小さな白い花
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ぽとん…と最後の一滴が白いカップの中に落ち、波紋を広げた。
「んv いい色」
覗き込めば、透き通った琥珀色。そこから立ち上る甘い芳香に、グンマはにんまりと笑みを作った。
「後は、これを入れるだけだね♪」
硝子の小鉢の中に入れていたそれを、そっと一つ摘み上げると、琥珀の湖に浮かべるように、それをゆっくりと置いた。
「はい、シンちゃんv」
ソーサーごとカップを差し出せば、「サンキュ」の言葉とともに受け取ってくれる。
「ん? 今日は、ジャスミンティか?」
手元に引き寄せるよりも先に、香りからそれを察してくれたようで、そう尋ねた相手に、お茶菓子の準備をしていたグンマは手を止めて「ご名答★」と返した。
「で、これは…ジャスミン?」
カップの中を覗き込めば、そこには一輪、愛らしい花が浮かんでいるのが見えた。白い花弁がくるくると紅茶の湖の中を泳いでいる。
それは、見覚えのある花であった。確か、どこかの庭に咲いていた気がする。香りが強くて、開花時期には遠くに離れていても、風にのってその香りが匂ってくる花だった。別名茉莉花と呼ばれ、乾燥された花が香料となり、お茶としても広く親しまれていることは、シンタローも知っていた。
それも「ご名答」のようで、小皿へ盛ったパウンドケーキを、差し出してきたグンマは、にっこりと頷いた。
「そうだよ。中庭に咲いていたのを見つけたから、今日、少しだけ貰ってきたの」
今日咲いたばかりのジャスミンの花。ごめんね、と謝ってから、数輪だけ摘んできたのである。
「そっか。もうジャスミンが咲く季節か…」
それを眺めて、感慨深げに呟いてしまった。
総帥の座についたとたんに、忙しくなったシンタローに季節感を感じる余裕はあまりない。外出しても、ゆっくりと周りを見る時間もなく、慌しく用事を片付けて、また本部へと戻る毎日が多いのだ。
けれど、時折こうして季節の移ろいを感じることが出来るのは、この兄弟のおかげであった。
お茶の時間、季節の花を時折こうしてカップの中に落としてくれるのだ。
この間は、バラだった。その前は、桜。そんな風にすることもあれば、お菓子の飾りとして添えられていたり、さりげなく飾られている花瓶の中にだったり、季節をそこに表してくれるのである。
そうやって、自分は季節を感じることができ、そうして、ほっと一息つくのだった。
「シンちゃん、おかわりはどう?」
「ああ、貰おうか」
だからこそ、この時間だけは、大切にしたくて、グンマからお茶に誘われれば、どうしても時間がない時以外は受けることにしている。
(そう言えば、こいつの花言葉に『温和』ってあったけ)
どこかでそんな言葉を見たことがある。
まさにその通りだろう。この小さな可憐な花ひとつで、温和な空気は生み出される。そしてその優しさに、自分は癒されるのだ。
「はい、どうぞ」
何よりも、柔らかな笑みを浮かべる温和そのものの彼から差し出されたジャスミンティを、シンタローはありがたく受け取り、大切なひと時をしっかりと味わうために、それを口に含んだ。
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