「そろそろだな」
時計を見上げたマジックは、手にしていたペンをペン立てに置く。
書類にサインするのは止め、一時休憩である。
グッとその場で手を伸ばし、硬直していた身体をほぐしていると、しばらくすると、インターフォンから声が聞こえてきた。
「パパ。3時だよ。一緒におやつを食べよっ!」
聞こえてきたのは、幼い声。
マジックはふっと眦を緩ませ、そうして、立ち上がった。
「はーい。シンちゃん。すぐ行くよv」
マジックは、瞬間移動のごとく素早く扉の前に立つと、そしてそれを開いた。
「お疲れさま、パパv」
「いい子にしてたかい、シンちゃん♪」
扉の向こうにいたのは、愛息のシンタローである。
相変わらずメロメロのなるほどの愛らしい笑顔を振りまき、父親を見上げるその姿に、思わず鼻血を吹きそうになったマジックだが、そこはぐっとガマンして、シンタローの身体を抱き上げた。
「あ、自分で歩くよ」
そのとたん、腕の中で暴れだしたシンタローを落とさないように、マジックは、しっかりと固定させる。
5つになった息子は、以前のように、抱っこを自分からせがむことはなくなってしまったが、マジックはことあることに、息子の身体を抱き上げ、スキンシップをはかっている。
「いいんだよ、シンちゃん。パパがシンちゃんを抱っこしたいんだよ。それとも、シンちゃんは、こうされるのが嫌なのかい?」
「ん~。赤ちゃんみたいで嫌だけど。でも、パパにこうしてもらうのは好き!」
にぱっと笑みを浮かべ、さらにぎゅっと首に抱きつく息子に、マジックは、そのまま卒倒しそうになるのを根性で耐えた。
とりあえず、ちょっとばかり鼻血は噴出してしまったが、それは、息子に気づかれぬうちに、服でぬぐった。
赤い総帥服は、こういう時には、ひどく便利なのだ。
「それより、パパ。早くおやつを食べに行こうよ」
「ああ、そうだね(でも、パパはシンちゃんを食べたいぞぉv←腐れ)」
育ちざかりの息子の声に、相好を崩しながら、ガンマ団トップにたつ総帥は、スキップをしながら、おやつを食べる専用の部屋へと足を向けたのだった。
「今日のおやつは何かな?」
ガンマ団総帥室からそれほど離れてない場所にある小さな部屋の扉を、マジックは、息子を抱く腕とは反対の手で開く。
総帥権限で設けた、自分と息子のおやつを食べる専用の部屋は、扉を開いて真正面に大きな窓があり、明るい光が注ぐ気持ちの良い部屋である。
「あのね、あのね。今日のおやつはね、とっても冷たいやつなんだよ」
部屋につくと同時に、マジックの腕からおろしてもらったシンタローは、えへへっと笑いながらマジックに報告する。
(シンちゃ~んv)
そのあまりの可愛さに、あっさり悩殺されて、思い切り背後にのけぞってしまうマジックだが、素早く驚異的な背筋をくしして、立ち直った。
ちなみに、一連の行動は、部屋の奥へと駆けていったシンタローは、見らずにすんだようである。
「冷たいものか。アイスかな? それともゼリーかな?」
「あのね、これっ♪」
とことこと部屋に入り、中央のテーブルにすでにセッティングされていたそれをシンタローは掴むと、嬉しそうにマジックに見せた。
「今日は、ペンギンさんか」
「うん。カキ氷なの」
シンタローが抱えているのペンギンさんの形をしたカキ氷機である。去年の夏、マジックが買い与えてからお気に入りの一品なようで、まだ、夏には少し早い時期にもかかわらず、今年はすでにご登場のようであった。
「僕がパパの分も作るね」
すでに氷とシロップ等は、テーブルの上に置かれている。
このテーブルは、シンタローにも楽々届くように低めに作られているから、カキ氷機を回すのに何の問題もない。
「ありがとう。パパ、嬉しいなv」
んしょんしょ、と一生懸命自分の分のカキ氷を作ってくれる息子の背中を見ながら、マジックをまた垂れだした鼻血をそっとぬぐった。
「シンちゃん。どうして器が三つなんだい?」
ガリガリガリ、とカキ氷機の音が部屋に響く。しかし、シンタローが三杯目のカキ氷を作っているのに気づくと、マジックは、そう訊ねた。
ここには二人しかいないのだから、二人分で十分である。
そんなマジックの疑問に、シンタローはカキ氷機を回す手を止めると、くるりんと振り返った。
「これは、サービスおじさんの分なの」
その言葉に、マジックの頬がひくりと引き攣る。
「サービスの? 彼も呼んだのかい」
「うん。パパを呼びに行く前にね、見つけたから、一緒にカキ氷食べようって言ったの。あとで、来るって言ってくれたから、作っておくの」
(サービスのやつめ。一家団欒を邪魔するとは…)
一生懸命サービスの分まで作る息子の様子を眺めつつ、マジックはそっとハンカチを口にくわえ、キーッとばかりにそれお噛み、引っ張る。
悔しさを存分に表現しているのである。
(それにしても…)
マジックは、うっすらと微笑みつつその三杯目のカキ氷を見る。
来た時に作らないと氷が溶けてしまうのだとは思うのだが、まだまだお子様のシンタローには、そこまで気づかないようである。
教えてやればいいのだが、せっかくの二人っきりのおやつの時間を弟に邪魔されたことに機嫌をそこねたマジックは、溶けかけのカキ氷を食わせてやれ、と大人気ないことを思ったために、それは黙っていた。
「おしまい♪ パパは、シロップなにをかける?」
ガリガリという音が止まったかと思うと、シンタローが振り返る。
思い切りカキ氷機を回せて満足したのか、幸せ一杯の息子の表情を『シンちゃん専用:心のアルバム byパパ』にいそいそと収めつつ、マジックは、ソファーに座ったまま、シロップをさした。
「パパは、メロンをお願いしようかな」
「うん、分かった。メロンだね」
その言葉に大きく頷くと、シンタローは、各種色鮮やかに取り揃えられたシロップの中で緑色をした容器を掴むと、山盛り一杯もられたそれにたっぷりとかけた。
「僕は、イチゴ。あと、れんにゅうも…………うわぁっ!」
「どうしたの、シンちゃん……うっ!」
突然聞こえてきた息子の悲鳴にがばっと身を起こし、駆けつけたマジックは、けれど次の瞬間、鼻を押さえて後退した。
「パパぁ。べとべと~」
半泣きの状態で振り返った息子は、どろりとした白い液体にまみれていた。
練乳をかけようとしたシンタローだが、誤ってそれを自分の顔にかけてしまったのである。
それが、顔だけでなく頬を伝い、ぽたぽたと落ち、あらわになっている膝小僧などに落ちていく。
「し、シンちゃん…」
その姿に、即効卑猥な映像に変換してしまったマジックは、抑えた鼻の間からぼたぼたと鼻血がこぼれている。
「もったいないなあ。…あ、甘いや」
すでに鼻血を止めることは出来ず、がっくりと膝をついたその下で、血溜まりを作っているマジックの前で、シンタローは、ぺろりと手にこぼれた練乳を舐めとった。
「はぅっ! それは…ちょっと………」
なぜか前かがみになるマジックの前で、シンタローは無防備に手や腕についた白いものを小さな舌をちろちろと出して舐めとっていく。
美味しい。
美味しすぎる光景である。
しかし、これではマジックの理性が持ちそうになかった。
プチッ!
「あれ? 何の音だろう」
ふと、妙な音に気づき、顔をあげたシンタローに、マジックはがばりと立ち上がった。
「シンちゃん! パパの白いのも舐め……ぐはっ!」
ドォン!!
突然、ドア付近から、何かが発射され、マジックの身体がふっとんだ。
「あ、おじさん!」
驚いた顔でシンタローが見たものは、手を前に突き出した状態で立っていたサービスの姿だった。
「大丈夫か、シンタロー」
「うん。平気。れんにゅうがかかっただけだもん」
何も知らない無垢な笑顔でそう言うシンタローに頷きながら、サービスは「間一髪」と小さく呟いた。
もちろん、マジックを吹っ飛ばしたのは、サービスが放った眼魔砲である。
「そうか。それじゃあ、綺麗にしに、お風呂に行こうか」
「うん。…あっ、でもパパは?」
部屋の奥に吹っ飛ばされたうえに、焦げ臭さまでもが漂う父親を省みたシンタローに、サービスは、気にするな、とその背を押して、外へ出るように促す。
「これくらい平気だよ、彼は。それよりも、お前がいつまでもここにいるほうが危ないからね。さあ、お風呂場に行こう」
「? うん!」
サービスの言葉の意味を理解してないまでも、大好きなおじさんと一緒にお風呂ということで一杯になったシンタローは、あまり深く考えずに、サービスと一緒に部屋を出て行く。
後に残ったのは、眼魔砲をくらったマジックのみ。
もちろん、彼は、ちょっぴり焦げたりしているが、とりあえず生きていた。
最愛の息子と弟が部屋を出て行く姿に、悲哀を感じつつ、マジックは、最後の力を振り絞って言った。
「し、シンちゃん………お、お風呂ならパパといっしょに………がくっ」
丁寧に、効果音までつけたしたマジック総帥は、部下達に発見されて、大騒ぎになるまで、そこに倒れ臥していたのだった。
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