眠れぬ夜は
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草木も眠る丑三つ時。
「んん~?」
ふっと目が覚めるのは、たまにあること。生理現象か、と思ったがそういうわけでもなく、ただ目が覚めたけのようである。視界に映るのは、薄闇の部屋。寝る前となんら異常はない―――?
「……オイ」
……………これはなんだ?
たっぷり十秒ほどの時を置いてから、シンタローは、それに突っ込んだ。
とりあえず、シンタロー自身は、これがここにある理由がわからなかった。ここは自分のベッドの上。それなのに、なぜ、ここにこれがあるのか。自分自身から、それを招き入れた記憶はいっさいないにもかかわらずだ。
10秒ほど考えて、その思考を放棄した。身に憶えはまったくないのだから、考えたところで答えはでるはずはない。それよりも、その元となるものに訊ねればいいのだが――声をかけるべきかどうか真剣に悩むものだった。
なぜならば、そこにいたのは、小さな子供のように身体を丸めて眠っている人なのだ。短く切った金色の髪が精悍さを匂わす頬にかかっている。いつもは固く結びがちの口元も緩まり、小さな笑みを作りつつも、気持ちよさげにスヤスヤと寝息を立てていた。
穏やかに眠るその姿。
起こすには忍びないと思ってしまうものの、しかし、場所が明らかに問題だった。
「………っていうか、なんで気付かないんだよ、俺!」
確かにシンタローの部屋にあるベッドはキングサイズである。そんな大きなものは必要ないのだが、父親が「パパと一緒に寝るのに必要でしょ!」とたわけたことをぬかしつつ無理やり入れたのである。もちろん、そんな使用方法をしたことは、一度たりともない。ただ、捨てるのがもったいないので、こうして使っているだけだった。
そのために、ひとりで寝てもゆうに二人分ほどの空間ができるのだが、その空間がしっかりと埋まっていた。
「いつ入ってきたんだ?」
まったく、全然、ちっとも気付かなかった。
人の気配にはもちろん敏感である。戦場に何度も立ったことがあるのだ。人の気配に寝ていても気付かないようでは、生き残れない。戦場から離れて随分と立つが、それでも今度は人に命を狙われるような立場になったのである。その感覚が鈍ったとは思ってはいない。
だが、そうなるとコレのいる理由がつかなかった。
「キンタロー…だよな?」
そこにいるのは、もう随分と見慣れてしまった相手だ。
元自分……というべきだろうか。その身体は自分のものであるが、もともとはこのキンタローのもので、とりあえず、ここにいるのは今はキンタローと呼ばれる男である。
自分を殺そうとした男は、けれど今はシンタローのベッドの上で、ぐっすりとお休み中だった。
「おーい、てめぇ、何してるんだ。んなところで」
とりあえず、さっきから小声でぶつぶつ独り言を言っても、起きる気配はないため、指先で頬をつついてみる。
「んんっ…」
ぺしっとつついだ指先を払われる。
ムッ。
その行動に、シンタローは眉間にしわを寄せた。
それを生意気な行動とみなしたせいだ。
「んにゃろ~。それならこれでどうだ!」
こしょこしょ。
今度は、顎の下をくすぐってみる。さすがにこれはきいたようだった。
「ん~~、やめ…ろ」
「やめねぇよ。起きろ、コラ」
こしょこしょ…。
今度は耳の裏をくすぐってやれば、ようやく開いては目を開けた。
「くすぐった……―――――ん? なんでお前がいるんだ、シンタロー」
「……いや、それは俺の台詞だから」
ぐずりつつも、目覚めた相手は、シンタローを視界に納めたと同時に、そう言い放つ。
しかし、そのボケまくった台詞に、起きたと同時に文句を言おうとしたシンタローの言葉を塞ぐのに成功した。
ぼけっとしつつも、起き上がったキンタローは、キョロキョロと辺りを見回し、そうして納得がいったといわんばかりに頷いた。
「そうか……わかった。それじゃあ、お休み、シンタロー」
「ちょーっとまてッ!」
こてん、と再び倒れこみ、眠りの体勢に入ろうとした従兄弟を、シンタローは、再び引っ張りあげた。
「どうかしたのか? シンタロー。夜中に騒ぐのは非常識だぞ」
「いやいや。人の寝所にもぐりこんで、ずうずうしくも寝なおす奴の方が、非常識だからな」
ひとり勝手に理解して、しかも、自分の部屋に帰らずそのまま寝ようとする従兄弟に、シンタローは、はっきりきっぱりとそう言い放った。
「そうなのか? わかった。それじゃあ…」
「――お休みじゃねぇからな、キンタロー」
ゆっくりと瞼を閉じようとする相手を揺さぶって、起こす。
「だから、てめぇはなんで、ここで寝てるんだよっ」
それがまだ、こちらは全然わかってはいない。
起きてみれば、キンタローが横に寝ていたのだ。こちらの驚きと睡眠妨害の理由を話してくれなければ、こちらも眠れない。
「ん~? ああ、それはだなぁ……」
よほど眠いのか、とろんとした眼を手の甲でこしこしと擦りながら、キンタローは話始めた。
「夜はあまり好きではないんだ…暗いのは嫌いでな…でも電気のつけっぱなしは悪いと高松に言われてから消さなければならないし……とりあえず月の光でもないよりましだと窓を開けてて寝てるのだが…やはり暗くて…その暗さが気になって眠れなくて…部屋の外を歩いていたら…お前の部屋の前に来た……」
そこで言葉をとぎらさせ、ふわっと大きな欠伸をする。暗いのが嫌いだと言っているが、ここも薄暗い。ベッド脇の棚に置いてあったライトの光量を落としたものがついているだけで、互いの顔がようやく見えるぐらいである。
それなのに、嫌いだというほどこの場所を嫌っているようには見えなかった。
瞬きを一度すると眼が開けるのが遅い。かなり眠そうである。それでもキンタローは話を続けた。
「…お前の部屋に入るのは簡単で…中に入ったらお前が気持ちよさそうに寝てた…お前が寝れるなら俺も寝れそうで…だから…俺も寝た…以上」
「以上って……」
これで話は終わりのようである。
一応、ここにキンタローがやってきた経緯はわかったが、どこまで本当だと信じていいものか、悩むところである。
(本当に、暗いのがダメなのか? こいつは)
薄暗いこの部屋の中で、うつらうつらと半分眠りかけのキンタローを見ているとそうは思えない。けれど、ふと思い出すことがあった。
(そう言えば、こいつって昼寝をしてるんだよな)
こちらも総帥としての仕事があるために、キンタローの行動を全て把握してはいないのだけれど、この間、午後に高松のところに出かけていれば、高松の元で日常生活のあれこれから専門的な知識まで学んでいるはずのキンタローが、ぐっすりと眠っていたのを見かけた。今はお昼寝の時間ですから、ときっぱりと言い放った高松に、そのまま納得していたが、そのせいで眠れないのではないだろうか、という疑問がわきあがる。
(…いや。それなら暗いのが嫌いだという必要はないか)
いい大人が、笑われるような、そんな幼い子供がする言い訳を口に出さなくてもいいはずである。
(でも、暗いのが嫌いというのは、なんで………ああ)
どこかで、聞いたことがある。生まれたばかりの赤ん坊が夜泣きをするのは、暗いのが怖いせいだと。また狭い母の体内に再び戻ってしまったのかと思い、怯えて泣くのだと。
ならば――。
(キンタローも同じことを思っているのか?)
自分がまた、肉体を奪われ、誰にも気付かれずにいたあの暗く狭い場所に戻ってしまうと思い、暗闇に怯えているのだろうか。
それを、自覚はしていないようだが、それでも、暗闇を嫌うのは、その思いがあるせいに違いなかった。
(なんだかなぁ)
そこまでわかっても、やはり割り切れないのは、この目の前にいる人物が、かつて自分を本気で殺そうとしていたという過去があるせいだろうか。
それでも、今はそんな気配は欠片もないことも事実である。
「はぁ~」
「……どうしたんだ? やはりここにいるのはまずいのか?」
そうではない。
キンタローの思いに気付いてしまったら、自分はもう、この従兄弟をここから追い出せないとわかってしまったせいである。
眠たげに瞼を何度も瞬きさせながらも、こちらを不安げに伺うキンタローに、シンタローは、その肩を押した。不意打ちのおかげで、ころん、とあっさりとベッドの上に転がる。シンタローも一緒に、ベッドの上に転がった。
「シンタロー?」
怪訝な声が耳元に聞こえる。
「もういい。寝ろ」
よく考えれば、今は深夜で、こちらも眠いのである。
色々と考えるのが面倒になってきた。
「……一緒に寝てもいいのか?」
「お前が、それで寝れるというなら、ここにいてもかまわねぇよ」
それが罪滅ぼしだと言うわけではないけれど、暗闇嫌いにしてしまった一端は、自分に確かにあるのだから、仕方がない。
徐々に暗闇嫌いを取り除くとして、今日はもう、ここで寝せるしかないだろう。
(こいつだけは、まともだと思ったんだがなぁ)
やはり青の一族というべきか。
暗闇嫌いは分かるが、それで自分のところに来るという発想が恐ろしい。グンマ辺りにいけば、すんなり眠れただろうに。
「よかった……お前の横ならよく寝れそうだ」
嬉しそうに言われたら、もう許さずにはいられないだろう。
何よりも、明白なことがひとつある。
(つーか、こいつの気配に気付かなかったつーことは、とっくに俺はこいつに気を許してるってことか?)
確かに、今のキンタローを見ていれば、余計な気を張る心配などまったくないが、いつのまにそれほど気を許していたのか―――。
(ま、今はそんなことを考える必要もないか)
ふわっ、とシンタローの口からも欠伸が漏れる。ベッドの上に再び寝転がれば、忘れかけていた睡魔がよみがえる。瞼がすぐに重くなり、意識が遠のいていく。
「お休み…」
そう呟けば、嬉しそうに笑みを浮かべ眠り込む従兄弟の姿が、ぼやける視界に映り込み、なぜか自分もそれに安堵して、一緒にシーツにくるまって、夢の世界へと旅立った。
―――――いい夢を。
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