「くふっv くふふっvv」
不気味な含み笑いが漏れる。それは、部屋にいる部下達にもしっかりと聞こえているのだが、もちろん優秀なる部下達は、見なかったこと聞かなかったことにしていた。
藪をつついて蛇を出す。むしろ蛇どこか大蛇や龍になりかねないそれに触れるほど愚か者はいなかった。
「早く、お昼にならないかなぁ~」
るんとはしゃいだ声が漏れる。
ウキウキ★わくわくな気持ちでマジックの胸ははちきれそうであった。実際にはちきれてしまえ!…と望んでいる部下は――何人いるかは内密にお願いしたいものだ。
先ほどから何度も眺めている時計は、11時50分を示していた。12時が待ち遠しいのに、いつも以上に遅々としか進まないのは気のせいだろうか。気のせいです(キッパリ)
もしかしたら時は止まっているのだろうか。そんな心配もしてしまう。時よ、動け★と叫びたい気分だ。もちろん迷惑だからやめて欲しいものである(キッパリ)
休憩時間まで残り10分を切る。
すでに冷徹なガンマ団総帥の仮面は剥がれ落ちていた。
もっとも、ここに務めているのは、腹心の部下達ばかりで、こんな総帥の顔も幸いというべきか災いというべきか――どちらかと言えば後者だ――何度も見たことあるために、動揺するものはひとりもいなかった。しかし、もちろんその異様なテンションに中てられる部下達は、たまったもんじゃない。
とはいえ、マジックは、仕事はしっかりとこなしていた。
決裁が必要な書類に目を通し、総帥印を押していく。それでも、一枚書類を片付けるごとに、ちらりと時計を見ては、にやけたり、不満げな表情になったりと、いつも以上に顔面の筋肉を酷使していた。
そんな苦境の状況下に耐えていた部下達だが、それもようやく終わりを迎えた。
時計の針が12時を指す。
『やった!』と心中で喝采をあげた部下達は、安堵の笑みとともに総帥席へと視線を注いだ。しかし、すでにそこに総帥の姿はなかった。
「シンちゃぁ~~~~~~~~~~んvvv」
すでにはるか遠くへと行ってしまったマジックの声が、ドップラー効果によって低く唸るような音だけが残されていたのだった。
「シンちゃん♪ おまたせ!」
愛息が待つキッチンへと辿りついたマジックは、だが、即座に鼻を押さえた。
「あ、パパぁv お仕事お疲れ様」
愛らしい声での労いの言葉。それもマジックの萌え琴線に強く触れるが、それ以上に刺激的なのは、真っ白なフリル付エプロンだった。
お子様用のため、大きすぎることはなかったが、それでも丈の長いそれは、膝がギリギリ見えるぐらいの長さまであり、そのおかげで短パンはすっかり隠れ、袖のない白いシャツの上に着ているそれは、見ようによっては――裸エプロンだった。
(グッジョブ! シンちゃん。むしろ、ナイスだエプロンッ!)
それだけでも生きてきた甲斐があるというものである。熟練の技で、素早く鼻から垂れる血を拭い取り、愛息の元に近づくと、キッチンに台を置き、その上に立っていたシンタローは、そこからぴょんと飛び降りた。そのままとてとてとダイニングテーブルの元へとたどり着くと、その中の椅子をひとつ後ろに引いた。
「席に座って待ってて、パパ。すぐに用意するからね」
今日のお昼は、なんと!シンタローが作ってくれることになっていた。そのために、昼が近づくごとにマジックのボルテージが上昇していったのである。今はもう最高潮だ。
手に握り締めているハンカチはすでに滴るほど真っ赤である。それを気付かれないうちにゴミ箱に捨てた。
「あのね、僕ね、カレー作ったんだよ!」
再びキッチンに戻り、鍋の前に立ったシンタローが、そう告げる。
「それは嬉しいね。パパはカレーが大好きだよv」
「うん♪」
お子様でも作れる料理の代表格にあげられるものだろう。それでも小さなシンタロー一人で作るのは大変なはずだった。だが、それもこれも全て大好きなパパに食べさせるためである。
そこまで考えたマジックの顔は、みっともないほどしまりのない顔であった。
「あのね……でもね、お店にあったカレールーを使っちゃったから…パパのお口に合わないかも」
おずおずとそう告げてくれる姿が可愛らしく、さらに相好を崩しそうになる。
「気にしなくていいよ、シンちゃん」
確かにマジックは、もちろん各種のスパイスを混ぜ合わせて、一からカレーを作る。そうすれば、自分好みの味やシンタロー好みの味に調節しやすいからだ。別に市販のルーが不味いからではない。
「シンちゃんが作ってくれたものが、美味しくないわけがないだろ?」
「ありがとう、パパv」
最後の仕上げのため、鍋をかき回していたお玉を握り締めながら、くるりと振り返ってにっこり笑うシンタローの愛らしさに、思わずそちらを食べてしまいたくなった、お約束パパであった。
「はい、どうぞ。召し上がれv」
ことりと目の前に置かれる白い皿。シンプルな深皿の中に、白いご飯とカレーが盛られて置かれた。黄色のルーからちょこんと出ているちょっと不恰好なニンジンやじゃがいもが顔を出しているのはご愛嬌だ。ほかほかと湯気を出すそれは、とても美味しそうであった。
「ありがとう、シンちゃん」
マジックは、にっこりと笑うと、その皿の前をパンッ! と両手を合わせた。
「頂きまーす」
その言葉と共に、スプーンをカレーの中に差し入れ、パクッと口に入れる。じっとそれを見つめる愛息に、マジックは満面の笑みを向けてあげた。
「すっごく美味しいよ、シンちゃんv」
「ほんと?」
ことりと首を傾げ、じっと自分を見つめるその愛らしい姿に、マジックは噴出しそうになる鼻血を気力で抑えて言った。
「本当に決まっているよ。シンちゃんは料理の天才だね!」
「わーいv」
その場で嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねるその可愛らしさにとうとう耐え切れず、マジックはあふれ出した鼻血を素早くふきとった。
「シンちゃんも一緒に食べようv」
シンちゃんの手料理を、シンちゃんと共に食べる。そんな至福を味わおうと、そう言ったマジックだが、思わぬ反応が返ってきた。
「ううん」
「え?」
横に首を振るシンタロー。
「僕ね。もう約束しちゃったのv」
その言葉に、ぴきりと氷りつくマジックをよそ目に、シンタローは、いそいそとマジックよりも、明らかに豪華で綺麗な皿にカレーをつぎはじめた。その顔は、かなり真剣でルーが縁に落ちれば、キュッと布巾でそれを拭い取った。その後に、シンタローの分と思われる小さな器にもカレーを盛る。
二人分のカレーライスが出来上がった。
しかし、もちろんすでにマジックの分はここにある。
「それは…誰の分だい? シンちゃん」
嫌な予感がする。
「サービス叔父さんの分なのv」
予感的中。
あっさりとそう言うと、シンタローは、エプロンを脱いで、大きなお盆にカレーを乗せていった。
「美味しかったらね、あげるって約束したの。そしたら、叔父さんが一緒に食べようって♪」
「……パパは味見役かい?」
「うん♪」
きっぱりはっきりと頷いてくる容赦のない愛息である。
「ふふっ…罪作りだね。マイハニー」
そんな小さな呟きがマイハニーシンタローに届くことはなかった。
「パパ、好きに食べていいからね。バイバイv」
準備が整ったのか、小さな身体に大きなお盆を抱え、その姿は消えていく。
「――それでも、私は君に夢中だよ」
ぽつんと一人、ダイニングに残されたマジックは、焼け酒ならぬ焼けカレーをするために皿の中身をがっつき始めたのだった。
それでもシンちゃんは、パパ大好きですからッ!
というか、これを書き終えた後で、カレーは大失敗★ すっごく不味いカレーをパパが必死に食べきって、瀕死の状態に陥った…というオチのほうが面白かったかもと思い、残念に思いました。あ~あ。
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