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気付かずにまた誰かを傷つける




砕けた夢を拾い集めて





今日もその破片に血を流しながら口づける







Doppel
Act9 hopelessness






まだ絶望する余地があったことに、誰かに縋りたくなった。















その日、その部屋の前に立った四人目の男はジャンだった。






「……意外なのが来たね?」
「い、いたんですか……」
コタローの眠っている傍らで、静かに本のページをめくっていたマジックは突然の来訪者に顔を上げる。
その顔を見て、僅かに目を見開いたが口調はいつものものだった。
「どうしたんだい、君はここに特に用なんてなさそうだが」
「あ――――、ハーレムがこっち向かってるの見てつい反射的に体が…。この部屋が一番近くにあったもので……」
「駆け込み寺じゃないんだけどね」
「すいません……」
溜息混じりなその声とは裏腹に表情は明るい。
笑いを零しながらマジックはドアに視線を向けた。
「今日はもうハーレムは来ないと思うが、通りがかったらアウトだね」
「………何でガラス張りにしてるんだか」
「相変わらずハーレムと相性悪いねぇ」
「あれだけストレートな敵意はいっそ気持ちいいですけど」
そういう顔は決して笑っていない。
何処か疲れたように白衣を揺らしてマジックにと近づく。
「どうにかしてくれません?」
「あれが言うこと聞いたらそれこそ恐いな。サービスから離れれば落ち着くんじゃないか?」
「…………それ言いますか」
「最愛の弟をどこの誰とも分からない奴に奪われたらねぇ?」
「相変わらずきつい……」
妙に楽しそうなマジックにジャンは憮然とした表情をするが、気に止める様子はなさそうだ。
雰囲気の変わったマジックに、ジャンは自分が一兵士としてガンマ団にいたころを思い出す。




あのころはまだ。
彼は生まれていなかった。




「ハーレムがいるのを知っていてそれでもサービスの傍を望んだのは君だ。少しぐらいは我慢しなさい」
「我慢ですめばいいんですけど出会ったとたん眼魔砲はもう……」
「それぐらいでくたばらないからやってるんだよ」
やはり笑いを零しながらマジックはそっと息子にと手を伸ばす。
額に掛かった前髪をサラサラと掴んで、愛おしそうにその頭を撫ぜた。
「………よく眠ってますね」
「本当に。いつ目覚めるのかわからないままもう一年を過ごしてしまった」
シンタローに総帥の座を譲ったのが去年のことだった。
ようやく一年経つという頃に嫌な騒ぎがあったものの、無事にもう一月立っている。
「研究のほうはどうなんだい?シンタローが倒れたときは忙しいって聞いたけど」
「ああ、なんとかもう少しで結果出そうです。おかげさまで」
少しマジックの言葉に刺を感じるのはジャンの気のせいではないだろう。
「…………でもあのときは高松の言うとおり俺いても何も役に立たなかったですよ…」
ばつが悪そうに髪に手を入れる様子に、マジックは苦笑する。
これはただの八つ当たりだ。
そこに気付いていないジャンはやはり甘いのだろう。
ただ自分に対して負い目を持っているだけかも知れないが。



彼が悪い事なんて、何一つ無かったのにね?
自分に正直な気持ちを言うだけでも、傷を付けてしまっていた。



「そうかな」
「そうなんですよ。大元で俺とあいつは違うから」
「こんなに似てるけどね」
コタローに向けていたその手を、そのままジャンにとうつす。
少し長めの前髪を梳いて、じっとその目を見据えた。


「同じ物ですから」
「そうだね」
「――――……似てるだけです」
「知ってる」


「一つ、聞きたかったんですけど」
淡々と喋るマジックに、ジャンは少し逡巡して、口を開いた。
マジックは目だけで先を促す。





「あいつ本当に幸せですか」





「……どの意味を取ればいいかな」
「俺とあいつが同じモノって言うところから」
「幸せの定義は私が決める事じゃないんだけど」
「…………あいつが、好きなんですよね?」
この疑問は、ガンマ団に戻ってきたときからずっと思っていたものだった。
自分のコピーとして、最も安全なマジックの息子として生まれたシンタロー。
その間のことを自分は知らない。
出会ったとき、彼はすでに肉体を失って。
そのそっくりな姿に正直驚いたものだ。
ただ違ったのはその髪の長さ。
長い黒髪を一つに束ねたシンタローは、確かに俺の分身だと思った。
けれど一つになることは出来なかった。
同じ体を共有することは出来ず、結果的にシンタローが俺の体に入ったという形で終わったのだ。
俺は新しく自分の体を手に入れて。
シンタローは俺の体……、一回死んで、修復された『ジャン』の体を使っている。


「顔も体も同じだあいつは。最初は知らなかった」


そう。
自分と対面したときに彼はすでに父親と敵対の立場だったから。
実際にシンタローは青の番人だったのだけれど。
さらに言うなら影。
俺達赤の一族を欺くためのカモフラージュ。
シンタローという立場を追うためだけにあのときは必死で。
マジックの抱くシンタローへの感情まで、考える余地もなかったのだ。



「気付かなかった。俺へ抱いていた感情と、シンタローへの感情が同じモノだなんて」



「………そうか」
「ここに来たばっかりのときは、貴方と決着が付いてなかった」
「君は死という形で私から消えたからね」
「貴方とシンタローが一緒にいる度思うんだ。ガンマ団に入って貴方に目をかけて貰っていた頃の俺が被る」
「知らなかったよね、私がそういう対象で君を見ていたことを」
「知ってたら……、あそこまで懐けませんでしたよ。気付いたときには離れるには遅かった」
「私手に入れたいものは手に入れる主義だから」
「その状態に、シンタローはそっくりだ」
「生まれたときから一緒だった。君がいない間も私はあの子に今と同じように執着していたよ?」


白衣を握りしめるジャンは俯くが、座っているマジックからはその表情はが伺える。
唇を噛みしめる様子が、本当にそっくりだ。
「…………でも、抱いたのは戻ってきてからだ」
「それがどうかしたかな」
「シンタローと……」
「あの子と?」



「俺への感情は、今は違うモノですよね?」
「試してみる?」







そういったマジックは、ジャンの無言を肯定にとって。
開いていた本をそっと閉じ、その顔を自分にとゆっくり引き寄せた。


































ただ、桜の花を見せようかと思っただけだった。






「コタロー日本にいたときは良い思い出なかったろうけど、桜の花を見て綺麗っていってたし」
まだ幼い弟が幽閉される前。
たどたどしい言葉で喋った弟が、シンタローに思い出された。
デスクの上の桜を暫く黙って眺めていたが、不意に立ち上がってその桜を手に取った。
「………わりと重いな」
軽々持っていたシンタローに、最近また特訓していない自分を省みる。
「そろそろ再開しようかな、いつでも使えるようになりたいし」
拒絶反応を恐れていては力自体が使えなくなってしまう。
少しずつそれに慣らせていくことが、今のシンタローの課題だった。
弟が眠っている部屋へ進む足取りは軽く、誰に手合わせして貰おうかと考えているシンタローはすぐにコタローのいる棟へと辿り着く。


「植木鉢ってのがちょっと縁起でもないけど……、どっちかって言えば盆栽みたいだしいいよな」
部屋へ後数メートルと言うところでシンタローはしばし考えた。
特に弟は病気というわけでもないのだし。
少々殺風景なあの部屋に、これぐらいの華があって悪いことは無かろう。
そう思い直してまた足を進め始めたときだった。


ガラス越しに見える人影に、歩みは遅くなって。
父親かと思ったシンタローはゆっくりと進む。
何となくこの部屋で顔を合わすことはしていなかった。
ましてや実は職務中で。
働き過ぎだと怒っている面々は咎めることはしないだろうが、やはり自分としては気まずい。
入るのをどうしようかと思いつつも、部屋の前まで来たシンタローは。





目に入った光景に、知らず床を思いっきり蹴っていた。









桜を落とさなかったのは、よく出来たと後から思う。
けれど風に切られた花弁の一枚が。
部屋の前に落ちたことに気付くよしなどはなかった。





























「――――――…あれ」
特にすることのないハーレムは、毎度毎度競馬に負けてようやく本部に帰ってきたところだった。
暇で仕方がない。
彼の部下に言わせれば仕事押し付けてるだけじゃないかと反論が来そうだがそこはそれ。
結局本部残留になりながらハーレムは気儘に日々を過ごしている。
顔でもまた見に行くかな、と甥の眠る部屋へ向かっているときだった。
角を曲がるとき誰かいると思ったのだが。
人のいない廊下にハーレムは首を傾げつつ真っ直ぐに部屋まで足を進める。
カツカツと床をならす音が廊下に響いた。


「―――――………?」
目に入ったここでは見慣れないものにハーレムは腰を曲げて指でつまんだ。
頼りない薄さを持つそれは、何でここにあるか分からない花びら。
「さくら、だっけか」
シンタローが張り切りながら作ると言っていたのを高松と一緒に聞いた気がする。
出来上がったのかとか、でもここにどうして一枚だけ落ちてるのかと思いながらハーレムは腰を上げてそのまま部屋に視線を移した。



「――――何でテメェがここにいるんだよ」
「げ、ハーレムッ!」
「こっちの台詞だ」
マジックがいるのはともかく、一緒にいる男に不快感を露わにしながらハーレムは部屋に入ってきた。
先程拾った花びらを無意識にポケットにと詰め込んでジャンにと睨みを利かす。
ジャンは後ずさりながらも同じようにハーレムを睨んだ。
「流石にハーレムもここではガンマ砲出さないようだね」
「意識ないやつ巻き込めねーだろが」
一歩部屋に踏み込んだ時点でハーレムは何処か違和感に襲われた。
何か妙な気配。
二人に特におかしいところはなく、再度首を傾げつつマジックの隣りに座る。
「どうかしたのか?」
「別に。それより本当に何でここにいるわけ?兄貴とそんな話すことあるのかテメェ」
「………ガンマ団に身を置いていたし」
「ふぅん」
自分で問うた割に興味はゼロ。
そんなハーレムにジャンは溜息を零す。
本人を目の前にお前を見掛けたから逃げ込んだとはとても言えない。
何ともなかったように会話をしているマジックを見るとまた一つ、溜息が出た。







少し乾燥していた唇に、自分が思うところは何もなかった。
サービスとはまた違う、その香りだけは好んでいたことを思い出したが。
今となっては昔を彷彿とさせる疵だろう。
無意識に唇に手をやりながら、結局マジックからの答えを得られなかったことに。
更に溜息が出た。








「辛気くせぇな溜息ばっかり。用がないんならとっとと出てけ!」
「………そうするよ」
苛立ちがこれでもかと言うぐらい伝わってくる。
これでマジックとの関係がばれていたら、どうなるんだろうと考えてジャンは背筋が冷える思いをした。
身内にはひどく甘い男だから。それに自分が関わっている人物にはどんな乱暴な態度でも
それはマジックも同じで、サービスが一番そうではないのだろうと思う。
自分の気に入った人物にはとことん甘い男ではあるが、そうでなければ彼は関わることを拒絶する。
次兄のルーザー、それにルーザーの息子だと思っていたシンタロー。
後は腐れ縁の高松。
これぐらいじゃなかろうか、彼が懇意にしていたのは。
尊敬する兄の息子で、ジャンと同じ顔だったシンタロー。
そのシンタローをサービスはとても可愛がっていたと聞く。
それは今も同じで、ジャンとしてはえらく複雑な気分である。
シンタローもとても懐いていたようで、マジックはサービスが本部により着くたび何とも言えない表情をしたと。

「――――――……」


そこまで考えて、似たような図式にジャンは顔を歪めた。
それでも度々サービスはジャンのことをシンタローに話していたようなので、そこだけが救いだろうか。


ハーレムは、シンタローのことをどう思っていたのだろう。



敵意だけをぶつけてくるこの男は、俺によく似たあの男に。






部屋を出る際視線をふっとハーレムにやって。
ハーレムが口を開く前にジャンは完全に部屋を後にした。














「―――――で、何だったわけあいつ」
「お前がもう少し態度改めればいいんじゃないか」
「いやだね」
全身で嫌いを表現している弟に、マジックは苦笑を零すしかない。
最愛の弟を奪われたと思っているこの男は、まさか長兄までそれに関わっていたなんて知ったらどうなるのかな、と何処か人事のように考える。




「なに笑ってんだよ」
「別に、早くこの子が目を覚まさないかと思ってね」








父親の顔をしたマジックに、ハーレムは僅かに口元を綻ばせたのだった。
ポケットの中の花弁が、茶色く萎れてくのには気付かなかった。























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貴方の声が聞こえないように耳を塞いだ。










Doppel
Act10 これを恋と呼ぶのなら










貴方の声が聞こえないように。
何も聞こえないように。
耳を塞いだ。




貴方の姿を見えないように。
何も見えないように。
目を塞いだ。




耳を塞ぐように。
目を塞ぐように。







心を塞ぐことが出来たら。






この傷む胸を押さえつけて。
霧深い朝を迎えて。







ああ、心を塞ぐことが出来たら。


















気付いたらそこはもう総帥室で。
机の上に置かれた桜が花を散らしている。
ドクドクと耳の奥で血液の流れる音。
うるさいくらいに響くそれとともに瞼に残る残像。
荒い呼吸に、喉が渇いて。
また痛みが。
忘れていた痛みがつきつきと身体を刺した。
ひくつく喉は、もうとっくに焼き爛れて痛みなど。
麻痺していた傷がじゅくじゅくと浸蝕していく。
止まっていたぶんそれは勢いを増して。
ずるずると壁づたいにしゃがみこむ。
重力に逆らう気など起きなくて、そのまま膝に顔を埋めた。



何を期待していたのだろう。



滑稽さに涙さえ浮かんでこない。
あのとき。
あの二人の空気を知ったとき、わかったくせに。
とんだ道化だったと思い知ったのに。
なぜいまさら。




「………過去のことだと」




思ってたのだ。
今あの男の隣りにはその親友がいて。
今あの男の隣にいるのは自分だったから。




いつか。




『自分』を見てくれるのだと。
もう期待なんてしないなんて思っていて、その心の片隅で望んでいた。
愛されたい。
願ってしまった。
それはまったく手に届かないわけじゃなく目の前にちらついていたのだから。
ひとたび手を伸ばせば決して振り払われる物でもなく。
けれどそれは結局俺の向こうの誰かのためで。
それでもそのぬくもりから逃れようと出来るわけもなく。
勘違いさせないで。
その顔を向けるべきがあの男なら俺に触れないで。
いっそのこと拒絶を現してくれたら、この気持ちを切り捨てることはもっと簡単だったのに。
もしかしたらいつまでも引きずるかも知れない。
それでも。
淡い夢に浸っているよりは、前へとこの足は進める。
例えそれがどんなに遅く小さな一歩だとしても。
このまま灰色の空の下、立ち尽くしたまま動けないよりは。
そんなくだらない「if」の話し。
貴方の指が染みついたままでもう離れられるわけがないのだから。
それならば。





「誰か」





無条件に隣にいてくれる人。
それが当たり前だった彼に、いつ頃から自分は怖さを感じるようになったんだろう。
限りなく注がれるているように見える愛情に。
いつか彼は自分に厭きてしまうのではないかと。
だから強さを求めた。
彼の息子でいられるために。
No1であるために。
望んでいたのはそれだけだった。
彼の隣にいるために。
強く在ろうと、していたのに。




「過去のことだとっ……………!」





脳裏に焼き付いた一瞬の映像が。
苛んでいく。
どこまでも深い闇の一滴が。
誰かお願い。






傍にいて。













でもそれを誰に望むの?



































「真っ白だな…………」
ただっぴろいそこは真っ白で。
どこまで続くかと思うようなその寂しい場所に。
片割れはいた。



「今日は追い返さないんだな」
「……………………」



子どものように膝を抱えて。
小さく、隅(そうこの広く白い空間でそこは確かに隅だった)で。
顔を埋めて。
赤い総帥服ではなく、あの島にいた頃の格好で。
けれどその長い髪は下ろしたまま。



微動だにせずに、閉じこもっていた。



「いいのか俺がここにいても?」



話しかけても何の反応もない。
まるで自分などここにはいないように。
肯定されないのはしっていたが。
まさか否定すらされないなんて。



「影は影らしくそのままでいればいい」



この体。
この男の邪魔さえ入らなければ使うことぐらいわけはない。
例え相容れないものだとしても。


隣りに立って見下ろせば。
あのときは酷く邪魔だったこの存在が。
いかに頼りないものなのかとおもう。

「もらうぞ」

今ならとても簡単だ。
しかし、この言葉に男はようやく反応した。


「……………………」


ふるふると、頭を左右に振ってようやく否定の意を示す。
黒い髪が、さらさらと肩を流れた。


「ならなんで俺をここに呼んだ?」
「……………………」


聞き分けのない子どものように。
ただ首を左右に振るだけ。
拉致が開かない。


ひとつ息を吐いて今日のところは去るかと動いたときだった。
つん、とズボンの裾が引かれる感覚。
振り向けばいつの間にか手が、小さく布を掴んでいた。





「…………調子の狂う」
そしてまたひとつ息を吐いて。
その手が離れるまで仕方なくそこに佇んでいた。



































「シンタロー」
「ハーレム、どうした」
不意にこの部屋に訪れた叔父の姿に、シンタローは僅かに表情を変えた。
彼をあまり知らない人にとっては、分からないぐらいのものだがハーレムには十分なものだ。
「んな意外な顔するなよ」
「意外だからな」
白衣の裾を揺らしながらシンタローがハーレムにと近づいた。
少し居心地の悪そうなハーレムは、辺りに視線を彷徨わせている。
「何のようだ?誰か探しているのか」
「……いや、あ、でも確かに探してるって言うか…」
歯切れの悪い口調。
いつも自信たっぷりなこの叔父のそんな態度に、シンタローは気付かれぬ程度に眉を上げた。
シンタローが一日の大半を過ごすここは彼専用のラボ。
この部屋には似たような目的の者がよく出入りをする。
そしてそれはこの叔父が苦手としている男も含まれていて。
避けるためか滅多にここには近寄らない。
「お前サクラ、っての作ってたよな」
「サクラ?……ああ、桜。もう出来上がったぞ、見たかったのか」
不慣れなイントネーションで発せられた言葉は、また意外な物だった。
ハーレムという男と桜が結びつかなかったせいもある。
『原色』のイメージなこの男には大輪や、その存在を確実にアピールしているものがよく似合う。
無論桜もその存在感は見事な物ではあるが、やはり淡さや儚さという物からは切り離せないだろう。
「…………でもあいつには似合うんだよな」


どこまでもその存在を示しているのに。
どこか危うげなその感じが、似ているのだろうか。



「なんだって?」
「ああ………見たいならシンタローのところへ行けばあるぞ。また作ろうとは思ってるけどな」
「シンタローのとこ?」
「昨日渡してきたばっかりだ。まだ咲いてる」
ポツリと零した言葉に、ハーレムが訝しげに問うてくるのにシンタローはさらりと返す。
棚を覗いて桜の苗木を出そうとしていたシンタローはだから気付かなかった。
シンタローと口にしたとき、ハーレムの顔が大きく歪んだのを。





茶色く、しなびれた花弁にそっと、指を這わす。





「………一つしか作ってないのか?」
「ああ。けどかなり喜ばれたから、また作るかと思って」
「真っ直ぐ、シンタローにやったわけ?」
「…………そうだが、そんなに見たかったのか?」
やけに食いついてくるハーレムに、シンタローは振り返って訝しげな視線を投げかけた。
そもそも桜という花自体、よく知らないのに。
何処か違和感を覚える。
そんなシンタローの胸中を察したのだろう。
ハーレムはその視線を受け流して、踵を返した。


「ちょっと興味があったからな、それだけだ」


そう言って部屋を出ていったハーレムの姿が見えなくなっても、ずっとその空間を見据えたままだったシンタローの瞳から。
ツ、と一筋頬を流れる物があった。




「あの男なら、大丈夫だよな………」
何処か警鐘を鳴らす胸の裡。
これは自分の傷みではなく。





「………少しぐらい、頼ってくれても良いんだがな」
ほんの僅かに共有する物を。
和らげる術を、知りたかった。



















「あの馬鹿がっ………………!!」



シンタローのラボから出たハーレムは、まわりに当たり散らすことだけはなかったがその纏っている空気は張りつめていて。
駆け足寸前のその歩みに苛立ちをぶつけている。


シンタローの部屋から総帥室までの道のりに、コタローの部屋はない。
だから桜を渡しに行ったシンタローがその花びらを落とすはずはないのだ。
もしかしたらくっついた花弁を落としたのかも知れない。
しかしあの様子からして昨日はコタローのところに寄りついてはいないだろう。
可能性は渡されたシンタロー。
桜を見せにいったのか、それともくっつけたまま部屋に行ったか。
どちらでも構いやしないが、昨日の自分の感覚は正しかったのだ。



誰かいたと思ったのにいなかった。
落ちていた一枚の花弁。
部屋にいたのは兄と赤の番人。
その流れていた空気。



何故あの男が立ち去らねばならなかったのか。
部屋に入っていないことぐらい、兄の様子で分かる。


入るのを躊躇してしまうような。
近づいてきた己の気配もわからないような。



何かがあの二人にあったとしか。







ああそう考えれば全てのピースが上手く組み合わさってしまうではないか。




この一年間感じていた違和感。






「なんでだ………!?」
何故またお前が。





きつく唇を噛みしめながら。
ハーレムは辿り着いた総帥室のドアを荒々しく開け放った。














「……そろそろドアのパスワードかえなきゃなぁ」
「俺は今そんなくだらないこと話す気はねぇ」


デスクの上の桜が、傾き始めた陽にさらされながらまたいくつか花弁を落とす。
ポケットに入れられたままの、もうすでに何だったのか分からない茶色い染み。


「くだらないとは思わないけど?」
「うるせぇ。そんなことはどうでもいい、俺は確かめに来たんだよ」


己のいつにない真剣な声音に、ぴくりとその肩が震えて深い溜息が耳に付いた。
どうやら話を聞く姿勢をとることにしたらしい。
こちらに背を向けたままの甥に近づいて、椅子を回転させれば知らない色と目があった。



「お前その色なんだよ!?」
「………あーあ、ばれちゃったね。今取っちゃってたからこっち向いてたのに」
「茶化すな!俺の質問に答えろ!!」
「だって見たとおりだから。時々なるんだ」

淡々と語るシンタローはあくまで笑っている。
その空々しい笑顔が、酷く腹ただしい。

「その紫に、なんもなくていきなりなるってのか?」
「この体だからね。力使ったりするとなるんだ、俺の青の番人としての意識と赤の番人の体が反応して、なのかな。その辺は俺もよく知らない」
みんなにばれると面倒だから黒のカラーコンタクトで誤魔化してたんだけど。


そういってまた笑う男を殴り飛ばしたいのは間違っていないだろう。
そんな秘密を抱えていたのか。
きっとここ最近の事じゃない。
帰ってきてから、すぐ異変はあったのではないだろうか。
誰にも言わず。
頼りもしないで。


何故笑う?




「嘘言うんじゃねぇ」
「言ってない」
「少なくとも時々じゃない。それ、固定してその色だろう」
「……………………」
「力の使用とかもっともらしいこといったがお前ここ1ヶ月はデスクワークだけだからな、昨日だって特に何があったわけでもないし?」


これで傷ついた表情のひとつでもすれば、わかりやすいのに。



「兄貴だって、ぶっ倒れてから相当気にしてるからな。簡単にはでかけられないだろう?」
「……あんたが変な具合に口出して俺の仕事取るしね」
「お前がここにいろって言ったんだ。動き回るぐらいさせろ」

わざと選ぶ言葉はこの男に傷をつけることばかり。
表情を変えろ。
その内心を見せろ。
みっともなく泣けばいいのに。


「………なぁお前このままでいいわけ?」
「なにが?」
「とぼけるつもりか。俺は知ってる」



「なにを」
「お前昨日、コタローのところにまた行ったろ」



この花を持って。
指さす桜に、ほんの少しだけ瞳が揺れた。




「……………俺昨日朝行ったのに?」
「だから再度行っただろって言ってるんだよ。しかも、二度目は部屋には入らずにな」
言いきる言葉にシンタローは、いっそう笑いを深めた。
それは自嘲の笑みだったのか。


「……そこまで分かってるなら聞かなくてもいいじゃない?」
「俺は推測で話すの好きじゃないんだよ」
「断言してるくせに」
「お前のくさい芝居はもう見たくない」
「…………やだねこれだから無駄に年食ってると。変に勘が鋭くて」
「そんなわかりやすい挑発には乗らないぞ。俺は」




吸い込まれそうに透き通ったアメジストが、俺をピタリと見据えた。
射抜くようなその瞳は何の感情も表していないのに。
表情だけはひどく優しく、笑った。










「騙されてくれないの?」
「騙されて欲しいのか?」











「問いを問いで返すかな」
「嘘ばっか吐くからだ」
「ついてるつもりはないけど、」
「話さずにそのまま溜め込んで、どうするんだよ。俺が何にも分かってねぇと思ったのか?確信できたのは今日だったけどな。島から帰ってきたときから、様子が変なのぐらいは気づける」
気付いていないのは。
あの男だけなのではと思う。




「兄貴と、ジャンに。お前は何を見た」




気を抜けば今にも怒鳴り散らしてしまいそうだ。
でもまだ。
聞きたいことを全部聞き出さなければ、何の解決にもなりやしない。
薄々は分かってるが、そのことをこの男の口から言わせたい。





「何も。俺はあの二人に何も見てないよ」
「聞き方が悪かったか?昨日、お前はコタローの部屋の入り口で、兄貴とジャンが、何をしているのを見た?」
一言一言句切って。
言い聞かせるように確認する。
何もなくて入らずに去るものか。

「キスしてたよ。昨日はね、邪魔しちゃ悪いかなぁって去ったんだけど?」
「いい加減そのバレバレな嘘は止めたらどうだ?話が進まないから」

さらっと答えたシンタローは、冷静そのもので。
その冷静さがかえってこの男がそのことに対して気を病んでいるだろう事が、わかる。


「………他に何が聞きたいの?」
「お前、兄貴の寝たよな。こっち帰ってきてすぐに」
とうとう身を委ねたのかと、すぐにその空気は分かった。
纏った空気が変わって。
そのときは……、不穏は感じなかったのに。
「そうだよ」
「ジャンと兄貴はいつからあの関係だ」
「それは本人に聞いてよ。詳しくは知らない」
「知らないんじゃなくて知りたくないんだろ」


だってそうだろう。
普通仮にも好きな奴の(そうでもなければ素直にやらせるはずもないし島でのこの男にマジックの一方通行でもなかったのだと実感した物だ)そんな関係など。



「あ………そうか」


そう考えて。
すとんと胸に落ちた。
どうして気付かなかったのだろう。
聞けるはずもないじゃないか。
だってマジックはシンタローがジャンと自分の関係を知ってるなんて事知らないのだから。
だってマジックが言うはずもない。
同じ顔のあの男にも手を出してるなんて。



…………あれ?



何処か間違えている。
そんな違和感が俺を覆っている。
何が違うんだ。
マジックとシンタローは出来上がっていて、でもってマジックはジャンとも関係を持っていて。
シンタローは昨日マジックとジャンのキス現場を目撃して、多分逃げ出した。
でもこの様子からして相当前から知ってたんだよな?
島から帰ってきたときから様子は変で。
でも関係持ったばかりのときはそうでもなくて。
色んな事がいっぺんにありすぎたからおかしいのかとも。
けど。
どういうことだ?
マジックは、シンタローと、ジャンと。





「順番が違うんだ………」






それは、ひどくやるせない。

マジックは、シンタローと寝たのが先なんじゃない。
ジャンと関係を持っていたのが先で。


そういえば今ジャンはサービスと。
いや学生時代からそんな感じは。
けどジャンとの関係がシンタローの前だとするとそれはジャンが学生時代だから。
その再会はあの島で。
島でシンタローはジャンで。
でも違ってたんだけど。
でもこいつさっきなんて言ってた?
体は赤の番人って言ってたよな?
それはつまり俺もとっくに承知の通りジャンの体と言うことで。
島から帰ってきたシンタローを抱いたのはもう逃がさないためだと思ってたけど。
マジックのあの異様な執着は。
いや、でもその兄の口からきちんと俺は聞いている。
確かめた。
それに俺は安堵した。
でも。
シンタローはどうしてジャンとの関係を知った?







「お前、馬鹿だろう………!!」






何で、笑っていられるんだよ。
何で、マジックの傍に居続けるんだよ。
同じ顔で、同じ体のお前。
関係がジャンが先だと言うことは。
それは。




そんな笑った顔なんて、見たくねぇよ。
もうすでに歪みまくって何を見ているのかわからないんだけど。







「ハーレム……」
「何でお前はそんなに馬鹿なんだ!?」

悔しくてこぼれ落ちる涙は止まる術を知らない。
ああみっともない。
何で俺が泣かなくちゃいけないんだよ。
あまりにこの甥が馬鹿で。哀れで。愚かで。
………………愛しすぎて。

しかも肝心の兄はこのことを知っちゃいない。


「いつからだ………!!」
「………何が?」
「いつから、お前はマジックとジャンの間柄を知ったんだッ…!!」
「………ここ帰ってきて、マジックに抱かれて、少し後かな。体の違和感は感じてたけどね」


はぐらかすことも無言も許さない声音に、シンタローは少し間をおいたが素直に答えた。
やっぱり正しいじゃないか。
俺の感は。
一年間。
こいつは何を思って過ごしてきたんだ。



「殴ってくる……」
「え?」
「一発殴らなきゃ気がすまねえ」
一発ですむかわかんないけどな。
そういって踵を返そうとすれば、今日初めて。
感情を表面に出した声が耳に届いた。





「嫌だ!!」





「…………何言ってんだテメェ」
いっそ悲壮なその声。
何を嫌だと、この馬鹿は言うのでしょう。

「気付いたんだろ?マジックは俺が知ってることを知らない。俺はこれからもそれを言うつもりはない。だからあんたも何もするな」
「それはテメェの都合だ。俺の知ったことか」
「俺は、あんたが思ってるよりよっぽどあの男が好きだよ。多分、今のこのバランスが崩れたら俺はここにいられなくなる……それは嫌だから、だから……」




ああ兄貴も上手く教育したもんだ。
あんた一人でこの、今のガンマ団をまとめ上げている男は簡単に揺れてしまう。
さっきまで落ち着いていたのに、こんなにも狼狽える。
こいつのまわりはいつだって多くの人がいるのに。
誰だって手を差し伸べることを厭いやしないのに。
むしろ伸ばされることを望んでいるのに。
この男の求める手は、ただひとりか。






「ふざけんな」
「………巫山戯てない」
「俺はあいつを殴りたい。けどお前はそれを止める。俺はそんなお前の元にいられるほどお人好しじゃねぇんだよ!!」


知ってしまったんだから、見て見ぬ振りが出来るほど器用さを持ち合わせてはいなく。
このまま居続けていては、絶対に無理だ。








「今日限りで、俺はガンマ団を止める」








「…………元々、俺が無理に引き留めてたんだしな」
「餞別として何も言わないででってやるよ。ただすれ違いでもした場合の保証はねぇ」
「……ハーレム」


頼むから、気付けよ。
お前の視野はそんなに狭かったか?




「最後に言っておく」
「………………」
「結局お前は、俺のことをまったく信頼してねぇんだよな。俺だけじゃなくって他の奴に関しても自分から壁作ってるし………お前にとって俺等って、何だったんだろうな」








本当、情けないね。
自分の半分ほどしか生きてない不器用な男の一人も、手助けすることすら出来やしない。
お前のその心遣いに、涙が止まらないよ。

















「ハ―レムっ………!!」




出ていこうとした背中に、思わず声をかけた。
その音は我ながらひどく情けないもので。
しかしそれ以上言葉は続かない。


違う。



否定の言葉が喉に絡み付く。
それを俺に言う権利は。
だってどう思っていようと選ぶ結果は彼の言うとおりなのだから。





そして男は振り返ることももう口を開くこともなく、部屋をあとにした。









「――――――――……っ」

叫ぶ声は、届かない。
言葉になり切れないものが、胸を張り裂こうとしてる。
でもだからと言って、何故彼に縋ることが出来る?
これ以上誰に弱さを許せる?
ひとりで立つことが出来なくなってしまうの。
いつかおいていかれるひがくるから。
だから。










ねぇ、貴方は本当になにを俺に求めていた?



力なく、窓にと寄りかかる。
傾いた陽が部屋を赤く染めて。
もう疲れたんだ一人舞台は。
そう感じたら急に目の前がぼやけてきた。
何であんたが泣いてくれたんだろうね。
もう十分にお人好しだよ。
それを返すことの出来ない俺は、やっぱり相当馬鹿なんだろうね。



淡い色の花が、赤く反射しながらはらはらと散っていく様をぼんやりと見やる。
…………昔撮った写真を思い出した。
無造作に、けれど確実に手の届く位置に置いてある本を取りだし、また窓にと寄りかかって。
古ぼけた本に挟んであるそれは、一番あの男に似ていた。
何も知らなかったこの頃の笑顔が。
ぱたぱたと写真に落ちる染み。
何でこんなに苦しいんだろう。
自分で選んでる道なのに、体の中の軋みは増えていくばかりで。
音がするんだ。
いっそのことなりふり構わず欲しがれれば良かったのだろうか。
想うほどに揺れて、泣き乱れて叫ぶことができれば。
………等の昔に求めることは、諦めていたけど。
唯一望んだのは貴方の隣にいること。
この現状を壊すことが怖くて。
結局また誰か傷付けた。
手探りで探すものに捕われすぎて。





「ごめんな…、さ……ごめ、んなさい…ごめんなさい、ごめんなさっ………!!」




誰に許しを乞うてるのだろうか。
身を屈め、泣きじゃくる様は幼い子どものようで。
蒸せながら紡ぐ言葉は壊れたスピ―カ―みたいに繰り返される。
なによりも怖いことはここにいられなくなること。
そう怖いんだ。
彼よりもあの人を選んだ、それだけのこと。
だって知ってる事実を突き付けて。
いらないと、あのときみたいに背を向けられたら。
ぽっかりと空いた胸に風が吹く。
一度否定された事実はいまだに根深く。
不安定な足元は今にも崩れ落ちそうなんだ。



「ごめんなさい………………」
口をついで出るのは嗚咽と贖罪の言葉。
そのずるい自分の声も聞きたくなくて。
耳を塞げば。
確かな鼓動だけが、響いた。














「……………………………………」
気付いていない。
淡い金髪。
多分誰よりも近いその存在。
黙って側によれば、青い瞳がこちらを向いた。
石膏のような冷たい色は、触ればひやりとして。

「あんたが温かくなくて良かった」
「………馬鹿な男だ」
「うん。だからあげない」


今日は何度馬鹿と言われたことだろう。
自嘲気味に笑いながら、それでもいいのだ。
失くしたくはないから。
この感情を何と呼ぼうか?
愚かで、自分勝手で、未発達なこの想いを。





「恋という感情ではないのか?」





不可解そうに、ダイレクトに伝わっただろう感覚の答えを男が口にする。
多分この男は理解できないとでも言いたいのだろう。
恋というカテゴリに当てはめるためには足りない部分もあるし、溢れてしまう部分もいっぱいあってやはり恋とは呼べないのだろうけど。
もし。
これを恋と呼ぶのなら。



もう二度と恋なんて物は、要らない。

































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