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帰ってきた。


この島に。



さぁ始めようじゃないか。

















Doppel
act13 cross road


















「シンタロー」



全てを放り出すかのようにガンマ団から出てきてしまってから、シンタローはひとり部屋にと籠もっていた。
無論指示を出してこなかったわけじゃない。
けれどあれではまるで子どものようだと。
今更ながらに後悔の念が押し寄せる。


どうにも従兄に合わせる顔もなく。
すでに島を目の前にして悶々としていたところ、部屋が開かれた。



淡々とした落ち着いた声音。
ノックも無しに、入ってこれる人物などほとんどいない。
ベッドに突っ伏したまま来訪者を迎える。
部屋に閉じこもってから、己の心情を考えてだろう。
顔をまったく出していなかった彼は、島に着く寸前にしてようやく自分の元にとやってきた。



動かない様子の自分を気にせず、彼はすとんと横に腰掛けた。
ふわりと、微かに薬品の香りがシンタローの鼻を擽った。




「もうすぐ着くぞ」
「…………知ってる」
「出てきた勢いはどこへいった?俺は構わないが、こんなところまで付き合わされた団員のことも考えてやれよ」
「…………………………」



軽い溜息と共に、横たわる気配。
もぞもぞと身動きしていたかと思うと、体の下に引いていた毛布が引っ張られてシンタローは反転する。



「オイ…………」
「寝る、疲れた」




言ったが早いが、寝息が聞こえてきて。
シンタローに抱き込まれた状態のシンタローはため息をひとつついて、自然入っていた体の力を抜いた。
別に島に着くまで何かやらなければいけないというわけでもなし。
そしてシンタローがこんな様子を見せるのはめったにないから。
抱き枕となることを受け入れる。
一緒にいることで彼の傷が少しでも癒せるのなら。

明らかに寝入った振りのシンタローのまわされた腕に、シンタローもそっと手を添えた。
冷たい手。
これで彼に何かを与えられるとは思わない。
それでも、傍にいることぐらいは出来るから。





「……眠ればいい」
ゆっくりと。






もう目の前なのだから。
止まっていた時間の大きな流れは。







「シンタロー…」
「…………………」

かすかな声で呟かれた名に、沈黙で返す。
もう、自分がいうことは何も見つからないから。




ありがとう。






耳元で囁かれた感謝の言葉に。
つきんと痛んだ心の奥。
それが痛みとはそのときは分からなかったが。
素直にそれは受け入れることは出来ずに、添えた手に僅かに力を込めて強く目を瞑ったのだった。


































誰も。
こんなこと望んでいなかったのに。




































彼は、友の傍にいたかった。
彼は、弟と話したかった。
彼は、息子を手放したくなかった。

大切な人を。
守りたかった。




それだけなのに。
どうしてこう、なってしまうんだろうか。













「──────何も…、出来なかった……」



落ちていく男を。
呆然と見送ったシンタローは、強く透明な壁に指を押し付けて。
今にも崩れそうな体を保っていた。
どうして。
どうしてまた、あの男が。




「厭だ、俺は厭だ────…」





満足そうな笑み。
それが脳裏について離れない。





「彼と一緒にいたくて、けど彼とも離れられないのに」





そんな二律背反をいつも抱えていた。
それを選ぶ岐路に立つとき、揺れるのは自分が勝手なだけだ。
彼が選ぶ道に、どうして意見を言うことが出来るだろう。


けれど。





あんな形を望んでいたわけではないのに──────…。











「戻って、こい……」

小さな小さな呟きは。
飛行艦のエンジン音と喧騒に。
飲み込まれ誰にも聞こえることはなかった。









































それで、いい。

今度こそ、君が幸せになるのだから。




一瞬のことだった。
足場が崩れて。
自分も怪我を負っていて。

守れなくて。



必死で伸ばされた腕。
彼はそのとき、迷っていた。



だから後押しをした。







「親父ぃ─────ッ!!」







俺を選ぶな。
俺は平気だから。
あんたは、今度こそ弟を選ばなければいけない。


間違ってはいけない。




強い視線に、彼はそれを受け入れた。




自分の弟を。
彼の次男をその腕にと抱きしめた。







それでいいんだ。







俺は。
どうせ死なないし。
貴方と一緒にいたいけど。
隣にいることは辛いから。


丁度いいのかもしれない。







ああでも貴方は。
何でそんな表情をしてくれるのだろう。




また、期待してしまう。












どこまでも高い青い空を見上げながら。
シンタローはこれからどうするかと何処か他人事のように考えるのだった。



















今目の前で起きたことが現実味を帯びていなかった。
それでも何とか我を忘れずにいられたのは腕の中の息子の存在。
小刻みに震えているのは自分への恐怖からか。
それとも目まぐるしく展開していった置かれている状況にか。
その両方かもしれない。
けれど、そんな状態でもぎゅうっとしがみ付かれた腕に、守ってあげたいと思う。


自分の腕の中にすっぽりとおさまってしまうまだまだ幼い息子。
この子を選択できたのは、もう一人の息子のおかげ。

その瞬間はスローモーションだった。


反射的に手を伸ばすもののどちらを手にとればよいのか正直分からなかった。
そのとき、そんな私の思考を読み取ったかのように彼は叫んだ。

たった三文字の言葉と目で強く叫んでいた。


俺を選ぶなと。
弟を選べと。



ほとんど自分の感情は入っていなかったと思う。
それはほぼ条件反射のように体が動いていたから。


後悔をしなかったといえば嘘だ。



無論、兄ではなく弟を選んだことではなく。
落ちていく兄を呆然と見送ってしまったこと。


あの、満足そうな笑みを見てしまったこと。





また、いなくなってしまうのかと。
恐怖感が体を包む。
それでも理性を保っていられたのは守るべきものがあったから。
今この瞬間は息子には私しかいなかったから。
そして私にもこの子しかいなかったから。

縋るようにそっとその体に腕を回せば。
彼も私により強くしがみ付いてくる。



その力の強さに、私が救われていた。






















カタカタと小気味いい音が艦の管理ルームで響いている。


大きな揺れを感じたと思ったら、たちまち部屋は警告音が支配した。
焦る団員達に落ち着きを取り戻させたのはシンタローだった。
少し危うい足取りで部屋で入ってきた彼は、けれど意志の強い瞳でモニターを見据える。
現在の状況を素早く理解すると、すぐに指示を団員達に出した。
破損の激しい箇所のエネルギーを止め、補助の方にと回す。
幸いメインエンジンには傷がつかなかった。
ガンマ団本部に着くまではなんとか保つことが出来る。
新しくシールドを張り直すプログラムを打ち込みながらシンタローはあることに気づいた。

相手から受けた攻撃。
そのエネルギーの波形に覚えがあった。


「シンタロー様!補修プログラム発動しました!!」
「次はシールドの強化だ。今俺が立て直しているプログラムに直接繋いで組みたててくれ」
「了解しました!!」
「こちらも破損箇所のエネルギー供給停止完了です!」
「破損箇所のチェックをしてきてくれ。保つとは思うが確認をしておきたい」
「はい!」

団員からの報告にすぐに返しつつも、シンタローは動かす手を止めない。
新しくプログラムを打ち込みながら、相手のエネルギー波の解析も続ける。
どこか。
どこかで見た覚えがあるこのデータは。

記憶を一つ一つ遡って思い起こそうとする。



「─────……あ、」
「シンタロー様何か問題が!?」
「今やっている作業が終わったら三年前からのαデータを全てこのデータと照らし合わせてくれ」
「分かりました!」

おそらく、自分の予想はあたっている。
記憶力には自信があった。
これは、シンタローが倒れてしまったときのあの。






「心戦組……」

シンタローは、ひとり呟いて。
その組織の名を脳裏に焼き付けたのだった。































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気づいていなかった





気づこうともしていなかった






一番の道化は、他でもない俺で。


















Doppel
Act14 また一つの物語


















「シンタロー不在を他国に知らせるな。すべての指揮は、私が執る」





圧倒的なその存在で、男は再度ガンマ団を統治する。



ほんの少し前まで、彼こそがその頂点に立っていたのだ。
誰もが、認める彼の力。



それは、全く衰えを見せず。
また新たな、力を見せつけていた。








「どうしましたハーレム、呆けた顔をして」
「相変わらずだな高松。久しぶりの再会なんだぞ、少しぐらいこの俺様に会えた喜びをだなぁ……」
「なんで貴方にそんなことしなければならないんですかやかましいのが出戻ってきたと思わず出てしまうこの溜息の慰謝料を貰いたいぐらいですよ」
「……てめぇ」


3年ぶりの再会。
しかし悪友は顔を見せても全くその表情を変えることはなく、その毒舌は滑らかに口から出る。
ひくっと顔が引きつるが、手でも出せば後で払うツケは大きい。
長いつき合いでそれを身に知らされている立場としては、迂闊に殴ることは出来なかった。



「面倒事まで連れてきて…、おかげでこっちは大忙しですよ」
「俺だけの問題じゃねぇっての。一応ガンマ団と敵対?してる奴らなんだから」
「その敵対者と和気藹々と島で暮らしていたのはどこのどいつですか。今更その口で敵対なんて聞きたくありませんね」



そしてまた、ハーレムのこめかみに青筋がくっきりと浮かぶのも仕様のないことだ。



そんなブチ切れ寸前怒りオーラ大放出のハーレムを前にしても、高松は気にした様子はない。
すらすらと言葉遣いだけは丁寧な言葉を並べ立てていく。
そんな高松に、ハーレムは少々気を削がれたように彼の言葉を耳にした。




「それでハーレム、貴方がぼけっとしていた様子ですが」
「一々ひと言多いんだよてめぇは」
「総帥に何かあるんですか?」




ハーレムの視線の先には団員に指示を出すマジックの姿。
あの赤い総帥服に、黒のロングコートを羽織った後ろ姿は彼の息子と被る。


じっと兄を見つめていたのがばれていたことに、少しばかり気恥ずかしさを覚えるがそんなことは高松にとってはどうでもいいことのようで。
ハーレムに視線を送るでもなく、同じようにマジックに視線を向ける高松になにか違和感を感じながら、それでもハーレムは口を開いた。





「マジックは……、頂点に立てる男なんだなって思っただけだ」
「おや、貴方にしてはえらく殊勝なことをおっしゃいますね」
「うっせぇな。てめぇが聞いたんだろうが!……それに、」



いつになく真剣な表情をするハーレムを横目で確認しながら、高松は風で浚われそうになる髪を押さえた。
ここは風が強い。
こうして近距離で会話を交わすのすら、声が飛ばされそうになるのに。




マジックの声は、決して語気の強いものではないのにここまで聞こえる。
善く通る声。
年齢を全く感じさせない、整った堂々たる風貌。




彼の存在は、特別だと。
思う。








「俺は、けっしてあいつに勝てねぇって昔から知ってるよ」
「………闘ってみようとも?」
「はッ!向こうが俺と闘う気はさらさらねぇんだよ。強い奴は好きだが、あいつはそういうところが昔っから好かねぇ」



乱暴ではあるが、落ち着いたハーレムの声は彼の本音だ。
いつでも己の好きなようにやる彼は、自分の中の真実だけは見失わない。



それは高松がハーレムを好ましく思う大きな点だった。






「あの方とは、やってみなければ分からないと言うことが当てはまりませんね。確かに」
「………てめぇそれは俺が弱いって言ってるのか、言外に」
「だってあの方は今まで本気を出したことなどないでしょう。それこそ、我を忘れるような力の解放なんて」



その言葉に、ハーレムは思わず高松を凝視する。
口の端に銜えた煙草を落としそうになりながら、高松の次の言葉を待った。
高松はやはり己のペースを崩さずに。

静かに、言葉を連ねていく。





「貴方達の力のメカニズムは非常に興味深い。よくよく研究してみたいのは今でも変わりませんよ」
「………………………」
「そんな凶悪そうな表情をしなくとも。貴方以外を研究対象にはしませんよ」
「オイコラテメェふざけるな」
「本気ですが?」
「尚悪い!!」


真剣に聞こうと思った自分が浅はかだったのかと言えば今更分かったんですかと間違いなく返ってくるのが分かるほど付き合いが長いのが嫌になってくる。
イライラをどうにかして煙草に集中させて、怒りをやり過ごそうとすれば隣からは馬鹿にしたような笑い。


ああいらいらする。
一体、何が言いたいのか。




こんなやつばっかりだ。
本音をはぐらかして。
誤魔化して。
そして笑顔で塗りつぶす。




本当のことを言うのを。
どうしてこんなにも怖がるのだろう。








「私もこれは人から聞いてよくよく観察させて貰ってきたんですけどね」
「…………なにを」
「あの方の力は完璧すぎる。それこそ人が持つには、強すぎるほど」


また唐突に話題を変える高松に、ハーレムは眉を寄せるだけでついていく。
ここでまたそこに突っ込めば話は進まない。
何よりも、こんな話し方をする奴がここには多すぎて。

慣れたくもないのに、慣れてしまった。




「人でなければ、いっそ楽だったのに」
「お前それは誰のことを言っている」
「シンタローさんですよ。別に、化け物とも思ってはいませんけど。シンタローさんは人よりも人らしい、人だ」

ハーレムこそ何を言っている、とばかりに返されて。
少しばかりたじろげば、小さく溜息をつかれる。


「それでいえば、よっぽどシンタロー様の方が人らしくないでしょうね。私の自業自得ですが、そんなところまであの人に似なくともと思いますよ」
「………本当に、自業自得だな」
「私の世界はあの人でしたからねぇ。そんなものでしょ、大事なことの優先なんて」


あまりにもさらっと言うから聞き逃しそうになった。
全ての発端を作った割には、本当に気負うものがない。


お前こそあの兄に似ていると言いたくなりながらも、ハーレムは黙って高松の話を聞く。







「あの方だけ、両目を秘石眼で生まれてきた。そしてそれを完璧にコントロールする術を持って。けどね、普通考えれば貴方の方が正しい形でしょう?」
「どういうことだ?」
「コントロールできないから、その強大すぎる力を使うことはない。ガンマ砲も十分常人外れた力ですが、相当の訓練を必要とする」


引っかかる言葉はあったが、本題に戻ったのを今更蒸し返したくはない。
素直に言葉の意味にだけ疑問の意を返せば、高松も静かに答える。






「少し睨んだだけで人を簡単に殺せる力なんて、ジャンやシンタローさんですら持っていないんですよ」






元々の一族を生み出した秘石達が。
直に作り出した石の番人。
その彼らですら、そんな力は持っていない。





「あの方は、人なのに人ならざる力を持った方だ」
「…………………」
「いくら貴方が馬鹿でアホで間抜けで脳味噌まで筋肉で獣並の知性しか持っていないとしても、それでも同じ力のルーツを持った血の繋がった弟です。闘うなんてこと、思うはずもない」
「その無駄に長い枕詞を後の言葉でうち消せると思うなよ」
「おや枕詞なんて言葉知っていたんですね、いつのまにそんな知識を」


ぱちぱちと本気で拍手しているから質が悪い。
その左唇下の黒子をマーカーで塗りつぶしてやろうかこの野郎。



「と、まぁ冗談はこの辺にしておきまして」
「いや、本気だったろテメェ」
「私はそろそろシンタロー様のサポートに戻りますので。貴方もあの方のサポートをしっかりやって下さいね」


今度こそ。
ぽろりと煙草が口から落ちた。


弟やあの赤い石の元番人には、同期のよしみで。
あの兄には、盲目的な敬愛を持って。
その落とし子には、同じく偏愛をもってして。


接しているこの男から。
こんな言葉を、聞くなんて。






「なに呆けているんです、ハーレム?煙草は片づけて置いてくださいね、シンタロー様あまり好きじゃないんですから。ここを通りがかった際シンタロー様に拾わせる気ですか」
「お前そんなに兄貴のこと…、気にしてたか?」




見つからない。
いや、そりゃあるんだけど。
それでも。
この男の特別範囲内には、あの男は入らないと思う。
だから気になった。


そもそもそれが、この会話の始まりだったのだが。









「私は、マジック総帥のこと好きですよ」
「………………」
「ルーザー様が唯一尊敬していた、方ですから」









ああ、元でしたねとか。
そんなことを残して高松は去っていった。
残されたハーレムはと言えば、ぼんやりとマジックがいた方向を見ている。
すでに彼も姿を消していた。


無意識に新たな煙草を銜えながら、ハーレムは空を仰いだ。
どんよりとした厚い雲に覆われた空は、誰の心を映しているのだろうか。









「………俺が知っている以上に、もしかして」


あの兄たちは。
背負うものが大きかったのか。



善悪を知らずに生まれてきた兄。
邪魔なものを邪魔といってどうして駄目なのか。


彼にとって、人を殺す理由などそんなもので。




そんな兄は、身内だけは好きだったから。
優しく穏やかな兄であると信じていた弟。
そんな弟を兄も心底可愛がってたから、この家業の深いところにはあまり近づかせなかった。


俺はと言えばまぁ要領はすこぶる悪いわけで。
嫌われていたとは思っていない。
むしろ、サービスと同じように可愛がって貰っていただろう。


ただ、兄の全ても見てしまっていたわけで。
その愛情を、鵜呑みには出来なかった。




嫌いではなかった。
ただ好きかと問われて、イエスと即答は出来ない。







そして俺は。
逃げたのだ。
面倒なものから。
自分だけの特別なものをつくって。
それで好き勝手やっていて。



なにもかも。
どうにかしようなんて思わなかった。



気にくわなかったけど。
どうにかしてやる義理もないと。




全てを。
兄に押し付けて逃げたのだ。










ここにいる奴らはどっかしらなにか欠けていて。
それは、俺達も例外じゃなくて。









つまりが、あの兄だって。
誰にも見せなかっただけで。










誰にも気づかせなかっただけで。













「…………殴る、権利なんて」



なんでこんなにも馬鹿が多いのかと思ってた。
全てが終わって始まって。
けど馬鹿は馬鹿のままで。






「筆頭、俺かよ………」







あのとき必死になったシンタローを見ていられなくて。
離れることで自分を保とうとした。



所詮、自分のためだった。








島に来たコタローを見て。
あの少年と楽しそうに暮らすコタローを見て。

このままで良いんじゃないかって思った。


あのシンタローが指揮を執る現在のガンマ団。
確かに変わった。
寝る時間さえほとんどなくし。
どんなに辛くとも真っ直ぐに前へ進む男が、全身全霊で作り上げている。



けれど、それでも僅か4年で全ては変わらない。





あの戦場へと送り込むよりは。
この島で、もう暫く。









父親であるマジックが。
今度こそ父であろうと、決意していた兄が。
目も、心も。
閉ざしたままの幼子が、目覚めるのはいつかと。





待っていた姿を、他でもない自分が一番近くで見ていたのに。









目覚めた途端姿を消した息子を。
どんな思いで探していたかなんて。










全く、考えてやしなかったのだ。
















「………俺、」


あの兄が、何を考えているかなんて。
真面目に考えた事なんて。





この年数生きてきて。
ありやしなかったのだ。







甥や部下や……、弟を。
守っている気になって。









自分を守る存在が。
当たり前すぎて、そうとは感じさせなかった存在を。


気にしたことなんて、なかった。






















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ああ、彼は矢張り。




彼の息子なのだと。









Doppel
Act15 close your eyes











何事にも屈しない、その姿勢。
堂々たる容貌は記憶にあるときよりも、凛として見えて。




『父親』である彼しかこの4年間は見ていなかった。







だから誰もが見逃してしまっていたのだろうか。
忘れてしまっていたのだろうか。






彼とて。
彼のように無茶を十分にする、質だと。















「おいッ!?」

その背中はぐらりと揺れた。
部屋に帰る瞬間の、ほんの一幕。
ただ単に前屈みにドアを潜っただけなのかも知れない。
その姿はドアの向こうにすぐに消えてしまって、それ以上のことは分からなかった。


しかし気になった。



あまりにも彼の姿が。
なんだかひどく、危うげな感じがして。




思わず、その背を追いかけてしまった。
身内だけが主に知っている暗証パスを打ち込み、そのドアを開ける。
一瞬、その姿が見つからなくて狼狽えたが、すぐに視界にその姿を捉えた。



自分の勘が、寸分外れていなかったことを知る。






「おいッ!大丈夫なのかよ!?」
「許可なく総帥室入っちゃ駄目なんだけどなぁ。ああでも君はパス知ってるもんねぇ仕方ないか……」
「茶化すな!!」
「格好悪いところ見られちゃったなー…、」

シンちゃんには、内緒ね?




この期に及んでそんなことを抜かす馬鹿を、一発ぐらい殴ってやろうかと(いや実際には到底出来ないんだけど)肩に手を掛けてその顔を無理矢理こちらに向かせた。
何の抵抗もなく、簡単に俺の動作に従うその様子に眉を顰めて。
そして顔色を見て思わず息をのんだ。





「おいッ………!?」
「あー…、大丈夫だから。ホント、タイミング悪いなぁ……」
「そんなこと言えるような体調か!あんた、休んでるのか!?」





部屋に入った瞬間、目線の高さに彼はいなかった。
床に、うずくまるような形で膝をついて。
穏やかな口調ではあるが、その声にいつものような力強さはない。
荒い呼吸を耐えるような区切りの悪さに、肩を掴んだ手の力が知らず強まった。

額にびっしょりと汗しながら、きつく目を閉じて。
けれど口元には笑みを浮かべている。




「平気だって。そんなに私のこと心配かい?」
「阿呆抜かせッ!こういう時茶化すのは本当に最悪だぞ」
「あははー…、あんまり耳元で叫ばないで」

背中を抱えるようにすれば、意外にも体重を預けてくる。
からかうような口調だが、本当に具合が悪いのだろう。
宙を仰ぐようにして、目を右手で押さえる。
その動作の一つ一つが緩慢だ。



「っと、悪ィ……」
「いや気にしないでいいよ。こんな大事な時に、こんな無様な姿見せる私が悪いんだから」




慌てて口元を押さえて謝罪の言葉を口にすれば、ひらひらと空いた左手を振って気にするなの意思表示。
コート越しでは分からないが、この分では熱も出ているのではないだろうか。
発熱の際の、独特の匂いがする。




「ごめんね。もう大丈夫だから、君も戻っていいよ」
「………は!?まだふらふらのクセして何抜かす!待ってろ高松呼んでくるから!」
「呼ばなくていいって」



腕から重みが消えた。
そう、思った時にはすでに彼は立ち上がっていて。
にっこりと笑いながら手を上げる様子は、感謝の意。
けれどそれは。


なんて柔らかな拒絶なのだろうか。






「そんなんで立っていても、ミスを呼ぶだけだ」
「体調管理も仕事の内ってね。よーく知ってるよ?」
「じゃあなんで!」
「だって高松は今シンちゃんのために動いてもらってるしねぇ…、怪しげな薬も飲みたくないし」


その態度がえらく腹に立って。
真剣ににらみつければ、困ったように眉を下げた。
そしてふざけてるとしか思えない理由を口にして。




この人は。
昔からこうだっただろうか。







「そんな理由で納得できるか!」
「だよねぇ……。ね、わかんないかな」


苛々して叫べば、ため息と共にはき出される言葉。
疲れたように目を押さえる動作。


そういえば。
さっきからこの人は。





「…………まさか、」
「流石元番人。けどちょっと気づくの遅いね、観察眼鈍ったかな?」
「ッ!だからどうして貴方はそう……!!」


壁に少し体重を預けて。
それでも笑うこの人は。


なんて。
あいつと似ているんだろうか。






顔だけ似ていても。
体が同じでも。
本質は、まるで違うあいつと俺。







今、初めて分かった気がする。
あいつを育てたのは。
間違いなく、この人だと言うことを。









「秘石がないからね、コントロールするのが難しいのは仕方ないしねぇ…。使うのも久々だし……。ちょっと疲れただけだよ」
「いつからですか……、そんな状態なのは」
「君が知る必要はないよ、失態を見せたからこれぐらいは仕方ないけどね。シンちゃんが戻ってくるまでだし」



深く息を吸って呼吸を整える。
しかし、張りつめた空気までは変わらなかった。






「高松呼んでも仕方ないだろう?いい研究対象ぐらいには見るかもしれないけど」
「………………………」
「まぁ君が心配するって言うなら、シンちゃんや高松のサポートに入って次元スキャナ完成を早めてくれるのが一番かな?シンちゃん、君が入ると気にするだろうからそこら辺はうまくやってね」





ああ矢張り。
暗に、これ以上は踏み込むなと言っている。
特別と見せかけて、この人の線引きは相当だ。


とっくに。
俺は、特別から外れているけれど。






その割り切りはいっそ見事で。
そうでもなければ、人殺し集団のトップなどつとまらないのだろう。











「………分かりました。けどその代わり貴方も今日はもう、」
「君はいつから私とそんな駆け引きが出来るようになったんだい?」
「シンタローが心配する……!」



瞬間、彼の周りの空気が膨らんだ。
触れれば音を立てそうな、その緊張感に思わず息をのむ。





「あの子がいるときに私で有ればそれでいい」





静かに。
耐えるような、その姿。



「……頼むから、」
「…………っ」
「コントロールできる内に、この部屋を出ていってくれ」







纏う空気は痛いほど張りつめているのに。
その口調は崩れることなく平坦で。

ただ、言葉通りいつ溢れ出してもおかしくない力の流れを感じる。






僅かに頭を下げ、背を向けた。
自分に出来ることなどない。



秘石の番人といえど。
いや、だからだろうか。
秘石の力の前に、何かをなすことなど出来ないのだ。







シュンッと小気味いい音を立てて開くドアの外へ一歩踏み出した。
その背に、声がかかる。








「……ありがとう、ジャン」








振り返ったが、目の前にはすでに閉じられたドア。

……本当に、存外に。
質が悪い男だ。
突き放すなら突き放したまま。
手を伸ばすならはっきりと伸ばせばいいのに。




演じているのか。
真実なのか。





演じているならば気づけばいい。
その上で彼にどう接するかは自分の判断自己責任。
けれどそれが彼の本当ならば。



それは。










なんて。
哀しい人なのだろう。
















「………あんたの位置も、辛いんだな」


自分の位置は。
どうしようもない孤独感でいっぱいで。
けれど対に奴がいた。
たとえ相容れられなくとも。
同じ立場の者がいることは、精神的に楽で。



今では。
他でもない、彼がいる。





奴の影。
俺の、似て非なる者。










「とりあえず高松のとこ、いくかぁ……」
サービスは、甥っ子につきっきりだし。



頭を振ることで意識の切り替えを図る。
今一度、目の前のドアを見やって。
友人の元へと、足を向けるのだった。














「本当、タイミング悪かったな……」


ジャンがいなくなった総帥室。
そこでマジックは、壁づたいにして座り込んでいた。
思っていたよりも大分きつい。




「まだハーレムとかなら、良かったんだけど」


部屋に倒れるように入り込んだ。
それを気づかれたのもそうだけれど。




「彼の前で頑張るのもねぇ…」




正直面倒だし。
彼なら、口止めするのも簡単だ。









「……きついとは、思ってたけど」


少々、甘く見ていたようだ。
オーバーヒートを起こしている体を煩わしく思いながら自嘲する。
全てを厳しすぎるくらいに想定して。
その上で行動していくのを得意としていたのに。






「やっぱり殺さずってのは難しいな……」

ほぅっと息を吐いて、熱のこもる体をやりすごす。
彼にはああ言ったが一旦座り込んだのはまずかったかもしれない。
しばらく立ち上がれそうにもない、情けない体に溜息を付いた。


ひと思いに全てを消し去るのは簡単だ。
それを加減するのが難しい。
けれどもう自分のものではない、ガンマ団。
他でもない自分が、間違えるわけにはいかない。












「これがあの子の痛みか」








4年間安穏と暮らしていたわけではない。
けれど彼に比べれば平穏な日々だったのだろう。
久しぶりに体感する、戦場の空気に最初は違和感を感じてしまっていた。
それも数日で以前と変わりない物になったけれど。


ゆるゆると目を開けて。
ぼやける視界に映る総帥服。
少しくすんだ赤が、過ぎた年月を教える。




ガンマ団内にいるときはこの総帥服を着て。
戦場に出るときは一般的な軍服。
シンタロー不在を他国に知らせるわけには行かないが、総帥代行は身内には知らせている。
その位置を示すにはこの服を着るのが一番手っ取り早い。







「なんか、大きくなっちゃったよね……」

畏怖の面で見る秘書。
一目置いてくれる、直属の部下。




けれど確実に。
以前の自分と違うことを、些細な点が教えてくる。
この総帥服一つとってもそうだ。
服が余っている。
あまり感じたくはない、けれどやはり体力が衰えている。








「………早く、帰っておいで」


ここはもう。
私の場所じゃないんだから。













「お前の痛みなら、いくらでも耐えられるから」



私が私でなくなる前に。
この力が、暴走を始める前に。













「────…どこにいる?シンタロー」

私が父であれる、人であれる愛し子。














お前が帰ってくる場所はここだよ。
そう、内心呟きながら。




僅かな休息を欲して。
意識を落とすのだった。




















--------------------------------------------------------------------------------

この後5分で総帥は起きるんですよ。


と、いうことでマジック編。
ようやく今まで全く書かなかったマジックさんの心境をちらほらと。
肝心なところはやっぱりぼやかしていますが(苦笑)。
いやだってそれ書いたらこの話終わるしさ…。
少々弱い感じになりすぎたかなーと思いつつ。

色々後で全部書いていけたらなと。(ええ色々と…)
とりあえず、マジック総帥の秘石眼について。
両目秘石眼で完璧コントロール出来る方、というところがもうたまらなく好きなんですが。
やーなんか特別って感じで!
今回は南国時代、秘石がないせいかコントロールが悪いと言っているシーンを元に捏造。
秘石なくなっちゃったしブランク有るし本当に加減しなきゃいけないし…、ってな感じで。
総帥の精神安定剤もいないしね(切笑)
またちょっとずつ設定を散りばめつつ。(まとめへの設定もいれつつ)

総帥大好きだ……。




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