「……なーにやってんだよ」
「ん? わかんないのか」
四肢をたくみに押さえつけ、自分の上に乗っかっているジャンは、邪気のない笑顔を向ける。
が、それでシンタローが、黙っていられるはずがなかった。
「わかんねぇから聞いているんだ!」
この状況から早く脱したいと切実に思うのだが、残念ながらそれはまだ叶ってはいない。
いくらもがいても、ジャンの戒めは、強固な上にポイントを押さえるのが上手い。
背後から声をかけてきたジャンに、振り返り答えようとした一瞬の隙を狙われ、あっさりと床に倒れ込まされてしまったのだが、それが失敗だった。その時点で、逃げ道はふさがれたようなものだ。
しかし、そうされる理由が分からない。
一体何事かと、漆黒の瞳をきつく絞り相手を睨みあげるが、睨まれた相手は、平素と変わらぬ陽気を振りまいてくれる。
「お前を襲っているんだよ♪」
その答えに、さっとシンタローは顔色を蒼ざめさせた。
「なぁに!同じ顔の奴を襲っているんだ、この馬鹿がっ!!!」
確かに、シンタローとジャンは髪の長さなど細かい部分は違えども、元の作りは同じである。
その同じ顔同士で、組敷かれ、組み敷いている状況というのは、笑うに笑えないものがあった。
しかし、逃げようにも逃げられない。さすがに、無駄には長く生きていないというべきか、シンタローの体術よりも、ジャンの方が遥かに巧みだった。
「くそぉ。なんなんだよ、いったい」
悔しげに、愚痴って見せれば、それほど労せずにシンタローを押さえ込んでいるように見えるジャンは、無邪気な笑顔で、答えた。
「いやー。サービスがさ、お前が可愛いかったっていうんだよ」
「はぁ?」
こんな状況で世間話のように気軽にはなしかけるジャンに対応が遅れがちのシンタローだが、相手はまったく気にはしていなかった。
「でさ。おんなじ顔してるはずなのにさ、俺は、サービスに可愛いって言われたことがないわけ。だからさ。どこら辺が可愛いのか、ちょっと試してみようと思ってね」
そういいつつ、彼の手は、プチプチとシンタローの服のボタンをはずしていく。
「…………それでどうしてこうなるんだ?」
自分の頭の中では、彼の言葉と行動がまったくつながってはいない。
しかし、相手は親切にも教えてくれた。
「んっ? そりゃあ、サービスがお前のことを『可愛い』って称したのが、ヤってる最中だったからに決まってるだろ?」
「うわぁあああああああああああああああ」
その言葉に理解したとたんシンタローは力一杯暴れまくった。が、無駄だった。
「煩いよ、お前」
そんな抵抗もあっさりとふさがれる。
「じゃあかぁーしぃ!!」
涙が膨大に溢れてくる。
なんで、こんな言葉を聞かなくてはいけないのだろうかと我が身の不運に、呪いたくもある。
確かに一度だけ……一度だけだが、自分の美貌の叔父とそう言う関係をもったことはある。あるが、その感想を同じ顔をしているとはいえ、この目の前の男に吐かないで欲しかった。
とはいえ、大好きな叔父を恨むことなんてできはしないが。
「へぇ…やっぱり同じ身体でも鍛え方のせいか微妙に違うよな」
その代わり、目の前の男には、恨みつらみが沸いてくる。
さわさわと遠慮なく直接肌に触るジャンには、殺意すら覚えた。
「てめぇ…やめろっ」
「やめろといわれてやめるぐらいなら、やんないって」
それはもっともだが、だからといってこちらもそれに同意してはいられない。
「ちっ…くしょぉ~」
悔しげに拳を握り込むが、ぶち当てる隙ができない。
さすがは、あのサービスや高松とナンバーワンを争ったことがあるというべきか。だが、関心している場合ではなかった。このままでは、貞操のピンチである。
「ま、諦めなよっ♪ 気持ち良くしてやるし」
「ふざけるなっ!」
それで納得できるはずがない。
(誰か!)
そう切実な願いを飛ばした刹那。その声は、聞こえてきた。
「そうだな。おふざけはここまでにしやがれ。眼魔砲っっ!!」
ドゴォーーーーーーン!!!
第三者の声に、直後に響き渡った爆発音。
「げほっ」
建物も一部崩壊したのか、もうもうと湧き上がった煙に咳き込みながら、シンタローは立ち上がった。
あの爆発音と同時に戒めが解けたのだ。
「大丈夫か、シンタロー」
「えっ………あ、ハーレム」
立ち上る煙を掻き分け現れたのは、自分の叔父にあたるハーレムだった。
「て、大丈夫というわけでもなかったようだな」
「あぁ~、でも未遂だし」
じろじろと前を肌蹴たままの自分の姿を見られ、赤面していれば、額を指先ではじかれた。
「ったく、あんな奴に、いいようにやれてんじゃねぇよ」
「うっ……」
その言葉に、シンタローは、喉を詰まらせる。
反論などできはしない。
ハーレムの言うとおり、ほとんど自分は、ジャンになすがままだったのだ。
一応経験の差はあるが、体力筋力の面では大差はにはずである。それでも、何もできなかったのだ。
それはやはり恥じ入るべきものであろう。
(情けねぇ~)
肌蹴た前を片手で掴み合わせ、俯いていれば、ばさりとその背中にジャケットがかけられた。
顔を上げれば、仕方がねぇな、といいたげなハーレムの顔がある。
「てめぇは、俺のものだろうが。勝手に、肌さらしてんじゃねぇ」
同時に、くしゃと髪を掻き混ぜるように撫でられた。その暖かさに、なぜだかほっとして、同時に余裕が生まれたのか、頬を膨らませて、反論を口にした。
「別に俺は、好きでさらしたわけじゃねぇよ。ジャンの奴が行き成り…」
(そうでなければ、誰が好きでもない相手の前で肌をさらすか)
むぅと唇を尖らせて、それでもバツが悪いから、視線をそらしておけば、ふたたびぴしっとデコぴんをされた。
「お前に隙があったんだろうが。――――まあ、元凶は奴に間違いないよだが。そうだな。あいつを、もう一回ほどぶち殺しとかねぇといけないな」
そう言ってハーレムは、辺りをぐるりと見渡すが、
「って、やっぱいねぇし」
そこには、ジャンの姿はどこにもいなかった。
「眼魔砲で、ぶっ飛ばされたとか?」
「あいつが、そんなヘマやるわけねぇだろ。俺が放つ前に、俺の存在にも勘付いていたみたいだしな」
それなら、眼魔砲に当たる前に素早く逃げ去ったというわけだ。
こういう時の要領は、さすがにいい。
「じゃあ。行くか」
ふわっと身体が浮き上がる感触に驚くよりも先に、ハーレムの声が間近で聞こえた。あっさりと背後から抱きかかえられ、そのまま見事に方向転換され、抱きかかえらていたのだ。
「えっ? どこへだ」
ぐらつく体をおさえるために、ハーレムの首に腕をまきつけたシンタローだが、軽く小首を傾げて、そう尋ねれば、決まりきったことをとばかりにハーレムは言い放った。
「俺の部屋にだ。ジャンの奴がお前をどこまで触ったか、調べないといけないからな」
「えっ……ちょっと、まて…それは」
つまり、ジャンにやられかけたことを、今度は、ハーレムの手で続行ということだろう。
だが、自分には総帥としての仕事がまだ残っているのだ。ジャンに声をかけられたのは、わずかな休憩時間の時。息抜き代わりに、部屋から出たところでだった。
「煩ぇ! 俺は、結構怒ってたりするんだぞ」
「あっ…ごめん」
ハーレムという恋人がいるのに、抵抗もろくに出来ないまま、危うく別の男に犯られそうになったのである。シュンと萎れる表情を見せれば、ハーレムの鋭い視線が、シンタローに向けられた。
「ああ? お前が悪いわけじゃねぇだろうが。ま、ちょっと無防備すぎるかもしれねぇけどな。お仕置きは、身体検査の次だ。覚悟しとけ」
「はーい……」
これからのことを想像すると、ちょっぴりブルーな気持ちが入るのだけれど、
「けど、ハーレムならいいや」
大好きな人に抱かれるならば平気。むしろそう言ってくれるのは、自分のことを好きだからと言うのと変わらないことでもあるし、もちろんそれは、嬉しいから。
照れくささも混じって、ぎゅっとハーレムの首に抱きついて、シンタローはそう零した。
そのとたん、ハーレムの表情が、苦しいような困ったような微妙な表情に変化して、
「お前…この場で、ヤりたくなるようなことを言うな」
ぼそっと言われた言葉は、あんまりな言葉で、
「そ、そそそれは、ダメだからなっ!!」
当然ながら、それだけは精一杯反対した。
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