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 ひらり…。
 手の平の上で、生み出された炎の蝶が踊る。
「行きなはれ」
 そう告げ、手を振れば、まるで意思を持ったかのように、迷いなく炎の蝶は飛んでいく。行く先は、かすかに見える、あの人の元。
 ここからでは小さな背中しか見えず、手を伸ばせば握りつぶせそうなほどで、実際は、そんなに容易く潰されるような人ではないことはわかっていても、生まれる不安は、さらに増大する。
 紅蓮の炎を纏った蝶がゆらりと闇夜を舞う。
 深く沈んだ闇の中を、明々と照らす確かな灯火。けれど、光を満たすためのものではなかった。
 ただの明かりとりではないそれは、触れれば人一人を消し炭に出来るほどの力を込められたもので、それ故に、生み出すごとに体力までも削りとられる。ひとつ生み出すたびに、身体が重たく感じた。それでも、構わなかった。
 ひとつだけでは足りぬと、さらにふたつ…みっつと生み出される。業火を纏い羽を広げ、飛び立っていく。
 今の自分には、これに託すしかない。
 だから、自分の代わりに数多くの炎の蝶を送った―――彼の人を守れと、願いを込めて。
「ほんまは、わてが傍にいたかったんやけど……」
 それは、許されなかった。
 敵対していた某グループとの和解のための交渉。
 その交渉には、彼一人のみを選んだ。それ以外は、認めない。
 罠であることなど分かりきっているのに、彼は、単独でそこへ乗り込んだ。部下達を騙し、家族の者達までも騙して、ここへ来たのである。馬鹿馬鹿しいほど正直に、ただ一人きりで。
 おそらく、1パーセントの確率であろうとも、これ以上互いの被害なく和解できる可能性を潰したくなかったのだろう。同時に、彼自身の強さも過信しているはずだった。 
 確かに彼は強い。
 けれど、何が起こるかを、全て予測できるものはいないのだ。まして、一人の身で出来ることは限られている。
 それでも、町の中央にある広場に、彼は堂々と立っていた。
 そこが交渉の場であった。
 つい先日、戦禍が通り過ぎたばかりそこは、荒れ果てた廃墟と化したまま。それを担ったのは、ガンマ団で、『半殺し』と言っておきながらも、それでも二度と同じ姿には戻れぬほどに打ち砕かれたその姿を見た時のシンタローの顔は、苦渋で歪んでいた。
 仕方がないこととはいえ、それでも明らかに人が息づいた場所が、墓地と変わらぬ静けさと虚ろさを帯びたことに、優しい彼が、苦痛を感じないはずがない。
 相手はそれを知った上で、ここを指定したのだった。
 相手は、まだ見えていない。だが、そこで彼を撃ち殺すのは簡単だった。待ち伏せしていれば、気配も悟られづらい。真正面にある半分ほど瓦解した無人ビルの窓から、弾を撃ち込めばいいだけだった。
 それは単なる想像である。
 けれど、それほど間違ってはいないはずだった。自分の勘には自身を持っている。
 アラシヤマは、またひとつ蝶を生み出した。
 揺らぐ炎の蝶の行く先を見つめ、そっと指先を唇にあてる。
 そうするだけで、先ほどここに触れたその柔らかさをまざまざと思い浮かばすことができた。
 彼の唇。
 それは、突然の行為で、初めての行為でもあった。意思の疎通などなく、あちらから仕掛けられたもの。
(この意味…教えてもらいますえ)
 それは生きて戻ってくれなければ、聞き出せないことで、だからこそ、彼には生きて帰ってもらう理由があった。



『なんでてめぇが、ここにいるわけ?』
 驚いた表情に、飄々とした表情で返す。
『あんさんの考えることなどお見通しどすえ』
 馬鹿正直に、一人で交渉の場に向かうことなど分かっていた。そして、他の者が止めるだろうことを予想して、その全ての可能性を潰して、ここへ来ることも分かっていた。それならば、さらに先回りすればいい。
 交渉の場をどれほど変更されようとも、そこは蛇の道は蛇。知る手立ては皆無ではない。そうして、情報を得られれば、後は簡単である。彼の前に姿を現せばよかった。
 とたんに、険しい表情をされ、鬱陶しげな視線を投げつけられるが、それでも構わなかった。
『罠どすえ?』
『わかってるさ』
 そんなことは今更だ、と笑って告げられる。あっけらかんとしたその表情は、こちらの深刻な気分をもさらって言ってしまいそうだが、それが上辺だけのものであることは、分かっていた。
『死にたいんどすか?』
『まさか―――俺は、いつだって生きて帰るつもりだぜ』
 真っ直ぐと見つめられる。その眩しさに、思わず眼を細めてしまった。
 いつでも、自分はその輝きに敵わない。その光に、惹きつけられ、魅入らされ、心奪われるのだ。その隙に、彼は思うとおりしてしまう。そうして、全てが終わった後、笑うのだ。『大丈夫だっただろ』と。
 こちらの心配など、彼は必要としていないのだ。
 それを感じるたびに、胸が焦げる。
『それに、お前だって信じてるだろ?』
 ―――俺が生きて帰ることを。
『そうどすな』
 彼の望む言葉を返してあげる。
 けれど、彼が思うような意味ではなかった。
 彼が死んだ後のことなど想像したくないから、そんな考えは常に捨てるようにしているだけだ。彼がいなくなれば、自分の存在など、この世にある必要がなくなってしまうからである。
 だから、生きて帰ってくれなければ、困る。自分はまだ、死ぬ気ではないのだから。
 けれど、そこまでの思いは彼は知らない。知らなくてよかった。自分の命まで、彼に背負わされる気はない。
『なら、そこでいい子で待ってろよ』
 ――ちゃんと帰ってくるからさ。
 なんのつもりだろうか、そう言った瞬間、胸元を捕まえられ、引き寄せられた。唐突すぎるそれに対応は遅れ、傾く自分の顔に、何かが重なる。
 ふわっ。
 柔らかな感触が唇に触れた。それが、相手の唇だと気付いたのは、彼の顔が遠ざかってからだった。
『シンタロー…はん?』
 なぜ、キスを?
 その疑問には、彼は応えてくれなかった。ただ、
『行って来る』
 そう告げ、そしてこんな時にも関わらず、まがい物ではない満面の笑顔を自分に向けてくれた。
 その眩しさに、やはり自分は眼を細める。そして止め損ねる。
『……おきばりやす』
 自分に言えるのは、それだけだった。
 唇には、まだ先ほどの感触が残っている。柔らかい――けれど、少し乾燥した唇。そこに込められたものはなんだったのだろうか。
 彼に尋ねたかったが、その時間もなさそうだった。
 交渉時刻までは、もうそれほど残っていない。
『じゃあな。お前は、絶対に姿見せんじゃねぇぞ』
 後ろを振り返り、交渉の場に視線を向けた相手を、アラシヤマは痛みを堪えるかのような表情で見つめた。きっと彼にはわからない。これから、彼を待つものの苦しみなど。
 彼の身に何かあれば、自分を抑えられる自身はない。抑え付けていた力は全て解放され、この辺りは炎の海と化すだろう。そして、彼の死が確認された時には――その火は全て自分に襲い掛かるのだ。
 それは当たり前すぎて、彼が死んだ後など、自分は存在してないことは容易に分かることだから、その思考は、あっさりと飛ばす。
 代わりに、彼を生かすことだけを考える。
 自分は傍にはいけない。心はすでに、彼の元へと飛んでいるけれど、心だけでは彼は守れない。 
 だから―――。
 ひらり。
 炎の蝶を生み出した。
 交渉は、まだ始まらない。だが、不穏な空気は刻々と周囲を包み込んでいる。思ったとおりだ。
 それならば、こちらも遠慮することはなかった。
 次々と生まれる炎の蝶は、シンタローの周りを取り囲む。彼も、蝶の主を知っているだろうが、こちらへ振り返ることはなかった。ただ、真っ直ぐと毅然とした態度のまま、そこに立ち尽くしている。
 彼のその潔い姿は、自分の胸を常に熱くする。そして、何よりも欲してしまう。
 ちろり。
 アラシヤマは、唇の上を舐めた。
 そこには、彼を帰らせる理由がある。何よりも、自分は彼をまだ、手放せない。
「ほな、いきまひょか」
 にぃと口の端を持ち上げて、綺麗な笑みを形作る。彼の屈託のない笑みには敵わないが、対抗するつもりもない。
 交渉決裂。
 戦闘開始。
 予想通りだ。
 傍には近寄らない。けれど、先に送った蝶達が、自分の役目を担ってくれる。
「シンタローはんに群がる、うざったい虫けらどもは、燃え尽きなはれ」
 ひらり。
 見据える先から、炎の柱があがった。



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