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 ひらり…。
 揺れるように落ちてきたそれが視界に入り込んだ。
「火の粉?」
 にしては、少し大きすぎる火の塊は、手を伸ばし触れる手前で跡形もなく霧散する。どこから落ちてきたのかと、頭上を見上げれば、真後ろに立つ大樹の上に人影が見えた。太い幹にもたれかかるようにして、空を見上げる形で、どこか遠くを見据えたまま、小さな炎を生み出している。
 それは、よく見れば、蝶々の形をして見えた。
 どうやら、自分の元に落ちてくる最中に、形が崩れてしまったらしい。
 どれほど心を現から飛ばしているのか、こちらなど気付きもせずに、炎の蝶を飛ばしては空へ放ち、あるいは握りつぶし、またあるものは放り出したとたん崩れ落ちていた。
 一体何をしているのだろうか。
 こちらの存在には気付かぬまま、それは繰り返されていた。
 声をかけようかと、迷いが生まれた。
 いつもならば、こちらが彼に気付かない時から、激しい自己主張とともに、近寄ってくるのを、そのままそ知らぬ顔で通り過ぎたりしていた。こちらから声をかけたことは、そう言えばほとんどなかった。
 そうしなくても、彼が自分の姿を見つけた瞬間、声をかけてくるからだ。
 けれど、今は違っていた。
 自分がこんなにも彼に近づいているのに、あちらは気付いていないのか、気付いても無視しているのか、声をかけてくることはなかった。
(…なんだよ)
 自分を見ないアラシヤマに、ほんのかすかだが、もやもやとした例えようのない気持ちが生まれてしまう。
 何をしているのか――気になる。
 それでも、声をかけるまでには至らなかった。
 いつもならば、声どころか容赦のなく眼魔砲を撃つこともありえるというのに、なぜ、自分はただ黙って、彼の姿を見ていなければいけないのだろうか。
 何よりも、気に食わないのが、彼が未だに自分の存在に気付いてくれないということだろう。
 蝶は、アラシヤマの周りを舞う。それでも、無限に羽ばたくことは出来ないようで、空に放たれ、周りを回っていたものも、少しずつ、形を失い落下していった。目の前に落ちてきた炎の蝶へ、そっと手を伸ばしてみた。
「ッ!」
 やはり炎は炎だったようで、軽く触れた瞬間、指先を軽く焼けどしてしまった。その指を庇うように包み込みながら、上を見上げれば、やはり自分には気付かないまま、自分が生んだ蝶をはべらせていた。
 消えた蝶の変わりは、また新たな蝶で補われている。
 本当に何をしているのかわからない。
 わからないから、気になって、気になるから、動けなかった。
 堂々巡りのそれに、立ち尽くしたままという愚かな行動から抜け出せないでいた。
 ほんの一声、発することができれば、彼の意識が、こちらに向けられれば、変わるのだろうけれど、なぜか、今のアラシヤマには声をかけられない。声をかけてしまえば、今までの何かが変わってしまうような、そんな予感がするのだ。
 それが、ただの杞憂だと笑い飛ばしてしまえば、簡単なことだけれど、それすらも出来なかった。
 こくりとツバを飲み込む。意外に大きく自分の体の中に響いてしまい、それが相手に聞こえなかったかと、慌てて様子を伺ってしまった。けれど、彼の視線は相変わらずこちらにはない。ずっとずっと遠くへあり、すぐ近くにある自分の姿など欠片も映していなかった。
 自分の存在など元々なかったかのように―――。
 自分の存在など忘却の果てに流してしまったかのように――。
 彼には、自分の存在など必要なくなったのだろうか。
 じりじり…焼け付くのは、先ほど触れた炎に焦げた指先か、それとも――。
「アラシヤマッ!」
 気付いた時には、自分は彼の名前を叫んでいた。叫んだ瞬間、思い切り後悔してしまったが、もう遅い。
 相手の顔がゆるゆると向けられる。濃密な闇を含む宵の瞳が自分を姿を映しこむ。
 ドクリと大きく心臓が脈打った。
「シンタローはん」
 はんなりと笑みを浮かべ、名前を告げられたとたん、自分は捕らわれた。相手は、手を伸ばしても自分には触れられる位置にはいないにもかかわらず、その名を呼ぶことで、自分を縛したのだ。
 しまったと思った時には遅かった。
 ひらり…。
 アラシヤマの手で生み出されたばかりの炎の蝶が、アラシヤマが伸ばした手の中に舞い戻り、その手によって握りつぶされる。瞬間に、あれは自分だ、と思った。
 アラシヤマによって燃やされた炎が、当然のごとくアラシヤマの中へと吸い込まれる。胸の内に燃やされた炎もまた、アラシヤマに引き寄せられる。
 ひらり…。
 目の前にアラシヤマが舞い落ちる。炎を握りつぶした手が差し出される。何も告げない。告げる必要もない。
 もう全ては決まってしまった。
 その手に握り締められた瞬間、蝶と同じ運命を辿った。 
 
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