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 荒れ果てた野に花が咲く。
 小さな小さな一輪の花。
 それは、たった一つのわずかな変化で。
 けれど、奇跡の証でもあって……。



「変わったのォ」
「誰がどすか?」
 唐突な声に振り返れば、そこには同僚のコージの姿があった。
 久しぶりのガンマ団本部への帰還。ここから遠い任地での仕事が終わると同時に、こちらへと戻ってきた。
 それもこれも早くあの人に会いたいがためで、呼び止めるようなその声に、うざいという気持ちは正直したのだけれど、結局は、その場に立ち止まってしまった。
 相手の声音が、しみじみとしたものだったからだ。
「おぬしに決まっておるじゃろ?」
「わて?」
 顔面に指先をつきつけられ、その先に視線をとどめつつ、首を傾げてみせた。
「わてが、どっか変わりましたかえ?」
 そう言われても思いあたることはない。
 自分は自分だ。ずっと昔から、それは変わってはいない―――はずである。
「気づいておらんのか」
「はぁ」
 よく分からない。
 相手は確信を持って言ってくれるが、こちらとしては心当たりはない。
 だから、同意も出来ずに曖昧な表情を浮かべていれば、大きな肩を揺らし、コージは溜息をついた。
「まあ、えーがな」
「なんですのん?」
 話はそれまでというのだろうか。
 わざわざ足を止めてあげたというのに、わけのわからぬことを言われ、納得できぬままに、話を終了されては、こっちも落ち着かない。 
 どうしようかとしばし逡巡していたアラシヤマだが、次の瞬間、意識はコージから飛んでいた。
「アラシヤマ? 帰ってきてたのか」
「シンタローはん!」
 声がかかる前に、感じた気配に、全身で振り返る。
 そこには、会いたくて会いたくてしかたがなかった人がそこにいて、こちらに向かってきてくれるシンタローに顔を綻ばせながらも、アラシヤマはコージを置いて、その元に駆け寄った。


 ああ、気付いていないのだ、あいつは。
 どれほど自分が変わったのか。
 それが分からぬほど、自然な変化で。
 けれどそれは傍目からみれば確実なもの。


「ちゃんと食事とってますのん?」
「なんだよ、行き成り」
「顔色悪いどすえ」


 会って嬉しい感情と久しぶりに見た相手の健康状態の悪さに不安さを混じらせ、声を尖らせるアラシヤマ。
 そんなことを耳にするようになったのは、最近だ。
「一体いつから、人を気遣うようになったか、わかっちょんのかのぉ」
 仕官学校時代からの付き合いだが、少なくても、あの島へ行くまで、彼は、ある意味孤高の人間だった。誰も信じず、誰も見ず、誰も認めず。ただ、己のみを存在させるだけに必死になっていた。
 なのに今では―――――。
「自分よりも大切な奴を見つけたからじゃろうな」
 大切な命を捧げてもかまぬほどに愛する存在が生まれてから、彼は変わっていった。
 それは少しだけの変化で、たぶん、アラシヤマを昔から良く知っているものにしか分からないだろう。ミヤギ、トットリあたりは、気付いていたが、たぶんそのくらいしか気付かない。
 他のものに対する態度は、あまり代わり映えはしていないせいだ。
 それでも―――。
 眼差しが違う。
 浮かべる笑みが全然違う。
 もちろんそれはかすかなもので。
 けれど、顕著に現れる時がある。
 それは、彼の前に立った時。
 誰よりも何よりも大切な存在だと認めた者へのみ、特別に見せる、それ。


「シンタローはん」
「なんだ?」
 ふわりと笑ったアラシヤマが、彼の耳元へ何か囁いている。
「っ! ば、馬鹿! んなところで」
 とたんに真っ赤な顔をして、慌てた様子でこちらを伺うシンタローに、コージはひらひらと手を振って、退散した。
 いつまでもここにいれば、完璧な邪魔者である。
 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやらだ。

 
 どちらも大切な友人で。
 だから、ほんの少しの変化で、幸せを生み出した彼らを見守るのが今の自分のやるべきことで。
 お幸せにと心から思い、願う。



 ―――――じゃけんぞ、人前でイチャイチャしくさるのは、ええ加減にせぇよ?











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ss
 吸い込まれそうな天空の青と地上を汚す血の赤
 それが日常だった



「いい天気だな~」
 ぼけっと空を見上げれば、目にまぶしい蒼穹が広がる。
 見通しのよい平地の上で、寝転がった姿勢にすれば、その視界は全て青に埋め尽くされた。
 風が吹き抜ける。
 肌に触れるそれは、激しい運動をしたばかりの自分の身に、心地よさをあたえ、過ぎ去る。
 けれど、そこに含まれる大量の血の香りに、シンタローは、かすかに顔をしかめた。
 慣れたはずなのに、清浄な空気に不意に混じるそれには、鼻のシワをつい寄せてしまう。
「赤いなあ」
 手を太陽の光にかざせば、粘りつくような赤い水が手に絡まっているのがわかる。
 それは人の血。
 青い空に映える赤い血に、苦笑する。
 この光景を受け入れたのはいつからだろう。
 この手が血に染まることを怯えた時は、確かにあったのだ。
 けれど、繰り返し染められる赤に、いつかそれは常のようになっていく。
 この道を選んだことに後悔はしていない。
 マジックの息子だからという単純な理由で、ここにいるわけではないのだから。
 一時期、それで悩んだ時期も確かにあったかもしれない。それでも選んだのは、自分で、誰に強要されるわけでもなく、自身の意思で、この世界に身を投じることを選んだ。
 けれど、時折怖くなる。
 この日常に。
 気持ちの良い空の下で、赤く染まる地上を見続けることの日常が。 
 それに恐れつつ、受け入れることに慣れる自分。
 それでもきっといつかは、これが当たり前になるのだろう。
 この道を進んでいる限り。
 彼の背中を追う以上、それは必至でしかないのだから。
「強くなる…さ」 
 その言葉だけが、今の自分を支える言葉。
 この手が赤く染まることさえも躊躇わずにいられる言葉。
 そのためにも、この手が必要だった。
 赤い赤い手。
 人の命で染められた手。
 その手を強く握り締める。
 自分は、この手で生きていく。
 いつかを掴むために必要なこの手を携えて明日へ。
 

 ――――――けどさ、真っ赤に染められた未来を自分は本当に望んでいるのかな?











ss



「お誕生日おめでとう……コタロー」
 祈りを込めて、そう呟く。
(おめでとう――生まれてきてくれてありがとう)
 自分の大切な存在となるために生まれてきてくれた弟に、シンタローは感謝の気持ちを込めて、言葉を送る。
 けれど、その言葉に笑顔で返してはもらえなかった。ただ、穏やかな顔で眠りにつく顔だけが、シンタローに向けられる。
 パプワ島で力を使い果たし、深い眠りについてから3年。まだコタローは眠りから覚める気配がなかった。
 ベッドの上で、昏々と眠り続ける弟に、それでもシンタローは柔らかな視線を向ける。
「もう9歳になったんだな」
 感慨深げに言葉を漏らすと、総帥服のままの腕を伸ばし、ふっくらとした頬に手を添えた。確かな温もりが指先に伝わる。弟に触れるのは久しぶりだった。仕事が忙しくて、こうして会いに来ることさえもできない。
 今日も、弟の誕生日であり、クリスマスイブだというのに、日付が変わるギリギリまで仕事をしていた。誕生日であるその日に、お祝いの言葉を言えたのは、必死で仕事をこなした結果だ。
 それゆえに、目元には疲れが滲んで入り、顔色も悪い。この部屋へ行く前に、先ほどまで自分の補佐として傍らにいたキンタローにも、そう指摘された。弟へお祝いの言葉を届けた後は、すぐに寝ろと指示されている。
 自分もそうするつもりだった。
 それでも、すぐには立ち去れない。
「ごめんな、今年はケーキも作れなかった」
 食べてもらえないとはわかっているけれど、毎年コタローのためにケーキを作って、一日飾っておく。もったいないから次の日になれば、自分で食ってしまうのだけれど、それでも毎年かかさないことだった。けれど、さすがに今年は、時間がとれなかったのである。
「だから、これで勘弁してくれ」
 そう言って、コタローの枕元に置いたのはヌイグルミだった。こつこつと、時間をみては作り上げてきたそれは、先程ようやく完成したものである。首にリボンを巻きつけ、プレゼント仕様にしたそれは、けれど、弟の横に違和感なく存在していた。
「やっぱりお前には、このヌイグルミだよな」
 ぽん、とコタローの横へ寝かしてあげたヌイグルミの頭をシンタローは叩いた。
 それは、コタローがずっと幼い頃から一緒に過ごしていたヌイグルミに瓜二つのものだった。けれど、以前のヌイグルミは、もう随分とボロボロになっていた。パプワ島での戦闘の被害をそのヌイグルミも受けていたのである。繕うにも限界のそれを、新しく作り直してあげようと思ったのは、随分と前のこと。けれど、時間がなく、合間を見て作っていれば、かなりの時間がたってしまっていた。
 気に入ってくれるかわからない。
 いつ目覚めるかわからないけれど、もうこのぐらいの年齢になれば、ヌイグルミなど必要ないだろう。それでも、あえてシンタローは、このヌイグルミを今年のプレゼントに決めた。
「これからもコタローの傍にいてくれ」
 ずっと一緒にいてくれたヌイグルミの代わりであるから、願うように呟き、それを、コタローと同じ上掛けにいれた。添い寝するようなその姿に口元が綻ぶ。
 そうしてヌイグルミと一緒に寝ていると、弟の愛らしさがさらに増したようである。
「やっぱ、可愛いなぁ」
 ポタッ…。
 そう呟けば、条件反射のように滴り落ちる液体。
「あッ………ああ?」
 真下へと落下する液体は、真っ白なものに赤い染みとなって広がる。だが。
「セーフか?」
「セーフだ」
 横から聞こえてきたその言葉に、シンタローは、腕を広げて、『セーフ』のジェスチャーをして答えた。
「ナイス、フォローだキンタロー! あやうくコタローの顔を汚すところだったぜ」
「まったくだ」
 シンタローの鼻から落ちた鼻血は、コタローの顔に触れる寸前で、差し出され真っ白なティッシュに吸い込まれていった。それを差し出したのは、いつのまにか部屋に入ってきていたキンタローである。絶妙なタイミングのそれに、シンタローは、バシッとキンタローの背中を叩いてあげた。
「さすがだな。このタイミングでティッシュが出せるのはお前ぐらいなもんだ」
 それは、言われて嬉しいのかどうかこれまた微妙なところだろうが、どうやらキンタローは、その言葉に満足したようだった。
「当然だ。お前の行動パターンはすでに把握済みだからな。いいか、俺はお前のことならなんでも分かっているんだぞ」
「はーい、ハイハイ。二度重ねはティッシュだけでよーし! お前はせんでいい。とりあえず、サンキュウな」
 相変わらず、二度押し好きの従兄弟の言葉をさらりと流し、シンタローはうっかり自分の鼻血で汚しそうになったコタローを顧みた。
 可愛い弟の顔を血まみれにはしたくない。ティッシュを鼻につめた間抜けな顔で、シンタローは、弟の頭を撫でた。
「メリークリスマス」
 日付は、すでに25日へと変わっている。
「メリークリスマス」
 その横で、キンタローも言葉を紡ぐ。
「来年は、一緒に誕生日とクリスマスを祝おうな」
 毎年同じ言葉を紡ぐのだけれど、毎年願う言葉である。
 『来年は一緒に笑ってお祝いできるように』
 もう子供ではないけれど、純粋な願いとしてサンタに祈り、クリスマスの日を迎える。
 聞き届けて欲しいと、本当に願うことである。
「しかし、シンタロー。サンタはいつ来るんだ。まだ、俺は見てないぞ」
「ああ? そりゃそうだろう。サンタは眠っているいい子のところに来るんだからな」
 真剣な顔でそう不思議そうに呟くまだまだ経験の浅い従兄弟に向かって、シンタローは、真摯にそう答えてあげた。サンタはいないのだとは、言ってあげない。信じる信じないは本人が選択することで、自分はありえるかもしれない可能性を口にしてあげる。
 『サンタは、眠っている子供のところにクリスマスプレゼントを届けるのだ』と。
 それならば、コタローのところには来てくれるかもしれない。ずっと眠って待っているのだから。
「それは大変だ。早く寝ないといけないではないか」
「そうだな。寝るか」
 果たしてキンタローの元にサンタクロースが来るのかどうか知らないが、それは目覚めてからのお楽しみである。
 すでにキンタローへのプレゼントは用意済だ。眠ってから渡す方が効果的のようである。
(信じるものは、幸せになれるって言うしな)
 信じて救われることは少ないかもしれないけれど、信じていれば、幸せは必ず訪れてくれるから。
(お前が、いつか目覚めてくれると、お兄ちゃんは信じているよ)
 だから今は、まだ………。
「お休み、コタロー。メリークリスマス」
 夢の中にまでサンタがやってきてくれるように願いつつ、シンタローは部屋を後にした。

 

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「シンちゃん。今年は何をプレゼントしてもらうの?」
 今日は、クリスマスイブ。眠れば、その後にサンタのおじさんがそっとプレゼントを置きにやってきてくれる、素敵な夜の日だ。
 身内と親しい側近らで行われるクリスマスパーティー内で、こそっとそう耳打ちしたのは、マジックが手作りしたサンタ風の可愛らしい服に着込んだグンマだった。手首にあるふわふわの白いファーが、シンタローの耳をくすぐる。シンタローの服装も、グンマと似たものだった。けれど、ところどころ――襟やボタンの位置など――微妙に形が違うのは、父親のこだわりだろう。どちらも愛らしさをさそうその洋服は、マジックが、いそいそと今日この日のために作ってものだった。
「……僕は、別にいらない」
「え? どうして」
 プレゼントをいらな子供なんていないはずである。けれど、シンタローは、なんとなく不貞腐れたような表情で、そう言い放った。
「もう貰ってたの?」
 その言葉に、きょとんとさせて、グンマは尋ねた。
 ガンマ団総帥の息子の溺愛ぶりは世界各国伝わっている。そのために、心証をよくしておこうという狙いミエミエで、シンタローへクリスマスプレゼントと称して様々な品物が毎年贈られてくるのである。大概の子供が喜ぶ品ばかりで、シンタローの欲しいものがその中に入っていてもおかしくなかった。
「それじゃあ、サンタさんに、何もお願いしなかったの?」
「グンマには関係ないだろ」
「シンちゃん…?」
 ぷいっと横を向いてしまったシンタローに、グンマは、とたんにしょぼんとした表情を浮かべた。従兄弟と喧嘩することはしょっちゅうだから気にしないでいられるけれど、冷たい態度をとられると、哀しくなってしまう。しかも、今日の態度は少しおかしかった。
(シンちゃん、どうしたんだろう……)
 パーティは、すでに始まって随分と経っている。呼び寄せたオーケストラからは軽快なクリスマスソングの生演奏が聞こえてくる。大人達は楽しそうに、ご馳走と酒を手に、会話をしているけれど、子供はシンタローとグンマだけだった。
 自然に寄り添うように、二人でいたけれど、パーティが始まる前から、シンタローはあまり元気がなかった。
「あのね。内緒だけど、僕は、ちゃんとお願いしたよ。今度新しいロボット作るから特殊な合金素材をくださいって」
「ふ~ん、よかったな」
 サンタへのお願いをこっそり教えてあげたのに、返って来たのは気のない返事。
「シンちゃんは?」
「教えねぇよ」
 やっぱりそっけない言葉を吐くと、近くにあったテーブルから七面鳥のモモの肉を切り分けてもらい、それを口に頬張り始めた。なんとなく自棄食いに見える姿である。 
(やっぱり伯父様がいないせいかな?)
 シンタローの機嫌があまりよくないのは、今日のクリスマスパーティには、父親であるマジックがいないせいなのかもしれない。
 昨日からの遠征で、まだ戻って来ていなかった。予定では、明後日の朝に帰ってくるらしい。かなりの激戦区で、わざわざ総帥が出向くほどだから、かなり危険が伴うだろうということを高松が話していた。たぶん、シンタローもそれを知っている。
 普段は、パパなんていなくても大丈夫だよ、と強がってみせるけれど、本当は誰よりもパパが大好きで、一緒にいて欲しいと思っているのは間違いないのだ。
(シンちゃんったら、僕にまで意地っ張りにならなくてもいいのに)
 素直に寂しいといってくれてら、こっちも慰めてあげられるのに、何もないって突っぱねられるから、こちらも何にも言葉をかけてあげられない。そんなものは、必要ないというかもしれないえれど、やっぱり言葉はあった方がいいのだ。
 そんなシンタローは、むっつりした表情のまま、オレンジジュースと大きなケーキを交互に頬張っていた。
「どうしたんだい、シンタロー。楽しくないのかい?」
「サービス叔父さん! もう来ないかと思ったよ」
「遅れてすまない。メリークリスマス、シンタロー」
 そんなシンタローに声をかけたのは、常日頃がら美貌の叔父様として、シンタローが慕っているサービス叔父様であった。何をしていたのか、今頃になって登場したその叔父に、とたんに、シンタローの顔に笑顔が戻ってくる。でも、それが空元気からでる笑いだということは、従兄弟だからグンマにも分かっていた。
「兄さんはすぐに戻ってくるよ。だから、シンタローは何も気にすることなく楽しみなさい」
「うん。僕は全然心配してないよ。だって、パパは強いもん! それに明後日にはちゃんと帰ってくるっていってたもんね」
「ああ、そうだね」
 ぽんぽんと強がるシンタローに頭を叩くようにして撫ぜるサービス。その表情には愛しむものが見えて、グンマは頬を少しだけ膨らませた。
 だって、自分にはしてもらえない。あんな風に―――頭を叩いただけで、ホッとしたような顔をシンタローに。あれだけで、安心させることができるならば、いくらでもしてあげるのに。
 それは、仕方ないことだけど、やっぱり悔しい。
「どうしました、グンマ様」
「高松」
 振り返ればそこには高松の姿があった。今日ばかりは白衣ではなく、ちゃんとスーツを着込んでいる。青の一族主催のパーティなのだから、おかしな格好は出来ないのだ。
「なんでもないよ」
 これは高松には関係ないこと。でも、ちゃんと分かっているようだった。心得ているようになずかれ、そうして言われた。
「マジック総帥ならば、明日の朝には帰って来るようですよ」
「ほんと?」
「ええ。秘書官達にはすでに伝えられてましたから」
「そっか。よかった」
 それなら、シンちゃんもきっと大喜びするはずだ。
(やっぱりシンちゃんは、笑顔でいてくれた方がいいもんね)
 今日のような、落ち込んだ顔は見たくない。
 ほっと一安心したら、ふわっと欠伸が出てきた。
「ああ、もうお休みのお時間ですね。シンタロー様も眠そうですし、寝室へお連れいたしましょう」
「うん…今日は、シンちゃんと寝る」
 こんな夜にひとりぼっちは寂しすぎるから。
 本当は寂しい気持ちや心配する気持ちが溢れてきてしまうだろうから、ひとりにはさせられない。
「ええ、分かりました。準備してまいります」
 そう言って、先に部屋を出て行った高松に、グンマは、シンタローの姿を探した。後はシンタローと一緒に寝室へ行くだけである。
 見つけると、欠伸をしたとたんどっとあふれ出てきた眠気、目を擦りつつ抵抗しながら、グンマは、シンタローの傍へと近づいた。すでにシンタローも眠そうで、サービス叔父の隣に座っていたけれど、時折がくっと身体が倒れかけていた。
 それでもまだ起きているのは、きっとひとりで寝室に行きたくないため。だから、グンマはシンタローに向かって手を差し伸べた。
「シンちゃん、一緒に寝てよ」
「………グンマがそう言うなら、寝てあげてもいいよ」
 意地っ張りらしく、そんな風に言う従兄弟に、グンマは、睡魔に捕らわれたとろりとした表情で頷いた。
「うん。一緒に寝てね」
 しっかりと握り締められた手と一緒に、寝室まで付き合ってくれたサービスへ、お休みなさいの挨拶をすると、二人そろってベッドの上へと横へなり、夢の国へと旅立った。



 どれくらい眠ったのだろう。
 不意にグンマは目覚めた。けれど、視界に映るのは漆黒の世界。まだ夜は明けてないようだった。横には、シンタローが寝ている――そのはずだったのに、シンタローの姿はない。慌てて起き上がると、ドアの付近に怪しい人影を見つけた。その腕に、小さな子供を抱きかかえている。
「誰?」
 グンマが声をかけると、その人影は振り返った。
「おや、グンちゃん。起きたのかい?」
「マジック伯父さま」
 その声は、叔父のマジックの声に間違いなかった。その伯父の腕に抱かれているのは、シンタローである。
「シンちゃんを連れて行くの?」
「ごめんね。私は、今サンタクロースだからね。この子の願いを叶えてあげなければいけないんだよ」
 サンタクロース。
 そう言えば、いつ帰ってきたのかわからないけれど、今のマジックの姿は、絵本でよく見るサンタクロースの服装にそっくりだった。振り返れば、グンマが寝ていた枕の上にも、プレゼントらしい箱があった。きっとこの伯父が持ってきてくれたのだろう。わざわざサンタの格好をして。
「シンちゃんの願い?」
「そう。昨日の夜書いたんだろうね。サンタに当てた手紙には、『パパと一緒にクリスマスをしたい』って書いてあったんだよ」
 そう言えば、昨日の夜寝る前に、何かを書いていた。覗き込もうとしたら、思い切り怒られた上に、しっかりと殴られたのである。
 結局何を書いていたのかわからなかったけれど、シンタローはサンタへお手紙を書いていたのだ。クリスマスの日に欲しい願いを。
 そうして、このサンタクロースは、その願いを叶えてにきたのである。
「お休み、グンちゃん。メリークリスマス」
 そう言うとサンタはシンタローをつれていく。明日の朝、サンタを信じて願いを告げた子供の喜ぶ顔を見るために。
 けれど、ひとりベッドへ戻ったグンマは、その顔に喜びはなかった。
 ひとりっきりになったそこは、とても冷たく感じて、グンマは、ギュッと毛布を握り締めた。枕元にあるプレゼントに目が行く。中味はきっと自分がサンタに願ったもの。
 でも、嬉しさは感じられない。
(こんなことなら、僕のお願いごと『シンちゃんが欲しい』って書けばよかった)
 大好きな従兄弟が、サンタに連れ攫われるとわかっていたら、願い事だって変わっていただろう。
 でも、そう思っても本当には願えない。
 だって、それは自分だけの願いで、大好きなシンちゃんの願いではないのだから。
(僕もいつかシンちゃんのサンタになれるかな)
 大切な人の願いを叶えてあげられるような、そんなサンタに、いつかはなられるだろうか。
 あんな風に大人になれればきっと…。
 グンマは、ジワリと滲んできた涙を一生懸命拭うと、毛布にしっかりと丸まって目を閉じた。
 早く大人になれますようにと願って。
 

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「高松?」
 そっと保健室の中を覗き込み、声をかけるが、相手からの返事はなかった。人気のない白い部屋。
「いないのか…」 
 どうやら相手は、外出中のようである。今日は、一日仕官学校の保険医をしているはずだから、何か用事が出来て席を外しているのだろう。それでも、そう長く留守にする気はないのは、部屋に鍵をかけてない様子からしてわかった。何よりも、彼の白衣が、椅子の上に無造作に置かれたままだ。
 折角仕事の合間にやってきたというのに、相手が留守とはがっかりである。けれど、まだもう少し自分には時間がある。その間に帰ってくるかもしれないと期待を込めて、シンタローは、保健室の中へと足を踏み入れた。
 久しぶりのその場所は、かつて自分が士官学校時代に訪れた時とさして変わらない。ツンと鼻に来る、消毒薬の匂いが染み付いたその空気を懐かしげに吸い込みながら、シンタローは、高松が普段座っているのだろう椅子へと手を伸ばした。
 触れたのは、さらりと滑る白い布。
 高松の白衣だ。
 見慣れたそれが、くたりとそこに下がっていた。
 きょろり、と辺りを見回して、誰もいないことをしっかりと確認してから、そっとそれを手にとった。ダンスを踊るかのように、白衣の袖を手にとって、それを自身の元へと寄せて見た。
 ふわり。
 香るのは、高松の匂い。嗅ぎなれた……とまではいえないけれど、白衣越しに抱きしめられた時には、いつもこの匂いがする。そのせいだろうか、傍に彼がいないのに、なぜかトクトクと胸の鼓動が早くなるのを感じた。
 彼に特別な感情を抱きだしたのは、いつからだろうか。気がつけば、彼の匂いだけで、こんなにも動悸を早めることができるようになってしまった
「………好きだ」
 普段は面と向かっていえない言葉が思わずもれる。けれど、それを口にしたとたん、ここにその相手がいない切なさが込み上げてきた。息がつまる。胸が苦しい。そこから逃れたくて、
「高松―――」
 ギュッと白衣を抱きしめ、好きな相手の名を呼んだ。そして―――。
「はい、なんですか?」
 応えられた。
「なッ!?」
 ギョッと身体を跳ね上がらせ、慌てて振り返れば、保健室のドアの前に、にこやかな表情で立っている高松の姿があった。
「い、いつの間に」
 帰ってきたのだろうか。
 まったく気がつかなかった自分の失態に、心中で罵倒しながらも、その目は、彼を凝視していた。何度見ても、間違いなくここの部屋の主だ。動揺を隠せぬまま、硬直しているシンタローに対して、憎らしいほど落ち着いた雰囲気を漂わせた相手は、どこか楽しげに言葉を吐いた。
「先ほどからですよ。そうですね――貴方が私の名を呼ぶ少し前でしょうか」
 それは、自分の告白も聞いたということだろうか。訊ねたいところだが、恥ずかしすぎて、聞けはしない。
「…………」
 お陰で押し黙ることしかできなくなった自分を見つめ、ふっと笑みを零した高松は、自分のテリトリーである保健室内へと躊躇いなく入ると、湯沸しポットの方へとむかった。
「何か用事でしたか? それならば、お待たせしてすいませんでした。―――時間があるのならば、お茶を入れて差し上げましょう。そこへお座りになってください」
 そういわれたところで、抱きしめるようにしていた白衣をどうするか困ってしまう。また元のように椅子に戻せばいいのか、白衣を着ていない彼へと手渡す方がいいのか、困惑していれば、高松の手が差し出された。
 返せ、ということなのだろう。おずおずとそれを渡せば、『ありがとうございます』の言葉とともに、その身に白衣を着込んだ。
 見慣れた姿がそこにある。なんとなく、ホッとすれば、それを狙ったかのように、袖口へと、高松は鼻を寄せた。
「―――貴方の匂いがしますね」
 低めの声でぽつりと零された言葉。
 先ほどまで自分が抱きしめるようにしていた白衣に顔を寄せた高松のその言葉に、思わずカーッと頬が火照っていくのがわかる。
 こちらの香りがつくほど、抱きしめていたつもりはないのだけれど、本当に香りが移ったのだろうか、それとも冗談なのだろうか。シンタローには判断つかず、またもや羞恥のせいで、動くこともままならなくなっていれば、すっと身体を近寄らせた、相手が耳元へ言葉を落としてくれた。
「でも、出来ることなら、次からは、私自身に抱きついてくださいね。それから――私も貴方のことが好きですよ、シンタロー様」
「ッ!?」
 やはり、先ほどの告白をしっかり聞いていたのだ。
 朱色にそまった顔を覗き込まれ、唇を寄せられる間も、微動だに出来ずにいたシンタローの鼻に、ふわりと高松の香りが匂った。
 
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