何をするのでもなく。
何を望むのでもなく。
ただ傍にいられたら。
Doppel
Act7 imitationreplica
ここはひどく寂しくてなんだか寒い。
誰かが呼ぶ声を頼りに。
手を伸ばした。
「おうグンマ博士やないか、久しぶりやのぅ」
「コージくん!」
何をするでもなくひとり廊下を歩いていたコージ。
予定よりもだいぶ手こずってしまった遠征からようやく帰還したばかりだった。
得意でもない提出書類を何とか書き上げて、休憩がてらの散歩。
そこを白衣を着た金髪が駆けていくのを見てコージは気楽に声をかけた。
「………急いどるのか?」
しかし、返ってきたのはいつものほわんとした口調ではなく何処か切羽詰まった感じの声だった。
足を止めるのももどかしそうな様子にコージはグンマの背中を押す。
「走りながらでも話聞かせてくれるか?」
「あ、え、でも」
「今暇人でなぁ、聞いて良ければ付き合いたいんじゃ」
遠慮がちに、それでも走り始めたグンマにやはり急いでいたことが分かる。
グンマが慌てることなどあまりない。
珍しい事態に、正直言って好奇心が沸いた。
そんな気持ちは次の瞬間には吹き飛んでしまったのだけれど。
「シンちゃんが、大変なんだよっ………!!」
「―――――シンタローがか?」
グンマの口から出た名前にコージは顔を固くした。
そんなコージにグンマは続ける。
「うんっ、遠征先で予測してなかった事態が起きて」
「シンタローの方か……」
続けられた遠征という言葉に、コージの脳裏には長い黒髪が思い出された。
グンマから出る『シンタロー』の名前は二人の従兄。
金髪と黒髪の対照的な従兄はグンマにとってとても特別だ。
一緒にいるのは「シンタロー」の方が多いが、それでも話しに出る頻度は十分同じで。
「とりあえずは無事らしいけど倒れたって聞いたから……」
「それは――――……」
一大事だ。
シンタローが倒れるだなんて、今までありそうでなかったのに。
決して人前で倒れることはないと、確信していた。
団員の目の前で総帥が倒れる。
それは彼にとってマイナスだ。
ひとりで背負おうと。
新しいガンマ団のことで、あの男の手を煩わせたくはないと気を張っている男だから。
心配させまいという生ぬるい感情ではないということしか分からない。
でもそんなシンタローが倒れてしまったと言うことは。
「詳しい事態は?」
「入ってきてない!僕が頼まれたのは飛空鑑の破損部の修理と、分析」
「分析?」
「なんかのエネルギー波を受けたらしくて、残留波があるかもしれないって」
「よく無事で……」
「シンちゃんが………」
気付かぬうちにコージの走るスピードは上がっていたらしい。
それに合わせながら走っていたグンマの口調は不意に途切れた。
「シンタローが?」
「………シンちゃんが、シンちゃんに何かあったかもって」
「―――――……?」
「だから詳しく聞いたら、倒れたってだけっ、」
コージからグンマを気遣う言葉は出ない。
それどころかなおスピードを上げるコージに、、グンマも必死に付いてくる。
「で、博士の方は準備できたんかっ?」
「うん!もう指示は出来たし向かえる準備はっ、だいじょぶっ」
「もうシンタロー達は来るんだな!?」
「さっき、船は確認できたって………」
それから二人に言葉はなく、黙って走り続けていた。
グンマの苦しそうな呼吸を背にコージは速さを緩めない。
正直、よく付いてこれる物だと思う。
――――――それほど、心配なのだろう。
あの、影を見せなくなった従兄が。
「何があった………?」
話してもらえないのは重々承知で。
その姿を見る度、力の無さというものを痛感するのは自分勝手な感情で。
それでも。
少しは頼って欲しいと思うのは。
自分だけじゃないのだ。
カンッ!!
薄暗い廊下を終えれば出口はすぐそこで。
重苦しいブーツで思いっきり床を蹴る。
一歩外へ踏み出せば強い風が長い髪の毛を浚う。
耳に響く重低音に舞う砂埃。
開けた視界に飛び込んできたのは。
しっかりと自分の足で立っている男だった。
「もう到着する頃か……」
ふっと覚醒した。
ひどく長い間眠っていた気がする。
意識はしっかりしているのだがいかんせん体が付いてこない。
身体中を纏っている倦怠感に眉を顰めた。
「前よりはましだけど……」
一つ寝返りをうてば、長い髪が微かな音を立てて流れた。
くすぐったい感触に口だけで笑う。
何を求めていたのだろう。
暗い部屋の中、伸ばされた腕がいやにはっきりと見えた。
掴みたかったものは何?
虚空を握りしめて、返ってくるのは掌に立てた爪の感触だけ。
「どうやったら戻るかな………」
アメジストの色を抱えて、小さく溜息を付いた。
「シンタロー総帥大丈夫なんか……?」
「あ――、ワリィ情けないとこみせちまって。休ませて貰ったしもう平気だよ」
心配そうに傍らで佇むどん太に、シンタローは苦笑で答える。
いくら使い慣れなかったとはいえ、倒れてしまったのはまずかったと今更ながらに思う。
「その上撤退だもんなぁ……」
「死傷者無かっただけでも十分ばい!情報収集が足りなかったのは儂等のミス……」
シンタローがかくっと肩を落とせば、それ以上にどん太が泣きそうになる。
教訓にすればよいと、内心では考えているのだが落ち込むものは落ち込むのだ。
けれど総帥に就任して高々一年。
完璧にやれると思う方が、一笑されるのだろう。
「オーケー出したのは結局俺だからさ、気に病むなよ」
くしゃっとその癖のある髪を掻き回せば複雑な顔でどん太は、けれど黙って髪の毛をされるがままになっている。
「また大変なのはお前等なんだし。落ち込むよりそっち覚悟しといてくれな」
そんなことをぽつぽつと話していれば、いつの間にか目の前のドアが開いていた。
「本部に到着いたしました、総帥」
「………シンちゃん」
降り立ったその姿に今すぐ走り寄りたい衝動に駆られる。
けれど隣のコージが微動だにしない様子に、グンマは足を運びかねていた。
出迎える団員はまばらとはいえ居る。
整列した一番最後に少し離れて立っているグンマとコージは、シンタローが少しずつ近づいてくるのを黙って待っていた。
「――――――――――……、」
「博士なら、行っても良いと思うがの」
「コージくんは?」
「儂は駄目じゃ」
落ち着かない様子のグンマに、コージが声をかけた。
予想していた言葉にコージはさらりと答える。
飄々とした表情は陰を落としてはいない。
けれど返した言葉にグンマが顔を歪めるのを見て、それは苦笑に変わった。
「なんで?コージくんは、シンちゃんと仲良いしそんな……」
「この場であいつとワシはあくまで『総帥』と『部下』。そのスタンスを崩すことはできん」
「でも今は……」
グンマの言いたいことはよく分かる。
倒れただなんて思わせない足取りで歩いてくる様は堂々としていた。
しかし傍についているどん太の表情が、それが本当にそうなのか怪しいものにしていた。
ただ心配しているだけなのかも知れない。
―――――けれど。
あの男の振る舞いを鵜呑みに出来るほど、短い付き合いではない。
「ああだからじゃ、」
「―――――……?」
「意識がなければ……そうだったらお呼びがかかっとるかもしれんが、ああしてシンタローはひとりで歩いとる」
「―――……うん」
「あそこにいるのは『シンタロー』じゃなくて『総帥』なんじゃ」
「総帥としての役割を全うしている男に、手助けをしたらその行動を踏みにじることになる」
大丈夫かだなんて、その手を取ってしまったら。
それは彼の立場を低めてしまうのだ。
周りにいるのが身内だけならいざ知らず。
ここは彼が統括するべき『ガンマ団』なのだ。
「わしはな」
と、グンマの顔をのぞき込んだコージの顔は満面の笑みだった。
泣きそうな顔のグンマの頭を、くしゃりと撫でる。
「博士は従兄だし、誰も気にすることはないから構わんで――…」
「ううん、駄目」
背中を軽く押して、促そうとするコージの手をやんわりと外したグンマは首を横に振った。
「僕も、自分の役割やらなくちゃ」
シンタローがそこまで来る前に、グンマは自分の仕事へと向かったのだった。
「――――――……あの馬鹿が、」
グンマとコージの様子を黙って伺っていたシンタローは、そのまま視線を移して誰にも分からないほどに小さく呟いた。
「泣きたいなら泣け」
作り損なった笑顔を見るぐらいなら、そのほうが何倍もマシだ。
それを許さない立場にいることを知っているから言えないけれど。
「――――――……よかった」
何とか事なきを得て。
失態は痛いものだったが、これもこれからの糧にすればいい。
この失敗を引きずって悪影響を及ぼすことはさせぬよう。
「ハーレムが特選部隊連れて偵察行った言うし、とりあえず今回の偵察メンバーは休ませて…」
やるべき事を整理しつつ部屋にと向かう。
執務室ではなく、自部屋である。
一回モニター室へは連絡を取りに行ったのだが、そのまま強制的に休むように云われてしまった。
無論今回は流石にそのつもりだったのだけれど。
集中できないで無理に仕事をしてもミスをするだけだ。
不安定な状態だから、なおのこと。
「あ――……影響力強すぎ……」
早くひとりになりたい。
部屋に行ったらすぐにティラミス達に指示だけ出して。
とにかく『この』状態に慣れたい。
ざわざわと落ち着かない空気が、気持ち悪くて。
ひとりに。
「―――――――はっ、」
ドアを背にしたまま、それでも閉じた空間になんとか息を付けた。
酷く寒いのに、伝い落ちる汗は後を絶たなくて。
べた付く空気に、生理的に涙が浮かぶ。
寒い。
無意識に伸ばした腕は、また虚空を。
「寒いの?」
不意に掴まれたその掌を。
離すことは出来ないのだと、思った。
「………何で……」
「目の前で倒れたんだ、心配しないわけないだろう」
やんわりと包まれた手から伝わってくる体温が心地よい。
冷えきっていたのだと、今更ながらに自覚した。
「気配殺してんなよ……」
「それほど疲労してるんだよ」
シンタローが。
掴まれた腕をそのまま引き寄せられて、胸に抱え込まれる形になる。
耳元にそっと吹き込まれた名がひどくくすぐったい。
…………実感する。
「外傷はないようだね」
「ちょっと疲れただけだよ、……初めて使ってみたから」
ジャンの力を。
それだけでもないけど。
両方とも口に乗せるのは憚られて、そのまま言葉を切る。
握った手から自然と力が抜けたが、離される様子はなかった。
どうしてなんだろう。
なんでこうやって。
貴方はここにいる?
「あんまり一人で居ると、嫌なこと考えるだろう」
「――――……あんたも覚えがある?」
「まぁね」
繋いだ手はそのままに、もう片方でゆっくりとシンタローの背を撫でる。
微かに伝わってくる鼓動の振動に眠気が誘われる。
温かくて、気持ちが良くて。
握り返したくなってしまう。
「でもやっぱり煮詰まったりするんだよ」
「……ふぅん」
「そんなときにね」
お前が居てくれて、すごく救われたんだ。
「そっか」
本当にひとりでいたいときもあるけど。
「今のシンタローは、ひとりにさせておけないかなって」
なんで、わかるんだろう。
ひとりで居なきゃいけないと思うのに。
ひとりで居るのは酷く怖くて。
本当は誰かに。
ただ傍にいて欲しくて。
何で傍にいてくれるの?
勘違いしそうになる。
貴方が好きだ。
失くすのはもう小さなものだって嫌で。
一欠けの氷が溶けていく感触に溺れそうだ。
「私はここにいるから」
「今はゆっくり休みなさい」
抱えた黒がまた色を変える。
蒼の濃いアメジスト。
閉じた瞳に落とされた唇に、また、泣きたくなってしまった。
--------------------------------------------------------------------------------
まだここにいること
意味があるというのなら
足跡を残しながら進んでいこう
Doppel
Act8 徒然
この色を隠し通せる自信はない。
毎朝の習慣。
鏡を覗いて自分と向き合う。
姿を見せなくなったあの色を求めて、深呼吸をする。
そして今日も。
作り損なった顔で、黒のカラーコンタクトを手にするのだ。
「おはようコタロー」
眠り続ける弟に朝の挨拶。
いつまでこの状態なのか誰にも分からない。
目覚めてくれることを望みながら、この部屋にと足を運ぶ。
その青い瞳が見られることを祈って、金色の髪をそっと梳いた。
マジックとよく似た、強い金色。
兄のグンマは柔らかな金色を持っていて、その従兄は薄目の淡い色。
彼らの持つ色はそれぞれとても似合っている。
今日はまだ誰の気配もないこの部屋。
艶だけはやたらとでてきた己の漆黒の髪に手をあてながら窓を開けた。
珍しく雲の切れ間から姿を見せる青空に、気分が少し軽くなる。
早朝の冷たい風が部屋に入り込み、こもった空気を切り裂いた。
「はやく、甘えられると良いな」
抱き締めて貰ったその温度を、忘れないでいて。
「じゃあ俺はそろそろ仕事行くから、」
元気でな、と窓を閉めたときだった。
ドアが開いて、鮮やかな金色が目に入った。
「珍しいね」
「……そうでもねぇけどな」
ここで会うには思いがけない人物に、シンタローは少し驚いたがすぐに笑顔を浮かべた。
確かに、この男はとても弟を可愛がっていたように思う。
「そうだったね。コタローには優しかった」
「ああ?」
「あ、あとシンタローにも」
意地悪そうな笑みを浮かべるシンタローに、ハーレムは眉を寄せた。
「てめ俺がいつ優しくなかったってんだよ」
「小さい子どもを本気で泣かせたのはどこのどいつだよ」
「泣かしてねぇよ」
「グンマだグンマ。泣き止ませるのいつも大変だったんだぜ?」
「それはあいつが泣き虫なだけだ!」
「怒鳴るな、コタローが居るんだから」
ハーレムが拳を震わせても、シンタローは事もなさげに流す。
シンタローの言葉に不承不承ながらもハーレムは何とか怒りを抑え、けれどやり場のないそれに荒々しく息を吐いた。
「怒ると血圧上がるよ?」
「誰のせいだッ!」
「自業自得」
くすくす笑いながらしれっと返す。
完全に面白がっている男にやはり拳が上がりかけたハーレムだったが、愛おしそうに弟の髪を梳く様子に何も出来なくなってしまった。
「じゃあ俺仕事行くから」
「……俺のどこが優しくないってんだよな」
言うだけ言って、ドアにと向かう男の背中にポツリと零せばその足が止まって。
「そうだね、あんたは確かに優しい」
ドアの向こうにその姿が消えても、残された言葉に。
ハーレムはしばし固まったままだった。
「…………何してるんだハーレム」
「あ、いや」
音を立てて開いたドアに、ようやくハーレムは我にと返った。
随分とぼーっとしてしまっていたらしい。
訝しげに声をかけるマジックに、慌てて声を出した。
「不意打ちってのはないよな……」
「何言ってるんだ?」
「こっちのはなしッ」
いつものように軽く口に乗せた言葉にあんな風に返されてどうしろというのだ。
その言葉も言葉だが、少し振り返った際に見せたその表情が。
ひどく優しげな笑みとは裏腹の黒く濡れた瞳が。
何かを訴えかけていたようで、脳裏から離れない。
マジックはと言えば、そんな弟の様子をやはり訝しそうに見ていたが一つ首を傾げると息子にと視線を移した。
まだ眠りから覚めない。
閉じこめていたものを一気の放出した反動に、幼い体は耐えることが出来ずにこうして意識を閉じている。
さらりとした金髪にそっと手をやってなにやら考え込んでいるハーレムを横目で見やる。
この部屋に入ったときに完全に硬直していた弟は何とも言えず不機嫌な顔をしていた。
何があったのかと声をかければ、ほっとしたのもつかの間苛立ち紛れに長い髪を掻き回し、やり場のない怒りをぶつけていた。
そんなことをして居るぐらいならこの部屋にいて欲しくはないのだが。
「ハーレム」
「ああ?」
「ここに来ると途中シンタローに会ったんだが」
ここにいたのか?と続けて問えばどこか申し訳なさそうな、けれど苛立ちが混じった口調で返事が来る。
「いたけど、それがどうかしたかよ」
「ここでは頻繁に会うのか?」
「別に……、ここで会ったのは初めてだよ」
「そうか」
「それがどうかしたのか」
どうかしたと言えば自分の態度なんだろうけれど。
口にした途端墓穴を掘ったと思ったがもう遅い。
シンタローとここで会っていて、どうもおかしい己の態度。
勘ぐるなという方が無理だが、痛くない腹を探られたくもなく。
「なんかいやに楽しそうだったから。私もここで顔を合わせたことはないし」
「嘘だろ?マジで?」
「こんな事で嘘を付いても仕方なかろう」
正直マジックの言葉に本気でハーレムは驚いた。
忙しいあの男はそれでもこの部屋に来る時間を何とか作りだしているし(大半がただでさえない睡眠時間を削る、だ)毎日ここに顔を出しに来ているこの兄。
そうでなくとも会っていそうな二人が、この部屋で顔を見たことがないとは。
「………すげー意外」
「私もだ」
「おい」
何のためにここに来て居るんだとと叫びたくなるが、自分でも愚問だと思ったので寸でで止めた。
混ぜ返すような口調とは裏腹にその表情は固いもので声をかけるのが躊躇われたせいもある。
「楽しそうだったんだよ」
「――……さっきも聞いた」
「笑ってた」
「良いじゃねぇか別に」
不意に紡がれたマジックの言葉は話題を戻すもので。
けれど単語単語で続けられる言葉に、ハーレムは真意を測りかねる。
それどころか。
「……ただからかってたのかあの野郎…」
出るときはあんな危うげな空気を持たせていたくせに。
楽しそうだったとはどういうことだ。
「――――わかんねぇなもう」
「なにが」
「こっちの話し」
「――――――……」
話そうとしないことを無理に聞き出そうとは思わない。
どうせ口を開きはしないことは知っている。
「笑ってる顔しか、みてないな………」
その笑顔は本物なのだろうけれど。
素直に幸せな気分になれないのは、何故なんだろう。
「あー……なんとか一息付ける」
シンタローのデスクの上には山のような書類の束。
目を通さなければならない書類は減ることを知らず、今日もその文字を追うので時間をとられていた。
時計で時刻を確認すればとうに昼の時間は過ぎて、ため息をひとつ付く。
体を動かすのならともかく、デスクワークは肩が凝って仕方ない。
一日訓練場にいた方がよっぽど楽だと思いながら、ぱきぱきと体を伸ばした。
休憩がてらお茶でも飲もうかと席を立とうとしたときに、ドアがノックされ返事をする前に開かれた。
「そろそろ厭きる頃だろうと思ってな」
「もうとっくに厭きてるよ」
書類整関係は。
軽口を叩きながら姿を見せたのは白衣を纏った従兄だった。
右手にお茶の載せたトレイを持っている。
「昼、まだだろう。またグンマがぼやいてたぞ」
「……そういや一緒に食おうっていっつも言われてるなぁ……」
時間が空けばと毎度同じ返事を返すシンタローに、グンマが不機嫌そうな表情をしたのは記憶に新しい。
「おにぎりと緑茶持ってきたぞ」
「――――……シンタローが作ったのか?」
「違う」
目の前の従兄には不釣り合いな三角形に握られたご飯と急須と湯飲み。何故かデザートに団子まで付いていた。
以前シンタローが興味があると言って作った料理は、とてもじゃないか食べられたものではなかった。
化学の実験と同じようなものだとレシピ通りに作っていたのが何でああなるのか。
それがまだ記憶に新しいシンタローは恐る恐る伺いながらデスクの上を片づける。
書類を脇にのけると目の前にトレイ(お盆という方が正しいかも知れない)が置かれ、緑茶の香りが鼻を擽る。
「ミヤギ達が、花見の季節だからと言ってな」
「あー、そういえば季節だよなぁ」
目の前に置かれた日本食に手を合わせるシンタローは心から嬉しそうだ。
激職だが単調な毎日の中、このようなことはなかなかに幸せである。
「気分だけでもってか?」
「ああ、そう思って」
どんっと重々しい音を立ててデスクの上に乗せられたものに、シンタローは目を見開いた。
「これ、」
「小さいがな、成功したから差し入れだ」
ただでさえ本部に閉じこもりっきりなシンタローが、花を目にすることは少ない。
それをまさかここでお目にかかれようとは。
小さいながらも立派なその花。
この場所では見ることは敵うまいと思っていたのに。
「桜だ」
「ああ」
満開の桜が、デスクの上で咲き誇っている。
独特の甘い香りが届いて、シンタローは目を細めた。
「すげー……」
「苗木が手に入ればそう面倒でもなかった。本当ならもっと大きいものの方が良かったのだろうが」
「いや、十分。むしろこんなサイズにする方が大変なのによくできたな」
「ミヤギとかが割と詳しくて」
「あー、そうかも」
小さな笑いを零しながらシンタローはそっと花に手を伸ばす。
薄紅の花弁が、つっとその手を滑った。
「気に入ったか?」
「おう、ありがとな」
視線を桜に注いだまま、やんわりと触れる。
満足げなシンタローに知らずシンタローからも笑みが浮かんだ。
「じゃあ俺も少しばかり花見をするかな」
「付き合ってくれるの?」
「ひとりのご飯じゃ侘びしいだろう」
「まぁな」
言うが早いがシンタローはどこからかまた一つお盆をとりだして。
空の湯飲みにお茶を注ぎながら団子を口に放り込む。
「今度はお前が作れよ」
「お前が作ったんじゃないクセに…確かに前は良く作ってたけどな…、じゃ、グンマにお詫びもかねて今度はみんなで花見しようぜ」
「それは楽しみだ」
それがなるべく早く出来ることを望みながら。
みんなの中に弟が含まれることを、祈った。
--------------------------------------------------------------------------------
長くなりすぎたのでここらでちょきん。
だからちょっと短めですか。
平和にお花見。この二人は本当良いですな。
さぁ前回の予告は嘘(ハーレム独断場)ですが、次回も違います(元々一話の予定でしたので)
さぁ次へとお進み下さいな。
| Next
広告 ★ ココからが 新しい 人生のスタート!! 通販 花 無料 チャットレディ ブログ blog
PR