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 ポタポタポタポタ……。
 アップビートな速さで落ちてくる水滴をぼんやりと眺めながら、アラシヤマは黒ずんだ空を見上げていた。ガンマ団施設のひとつである建物の軒下で、雨垂れの音が耳に響く。その向こう側は紗のかかった景色。
(ついていないどすな…)
 鼻のシワが寄せられる。
 屋外の訓練場へと行こうとしたら、にわか雨に出会ってしまったのだ。
 出かける前についうっかり空模様を確認しなかったのが悔やまれる。雨が顔にあたってから、土砂降りへと変わるまで、間はなかった。すぐさま近くの軒へと非難したために、びしょ濡れの被害はまぬかれたものの、そのまま足止めをくらっていた。
 これならば、最初から室内訓練場へと向かえばよかった。
 だが、出来ればあちらは遠慮したかったのだ。あそこには、常に他の仕官生達がつるんでいる。人付き合いの苦手な自分としては、それがあまり好ましくなかった。だからこそ、いくつかある中でも一番遠く、あまり利用されることのない、野外に設置されたと訓練場へと向かおうとしたのだが、結果がこれである。
(ほんま、運の悪い) 
 せっかくの空き時間が、これで台無しだ。
 もちろんにわか雨ならば、すぐに上がるだろう。
 耳をすませば、先ほどよりも大分雨音が弱まっている。空模様も、幾重にも重なり厚くなっていた雲の大半は、すでに西へと逃げていっていた。
 もう少しすれば、完全に雨がやむはずだ。
 それでも、野外の訓練場となれば、雨が上がっただけでは、すぐに使えるとは限らない。ぬかるみに足を取られ、足首でも捻れば、阿呆呼ばわりをされるだけである。もちろんそんな愚かな真似はする気はないが、そういうのははずみだ。気をつけていたからといって、万全ではない。
「これは帰った方が賢明でっしゃろうな」
 刻々と移り変わる空の様子を眺めつつ、アラシヤマは、諦めの溜息をもらした。地面に視線をおとせば、土の大地の上に大小さまざまな水溜りが出来ている。僅かに明るくなった空のお陰で、ぬかるみを表明するように薄く光っていた。
 きっと訓練場にいっても同じことになっているだろう。地面の具合は、すこぶる悪い状態だった。
 雨が止んだのを見計らってから、回れ右をした方が正解のような気がする。
(そろそろ止みそうなんやけどなぁ)
 アラシヤマは、手を軒下から差し出した。
 見た目でも分かっていたが、指先に触れる雨に、先ほどの叩きつけるような強さはもう感じられない。そろそろ雨も終わりだ。
 それでもまだもう少し、完全に雨が止むまでまとうと視線をあたりに巡らせたアラシヤマだが、その視線がふと止まった。
 誰かが来る気配を感じたのだ。そして、ほどなくその目にも気配の主が映る。
「あれは……」
 アラシヤマは、それに軽く目を見張った。
 そこへいたのは意外な人物。
「シンタローはん」
 思わず漏れた声に、俯き加減のまま、目の前を通過しようとしていた彼が振り返った。自分がここにいたことに気付かなかったのか、かなり大仰な振り返り方で、ひとつに結ばれていた髪が、鞭をしならせるようにして、大きくうねった。
「あ?」
 癖なのか、常に相手との視線を避けがちの自分に向かって、真っ直ぐと強い眼差しが向けられる。その瞳に、大きく自分が映った。それが何度か、瞬かれた。
「アラシヤマか。んなとこで、何してるんだよ」
「雨宿りですわ。シンタローはんこそ………この雨ん中、傘もささんで、何してはるんどす」
 相手は、全身びしょ濡れ状態だった。
 いつから、その状態で外に出ていたのかは知らないが、稽古着は、すでに肌にぴったりと張り付いており、ちょっと絞れば大量に水が滴り落ちそうなほど濡れそぼっていた。
 雨の中にいなければ、どこの水溜りに落ちたのだろうかと疑うほどである。
 けれど、アラシヤマの質問に、
「傘をもってねぇからに決まっているだろ」
 何をバカなことを言っているのだと、言わんばかり返答が返ってきた。
 相変わらず傲岸不遜げな態度で、顎を持ち上げ、自分を見下ろすように見つめるが、その前髪からは、未だに降り注ぐ雨により、雫が零れ落ち、それを鬱陶しげにかき上げた。
 もっとも、そんな動作も無駄に近い。髪に落ちた雨は、額からにじみでて、いくつもの枝となって別れ、顔へと流れ込んでくる。目に雨が入り込むのか、こするような動作を何度も繰り返していた。
(そりゃまあ、確かに、傘をもってへんから、濡れているんでしゃろうけど)
 アラシヤマは、その姿に、憮然とした表情を浮かべた。
 こちらからすれば、傘ももってないのに雨の中を歩き回るのは、どうなのか、というものである。
「風邪ひきまっせ?」
 普通に考えれば、そう思うだろう。
 確かに季節は夏とはいえ、こうまで盛大に雨が降り注げば、蒸し焼きにされそうな暑さも逃げ、肌寒さすら感じる。濡れれば、それはさらに増すだろう。その気温差に、体調を崩さないとは限らない。
 だが、自分の気遣いも、相手はただの杞憂と跳ね飛ばした。
「んな、やわじゃねぇよ」
「そうどすか?」
「平気だろ。こんなもん、シャワーと思えば気持ちいい―――っくしょん」
 しかし、とたんに盛大なくしゃみを目の前でやられてしまった。大きく前のめりになるようにして、飛び出したくしゃみは、幸いこちらまではツバは飛んでこなかったが、だからといって、見過ごせるものではない。まだ、雨は降っている。
(阿呆どすか)
 先ほどの言葉は、単なる強がりなだけである。たぶん濡れ具合からして、雨が降り出してからずっと外へ出ていたのだろう。もしかすると、自分が向かおうとしていた訓練場に彼はいたのかもしれない。方向からいえば、それはかなりの確信を得るものだった。
 だとすれば、雨が降り出したのでこちらへ戻ってきた、というのが正解だろう。
 しかし、そうなれば、運動後の火照っていた身体が一気に雨で冷やされたのである。それが身体にいいわけがなかった。
(まったく、ほんまにこういうことは考えなしどすな)
 彼を何でもこなせる完璧な人間だと思っていた―――出会って最初の三ヶ月間ほど。
 入学早々にあった実力テストも全て完敗、その後の実技でも自分は敗者。幼い頃から厳しい師匠の元で修行をつんでいたために、かなりの自尊心を携えていたが、それを打ち壊されるほど、全てにおいて彼に敵わなかった。現総帥の息子という血統ゆえに、それは仕方がないとさえ、思っていた。
 だが、そんな彼も完璧ではないと気付いたのは、三ヶ月ほど経ってからの事だった。
 全寮制の学校である。四六時中共にいれば、その本質も見えてくる。
 青の一族とも呼ばれる完璧なる血筋。だが、彼は、生まれ持ったその血筋のせいで、トップにいるわけではなかった。
 人の背負う重さなど他人には分かり合えない。どれほど近しい人間でも、その背中に背負ってみないことには、その苦しみは分からない。だから、これは自分の推測でしかないのだけれど、彼は自分よりもはるかに重いものを背負っているようだった。おそらく、絶対的な権力とカリスマを持った父の子という重みであろう。その重みに押しつぶされないように、彼は自分よりも高みに立てるほどの努力をしていた。
 彼は、何でも出来る完璧な人間ではなかった。
 それができるまでに血の滲むような努力と搾り出した気迫とで手に入れていたのだ。
 それに気付いてから、彼を見る目が少しだけ変わっていた。
 とはいえ、根本的なことは変わらない。
 努力をしていようがしていまいが、自分の前に目障りなものとして存在していることは確かなのだ。自分はそれを払いのけ、追い抜こうという目標を抱えているのだから、彼が努力の人であろうとなかろうとさしたる問題はない。
 ただ、うらやむことだけはやめた。彼は全てにおいて恵まれた人間だと信じ込んでいた自分を捨てた。そうでないことが分かったのだから、それは当然のことで、それゆえに、その少しだけ変化した目で、彼を真っ直ぐに見ることができるようになった。  
「誰か、俺の噂をしてるとか?」
 飛び出たくしゃみの痕跡を隠そうとするように口元を覆うけれど、出て行ってしまったものは取り戻せない。
「そんなわけあらしまへんやろ。まったく、この雨はシャワーには冷たすぎどすえ」
 くしゃみと同時に身体を震わせたのを見てしまった。
 だからだろう。考えるよりも先に、足を一歩前へと踏み出していた。
 小雨となったものの、肌に冷たい雫がいくつも触れる。けれど、アラシヤマは、それを厭わず、そのまま腕を伸ばし、雨の中に立ち尽くしていた相手の手をとり、力いっぱい引っ張った。
「なっ」
 驚きの声と驚きの表情。
 自分の行動が以外だったのか、あっさりと相手はこちらの思い通りに動いてくれた。遠慮なく引っ張ったお陰で、身体は、真っ直ぐと自分にぶつかるようにやってくる。だが、もちろんそれはかわした。
 びしょ濡れの相手を抱きとめてあげるほど自分は、親切な人間ではない。あちらも、そのまま建物にぶつかるという間抜けなことはせずに、壁ギリギリで足を踏ん張りそれを止めた。
「…にしやがる、てめぇ!」
 ふわっ。
 そうしてすぐさま怒鳴るために振り返ることは予想していた。だから、アラシヤマはそれよりも先に自分の肩にかけておいたものを相手の頭の上に落とした。
「ッ!? …なんだ…タオルじゃねぇかよ」
「そうどすえ。これで濡れた髪と顔を拭きなはれ」
 視界を塞いだ白いものを、慌てて掴んだシンタローは、それを持ったまま、こちらとそちらの交互を見やる。
「なんで?」
「タオルは、そういうためにあるもんでっしゃろ」
 シンタローへと投げたタオルは濡れていない。雨に濡れる前に、避難していたおかげである。
「いや…だから、なんでお前が、んなことするんだよ」
 確かに、訝しげな表情をされてもおかしくはない。
 自分とシンタローは、同期というだけで、親しい友人ではない。それどころか、互いに成績を争う、いわばライバルのようなもの。ここまで親切な行動をしたのもは、アラシヤマも初めてだった。
 けれど、理由を尋ねられても困る。
 タオルを貸してあげたいと思ったのは、彼が目の前でくしゃみをしたからだったが、風邪をひかれたくなかったというわけではない。
 そんなことは欠片も思わなかった。
「さあ? わてにもわかりまへんわ。ただ、わてが濡れてないタオルを持っていて、あんさんがびしょ濡れな上にくしゃみをしたからどすえ」
「ふぅ~ん」
 そんな説明でわかったのか分からなかったのか、こちらには判別しにくい返事を返される。
「ま、サンキュな」
 それでも、掴んでいたタオルを頭に置くと、がしがしっと荒っぽく拭いていく。ついでに、タオルの端で顔を拭って、それから、結んでいた髪のヒモをほどいた。
 それは何気ない動作で、隣にいたアラシヤマは、判然としない視線で、それを映していたが、その衝動で、髪に滴っていた雫のひとつが自分の眼に飛んできた。
 思わず目を瞑り、押さえる。それに気付いた相手は、動きを止め、こちらを見た。
「あ、悪ぃ。かかったか?」
「気をつけてくれまへんか。目に入ったんどすえ」
 痛みは一瞬。大したものではない。それでも恨みがましい言葉を漏らせば、すかさず言葉を返された。
「だから、悪いって謝ったじゃねぇかよ。大体、濡れてる奴のそばにいれば、濡れるのは分かるだろうが。離れとけよ」
 確かに彼の言うとおりである。 
 今いる場所は、前後の幅は狭いものの横は長い。少なくても雫が飛ばない場所までの移動はできる。けれど、そうしななかったのは、単に面倒だっただけで、そこまで考えが及ばなかっただけだ。
 それで動くのは、なんとなく癪だったから、その場に留まったまま、視線を向ける。とたんに、こちらを見ていたのか、相手の視線とがっちりと合ってしまった。
「何、みてんだよ?」
「なんでもあらしまへん」
 タオルの隙間から、じろりと睨まれて慌てて視線をそらす。
 人の眼は苦手だった。
 それは小さい頃のトラウマが残っているためだ。
 うわべだけはいい親を演じつつも、実は、特異体質だった自分を化け物のように見ていた両親。先生も友人も、自分が持つこの力を知れば、同じような視線に変えていた。
 恐怖と拒絶の視線。
 それにさらされ続けたお陰で、他人の視線というものに、怯えがのこる。師匠に引き取られてからは、徐々に人の眼におびえることはなくなっていったのだが、それでも大勢の視線にさらされるのは、まだ少し怖い。
 けれど、彼の眼は少し違う。
 苦手だけれど―――嫌いではない。
 それはたぶん、彼の視線が誰よりも分かり易いためだ。
 真っ直ぐと向けるそれは、いつもそこにある感情だけを映しこむ。
 本心を押し隠した目は向けない。凝った負の感情はない。もちろん怒りの感情は、あったけれど、それはストレートな怒りのものだけで、陰湿や陰険なものはなかった。
 同じ漆黒の瞳をしていても、宿る感情で全然違うものに見えるということは、彼の瞳で初めて知った。
 それだけは、ライバルとして敵意を燃やしている彼に、感謝したいものだった。 
「雨、止んだな」
 その言葉に、いつの間にか物思いにふけり、沈んでいた頭が急いで上げられた。
 気付かないうちに、確かに雨は止んでいた。
 キラリと眩しい光が目に刺さる。ぼぉとしている間に、雨はすっかり上がり、暗雲は去り、ついでやってきた白い雲の合間から、太陽が覗いていた。
 濡れた地面が、キラキラと光を乱反射させている。広がる晴れ間に、アラシヤマは目を細めた。
「んじゃ、俺行くわ」
 そうして空へと現を浮かしていれば、すでにポツンポツン…と名残のように雨垂れる軒下から、シンタローが飛び出した。手には、あのタオルを持ったまま。太陽が彼の頭上から光を注ぎ込む。その明るい日差しの中で、彼は笑った。今まで、一度とも自分に向けたことのない笑顔をこちらへと向ける。
「タオル、サンキュな!」
 ドキッ。
 そのとたん、アラシヤマの胸が大きく高鳴った。
(え?)
 唐突過ぎる、その大きな鼓動。その意味を考える暇もなく、
「洗って返すから、もうちょい借りとくぜ」
「あっ」
 眩しげな笑顔が遠のいていく。こちらが言葉を紡ぐ前に、あっという間に行ってしまった。
 それは本当にわずかな間の出来事で、自分に向けられたあの笑顔は幻だったと思えるほど。
「――なんですのん」
 一人その場に取り残された自分の口からは、思わずそんな言葉が漏れでた。
 高鳴った胸は、今はドキドキと少しだけ鼓動を早め打ち付けている。
 その理由がわからない。
 否――原因はひとつ。彼の存在。
 けれど、それはほんの僅かな間だった。
 彼がそこにいたのは、雨が止むほんの少しの時間。
「なんですのん」
 アラシヤマは、自分の頬に手をやった。
 自分の顔は、真っ赤に染まっているはずである。頬がとても熱かった。
「こんなん変どすわ。……こんなん、まるでわてがあん人を―――」
 その先は言えない。言えば認めてしまいそうだから。だから言葉には出来ない。
 たぶんこれは一時のもの。通り雨に打たれて、少し風邪を引いてしまっただけだ。
 そう思い込み、アラシヤマは、洗われたばかりの真っ青な空を眩しげに見上げた。
 













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