上を向いて歩こう
触れた頬が思いの外に温かかく、思わず手を引っ込めた。
「まるで、眠り姫だな」
そのまま、起きる気配の無い弟の手を握り、にやけているシンタローの後ろに陣取ると弟の顔を見やる。
栄養を送るために日に数回、点滴が付けられる。
今は漸くその点滴が外され、面会が許された僅かな時間だ。
青白い面が、やや暗く調整された照明がさらに顔色を悪く見える。
「起きるさ、早いうちにな」
柔らかく、艶やかな髪を撫ぜてやり整えると漸く立ち上がった。
それでも未練がましく、顔を見つめたまま動こうとしない。
「…行くぞ」
我ながらひどい台詞だと解っているが、退出を促す。
もう一度、頭を撫ぜゆっくりとこちらを振り向いた。
「行くか」
「ああ」
出来るだけ、日の光が入るようにと選ばれたこの部屋は、今は幾重ものカーテンによって夜の寒さが防がれている。
研究棟の最上階にあるため、いくら空調が整備されていても窓から冷気が忍び寄って来る。
「早く、屋敷に戻れるといいな」
気休めにしかならないとわかっていても、そういってしまう。
起きたときにこんな寒いところに居たら、また閉じ込められたと思ってしまうだろう。
ドアには厳重にロックがされており、例え内側からでも開くことが無い。コタローにつけられている計器によって目覚めたならば、すぐにスタッフが気付くだろうか、その間に何が起こるだろうか…
閉じ込められた部屋とは違い、壁は一般的なもの。
力を解放すればいともたやすく壊すことが出来るだろう。
そうなってしまったあとでは、コタローは父親の、もしかしたら兄の言葉さえも聞き入れないだろう。
「皆、待っているしな」
シンタローもそのことを危惧しているのだが、屋敷に連れていくことが出来ずにいる。
なにかあったときのために、医療チームが傍にいたほうが良いのは確かであり、現に点滴等を投与する為、ここから離すわけにはいかない。
せめて目が覚めたとき、誰かが傍に居れば良いのだが…
二人で廊下を歩いていると、前方からグンマがこちらに向かって走って来た。
「キンちゃ~ん、シンちゃ~ん。久し振りぃ~」
目を眠たそうに擦っていたが、二人の姿を見掛けて、手を振って駆け寄って来た。
目の下に隈が出来ていて、どれだけ研究に打ち込んでいるのが容易に想像出来た。
「これから行くのか?」
「最近忙しくって会えなかったからね」
「それでも近くにいれたじゃねーかよ」
この数週間、シンタロー達は遠征に行っており、今度は支部へ視察に行かなければならない。
いつでも傍にいたいという願いとは反対に、飛び回らなければならない。
「後悔してるの?」
唐突なグンマの質問だが、何を、とは聞かない。
ただ、相変わらずの思考回路に苦笑した。
「お前、飛び過ぎ」
さすがに今の質問はわかりやすかった。
突飛な質問や疑問も、突き詰めていけばどのような意味を持つのかが理解出来る。
そのことに最近気がつき、質問の意図を確認するようにしていた。
気がついたのは、多分三人になったから。誰かが仲立ちすることで漸く、不自然さに気がつくことが出来た。
「してねーよ」
「自分で選んだことだからな」
後を継ぐように言われ、頬を掻く。
「どーせ、二人とも解ってたんだろ」
簡単に自分の決めた道を翻すわけが無い。
どんなに険しい道であっても、この道を進むことを決めた。
いつか、この道を歩いたことを誇らしげに語れるように。
そんな思いを込めて、当然というように笑って見せれば、案の定、二人は顔を見合わせて笑った。
「そんなシンちゃんが好きだよ」
「当たり前のことを聞くな」
自信満々で、笑う笑顔の為に二人が何をしているかなど、きっと一生言わないだろう。
キンタローのように傍にいるならばともかく、グンマが何かをしても、きっとシンタローは気が付くことはない。
そのことについて、キンタローはいつか聞いたものだ。
それで良いのか、と。
キンタローが言うのもおかしな話だが、この一族はなにかに執着したとき、相手の都合など考えずに突っ走る傾向がある。
一見シンタローの影のように付き添い、冷静であるように見えるが、それはキンタロー自身がシンタローの傍にいることを望み、どんな研究よりもシンタローが大切だという感情の表れに過ぎない。
グンマにしてもその兆しが無かったわけではない。
彼の研究に、ガンボットに対する執念は並々ならぬものだ。
だというのに、これほど気にかけているシンタローに対しての行動がおとなしい気がしたのだ。
そして、グンマの答えにキンタローは敵わないことを知った。
――今のシンちゃんは、キンちゃんが必要だからね――
ただ、笑っているシンタローが見たいのだと、そのためになにかが必要だというのなら、躊躇い無くグンマは動くのだろう。
それは、キンタローが見たことが無い顔だった。
少なくとも、キンタローが知っているグンマはおっとりとした、優しい従兄弟だった。
それが、たった一点シンタローのことが絡むと変わってしまう。
「ったく。聞くんじゃねえよ」
穏やかな笑みを浮かべ、シンタローは自室へと向かおうとした。
「あ~、久し振りなんだからもっと話そうよ~」
「俺は疲れてるんだよ」
能天気な声の下にある顔。
きっと、一生その全貌を見せることが無いだろう。
それでも、キンタローだけが知っている。
「明日」
「え?」
振り向くことも無く、ぼそっと呟かれた単語。
それでも、コタローのいる部屋とは反対の方向に進もうと、シンタローの後を追おうとしたグンマの耳には届いていた。
「だから、明日なら話を聞いてやるよ」
「ホント!?やった~!」
押し切られるような形でした約束だが、シンタローも嫌であるわけではない。
そして、呆れたように笑うのだ。
彼が欲しいのは、これだと知っているのはキンタローだけ。
「3時のお茶会」のかな様のところで配布されていた素敵小説。
今度は20000HIT記念です!お持ち帰り可だそうでいつものごとく右クリックです。
20000HITおめでとうございます~v
いつもいつも素敵な小説が楽しみで、これからも楽しみです!
従兄ズがすごい可愛くてああもうシンちゃん愛されてんなぁ!羨ましい!!(待て)とか悶えながら読ませていただきました!
そしてさりげなくグンちゃんが最強な模様が愛しいです。(笑)
相変わらずのキンちゃんのシンちゃん理解っぷりとか!!
コタローが目を覚まして、2代目四兄弟が仲よさげな様子がとても見たくなりましたっ。
ここには本来、かなさんの後書きが書かれております。
こちらこそよろしくお願いいたしますですッ!!
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