「おい、花火やるぞ、花火」
行き成り後ろ首を掴まれて引きずられたシンタローは、窮屈な状況で無理やり上を見上げ、ようやく総帥室から自分を拉致った相手を見ることができた。
「ハーレム」
そこにいたのは、美貌の叔父の双子の兄にあたるハーレムである。
「おう。何だ?」
名前を呼ばれたことで、こちらを振り向いてくれたハーレムに、シンタローは、自分の首元に手をあてた。
「く…る、しい」
思い切り引っ張られているために、喉が絞められているのだ。
声もろくに出ずにジェスチャーでそれを示せば、ハーレムはその太い黒眉を持ち上げ、頷いた。
「おお、悪い。これならいいか」
「うわあ」
そう言うと、立ち止まったハーレムは、行き成りシンタローを抱き上げた。
首を掴まれて引きずられるのも辛いが、こうして男にお姫様だっこをされるのも痛すぎる。
「やめろ、お前。下ろせ!!」
ここはまだガンマ団本部内である。どこに部下の目があるともしれないのに、この状況は総帥としての立場がまずい。
どうにかして降りようとバタバタと両手両足を動かしてみるものの、がっちりと抱きこまれており、あまり効果はなかった。
その上、余裕顔のハーレムは、真っ赤な顔をして暴れているシンタローを見ると、ニヤリと笑って言い放つ。
「煩い。あんまり騒ぐとその口をふさぐぞ」
何で口をふさぐかは言わなかったが、そんなことは言わずもがなという奴である。バッと自分の口を両手で隠し、大人しくなったシンタローをかかえて、ハーレムは上機嫌に外へと出て行った。
「花火をやるんじゃなかったのか?」
「そうだが」
ぶすっとした顔でその場に座り込んでいるシンタローに向かって、ハーレムはニヤニヤと笑いかける。
その笑みが気に食わなくて、ふいっと首を横にふってそらすと、シンタローは改めて目に入るその状況に溜息をついた。
「それならなんで飛行船に乗っているんだよ」
そう。ここはハーレムが常に利用している飛行船の中である。
しかし、現在はハーレムと二人っきりの状況だった。部下達は追い出したらしい。オートで運転可能な飛行船だから二人っきりだとはいえ心配ないが、けれど、まさか飛行船の中に連れ込まれるとは思わなかった。
「花火は普通外でするもんだろう」
ハーレムは、花火をやるぞ、と言ってシンタローを連れ出したのだ。
けれど、こんな狭い飛行船の中では、やれたとしてもせいぜい線香花火程度である。
もっともそんなものをやるぐらいなら、素直に外でやった方が気分的にも気持ちいい。
ぶつぶつと文句を言っているとハーレムが近づいてきて、額を小突かれた。。
「頭かてえな、総帥様は。ほら、見てみろ」
よっこらしょ、とまたもや抱きあげられてしまったシンタローは、誰もいない飛行船ということもあり、すでに抵抗もする気もなく、素直に抱き上げられたハーレムの首に腕を巻きつかせると、連れて行かれた窓から外を覗いた。
「なんだよ」
闇夜を飛んでいる飛行船。当然下も、まったくの闇だった。
遠くに街の明かりが見えるが、下は闇しかない。丁度山の上か、海の上かを飛んでいるのだろうが、ガンマ団本部からそう離れていないことを頭にいれ、地形を描けば、たぶん海の上というのが正解のような気がするが。
そう思っていると、行き成り眼下がぱっと明るくなった。
「うわっ」
驚いて、思わずハーレムの首にしっかりと抱きついてしまったシンタローに、ハーレムは嬉しそうに笑いつつ、
「また、来るぞ」
そう告げる。
「えっ?」
その言葉どおり、さらにそれは続いた。
ドンッ。
という音が、少し遅れて飛行船の中まで響き渉る。
「花火だ」
目の前に散っているのは大輪の花を模したような色とりどりの火の粉。
それは、紛れも無く打ち上げ花火であった。
それが、次々と連続して飛行船の真下あたりで打ち上げられる。
「でも、花火をするんだろう?」
花火大会を見学するとは思わなかった。
「してるだろう。俺の部下達が」
「えっ…この花火ってもしかして」
「ああ、ロッドたちが打ち上げているんだよ」
言われてみれば、確かに近隣で花火大会をするという報告は、シンタローは受けてなかった。
そんなお祭りのようなものはガンマ団には関係ないような気がするが、花火の音は下手をすれば大砲と勘違いされ、いらぬ災難を生む場合があるため、ガンマ団に音が届く範囲の地域では、いつ、どこどこで、何時に花火大会をするという報告が入ってくるのだ。
それを総帥であるシンタローが知らないはずがない。
個人的な打ち上げ花火とはいえ、これもまた報告義務のあるものだ。
だが、シンタローは知らなかった。
「おい、いいのか?」
「何がだ?」
「ガンマ団本部に、敵襲と勘違いされて撃たれたらどうするんだよ」
その可能性もなくはない。
だが、ハーレムにその質問はどうやら愚問のようだった。
「そん時は、そん時だろう。それで死ぬような部下は、いらん」
「………相変わらずだな」
あっさり言い切られればそれ以上何も言えはしない。
こんな上司の下で働くのは憐れなことだが、それでも本気で他の部署に移動したいと申し出るものがいないのだから、以外に上手くいっているのかもしれない。
もっとも、逆らうのが恐ろしくて言い出せないという可能性もあるのだが。
「でも、どうして花火を打ち上げようと思ったんだ?」
花火一つ作るのにも結構金がかかるはずだ。ケチなハーレムがたった一瞬の享楽のために、金を出したとは思えなかった。
「ただで、手にいれたからだ」
「オイッ」
「いいじゃねえか。どうせ放っておけば、分解されて武器に変えられていたもんだ。こうやって本来の使い方をしてやった方が、喜ばれるだろう」
その言葉から察するに、どうやらこの間命じた任務先の国でかっぱらって来たようだった。
「だが………」
「お前は気にしなくていいんだよ」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられて、首をぐいっと窓に押し付けられる。
イタタタッと声をあげればすぐに離されたが乱暴なものだ。
「花火を見てろ。折角お前のために、とってきたんだ。堪能しないと損だぞ」
「えっ……俺のため?」
意外な言葉に、素直に驚いて見せれば、照れ臭かったのか、その顔がそらされ、あさっての方向をむいたまま、呟かれた。
「見たいっていってただろう。花火が」
確かに、そういわれて見ればそんな会話をした記憶がある。
夏が近づいてきたな、という話をしていた中で、小さい頃親父と見に行った花火大会がまた見たいと呟いたのも覚えている。
そんな他愛もない言葉を覚えておいてくれたのだろうか。
覚えてくれていたのだ。だからこうして、自分に花火を見せてくれた。
嬉しさに顔がほころんでくる。
そらされたままのその顔を、伺い見ようとすれば、再び首を窓へと捻じ曲げられた。
「だから、俺じゃなくて花火を見ろって。俺に見蕩れるのはわかるが、俺ならあとからいくらでも見せてやるから、とりあず今は花火を見れ」
「別に、そう言うわけじゃないが……」
時折見蕩れることは、確かにあるのだが、今はそう言う意味でハーレムを見たわけではない。が、確かに、彼の言うとおり、もったいないのかもしれなかった。
こんなにも近場での見学者は、たぶん打ち上げている本人達を除けば、自分とハーレムの二人っきりだけなのだ。
「綺麗だろ」
「ああ、綺麗だな。――――上から見下ろすのもいいな」
一体何発かっぱらってきたのかしらないが、花火は立て続けに打ち放たれる。
「こうやってみれば、首が疲れなくてすむな」
「それもあるけどな」
情緒はないが実際問題否定できないその言葉に、苦笑しつつ、シンタローは闇に広がる大輪の花を眺める。
色とりどりの花火は、真っ暗な闇に咲いては散っていく。
「こうして見ていると、空を見下ろしている気分がして気持ちがいいよ」
普段では味わえない角度からの花火見学だ。
ハーレムの心意気に感謝しつつ、シンタローはそれを堪能した。
「ああ、終わったな」
「これでお仕舞いなんだ…」
ハーレムの言葉は、ひときわ大きな大輪の花を咲かせた花火が闇の中に溶けていくのと同時に耳に届いた。
「んじゃ、次は、もっと気持ちいいことでもやるか」
「はっ?」
明るく元気にそう言われたその言葉の内容がわからず、ぼんやりしていれば、抱っこ状態だったのが、そのまま床に下ろされた。
それだけならまだしもそのまま、押し倒されるように窓に背中を押し付けられ、ハーレムの身体が近づいてくれば、これから何が始まるのか、予想する前にわかるというものである。
「ちょ、ちょっとまて」
慌てて目の前に両手を突っ張らせれば、
「なんだ」
不思議そうな顔で、こちらを見られる。
だが、本人としては、そんなに悠長な余裕はない。
「こ、ここでやるのか?」
ぐるりと見回すそこは、普通の家ならばリビングにあたる皆が集う場所だ。
「今からどこかに降りてやるのも面倒だろうが」
当然のように言い放ったハーレムに、シンタローは思いっきりきっぱりと言い放った。
「お前の部屋があるだろうがっ!」
飛行船内は決して広くはないが、それでも一応居住スペースは各自用意されている。
当然ながら、ハーレムももってあり、一番広く快適に作られているのだ。
しかし、シンタローのその発言に、ハーレムはにやぁと嬉しげな笑みを浮かべて見せた。
「ほおう。お前も俺を誘うようになったか」
その言葉に、かぁと頬が火照るのがわかる。
もちろんシンタローは、そう言うつもりで言ったわけではなかった。
「ちがっ………でも、こんなとこよりは………」
ここは、ハーレムの部下達も集まる場所だ。こんなところで、やられた日には、恥ずかしくて二度と彼らがいる時には、ここにはこれない。
嫌だ嫌だと拒絶し続けると、
「わかった」
大きく頷いてくれたハーレムに、ほっと安堵の息をついたとたん、シンタローは、即効に後ろにあったソファーの上に投げられた。
「やっぱり、ここでやろう」
すかさず四肢を固定されて、逃げられないようにすると、満面の笑みでそう告げてくれたハーレムに、シンタローはと言えば、蒼白になりつつ叫ぶしかなかった。
「ちょっとまてぇ~~~~~~!!」
もっとも数秒後、完全にその口がふさがれてしまったのは、当然の結果である。
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