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 しゅるりとかすかな衣擦れの音に、シンタローは目を覚ました。
 どこから出た音なのか、判断しようと、うつ伏せに寝ている身体に、腕を立て起き上がる。
 同時に、肩までかかっていたシーツがするりと肌から滑り落ちた。
「起こしてしまはりましたか?」
 同時に、聞きなれた方言の独特な柔らかい音が耳に響く。
 それに、はっと慌てたように横に首を向ければ、素肌に白いシャツを羽織るアラシヤマの姿が見えた。
 先ほどの衣擦れの音は、彼がシャツを着る音だったようである。
 相手は、シャツのボタンを留めながら、起き上がったシンタローに、はんなりと笑みを浮かべた。
「まだ、寝ててもよろしゅう時間やあらしまへんか?」
 その言葉に、ちらりと視線をベッド脇の棚に向ければ、デジタル時計は5時少し前を示している。確かに、まだ寝ててもいい時刻である。
 ブラインド越しにうっすらと覗ける外は、漆黒しか見受けられない。
 朝はまだ訪れていない。
 それを見受けると、シンタローは、むっと不機嫌そうな表情を作った。
「お前は、どこ行くんだよ」
 その質問に、意外そうな表情をちらりと走らせたアラシヤマは、けれどすぐに苦笑を浮かべて、少しばかり乱れている髪に手を当てた。
「わては、部屋に戻らせてもらいますわ。朝イチに仕事が入っとりますから」
 朝イチと言えば6時ぐらいだろうか。まだ、一時間ばかり時間は残っている。もちろん身支度をしていれば、そんな時間はすぐに無くなるだろう。
 ピッと時計の文字が変わった。一つ数字が増えた。
 曖昧なアナログ時計とは違い、デジタルは、几帳面に時刻を示す。薄暗い部屋の中、蛍光色に縁取られた文字が、時間の流れを告げる。
 また少しだけ相手といる時間が減った。
 壊れてしまえば………そのまま止まってしまえばいいのに。
 正確に刻まれる時刻にかすかに眉根を寄せ、シンタローは、アラシヤマの方へと視線を戻した。すでに身支度を整えた彼が、そこにいる。
「そやから先に失礼させてもらいますわ」
 腰掛けていたベッドの上から立ち上がるアラシヤマに、シンタローは、はっと目を見張らせ、すがるような視線で相手の背中を見つめた。
「別にまだ…」
 まだ、いいだろうが。
 けれど、そう言うつもりだった言葉を、慌てて呑んだ。伸ばしかけた手も気づかれないうちに戻した。
 馬鹿なことだ。
 そんなことは、ただの迷惑なワガママでしかない。
 それは、相手の仕事の邪魔になるだけだ。
 そんな無様な真似は許せない。
(格好悪ぃ…)
 声に気づいたのか、アラシヤマがこちらに振り返るのがわかる。けれど、バツが悪くてそっぽを向いてしまった。
 未遂とはいえ、あまりにも女々しいことを口にしかけたのが、恥ずかしい。
 それでも思わずそんな言葉を口に出しかけたのは、傍にあった温もりが遠のくのを寂しく思ったからだ。もちろんそんな正直な気持ち相手に告げる気はない。
 ぶるりと身体が震えた。
 朝方の空気は冷える。
 晒された素肌に、熱は急激に失っていっていく。
 つい数刻前までは、溶けるかと思うほどの熱さに翻弄させられていたというのに、そんな熱は今は微塵も感じられない。
 シンタローの震えに気づいたのか、アラシヤマは、こちらに手を伸ばし、腰まで落ちていたシーツを引き上げ、シンタローの肩に乗せた。それから、ぽんぽんと軽く肩を叩き、その身体を押す。
「もう少し休みなはれ、シンタローはん」
 ぽふんとスプリングがきいたベッドの上に倒れさせ、その上から覗き込めば、相手は、未だに機嫌を損ねている顔で見上げてきた。
「俺は、眠くないぞ」
 僅かに唇を尖らせ、駄々をこねる子供のようにそう言う彼に、アラシヤマは、思わず零れた笑いを噛み締め、シーツを少しばかりめくった。
「そんなはずはあらしまへんやろ? 昨晩は少々無理させすぎましたし」
 ツツッとなぞるのは、昨晩の情交の痕。
 服を着れば見えない場所とはいえ、くっきりと刻み込まれているそれに、シンタローは、顔を赤くした。
 寝ている自分には見えないが、それでも昨日、そこに丹念と刻みいれられたいたことは覚えている。
「わてのことは気にせずに、眠っておきなはれ。あんさんの方が、忙しい人なんやから」
 そうして額に口付けを落とされる。
 まるで幼子に対する母親のような態度だ。
 大人しく寝なはれ、とまで言われてしまえば、決定的だろう。
「わかったよっ」
 そこまで言われて、未だにぐずぐずと相手を引き止めていれば、本当にワガママなガキでしかない。
 ぼふっと頭から毛布の中にもぐりこむ。
 さっさといけばいい。自分はここでまだ惰眠をむさぼってやる。広々としたキングサイズのベッドで、手足を伸ばして気持ちよく眠ってやる。
 そう思っているのに、ギュッと丸々ようにして毛布に包まっていた。
 手足を伸ばすと冷たさに凍えるから、僅かな温もりを求めるようい丸くなっていた。
 アラシヤマは、出て行ったのだろう。
 気配は、いつのまにか消えている。
「馬鹿野郎。俺を置いていくなよ」
 誰もいないから、零れ落ちた本音。
 置いていくも何も、彼は仕事に出かけるために、仕方なしに出ていったまでのこと。ガキでもあるまいし、そんなことはもちろん承知している。
 わかっているけれど、理解するのと感情とはまた別ものだ。
 心細いというのは少し違うけれど、一人残される感じがして寂しさが募る。
 冷たいベッドの中で、どこかに温もりはないだろうかともぞもぞと動いていれば、何か暖かなもが上から覆いかぶさってきた。そして、声。
「わては、いつだってあんさんの傍におりますえ」
 ガバリッ!
 行き成り耳元で囁かれた言葉に、シンタローは、慌てて毛布から顔をだした。そこには先ほどと同じ姿勢のままのアラシヤマがいた。
「お……お前、出て言ったんじゃ」
「あんさんが、眠りにつくまで傍にいてはろう思うて、ここにいましたえ?」
 くすりと笑いを零すアラシヤマに、シンタローは、くしゃりと顔を顰めた。
 不覚だ。
 完全に気配を消されていたために気づかなかった。
「ほらほら良い子は、素直に眠りなはれ」
 肩を押され、もう一度横へとさせられる。完全にお子様扱いだ。さらりと額を撫でられ、髪をあげられた。
「心配へんでも、わてはいつでもここにおりますわ。身体がしばし離れていても、心はいつもそこに存在しとります。忘れんといてくだはれ」
 そうして、誓うようにされた額への口付け。
 確固たる想いを刻み込まれる。
「………忘れねぇよ」
 忘れる気はない。
 相手が告げた言葉は、自分が望むことだ。
 たがえることは、自分が許さない。
「けど、今はここにいろ―――俺が眠るまで」
 命じる声に、相手は苦笑する。
「ワガママどすなあ。あんさんは」
 それでも、お前はいてくれるんだろ?
 そこに留まる温もりに、シンタローは、安堵の溜息とともに、ゆっくりと瞼を閉じた。
 

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