夕方頃、雨が降っていた。雷鳴轟き、暗雲立ち込める空模様。なのに、気付いてみれば、雨はすっかり上がっていていて、空を見上げれば、星月夜。
それが良いか悪いかといえば、やっぱり良かったのだと思う。
だって、今日は7月7日である。
それならば、願うのはやはり晴れで、空に輝く恋人達の一年に一度の逢瀬を地上から見守りたいと思うのは、日本人なら当然のことだろう。
雨の名残の湿った風が顔に触れる。今日は一日中室内で業務をしており、空調設備が整っていた場所へいたために、その風は、少し生温く感じられる。けれど、久しぶりに受ける自然の風は心地よかった。今日は、真夏日と言われるほど気温があがったいたようだったが、それでも夕刻の雨が、涼を呼んでくれている。
人気のない屋上。ガンマ団内部とはいえ、誰もあまり立ち入らないその場所で、ひとり彦星と織姫を眺めていたけれど、どこからこの場所を聞きつけてきたのか、不意に背後から声が聞こえてきた。
「今年の七夕には、何の願いごとを書いたんだい? シンちゃん」
振り返るまでもなく、誰の声だかわかるそれに、シンタローは、空を見上げたまま答えてあげた。
「『商売繁盛』」
今日の昼頃、ガンマ団本部の中央にある吹き抜けに飾られていた巨大な七夕用の竹に、確かにそう書いてつるした。筆で、大きくはみ出すギリギリまで書いて、頂上付近に飾ってやったのだ。
商売繁盛は、大切な願いごとである。ようやく軌道に乗り出した新生ガンマ団。ここからが正念場なのだ。
ぜひとも叶えてもらいたい願いごとである。
うんうん、と一人納得して頷いていれば、背後の人物は不服げな声をもらしていた。
「え~~。確かにそれも必要だけどね。でも七夕だよ? もっとロマンチックにいかないかい?」
同時に、肩にぽんと乗せられた手に、条件反射のように、眉間にシワがよる。けれど、振り払うことはやめたおいた。そんなことをすれば、次は肩だけではすまないのである。とりあえず、その程度で我慢してくれている時には、そのまま放置が絶対安全である。
「つーか、恋人との逢瀬で忙しい奴らに、何を願おうっていうんだよ」
『商売繁盛』も、別に他力で求めているわけではない。そうやって自分の願いを書くことで、それを実現させるために頑張ろうという気持ちを高めるのだ。
別に本気で願いが叶うなどとは信じていない。
「え? だから、『子宝が授かりますように』とかv」
「……誰に?」
「シンちゃんに!」
ドゴッ。
肩に手を置いたまま背後から身を乗り出すようにしそう言ってきた相手に、シンタローは、右の腕を折り曲げて、後方へとついてあげた。そのとたん、背後からいい音がしてくれる。
「痛いよッ、シンちゃん!」
「てめぇが、ふざけたことを言ってるからだろうか」
すぐに苦情が飛んでくるが、知ったことではない。
第一、そんなことを願われても、お空のお星様達も困るだろう。生物学的に、自分はどうやっても子供を産めない身体なのだ。
「仕方ないね。じゃあ、叶えられる願いを叶えてあげようかな」
「は?」
どうやら先ほどの一撃だけでは、致命傷は与えられなかったようで、あっさりと復活してしまった相手に、背後から抱きしめられた。油断していたとはいえ、腕を巻き込むように腰に回された右腕一本だけで、身動きできずにさせられる。その状態でいれば、マジックは、あいている左手をこちらの目の前にさらし、何かをちらつかせた。
それは、青い短冊。
そこには、細いペンで願い事が書かれていた。
それを見たとたん、シンタローは、その短冊と同じくらい蒼ざめた。
「ああッ!?」
「これなら、パパでも叶えられるからねv」
「てめっ!!!」
弾むような声でそう言う相手に、青くなっていた顔が今度は赤く染まっていく。
慌ててそれを奪い取ろうとしたが、寸前でかわされてしまった。それは、またマジックの懐の中へとしまわれる。
そこに何が書かれているのか、読まなくてもわかっていた。あの願い事を書いたのは、他の誰でもないシンタロー自身なのだから。
(嘘だろっ…なんで、こいつがアレをもってるんだよ)
あの短冊は、誰にも見られないように、こっそり書いてそっと、他の短冊や葉で隠れるように書いたものである。しかも、あれには名前などは書いていないし、願い事の内容にも固有名詞は一切書いていない。なのに、しっかりとそれは、マジックの手にあった。一番見られたくない相手に、見られてしまったのである。
「さあ、シンちゃん。パパがお願い事をかなえてあげよう―――今晩は、君を離さないよ★」
「~~~~~~~ッ」
当然だけれど、読まれてしまっていたその願い事に、シンタローは、どうすることもできずにただ同意の意味を込めて、真っ赤な顔のままこくりと頷くしかなかった。
空には、すでに逢瀬を遂げている恋人達の星。
彼らが願いを叶えてくれたのか、これが運命だったのか、シンタローはマジックの腕の中で、短冊に書いた願い事を反芻した。
短冊の願いごと―――それはただ―――『ずっと傍にいてくれますように』…それだけ…。
PR