を見た。瞳は碧く、一瞬光ったようにシンタローには見えた。
「で、それは何処なんだ」
「すぐですよ、行きましょう」
リキッドは今来た方でも帰る方でも足を向けた。シンタローもそれに倣い、ついていく。
しかし、歩けども二人は湖の「み」の字すら全く見つけられない。
横から漂ってくるあからさまな怒りのオーラにリキッドはだんだん小さく縮こまっていく。
「…で、何処にあんだよその湖とやらは!」
「…す…すみません…」
「ったく、使えねぇなぁ」
じろりとシンタローに睨みつけられ、リキッドは小動物のように竦み上がった。
「あ…あの、でもこの辺だと思うんで…手分けして探しませんか?」
「何だ、俺にたかが元ヤン風情が指図すんのか?」
「……一緒に探してやって下さい…お願いします…」
頭を地面に擦り付ける、リキッドの土下座にシンタローは鼻を鳴らした。
「で、どっちの方なんだよ」
「じゃ…シンタローさんはあっちの方をお願いします。俺はそっちに行きますんで」
シンタローはそう言われると直ぐに向きを変えて、肩を怒らせて大股で歩いていってしまう。
そんな後ろ姿を見つめるリキッドの眼差しは先程の様子とは異なっていて、口角が吊り上がっていた。
今や、シンタローは何十本の蔦によって宙に吊り上げられていた。
「…な…なんなんだよ…一体……ッ!」
しっかりと巻き付いて構成された蔦は思った以上に頑丈で、シンタローがもがいてもびくともしない。
その上、眼魔砲をぶっ放そうとするものの、突然の出来事に頭は真っ白になっていて、意識を集中させるのは困難な作業となっていた。
そして、そんな囚われの身のシンタローの躯に新たな蔦が触れ始めた。
「…やめろ…ッッ!」
相手は植物で聴覚なんて存在しているかもわからなかったが、そうシンタローは叫んでいた。
顔や腕を撫でていく蔦にシンタローの身体には鳥肌が立っている。
「……っ……!」
タンクトップの脇口から蔦が入ってきて、シンタローは身を固く強張らせた。
そして、調べ尽くすように蔦は彼の上半身を丹念に這っていく。
蔦の表面に生えそろっている細かくて柔らかな毛がシンタローの上を何時も往復していた。
――ただそれだけであるのにも関わらず、刺激に餓えたシンタローの肉体は徐々に変化していく、本人の意思に反して。
「ん…っ…やめろっ!」
シンタローは首を振ったが、その動きさえも顔の周囲の蔦に制限された。逃れようと身をよじっても、植物はまるで鋼鉄でできているように揺るがない。
「………ド……」
出来る事は、声を出す事だけだった。
「…リキ…ッド……ッ!」
声はかすれて甘くなっていた。
「リキッド……ッッ…!」
すっかり形を整えた胸の飾りを繊毛が愛撫をして、シンタローは思わず吐息をもらしてしまった。羞恥でシンタローは身体が更に熱くなる。
そして同じく準備が整い始めているものにも、蜂が蜜に吸い寄せられるように侵略の手がのばされていた。
「触るな…っ…やめろ…!」
布越しの動きにさえ反応してしまう身体をシンタローは呪った。
「…ぅ……いや…だ…っ」
いっそこのまま意識を手放してしまえば、とシンタローは思ったが彼の自尊心はそれを許さず、より一層彼を苦しめた。
「い…や……リキ…ッ…ド…」
「…電磁波ッッ!!」
焦げる臭いがしたあと、シンタローは重力を感じた。
そしてその身体は地面にぶつかることなく、抱き留められた。
「大丈夫ッすか、シンタローさん」
見上げるとそこには求める人物の顔があり、シンタローの体からは力が抜けおちた。
「……ん……」
リキッドは子供をあやすようにシンタローの背中をゆっくりと撫でている。
「…くすぐってぇよ…リキッド」
シンタローの手首は今だ拘束されたままだった。
「じゃあ、ここならどうすか?」
手は移動すると、今度はシンタローの脇腹を撫でた。ぴくんと、シンタローの身体が震える。
「…っ…何すんだッ…!」
リキッドはシンタローを抱え上げると、先程の場所から離れた所に乱暴に下ろした。
そして、白い上衣を無理矢理めくる。
「おいっ! やめろっ!!」
リキッドが突起を摘むように指の腹で揉むと、シンタローの身体は揺れた。
「もうかなりイイみたいッすね、シンタローさん」
より深く覆い被さられて、シンタローは直にではないにせよリキッドの熱い欲望が身体に当たっているのに気付き、そして背中を流れる冷たい汗も感じた。
「やめろっ、冷静になれっ!」
「俺はずっと冷静ッすよ」
リキッドは微笑んでいた。しかし、見知らぬ人間のようにシンタローの目には映った。
「やめ……っ!」
硬く結ばれていた腰紐はたやすく解かれ、リキッドはシンタローの姿を露にさせた。
シンタローは固く眼を閉じる。けれど突き刺さる程の視線にすら感じてしまい、羞恥はその頬を紅く染め上げた。
「みるな…!」
リキッドは躊躇うこともなく、それに手をのばした。十分に火照らされた身体はリキッドにとても素直だった。
それでも、理性はシンタローの口を借りて拒否の言葉を繰り返した。
「へぇ…でもここ、こんなですよ」
先端から早くも溢れ出た蜜を拭うと、リキッドは自らの親指と人差し指を重ねる。離すと、糸がひいた。
「やだ……やめろ…っ…」
リキッドは手の動きを早める。先刻前の植物とは異なる刺激にシンタローの身体はますます促進されてしまっていた。
「いや……だ……っ」
疼き続ける所からは摩擦が与えられる度に、濡れた音がした。
「や…めろ…リキッドッ…!」
途端にリキッドは動きを止めた。瞼を上げると、シンタローの視界は涙でぼやけていたが自分の上にいるリキッドを見て取った。
「…シンタローさん、そんなに俺の名前呼ぶと気持ち良くなれるんすか?」
「…ちが…う…」
「違うんすか?」
リキッドはシンタローの耳元に口を寄せた。
「さっき植物に襲われてた時だって、すごくいやらしい顔して何回も俺の事呼んでたじゃないすか」
シンタローはその黒い眼を見開いた。
そんな様子を見て、体制を直したリキッドは再び不敵に笑った。
「見てた……のか…?」
「ええ」
「…最初…から…?」
「そうですよ」
事もなげにそう言うと、リキッドは行為を再開した。
「…い……や…だ…ぁ…」
動きに従って、シンタローの呼吸は荒く熱くなっていく。
限界が近づき、シンタローは唇を噛んだ。それだけが彼に出来た事だった。
「…随分溜めてたんすね」
掌に零れた白濁した液を見て、リキッドは驚いたようにそう言った。対して、シンタローは乱れた呼吸を整えようと胸を上下させていた。
「今度は俺の番ッすね」
リキッドの指が対象部分の周りをなぞる。
「いや……や…め……」
「駄目ですよ、シンタローさん」
口調は優しいのに慣らす指は強引で乱暴だった。先程の液体を潤滑油代わりにしているものの、シンタローは痛みに顔をしかめている。
「ぃ…や……だ…」
「シンタローさん、どうして俺が蔦に襲われなかったか教えてあげますよ」
指が一本増やされ、シンタローは苦しげに呻いた。
「さっき、果物食べましたよね。あれの香りに反応して、植物が寄って来るんすよ」
「…っ…そこ……や……っ」
リキッドは的確にその弱点を探り当て、集中的に攻め立てた。
「…ん…っ…」
「俺は湖でちゃんと洗ってから来たんです。だから大丈夫だったんすよ」
触れられていないのに、形を取り戻したものにリキッドの瞳は冷たく光った。
「…なん……で…」
「そんなこと、どうでもいいじゃないすか」
指が抜かれた。そして、触れるか触れないかの所に準備をした状態でリキッドは諭すようにシンタローに言った。
「もう誰も助けてなんかくれませんよ」
シンタローはぐったりとして、リキッドの腕の中にいた。リキッドはその黒髪をすいている。
「シンタローさん」
名を呼んでも返事はない。
彼の人は事が終わると、ショックのためかそのまま気絶した。
今はただ、涙を浮かべたまま眠っている。
リキッドはシンタローの両手を縛っている蔦を外した。自由になったその二つの手首には赤く痣が残っている。
そしてしっかりと握られていた手を開くと、堪えようと強く力をこめていたために爪でつけてしまった傷から血が滲んでいた。
リキッドがその手をとって傷を嘗めると、果実の甘い味と鉄の苦い味が広がった。
満足げに笑うと、リキッドはシンタローの唇にキスをした。
『きっと、この人の心にも同じように深い傷がついたのだろう』と。
『そして、その痛みがこの人の中に自分の存在を刻み込むだろう』と。
そう、考えながら。
END
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