思ひ出アルバム3
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「行けません! お待ちください」
扉の向こう側が騒がしい。
「何かあったのかな?」
時刻は五時。
そろそろ仕事に一区切りをつけ、可愛い息子のために夕飯を作りにいかねばならぬ時間だ。仕事をしつつも今日の献立を考えていたマジックは、総帥席から扉の方へと視線を向けた。
「駄目です、シンタロー様っ!!」
「シンちゃん!?」
その言葉を耳にしたとたん、マジックは超特急で扉の前に移動すると、バン! と両手でそれを押し広げた。
「シンちゃん!」
「あっ、パパぁ」
扉の少し前で、ガンマ団団員の一人に抱きとめられていたシンタローが、扉を開けて出てきた父親の姿を見ると、にぱぁと愛らしい天使の笑顔を浮かべる。
ガンマ団総帥の顔などあっさりと脱ぎ捨てたマジックは、蕩ける笑顔をシンタローに向けた。だが、即座に顔を引き締めると、自分の息子に許可無く触れている団員を睨みつける。
「それで、君は私の息子に何をしているんだい」
返答しだいでは即刻死刑、といわんばかりのその表情に、団員の顔は引き攣った。
「あ、あの、わたしは…」
震える団員の手が、シンタローから離れる。そのとたんシンタローは一直線に父親の元に駆け寄ってきた。そのまま両手を広げて万歳するようにしてぴたりとマジックに抱きついた。
「ああっ!」
その団員の悲鳴じみた声が聞こえるが、もちろんマジックの耳にはそれは遮断された。
「シンちゃ~んvvv 元気にしてたかい?」
「うん!」
「…………あの、総帥」
「なんだ」
親子の語らいを邪魔する団員に、睨みつけるが、その団員が、こちらを指した。
「制服が」
「おやっ…」
自分の姿を省みると土の上に転んだように汚れた自分の姿があった。
「あっ、ごめんなさい、パパ。僕、パパのお洋服汚しちゃった」
その言葉を聞く前から、犯人は誰だか即座に気づいた。息子は、ものの見事に泥んこ状態だった。いったい何をしていたのか、手や顔はもちろん向き出しの腕や足まで泥がこびりついている。もちろん服は、洗濯機にいれれば泥水ができそうなほどの凄まじい汚れ具合だ。
「なるほど」
これでは部下も制止させたくなるのもわかる。
「パパ、ごめんなさい」
「いいんだよ、シンちゃん。どうせこれは、クリーニングに出すもんだしね」
シュンと萎れた表情になった息子に、マジックは優しい笑顔を向け、頬についた泥を手で撫でる様に落とした。
もっともこれだけ泥をつけられれば、クリーニングでどれだけ綺麗になるかはわからないが、その時は、捨てればいい。替えなのはいくらでもあるのだ。
「あの……」
まだ、先ほどの部下がそこに情けない面で立っている。
彼も悪気があってシンタローを制止させたわけではなかったのだ。ただ、こちらを思っての行動だろう。息子の手前でもあるし、きつく咎めるわけにはいかなかった。
マジックは、軽くそれに向かって手を振った。
「かまわん、気にするな。行け」
「はっ。失礼しました」
その言葉に、頭を下げると逃げるに行ってしまった。が、そこまでマジックは見てはいなかった。すでにその視線は、泥だらけの天使ちゃんに奪われ中である。
「今日もいっぱい遊んでたみたいだね、シンちゃん」
「うんっ。今日は、ずーっとお外にいたの」
「それじゃあお腹がすいただろ。パパと一緒にご飯食べに帰ろうねv」
「はーいっ!」
良い子のお返事とともに、ぎゅっと首に抱きついてきてくれた息子に、あっさりそのまま昇天しそうになったマジックだが、土俵際の粘りを見せて、そこはぐぐっと耐えて見せた。
「パパ、それでね。明日、ヒマ?」
「どうしたんだい?」
「あのね。僕と外でお散歩して欲しいの。ダメ?」
きゅるんと黒目がちの瞳を揺らし、おねだりをする息子に、先ほど昇天行きを拒んだマジックだが、またしてもふわふわと天へ登りかける。
(ああ…迎えの天使が見えるよシンちゃん………って、シンちゃんと一緒じゃなきゃ、パパはどこにも行きたくないよっっっ!!!)
勝手にこちらに呼び寄せた天使を邪険に追い返したマジックは、再び地上へと舞い戻り、愛しの息子を抱きしめた。
「いいよ、シンちゃん。明日はパパとお散歩しようねv」
「ありがとう! パパ大好きv」
チュッv
食べちゃいたいぐらいの愛らしい唇が可愛らしい音を立てて、マジックのホッペにキス一つ落とす。
(ああ………パパ…ちょっと天使さんと一緒に上に行ってるよ、シンちゃん………)
器用にも息子を抱いたままマジックパパは、しばらく天国の花畑にまで少しお出かけしに逝った。
その次の日。
「パパ~! こっちだよ~v」
「あははっ。待てぇ~、シンちゃん♪」
無邪気な笑顔を振りまき、前を走るシンタローにマジックは、捕まえようと手を伸ばす。だが、するりと上手く抜けられてしまった。
(チィィ! …シンちゃんって意外にすばしっこいな)
捕まえたv と言って、ギュゥ~と抱きしめようとした目論見はまんまと外れてしまった。
それでも、またしばらく緑萌える野原に駆け回る可愛い息子の姿を見れるのだから、ヨシッ! と力拳を握り締める。
結局、シンタローがいれば、なんだっていいのだ。現金パパである。
「こっちだってば、パパ!」
「まてまてぇ~」
そうして再び追いかけっこは再開された。
今日は、昨日の約束をはたすために、午後からの仕事を全て中断させ、息子との散歩に時間をあてていた。
そのおかげで、シンタローが眠りについてからは、今日中に仕上げねばならぬ書類と格闘するはめになるが、もちろん後悔などない。
飛び跳ねる仔ウサギのような息子を見られただけで、その価値はあるのだ。
(だが、次こそは捕まえてみせるよっ!!)
実は結構本気で息子と追いかけっこをしているマジックだった。
「こっち! こっちだよ」
「はははっ。シンちゃんは速いなー」
「ここまでおいでー」
小さな背中を見つめつつ、マジックは、再びシンタローを捕まえようと手を伸ばした。
ぴょん!
同時にシンタローが大きく飛び跳ねた。もっとも幼い子のジャンプ力だ、少し足を伸ばせば、すぐに捕まえられる。
マジックはそうふんで、シンタローに手を伸ばしつつ、大きく足を踏み出した。
だが。
「はっ」
ずぼっ!
耳を疑うような地面を踏みしめる音。
ぽっかりと口を開いた地面。
同時に、万有引力にしたがって下降する体。
「おお゛ッ!!!!」
マジックは、間一髪で、その落とし穴の縁に腕をかけて、落下を防いだ。
下を見れば、信じられないものの存在に、くらりと眩暈がする。
ジャキーン!!
底にたまった暗闇に見え辛いが、なにやら先の鋭いものが覗けた。
そこはただの落とし穴ではなかった。背よりも深い穴の中に、上を鋭く尖らせた竹やりが無数に突き出ている。落ちれば、素敵に串刺し状態だ。
(こ…これは、あの…………)
「やーいやーい、ひっかかった、ひっかかったv」
穴の外で、無邪気に喜ぶ息子に、マジックは精一杯の笑顔を向けた。
うっかりあの世へと行くかもしれない状況だったが、そんなことは毎回のこと(シンちゃんの愛らしさのおかげで)なので、今更である。
「ベトコン戦法パンジステークを仕込むなんて…。や、やるなぁ、シンちゃん」
(って、一体誰に教わったのっ、シンちゃん!!)
それはベトナム戦争でゲリラ達が行っていた罠の一つだ。
けれど、これで昨日の泥だらけの原因が分かった。この穴を掘っていたために、あれだけの泥んこ状態になったのだ。
昨日散歩に行こうと誘ったのも、この罠をためしたかったからだろう。
(それにパパを選んでくれたのは………パパが好きだからだよね?)
ちょっぴり息子を疑ってしまう一瞬である。
とりあえず、よっこらせっと親父臭い掛け声とともに、落とし穴からよじ登ると、得意顔の息子を抱き上げてあげた。
「ははは。パパ、あやうく死に掛けちゃったよ」
「ごめんね、パパ!」
無垢な笑顔が自分の頬に摺り寄せてくれる。
(シンちゃん………大好きだよっ!!!!!)
それだけで、先ほどのうっかりご臨終もありえた恐怖も霧散する。お手軽パパだ。
「それにしても、よくこんなものが作れたね、シンちゃん。誰から教えてもらったのなぁ?」
こんな戦法を息子に教えた覚えはないし、教えさせろと指示したこともない。
「ハーレムだよ」
「…ほぉう。あいつか」
あっさりと白状してくれたシンタローに、マジックは微笑みを浮かべつつ、その裏で、愚弟の顔を思い浮かべ、即座に眼魔砲で粉砕させた。
(後で、マジに眼魔砲2、3発食らわせとかないといけないねぇ。あのやんちゃ坊主には。ははははっ)
息子の所業は、あっさり許せても、それに関連した弟の行動には、手厳しいマジックである。大人のようで大人気ないのが彼なのだ。
「うんv 事前に罠をしかけて、相手を誘い込めば、僕みたいに力がなくても敵にやられないんだって!」
「そうか。でもね、シンちゃんの敵は、パパの敵だよ。そんな輩がいれば、パパが全部殺してあげるからね」
不穏な言葉を笑顔で、さらりと告げる。
「ん~…でも、パパ忙しいもん。僕だってパパに守られてるばかりじゃダメなんだよ! ハーレム叔父さんも言ってたもん。自分でやれることはやれって」
(余計なことを……)
そんなことをすれば、早くに自立心が養われて、シンちゃんが親離れしてしまうじゃないか。
完璧に親失格な考えをしっかりしつつ、マジックは、シンタローの頬に自分の頬をあててスリスリした。
「シンちゃんは、パパから離れたいのかな?」
「違うよ! パパと離れ離れになるのはイヤっ」
ぎゅぅ~と力いっぱい抱きついてきてくれる息子に、うっかり鼻血を出してしまったが、気づかれる前に、すすっとハンカチでそれを拭い取る。手馴れた作業は、わずか一秒の出来事である。
(シンちゃん。パパも一生シンちゃんを離さないからねっっっ!!!)
余計なことに決意を固めたマジックである。
「ねえ、パパ」
抱き上げていたシンタローが、顔をこちらに向ける。
「ん? なんだい?」
ずいっと間近によってくる顔。それが、にこっとお日様が雲の合間から顔を覗かせたような笑顔に変わった。
「パパ大好きv」
(最高だよ…グッジョブ! シンちゃん)
天下無敵のエンジェルスマイルに、伝家の宝刀匹敵する言葉。
ぷっつん。
あっさりとマジックの理性の糸を断ち切った。
「あれ? なんの音?」
そんなシンタローの疑問を掻き消し、マジックは、真剣な顔で、息子に囁いた。
「シンタロー、今すぐ、パパと結婚―――」
しよう!
と、プロポーズの言葉は、けれど不意の人物の登場で遮られた。
「おっ、何してんだ? お前ら」
「眼魔砲」
ドゴンッ!
「のお゛っ!? 行き成りなにするんだよ、兄貴っ」
マジックたちの前方で爆発音が鳴り響く。もちろんそれはマジックの仕業だった。
狙いは、突然に現れた獅子舞である。
「はっはっはっ。ハーレムの肩にハエが止まっていたので、殺してやろうと思ったんだよ」
「嘘つけ!」
危うく命をとられそうになったハーレムは、力一杯突っ込みを入れた。
(まったくしぶとい奴め)
せっかくの一世一代の告白場面を―――間違ってます、マジックさん―――ジャマされた当然の報いとして、眼魔砲をぶちかましてみたが、惜しいことに間一髪で交わされてしまった。
やれやれと溜息をついていれば、その隙に、シンタローが腕の中から飛び降りた。
「ハーレムッ!」
「シンちゃんっ」
連れ戻そうにも、それよりも先にシンタローは、その場にしゃがみこんだハーレムの前にいた。
「よぉ、元気かガキんちょ」
ぽんと頭に手が乗せられ、くしゃくしゃと髪をかき回される。
それを嬉しげに受けながら、シンタローは、ハーレムを見上げ、自慢げに言った。
「あのね。僕、ちゃんと叔父さんの言うとおり罠作ってみたよ。そしたらね、パパがちゃんとひかかってくれたの♪」
その言葉に、一気にハーレムの顔が蒼ざめ始めた。
「お前…まさか、あれを兄貴で試したのか?」
その言葉に、シンタローは得意げに頷いて見せた。
「うん! だって、僕の知ってる中では一番パパが強いんだもん」
(冗談じゃねぇ!)
ハーレムが、あの罠を教えたのは、ちょっとした遊び心からだ。ハーレムもシンタローの年齢のころ、兄貴達に教わったことを、この甥に、暇つぶしで教えてあげただけである。
しかし、まさかそれを自分の父親に使うとは、ハーレムの計算外である。
(このままここにいれば殺られる)
すでに、マジックがいながら、シンタローがこちらへと駆け寄ってきたことに、内心嫉妬の嵐のはずである。神経をとがらせれば、殺気すら感じられる。
「…………悪ぃ。俺、用事を思い出したからかえるわ」
ハーレムは、そそくさと立ち上がると後退した。
背中は向けない。向けたとたん、攻撃をしかけられる恐れがあるからだ。
「えーっ、次の罠教えてくれるんじゃなかったの?」
けれど、シンタローは、素早くハーレムの足にすがりついた。
「次に会った時に教えてくれるっていったじゃんか。約束守ってよ」
「なしだ、なしっ! 離しやがれ、シンタロー」
このまま足蹴にしてとんずらしたいが、万が一シンタローにケガでもさせれば、地獄のはてまで追いかけられて、何倍…いや何百倍の復讐をされることは必須である。
どうにかして、ここは穏便にさらなければいけなかった。
だが、事態がそれほど簡単に終えるわけが無かった。
足にしがみついたままのシンタロー。そうして、目の前にいたマジックが、明らかに偽りの笑みをその顔にはりつけ、こちらに向かって歩き始めた。
「ははははっ。ハーレム。ちょっと話があるから待ちなさい」
「嫌だっ」
ブンブンと横へと大きく首を振って拒絶を示す。
だが、長男にそんなものが通用するはずが無かった。
さきほどよりもスピードアップした歩みが、こちらへの距離を縮める。
「いいからこっちに来―――ぬおおお゛っ!!」
だが、不意にマジックは前につんのめり、その刹那。
バコーンッ!
「「あっ」」
シンタローとハーレムが同時に声をあげた。
「ベトコン戦法スパイクボール……」
ぼそっともらしたハーレムの言葉に、シンタローは、こくりと縦に頷いた。
これもまたハーレムに教わったトラップだ。
マジックの足が、低く貼られた細い糸にひっかかると同時に、どこからともなく飛んできたスパイクボールが、勢い良くマジックの頬にヒットしていった。
トゲのついた大きな泥の塊をしなる枝の先に作り上げ、ひっぱられた糸に連動するようにしかけられていたのだ。
思い切りそれがぶつかったマジックの身体は、軽く空を舞った。
「………お前、あれもつくってたのか」
「うん、凄いね。パパ、二つともひっかかってくれたよv」
笑顔で答えてくれるが、教えた方としては、出来のいい生徒を褒める―――わけには、当然いかなかった。いかんせん、トラップをひっかけた相手が悪すぎる。
ギクシャクと体を動かし回れ右をしたハーレムは、遥か前方を見据えた。
「俺は知らん!! じゃあなっ!」
長居は無用だ。
運がいいのか悪いのか、敵は倒れてくれたのだ、この隙に逃亡することが正しい。三十六計逃げるが勝ちだ。
「あっ、まってよ。ハーレム」
だが、諦めの悪いシンタローは、新しい罠を教えてもらおうと、叔父の後をついていく。
「ついてくんな」
「イヤだっ」
逃げるハーレムに追いかけるシンタロー。それが永遠続けられ、結果、広い原っぱの中、ぽつんと残されたのは、だらだらと顔という顔から血を流すマジックのみ。
ひゅる~りと通り過ぎる風が、じんじんと痛みを覚える頬を心地よく冷やしていった。
「つーか、誰も助けてくれんのか…………がくっ」
ちょっぴり目から血以外の液体を流しつつ、マジックは柔らかかな草の上で、意識を手放した。
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