チリリ…。
胸を焦がすこの感情。
誰にも気付かれず、誰にも悟られず。
そのまままに。
こんな感情を抱けるとは思わなかった。
相手に向けるただひとつの想い。この想いがなんと呼ばれるものなのかは、知っている。
チリリ。
胸を焦がす、この痛み。
皮膚が焼けるそんな痛みを、胸の内に覚えてしまう。それが生身に与えられた痛みではないとわかっていても、止められない。
こんな痛みが生まれるとは思わなかった。
相手を思うたびに生まれる痛み。この痛みがなんと呼ばれるものなのかは、分かっている。
チリリ。
絶えることのない、この痛み。
自覚してからは、収まる気配は見せなかった。止める手立ては分かっていても、もう止められない。
4年前では、想像も出来なかったことだ。
相手をこの手で倒すことしか考えていなかった、あの状況を経て、どうしてこんな感情が芽生えてのか、未だに分からない。
嫉妬や羨望とはまた違う。
それでも、もう無視することは出来ないほど膨らんでしまったこの想いだから。
今はまだ、ただ隠し秘めることしか出来ない。
それでも、いつかは告げることが出来るのだろうか―――この想いを。
チリリと胸を焦がすほどの熱い想いを。
「告げることは……できるわけないか」
相手を思うこの気持ち。告白する瞬間を想像するが、実現までは至らない。
いつか出来ればいい。
そう望んでは、無理だと、否定の繰り返し。
そればかり。
それでも仕方がないと諦めもすぐに生まれてしまうのは、やはりどうしようもないことで。
それが分かっていても、生まれたそれを捨てることもなく身の内に宿し続けるその愚かさ。
視線の先には、いつもアイツがいて、見つめられずにはいられないのに、こちらへ視線を向けるたびに、露骨に避けていたりもする。
そんな態度で、相手にどういう風に思われているか用意に想像できる。
それでも、真っ直ぐに目を見られない。
4年前の出来事が重く心にのしかかる。
凶悪な心に染められたあのわずかな時。
その瞬間、殺すことなど躊躇いもなかった。
確かに願った―――アイツの死。
今は、そんな思いなど欠片もないが、暴露されたあの心を相手が覚えていないわけがない。
この自分の気持ちを偽りや戯言だと処理されるのも怖かった。
何よりも、受け取ってもらえない確率の方が強くて―――臆病だと分かっていても、実行に移せない。
それでもいつか、告げることができるだろうか……。
自分の思いを。
そうあればいいと思う。
そうあるべきだと思う。
けれど、今しばらくは―――。
チリリ…。
胸を焦がすこの感情。
誰にも気付かれず、誰にも悟られず。
そのまままにして、もう少し様子を見てもいいだろうか。
まだまだ告白できる勇気はもてないから。
「それでも俺は……お前を愛してるんだ―――キンタロー」
生まれた想いは、たった一つ。
だからこその痛み。
愛しい人への想いに身を焦がしつつ――――その時を待つ。
PR
「シンタロー」
声をかけて気がついた。手にしている書類を渡す相手が、ぐっすりと寝入っていることに。
いつの間に寝たのだろうか。秘書課の方から、必要書類を受け取りにいってくると総帥室を留守にしたのは、ほんの10分そこらである。
決済が必要な書類と睨めっこをしつつ、こちらを送り出してくれたのは、覚えていた。その時は、確かに起きていたはずなのだが……。
「――無理もないか」
言葉というよりも溜息に近い声音で、キンタローは、ふっと肩の力を抜いた。シンタローを起そうかと思ったが、やめた。
もちろん、まだ、仕事は残っている。早急にやらなければいけないもので、明日には回せない。けれど―――。
(一時間ぐらいならば、こちらも手伝えば間に合うだろう)
そう結論が出た時点で、起す気はなくなった。
ぱさっ。
手にした書類が、ちょっとした動作で、軽い音を立てる。
「っと」
慌ててそれをしっかりと握り締め、出来る限り音を殺した。
起さないと決めたからには、決めた時間までに、起きることがないように、努力する。はたからみれば、馬鹿馬鹿しい行動かもしれないが、キンタローは真剣だった。
注意に注意を重ねて、そろりと部屋を移動する。外に出る方がいいかもしれないが、ドアが開く音で、起きるかもしれなかった。もっとも、こちらが部屋に入った時には、起きなかったのだから、大丈夫かもしれないが、やはり起きる可能性がある以上は、外へ出て行くこともできなかった。
故に、キンタローは、その場に座り込んだ。ソファーの上ではなく、絨毯の上だ。行儀は悪いかもしれないが、音を立てないようにするには、これが一番だった。
(さて、どうしようか)
座り込んで、はたと気付く。外にも出ずに、このままシンタローを寝かせるとなれば、自分はその間、何も出来ないまま、思うように動くことも出来ず、この部屋にいなければいけないのだ。
(ああ、そうか……)
数分考えてから、キンタローは目を閉じた。相手は、寝ているのだ。それならば、自分も時間まで寝ればいい。
簡単なことだ。
一時間だけ……そう、決めて。キンタローは、目を閉じた。
(やべっ!)
シンタローは、跳ね起きるようにして目覚めた。意識が覚醒した瞬間、じっとりと冷や汗がでる。寝てはいけない時間に眠り込んでしまったという自覚があった。
一体自分は、いつから寝ていたのだろうか。思い返してみれば、鈍いながらも回り出した頭が、寝る瞬間の出来事を掘り返してくれる。もちろん、その時の自分に、寝るつもりなどまったく無かった。
ただ、キンタローが、書類を取りにいってくると、部屋から出て行き、ひとりっきりになったとたん、張り詰めていた空気が少しだれてしまい、それに誘惑されるようにして、ちょっと休憩のつもりで、机の上に突っ伏すようにして目を閉じた。そこから―――意識がなかった。
要するに、そのままぐっすりと眠り込んでしまったのだ。
(って、キンタローは?)
時計を見れば、アレから一時間半も経過している。なぜ、そんな時間になるまで、自分は放置されていたのだろうか。いったい、自分の補佐であるキンタローはどこにいったのか。
机の上から立ち上がって、部屋を見渡したシンタローは、床にありえないものを見つけて、唖然とした。
「キ、キンタロー?」
そこに、小さく丸々ようにしているのは、自分の有能なる補佐であるはずのキンタローであった。ぐっすりと眠っているようで、こちらが呆れた様子で見下ろしているのにも、気付いてなかった。
「……なんで?」
どうして、キンタローが寝ているのだろうか。いや、それよりも、なぜ床に寝ているのか…すぐ横には、ソファーがあるというのに。
首を傾げて考え込むこと数秒。
簡単な答えがすぐに頭の中で、ひらめいて、納得した。
(俺のために、決まっているよな)
キンタローが寝ているのも、それが床の上であったのも、全部自分のためだ。
たぶん、ぐっすり寝ている自分を見つけて、彼は、起さないことを決めたのだろう。さらに、音を立てたらいけないと思いソファーではなく、床に座り、そして……きっと、音も立てずにすることなどなかったから、自分も寝たのだ。
「ぷっ…くくくくっ」
シンタローは零れる笑いを極力殺そうと、努力するが、それでも漏れるそれを抑え切れなかった。
なんていい奴、なんて可愛い奴なのだろう。
仕事はまだ終わってはいない。遠慮などせず、さっさと起せばいいものを、こちらに遠慮なくソファーに座ればいいものを、全部自分のために行動し、そして、その行動の結果がこれだ。
シンタローは、ゆっくりと移動した。
今度は自分が、寝ているキンタローを起さないように、極力音は立てずに動く。
幼い子のように、背中を丸めて寝ているキンタローの前までやってくると、その場で膝をついた。それでも、相手は目覚めない。随分と深い眠りの中にいるのだろう。
そう言えば、昨日も一昨日も、自分を寝室に無理やり押し込んだ後、キンタローの方は、何か作業していた。補佐官としての仕事以外にも、研究員として、ガンマ団開発部に出入りしているキンタローである。
どちらも疎かにせずに、務めようとすれば、かなりの睡眠時間が削られてしまうのは、容易に想像がつく。それでも、文句一つなく、自分の傍で働いてくれるのだ。
ありがたい――という感情よりも、それがとても愛しく思えるのは、きっと自分の中で、彼がとても大切な存在であり、失えない存在であるからだろう。
それでも、目元に深い隈ができているのが、少々痛ましく思った。
唯一、ほっとさせらるのは、いい夢を見ているのだろう、その口元に小さな笑みが浮かんでいることだった。
シンタローは、そっとそこへ向かって、頭を落としていく。目指すは、笑みを刻む唇。だが、それが触れる刹那、シンタローは動きを止めた。
「さんきゅ、キンタロー」
そうして、唇へ向かっていたそれは、行き成り軌道を変え、キンタローの額の上に移動し、そして、そこにチュッvと軽い音を立て、触れた。
パチリ。
その瞬間、キンタローの瞳が開き、そして、唇が少しだけ不服げに曲がった。
「よう! お目覚めだな」
じっと自分を見つめるその青い瞳を間近で覗き込み、シンタローは、ニヤリと笑った。しかし、相手の顔には、笑みはない。それどころか、かなり不満そうな表情が浮かんでいた。
「なぜ、キスの場所を変えたんだ」
じとりと恨みがましげな視線。その姿に、笑みを堪えることもできずにシンタローは、笑いながらいった。
「何のことだよ? 俺は最初から、お前の額にキスして起そうと思ってたんだぜ?」
もちろん、嘘である。キンタローが目覚めていたことを、シンタローは知っていた。知っていたからこそ、唇へのキスを直前に取りやめ、額にしたのだ。
それは当然照れ隠しで、自分からのキスなど起きている時には、恥かしくてできない。
額へのキスでさえも、ほんのりと頬を色づかせているシンタローに、キンタローは、ふっと悪戯っぽい光を瞳の中に瞬かせると、口をひらいた。
「シンタロー」
「ん? …っと、わッ!」
油断した。拗ねるキンタローの姿が可愛くて、それに気をとられていたために、後ろに回されていた手に気付くのが遅れてしまったのだ。
勢いよく、キンタローの方へと引き寄せられる頭。
(あっ!)
と、思った瞬間、コツンとぶつかる、デコとデコ。
「痛ッ……ん!」
だが、その痛みに、気をとられる間もなく、シンタローの唇は、キンタローのそれにしっかりと奪われ、そしてたっぷりと堪能されていた。
数分後
「………おデコが痛いんですけど、キンタローさん?」
ようやく解放されたシンタローが、そう訴えかければ、先ほどとは打って変わってご機嫌な表情をした相手が、にこやかな笑みとともに応えてくれた。
「お前のキスが、俺の唇からそれた時の痛みを考えれば、そんなものは痛みのうちにはいらん」
「……そんなものですか~?」
きっぱりと確信をもって告げてくれる相手に、こちらとしても、本当かどうか、確かめるすべはない。
それとも、今度はキンタローの方からやってもらえばいいだろうか? そんなことを考えつつ、まだ少しだけひりひり痛む額を、シンタローはそろりと撫でた。
声をかけて気がついた。手にしている書類を渡す相手が、ぐっすりと寝入っていることに。
いつの間に寝たのだろうか。秘書課の方から、必要書類を受け取りにいってくると総帥室を留守にしたのは、ほんの10分そこらである。
決済が必要な書類と睨めっこをしつつ、こちらを送り出してくれたのは、覚えていた。その時は、確かに起きていたはずなのだが……。
「――無理もないか」
言葉というよりも溜息に近い声音で、キンタローは、ふっと肩の力を抜いた。シンタローを起そうかと思ったが、やめた。
もちろん、まだ、仕事は残っている。早急にやらなければいけないもので、明日には回せない。けれど―――。
(一時間ぐらいならば、こちらも手伝えば間に合うだろう)
そう結論が出た時点で、起す気はなくなった。
ぱさっ。
手にした書類が、ちょっとした動作で、軽い音を立てる。
「っと」
慌ててそれをしっかりと握り締め、出来る限り音を殺した。
起さないと決めたからには、決めた時間までに、起きることがないように、努力する。はたからみれば、馬鹿馬鹿しい行動かもしれないが、キンタローは真剣だった。
注意に注意を重ねて、そろりと部屋を移動する。外に出る方がいいかもしれないが、ドアが開く音で、起きるかもしれなかった。もっとも、こちらが部屋に入った時には、起きなかったのだから、大丈夫かもしれないが、やはり起きる可能性がある以上は、外へ出て行くこともできなかった。
故に、キンタローは、その場に座り込んだ。ソファーの上ではなく、絨毯の上だ。行儀は悪いかもしれないが、音を立てないようにするには、これが一番だった。
(さて、どうしようか)
座り込んで、はたと気付く。外にも出ずに、このままシンタローを寝かせるとなれば、自分はその間、何も出来ないまま、思うように動くことも出来ず、この部屋にいなければいけないのだ。
(ああ、そうか……)
数分考えてから、キンタローは目を閉じた。相手は、寝ているのだ。それならば、自分も時間まで寝ればいい。
簡単なことだ。
一時間だけ……そう、決めて。キンタローは、目を閉じた。
(やべっ!)
シンタローは、跳ね起きるようにして目覚めた。意識が覚醒した瞬間、じっとりと冷や汗がでる。寝てはいけない時間に眠り込んでしまったという自覚があった。
一体自分は、いつから寝ていたのだろうか。思い返してみれば、鈍いながらも回り出した頭が、寝る瞬間の出来事を掘り返してくれる。もちろん、その時の自分に、寝るつもりなどまったく無かった。
ただ、キンタローが、書類を取りにいってくると、部屋から出て行き、ひとりっきりになったとたん、張り詰めていた空気が少しだれてしまい、それに誘惑されるようにして、ちょっと休憩のつもりで、机の上に突っ伏すようにして目を閉じた。そこから―――意識がなかった。
要するに、そのままぐっすりと眠り込んでしまったのだ。
(って、キンタローは?)
時計を見れば、アレから一時間半も経過している。なぜ、そんな時間になるまで、自分は放置されていたのだろうか。いったい、自分の補佐であるキンタローはどこにいったのか。
机の上から立ち上がって、部屋を見渡したシンタローは、床にありえないものを見つけて、唖然とした。
「キ、キンタロー?」
そこに、小さく丸々ようにしているのは、自分の有能なる補佐であるはずのキンタローであった。ぐっすりと眠っているようで、こちらが呆れた様子で見下ろしているのにも、気付いてなかった。
「……なんで?」
どうして、キンタローが寝ているのだろうか。いや、それよりも、なぜ床に寝ているのか…すぐ横には、ソファーがあるというのに。
首を傾げて考え込むこと数秒。
簡単な答えがすぐに頭の中で、ひらめいて、納得した。
(俺のために、決まっているよな)
キンタローが寝ているのも、それが床の上であったのも、全部自分のためだ。
たぶん、ぐっすり寝ている自分を見つけて、彼は、起さないことを決めたのだろう。さらに、音を立てたらいけないと思いソファーではなく、床に座り、そして……きっと、音も立てずにすることなどなかったから、自分も寝たのだ。
「ぷっ…くくくくっ」
シンタローは零れる笑いを極力殺そうと、努力するが、それでも漏れるそれを抑え切れなかった。
なんていい奴、なんて可愛い奴なのだろう。
仕事はまだ終わってはいない。遠慮などせず、さっさと起せばいいものを、こちらに遠慮なくソファーに座ればいいものを、全部自分のために行動し、そして、その行動の結果がこれだ。
シンタローは、ゆっくりと移動した。
今度は自分が、寝ているキンタローを起さないように、極力音は立てずに動く。
幼い子のように、背中を丸めて寝ているキンタローの前までやってくると、その場で膝をついた。それでも、相手は目覚めない。随分と深い眠りの中にいるのだろう。
そう言えば、昨日も一昨日も、自分を寝室に無理やり押し込んだ後、キンタローの方は、何か作業していた。補佐官としての仕事以外にも、研究員として、ガンマ団開発部に出入りしているキンタローである。
どちらも疎かにせずに、務めようとすれば、かなりの睡眠時間が削られてしまうのは、容易に想像がつく。それでも、文句一つなく、自分の傍で働いてくれるのだ。
ありがたい――という感情よりも、それがとても愛しく思えるのは、きっと自分の中で、彼がとても大切な存在であり、失えない存在であるからだろう。
それでも、目元に深い隈ができているのが、少々痛ましく思った。
唯一、ほっとさせらるのは、いい夢を見ているのだろう、その口元に小さな笑みが浮かんでいることだった。
シンタローは、そっとそこへ向かって、頭を落としていく。目指すは、笑みを刻む唇。だが、それが触れる刹那、シンタローは動きを止めた。
「さんきゅ、キンタロー」
そうして、唇へ向かっていたそれは、行き成り軌道を変え、キンタローの額の上に移動し、そして、そこにチュッvと軽い音を立て、触れた。
パチリ。
その瞬間、キンタローの瞳が開き、そして、唇が少しだけ不服げに曲がった。
「よう! お目覚めだな」
じっと自分を見つめるその青い瞳を間近で覗き込み、シンタローは、ニヤリと笑った。しかし、相手の顔には、笑みはない。それどころか、かなり不満そうな表情が浮かんでいた。
「なぜ、キスの場所を変えたんだ」
じとりと恨みがましげな視線。その姿に、笑みを堪えることもできずにシンタローは、笑いながらいった。
「何のことだよ? 俺は最初から、お前の額にキスして起そうと思ってたんだぜ?」
もちろん、嘘である。キンタローが目覚めていたことを、シンタローは知っていた。知っていたからこそ、唇へのキスを直前に取りやめ、額にしたのだ。
それは当然照れ隠しで、自分からのキスなど起きている時には、恥かしくてできない。
額へのキスでさえも、ほんのりと頬を色づかせているシンタローに、キンタローは、ふっと悪戯っぽい光を瞳の中に瞬かせると、口をひらいた。
「シンタロー」
「ん? …っと、わッ!」
油断した。拗ねるキンタローの姿が可愛くて、それに気をとられていたために、後ろに回されていた手に気付くのが遅れてしまったのだ。
勢いよく、キンタローの方へと引き寄せられる頭。
(あっ!)
と、思った瞬間、コツンとぶつかる、デコとデコ。
「痛ッ……ん!」
だが、その痛みに、気をとられる間もなく、シンタローの唇は、キンタローのそれにしっかりと奪われ、そしてたっぷりと堪能されていた。
数分後
「………おデコが痛いんですけど、キンタローさん?」
ようやく解放されたシンタローが、そう訴えかければ、先ほどとは打って変わってご機嫌な表情をした相手が、にこやかな笑みとともに応えてくれた。
「お前のキスが、俺の唇からそれた時の痛みを考えれば、そんなものは痛みのうちにはいらん」
「……そんなものですか~?」
きっぱりと確信をもって告げてくれる相手に、こちらとしても、本当かどうか、確かめるすべはない。
それとも、今度はキンタローの方からやってもらえばいいだろうか? そんなことを考えつつ、まだ少しだけひりひり痛む額を、シンタローはそろりと撫でた。
「帰りたいのか?」
そう問われて、
「どこへ?」
分からぬ振りして、そう答えた。
今日は、冬の最中というのに、珍しく暖かな日だった。正午過ぎ、昼食を食べ終わった後の一服を、日差しが差し込む中庭で堪能しようと思ったのは、ただの気まぐれ。
実際それは正解で、風があまり入り込まない中庭では、燦々と差し込む冬の日差しに温められ、心地よさを感じさせてくれていた。
吐き出された紫煙が、真四角に切り取られた空へと昇る。
四方は団本部にぐるりと囲まれていて、南側だけは、日の差込も考え、二階までしかないのだけれど、それでもやはり四角く区切られてしまった空は、少しだけ寂しさを味あわせてくれる。
それはたぶん、空の本当の広さを知っているため。
どこまでも、地平線の彼方まで続く空を、自分は何度も見ていたから、窮屈げなその空が、少しだけ切なかった。
今の自分には、この空しかないことが、歯痒かった。
「シンタロー」
名を呼ばれた。
タバコを口の端に咥えたまま、振り返れば、金色の光が目に突き刺さった。少し目を細めれば、自分と同じ銘柄のタバコを咥えたキンタローの姿を確認できる。
「ん?」
言葉すくなに、自分を呼んだ理由を促せば、ともに休憩のためにここへいたキンタローは、まっすぐに自分へ視線を定め、言葉を紡いだ。
「帰りたいのか?」
問われた言葉は、唐突なもので、一瞬動作を全てとめ、それからパチクリと瞬きをして、シンタローはキンタローを見つめた。
頭の中で質問を反芻する。ゆっくりと時間をかけて、理解をし、理解したとたん、シンタローの口元は、苦くゆがんだ。
「どこへ?」
タバコを口から取り出し、吐き出される紫煙とともに、そう言う。けれどその言葉は、ただの意地悪でしかなかった。
『どこへ?』と尋ねながらも、自分が答えを知っているにもかかわらず、あえて相手に言わせようとしているのである。
それでも、問いかけたかった。
どこへ帰れというのだろうか。
あの楽園は、もうない。
今でもそのことについては、後悔はしていた。あの島を巻き込んでの戦いのことを。あの美しい島に、一族が生み出した狂ったような嵐を運びこんだことを。
起こったことで、明るみにでた事実には、後悔することはやめたけれど、それでも傷つけてしまったあの島のことを思うと胸がまだ痛む。
あそこは自分にとっては楽園で、楽園だからこそ、欠片も損なうことは許されない。いつまでもそこにあり続けなければいけないものであったのだ。けれど、もうそれはない。どこにもない。
いや、新たなパプワ島は、どこかで生まれているだろう。大切な友達が、楽園を再び築き上げているはずだ。
それは、あの島との別れの時に察することができた。けれど、失った楽園は、失ったまま。時分は、もう二度と、あの楽園を自分の手で触れることはできないのだ。
楽園は、本当の意味で永遠の楽園となり、消えてなくなったのである。
「帰るつもりなんだろう」
こちらの質問には答えずに、確信をもってそう言われても困ってしまう。
帰る場所はもうどこにもなく、彼らと再び出会えることは願っていても、どこに行けばいいのか分からない。
それなのに、キンタローは、すい終わったタバコを携帯灰皿の中に押し込んで、自分の二の腕へ手を伸ばし、掴んだ。
「お前がどこへ帰ろうともかまわないが、俺にとって帰る場所は、お前の元だからな。いいか、忘れるなよ。俺は、お前がどこへ行こうとも傍にいるからな」
そうきっぱりと宣言してくれる。
真剣な面差し。揺らぐことのない眼差し。決意を込められて告げられたそれに、どうしたんだ――とは、聞かなかった。
たぶん、この雰囲気のせいだろう。
常夏の島とは違いすぎる状況なのに、けれど、今、ここに流れる穏やかな空気は、とてもパプワ島に酷似していた。
そんな場所にいて、おそらく自分は、ガンマ団総帥としてのシンタローではなく、パプワ島にいたシンタローの顔をしていたに違いなかった。
確かにキンタローに話しかける前に思いを馳せていたのは、パプワ島のことで、だから、要らぬ不安を彼に抱かせてしまったのだろう。
いつか、自分を置いて、パプワ島へ一人で行ってしまうのではないかと、危惧させたのだ。
(しかし……キンタローの帰る場所が俺の傍ね)
薄々感づいてはいたけれど、改めてそう言葉にされれば、苦笑してしまう。24年間築かれた絆は、浅くはないということか。
確かに、彼はずっと自分の中にいて、自分の中に安らげる場所を見出していたのだ。
それは、肉体を得てからも変わりがないということなのだろう。
それならば、別にかまわなかった。キンタロー自身がそう決めたのならば、こちらに拒絶の意思はない。
しかし、キンタローの帰る場所は、どこかの地ではなく、人なのである。
その考えに、シンタローも、はたと気づいた。
「そっか――んじゃあ、俺の帰る場所も島ではないかもな…」
自分がたどり着いた楽園は、もうどこにもない。それは分かりきったこと。
けれど、自分自身は、確かにまた再び帰るのだという気持ちがあった。
もしかしたら、それはキンタローと同じ考えなのかもしれない。
(俺にとっての帰る場所は、確かにパプワ島という島だろうけれど、それ以上に―――パプワ達がいることなんだろうな)
それならば、納得がいく。
自分の中に、新たなパプワ島に行くという意識はあまりない。それよりも、また彼らの元へ戻るという方が強かった。
シンタローも手を伸ばし、掴まれていたキンタローの手を掴んだ。そのままお互い、手をつなぐような格好で、両隣に座り込む。
「次は、一緒に行こうか――あの島に」
また帰るために、あの島へ。あの者達の元へ。
握り締めた手が、強く握り返される。
「ああ、手土産は忘れずにもって行こう」
「……ぷっ。――そうだな」
数年前とはまったく違い、すっかり礼儀正しげな青年になったキンタローを、あの島のものは、きっと受け入れてくれるだろう。
だから、安心して帰れる―――彼らの元に。
(いつか……またな)
区切られた空から飛び出して、大海原を渡って、あの小さな楽園に戻ろう。
大切な人とともに、大事な友に会いに――。
「ただいま」
「おかえり」
その言葉を交わすために――――。
そう問われて、
「どこへ?」
分からぬ振りして、そう答えた。
今日は、冬の最中というのに、珍しく暖かな日だった。正午過ぎ、昼食を食べ終わった後の一服を、日差しが差し込む中庭で堪能しようと思ったのは、ただの気まぐれ。
実際それは正解で、風があまり入り込まない中庭では、燦々と差し込む冬の日差しに温められ、心地よさを感じさせてくれていた。
吐き出された紫煙が、真四角に切り取られた空へと昇る。
四方は団本部にぐるりと囲まれていて、南側だけは、日の差込も考え、二階までしかないのだけれど、それでもやはり四角く区切られてしまった空は、少しだけ寂しさを味あわせてくれる。
それはたぶん、空の本当の広さを知っているため。
どこまでも、地平線の彼方まで続く空を、自分は何度も見ていたから、窮屈げなその空が、少しだけ切なかった。
今の自分には、この空しかないことが、歯痒かった。
「シンタロー」
名を呼ばれた。
タバコを口の端に咥えたまま、振り返れば、金色の光が目に突き刺さった。少し目を細めれば、自分と同じ銘柄のタバコを咥えたキンタローの姿を確認できる。
「ん?」
言葉すくなに、自分を呼んだ理由を促せば、ともに休憩のためにここへいたキンタローは、まっすぐに自分へ視線を定め、言葉を紡いだ。
「帰りたいのか?」
問われた言葉は、唐突なもので、一瞬動作を全てとめ、それからパチクリと瞬きをして、シンタローはキンタローを見つめた。
頭の中で質問を反芻する。ゆっくりと時間をかけて、理解をし、理解したとたん、シンタローの口元は、苦くゆがんだ。
「どこへ?」
タバコを口から取り出し、吐き出される紫煙とともに、そう言う。けれどその言葉は、ただの意地悪でしかなかった。
『どこへ?』と尋ねながらも、自分が答えを知っているにもかかわらず、あえて相手に言わせようとしているのである。
それでも、問いかけたかった。
どこへ帰れというのだろうか。
あの楽園は、もうない。
今でもそのことについては、後悔はしていた。あの島を巻き込んでの戦いのことを。あの美しい島に、一族が生み出した狂ったような嵐を運びこんだことを。
起こったことで、明るみにでた事実には、後悔することはやめたけれど、それでも傷つけてしまったあの島のことを思うと胸がまだ痛む。
あそこは自分にとっては楽園で、楽園だからこそ、欠片も損なうことは許されない。いつまでもそこにあり続けなければいけないものであったのだ。けれど、もうそれはない。どこにもない。
いや、新たなパプワ島は、どこかで生まれているだろう。大切な友達が、楽園を再び築き上げているはずだ。
それは、あの島との別れの時に察することができた。けれど、失った楽園は、失ったまま。時分は、もう二度と、あの楽園を自分の手で触れることはできないのだ。
楽園は、本当の意味で永遠の楽園となり、消えてなくなったのである。
「帰るつもりなんだろう」
こちらの質問には答えずに、確信をもってそう言われても困ってしまう。
帰る場所はもうどこにもなく、彼らと再び出会えることは願っていても、どこに行けばいいのか分からない。
それなのに、キンタローは、すい終わったタバコを携帯灰皿の中に押し込んで、自分の二の腕へ手を伸ばし、掴んだ。
「お前がどこへ帰ろうともかまわないが、俺にとって帰る場所は、お前の元だからな。いいか、忘れるなよ。俺は、お前がどこへ行こうとも傍にいるからな」
そうきっぱりと宣言してくれる。
真剣な面差し。揺らぐことのない眼差し。決意を込められて告げられたそれに、どうしたんだ――とは、聞かなかった。
たぶん、この雰囲気のせいだろう。
常夏の島とは違いすぎる状況なのに、けれど、今、ここに流れる穏やかな空気は、とてもパプワ島に酷似していた。
そんな場所にいて、おそらく自分は、ガンマ団総帥としてのシンタローではなく、パプワ島にいたシンタローの顔をしていたに違いなかった。
確かにキンタローに話しかける前に思いを馳せていたのは、パプワ島のことで、だから、要らぬ不安を彼に抱かせてしまったのだろう。
いつか、自分を置いて、パプワ島へ一人で行ってしまうのではないかと、危惧させたのだ。
(しかし……キンタローの帰る場所が俺の傍ね)
薄々感づいてはいたけれど、改めてそう言葉にされれば、苦笑してしまう。24年間築かれた絆は、浅くはないということか。
確かに、彼はずっと自分の中にいて、自分の中に安らげる場所を見出していたのだ。
それは、肉体を得てからも変わりがないということなのだろう。
それならば、別にかまわなかった。キンタロー自身がそう決めたのならば、こちらに拒絶の意思はない。
しかし、キンタローの帰る場所は、どこかの地ではなく、人なのである。
その考えに、シンタローも、はたと気づいた。
「そっか――んじゃあ、俺の帰る場所も島ではないかもな…」
自分がたどり着いた楽園は、もうどこにもない。それは分かりきったこと。
けれど、自分自身は、確かにまた再び帰るのだという気持ちがあった。
もしかしたら、それはキンタローと同じ考えなのかもしれない。
(俺にとっての帰る場所は、確かにパプワ島という島だろうけれど、それ以上に―――パプワ達がいることなんだろうな)
それならば、納得がいく。
自分の中に、新たなパプワ島に行くという意識はあまりない。それよりも、また彼らの元へ戻るという方が強かった。
シンタローも手を伸ばし、掴まれていたキンタローの手を掴んだ。そのままお互い、手をつなぐような格好で、両隣に座り込む。
「次は、一緒に行こうか――あの島に」
また帰るために、あの島へ。あの者達の元へ。
握り締めた手が、強く握り返される。
「ああ、手土産は忘れずにもって行こう」
「……ぷっ。――そうだな」
数年前とはまったく違い、すっかり礼儀正しげな青年になったキンタローを、あの島のものは、きっと受け入れてくれるだろう。
だから、安心して帰れる―――彼らの元に。
(いつか……またな)
区切られた空から飛び出して、大海原を渡って、あの小さな楽園に戻ろう。
大切な人とともに、大事な友に会いに――。
「ただいま」
「おかえり」
その言葉を交わすために――――。
ひとつ……ふわり。
かすかな風に揺られながら落ちてくるそれを手のひらに乗せたとたん、水に変わる。
「雪か?」
「そう」
背後から聞こえてきた声に振り向かなくても誰であるかなど分かりきっていることで、もうひとつ目の前に落ちてきた冷たい白の塊を手にとろうとしたが、後ろから吹き付けてきた寒風によって、それはするりと逃げていった。
代わりに、震えが身体に走る。首筋に入り込んだ冷気に顔を顰めれば、それを察したわけではないだろうが、柔らかな温もりに背後から包まれた。
「寒くないか?」
「別に」
首を横に降り、否定する。先ほどまでは確かに寒かったのだけれど、今はそうではない。
「お前が、あっためてくれてるし」
そう答えれば、背後からムッとした気配が送られた。
「俺は、カイロ代わりか?」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。とりあえず、今のこの状況では。
だが、そんな言葉に、くすりと笑みがこぼれた。まさか、自分が本当に彼を『カイロ』だと思っていると思ったのだろうか。それは、心外である。
「そうだな。捨てる気はまったくねぇけどな」
というよりも、捨てられない。こんな素敵なカイロがあれば、ずっと一生使いたい。
背中の温もりが強くなる。痛みを感じるほどに抱きしめられた。
「当然だな」
満足げに頷く背中の向こうにいる人に、シンタローは後ろへ振り返る。その気配に気付いたように、あちらも乗りかかるようにこちらへ顔を突き出してくる。
ひとつ……ふわり。
雪が二人の間をかすめ、それが合図のように、ひとつ柔らかな口付けを交わした。
コトリ。
ほんのわずかな音。それでもシンタローの意識は覚醒し、閉じられていた瞼は震えるようにして上へと持ち上げられた。
「キンタロー」
ここがどこであるかとか、今は何時だとかを認識するよりも先に、乾いた唇からその言葉が漏れる。
視点は、見慣れた天井を移したままだったが、それでもそこに声をかけた人物がいることは、間違いなかった。
(っと、もうこんな時間か)
首を動かせば、カーテンが淡い光を纏っていた。朝は明けてはいないが、それでもずいぶんと外は明るくなっていたようである。時刻にすれば、およそ6時前後。
呼ばれた相手は、物音を立てるのをやめ、視線だけをこちらへと向けた。
「すまない。起こしたか」
「ん。いや、別に」
確かに起きたのは、キンタローの立てた音が原因だったが、謝られるほど煩い音を立てられたわけでもなければ、わざと音を立てたわけでもない。それは分かっていた。
頭は枕に置いたまま、ぐるりと身体を横にさせれば、キンタローの姿が見れた。シャツを羽織り、ボタンを中ほどまで留めていた。身支度の途中である。
薄明かりの中でも、はっきりと分かる青い瞳は、まっすぐにこちらを見据えていた。気恥ずかしさに、シンタローは、腰の辺りまでさがっていたシーツを胸まで引っ張りあげた。
さすがに、きちんと服を着ている相手の前で、真っ裸な自分の姿をさらすのは躊躇いがある。例えこの相手には、幾度となく生まれたてのままのこの姿を見られていたとしてもだ。
「まだ時間がある。お前は、寝てろ」
大きく広い手が伸びてきて、自分の額に触れ、前髪を梳くように額を撫でられた。
心地よさを感じるには、その手にすっかり慣れきってしまったためだろう。もっとも、その言葉は少しおかしいのかもしれないが。なぜなら、慣れるもなにも、その手は数年前までは、自分のものだったのだから。複雑というよりは奇妙奇天烈な展開をへて、結局は、キンタローのものとなった身体は、それでも紛れもなく元自分の身体だ。その手にうっすらと残る切り傷は、十年ほど前、自分の不注意で痕となり残ったものである。思わず目を細め、そこから視線をそらした。
(ま、色々あったってことだよな)
その一言で、今はもう済ませてしまう。
すでに目の前にある身体は自分のものではないのだ。そうして、こんな風に触れるだけで安らげるのも、自分の身体だからなどという理由でもない。
キンタローだから。
それ以外は当てはめられない事実。
確かに、ほんの数年前――二、三年前ではありえなかったことだろうが。今では当然のことのように感じられる。
「昨日は無理させすぎたが、大丈夫か?」
「ん~、まあ…」
まじめにそう聞いてくる相手に、シンタローは曖昧に頷いた。気遣ってくれるのは嬉しいが、素面の時に閨での出来事は尋ねて欲しくはない。確かに、腰から下にかけて鈍い痛みを伴っているが、動けないほど辛いというわけではなかった。
顔を見るのも気恥ずかしくなり、くるりと相手に背を向ければ、それ幸いと思ったのか、朝の空気に冷えた指先が、背中に触れた。
ビクリ。
と、思わず背を揺らせば、その指先が少しだけ遠ざかる。
「久しぶりだったせいで、少々抑えが効かなかったが、お前も悪い」
なじるような声。責められるとは思わなかった。
首をねじり、背中を相手に向けたままの状態で、後ろを振り向けば、先ほど背中に触れた指先が、顔の形をなぞるように、こめかみから顎にかけて滑った。
「なんでだよ」
「分からないのか?」
スッと指先がすべり落ち、あらわになっていた肩に触れた。その一点をキンタローは押す。痛みはないが、その行動につい視線を向ければ、シンタローは、カッと頬を染めた。そこには、くっきりと赤く色付いた痕が残っていた。キンタローがつけたものだ。それひとつを見たとたん、身体中いたるところにつけられている印を思い出してしまった。
(ったく、景気よく残してくれやがって……)
それでも怒りをあらわにしないのは、こちらの約束どおり、総帥服を着て、見える部分には痕を残さないということだけは守ってくれているからである。
「分からないね」
突っ張るようにそう言えば、これみよがしにため息をつかれた。
「はあ。いいか、あんな風にねだられたら、俺も我慢が出来るはずがないだろうが。もう一度言うぞ、お前があまりにも素直で可愛い行動を取ってくれるから、俺はな――」
「はいッ、それ以上は言わんでよぉーし!」
すかさず、シンタローは起き上がり、その口を手で塞いだ。すぐに手は離してあげたが、先ほどの言葉をまた紡ぐようならば、今度は容赦なしに、その口にシーツでも突っ込んで塞ぐつもりである。
しかし、賢明にもキンタローは、先ほどの言葉の続きはいわなかった。
「なぜだ? 俺はまだ言いたいことがあるぞ」
その代わり、なぜ言葉を止められたのか、その理由をもとめてくる。それに、シンタローは、げっそりした表情で答えた。
「キンタロー……俺はその手のプレイはやりたくねぇんだよ」
ここでこれ以上の言葉は羞恥プレイである。
あまりの恥ずかしさに、耐え切れない。
「プレイ?」
「いや、分からなければいい」
こちらの言葉が分からなかったのか、きょとんと首を傾げてくれたのが救いであった。
そんなことは、知らなくてもいい。むしろ、一生わからなくていい。うっかり口に出してしまったが、そんなことを知れば、また何を言い出すかわかったものではない。
「それよりも、そろそろ帰らねぇとヤバイぞ」
「ああ、そうだな」
その言葉に、キンタローは立ち上がった。いつのまにか身支度は整え終わっており、椅子の背もたれにかけていた上着に腕を通す。この部屋に訪れた時と変わらぬ姿になると、キンタローは、ベッドに膝をつき、こちらへ向かって身を乗り出した。
「お休み、シンタロー」
またベッドに寝たシンタローに向かって、前髪をかき上げると、子供に与えるように、額に口付けて、部屋を出ていった。
「何がお休みだよ」
先ほどのちょっとした騒動で目は覚めている。それでも、キンタローが出ていけば、少しずつ眠気も戻ってきていた。身体がまだ疲れを残しているせいだろう。後2時間ほどは、眠っていられると思うと、欠伸が出てきた。
けれど、隣から消えて温もりだけが寂しかった。本当ならば、もう少し一緒にいてもいいのだが、キンタローとのこの関係は、誰にも秘密であるために、そうもいかなかった。
誰にも見つかってはいけない、気付かれてはいけない秘密の関係。
それ故に、朝早くにキンタローはそっと自室に戻るのである。
「チェッ」
それは、自分からそうしてくれと望んだことだけれど、やはり物足りなさや寂しさも募ってくる。
いつかは、ちゃんと告げられることができるだろうか。
堂々と、自分とキンタローが恋人同士であることを、大切な人たちに告げることができるだろうか。
(いつかは、そうしよう――絶対にな)
シンタローは、そう思いつつ目を閉じた。
おまけ。
~朝の朝食風景より~
「……シンタロー、髪をあげてきたのか?」
「え、別にかまわねぇだろ。この服なら、襟元しっかり止めてれば、お前がつけた痕も見えねぇし。髪は、仕事の時は解くよ」
「前はな……」
「へ?」
「シンちゃ~ん。おはよう。パパだよv」
「ああ、朝からテンション高ぇな、相変わらず。おはやようさん」
「今日はポニーテールかい。可愛いねv」
「どーでもいいからくっつくなよ。飯が不味くなる」
「酷いよ、シンちゃん! ――あ? …………ねえ、シンちゃん」
「あん?」
「ねぇ、パパ、ちょーっと聞きたいんだけど――このうなじの下のキスマークは誰がつけてくれたのかなぁ?」
「ブッ! なッ……キスマ……え?」
「昨晩は出かけてなかったはずだけど……そう言えば、夜にキンちゃんが部屋に訪れてたよねぇ。シンちゃん?(怒)」
「あ、いや…それは……だから………(大汗)」
「ねえねえ、キンちゃん。まだシンちゃんは気付いてないの?」
「ああ」
「ふぅ~ん。教えてあげればいいのに。おとーさまも僕も、叔父様たちも。み~んな、キンちゃんが恋人だって知ってるって。ま、知ってても責めたくなる気持ちはわかるけどね。僕だって、相手がキンちゃんじゃなきゃ、色々やってるよ★(笑顔)」
「それは、よかったというべきなのか? グンマ―――だがしかし、シンタローは、俺達の関係を秘密にしておきたいようだからな。あえて言う必要もないだろう」
「……楽しんでるでしょ、キンちゃん」
「ああ(笑)」
「違ッ……別に俺とキンタローは……ぎゃぁ! 何しやがる。触るなッ」
「こうなったら、パパも同じところにつけるよッ! 覚悟はいいね、シンちゃん」
「あるわけねぇだろうがッ。――眼魔砲ッ!!」