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mss



(最悪……)
 廊下を歩いていたシンタローは、前方十メートル先にいる人物を視界に捕えたとたん、反射的に顔を顰めた。
 このまま回れ右をして、見なかったことにしたいが、そうなると、後五分後に控えている朝の会議に間に合わない。普段なら、もう少し余裕を持って出てくるのだが、今日は、少し事情があって遅くなってしまったことが悔やまれる。そのおかげで、一番出会いたくない相手に対面しようとしているのだから、本当に最悪であった。
 何事もありませんように。
 そう願いながら、目の前からやってきた相手とすれ違う。
「おはよう、親父」
「おはよう、シンちゃん♪ 今日も可愛いねv」
 朝から、テンション高く満面の笑みで挨拶をしてくる相手をするりと避け、そのまま通り過ぎようとしたシンタローだったが、その去り際に、がっちりと腕をつかまれた。
 ビクッ。
 思わず身体が反応するのを、悔しいかな止められなかった。しかし、そこで怯むわけには行かず、キッと漆黒の瞳を光らせ、振り返った先にいる相手を睨みつけた。
「なんだよ、親父。今から会議に出なきゃいけないから、あんたの相手をする暇ねぇんだけど」
 そっけなく、そう言い放ち、ついでに握られているそれを振り払おうと渾身の力を込めたものの、向こうに予測されていたおかげで、成功はしなかった。
「会議? これから君の行く場所は、ベッドでしょv」
「なッ!」
 決定事項のように言われた言葉に、うろたえるシンタローを尻目に、マジックはその腕を掴んだまま、ずんずんと先ほどシンタローが来た道を引き返し始めた。通りすがりにつかまれたために、マジックの進行方向とは逆向きであったシンタローは、後ろ向きに歩くことになり、踏ん張ることが難しく、そのおかげで、どんどんと会議室からは遠ざかって行く。
「ちょ、ちょっと待て! 離せ、親父。俺は、仕事がッ!」
 しかし、その訴えは相手の耳にはひとつも入らないようだった。抵抗も形にならぬまま、引きずられるようにして自室に戻されたシンタローは、そのままベッドへと押し倒された。
「親父ッ!」
 すぐさま起き上がろうとしたその身体を、肩に手を置くことで押さえこまれる。身動きできずにいれば、マジックの右手が伸び、前髪をかき上げるようにして、額に触れた。
 少しひんやりとした手が、思わぬほど心地いい。つい、その冷たさを味わってしまえば、なぜか苦笑を浮かべたマジックと間近で視線があった。
「なんだよ」
 目線の近さに気恥ずかしさを感じ、ついぶっきらぼうな言い方をしたものの、相手の眼差しはいつくしむような柔らかなそれになった。
「熱がある時に無理したら駄目でしょ?」
 そうして告げられた言葉に、シンタローの眉間には皺が寄り、口元がへの字型に歪む。
「………やっぱり気付いたのかよ」
 不貞腐れた顔をすれば、当然といった笑みを浮かべたマジックは、しっかりと頷いた。
「当たり前でしょ? 一体何年、シンちゃんのパパをやってると思っているんだい? 君の顔を見て、すぐに分かったよ。熱があるなら、そう言いなさい。無理すれば、後で余計に寝込むことになるんだよ、シンちゃん」
「…………」
 たしなめるようにそう言うマジックに、シンタローの反応と言えば、押し黙ったままで、むすっとした表情を浮かべていた。自分に熱が出ていることを見抜かれたのがよほど気に食わないようだ。
 だが、かすかに潤んだ目やいつもより赤く火照った頬などから見れば、微熱などでは収まっていないのがわかる。確かに、注意深く見なければ、それとは分からないが、マジックの眼はそれを見逃さなかった。
「辛いなら素直に言えばいいのに――まったく、君は変わらないね」
 幼い頃から、そうだった。
 熱を出しても、お腹を壊しても、父親であるマジックには何も言わなかったのである。忙しい父親を心配させたくないという理由のために、体調が悪くても我慢する癖がついてしまったのだ。
 そのため、余計にシンタローの様子には気遣う癖が、こちらにもついてしまった。顔が見られれば、すぐに体調を確かめるように注意深く様子をチェックする。そうしないと安心できなかった。
 自分がいない時は、不安だったが、それは、心配なかった。淋しいが、体調が悪くなると、近しい者にすぐにそれを告げていたらしかった。父親が戻る前に、完治させるためだということはすぐに気付いたが、それでも父親としては哀しいものがあった。
 そんなふうに、シンタローの優しさは、時折そんな強がりも含んでいるから、マジックとしては、余計に過保護になってしまうのであった。もちろん、その全てが可愛いからというのは大前提だ。
 それはシンタローが大人になっても変わらない。同じ愛しさを、マジックは変わらず感じていた。
 もっとも、シンタローの方は少し違うだろう。
 今の状況は、 自分を心配させないためというよりは、こうして無理やり休まされるのを恐れるために違いなかった。
 ガンマ団総帥という地位に居続けるために、彼は今も並々ならぬ努力を続けている。多忙な総帥職を、毎日こなしていた。それでも仕事は減るわけではないから、多少の不調も、根性で押さえ込んで、仕事に励むつもりだったのだろう。しかし、そんな無理をして、さらに身体を壊せるようなことをさせる気などまったくなかった。自分が気付いた以上、体調が戻るまで、仕事は休止である。
「大人しくしておきなさい。すぐに高松を呼んでくるからね」
 言い含めるようにそう言い、額に添えていた手で前髪をすくい上げると、くしゃりとひと撫ぜしてベッドから離れた。
 すぐに起き出して、仕事に戻るだろうか、と思ったものの、幸いそんな気はなくしてくれているようで安心した。けれど、自分の姿が完全に消えてしまえば、それも危ういもので、また再び仕事に戻らないように、根回ししなければと、いそいそと内線電話へと手を伸ばした。
「………チッ」
 マジックの去ったベッドの上で、シンタローは盛大に舌打ちをした。マジックの目は、今はない。逃げ出そうと思えば、逃げ出すことは出来る。けれど、すでに諦めの気持ちが広がっていた。
 あちらが先手を打っているに違いないからだ。
 今朝、熱の所為で身体がだるく、支度をするのを手間取りながらも、会議に間に合わせようと必死になっていたのが、全てパァだ。
 おそらくもう会議は中止になっているだろうし、その後に控えていた業務も後日に回されているはずだった。その手際のよさには、感心させられると同時に悔しくなる。
 まだまだ自分は、父親には敵わないと実感させられるせいだ。
(いつか絶対に越えて見せるけどな!)
 そんなことを考えていると、向こうの部屋からひょっこりとマジックが顔を出した。何の用だと思っていれば、にっこり笑って告げられる。
「シンちゃん。後でお粥を作って持って来てあげるから、待っててねv」
 それはおそらく病気で寝込んだ時だけに食べさせてくれる、特製お粥であろう。食欲がなくても、それだけはいつもしっかりと食べていた。時には、それが食べたくて、仮病を使ったこともあった。それぐらい、美味しいお粥なのだ。
(これだけは、越えられないかもな)
 父親の味は、シンタローにとっては絶対だった。味の基準が全て父親が作ってくれた料理の味からなっている以上、それを完全に越えることは、シンタローには不可能である。だが、これはこれ。ひとつぐらい絶対に敵わないことがあってもいいだろう―――他は越えて見せるけれど。その決意は変わらない。
「はーいはいはい」
 おざなりに返事を返したシンタローだが、その顔には嬉しそう笑みを刻まれていた。
(それなら早く元気になりますか)
 特製のお粥を作ってくれる相手に報いるためにも、シンタローは、ベッドの中に潜り込むと大人しく瞼を閉じた。
 
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