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それは漠々とした

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「眠れないのか?」
「キンタロー……」
 ベッドの上に腰掛けていたシンタローだが、顔を上げるとそこには従兄のキンタローの姿があった。心配げに眉をしかめているのが薄暗い明かりしか灯されてない部屋の中で見受けられる。
 許可なく自室に入ってきた相手だが、それを咎めることはしなかった。それよりも、その表情を見たとたん、申し訳ない思いにかられた。
 キンタローに、そんな顔をさせたくはないのだ。だが、いつも自分はそんな顔をさせている気がしていた。
 それは、自分が弱いせいだ。
 それが情けなくて、くしゃりと髪をかきあげると、ポンと頭に手を置かれた。
「明日出発だ。その前にゆっくり休息をとれと言ったのは、お前だろう。そのお前がいつまでも起きているのでは、部下に示しがつかないだろうが」
「んなの、分かるわけねぇだろ」
 少しばかり強がってそう言えば、口の端で苦笑を作られた。
 目の隈を隠すことぐらい、ガンマ団総帥になってから覚えてしまった。相手に、自分の体調の変化を気取られないようにする術などいくつも知っている。
 一睡せずとも、足取りさえしっかりさせておけば、自分が徹夜していることなど、気付かれることはないだろう。ただ一人を除いて――――。
 その相手も、こちらが不利になるようなことは絶対にしないという確信があるから、たとえバレたとしても気にすることはない。
 ただ、黙って体調を崩すようなことを、させる人間でもなかった。
「ああ、分からないかもしれないがな、それでも寝不足で頭の回転が鈍った状態で出られてもこちらが困る。いいから寝ろ」
「………眠れねぇんだよ」
 強い口調で、諭されるが、それで、「おやすみなさい」と寝れれば、いつまでもここで目を開けている必要などなかった。
 眠れねぇとつげて、顔をあげれば、薄闇の中の僅かな明かりを吸収して、清浄さを感じさせる柔らかな青い光を揺らすキンタローの瞳にぶつかった。
「どうしてだ?」
 疑問の言葉を口にしつつ、しょうがないな、という表情を浮かべたキンタローの身体がそのまま傾いてくる。ふわりと彼の髪が頬に触れる感触と同時に、その身体を抱きしめられた。包み込むように回されたその腕に、その暖かさにほっと息をつく。
 部屋でずっと一人、思い悩んでいたことをほんの少しだけ、忘れることができた。 
「明日の出発が、怖いのか?」
 そう尋ねられた言葉に、かすかに目を見張った。
 何も事情を知らないはずなのに、的確に告げられた言葉に、シンタローは、自分の全体重を相手に預けた。甘えるように、その額を相手の肩に擦り付ける。
 他の者ならば、こんな風にできなかった。
 プライドが邪魔をして、無防備としかいえないこんな行動をとることは出来ない。けれど、キンタローは別格だった。
 自分の全てを―――24年間を知っている彼に、今更取り繕うことは何もない。だから、こうして遠慮なく甘えて見せれば、相手は、鷹揚にそれを抱きとめてくれた。
「違う……いや、そうかもしれない……でも、やっぱりそうじゃなくて……」
 本当のところ、どうなのかわからなかった。
 怖いという気持ちがあるのは、確かである。それを考えると、時折手が震えることもある。
 だけど、それだけではないのだ。
 あの島にいけるのだと判った途端に自分の中にわけの判らないもやもやが生まれ、それがなんなのか、わからずにいた。
「なにを恐れてるんだ?」
 恐れている―――。
 そうなのかもしれない。
 怖いというよりは恐れが近いのかもしれない。不安と心配もないまぜになったそれに、自分は怯えているのだ。
「シンタロー、言え。言えば少しは楽になる」
 促すその声に、シンタローは、口を開けた。けれどそこから声は出てこなかった。言葉にすることが、まだ躊躇われるのだ。
 喘ぐように空気を吸い込めば、ぽんぽんとそれを宥めるように背中を叩かれた。
 その行動に、かぁと頬に熱と赤味が灯る
 それは、前に自分が、キンタロー自身にしてあげたことだった。こちらに戻ってから、やはり24年間の空白は、ストレスをためたようで、しばらく不安定になっていたキンタローをよく自分がこうやって宥めていたのだ。
 それが、今日は立場が逆になっていた。
「シンタロー、大丈夫だから」
 そうしっかりとした口調で告げられて、ようやくすぅっと息を綺麗に吸い込むことができた。そのまま勢いに載せるように声を発する。
 自分の内に秘めたままだった思いを形にした。
「―――キンタロー、俺はまだあの島に別れを告げていないんだ」
 明日、自分はここを旅立つ。その目的地は、かつて自分が暮らしていたパプワ島だった。以前のパプワ島とは違うみたいだが、それでも、彼がいる場所は、いつだってそう呼ばれる場所なのである。
 そこに、明日自分は向かうのだ。
 『さよなら』を告げそこねた島に。
「けど次は? 次にあの島へと戻った時、俺はどうするんだ?」
 …………それが分からなかった。
 分からなくて、答えが見えなくて、だから苦しかった。
 答えが見つかるのが怖くて、答えが出ることを恐れていて、だから怯えていた。
 キンタローの胸に額を押し付け、苦しげに言葉を吐く。
 あの島へ再び行くことを夢見ていたのは、自分だ。
 なのに、現実になると尻込みしそうになっている自分が信じられなかった。
 まだ、なのだ。
 まだ、何も見つけてない。
 まだ、何も掴んでいない。
 あの島へ行く時には、完璧な大人になって、堂々と胸を張って、おとずれるつもりだった。
 それなのに、中途半端なままで、自分は再びあの島を踏むことになるのである。 
「だが、コタローを取り戻すんだろう」
「ああ……そうだ」
 そう。あの島へ行くのは、コタローがいる。
 目覚めたコタローを連れ戻すために、自分は、そこに向かわなければいけなかった。
 大切な弟だ。眠っている間、目覚めた時には、ずっと一緒にいると、何度も誓ったのに、いざそうなった時には、自分の傍には、弟はいない。
 だからこそ、会いにいかなければいけなかった。自分自身が、大事な弟を連れ戻しにいかなければいかないのである。
 そのはずなのに――――。
「コタローは大事だ。コタローに、会いたい。けど、それと同じくらいに、俺は、パプワ達に、会いたいんだっ!」
 それが悪いことであるはずがない。
 あの島へ行くのだ。
 ついでだからと、パプワ達に挨拶するぐらい、なんでもない。
「でも………俺は、わずかな間だったとはいえ、あの島の住民だった。あの島が、俺の家だった」
「そうだったな」
 シンタローを抱きしめたまま、キンタローは遠くに思いをはせるように目を閉じた。
 シンタローの目を通して見たパプワ島。そして、シンタローの身体を奪った後におとずれたパプワ島。
 その中で、目の前の彼は、今まで見たことのないぐらい、様々な表情と感情を外に出し、ぶつけていた。ずっと中に押し殺していた感情も、そこでは、浄化されたように消え、あるいは躊躇いなく表に露にさせていた。
 彼にとっては、特別で大切な島である、そしてそこに住む少年が、シンタローにとって、弟のコタローとは別の重みをもった存在だった。
「キンタロー………俺は、後悔してない。総帥に………ガンマ団総帥になることを」
 それは自分の意思だった。
 マジックに言われたからでも、周りの人間に後押しされたからでもない。
 自分が決めて、自分が選んだ道だ。
「だから、俺はもう、あの島で暮らすことは二度とできない」
 ガンマ団総帥である限り、パプワ島の住民になれはしない。ならばもう、自分は二度とそこで「ただいま」という言葉を口にすることなどできないだろう。
 そして、再びその地を離れる時は、今度こそ言わなければいけないのだ。あの言葉を。
 『さよなら』ってあいつに告げなければいけないんだ。
 それが、怖かった。
 そうすることで、全てにおいて決別してしまう気がするのだ。けれど、自分はそんなことはちっとも望んでいないのである。
 理性と感情は別物だというが、その通りだ。分かっていても、受け入れられない感情があった。
 そのジレンマに、身体がバラバラに崩されていきそうな感覚を覚える。
(どうすればいい?)
 そう尋ねることが愚問でしかなくて、だからこそ、その言葉を必死に飲み込んでいたシンタローに、キンタローが告げた。
「お前が、それが嫌だというのならば、俺は、反対はしないからな」
「キンタロー?」
 顔を上げれば、穏やかな目をしたキンタローがそこにいた。自分の弱さを諌めるわけでもなく、自分の愚かさを嘲るわけでもなく、ただ、自分を見守るような視線がそこにあった。
「ガンマ団総帥という地位にこだわるな。途中で投げ出すことを薦めているわけではない。だがな、無理やりお前に総帥をやらせるような者は、誰もいないだろう。俺もそうだ。俺は、お前の望むことに手を貸す。お前が決めたことをすればいい」
 耳朶を打つその言葉に、シンタローは、何度も頷いた。
「ああ、ああ、そうだよな」
 まずは決めなければいけないんだな。
 自分がどんな未来を選択するか、まずそれが先だ。でなければ、前に進むこともできない。 
「わかったよ」
「そうか。では、気がすんだな。もう寝ろ」
「そうするよ」
 自分が望む未来を選べるように、道を誤ることのない様に、まずはしっかりと休息をとるべきである。
 こちらが納得すれば、あっさりとその身体を解放された。そのままシンタローはベッドの上に横たわった。いまだにその場にキンタローの姿がある。たぶん寝付くまでそこにいるつもりだろう。そうして欲しかったから、何も言わずにただ、眠ろうと考えたが、それでも、これだけは口にしたかった。
「ありがとう、な」
「どういたしまして。―――おやすみ、シンタロー」
 返された言葉の暖かさに安堵するように長い息を吐いて、シンタローはようやく目を閉じられた。

















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