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kks



 紫煙が天へと昇る。
 目に眩しい蒼天に、たなびく雲のよう燻る。
 吐き出されたばかりのそれを目で追いながら、シンタローは、後ろへと体重をかけた。しっかりと背中が支えられると、そのまま軽く首を後ろへと回した。
「なあ…」
「なんだ?」 
 呼びかければすぐに帰ってくる声。
 それは、背中の向こう側から聞こえてくる。
 少し振り返れば、細い金糸のような髪が頬をくすぐる。
 そこにいるのは、キンタローだ。
 ガンマ団の敷地内にある棟の一つの屋上で、むき出しのコンクリートの床に座り込み、二人で休憩と称してタバコを吸っていた。
 仕事はもちろんたんまりとある。
 だが、急ぎのは全て済ませてきた。
 こんなのも気持ちいい秋晴れの下で、陽光の差し込まぬ部屋にいて仕事尽くめなのももったいない。
 そう思ったからここにいた。
 たまには、こういう息抜きも大切なのである。
 風が通りすぎる。
 夏の絡みつくような風ではなく、いつのまにか、さらりと心地よい冷たさすらも孕んだ秋風と変わっていた。
 季節は確実に移ろっている。
 デスクワークのみだけではないが、それでも季節を感じるのを忘れるほど仕事に忙殺されていて、もう秋なのだと気づいたのは、今日だった。
 こうして二人で、ゆったりと外にいるのも本当に久しぶりなのだ。
 背中合わせで座った状態で、最初は、他愛のない話をしていた。
 最近の親父はどうだとか、グンマが妙なもんを作っているとか、コタローはまだ目覚めない……とか。
 それから、少し会話が途切れて、心地よい沈黙が二人の間を漂い、少しばかりタバコの吸い上げるスピードが上がった。
 そして、新しいタバコに火をつけたのと同時に、沈黙を破って、シンタローが声をかけた。
「たいしたことじゃねぇけどさ」
 指先に挟んでいたタバコを口に銜え、吸い込んだ。
 こんなにいい天気で、久々にのんびりできていて、だから、時々疑問に思いつつも忘れていた言葉を、相手に問いかけることにした。
「ああ」
「俺は、なんでお前が好きなんだ?」
 それがつい忘れてしまう疑問。
 吸い込んだ煙とともに、吐き出された言葉に、即座に背中側から声が帰ってきた。
「俺だからだろ」
「なんだよ、そりゃあ」
 あっさりとした答え。
 彼らしいと言えばらしすぎる、どこかボケたその答えに、シンタローは、くくっと喉を鳴らした。
 揺れる身体に、タバコの灰がぽろぽろと零れていく。
 次を吸わなければいけないのだが、それも忘れて、シンタローは、肩を小刻みに揺らした。
 可笑しい。
 可笑し過ぎる。
 どうやらツボにまではまったようで、前屈みになって、腹筋を痛めるほど、しばらく笑っていたのだが、相手は、何も言わずにじっとしていた。自分が笑われたことに気づいているのか気づいてないのか、どっちにしても彼ならば、それほど態度は変わらないだろう。
 涙が目じりから零れるほど笑った後で、ようやくそれが収まった。
 うつむいたことで、前に流れてきた髪をシンタローはかきあげた。
 澄み渡った青空が目に映る。
 照りつける陽光に目を細め、シンタローは、ふっと笑み浮かべた。
「で、俺はお前だから惚れたってか?」
「違うのか?」
「さあな」
 不思議そうな顔をされ、問い返されるが、シンタローは、首を横へと振っていた。
 わからない。
 本当に謎だったのだ。
 だから、聞いてみたのだが、どうやら無駄な質問だったようである。
 キンタローも、その答えを知らないのだ。
「けど、俺だってしっかり彼女はいたんだぜ?」
「知っている。その時、俺は、お前の中にいたんだからな」
 24年前までは、キンタローは、シンタローの中にいて、全てを見聞きしていたのである。
 当然、シンタローが過去付き合った女性の数やら初体験の状況などは、彼にはモロわかりというなんとも恥ずかしく居たたまれない事実がそこにある。初めてその事実を知った時には、これ以上ないというほど赤面し酷く狼狽しまくったあげくに、相手に向かって眼魔砲を連射した覚えがあるのだが、今は、いい思い出である―――ということにしている。
「あっ、そうか――――なら、分かるだろう? なんで、俺がお前に恋するんだよ」
 異性を恋人にしていた自分が、なぜ、彼を選んだのか、わからない。
 だが、シンタローのその疑問に、さらにキンタローが疑問で返してきた。
「恋をしたのか?」
 それは思っても見なかった言葉で、けれど、その問いかけに、シンタローは、ぽんと近くの膝を手で叩いてみた。
 なるほど。言われてみれば、そうである。
「あっ……してないか」
「してないだろ?」
「してないなぁ」
 くすくすくす…。
 また、笑いがこみ上げてくる。
 確かに、自分はこの背中の相手に恋というものをした覚えはないのだ。
 所謂、トキメキという奴を彼に感じたことはない。
 『痘痕もエクボ』『恋は盲目』というが、彼をそんなふうに、美化して見た覚えは、自分にはない。
 手を繋ぐこともキスすることさせ、緊張を覚えたことはなかった。
 これは恋じゃない。
 それは恋とはいえない。
 だから、自分は彼に『恋をした』わけではないのだ。
「そっか……。気づかなかったな」
「そうだな。でも、別にかまわないだろ。そんなこと」
「まあな」
 そんなことは、たいしたことではない。
 恋が大事だとは思わない。
 それよりも大切にしなければいけないのは、そこに含まれる想い。
「お前は、俺を愛してくれているのだから」
「そうだよな」
 断言するようなキンタローのその言葉に、シンタローは、躊躇いもなく肯定する。
 確かに、自分は彼を愛している。
 それは、もう分かっていることだった。
 秋風が二人の間を吹き抜ける。
 漆黒の髪と黄金色の髪が、絡まるように混じりあう。
 髪の一部を押さえつけ、空を見上げたシンタローに、同じように空を見上げたキンタローの後頭部と軽く打ち合った。
 こうして互いが傍にいることが、当たり前のように感じつつも愛しく思えるのは、自分が彼を愛しているからなのだろう。 
「それでいいんじゃないか?」
「いいのか?」
「いいんだろ。俺は、お前が俺を愛してくれているなら、それでいい」
 きっぱりと言い切られてしまえば、それはそれでいいのだと納得せずにはいられない。
「まあ、そうだけどさ。んじゃ、今までの恋はどうなるんだよ」
 彼を愛しているのはいい。
 それならば前の恋人達には、愛がなかったのだろうか。
 そうだともいえるし、そうじゃないともいえる。
 恋がない愛。
 それは、『有り』だ。今の自分達がそうなのだから。
 だが、愛のない恋はあるのだろうか。
 それとも、恋と愛は、やはり全然別のものだろうか。
 シンタローは、紫煙を空に向かって吹き上げる。
 それで、タバコを吸い終わってしまった。携帯灰皿に、それを丁寧に押し込める。
 もう、やめようとは思っていたのだが、解決しない疑問に、むしゃくしゃする気分を晴らそうと、タバコの箱を出すために、胸ポケットから、それを取り出したが、すぐに、くしゃりと握り締めた。空っぽだ。
 そう言えば、あれが最後の一本だったのだと今更思い出してしまった。
 眉を顰め、チッと舌打ちすれば、ポンと頭上から何かが落ちてくる。
「ほらっ」
 とっさにそれを受け止めれば、見覚えのあるパッケージ。
「サンキュ」
 それはキンタローがいつも吸っているタバコの銘柄だ。
「マルボロか――――『Man always remember love because of romance only』だっけ」
「何を行き成り」
 普段は日本語しか話さないくせに、行き成り英語を口にしたシンタローに、キンタローは、振り返り、珍しく驚いたように片眉を持ち上げて見せた。
 それでもその表情から、意味はちゃんと把握しているらしいことは見て取れる。
 ニヤリと笑みを一つ刻むと、パッケージから、一本タバコをもらい、ポンと先ほどと同じように、箱をほうり投げて返す。
「昔、叔父さんに教わった言葉だよ。その頭文字をとって、『マルボロ』って言うんだと」
 ポッとタバコの先端に火を灯す。再び紫煙がゆるゆると天に燻らす。
「なるほどな」
 確かにその通りだと、納得したように頷くキンタローがいる。
 その背後で、タバコを銜えつつ、シンタローは、一人頷いた。
「ああ。なんか、わかった気がする」
 先ほどの疑問の答え。
 自分が、なぜキンタローに恋をしなかったのか、そして、愛しているかの答え。
 不意に納得できる回答が浮かんだ。
「そうか」
「そう。お前に教えてもらったみたいなもんだな」
 それは、キンタローが投げてくれたタバコの箱が、決め手だった。
 マルボロの意味が、それを教えてくれたのだ。
 恋に恋した時期は、もう終わっていたのだということ。
 そして、その恋があったから、彼を深く愛せたのだということ。
 これで、疑問は解決である。
 とりあえずは、自分はその答えで満足しているのだから、それでいいのだろう。
「お前のおかげだな」
 あっけなく見つかってしまった答えに、なんとなく呆けたような口調で、そう呟けば、相手がおかしそうに肩を揺らした。
「それは光栄だな」
「ああ、誇りに思いやがれ」
 丁重に言葉を返し、同時に込み上がった笑い声とともに二つの紫煙が天へ昇った。










『Marlboro』=『Man always remember love because of romance only』=『人は本当の愛を見つけるために恋をする』
 
 

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