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「高松?」
 そっと保健室の中を覗き込み、声をかけるが、相手からの返事はなかった。人気のない白い部屋。
「いないのか…」 
 どうやら相手は、外出中のようである。今日は、一日仕官学校の保険医をしているはずだから、何か用事が出来て席を外しているのだろう。それでも、そう長く留守にする気はないのは、部屋に鍵をかけてない様子からしてわかった。何よりも、彼の白衣が、椅子の上に無造作に置かれたままだ。
 折角仕事の合間にやってきたというのに、相手が留守とはがっかりである。けれど、まだもう少し自分には時間がある。その間に帰ってくるかもしれないと期待を込めて、シンタローは、保健室の中へと足を踏み入れた。
 久しぶりのその場所は、かつて自分が士官学校時代に訪れた時とさして変わらない。ツンと鼻に来る、消毒薬の匂いが染み付いたその空気を懐かしげに吸い込みながら、シンタローは、高松が普段座っているのだろう椅子へと手を伸ばした。
 触れたのは、さらりと滑る白い布。
 高松の白衣だ。
 見慣れたそれが、くたりとそこに下がっていた。
 きょろり、と辺りを見回して、誰もいないことをしっかりと確認してから、そっとそれを手にとった。ダンスを踊るかのように、白衣の袖を手にとって、それを自身の元へと寄せて見た。
 ふわり。
 香るのは、高松の匂い。嗅ぎなれた……とまではいえないけれど、白衣越しに抱きしめられた時には、いつもこの匂いがする。そのせいだろうか、傍に彼がいないのに、なぜかトクトクと胸の鼓動が早くなるのを感じた。
 彼に特別な感情を抱きだしたのは、いつからだろうか。気がつけば、彼の匂いだけで、こんなにも動悸を早めることができるようになってしまった
「………好きだ」
 普段は面と向かっていえない言葉が思わずもれる。けれど、それを口にしたとたん、ここにその相手がいない切なさが込み上げてきた。息がつまる。胸が苦しい。そこから逃れたくて、
「高松―――」
 ギュッと白衣を抱きしめ、好きな相手の名を呼んだ。そして―――。
「はい、なんですか?」
 応えられた。
「なッ!?」
 ギョッと身体を跳ね上がらせ、慌てて振り返れば、保健室のドアの前に、にこやかな表情で立っている高松の姿があった。
「い、いつの間に」
 帰ってきたのだろうか。
 まったく気がつかなかった自分の失態に、心中で罵倒しながらも、その目は、彼を凝視していた。何度見ても、間違いなくここの部屋の主だ。動揺を隠せぬまま、硬直しているシンタローに対して、憎らしいほど落ち着いた雰囲気を漂わせた相手は、どこか楽しげに言葉を吐いた。
「先ほどからですよ。そうですね――貴方が私の名を呼ぶ少し前でしょうか」
 それは、自分の告白も聞いたということだろうか。訊ねたいところだが、恥ずかしすぎて、聞けはしない。
「…………」
 お陰で押し黙ることしかできなくなった自分を見つめ、ふっと笑みを零した高松は、自分のテリトリーである保健室内へと躊躇いなく入ると、湯沸しポットの方へとむかった。
「何か用事でしたか? それならば、お待たせしてすいませんでした。―――時間があるのならば、お茶を入れて差し上げましょう。そこへお座りになってください」
 そういわれたところで、抱きしめるようにしていた白衣をどうするか困ってしまう。また元のように椅子に戻せばいいのか、白衣を着ていない彼へと手渡す方がいいのか、困惑していれば、高松の手が差し出された。
 返せ、ということなのだろう。おずおずとそれを渡せば、『ありがとうございます』の言葉とともに、その身に白衣を着込んだ。
 見慣れた姿がそこにある。なんとなく、ホッとすれば、それを狙ったかのように、袖口へと、高松は鼻を寄せた。
「―――貴方の匂いがしますね」
 低めの声でぽつりと零された言葉。
 先ほどまで自分が抱きしめるようにしていた白衣に顔を寄せた高松のその言葉に、思わずカーッと頬が火照っていくのがわかる。
 こちらの香りがつくほど、抱きしめていたつもりはないのだけれど、本当に香りが移ったのだろうか、それとも冗談なのだろうか。シンタローには判断つかず、またもや羞恥のせいで、動くこともままならなくなっていれば、すっと身体を近寄らせた、相手が耳元へ言葉を落としてくれた。
「でも、出来ることなら、次からは、私自身に抱きついてくださいね。それから――私も貴方のことが好きですよ、シンタロー様」
「ッ!?」
 やはり、先ほどの告白をしっかり聞いていたのだ。
 朱色にそまった顔を覗き込まれ、唇を寄せられる間も、微動だに出来ずにいたシンタローの鼻に、ふわりと高松の香りが匂った。
 
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