繋がる声
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パタパタパタ。
ガンマ団本部の長い廊下を歩いていると、後ろから軽い足音が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその音に振り返ると、ちょうど角からその人物がひょこりと顔を出した。
「あっ! キンちゃん、みっけv」
二十歳をとうに過ぎているとは思えない幼い声でそういった青年は、こちらを嬉しそうに指指すと、やはりパタパタと足音を立てながらこちらへと近づいてきた。
長く伸ばされた、自分とは微妙に色の違う金髪を、リボンでまとめているその青年は、その尻尾のような髪を揺らしつつ、声をあげた。
「よかったあ。キンちゃんを見つけることができてぇv」
『キンちゃん』というのは、自分の名の『キンタロー』という名前を縮めたものだ。
もっとも、キンタローという名前も、自分の本当の名前ではない。
本来ならば、『シンタロー』というのが、自分の名前であるはずだった。
だが、自分ら一族のもつ青の秘石とそれとは対の存在といえる赤の秘石のせいで、複雑に運命は変えられ、本来自分の名前であったそれは、別の人物のものとなった。そして、自分には、いつしか勝手につけられた『キンタロー』という名前が、定着してしまったのである。
もっとも前はともかく今はその名前でも納得して使っている。
何よりも、嬉しそうにこの名前を呼んでくれるものが大勢いるのだから、今更変える必要もなかった。
「グンマ。何か、用か?」
自分の名前を呼んでくれる最たる者の一人でもある目の前の従兄弟のグンマにそう訊ねると、グンマは大きく首を縦に振った。
「うん。そうだよ。もう、ここって広いから探すの大変だったんだから」
息切れしちゃった、と笑いながらそういい、屈強な男達が集うガンマ団の中では、珍しい華奢な細い肩を上下させている。どうやら、かなり探しまわさせたようである。
「それはすまなかった」
別に謝る理由はないが、こうも一所懸命さがさせてしまったとなれば、ついそんな言葉が口を出る。
自分も丸くなったものだと、そう思わずにいられないが、それも悪いことではないような気がする。何よりも、こうして素直に謝れば、グンマはにっこりと笑ってくれるのだ。
「ううん。別に、僕が勝手にキンちゃんを探してただけだし。でもね、やっぱりこの広い敷地内でキンちゃんを探すのは大変だから、これっ! 今度から、これもって行動してくれる?」
そう言って突き出されたのは、見慣れない物だった。
「なんだ、それは?」
グンマの手にあるものをじろじろと眺めるものの、それが何であるのか見当もつかなかった。
手のひらサイズのコンパクトなもので、角のない長方形のような形をしていた。色は銀色をしており、天井のライトの光を鈍く照り返している。何かの機械のようであるが、それ以上のことはわからなかtt。
「これをもっていれば、何かあるのか?」
これはどういうものなのだろかと、不思議に思いつつそう質問すれば、その言葉は、意外なものだったらしく、グンマは目を丸くして、自分の手にもっているものをしげしげと眺め、そうして再び目線を前に戻した。
「キンちゃんって携帯を知らないの?」
「携帯?」
「うん。携帯電話。これのことだよ」
そう言って、自分の手の中にあるものを見えるグンマに、キンタローは、観察するようにそれを見、そして眉間に皺をよせた。
「携帯電話? それで電話するのか?」
これが電話だと言うのだろうか。
自分の知っている電話とは大きく隔たりのあるフォームである。
だが、グンマは肯定するように頷いた。
「そうだよ。これがあれば、どこでも―――といっても電波が届く範囲だけど―――これで、相手と話ができるんだよ。だから、今度からはそれを使ってよ」
はいっ、と手渡してくれたそれを、キンタローは、しげしげと眺めた。
グンマの手のひらでは握り心地がよさそだったが、自分の手には少々小さすぎるようで、落とさないようにしっかりと握り締めないとするりと手の間から滑り落ちそうだった。
しかし、今度は握り締めすぎて壊れてしまわないかという心配も出てくる。結局、それを弄繰り回すこともできずに、ただ眺めていれば、グンマは、納得がいったとばかりに、ポンと手の平を叩き合わせた。
「そっか。シンちゃんは前まで携帯使ってなかったもんね。キンちゃんが知らなくて当然か」
『シンちゃん』と呼ばれる男は、自分の本来名前だった『シンタロー』という名を与えられ、自分の代わりに24年間生きて来た青の秘石の影だ。
そして今もシンタローは、マジックの息子として存在しており、元総帥であるマジックから、譲られたガンマ団を率いている。
複雑ないきさつもあるが、自分は今は、そんなシンタローの従兄弟として存在していた。
けれど、過去。自分は、その男の目を通して世界を見ていた。シンタローの中に、自分が存在していたからだ。その中で、すべての自由を奪われたまま、自分の存在すら誰にも見つけてもらえることなく生きていた。
それでも、シンタローから流れる知識だけは、自分は吸収することができたのである。
当時はそれで、酷くシンタローを憎んでいた。どれほど知識を与えられても、活用する場などないからだ。
苛立ちと焦燥。そんなものが常に体の中で渦巻いていた。
そのために、あることがきっかけで、本当の自分の身体を手に入れた時には、憎い存在であったシンタローの存在の消滅を望んだ。自分が存在するならば、彼は存在してはいけないのだという強い思いからでだ。彼が存在していた時には、自分の存在は無き者にされていたのだから、当然だろう。
もっとも、それもすでに過去のことである。
自分もシンタローもここに存在している。
今はもう、お互いにそんな確執は、なくなっているのだ。それどころか、昔では信じられないことだけれど、彼とはそれなりの友好関係を気づいているのだ。互いに従兄弟同士として、このグンマとともに仲良くやっているのである。
とりあえず、こうして身体を取り戻し、ようやく存在することを認められた自分なのだが、彼の中で学べていたおかげで、日常生活はもちろん一般知識もきちんとあった。
しかし、グンマの言うとおり、あの男は、『携帯電話』というものを使用した経験はなく、自分もまたその存在は知らなかった。
「でも、他の人は使ってたでしょ? ここでは、携帯って必須アイテムだもん」
広すぎて、誰がどこにいるか分からなくなるから。
と、告げるグンマに、俺は、なるほどと頷いてみせた。
「そういえば見たことはあるな」
こんな機械が、よく他のやつらとの実験中にけたたましく鳴り響き、いったん実験を止めることになったことが、何度かあったのだ。
「だが、興味なかったからな」
何かそれに向かってしゃべっている姿を見かけたこともあったが、妙な人間がいるもんだと素通りしてしまっていたのだ。
あっさりとそう告げると、グンマは軽く頬を膨らませて、人差し指を立て、それを自分に向けてきた。
「もう。キンちゃんのそう言うとこ駄目だよ。自分の興味あること以外目を向けないのは、視野が狭くなって、結局自分が損することになるんだって、高松がいってたもん」
親代わりであった高松の言葉を、真剣な顔つきで引用したグンマに、キンタローも素直に頷いた。
「そうか」
「そうだよ。だから、それ使ってねv」
いまだに自分の手の内にあるそれをグンマは指し示す。
「ああ」
グンマがそう言うならば、使っても悪くないだろう。
どう便利なのかはいまいち分からないが―――――今まで不便とは思っていなかったのだから当然である―――――グンマが必要だと思うのならば、それを使用してもかまわない。
「わかった。使おう」
そう返事を返せば、グンマはにこっと微笑み、キンタローの手に収まっていた携帯を取り上げると、折りたたまれていたそれを、パカリと開いた。
「うんv それじゃあ、使い方説明するねっ!」
「じゃあね、キンちゃん! また、後でね」
仕事が残っているとかで、グンマは一通り携帯の説明をすると大手を振りつつ去っていった。
「さてと」
グンマの背中を見送ると、もらったばかりの携帯を手に、キンタローもまた、廊下を歩きだす。
随分時間がたっていたが、気にはしない。ちょうど今行っている研究も小休止に入っており、ここを歩いていたのは、その暇つぶしに、別分野だったが、興味がある研究室の方へと顔を出そうかと思っていたのだ。
グンマもいなくなったことだし、再びそちらへ向かおうと歩き出したキンタローだが、数歩も歩かないうちに、もらったばかりの携帯が鳴り出した。
プルルルルルルルゥ…。
「あー、これだったかな」
慌てず騒がず落ち着いて、初めての着信に、キンタローはのんびりとグンマから教わったばかりのボタンを押した。とたんにそこから大音量で声が聞こえてきた。
『キンタロー様っ!』
「………高松?」
そこから聞こえてきたのは、自分にとっては大切な人の一人であるドクター高松の声。
携帯を耳に押し当て、返事を返せば、とたんに感極まったような声がそこから聞こえてきた。
『ああ、キンタロー様の声が、私の携帯から聞こえてくる………おっと、鼻血が………いえ、グンマ様が、キンタロー様に携帯を差し上げたと言うのを電話で聞いて、早速私もキンタロー様へ電話したのです』
「そうか」
なるほど。確かに便利かもしれないな。
高松の感極まった声を聞きつつ、キンタローは、一人頷いていた。
確か、グンマと高松の研究室も少し離れた場所にあるはずである。しかも、グンマの足ならば、未だに自分の研究所すらも辿りついていないだろう。にもかかわらz、こんなに早く情報が伝わったのは、この携帯のおかげだと言うのならば、確かに凄いものであった。
『これで、いつでもキンタロー様とお話できるのですねっ!! ああ、さすがグンマ様。なんて素晴しいことをしてくださったのでしょうか』
「そうか。よかったな、高松」
『ええっ!』
「じゃあな」
『…えっ? まっ―――』
プツン。ツーツーツー。
キンタローは、あっさりと通話を切った。
何やら高松の方は、まだ話はあるようだが、こちらは、別に今話したいこともない。それに、自分は、今から行くところがあるのだ。
歩きながら会話する、などという高度な技を持ちえていないキンタローは、そう判断して、無情にも断ち切った。
向こうでは、「キンタロー様にきられてしまった」とさめざめと泣く高松の姿があったのだが、もちろんそんなことは、知るはずも無かった。
プルルルルルルルゥ…。
だが、再び数歩もあるかないうちに、またしても携帯は着信の知らせを伝えてきた。
「なんだ?」
なぜ、こうも頻繁になるのかわからない。
故障でもしたのだろか、と思いつつも、とりあえず、キンタローは通話ボタンを押してみた。
「もしもし」
そうして声を放つと、耳から聞こえなれた声が聞こえてきた。
『やあ、キンちゃん。元気かい?』
「………マジック伯父貴」
そこから聞こえてきたのは、いつもハイテンションなナイスミドルことマジック元総帥であった。
『グンちゃんが、キンちゃんも携帯をもったっていったからね。さっそく電話してみたよ♪』
「ああ」
どうやらグンマは、自分が携帯をもったことを言いふらしているようである。
『でね、聞きたいんだけど。君は、シンタローの携帯番号を知っているかい?』
「はあ?」
唐突に尋ねられたことは、自分にはまったく関係ないようなことであった。
けれど相手は真剣な様子で、声を低め、脅すような口調でこちらに尋ねる。
『知っているならぜひに、私に教えて欲しいんだけど』
「………あんたは知らないのか?」
ズバリと核心をついた言葉を返すと向こう側は、うっ、と怯んでくれた。
『…………………………シンちゃんが教えてくれるはずないじゃないか。他の奴らだって(サービスとか)、シンちゃんの番号を知っているくせに、絶対に教えてくれないんだよ』
シクシクと泣きマネをしだしたマジックに、キンタローは溜息をついた。
確かに、この親父に番号を教えたら、始終電話されて、迷惑だろう。シンタローが絶対に教えたくないのもわかる。
「いや、俺は知らない」
『あっ、そう。じゃあね』
プツン。
正直に答えたとたん、即座に切られた。
「なんだったんだ?」
結局、シンタローの携帯番号目当てか。
なんとなく疲れた感じを思いつつ、キンタローは、再び歩きだした。しかし、またもやその足をとめるはめになった。
プルルルルルルルゥ…。
「………いい加減にしろ」
これでは、全然前に進めない。
もちろん歩きながら会話するという技にまだキンタローは気づいておらず、イライラとした感情を沸き立たせつつ、ボタンを押した
「煩い」
それと同時に、不機嫌にそう呟けば、向こう側の相手が一瞬息を呑むのがわかった。
『………悪かったよ、急に電話して』
「シンタローか?」
『ああ』
そこから聞こえてきた声は、意外とも言える声だった。
『グンマの奴が、お前の携帯番号を教えてくれたからさ。……ちょっと電話してみようと思ったんだが。迷惑だったようだな。悪い』
「いや、いい」
確かに、立て続けの電話はうんざりしてきたが、だが、この電話は直ぐに終わらせる気にはなれなかった。
なぜなら、彼と会話を交わすのは本当に久しぶりなのだ。
あちらも総帥に成り立てのためか、忙しいようで、こちらと顔をあわす機会がなかったのである。
「元気か?」
『なんとか、やってるよ。お前の方こそ、研究室に通い詰めと聞いてるぞ、無理するなよ』
「ああ。大丈夫だ。そう言えば、さっきマジック伯父貴から電話があったぞ」
そう伝えれば、電話の向こうから、小さな溜息が聞こえた。
『……俺の携帯番号を聞きにだろ?』
「よくわかったな」
『あの馬鹿親父………キンタローならすぐに教えると思ったな。おいっ! この番号、絶対に奴には教えるなよ』
「わかっている。大変だな、お前も」
『まあな。一度知られた時には、本当に始終電話してきたからな、あいつは』
「面倒なものだな」
『でも、便利な面も結構あるぜ』
「そうだな」
確かにこれは便利だ。
遠くにいる相手とこんな風に気楽に会話ができる。もちろん、普通の電話でも出来ないことはないのだろうが、やはりわざわざ電話がある場所まで行くことや呼ばれる手間を考えれば、携帯電話のこの長所は凄いことである。
『……………………』
「どうした?」
しばらく会話が続いていたが、突然沈黙へと変わった。
そう尋ねるが、相手は何も言わない。
故障でもしたのだろうか、と怪訝げに携帯電話を眺めてみると、再び声が聞こえてきた
『……………………あのさ、また、よければお前に電話をしてもいいか?』
らしくない弱気な発言が流れてくる。けれど、その言葉は、この上もなくシンタローらしくも思えた。
先ほどついつい『煩い』と言った言葉を気にかけているのだろう。ただこちらの短慮でもれた言葉だったのだが、それをかなり気にしている従兄弟に、ふっと口元に笑みが浮かぶ。
「ああ、もちろんだ。俺も電話する」
力強くそう返せば、明らかにほっとしたような気配が向こうから伝わってきた。
『そっか。んじゃな。研究、頑張れよ! ――――またな』
「お前もな。だが、無茶はしすぎるなよ。じゃあ、またな」
確かな約束をお互い口にすると、プツンと通信が切れた。途切れる音とともに、キンタローは、手の中の携帯を見つめた。
「なかなか便利だな、これは」
めったに話すこともできなかった相手とこんなにも距離を短くしてくれるものとは思わなかった。
それに、気のせいかもしれないが、面と向かって話すよりも相手と素直に話せた気がする。自分はともかく、相手の―――シンタローなどは出会ってもあまり話をしない。照れ臭いのか面倒臭いのか、長々とお互いに気持ちを話あったことは、考えてみればなかった。
「これを通して話すとやっぱり違うのだろうな」
面と向かって話せないことも、するりと口から零れ出る。そんな気がする。
ぞんがいに照れ屋な従兄弟と話すのにはぴったりなのかもしれない、と思いつつ、それを眺めていると、
プルルルルルルルゥ…。
またしても電話がかかっていた。
けれど、今度はキンタローも疎むこともなう、それに出た。
「もしもし」
『キンちゃん! 今どこにいるの? 僕今ね、第二研究室にいるから、そこでおやつ食べようよ』
聞こえてきたのは、グンマの声だった。
「ああ、わかった」
どうやら当初目的としていた研究室にいるのはお預けのようである。少し残念な気がしたが、グンマの招待を断る気はなかった。
こちらの方が、楽しい息抜きができるだろう。
それに、何よりも、自分にこれをくれたグンマの誘いを断るなどという不義理はできなかった。
これのおかげで、自分は楽しみがまた一つ増えたのでる。
携帯をしっかりと握り締めると、キンタローは、精一杯の感謝の気持ちを電話から伝えた。
「グンマ。携帯電話をくれて、ありがとう。いいものだな、これは」
今まで話せなかった奴とすんなりと会話ができることができたのも、この携帯のおかげである。
便利なものだとしみじみに思っていると無邪気な声が聞こえてきた。
『えっ? ああ。どういたしましてっ♪ キンちゃんが喜んでくれるなら、僕も嬉しいよ。じゃあ、まってるから早く来てね~!』
「すぐに行く」
そう告げれば、グンマはもう一度『バイバイ』と伝えて電話をきった。
キンタローも、同じようにきるとそれを手に、くるりと方向転換する。自分の目指していた場所と正反対の場所に、グンマの言っていた研究室はあるのだ。
また、電話はなるのだろうかと、手にもっていたそれを眺めつつ歩きだすが、今のところまだ鳴らない。
早くグンマのとろこにいかなければいけないし、今は、鳴るなと願いつつも、キンタローは、顔を綻ばせた。
「本当に、便利だな」
自分の言葉がいつでもどこでも伝えられる。
自分もまた、そんな素敵な発明品を開発してみたいものだという思いを膨らませつつ、足早に移動を始めた。
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