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sg








小さな白い花

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 ぽとん…と最後の一滴が白いカップの中に落ち、波紋を広げた。
「んv いい色」
 覗き込めば、透き通った琥珀色。そこから立ち上る甘い芳香に、グンマはにんまりと笑みを作った。
「後は、これを入れるだけだね♪」
 硝子の小鉢の中に入れていたそれを、そっと一つ摘み上げると、琥珀の湖に浮かべるように、それをゆっくりと置いた。



「はい、シンちゃんv」
 ソーサーごとカップを差し出せば、「サンキュ」の言葉とともに受け取ってくれる。
「ん? 今日は、ジャスミンティか?」
 手元に引き寄せるよりも先に、香りからそれを察してくれたようで、そう尋ねた相手に、お茶菓子の準備をしていたグンマは手を止めて「ご名答★」と返した。
「で、これは…ジャスミン?」
 カップの中を覗き込めば、そこには一輪、愛らしい花が浮かんでいるのが見えた。白い花弁がくるくると紅茶の湖の中を泳いでいる。
 それは、見覚えのある花であった。確か、どこかの庭に咲いていた気がする。香りが強くて、開花時期には遠くに離れていても、風にのってその香りが匂ってくる花だった。別名茉莉花と呼ばれ、乾燥された花が香料となり、お茶としても広く親しまれていることは、シンタローも知っていた。
 それも「ご名答」のようで、小皿へ盛ったパウンドケーキを、差し出してきたグンマは、にっこりと頷いた。
「そうだよ。中庭に咲いていたのを見つけたから、今日、少しだけ貰ってきたの」
 今日咲いたばかりのジャスミンの花。ごめんね、と謝ってから、数輪だけ摘んできたのである。
「そっか。もうジャスミンが咲く季節か…」
 それを眺めて、感慨深げに呟いてしまった。
 総帥の座についたとたんに、忙しくなったシンタローに季節感を感じる余裕はあまりない。外出しても、ゆっくりと周りを見る時間もなく、慌しく用事を片付けて、また本部へと戻る毎日が多いのだ。
 けれど、時折こうして季節の移ろいを感じることが出来るのは、この兄弟のおかげであった。
 お茶の時間、季節の花を時折こうしてカップの中に落としてくれるのだ。
 この間は、バラだった。その前は、桜。そんな風にすることもあれば、お菓子の飾りとして添えられていたり、さりげなく飾られている花瓶の中にだったり、季節をそこに表してくれるのである。
 そうやって、自分は季節を感じることができ、そうして、ほっと一息つくのだった。
「シンちゃん、おかわりはどう?」
「ああ、貰おうか」
 だからこそ、この時間だけは、大切にしたくて、グンマからお茶に誘われれば、どうしても時間がない時以外は受けることにしている。
(そう言えば、こいつの花言葉に『温和』ってあったけ)
 どこかでそんな言葉を見たことがある。
 まさにその通りだろう。この小さな可憐な花ひとつで、温和な空気は生み出される。そしてその優しさに、自分は癒されるのだ。
「はい、どうぞ」
 何よりも、柔らかな笑みを浮かべる温和そのものの彼から差し出されたジャスミンティを、シンタローはありがたく受け取り、大切なひと時をしっかりと味わうために、それを口に含んだ。
 














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skg








繋がる声

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 パタパタパタ。
 ガンマ団本部の長い廊下を歩いていると、後ろから軽い足音が聞こえてきた。
 聞き覚えのあるその音に振り返ると、ちょうど角からその人物がひょこりと顔を出した。
「あっ! キンちゃん、みっけv」
 二十歳をとうに過ぎているとは思えない幼い声でそういった青年は、こちらを嬉しそうに指指すと、やはりパタパタと足音を立てながらこちらへと近づいてきた。
 長く伸ばされた、自分とは微妙に色の違う金髪を、リボンでまとめているその青年は、その尻尾のような髪を揺らしつつ、声をあげた。
「よかったあ。キンちゃんを見つけることができてぇv」
 『キンちゃん』というのは、自分の名の『キンタロー』という名前を縮めたものだ。
 もっとも、キンタローという名前も、自分の本当の名前ではない。
 本来ならば、『シンタロー』というのが、自分の名前であるはずだった。
 だが、自分ら一族のもつ青の秘石とそれとは対の存在といえる赤の秘石のせいで、複雑に運命は変えられ、本来自分の名前であったそれは、別の人物のものとなった。そして、自分には、いつしか勝手につけられた『キンタロー』という名前が、定着してしまったのである。
 もっとも前はともかく今はその名前でも納得して使っている。
 何よりも、嬉しそうにこの名前を呼んでくれるものが大勢いるのだから、今更変える必要もなかった。
「グンマ。何か、用か?」
 自分の名前を呼んでくれる最たる者の一人でもある目の前の従兄弟のグンマにそう訊ねると、グンマは大きく首を縦に振った。
「うん。そうだよ。もう、ここって広いから探すの大変だったんだから」
 息切れしちゃった、と笑いながらそういい、屈強な男達が集うガンマ団の中では、珍しい華奢な細い肩を上下させている。どうやら、かなり探しまわさせたようである。
「それはすまなかった」
 別に謝る理由はないが、こうも一所懸命さがさせてしまったとなれば、ついそんな言葉が口を出る。
 自分も丸くなったものだと、そう思わずにいられないが、それも悪いことではないような気がする。何よりも、こうして素直に謝れば、グンマはにっこりと笑ってくれるのだ。
「ううん。別に、僕が勝手にキンちゃんを探してただけだし。でもね、やっぱりこの広い敷地内でキンちゃんを探すのは大変だから、これっ! 今度から、これもって行動してくれる?」
 そう言って突き出されたのは、見慣れない物だった。
「なんだ、それは?」 
 グンマの手にあるものをじろじろと眺めるものの、それが何であるのか見当もつかなかった。
 手のひらサイズのコンパクトなもので、角のない長方形のような形をしていた。色は銀色をしており、天井のライトの光を鈍く照り返している。何かの機械のようであるが、それ以上のことはわからなかtt。
「これをもっていれば、何かあるのか?」
 これはどういうものなのだろかと、不思議に思いつつそう質問すれば、その言葉は、意外なものだったらしく、グンマは目を丸くして、自分の手にもっているものをしげしげと眺め、そうして再び目線を前に戻した。
「キンちゃんって携帯を知らないの?」
「携帯?」
「うん。携帯電話。これのことだよ」
 そう言って、自分の手の中にあるものを見えるグンマに、キンタローは、観察するようにそれを見、そして眉間に皺をよせた。
「携帯電話? それで電話するのか?」
 これが電話だと言うのだろうか。
 自分の知っている電話とは大きく隔たりのあるフォームである。
 だが、グンマは肯定するように頷いた。
「そうだよ。これがあれば、どこでも―――といっても電波が届く範囲だけど―――これで、相手と話ができるんだよ。だから、今度からはそれを使ってよ」
 はいっ、と手渡してくれたそれを、キンタローは、しげしげと眺めた。
 グンマの手のひらでは握り心地がよさそだったが、自分の手には少々小さすぎるようで、落とさないようにしっかりと握り締めないとするりと手の間から滑り落ちそうだった。
 しかし、今度は握り締めすぎて壊れてしまわないかという心配も出てくる。結局、それを弄繰り回すこともできずに、ただ眺めていれば、グンマは、納得がいったとばかりに、ポンと手の平を叩き合わせた。
「そっか。シンちゃんは前まで携帯使ってなかったもんね。キンちゃんが知らなくて当然か」
 『シンちゃん』と呼ばれる男は、自分の本来名前だった『シンタロー』という名を与えられ、自分の代わりに24年間生きて来た青の秘石の影だ。
 そして今もシンタローは、マジックの息子として存在しており、元総帥であるマジックから、譲られたガンマ団を率いている。
 複雑ないきさつもあるが、自分は今は、そんなシンタローの従兄弟として存在していた。 
 けれど、過去。自分は、その男の目を通して世界を見ていた。シンタローの中に、自分が存在していたからだ。その中で、すべての自由を奪われたまま、自分の存在すら誰にも見つけてもらえることなく生きていた。
 それでも、シンタローから流れる知識だけは、自分は吸収することができたのである。
 当時はそれで、酷くシンタローを憎んでいた。どれほど知識を与えられても、活用する場などないからだ。
 苛立ちと焦燥。そんなものが常に体の中で渦巻いていた。
 そのために、あることがきっかけで、本当の自分の身体を手に入れた時には、憎い存在であったシンタローの存在の消滅を望んだ。自分が存在するならば、彼は存在してはいけないのだという強い思いからでだ。彼が存在していた時には、自分の存在は無き者にされていたのだから、当然だろう。
 もっとも、それもすでに過去のことである。
 自分もシンタローもここに存在している。
 今はもう、お互いにそんな確執は、なくなっているのだ。それどころか、昔では信じられないことだけれど、彼とはそれなりの友好関係を気づいているのだ。互いに従兄弟同士として、このグンマとともに仲良くやっているのである。
 とりあえず、こうして身体を取り戻し、ようやく存在することを認められた自分なのだが、彼の中で学べていたおかげで、日常生活はもちろん一般知識もきちんとあった。
 しかし、グンマの言うとおり、あの男は、『携帯電話』というものを使用した経験はなく、自分もまたその存在は知らなかった。
「でも、他の人は使ってたでしょ? ここでは、携帯って必須アイテムだもん」
 広すぎて、誰がどこにいるか分からなくなるから。
 と、告げるグンマに、俺は、なるほどと頷いてみせた。 
「そういえば見たことはあるな」
 こんな機械が、よく他のやつらとの実験中にけたたましく鳴り響き、いったん実験を止めることになったことが、何度かあったのだ。
「だが、興味なかったからな」 
 何かそれに向かってしゃべっている姿を見かけたこともあったが、妙な人間がいるもんだと素通りしてしまっていたのだ。
 あっさりとそう告げると、グンマは軽く頬を膨らませて、人差し指を立て、それを自分に向けてきた。
「もう。キンちゃんのそう言うとこ駄目だよ。自分の興味あること以外目を向けないのは、視野が狭くなって、結局自分が損することになるんだって、高松がいってたもん」
 親代わりであった高松の言葉を、真剣な顔つきで引用したグンマに、キンタローも素直に頷いた。
「そうか」
「そうだよ。だから、それ使ってねv」 
 いまだに自分の手の内にあるそれをグンマは指し示す。
「ああ」
 グンマがそう言うならば、使っても悪くないだろう。
 どう便利なのかはいまいち分からないが―――――今まで不便とは思っていなかったのだから当然である―――――グンマが必要だと思うのならば、それを使用してもかまわない。
「わかった。使おう」
 そう返事を返せば、グンマはにこっと微笑み、キンタローの手に収まっていた携帯を取り上げると、折りたたまれていたそれを、パカリと開いた。
「うんv それじゃあ、使い方説明するねっ!」






「じゃあね、キンちゃん! また、後でね」
 仕事が残っているとかで、グンマは一通り携帯の説明をすると大手を振りつつ去っていった。
「さてと」
 グンマの背中を見送ると、もらったばかりの携帯を手に、キンタローもまた、廊下を歩きだす。
 随分時間がたっていたが、気にはしない。ちょうど今行っている研究も小休止に入っており、ここを歩いていたのは、その暇つぶしに、別分野だったが、興味がある研究室の方へと顔を出そうかと思っていたのだ。
 グンマもいなくなったことだし、再びそちらへ向かおうと歩き出したキンタローだが、数歩も歩かないうちに、もらったばかりの携帯が鳴り出した。
 プルルルルルルルゥ…。
「あー、これだったかな」
 慌てず騒がず落ち着いて、初めての着信に、キンタローはのんびりとグンマから教わったばかりのボタンを押した。とたんにそこから大音量で声が聞こえてきた。
『キンタロー様っ!』
「………高松?」
 そこから聞こえてきたのは、自分にとっては大切な人の一人であるドクター高松の声。
 携帯を耳に押し当て、返事を返せば、とたんに感極まったような声がそこから聞こえてきた。
『ああ、キンタロー様の声が、私の携帯から聞こえてくる………おっと、鼻血が………いえ、グンマ様が、キンタロー様に携帯を差し上げたと言うのを電話で聞いて、早速私もキンタロー様へ電話したのです』
「そうか」
 なるほど。確かに便利かもしれないな。
 高松の感極まった声を聞きつつ、キンタローは、一人頷いていた。
 確か、グンマと高松の研究室も少し離れた場所にあるはずである。しかも、グンマの足ならば、未だに自分の研究所すらも辿りついていないだろう。にもかかわらz、こんなに早く情報が伝わったのは、この携帯のおかげだと言うのならば、確かに凄いものであった。
『これで、いつでもキンタロー様とお話できるのですねっ!! ああ、さすがグンマ様。なんて素晴しいことをしてくださったのでしょうか』
「そうか。よかったな、高松」
『ええっ!』
「じゃあな」
『…えっ? まっ―――』
 プツン。ツーツーツー。
 キンタローは、あっさりと通話を切った。
 何やら高松の方は、まだ話はあるようだが、こちらは、別に今話したいこともない。それに、自分は、今から行くところがあるのだ。
 歩きながら会話する、などという高度な技を持ちえていないキンタローは、そう判断して、無情にも断ち切った。
 向こうでは、「キンタロー様にきられてしまった」とさめざめと泣く高松の姿があったのだが、もちろんそんなことは、知るはずも無かった。
 プルルルルルルルゥ…。
 だが、再び数歩もあるかないうちに、またしても携帯は着信の知らせを伝えてきた。
「なんだ?」
 なぜ、こうも頻繁になるのかわからない。
 故障でもしたのだろか、と思いつつも、とりあえず、キンタローは通話ボタンを押してみた。
「もしもし」 
 そうして声を放つと、耳から聞こえなれた声が聞こえてきた。
『やあ、キンちゃん。元気かい?』
「………マジック伯父貴」
 そこから聞こえてきたのは、いつもハイテンションなナイスミドルことマジック元総帥であった。
『グンちゃんが、キンちゃんも携帯をもったっていったからね。さっそく電話してみたよ♪』
「ああ」
 どうやらグンマは、自分が携帯をもったことを言いふらしているようである。
『でね、聞きたいんだけど。君は、シンタローの携帯番号を知っているかい?』
「はあ?」
 唐突に尋ねられたことは、自分にはまったく関係ないようなことであった。
 けれど相手は真剣な様子で、声を低め、脅すような口調でこちらに尋ねる。
『知っているならぜひに、私に教えて欲しいんだけど』
「………あんたは知らないのか?」
 ズバリと核心をついた言葉を返すと向こう側は、うっ、と怯んでくれた。
『…………………………シンちゃんが教えてくれるはずないじゃないか。他の奴らだって(サービスとか)、シンちゃんの番号を知っているくせに、絶対に教えてくれないんだよ』
 シクシクと泣きマネをしだしたマジックに、キンタローは溜息をついた。
 確かに、この親父に番号を教えたら、始終電話されて、迷惑だろう。シンタローが絶対に教えたくないのもわかる。
「いや、俺は知らない」
『あっ、そう。じゃあね』
 プツン。
 正直に答えたとたん、即座に切られた。
「なんだったんだ?」
 結局、シンタローの携帯番号目当てか。
 なんとなく疲れた感じを思いつつ、キンタローは、再び歩きだした。しかし、またもやその足をとめるはめになった。
 プルルルルルルルゥ…。
「………いい加減にしろ」
 これでは、全然前に進めない。
 もちろん歩きながら会話するという技にまだキンタローは気づいておらず、イライラとした感情を沸き立たせつつ、ボタンを押した
「煩い」
 それと同時に、不機嫌にそう呟けば、向こう側の相手が一瞬息を呑むのがわかった。
『………悪かったよ、急に電話して』
「シンタローか?」
『ああ』
 そこから聞こえてきた声は、意外とも言える声だった。
『グンマの奴が、お前の携帯番号を教えてくれたからさ。……ちょっと電話してみようと思ったんだが。迷惑だったようだな。悪い』
「いや、いい」
 確かに、立て続けの電話はうんざりしてきたが、だが、この電話は直ぐに終わらせる気にはなれなかった。
 なぜなら、彼と会話を交わすのは本当に久しぶりなのだ。
 あちらも総帥に成り立てのためか、忙しいようで、こちらと顔をあわす機会がなかったのである。
「元気か?」
『なんとか、やってるよ。お前の方こそ、研究室に通い詰めと聞いてるぞ、無理するなよ』
「ああ。大丈夫だ。そう言えば、さっきマジック伯父貴から電話があったぞ」
 そう伝えれば、電話の向こうから、小さな溜息が聞こえた。
『……俺の携帯番号を聞きにだろ?』
「よくわかったな」
『あの馬鹿親父………キンタローならすぐに教えると思ったな。おいっ! この番号、絶対に奴には教えるなよ』
「わかっている。大変だな、お前も」
『まあな。一度知られた時には、本当に始終電話してきたからな、あいつは』
「面倒なものだな」
『でも、便利な面も結構あるぜ』
「そうだな」
 確かにこれは便利だ。
 遠くにいる相手とこんな風に気楽に会話ができる。もちろん、普通の電話でも出来ないことはないのだろうが、やはりわざわざ電話がある場所まで行くことや呼ばれる手間を考えれば、携帯電話のこの長所は凄いことである。
『……………………』
「どうした?」
 しばらく会話が続いていたが、突然沈黙へと変わった。
 そう尋ねるが、相手は何も言わない。
 故障でもしたのだろうか、と怪訝げに携帯電話を眺めてみると、再び声が聞こえてきた
『……………………あのさ、また、よければお前に電話をしてもいいか?』
 らしくない弱気な発言が流れてくる。けれど、その言葉は、この上もなくシンタローらしくも思えた。
 先ほどついつい『煩い』と言った言葉を気にかけているのだろう。ただこちらの短慮でもれた言葉だったのだが、それをかなり気にしている従兄弟に、ふっと口元に笑みが浮かぶ。
「ああ、もちろんだ。俺も電話する」
 力強くそう返せば、明らかにほっとしたような気配が向こうから伝わってきた。
『そっか。んじゃな。研究、頑張れよ! ――――またな』
「お前もな。だが、無茶はしすぎるなよ。じゃあ、またな」
 確かな約束をお互い口にすると、プツンと通信が切れた。途切れる音とともに、キンタローは、手の中の携帯を見つめた。
「なかなか便利だな、これは」
 めったに話すこともできなかった相手とこんなにも距離を短くしてくれるものとは思わなかった。
 それに、気のせいかもしれないが、面と向かって話すよりも相手と素直に話せた気がする。自分はともかく、相手の―――シンタローなどは出会ってもあまり話をしない。照れ臭いのか面倒臭いのか、長々とお互いに気持ちを話あったことは、考えてみればなかった。
「これを通して話すとやっぱり違うのだろうな」
 面と向かって話せないことも、するりと口から零れ出る。そんな気がする。
 ぞんがいに照れ屋な従兄弟と話すのにはぴったりなのかもしれない、と思いつつ、それを眺めていると、
 プルルルルルルルゥ…。
 またしても電話がかかっていた。
 けれど、今度はキンタローも疎むこともなう、それに出た。
「もしもし」
『キンちゃん! 今どこにいるの? 僕今ね、第二研究室にいるから、そこでおやつ食べようよ』
 聞こえてきたのは、グンマの声だった。
「ああ、わかった」
 どうやら当初目的としていた研究室にいるのはお預けのようである。少し残念な気がしたが、グンマの招待を断る気はなかった。
 こちらの方が、楽しい息抜きができるだろう。
 それに、何よりも、自分にこれをくれたグンマの誘いを断るなどという不義理はできなかった。
 これのおかげで、自分は楽しみがまた一つ増えたのでる。
 携帯をしっかりと握り締めると、キンタローは、精一杯の感謝の気持ちを電話から伝えた。
「グンマ。携帯電話をくれて、ありがとう。いいものだな、これは」
 今まで話せなかった奴とすんなりと会話ができることができたのも、この携帯のおかげである。
 便利なものだとしみじみに思っていると無邪気な声が聞こえてきた。
『えっ? ああ。どういたしましてっ♪ キンちゃんが喜んでくれるなら、僕も嬉しいよ。じゃあ、まってるから早く来てね~!』
「すぐに行く」
 そう告げれば、グンマはもう一度『バイバイ』と伝えて電話をきった。
 キンタローも、同じようにきるとそれを手に、くるりと方向転換する。自分の目指していた場所と正反対の場所に、グンマの言っていた研究室はあるのだ。
 また、電話はなるのだろうかと、手にもっていたそれを眺めつつ歩きだすが、今のところまだ鳴らない。
 早くグンマのとろこにいかなければいけないし、今は、鳴るなと願いつつも、キンタローは、顔を綻ばせた。
「本当に、便利だな」
 自分の言葉がいつでもどこでも伝えられる。
 自分もまた、そんな素敵な発明品を開発してみたいものだという思いを膨らませつつ、足早に移動を始めた。
 














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手土産の話

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「ついて来るんじゃねぇ」
 告げられた拒絶の言葉の鋭さに、キンタローは、伸ばしかけた手を止めた。相手の肩を掴むはずだったそれは中途半端のままで存在意義を失っていれば、顎を持ち上げるようにしてこちらを睨みおろした相手に、きっぱりといわれた。
「お前は、ついて来るな。これは、俺の問題だ。お前に関係ねぇ」
 そうして即座に向けられてしまった背中に、キンタローは、ただそこに佇み、口を噤むしかなかった。




「どうしたんですか?」
「……高松」
 いつまでそうしていたのだろうか。
 前に進むこともできず、けれど後ろに下がることもできずにその場に立っていれば、背後から声をかけられた。振り返れば、自分をはじめて認めてくれた人でもある高松の姿があった。
 どう言おうかと、シンタローを見送ったまま硬直していた思考回路を回すヒマもなく、こちらの顔を見て、何かを察した高松は、いつもの白衣姿で笑顔を向け、近寄ってきた。
「随分と落ち込んでいらっしゃるみたいですが、何かありましたか?」
 あっさりと見破られたことに、別にそれを誤魔化すつもりもなく、キンタローは正直に白状した。
「先ほど、シンタローに『ついてくるな』といわれた」
「シンタロー総帥に? いったいどのような理由で」
 事情を全て知っているわけではないはずなのに、目の前に立った男は、驚いた様子も怪訝なそぶりも見せずに、柔らかな視線をこちらに向ける。
 そう言えば、自分は彼の優しい面しか見たことがないのを、今思った。この男でも、今の自分のように動揺することはあるのだろうか、とも考えたが、そらに先に進む前に、先制を打たれた。
「貴方にそんな顔をさせるなんて、シンタロー総帥も酷い方ですね」
 その言葉に、顔を顰めてしまう。
 自分の悪口は、平気なのだが、たとえ高松でも、あいつのことを悪く言われれば、気分が悪くなる。
 24年間の癖というのだろうか。
 ずっとシンタローの中で彼を見続けていたために、傷つくだろう言葉を口にして欲しくなかった。彼が、その傷をどれほそ痛みを覚え、なのに膿むほど内に溜め込んでいたのかを、他でもない自分だけが知っているのだ。
「あいつは、悪くはない。………理由もちゃんとある」
 そう非難を否定すれば、高松は、心得ているように頷いた。
「そうですか。で、理由は、どんな?」
「この間仕置きを依頼した国が、偽って敵でないものをガンマ団に仕置きさせたことがさっき発覚したと言っていた。シンタローは、そのために先ほど出かけた」
「ほぉ。それはそれは、度胸のある国で。しかし、事前調査はしっかりとしたはずでしょう」
 以前のガンマ団でもそうだったが、事前調査には、金と時間をかけて、かなり入念にされているはずである。特に、シンタローがそれを継いでからは、万が一にもこちらの過ちで相手を傷つけることがないように、それは、緻密に行われていたはずだった。
「ああ。けれど、完璧ということはない。あちらが一枚上手だったということだ」
「そうでしょうね。で、その事実を知ったシンタロー総帥が、キレてその国に殴りこみを?」
「それはないと思うが………確かに怒って、出かけていった」
「それで、貴方はここにいる、と」
「ついて来るなと言われた。俺が、研究所で仕事が残っているのをあいつは知っていたし、それに、これは自分の責任だからと――――」
 けじめをつけるのは、自分ひとりで十分だと言い切った。
 自分など必要ないというような、それに、キンタローはそれ以上追いかけることができなかった。
「それで、貴方の気持ちはどうなんですか? キンタロー様」
(俺の気持ち?)
 ああ、そうか。それは考えて見なかったな。
 そう尋ねられた、初めて自分にも思う心があることにきづいた。
 どうせ自分の気持ちなど反映されないのだと、24年間ずっとシンタローの気持ちだけを考えていたから、そうすることをつい失念していたのだ。
「キンタロー様は、それで納得してるんですか?」
 納得などしているわけがなかった。
 そうではなくて―――。
「いや。俺は………ついて行きたかったのだと思う。仕事といっても、後に回してもかまわないものだし。なによりも―――あいつの傍にいてやりたいと思った。あいつは、暴走しやすい奴だしな」
「そうですね。突っ走りすぎて、その後で後悔をたんまりするタイプですからねぇ、あの人は」
「止める人間が必要だろう」
「必要ですね。でも、貴方は行かないのですよね?」
「ついて来るなと言われたからな……」
 無意識に、シンタローの言葉に従っていたのだ。自分の意思が貫けるとは、思ってもみなかったためである。
 だが―――――今は違うのだ。自分の意思は、自分で貫ける。
 それでも………。
「あいつの邪魔はしたくない」
 自分を拒絶したシンタローの傍にいくことは躊躇われた。追い駆けていって、再び邪険に扱われるのもイヤだった。
 嫌われたくないのだ。彼だけには。
 惑うように視線を揺らせば、高松は、慈しむような眼差しでキンタローを見つめた後、その唇に笑みを浮かべてみせた。
「それならば、貴方にいいものを差し上げましょう」
「なんだこれは?」
「温泉饅頭です。ここのは美味しいですよ」
 先ほどからずっともっていた紙袋から、四角箱を取り出し、こちらに押し付けられた。
 そう言えば、高松はここ数日日本の東京で開催されていた学会に出席していたはずである。学会は一昨日で終わったはずだったが、どうやらどこかの温泉に浸かって今日、戻ってきたようだった。
「高松?」
 だが、これをどうしろというのだろうか? 
 饅頭をあげるから、今の気持ちを消化させろ、と言われてもできるものではない。
 困惑した表情を見せれば、食べたらいけませんよ、と忠告を発した
「これは、手土産です。キンタロー様は、まだご存じないかもしれませんが、他所様のお宅に行く時には、手土産が常識なんです。総帥は、どうやら忘れていったようなので、代わりに貴方が届けに行ってくださいね」

 それは初めて知ったことだった。自分が世間一般常識に疎いことはわかっている。だから、高松の言葉が、嘘か本当かを判断することはできなかった。
 それでも、その言葉は、ありがたかった。
「手土産――――これが、あいつには必要なのか?」
「必要ですよ。これと―――――そして、貴方もね」
 紙袋を手渡されて、それに手土産である温泉饅頭をいれれば、準備完了とばかりにその身体をくるりと回され、背中を押さえた。進むべき方向は、シンタローが消えていったところ。
「さあ、早く行かないと間に合いませんよ。いってらっしゃい、キンタロー様」
 文字通り背中を押され、行くことになったキンタローは、足は前に進ませながらも、振り返った。
「すまない、高松」
「いいえ。当然のことをしたまでですよ」
 ひらひらと手を振られ、それに見送られながら、キンタローは、手土産を片手に前へ進む。
(まってろよ、シンタロー。お前が忘れたものは、俺が届けてやる)
 大義名分をかかげ、シンタローの元へ向かうのだった。
  





「はあ、まったく私のキンタロー様も大人になられてしまったのですね」
 その背中を見送った高松は、その場でしみじみと言葉をつむいだ。
 キンタローがここに存在しはじめたのは、まだ一年も満たないほどである。にもかかわらず、やはり血筋なのだろうか、天才的なまでの頭脳で、あっというまに世間に馴染んでしまっていた。
 もちろん未だに、一般常識に疎いところも残っているが、それもまもなくすれば、消えてなくなるだろう。
「シンタロー総帥のサポート役というポジションにつきそうなのが面白くないですが」
 キンタローならば、総帥の一歩後ろにつかなくても、別の分野でそのトップに立てるはずである。現に、今進めている研究も、今、学会で大いに注目されている分野である。彼ならば、そちら方面で、多くの人を導く存在になれるだろう。
 が――――。
「まあ、キンタロー様がそう望んでいるならば、私には何もいえませんがね」
 彼が、それを望まぬならば、自分が無理やりそちらへ誘うことはしないし、彼が望んでいるならば、それを邪魔する気はない。
 ただ、少しだけ………。
「寂しいですね」
 僅かな期間とはいえ、頭脳を使う方面を、一からレクチャーしていった高松としては、あっさりとその手からはなれてしまった存在に、少し切なさを感じてしまう。
 ふぅと溜息を零していれば、キンタローが消えた方向とは別の場所から、同じ金色の髪を輝かせる存在が、こちらに向かって駆けてきた。
「高松ーーーっ! 何してるの?」
「グンマ様~~!」
 ぱあと、高松の顔から笑みがともる。
(そうですよ、私には、まだ愛しいグンマ様がいらっしゃる。この可愛いお方は、ずっと私の傍にいてくださるはずです)
「そうですよね、グンマ様! 貴方は、私の傍から離れないですよね? ねっ」
「えーっ、無理だよ★」
「ごふっ!」
 だが、あっさりとそう返された高松は、失意のあまり、口から吐血し、目から血の涙を流しながら、地面に倒れこんだのだった。
(あんまりですよ、グンマ様………)
「だって、お風呂とかおトイレの時とか、一緒に入れ……って高松? ねえ、高松? なんで、息してないの?」
 グンマに身体をゆすられつつも、一気に大量の血を流してしまった高松の意識は遠のいていったのだった。
(グンマ様………お風呂もおトイレもグンマ様となら、私は一緒に入りま…す――――がくっ)
 











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帰 還

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「まだ、着かねえのかよっ!」
 ガンッ!!
 怒鳴り声とともに、凄まじい音が、艦内に響き渡った。
「あ、あの……ま、まままだ、到着には数日かかりますが」
 可哀想なほど汗を流しつつ、精一杯の勇気を振り絞ってそう告げたのは、先ほど音が聞こえてきたその隣で、舵を握る青年である。ちらりと横に視線を流し、そこにいまだに置かれている足を見る。それだけでも圧倒的な存在感である。だが、さすがにその先を見るほどの度胸は、その青年にはなかった。
「あぁん? 数日だと? んなに、待ってられっかよ。一日でつけ、一日で。それ以上は許さん」
「そ、そそんなことは無理です。無理です、出来ません」
 傲慢なほどの高圧的な態度と声音で、無理難題をおしつけられた青年は、すでに涙を流していた。
 今現在、この飛空艦の最高時速でもって、前進中である。それでも、やはり到着するには、数日間必要だった。
 今回の遠征に、行きだけでも一週間かけたのである。すでに893国をたってから、数日後の出来事とはいえ、それでも行きの工程の半数の日数しかたっていない状況で、明日に到着というのは、無茶な話だった。
「チッ」
 ガンガンガンッ!!
 無理だと断言した青年のその言葉に、舌打とともに足を置いていたそれを、再び足蹴にする。
「うわぁ~! 壊れる…壊れる時…壊れたらどうしよう……」
 真っ青な顔で、妙な三段活用をしつつそう呟く青年は、けれど、それをやめるように注意することは、当然ながらできなかった。
 もちrん艦内には、他の人間もいるのだが、それでも誰も何もいえないまま、しばらく艦内の機体を蹴る音だけが聞こえてきた、が、不意にその音が止まった。その足が、機体を蹴れずに空中を蹴った。
 原因は、背後から近づいた人物によるものだった。
「あん? 何すんだ、キンタロー」
「やめろ、シンタロー。艦が壊れる」
 場違いなほど落ちついた声。
 それは、シンタローの肩をがっしりと掴んでいる青年から発せられたものだった。空振りの原因は、その手で、行き成りその身体を後ろに引っ張られたためであった。
「なんだよ、キンタロー。その手をはなしやがれっ」
 振り返れば、そこには従兄弟のキンタローが無表情で立っていた。しかし、伸ばされた手は、シンタローの肩にきつくくいこみ、暴れることを禁じていた。
「足蹴りをやめるなら、離す。苛立つのは、わかるが、それはやめろ。後々修理するのが大変だ。お前がやってくればいいが、無理だろう?」
「………わーったよ」
 まっすぐに視線を向けられ、重々しくそういわれればかなりの説得力はある。
 確かにこの艦が壊れてしまえば、困るのはこっちである。
 素直に、あげられたままだった足を床に下ろすと、シンタローは、掴まれていた手を無理やりはがした。キンタローも、すんなりとその手を肩から下ろす。
 自由の身となったシンタローは、ばつが悪そうに、くしゃりとその長い髪をかき上げるように乱すと、そのまま、数歩下がり、専用の椅子に腰をおろし、蹴りをかましていた足をその場で組んだ。
「あー、ちくしょう」
 ガシガシと再び髪をかきみだす。
 苛立ちは少しも収まってはいない。それどころか、さらに湧き上ってくるようだった。
 その後ろにキンタローは、立った。そうして、苦い表情を見せる従兄弟を見下ろした。
「落ち着け、シンタロー」
「これが、落ち着いていられるかっ!! コタローが。俺のコタローが、あそこから逃げ出して行方知れずになっているんだぞっ」
 その報告が入ったのは、つい一時間ほど前である。
 正確には、正式な手続きによって報告された情報ではなかった。
 シンタローの乗る、この艦体のみ、常に本部からの情報を得るために、本部の通信回路を合わせており、内部情報も、傍受できるようにしていたのである。
 正式な報告は、まだこちらには届いていない。
 そのため、詳しいことはわからないが、それでも、元総帥の息子であり、現総帥の弟であるコタローが、なぜか長きに渡って原因不明の眠りについていたにもかかわらず急に目覚め、本部から飛び出していったことは、知ることはできた。
 そして、シンタローには、それで十分だった。
 とりあえず、怒りを爆発させるのは、である。
「コタローを逃がしやがって。役立たずの人間どもめ。つーか、あいつは殺す。ぜってーに、あの親父はぶっ殺す。完膚亡きまでに叩き潰し、ぐっちゃぐちゃのミンチにして、海にばら撒いて、魚のエサにしてやる……それから―――」
 ぶつぶつぶつと呪詛まがいの言葉を吐き出すシンタロー。その眼光は、にごった鈍い光を宿しており、口元はなぜか笑みを浮かべている。
 その本気ともつかない呪詛の言葉を、誰にぶつけられているのか、ここにいる者達は、皆わかっている。
 時折、「お気の毒に」とか「大丈夫だろうか」という優しい言葉が聞こえてくるが、その行動を起こすだろう本人を止める言葉を吐く無謀者はいなかった。
 ここで、その言葉を出せば、即座に、先ほどの呟かれた言葉を自分たちが実行されるのは、間違いないのだ。
 だが、唯一、今の彼に話しかけられるキンタローは、聞こえてはないだろう、その耳に、ぽつりと言葉をおとしてやった。
「あーシンタロー……。とりあえず命は一つだけだから、大事にしてやれ」
 が、もちろん返事はない。
 どう言う風に殺してやろうか、という想像で夢中なシンタローに、キンタローは、どこか遠くに視線を向けつつ溜息をついていると、その後ろから、誰かが近づいてきた。
「あの……キンタロー様。このことは本部に報告するべきでしょうか」
 振り返れば、そこには本部との通信を担当している部下である。
 こそこそと耳打ちするようにささやかれたキンタローは、しかし、その部下に首をかしげてみせた。
「何をだ?」
「総帥が、すでにコタロー様が逃げ出したことを知っていることをです」
「ああ……そうか」
 その説明に、キンタローは頷いた。
 この状況は、異常である。
 本部に前もって知らせるべきだろうか、と考えるのも無理なかった。
 しかし、本部からの報告はまだないのだ。
 そして、たぶん向こうも報告する気はないような気がした。
 コタローが逃げ出したことを報告した場合、シンタローが、どういう反応を示すかは、叔父貴―――マジックならば、十分わかっているはずである。とすれば、現在、内密にコタローの捜索をしているに違いなかった。 
 シンタローが帰りつくまでにはまだ、わずかだが時間が残っているのだ。その間に、コタローを連れ戻そうとしているに違いない。
 だとすれば、この状況を知らせるのは得策ではない。
「報告するな」
「えっ? いいんですか?」
 きっぱりとそう言い放ったキンタローに、以外な顔をされるが、キンタローは撤回する気はなかった。
「ああ。それに、万が一、あれに逃げられたら、本部崩壊だけではすまされそうにないからな」
 あれ、とは当然マジックのことだ。
 シンタローの帰還までに、コタローが見つからなかった場合、その怒りを恐れてマジックに逃げられては困るのだ。
 怒りの矛先は、一人に向けられた方が被害が少ない。
 キンタローは、素早くそう計算した。
 マジックがいない場合、それを探すために、内部を破壊しまくるシンタローの姿を想像するのは、容易かったのである。
「はあ」
 いまいちわかってない顔を見せつつ、頷き下がった部下を見送り、キンタローは、とりあえずは、大人しく座っているシンタローを眺めた。
 ぶつぶつと呟かれる呪詛は、顔をひきつりたくなるほどエグイものに変わっている。
 とりあえず、今のところ大人しいが、何かあれば、暴れだすに違いない。
「まったく。やっかいなことになったもんだな」
 どうも自分には、損な役回りしか回ってこないような気がする。がだ、それも仕方なかった。それが自分の選んだ道である。
「さてどうするか………」
 シンタローの宥め役を引き受けるのは、自分しかいないのである。ここにいる者のでは、今のシンタローは手に負えはしない。
「この借りはいつか返してもらうぞ」
 誰からか、は明確にせず、そうぼやいたキンタローは、とりあえず異様な緊張感に包まれた艦内を元に戻すために、元凶をどう移動させるかに、頭を振る回転させ始めた。















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夏の一日

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「シンちゃ~ん! 花火しよう」
 そういいながら、ひょっこりと総帥部屋に顔を出したのは、元従兄弟で今は兄弟になったグンマだった。
「花火だぁ?」
 時刻は夕刻。西向きの窓からは、朱色の光が透けている。
 シンタローが、開いていたノートパソコンの画面越しに、にこにこ笑いながら近づいてきたグンマに視線を向けると、
「うん。花火だよ。ほら、これ」
 そう言いつつ、グンマが掲げて見せたのは、お子様用の手持ち花火セットだった。
 色鮮やかで綺麗だが、大の大人がやるような花火ではない。
「んな、ちゃちいもんをやるのか?」
「だってこれしかないんだもん。これも、もらいもんだし。でも、いいでしょ? ねえ、シンちゃん一緒にやってよ」
 すでに机越しに目の前に来ていたグンマは、ねだる様子で、両手を組んで小首を傾げて見せる。
 だが、高松あたりには通用するだろうそのポーズも、生憎こちらでは通用しない。
「俺は忙しいんだよ。んなもんは、高松とやればいいだろう。あいつなら喜んで付き合うぞ」
 『グンマ様命』の変態科学者、ドクター高松ならば、グンマが、「一緒に花火しよっv」と言えば二つ返事で応えてくれるはずである。
 シンタローは、はずしていた視線を再びパソコンの画面に向けると、途中だった書類作成に取り掛かる。
 しかし、グンマはとたんに組んでいた両手をほどくと、バンと机の上を叩いて見せた。
「ダメっ! 僕は、シンちゃんとやりたいんだもん。やろっ? これくらいの量なら三十分もかからないし」
 その言動に、シンタローは、キーボードを叩く手をしばし止めた。 強情でしつこいのは、いつものことだが、それでも、ここまで自分に我侭を言うのも、珍しい。
「だから、お願い。シンちゃ~ん」
「はぁ、わかったよ」
 そんなグンマに、シンタローは観念したように、腰をあげた。
 息抜きだと思えば、それぐらいの時間はかまわないだろ。
「三十分だな。それぐらいなら、付き合ってやる」
 そう口にすれば、とたんに、万歳するように両手をあげた。
「うわーい、やったっ!! じゃあ、一時間後ね」
「今からじゃないのか?」
「だって、まだ暗くないもん。だから、一時間後。本部の裏庭でまってるからね!」
 大喜びでその場に跳ね回ったグンマは、そのままシンタローに抱きつくと、にっこりと微笑んだ。
「約束だよv」
 その二十歳をとおに過ぎたとは思えぬ無邪気な様子に苦笑しつつ、シンタローは頷いて見せた。
「ああ、ちゃんと行ってやるよ」
 
 



「なんだ、お前も呼ばれていたのか」
 約束の場所に行けば、すでに先客がいた。
「ああ」
 短く答えたのは、グンマと同じシンタローにとっては従兄弟にあたるキンタローである。
 とはいえ、ただたんに従兄弟とだけは、言い切れない間柄だが、そこら辺の確執は、すでにほとんど消え去っているといってもよかった。
「お前も結構ヒマ人なんだなぁ」
「ヒマなわけない。忙しいが、グンマの頼みだ。聞かぬわけにはいかないだろう」
 その言葉に、シンタローは口元に小さな笑みを刻んだ。 
 この従兄弟は、なぜかグンマには弱いのだ。初対面では、あれほど反発しあっていたのが、嘘のようである。
「まあ、いいさ。こんなもんとっとと終わらせて、お互い仕事に戻ろうぜ」
「そうだな」
 ちょうどグンマもこちらにやってきた。
「遅いぞ」
「ごめーん。高松に花火のことがバレて、ついてこないでって説得するのに時間かかっちゃった」 
 てへっと可愛らしく舌を出してみせるグンマに、シンタローは肩をすくめた。
「一緒にくればよかったじゃねぇかよ」
 高松一人増えたぐらいで、別に支障はないはずである。
 しかし、シンタローの言葉に、グンマはらしくなく目じりを持ち上げ、抗議した。
「ダメだよぉ! 今日は、三人だけの花火なの。だから、高松はいらないのっ」
 高松がその場でいたら、この世を儚み自殺してしまいそうなことを言い放ったグンマに、別に気にするわけでもなく、当然の疑問をシンタローは口にした。
「なんで三人なんだよ」
「だって、僕達――――ああっ、キンちゃん、まだ、ダメ。一人でやらないでよ」
 理由を言おうとしたグンマだが、その横で、興味本位からか、グンマが持ってきた手持ち花火セットの袋を破きだした従兄弟に、慌てて取り上げた。
「まってまって!」
「キンタロー、まて。まだ、花火する準備がととのってねぇから」
 シンタローも、それをとめる。
 理由は、聞きそびれたが、とりあえず花火を先にしても、支障はない。
「水汲んでくるからな」
 そう言って、シンタローは、グンマがもってきたバケツを手に、近場の蛇口へと向かった。花火をする前の基本である。
「駄目だよ、キンちゃん。花火は、火を使うから、最初に水とか用意しなきゃ駄目なの」
「そうなのか?」
「そうなの!」
 その背後で、二人の会話が聞こえてくる。
 花火と言うものを知っていっても、実際に体験するのは始めてのキンタローに、グンマは、大人ぶった様子で、説明している。
 マジックの息子だと知り、コタローの兄となったグンマは、めっきり兄貴面するようになった。時には、自分よりも経験値の低いキンタローにも、兄のように接する時がある。
 苦笑をするほどの幼い兄っぷりだが、キンタローは別に迷惑がっている様子見せてないので、シンタローもそれは、微笑ましい光景としてみているだけだった。
「ほら、水の準備はできたぞ」 
 バケツに8分目ほど水を入れたそれを二人の前に置いた。
「うわぁい。じゃあ、ろうそくに火をつけるね」
 セット花火の中に一緒に入っていた小さなろうそくをグンマは手にとった。
「マッチは?」
 それに火をつけてやろうとシンタローは、そう申し出たが、そのとたんグンマは、何かに気づいたように、ろうそくをもった手で、ポンと手を打った。
「あっ、忘れた」
「オイオイ」
 肝心なことをすっかり忘れる癖は、いまだに直ってないようである。
「どうするんだよ」
 火がなくては花火はできない。
「えーっとね、眼魔砲で何とかならない?」 
「なるかっ、ボケ!」
「ふえぇーん。ちょっといってみただけじゃないか。シンちゃんの怒りんぼぉ」
 お決まりのようにボケるグンマに、律儀に突っ込みをいれれば、相手は、すぐにキンタローに泣きついた。
「シンタロー。グンマを苛めるな」
「こんなん、苛めのうちにはいんねぇよ。チッ、仕方ねえな。火、とってくるわ」
 面倒だが仕方ない。こんなところで時間をとっているわけにもいかないのだ。
 息抜きかわりにここに来たが、仕事はまだ残っているのである。
「あんさん方、そこで何しとるんどす?」
 その声が聞こえてきたのは、本部の二階からだった。
 上を見上げれば、窓からアラシヤマが顔を覗かせていた。
「ちょうどいい。アラシヤマ。火をくれ、火」
 ナイスタイミングというものである。
「はあ?」
 突然そう言われたところで、アラシヤマには、何をすべきか判断できるはずもなく、間抜けな顔をさらすしかない。
「花火するのに、火がいるんだよ。いいから、とっととライターでもいいから放りなげろ」
「ああ、花火どすか。それやったら、これでええどすか?」
 そう言うと、アラシヤマが、外に向かって手を開いた。
「あん?」
 何をする気かと思えば、アラシヤマのの手から、炎の形をした蝶が飛び出してきた。
 ひらりひらりと闇夜を舞いつつシンタローの元へとやってくる。
「すっご~い。綺麗だね」
「器用なもんだ」
 関心する二人の前で、炎の蝶は迷うことなく手元にやってきた。
 どうやら、アラシヤマの特異体質から生み出されたもののようである。
「それでよろしいでっか?」
 近くによってきたそれにろうそくの芯を近づけると、ポッと勢いよく燃えだす。
 用事が済んだ蝶は、バケツの水を掬って消してやった。
「おう。サンキュ。じゃあな」
「えっ? それでおしまいですのん?」
 どうやら、この輪の中に入れてもらおうと密かに望んでいたよだが、それは却下だった。
「わりいな。グンマは俺達三人しか参加を認めてねえんだよ。お前はとっとと仕事に励め」
「………殺生どすなぁ」
 はっきりきっぱり言い放てば、恨みがましい視線を向け、涙を流しつつも、アラシヤマは素直にさっていった。
 これで用意は万全である。
「それじゃあ、花火を始めようね!」
 グンマの掛け声とともに、花火は煌びやかな光を放ち出した。




「で、なんで三人なんだよ」
 パチパチパチとシンタローの手元で跳ねるのは、線香花火だ。
 もう色鮮やかな手持ち花火は尽きて、残っているのはそれだけだった。
「ん~とね、思い出づくりをするためだよ。――凄いねぇ、シンちゃんの玉って大きい」
 グンマの手にも線香花火がついている。
 ただ、こちらは常に揺ら揺らと揺らしているために、先頭にある玉の寿命が短い。
「あっ……あ~あ」
 そうこう言っているうちに、グンマの手から、まだ小さな玉がぽとりと落ちた。地面にポッと熱が灯るが、すぐに冷やされ闇に消える。
 それを名残惜しげに見つめていたグンマに、シンタローは、新しいのを手渡した。
「ばーか。じっともってろよ。――――んで、思い出作りだと?」
「そう、思い出作りだよ。って、キンちゃん、いつまで持ってるの? それ、玉が落ちたら終わりだよ」
 キンタローの方は、線香花火はすでに終わっていた。終わっていたのにもかかわらず、まだ、持っている。
「そうなのか? じっと持っておけといわれたから、またこうしていれば、火花が散ると思っていたが」
「それはないよ。はいっ」
 シンタローから回された、新しい線香花火をキンタローにも手渡し、再び三人で、パチパチと小さな音と明かりを囲む。
「思い出づくりで、花火なのか?」
 シンタローの線香花火も先ほど落ちた。
 新しいの手に、再び先ほど途絶えた話題をふった。
「うん。夏だもん。夏といったら花火でしょ? 僕とシンちゃんと二人っきりで花火した時があったじゃない」
「ああ、そう言えば」
 いつも過保護な大人達がついて回る中で、二人っきりで花火をしたのは小学校6年生の頃である。
 こっそりと二人で、花火を持ち寄って、大人のいない場所で、花火をしたのだ。
「あの時さ、すっごくドキドキしてさ、楽しかったよね」
「そうだな」
 大人たちには内緒でやった花火。
 バレた時には、やはりこっぴどく怒られたのだが、それでも楽しい思い出の一つだった。
「だからね。キンちゃんともやりたかったの」
「俺とか?」
「三人だけの花火の思い出を作りたかったの。内緒というわけには、いかなかったけどね。でも、三人だけの。三人のみの思い出が欲しかったの」
 一言で言い表せられないほど運命の中で、その人生を大きく変えられた三人だからこそ、繋がれた絆。
 けれど、三人に共通してあるのは辛い過去や苦しい思い出しかこめられてない。
 だから、楽しい思い出も欲しかったのだとグンマは言うのだ。
「しっかしなぁ、グンマ」
「なあに? シンちゃん」
「大の大人が集まって、こうやって線香花火をするのが楽しいことか?」
「えぇえええ!! 楽しくなかったの? シンちゃん」
「いやっ…楽しい…つーか、さあ」
 いい気晴らしにはなったが、子供の頃のような無邪気な楽しさは、当然ながらない。
「俺は楽しかったぞ」
 しかし、至極真面目にそう告げたキンタローに、グンマも手を叩いて喜んだ。
「だよねぇv キンちゃん♪」
 ……………確かに、この二人ならば、無邪気に楽しめただろう。
「シンちゃんも、楽しかったよねぇ?」
 再度尋ねるグンマに、こうなれば否とは言えなかった。
「まあ……楽しかったかな」
 嘘ではない。
 昔のようなドキドキするような楽しさはないが、なんとなく和むというか、気分転換ぐらいには楽しめた。
「うわぁ~い。じゃあ、今度は海水浴いってスイカ割りしようね♪ 三人でっ!」
「まだ、やんのかよ」
 次の予定を口にしたグンマに、呆れるしかないシンタローだが、それはすでに決定事項のようだった。
「次の日曜日に皆で行こうねぇv」
「楽しみだな」
「そうだよね、キンちゃん♪ シンちゃんも楽しみにしててね」
 にっこり楽しげに言われてしまえば、断れるわけがない。
「はーい、はいはい。楽しみにしておきますよ」
(まっ、いいか)
 たまには、三人で出かけるのも、いいかもしれない。
 いい気分転換、気晴らしになってくれるだろう。

 まだまだ夏は、始まったばかり、今年はどんな夏になるのやら。 




^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

 2003.9.2

 この話は、まだ初夏の時期に書いた話なのです。
 完成してなかったから、ずっとお蔵入りになってただけです。
 なので、もう夏は終わってるなじゃねぇか! というツッコミはなしにしてください(笑)













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