澄んだ青空に燦々と輝く太陽。秋も深まるこの季節には珍しい、穏やかな陽気で包まれている中、仲睦まじげな親子が、白い玉砂利を踏みしめながら歩いていた。大きく見上げなければ天辺が見えないほど高い朱色の鳥居の下を行く。
子供の方は五歳ぐらいだった。
凛々しげな羽織袴姿。けれど、着慣れていないせいか、時折ギクシャクした様子を見せていた。それでも、楽しそうに玉砂利を草履で踏みしめ、楽しげな音立てさせている。
よくよく周りを見れば、その子供と似たような格好の男の子達や綺麗な着物に身を包んだ女の子達がいた。
今日は、十一月十五日。
七五三と言われる行事の日だ。そのために、子供の健やかな成長を祝って、晴れ着を着た子供達やその家族達が、続々とこの神社に集まってきているのであった。
左右には赤く色付いた紅葉が並び、今日のこの日を祝っているかのようである。その紅葉と同じように頬を真っ赤にさせた子供達が笑い合いながら行く。
もちろん、この親子も同様だった。
「いい天気でよかったね、シンちゃんv」
そう息子に話かけたのは、『息子命』を日々モットーに大量出血大判ぶるまいしているガンマ団総帥、マジックである。
本日の出で立ちは、息子と同じように和服――と言いたいところだが準備が間に合わず、愛息とペアルック★という美味しい(何が?)チャンスを諦めて、落ち着いた色合いのスーツ姿で決めていた。今日の主役は息子のため、いつものど派手な総帥服やピンク色のスーツはご法度なのである。
「うん♪ そうだね、パパv」
そう言って、シンタローは嬉しそうに頷いて、ぴょんと石段を駆け上った。
初めての羽織袴姿が嬉しいのか、先ほどから大はしゃぎで、まるで仔兎のように跳ね回っている。
こけるのが心配で、父親の方はその姿を常に追っていたのが、それと同時に、ちらりと袴の裾から覗ける白い足首に、父親はしっかりと握りこぶしを作っていた。
(ふふっ。ナイス★チラリズム!)
普段、息子には半ズボンをはかせて、ピチピチツルツルの可愛い足を堪能しているにも関わらず、本日は、踝がちらりと見えるだけで、すでに鼻血である。もちろん、0.3秒という早業で、それはぬぐっている。鮮やかな赤い色のハンカチは、元は別の色だったという噂だが、そんなことは気にしてはいけない。代えはいくらでも持っているのだ。
「やはり和服は最高だな」
うんうんと頷き、しみじみと納得である。
こんなところで賞賛されても和服も嬉しくはないだろうが、とにもかくにも、本日の目的である七五三参りへと突入であった。
外国人がいてもおかしくない京都という場所柄のせいか、マジックの姿はあまり浮いてはいなかった。ガンマ団トップの証である真っ赤な総帥服は脱ぎ、大人しいグレーのスーツのせいもあるせいだろう。
しかし、視線はどこからともビシバシと飛んでくきていた。大概が、女性である。マジックの行く先々で、わざわざ足を止めて、その姿を眺める女性の姿が後を絶たない。中には図々しくも携帯・デジカメでその姿を映す人達もいる始末だが、もちろんマジックは欠片も気にはしなかった。
そんなことは外へ出かければいつものこと、何よりも、マジックの目はいつだって、可愛い息子へと一身に注がれているのである。瑣末なことなどは綺麗さっぱり無視だ。
それよりも大事なのは、愛息シンタローを常に視界に納めておくことだった。
(今日も可愛いよ、シンちゃん! 和服が良く似合って。イイ! イイよ、着物は!――あ、着物姿と言えば、『あ~れ~お代官様おたわむれを~』が定番だろうか……でも、男物では出来ないか。やはり帰ってから女物も着せるべきだな。そして脱がす時には、帯を引っ張って…そうしてくるくると回るシンちゃん…もちろんそこには布団があって…フフっ)
いったい何を考えているのだろうか、というより、どこまで行くのだろうか。頭の中ゆえに、突っ込むものがいないので、幸いというか最悪というべきかは、各々の判断に負かすしかなかった。
「パパぁ~v 早くぅ!」
「シンちゃ~ん。今行くよぉ~vvv」
そんな風に、うっかり妄想世界にトリップしていれば、シンタローは随分と上の方へと昇っていた。その石段の上から、前かがみになるようにして、自分へのお誘いである。
周りの紅葉をさらに赤く染め上げながら――当然鼻血で――ハイスピードでスキップしていく、ナイスミドルの姿に、その場にいた女性の全ての表情が凍りついたのは言うまでもなかった。
すでに事前にお願いしてあったため、速やかに神官に出迎えられ、本殿に上げられた。そこでお祓いと祝詞をあげてもらい、子供の無事の成長を願うのだ。それが終われば、恒例の千歳飴を手渡される。
「ありがとうございました」
他の子同様に、神官から千歳飴を受け取り、それをぎゅっと大切そうに握り締めて、シンタローはぺこり、と礼儀正しく頭を下げる。特別教育しているわけではないが、大人たちに囲まれて生活しているせいだろう。目上に対する礼儀は、しっかりと理解していた。
「良い子ですな」
にこにこ顔の神官に、こちらも親として鼻が高い。だが、内心シンちゃんの可愛い姿を見たという時点で、ちょっぴり抹殺したくなるパパであったが、やはりそれはいけないことだろう。(十分いけません)
とはいえ、これ以上息子の愛らしい姿をどこぞの誰とも知らぬやからに、見せ続けるのも気に食わないマジックは、早々にここからお暇することに決めた。
「さ、シンちゃん。お家に帰ろうね」
「うんv」
いそいそとマジックが手を差し伸べれば、きゅっと握ってくれる小さな手。至福を味わいつつ、鼻血も流しながら、息子とともの来た道を戻る。
しかし、シンタローの視線は、前よりも受け取ったばかりの千歳飴ばかりを見ていた。どうやら、初めてもらったそれが、よほど気になるらしい。
「……パパぁ。飴さん、食べてもいいかな?」
そっと上目遣いで、遠慮がちに訊ねる息子に、当然のごとく『おねだり』に瞬殺されたパパは、一瞬天国を垣間見る。しかし、神業的に舞い戻ったマジックは、何事もなかったかのように、にこりと笑って見せた。
「いいよv」
本当は食べ歩きは行儀が悪いので、いつもならば許可しないのだが、ここで駄目だと言えば、余計に飴に視線が集中する気がして、今日は特別に許可してあげた。
それに、初めてもらったそれに、こちらを見てくれないのが悔しかったのである。千歳飴にまで嫉妬できる器用なパパなのだ。
「うわぁ~い♪」
お許しを頂き、シンタローは嬉しそうに、袋の中から、長くて白い棒を取り出した。それにぺろりと舌を這わせる。赤い舌がちろちろと扇情的に動く。
ごくり。
(こ…これは、かなりクるな)
何が? とは、聞いてはいけない。それを眺めるために高まっていく熱は、一箇所に集中しだしていた。ドキドキと動悸も早まってくる。
(いかん……)
ちょっとピンチなパパである。
「シ、シンちゃん……美味しいかい?」
意識をどこかへ向けようと、そんなことを訊ねれば、
「うんv とっても甘いよ、パパ★」
素敵な笑顔で、再びぱくっと飴を口いっぱい頬張る息子。唾液がツッと口の端や飴を伝っていくのが見える。
ドキン! と心臓が大きく音をたてた。同時に、プツッと何かが音を立てて切れる。何が切れたのかは、言うまでも無い。
(パパ……もう限界だよ――シンちゃん)
いつの間にか、シンタローの前に回り込み、その肩をしっかりと掴んだ。偶然なのか、計画的なのか、周りには人気はなかった。
「………シンちゃん。もっと別のものを頬張ってみないかな?」
「なぁに?」
無邪気な息子の問いかけ。赤い舌が、誘うように口の端から覗く。
「パパの―――」
「兄さん。真昼間からいい加減にしてくださいね――眼魔砲!」
チュドーン★
「どわぁ~~~~~~~ッ!」
聞きなれた爆発音と同時に青い空に吸い込まれていく鳥――いや、パパは、綺麗な放物線を描き、その場から速やかに――強制的に退場された。
「パパ?」
その場にひとり残されたシンタローは、最初はきょとんとしていながらも、そこに美貌の叔父を見つけるとパァと輝いた笑顔を見せた。
「あ、サービス叔父さん♪」
その姿に、先ほど飛んでいった父親のこともすっかり忘れ、とてとてと嬉しそうにシンタローは近づいていけば、サービスは、腰を屈め、可愛い甥の頭を撫ぜてあげた。
「やあ、シンタロー。袴姿似合ってるよ」
「えへへ。ありがとうv」
大好きな叔父さんに褒められれば、シンタローは嬉しい限りである。テレながらも、くるりとその場で一周回ってみせれば、もう一度「よく似合う」と褒められた。
そうなれば、すっかりご機嫌である。父親のことなど、欠片も頭には残っていない。
頬を真っ赤にさせながら、誰にもあげないつもりだった千歳飴を叔父に差し出してみせた。
「叔父さんも飴食べる? とっても美味しいよ!」
「そうだな。兄さんがいないところで、それを食べようか」
「パパ? ここにはいないよ?」
先ほど景気よく叔父が飛ばしてくれたのだ。
もちろん、どこへ行ったのかは知らない。知らないが、父親ならばすぐに自分のところに戻ってくるので心配はなかった。
こういうことは、いつものことなのだ。
「そうだね。じゃあ、頂こうか」
「うん♪」
そうして、二人は何事もなかったかのように、仲良く千歳飴を頬張りながら、帰っていったのだった。
「もしもし?」
先ほど帰ったばかりの七五三参りの保護者が一体何があったのか、本殿の前に戻ってきて、あげくに瀕死の状態である。そんな相手に、神官は恐る恐る声をかけてみた。
「あの……申し訳ないですが、うちは葬式出せませんが…?」
「出されてたまるかッ!」
即座に突っ込むその叫びは、赤い鳥居を飛び越え、蒼天へと響き渡った。
PR