焼け付く喉。
叫びを上げる躯。
それでも声が届くことはない。
Doppel
Act1 rejection
「う゛ぇっ………ぐ、うぁ……っ」
コポリと鈍い音を立てながら、逆流してくる胃の内容物。
もうどれくらい吐瀉物を睨んでいただろうか。
生理的な涙で蛇口から流れ出ている水と、自分が吐いている物の区別が付かなくなる。
もう空っぽと言わんばかりに胃は熱く、それでも止まらない嘔吐感に段々と痛みすらも鈍くなってきた。
出てくるのはもう黄色い胃液ばかり。
「………………苦、」
何とも言えない苦みが、口の中を支配している。
痺れた舌はその苦みすら感じ取りにくいようだが。
焼け付いて、痙攣を繰り返している喉にそっと手を当てて口を濯いだ。
ねばねばした感覚が何とも言えず気持ち悪い。
蛇口をひねったままに、壁に体重を預けてそのまま床に座り込んだ。
不愉快に冷たい壁が体温を容赦なく奪っていく。
どうしようもない虚脱感を抱えながらまだ燻っている嘔吐感を騙し騙し体を休める。
眠れない。
体は睡眠を欲しているだろうに、精神が言うことを聞かないのだ。
泥のように動こうとしない体に精神は冴え渡って。
長い夜に余計なことばかり考えてしまう。
深夜と言うにも随分と遅く、しかし夜明けにもまだ遠い。
外には風の音もなく、部屋に響いてる水音だけが耳に届く。
「―――――――――ッ!!」
また込み上げてきた嘔吐感に必死で立ち上がり洗面台にしがみついた。
気持ち悪い。
それだけが感じる唯一のことで、空っぽの胃から胃液だけを吐き出した。
もう胃液すらも出ないのだろうか。
嘔吐感と反比例して、何も出てこない喉から急に何かが迫り上がってきた。
ボタボタボタボタボタッ。
「――――――――――けふっ……!!」
夥しい血液に、洗面台はあっという間に真っ赤に染まり上がった。
きつい酸は、喉をとうとう焼き切ったらしい。
流れてくる血液に上手く酸素が吸えなくて酸欠状態に陥った。
点滅する視界。
霞む意識。
あの2人がまた、目の前をちらついた。
「……………………なんだよ」
「いんや」
「別に、だっちゃ」
ガンマ団内の一室。
団員達のトレーニングルームで久しぶりに訓練でもしようかとジャンが入っていくと、そこには先客が居た。
「あ、チン」
「チンだべ」
「違うっていっとーろにッ!!」
目があった途端その物言いで、流石に辟易する。
「………お前等忙しいじゃねーの?二人揃ってなんでこんなトコに」
「三人だべ」
「だっちゃ、そこにアラシヤマもおるだっちゃ」
二人揃って指を差し示したトコには確かにアラシヤマ。
部屋の隅に体育座りしたままなにやら重々しい雰囲気を一人醸しだしている。
「………いる意味あるのか?」
『さぁ?』
ふたり見事にハモってさらりと流す。
確かに関わりたくない気持ちはわかる、が。
「アラシヤマもいるなんて……引継とか、いいのかよ?」
ジャンの台詞に、ミヤギとトットリは二人顔を合わせてジャンに向き直った。
アラシヤマ、ミヤギトットリの三人はマジックの直属の部下だった。
島から帰ってきた今、マジックは引退宣言をし全てをシンタローに引き継がせることを告げている。
その準備にシンタローは最近やたらと忙しそうで、顔を合わせていない。
となると、当然ミヤギ達も忙しいと思っていたのだが。
「僕ら直属だったし」
「ああ、それがシンタローに代わるだけだべな?」
「むしろ下に付く部隊とか考えるのが大変そうで」
「ソレは俺等の仕事違うからな、逆に暇なんだべなー」
「完全に引き継ぎ終わるまで宙ぶらりんだっちゃ」
なー、と仲良く頷きあっている。
「暇だから体だけでも動かさんと鈍るだっちゃ」
「だべだべ。―――――チンは何のようだべ」
「……………ここに来る目的はお前等と同じように訓練だと思うが?」
名前の訂正は諦めて、がっくりと肩を落としながら理由を述べる。
「アラシヤマみたいのもおるっちゃ」
「………一緒にするなよ」
にこやかに厳しいことを言う童顔の青年にさらに脱力しながらジャンは来る時間間違ったかと思う。
しかし今更帰るもシャクであるし。
というか。
「お前等俺のこと嫌いだろ……?」
「――――――――…」
「――――――……?」
「いや考え込まれるのも微妙なんだが」
すっぱり言ってくれた方がまだいい。
ジャンの問いに、ミヤギトットリの二人は何故か考え込んで。
二人揃ってぽんっと手を打った。
「だって考えたこと無いんだべ?」
「だっちゃ。結構どうでもいがったから……」
ザク。
またなにげに酷いトットリ。
どうでもいいというか無関心が一番人として辛い物ではないかと思う。
執着されていないと言うことだし。
嫌いならまだマイナスとは言え関心を持たれているだけマシだ。
内心深く溜息を付きながら、ジャンは気を取り直して体を動かすことにした。
付き合っていても何の得にもならない。(言いだしたのは自分であるが)
まずは軽くほぐすかと、ストレッチをはじめてみれば妙に気になる2つの視線。
無視して続ければいいのだが、一回気になると気になり続けてしまう。
「何だよ」
「いんや」
「別に」
軽く睨んでみても素知らぬ顔。
不躾な視線を構わず送ってくる。
額に青筋が浮かぶのを誰が止められようか。
「あのなぁ!」
「うーん、見れば見るほど似てるべなって」
「全く同じだっちゃね」
誰に。なんて聞かなくともよく分かる。
「本当におめぇさんはシンタローに似てるなぁ」
ミヤギの台詞にトットリは頷いて。
その言葉にジャンは僅か眉を寄せる。
「あのなぁ、俺があいつに似てるんじゃ無くて、あいつが俺に似てるんだよ」
その台詞にきょとんとする二人。
そんな二人にジャンは続ける。
「あいつは俺に似せて作られたんだから、そっくりで当たり前なんだよ」
「お前等も聞いてただろうが……」
言いにくそうにするジャンに、ミヤギとトットリはしれっと口を開く。
「そりゃあ知っとるけどなぁ」
「あんま関係ないっちゃ」
「正直チンのことは多分嫌いではねぇけど………」
「僕らにはシンタローの方が長いつき合いだっちゃ」
『な』
「多分て何だよ…………」
揃う二人にジャンは深く溜息を付く。
シンタローと唯一違う、短い髪の毛に手を入れ乱暴に掻き回す。
「これからのつき合いだべ!あんま気にするでねぇよ!!」
「ミヤギくんの言うとおりだっちゃ!!」
「…………ありがとよ」
カラカラ笑う二人に、ジャンはそれだけをようやく口にする。
思えば自分もあまり意識したことがない二人だったが、こうしてみるとかなりすごいものを持っていると思う。
確かになし崩しとは言え、あの島で随分と生活していた二人なのだ。
最後にはあの島の生物たちとも馴染んでいたようだし。
なんだかどっと疲れたジャンには、もう体を動かそうと言う気はない。
また一つ、大きく溜息を付いて。
「――――――…戻るわ」
「なんだもう行くんか?」
「何しに来たかわからないっちゃね~」
それに何か言う気力もなくジャンは、片手を軽く上げてどこかくたびれた様子で去っていった。
ミヤギとトットリの二人は、休憩も十分取ったことだしまた訓練を開始しようかと意識を切り替えようとしたときだった。
「あん人も気にしてはるようですな」
『うっわぁ!!』
いつの間に後ろに来ていたのか、ぽそりと呟かれた声に二人は叫びの声を上げる。
「あ、アラシヤマ………」
「いたんだっちゃね……」
早い鼓動を刻む心臓を落ち着かせながら、二人はアラシヤマの視線を辿りそれがジャンの消えていったドアだと知る。
「そういや……ちょっと意外だっちゃ」
「んだ」
先程のアラシヤマの言葉がジャンを指していることに気付き、自分たちと話していたときのジャンを思いおこす。
シンタローに似ていると言ったときの彼。
それと分からぬようのつもりだったろうが、確かに眉を顰めたことぐらい二人にも分かった。
「まぁ似とるのは顔だけやんな?」
「そうどすな」
「っちゃ」
ミヤギの言葉に頷くアラシヤマとトットリ。
少し引っかかることはあったけれど。
「――――――ま、とりあえずシンタローの足引っ張らないように頑張るべか!」
「忙しいっちゃからね~」
島から帰ってきてから本当にろくにあっていない。
遠目で見掛けるぐらいで、言葉を交わすことも少なかった。
「組み手やるっちゃ?」
「そうだべな……けどどうせだから…アラシヤマ!」
「なんどす?」
「おめさん俺等に技放ってくれ。どうせ暇なんだべ?俺等は良い訓練になるし、アラシヤマは技の練習になるし。どうだべトットリ」
「頭良いっちゃなー!ミヤギくん!!」
「まぁ………別に構わないどす」
アラシヤマのその言葉に二人は苦笑をしながら中央にと走っていく。
ノリが悪いだかなんだかアラシヤマの耳に届くが二人は小声のつもりらしい。
「よし!アラシヤマ!!」
「来いっちゃ!!」
構えを取ってアラシヤマの技を迎え撃つ準備をした二人に、アラシヤマもゆっくりと近づいていく。
色々気に掛かることは有るのだけれど。
いまは、強くなろうとしている二人に手を貸すのも良い。
それは己自身と、彼の為なのだろうから。
「あん人が気にしてはるんどす………」
誰にも聞こえないほどの声で呟いて。
「はないきまっせ!」
炎を、その体から生み出した。
月が昇ってから幾時間。
もうすっかり人気のない訓練場に彼はいた。
普通なら電気も落ちて鍵も掛かっているその部屋だが別段気にすることはない。
マスターキーは持っているし電気がないのがどれほどの不都合だというのだろう。
長い黒髪を高く結わえ、部屋の中心にと足を進めてみれば床には無数の染み。
「………………?」
暗くてくてわかりにくいが、しゃがんで目を凝らしてみるとそれは焼けこげだった。
手をそっと這わせてみれば、指先が黒く染まる。
青白い月明かりと、その黒い炭が相まって決して白いという部類には入らないだろう手が白く見えた。
まるで自分の腕ではないようだ。
そう。
本当に他人の手を見ているかのようで。
そう思った途端、体が動かなくなる。
小指一つさえ、その先が動かない。
まるで血の通わないように。
ゼンマイの切れた人形のように。
意思の利かない躯。
動けと脳は、意識はありったけ命令を出しているのに、神経という神経が繋がらない。
どこで伝達は拒絶されているんだろう。
そんなことをぼんやりと頭の片隅で考えている。
ツゥッと、額から頬にかけて汗が一筋、流れ落ちた。
ポタリと汗が床に落ちた音を耳が拾う。
「―――――――――っはぁ」
音を認識したと同時に、体中が一気に弛緩する。
凍り付いて全く動かなかったそれは痙攣するかのように震え、力の抜けた足が膝を折る。
床にへたり込んだままに左手で胸元を押さえ込んだ。
うるさいほどに音を立てている心臓。
荒く肩で呼吸を繰り返す。
呼吸の仕方さえ、忘れていた。
「―――――――ちっくしょ、」
幾筋も流れ落ちていく汗を拭いながら散漫する意識を高める。
耳元に聞こえる早鐘の音。
時間がたつほどに規則正しく、緩やかになっていくその音に合わせつつ右手に力を集中させる。
高まっていく力。
ソレを一気に。
「眼魔砲ッ!!」
鈍い爆発音。
放出されたのは期待したとおりの物なんかではなく。
閃光ばかりが目に眩しい、威力などはよっぽど自分の拳の方が強いだろう。
「――――――まじかよ……」
それはほぼ予想していたことなのだけれど。
実際目の当たりにすればショックは大きい。
自分が誇れる、唯一の技。
なくしただなんて考えたくない。
「―――――――っ」
急激に痛みを訴えはじめた身体を押さえ込み、小さく身体を丸めて座り込んでいた体勢から横になる。
締め付けられるような心臓の苦しさに息さえも詰まる。
じっとりと体中から噴き出る汗は気持ち悪くまとわりつき、不快感を増させた。
荒い息を吐きながら、高い天井を見上げ、視線をそのまま窓の外にと移す。
見えるのはか細い、爪で引っ掻いたような青白い月。
意識が下降していくのを感じながら、けれどそれに抗うかのように拳を握る。
「―――――――上等……」
影のおまえならともかく
青の番人の本体にとって、
「影でも変わりないみたいだぜ………?」
島での言葉が思い出される。
『自分』というモノを意識した途端この有様はあんまりじゃないか?
「ほんと、今更」
自嘲気味に笑いながら、ゆっくりと目を閉じて遠のく意識をそのまま受け入れた。
赤と青。
相容れられないのなら呑み込まれていくのはどっちだろうね?
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一人じゃ味わうことの出来ない痛みを抱えて。
それでも愛することしか出来ずに、この手を伸ばした。
お願いだから。
今更離さないで。
Doppel
Act2 貴方を呼ぶ声は風に攫われて
島から帰ってきてはや3ヶ月。
島で過ごしたことは未だ色鮮やかだが、とても遠い。
自分ですらそう思う毎日なのだから、一番深く関わっていたあの男の心情はどうなのだろう?
会議に出るときぐらいは身だしなみをきちんとしろと言われていたのでしめていた第一ボタンを、ようやくのことで外す。
どうもここは堅苦しくて仕方がない。
島生活は性にあっていたようで、なおさらだ。
ばたばたしていた時期も過ぎ、ようやく慣れが見られるようになったころだった。
少しではあるが感じていた違和感。
忙しいせいかとも思いそこまで気には止めていなかったものの、最近は流石に目に留まってしまう。
自分が気付く位なのだからとっくに気付いているだろう人物が頭に思い浮かぶ。
けれどその人も忙しいのだろうか。
どうもコンタクトを取っているようには見られなかったので。
妙にピリピリしている男をすれ違いざまに、拉致をしてみた。
「……………コージッ!!いきなりなに考えてんだよっ!!」
ずるずると力任せに引きずられて新ガンマ団現総帥シンタローは屋上にと拉致られた。
ガタイはシンタロー以上で、毎日訓練実戦があるコージ。
今のところ毎日デスクワークが主なシンタローが不意を突かれて勝てるわけもない。
屋上に猫の子よろしく放り出されてうっかり受け身を取り損ねたシンタローは、鈍い音を立てた頭をさすりながらここに連れてきた張本人、コージを睨み付けた。
しかし当の本人は何処を吹く風とやらで、楽しそうに笑っている。
「良い風やのぅ~」
「人の話を聞けぇッ!!」
強い風がその黒い髪を攫って。
シンタローが出口にと向かおうとすれば裾を掴んで離さない手。
睨み付けても何の悪びれもない笑顔に。
シンタローは毒気を抜かれコージの隣にと座り込んだ。
そんなシンタローにコージはいっそう満足げな顔でふとなにやらシンタローに差し出した。
「……なんだよ?」
「一杯どうだ?」
「アホかーーーーッ!!一応職務中だ図にのんなッ!!!」
まるでシンタローを怒らせるのが楽しいようにコージは笑っている。
やり場のない怒り。
フェンスを背にして大きく溜息を付きながらシンタローはなにやらぶつぶつ言っている。
横目でちらりと見やりながらコージは内心ほっとする。
うん。この方が全然良い。
「ちゃんと寝とるのか?男前が台無しじゃ」
わしには負けるけどな、と豪快に笑いながらシンタローの目の下をそっと撫ぜた。
見掛けるたびに消えてはいない隈。
激務だろう言うことは容易く分かるがそれでも体調管理も仕事の内。
総帥が過労で倒れただなんて笑いごとにもなりやしない。
「どっかの誰かさんのせいで今日は確実に寝不足だろうな」
ちょっと耳に痛い。
が、手伝えるとも気軽にいうことも出来ずに。
「そやのぅチョコレートロマンスあたりに頼んどくか?」
「最終的には俺が目を通さなきゃいけないんだからかわんねーよ」
「じゃあ総帥はどうや。多分頼まずとも手伝ってくれそうじゃけんのぅ」
長い月日で上手になったのは嘘をつくこと。
垣間見えた彼の動揺には気付かない振りをした。
「やだよ。父さんに頼るのだけはごめんだね」
「後が怖いけぇの。どんな見返り要求されるか見物じゃ」
「………だから頼らないっての」
年を取るほど人間は、隠すことを覚えていくけれど。
それが上手くいかないほど、
なにがあったかなんて聞けるはずもなくて。
また、気付かない振りをした。
感じた違和感は。
「アラシヤマとか。ああいう地味で単調な作業はピッタリじゃないかのう」
「あいつは見た目に反して派手好きだし、逆に仕事進まないから嫌だ」
確かに。
シンタローがアラシヤマに個人的に仕事を頼むなんてしたら、感動のあまりおそらく仕事にならない。
ミヤギとトットリの二人はあまり向いていなさそうだし、多分逃げるのも上手い。
こう考えるとなんだか。
「部下に恵まれとらんのうシンタロー!!」
「テメェがその筆頭だぼけぇッ!!」
小気味いい音が屋上に響いた。
頭をさすっているコージに対し、シンタローは声もなく拳をふるわせていた。
「……石頭……ッ」
「貴重な脳細胞を破壊せんでくれや、お主も大概馬鹿力じゃけん」
「お前にだけは言われたくねーよッ……たっく、」
組んだ腕に埋めている顔を、風が浚った。
その風に誘われるように空を仰げば。
己の心情を表すかの様な厚い雲に覆われた灰色の空。
思えば、いつも見上げていたのはこの空だった。
なのに今期待したのはあの空。
見上げればそこは、
いつも眩しいブルーに吸い込まれそうで。
「また忘れそうだ……」
その呟きは風に攫われて。
「シンタロー?」
「あ、ワリィぼうっとしてた」
コージの呼ぶ声にシンタローは我に返った。
誤魔化すかのように立ち上がり、そしてまた空を仰いだ。
目に映る灰色。
視線を動かせば、コージの黒い瞳が目に映った。
「………あんまり気ぃはりすぎるのも考え物じゃの?」
「…………え?」
まるで子どもにするかのように頭をポンポンと軽く叩かれて、シンタローは思わず赤面してしまう。
妙に気恥ずかしい。
シンタローが見上げる人物というのも珍しく、狼狽えて視線を外そうとすると逆に足をかがめて身長をあわせてきた。
「あんまり頼りにならんけぇども、少しは分散させぇよ」
「…………頼りにはしてる」
シンタローの言葉に、コージはなおもその頭を撫ぜて。
視線を下げたシンタローは、けれどその手を払おうとはしなかった。
顔に血が上るのを自覚してはいるのだけれど。
自分のより一回りほど大きいその掌がなんだかとても心地よくて。
自然と肩の力が緩まるのを見て、コージは満足そうに目を細めた。
「……………チョコレートロマンスの声がする」
「ティラミスの声もしとるのぅ」
微かだが確かに二人の声がする。
その声にシンタローは慌ててコージからその身を離した。
「うわっ!やべぇあの二人怒らすと大変なんだよなぁ~」
「怖いか?」
「いや泣く。怒鳴られた方がマシ」
それは確かに。
その言葉にコージは納得しながら、出口にと身を翻すシンタローを見送る。
なんとなくわかった。
思ったよりも大丈夫そうだと思えるのは、彼の嘘?
「コージッ!」
「なんじゃ?」
出口のところで顔だけ出したシンタローが、コージの名前を呼ぶ。
口を開きかけては閉じ、逡巡しながら結局何も言わずに姿を消した。
と、思ったのだが。
「ありがとな!」
その声が耳に届くと共に、すさまじい勢いで階段を駆け下りていく音。
「素直なんだかそうでないんだかわからん奴じゃの」
「随分と仲良いなお前ら」
「そうかのう、まぁそうじゃろ。ところで特選部隊隊長さんがこんなところでサボっててもいいんか?」
「その言葉そっくり返すぜ」
急に降ってきた声にコージは驚くこともなく、向き直った。
鮮やかな、クセの強い金髪。
歪められた口元には煙草が銜えられている。
ハーレム。
青の一族、四兄弟の三男。
「気付いてたのか?」
「いや別に。ただなんとなく……」
「それを気付いてるっていわねーか?」
自分相手でも全く物怖じしないコージに、愉快そうに口元を上げる。
コージの隣にと近寄ってくると、同じようにフェンスに背中を預けた。
「わしのは漠然しすぎじゃ、それにシンタローが気付いてなかったのにわしがきづくってのも」
「あー……、あれね。あの甥っ子はいま駄目だね。不安定すぎるっての」
コージの言葉を途中で遮り、目を細めて煙が流れるのを追う。
ハーレムの言葉にコージは肯定しなかったが、否定もしなかった。
そんなコージにハーレムは淡々と続けた。
「なんつーかあのときと雰囲気似てるんだよなぁ……、前より年食った分だけ質が悪い」
「………幽閉騒ぎの?」
「ああ。あんときはまだ表に出してたからな」
弟を幽閉されてから笑わなくなった彼。
それはまだいい。
感情を表に出してもらえればこちらとしても対応の仕様がある。
けれどそれすら隠す術を覚えてしまった。
一体何を隠しているのか、もしかしたら隠していることなど無いのかも知れないけれど何処かぎこちない。
「………………………………………」
「なんだよ?」
顔に注がれる視線にハーレムはコージを見やった。
コージは何故か一人で納得しながら、満面の笑みを浮かべた。
「いや~、やっぱなんやかんやいっとってもあんたが一番人を気にかけとるなぁと思ったんじゃ。島では最悪だったけどな。でもそれも今考えると立場違うんじゃ、当たり前やのう!」
がははははははと豪快な笑い。
面と向かって言われたことなど無い台詞に、ハーレムは呆気にとられた。
「主のようなのがいるならシンタローも何とか安心じゃ、」
「…………俺はお前見たいのがいるのがある意味救いだと思うぜ……」
そこがシンタローも気を許せるところなのだろう。
先程の風景。
あんなに素直な彼はなかなか見られた物ではない。
「そーいやお前シンタローより年上だったな?」
「おう、四つ程じゃ」
「あーそうか、ソレもあるワケね」
一人納得しているハーレムに、コージは訝しげな視線を送る。
「あいつ絶対年上好きだからな、甘え下手だから甘やかしてくれる奴に弱い」
「そういや総帥も溺愛っぷりで見事に甘やかしてたのう……」
「つーかあいつを甘やかしてたのは兄貴だけだよ、ま、あとサービスもか。ちっせぇころはともかく……まぁそれでもどうかわからねえけど……手の抜きかたってやつを知らなかったなとにかく」
最後の方は小さくなって、やっと聞き取れるほどだった。
この男らしくない、歯切れの悪い口調に口に出すことを悩んだのだろう。
結局肝心なところは言っていない気がする。
そういえば。
先程の彼は。
「……………総帥は弟に付きっきりなのかのぅ」
「毎日顔見に行ってもなけりゃ今度こそ父親失格だろ。ま、元々身内には甘いしな」
身内だけともいう。
島での一件でようやくあの二人はスタートラインに戻った。
色々課題はあるけれど、最後の最後で通じる物はあっただろう。
そう、願っている。
「シンタローのこと、一番気にかけてるのはあん人じゃけん…………」
「………気付いてるだろ?あの二人の関係も第三者としては口出せねーからな。兄貴の執着は本当にすげぇからな……」
フィルターギリギリまで吸った煙草を地面に落とし靴先で火を踏み消した。
か細い煙は、上るかと思うとあっという間に風に蹴散らされて。
「兄貴のことだなんか考えてるだろ」
「まぁ……そうじゃろな」
「さーてと俺もそろそろ戻るかね、ちょっとここは風が強すぎる」
そう言って、コージの言葉も待たずさっさと歩き出すハーレムの背をコージも追った。
先程のハーレムの言葉。
そう言っている割には不機嫌そうな表情は元々の物なのだろうか。
流石につき合いが浅くてよく分からない。
最後にふと見上げた空は、今にも雨が降り出しそうだった。
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コージさんえっらい難しい……。
書きやすいかと思ったけどこの人の口調もなかなかまた難しいんですけど!!(泣)
うふふ……エセ方言……。
周りの人達その2ッ!
コージ&ハーレム。また珍しい取り合わせだなオイ。
次はシンタローさんとシンタローさんです。おそらく……。
今回少ないシンタロさん。
ポエ夢も少な目でしたね!!(ポエ夢言うな)
次はまたシンタローさんの心情を書いていきたいと。
真打ちですよ真打ちッ!
予定としては某小鳥の人もちらりと。(タイムリー)(これアップ時点で6月12日)
さ、来月までどれだけ話し進むかな。
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