今日は12月12日。
僕にとっては大切な日で、誰よりも早起きをして、大好きな人に、朝一番に伝えたい言葉がある。
「パパ! 誕生日おめでとうv」
一人で目を覚まして、顔を洗ってお洋服を着て、それからちょっとまだ眠いのを我慢して、ダイニングルームで待っていたら、入り口から赤い服が見えた。その瞬間、僕は椅子から飛び降りて、駆け出して、そうしてその服目掛けて飛びついた。
同時に、朝からずっと言いたかった言葉を告げる。
『誕生日おめでとう』
今日は、僕のパパのお誕生日なのだ。
だから、誰よりも先に、お祝いの言葉をあげたくて、早起きしてパパを待っていたのである。
足に抱きついた僕は――だって、まだ僕の背は小さくて、パパは凄く大きくて、それが精一杯なのだ――そのままキュッと足に腕を回して抱きつく。いつもの感触。安心するっていうのかな。そのまま頬をくっつけて、すりすりして、大好きなパパに甘えちゃう。
本当は、もうそんな年じゃないけれど――今年で5歳になったし――でも、久しぶりにパパに会えたのだから、許して欲しい。パパだって、僕をよく抱き上げて、すりすりしてくれるんだから、おあいこだよね?
パパは、昨日までお仕事で遠くの方に行っていたのだ。でも、誕生日の日だけは、決まって朝はここに来てくれる。絶対にパパに会えるとわかっているから、早起きなんて辛くなかった。
「パパ大好きv」
「Σぶほッ!」
頬をすりすりしていたら、上の方で奇妙な擬音が聞こえてきた。でも、僕は気にしない。だって、いつものことだもん。こういう音って、パパの傍にいると結構頻繁に聞こえてくるんだ。どこの家庭でもそうだよね?
グンマとドクター高松が一緒にいる時も、よくこんな音が聞こえてくるんだもん。
ぽたッ…。
何かが上から落ちてきた。目線を下に落とすと、赤い点が床に描かれている。何が零れてきたのだろう、とよく見ようとしたら、パパの大きな靴で、それは隠されてしまった。
それで、今度はパパの方を見上げたら、いつもの笑顔がそこにあった。格好よくて優しいパパの顔だ。
「ありがとう、シンちゃん。今年も、シンちゃんから最初に『おめでとう』の言葉をもらえて、パパ嬉しいよv」
その言葉と同時に、大きくて優しい手が頭の上に乗せられる。ふわふわと撫ぜてくれるのが、とても気持ちがいい。同時に、ぽた…ぽた…と、水音がどこからか聞こえてくる気がするけど、気のせいだろう。ただ、パパの足は忙しなく動いているようだった。
「あ、そうだ!」
気持ちよくて、ついうっかり忘れていたけれど、まだ、大事なものをパパに渡していなかったのだ。
パパから一歩離れて、ポケットの中に手を突っ込んだ。そうして、ゆっくりとそこに入れていたものを差し出す。
「あのね、パパ。今年のプレゼントはね。これだよv」
両手に持ったそれをパパに差し出した。
それは、青系の粒の大きいビーズで作ったブレスレットだ。もちろん僕の手作りである。
何にしようかと悩んで、大好きな美貌の叔父である、サービス叔父さんに相談して、その時、サービス叔父さんが手首にはめていた綺麗なブレスレットが目に入ってきたのだ。それで、そういうものをパパにあげたいといったら、ビーズで作れることを叔父さんが教えてくれた。
「パパのために一生懸命作ったの!」
これを作るのは、僕には難しくて、ビーズが何度もバラバラになって、内緒だけど、ちょっと泣いたりもしたりした。
それでも、ようやく完成したそれを、パパはそっと大切そうに受け取ってくれた。それを顔に近づけて眺めてくれる。
「上手に作ったね。これ、はめてもいいかい?」
「うん♪」
もちろん、そのつもりで作ったのだ。
青い色ばかりを選んだのは、パパの瞳の色と合わせたかったから。そのブレスレットが、パパの腕にはまった。キラキラと光にあたって輝く。
ちょっとだけ、パパの瞳に似ていると思う。パパの瞳は、ビーズなんかよりもずっとずっと青が深くて綺麗なのだから、少ししか似てないのは仕方ない。それは分かっていたことだから、僕は、それだけで大満足だ。
「どうだい?」
「パパ、似合うよ!」
本当に似合ってて、我ながらセンスがいいと、思わず手を叩いてしまう。そうしたら、パパもにっこり笑ってくれた。
「そうか。それは嬉しいな。素敵なプレゼントを、どうもありがとう。シンちゃん」
また、頭を撫ぜられる。
「えへへ」
喜んでもらえれば、凄く嬉しい。
パパのためのプレゼントが一番悩むけれど、だからこそ、こんな風に喜んでもらえた時が一番気持ちよかった。
悩んだ甲斐がある! というものだ。
「あのね、あのね! でも、最初にグンマに、パパのプレゼントを相談したら、馬鹿なことを言ったんだよ?」
サービス叔父さんに相談する前に、従兄弟のグンマにもパパの誕生日に何を贈ればいいのか、相談にいったのだ。けれど、グンマは馬鹿だから、馬鹿な答えしか返ってこなかった。相談相手を間違えたという奴だ。
「ん? グンちゃんは何だって?」
「ん~とね。グンマの奴、『シンちゃん自身をあげたらいいよ』って言ったの!」
馬鹿だよね?
そう言ったとたん、周りが赤くなった。
「Σブゥ~ッ!!」
「パパッ!? どうしたの?」
行き成りパパは、あらゆる穴から血を噴出して膝をついたのだ。幸い、最初の噴射があまりにも勢いがよかったから、すぐ真下にいた僕にはかからなかったけど、パパは、そのまま膝を床につけてしまった。
「大丈夫?」
そう訊ねてみれば、パパはなんだか虚ろな顔をして、どこか遠い目をして呟いてくれる。
「ああ…花畑に天使達が…笑ってる…ふふっ…」
「パパ?」
意味わかんないよ。
僕には、花畑も天使さん達も見えないけど、パパはどうやらそれらが見えているみたいだ。ちょっと羨ましいな。
でも、なんだか危険な気がしたから、なるべくパパのような見方はしたくない気がする。
「――それにしても、シンちゃんはなぜそれをやめたのかな?」
それから10分ぐらいたって、ようやく復活したみたいな、パパが、そう尋ねてきた。その頃には、僕は退屈していて、傍にあった椅子の上に座って遊んでたりしたんだけど、パパの質問には、きちんと答えてあげた。
「だって、僕はとっくにパパのものだもん!」
パパのためならなんだってするんだから、今更、パパに僕をあげるなんておかしいよ。
にっこり笑って、そう言うと、
「Σぐほッ、がふッ!!」
そんな妙な声がして、あたり一面が赤く染まった。
「うわッ!」
ビックリした。慌てて、椅子の上に登って避難する。反応が早かったために、被害はゼロだ。
赤い海が一瞬のうちに出来ていて、その中に、パパは倒れていた。
行き成り出来た赤い液体の中に浸ったパパが、何か言っていた。
「シンちゃん…パパも永久の愛を君に誓うよ……ジュテーム」
「……パパ?」
パパの言っている意味がよくわからないけれど、とりあえず、パパがそのままぴくりとも動かなくなったから、僕は、靴下が赤く染まって、汚れるのを気にせず、床に下りた。
ぬるぬるして気持ち悪いけど仕方がない。滑らないように、ゆっくりとパパの元へと歩く。そうして、パパに触れると、その顔を思い切り叩いた。
ビシバシッ!
「パパ! パパ!」
反応無し。
「……また?」
だんだん血の気がなくなって冷たくなってきたから、僕は、すぐに立ち上がって、高松を呼びに走った。
こういうことは、初めてじゃない。というよりも、しょっちゅうだったりするから、慌てる必要はないんだけど、高松は、一刻も早く処置しないといけないといってるから、こういうことがあったらすぐに呼びにくるようにしてるんだ。
あ~あ。靴下は、もう脱いじゃおう。
ズボンも少しだけ汚れてしまった。
僕と一緒の時に、こういうことはよく起こるんだ。でも、僕がいない時にこんなふうになったら、誰が、パパを助けてくれるのかな。僕が傍にいる時だけ、そうなってくれればいいけど。
本当に、パパってちょっと困った人だよね。僕がいないと、駄目なんだから!
でも、僕はそんなパパが大好きだよv
『お誕生日おめでとう! パパ★』
……こんな話にする予定だったかしら?
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