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 蒼く深い海の底に大きなお城がありました。そこには、海を統べる王とその子供達が住んでいました。
 ある日のことです。
「シンちゃん。どこへ行くのかな?」
 海の王マジックは、お城の廊下を歩いていた息子の一人を呼び止めました。
「あん? そんなこたぁ、てめぇに言うことでもねぇだろう」
 その可愛い生意気な返事に、マジックは、にっこりと微笑みました。
「シンちゃん―――ここで襲っていい?」
「すいません。ごめんなさい。ちょっと向こうに用事があるだけです」 
 シンタローは、慌てて頭を下げました。
 相手は、やるといったらやる男です。ある意味誰よりも危険人物な存在なのです。
 そのうえ、海の王であるマジック相手では、人魚であるシンタローでは太刀打ちできないのです。
 下手に不興を買うのは馬鹿がやることでした。
「ふぅ~ん。向こうに用事ねぇ」
 何やら思惑ありげな声音でそう呟くマジックに、シンタローは、じりじりとマジックから距離を保ちつつ、そのまま一気に逃げる隙をうかがっていました。しかし、もちろんそんなに思い通りにいくはずがありません。
 素早く距離を縮められると、がっしりと肩を捕まれてしまいました。
「シンちゃん。いっつも行ってるけど、外は危ないから出ちゃいけないからねv」
「んなッ! なんでわかるんだよ。俺が外へ行こうとしているのが」
 その言葉に、シンタローはビックリしてしまいました。
 マジックの言うとおり、シンタローは外へいくつもりだったのです。でも、それは父親に禁じられていたために、こっそりと出ていくつもりだったのです。
「シンちゃんのことなら、パパはなんでもわかるんだよ。さ、お部屋に戻るよ」
「はーい」
「んv いい子だね」
「――――と見せかけて、あばよ!」
 ガツッ!!
「~~~ッ! ……シンちゃんッ!?」
 良い子のお返事をし、マジックの促されるままに向きをかえたシンタローですが、マジックに隙が生まれた一瞬を身のがさず、マジックの脛を思い切り蹴りつけました。その痛みに怯んだ隙に、シンタローは、あっという間に外へと出かけていったのでした。
「シンちゃ~~~~~ん。カムバァ~~~~~ク!!」
 父王の叫びは、空しく廊下に響き渡ったのでした。





「ったく、うるせぇ親父め」
 シンタローは、毒づきながらも久しぶりの城の外を堪能していました。
 青い世界は、いつ見ても綺麗です。ですが、それを毎日見ていては、やはり飽きて来ます。
「ちょっと外を見るぐらい、どうってことないだろうが」
 シンタローは、尾を揺らめかせ、ぐんぐんと深い海の底から海面を目指して昇って行きました。
 シンタローの目的は、海面から顔を出し、空と陸を見ることです。そこは、海の底とは全然違った、色鮮やかで美しい世界が広がっているのです。
 海の中で退屈しきっていたシンタローにとっては、それは何よりも刺激的で、魅力的なものでした。
「せっかくの嵐だってぇのに、城の中でいられるわけがねぇだろ」
 海の中ではありえない光景を見せる外の世界ですが、特に面白いのが、海が荒れている時でした。海の深い底では感じられない強い雨と風が顔に打ち付けるのが気持ちよくてたまりません。高い波に身体が上昇したり急降下するのもスリルがあり、楽しくてたまりません。
 外が大嵐だと聞けば、シンタローはこっそりと外へ出てきていたのです。
 この日もそんな日でした。
 ようやく海面から顔を出すと、すぐに大波に顔を洗われてしまいました。丁度いい具合に、嵐の真っ最中のようです。
「すっげぇ」
 素晴しい荒れ模様にシンタローは思わず感嘆の声をあげました。
「あれ?」
 そうして、ぐるりと海面を見ていたシンタローでしたが、その視線の端に、面白いものを見つけました。
「船だ…しかも、凄くでかいな」
 シンタローは、小さな木の葉のように海に弄ばれている一艘の船を発見しました。こんな荒れた海の中を航海するのは、大変危険なのですが、その船は、嵐の中に存在しておりました。
「傍に行ってみよう」
 何か面白いものが見れるかもしれません。
 好奇心一杯で尾を翻すと、シンタローは、その船に向かって突き進んで行きました。傍へ近づくと、船は想像以上に、とても大きいことが分かりました。
 ですが、その船がいとも簡単に波によって左右上下へと大きく傾かされていました。
「あっ!」
 シンタローが声をあげた瞬間、もっとも高い波が、船を襲いました。そのとたんに船は、横へと大きく傾きました。海水が甲板を勢いよく洗い流し、そして何かが海に向かって落ちたのがシンタローの目に見えました。
「大変だッ」
 それが人であることが、海に潜って初めてわかりました。
 シンタローは、懸命に尾を振ると、沈んでいくその身体を追いかけて行きました。ようやく、沈むその身体を捕まえると、今度は海面まで上昇していきます。人一人分の重さに、尾を動かすのも辛いのですが、それでもシンタローは泳ぎ続けました。
「ふぅ…ここでいいだろう」
 シンタローがたどり着いたのは、どこかの岩場でした。
 嵐はもう遠くの方へと行っています。船も見えなくなってしまいました。その人間をもう、船に戻すことはできません。
 それでも陸地に連れていってあげたのだから、文句は言われないだろう、と思いつつシンタローは、岩の平らになっている部分を見つけ、にいて人間を一生懸命押し上げました。
「お~い、生きてるか?」
 シンタローは、半身を海につけたまま、拾ってきた人間の顔が波にかからないところまで引き上げると、ぺしぺしと手で頬を叩きました。
 ですが、青白い顔をしたそれは、なんの反応もしませんでした。
 ベシベシッと今度はより強く叩いて見ましたが、少し頬が赤くなっただけでした。
「……これは、あれか? 人工呼吸という奴をしなければいけないのか」
 もちろん海の中に住むものが、溺れるはずがなく、人工呼吸などという方法は知るはずがありませんが、年寄り達に話を聞いていて、シンタローも方法は知っていました。少々ご都合的な展開ですが、いいのです。
「まあ、いいか。不細工でもないし」
 自分を助けたものを改めてシンタローは見ました。
 そこにいたのは、とても綺麗な青年でした。キラキラと輝く金髪が目に眩しいほどです。きている服も立派なもので、シンタローは自分が助けたものに満足しました。
 なんとなくいい拾いものをした気分です。もちろん助けただけで拾ったわけではないのですが。
 そう言うわけでして、シンタローは、その青年の唇にそっと己のものを重ねて、息を吹き込んであげました。 
 何度繰り返したでしょうか、そのうち、青年の口から大量の海水が吐き出されました。
「よっしゃぁ!」
 それは、息を吹き返したあかしです。
 それを見届けると、シンタローは、そっと青年から離れました。自分の姿は人間とっては異形です。見つかってしまえば、捕まえられ見世物にされるのです。シンタローは、素早く海へと身を翻しました。
 ですが。
「まてっ」
「うわっ! な、なんだよ」
 シンタローの尾が行き成りつかまれました。ビチビチッと魚のように尾を振って暴れてみますが、捕まえられたそれは離してもらえませんでした。海の方向へ向かってシンタローは、叫びました。
「離せっ」
「嫌だ」
「なんでだよ」
「さあ?」
「分からないなら離せっ」
「それはダメだ」
 進展の全然ない押し問答の末、シンタローは尾を跳ね上げるのを止めました。
 そうして振り返ると、そこには自分の尾をしっかりと握った青年の顔が見えました。少し前までは死にそうな顔をしていたのが嘘のようです。そうして、晴れた日の海原のような瞳がこちらに向けられていました。
「俺をお前にとって命の恩人なんだぜ? 捕まえて見世物にしようとか思わないでくれ」
「なんで、お前を見世物にするんだ?」
「へっ?」
 シンタローは、てっきりそのまま陸地へと連れていかれて、見世物にされると思っていたのです。けれど、あっさりと違うと言われて、なんとなく拍子ぬけてしまいました。
「んじゃ、何ぜ俺を放してくれないんだよ」
「お前が逃げるからだろ?」
「だって、俺は人魚だぜ」
「そうだな」
「そうだなって…分かってるなら、逃げるも分かれよ。だいたい人魚は人の前には出ないもんだろう」
「そうなのか?」
「……いや、まあ俺も知らないけどさ」
 真顔でそう返されると、はっきりとした決め事など知らないシンタローはつい口ごもってしまいました。明らかにあちらのペースに巻き込まれているのですが、あいにくシンタローはまったく気付いてませんでした。
「それじゃあ、逃げなければ、それ、離してくれるか?」
 尾は、ぬるぬるしているために滑りやすく、相手はしっかりと握りしめているのです。ですが、その指が食い込んで、シンタローは、痛い思いをしていました。
「本当に逃げないのか?」
「海の神にかけて約束する」
 その言葉を口にすると、その青年は、ようやく手を離してくれました。
「あ~、痛かったぜ」
「それはすまなかった」
 すぐに謝ってくれる男に、シンタローはどう反応するべきか困惑してしまいましたが、仕方がないので、横柄に頷いてあげました。
「ああ。もう二度とんなことするなよ」
「わかった」
 やはり素直に頷いてくれるので、結局それについて、怒ることはできませんでした。
「ところで、何か用なのか」
 それが疑問でした。
 自分を見世物にする気がないならば、ここは溺れる心配のある海の上でもないのだから、自分には用事はないはずである。
 いったいなんのために、海へと帰る自分の行く手を阻むのかと問いかければ、その青年は、言いました。
「命の恩人にお礼をしなければいけないだろう」
「お礼?」
「そうだ」
「ふぅ~ん。どんなお礼だ?」
 思っても見なかったことですが、もらえるものはもらっておこうかな、とシンタローは思いました。素敵なものならば、海の仲間達に自慢してあげられます。
 あの胸に輝くピカピカ光る奴とか、指にはまっているキラキラ青く輝く石でもいいな、と思いつつ、期待に胸を膨らましていると、青年は、シンタローの目をじっと見て言いました。
「お前を俺の后にしてやろう」
「…………はぁあ?」
 それは何の冗談でしょうか。
 ですが、そう言った本人は、いたって真面目な顔をしておりました。
「えっと…なんで?」
「そういう話だからだ」
 当たり前のようにそう言ってくれますが、それで片付けられても困ります。
 シンタローは、慌てて否定するように、相手に向かって手をふりました。
「いや…マテッ。『人魚姫』の話を言うなら、あれは悲恋話だろ。結局王子と人魚姫は結ばれなかった――という」
「だが、人魚姫は王子を愛していたのだろう」
「まあな」
 それは間違いありません。
 だからこそ、人魚に戻れるチャンスをふいにして、王子から身をひいたのである。 
「それならば、お前は王子である俺に惚れているということだろう」
「いや、その展開はいささか強引じゃ…」
「だが、お前は寝ている俺にキスをしたじゃないか」
 その言葉に、シンタローは、一気に顔を赤らめました。
「意識あったのかッ!」
 あれは、意識を失っていると思ったからこそやったのです。なのに、しっかりと覚えていると言われて、シンタローは、そのまま岩場の縁に撃沈しました。
「事実を認めたな」
 それを掬い上げるように、キンタローの手が伸びてきました。顔を上げさせられ、シンタローは、決まり悪げに王子様を見つめました。
「いや、あれはただの人口呼吸――んッ!」
 キスとは違うといおうとしたシンタローの唇は、目の前にいた王子の唇に奪われてました。
 唐突のそれに驚いて口を開いたままでいると、そこからするりと王子の舌が入り込んできました。深く深く奥へと潜り込んでくるようなそのキスです。ですが、中の舌はまるで嵐の中の船のように忙しく動き回り、シンタローは海の底で溺れるような感覚を覚えました。
「んっ…あ…はぁ」
 ようやく唇を離されて、そのまま息も絶え絶えに砂浜に倒れこむと、その身体を王子様の手によって掬いあげられてしまいました。
「なっ、何する」
 暴れようとするその身体をたくみに押さえて、王子様はいいました。
「城に戻って婚礼の準備だ」
「マテマテマテッ! 俺は人魚だぞ」
 こんな身体で、結婚などできるはずがありません。
 そんなことをすれば、自分は結局は見世物と同じ目にあいかねません。そんなのは、ごめんです。
 けれど、そんなことを王子様がさせるわけがありませんでした。
「大丈夫だ。うちには腕のいいドクターがいる。あいつならば、お前を人間にしてくれるだろう」
 そう断言され、シンタローは王子のの腕の中で憮然とした顔を見せました。
「って…なんか話が違ってる」
 その通りです。何か色んなものをすっ飛ばしています。
 ですが、王子はまったく問題ないと言い切りました。
「気にするな。世の中ハッピーエンドならば、問題なしだ」
「そうなのか?」
「そうだろ」
 やはり真顔できっぱりと言い切られると、シンタローも真正面から反対し辛いものがあります。
「……まあな」
 それに、シンタローだってやっぱりアンハッピーエンドよりもハッピーエンドを望んでいるんです。
 抵抗をやめたシンタローに、王子は自分の城へ向かうために歩き出しました。けれど、数歩いくとぴたりと足を止めました。怪訝な顔で、止まった王子の顔を見ると、柔らかく微笑んでいる王子の顔がありました。
「ああ、言い忘れていたが。俺もお前に一目惚れしたからな。愛してるぞ」
「なんかそれ、すっごいずるい気がする」
 そんなことを言われてしまったら、もう逃げることはできません。シンタローだって、本当のところこの綺麗な王子様に初めて見た時から惹かれていたのですから。
「俺も……愛してるからな。―――ちゃんと、俺を幸せにしろよ!」
 どこかのお話のように、泡になるのは嫌です。そう告げたシンタローに、王子様はしっかりと約束しました。
「ああ。必ず幸せにしてやる」
 こうして、人魚だったシンタローは、ドクターの手によって人間となり、陸に住む王子様と一緒になりずっと幸せに過ごしましたとさ。

 めでたしめでたし。

 



 ――おまけ――

「シンちゃぁ~~~~~~ん! カムバァ~~~~~~~ク!!! ……しくしくしく、シンちゃぁ~ん。戻っておいでぇ~。パパ寂しいよぉ~~~~~~~~~!」
 深海で、その声がいつまでもいつまでも響いていましたが、その願いが聞き届けることは永遠にありませんでした。

 
 


 





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