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kd



 濡れた髪をバスタオルでガシガシと水気と取りつつ、リビングへと戻ってくると、そこには先客がいた。
 仕事から帰ってきて、風呂に入る時にはいなかったはずである。だが、小一時間ほどして出てくると、そこには、当然のように、リビングの床に片膝を立てて座りこみ、分厚い書類の束を眺めている従兄弟のキンタローの姿があった。
「来てたのか」
 声をかければ、書類に向けられていた視線があがり、こちらに向けられる。
「ああ」
 だが、短い応えとともに、視線はまた元に戻ってしまった。
 どうやら今は、シンタローよりも書類の方が大事なようである。
(明日は学会か?)
 何度かこの姿は見たことある。決まってその次の日が学会のある日だった。
 そう言えば、前にそんなことを言っていたのを思い出す。だが、忘れて当然だ。それを告げられたのは、一週間以上も前のことである。
 それから後は、今日まで会ってなかったために忘れていたのだ。
 ここ最近キンタローは、ずっと研究室へこもりっきりだったのである。
 だが、それも仕方ないだろう。その前までは、遠征だ、出張だと自分が各国に足を運んでおり、キンタローもそれに同行していたのである。
 そのために研究の方は、ずっと中止していたのだ。
 別に、キンタローがいなくてはいけないというわけではもないのだが、常に彼は自分の傍らにいる。
 ついて来ずに、好きな研究を本部でやっていてもいいのだと再三行っても聞いてはくれないのだ。
 自分の傍にいることが、自分の望みなのだと、ガンとしてその意志を貫き通そうとするものだから、今では、好きにさせている。
 その代わり、自分がガンマ団本部でデスクワークに励んでいる時には、彼は、ほとんど研究室に入っていた。
 おかしなことに、同じ職場にいる方が、相手と離れている時間が長くなるのである。
 とはいえ、たまには、こんなこともある。
 ふらりと互いの部屋に遊びに行ったりするのだ。
 だが、互いに何も言わずに、相手を受け入れている。
 まだ、水気を含んだままの髪を再びガシガシとふき取りながら、シンタローの足は、キッチンへと向かっていた。
 とりあえず、キンタローはそのまま放置しておいてもいい。
 いつものことだ。
 あちらもこちらも、相手のことを気にせずに、来たい時に来て、したいことをしている。
 だが、不思議と相手を鬱陶しいとか邪魔だとかは思わなかった。
 たぶん24年間、知らないこととはいえ、ずっと一緒であったことが関係しているのだろう。傍にいることが、当たり前のようなことになっているのだ。
 バタン。
 冷蔵庫の中から、お目当ての物を見つけると、それを閉め、再びリビングへと戻ってくる。
 タオルは、肩にかけ、テーブルの上に無造作に投げ捨てられていた髪ゴムを見つけると、それを一まとめにくくり、アップにする。
 女のようだが、こうすると首が涼しくていいのだ。
 そのままリビングの床に座った。ポジションは、キンタローの背後である。そのまま背中合わせで、相手の方に体重をかけた。自分の体は決して軽いものではない。けれど、相手は、何も言わずにしっかりとその重みを受け止めてくれた。
 プシュッと小さな音とたて、缶を開けると、それを一気に喉に流し込んだ。喉の奥ではじける炭酸の刺激と舌に残る苦味。
 昔は、これが嫌で、倦厭していたのに、これを美味しく感じるようになったのは、いつの頃からだろうか。
 半分ほど減ってしまったそれを、弄ぶようにゆらゆら揺らしながら、ボケッと天井を見上げる。それもすぐに飽きる。
 ちらりと肩越しに相手を覗いてみると、視線は、書類に向けられたままだった。
(頑張ってるなぁ~)
 と、思いつつも、残っているそれを口につけようとすると、バサリと背後から音がした。
「ん?」
 後ろを振り返ると、床には先ほどの分厚い書類の束が置かれている。
「終わったのか?」
「いや、休憩だ」
 尋ねるシンタローに、キンタローは、そう返す。
 同時にずしっと背中に重みがかかる。相手も、自分の方へ体重をかけてきたのだ。
 尻をずらして少しばかりバランスを調整すると互いが互いを支えあうようにして、背中をもたせかける。
 そのまま、まだ残っているそれを流し込もうと、缶に唇をつけると、
「俺にも少しくれ」
 と、後ろから声がかかった。
 一口含んだだけで、それ以上飲むのをやめ、これが欲しいのか、とチャプンと音を立てるように振って問いかければ、相手は、一つ縦に頷いた。
「けど、新しいのがあっちにあるぞ」
 もう半分も残っておらず、生ぬるくなりかけのそれよりも、よく冷えた新しい缶が、まだ冷蔵庫の中にある。
 だが、それには相手は、首を横に振った。
「別にそんなに喉は乾いてないから、それでいい」
 そう言うならば、これでもいいだろう。
 それほど酒好きでもないシンタローは、つまみもない状況でビールを飲むのもそろそろ飽きてきたのだ。
「んじゃ、ほらよ」
「ありがとう」
 軽く振り返り、その缶を手渡せば、相手はそれを受けとり、そうしてぐいっと天井へと仰向いた。
 そのまま喉が上下する。
 慌てたのはシンタローのほうだった。
「てめぇ、全部飲むのかよっ」
 少しだけというから、渡したのだ。自分ももう少し飲んでおきたいという気持ちはあったのである。
 しかし、この勢いだと一口も残っていないようだった。
「ひでぇ」
 そう口にしたとたん、トンと缶が床におかれ、そして、肩越しに見ていたキンタローの顔が近づき、あっというまに唇をふさがれた。
「うぐっ」
 声をあげられたのはそこまでだった。
 不意打ちのそれに、逃げる隙を逃してしまった。
 ぴたりと唇同士が重なりあったとたんに、少しばかり開いていたそこから、半ば強引に液体が注ぎ込まれた。
 ビールだ。
 舌にしびれるような苦味。思わず顔を顰めたとたんに、注ぎ込まれる液体とともに滑りこんだ舌が、その上をなぞる。
 うわっと身体を震わすのに気づかなかったのか、相手は、さらに深くそれを押し込んでくる。
 先ほどまでの苦味は逃げ去り、代わりに熱い吐息と絡む舌が口内を支配していく。
 それから逃れることもできずに、味合わされ、ようやく解放されれば、相手は、申し訳なさそうな顔をして、シンタローに向かって問いかけてきた。
「すまなかったな。これでいいか?」
「げほっげほっ…………いいわけねぇだろ。妙なボケすんなよ、お前」
 少しばかり器官に入っていたビールに、苦しげにせきこんでから、シンタローは、脱力した顔で、相手を力なくにらみつけた。苦しさゆえか、先ほどの濃厚キスのおかげか、涙目になっていたために、余計迫力はないのは、自分でもわかるが、それでも、睨むなという方が難しい。
 これでも一応怒っているのだ。
 確かに全部飲むなとはいったが、飲んでいる途中の奴を戻せとはいってはいない。というか、普通の人間なら、そんなことはしない。
 さらに濃厚キスまでおまけをする奴など、もっといないだろう。
 ………いや、中にはいるかもしれないが、それは絶対に確信犯だ。だが、奴のは―――――目の前の従兄弟殿は、至極真面目にやってくれるのである。もちろん確信的なものは欠片もない。
 本当に、ビールを全部飲むなといったシンタローのために、一口分を口移しでくれたのである。
「まだ、飲みたかったか?」
 だが、そう真剣に問いかけられれば、苦笑せずにはいられない。
 結局彼に悪気や悪戯心など一切ないのである。
「それはもういい」
 あんなことをされた後では、もうビールを飲む気もすっかりなくなってしまっていた。
「それよりも、メシを作るよ。何か食べるだろ、お前も」
「ああ。お前が作るなら食べる」
「よしっ。いい返事だ」
 こくりと頷いてみせるキンタローの頭をぽんと叩くようにして、シンタローは、立ち上がった。
 その顔に、先ほどの苦笑は消え、くったくのない笑みが浮かんでいる。
 先ほどまでの怒りは、もうなくなっていた。 
 この程度で怒ってなんていられない。
 いつものことだ。

 これが日常茶飯事というものなのである。
 
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