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5.約束






「あれ、シンちゃんどうしたの~?」
「よ、よォ!」

研究室へと続く通路に、見慣れた黒髪を見つけた。
嬉しくなって足早に近付けば、何処かぎこちない様子でシンちゃんは軽く手を上げた。

「珍しいね、シンちゃんがこっちに来るなんて。何かあったの?」
「え…――あ、い、いや…別に…」
「?」

シンちゃんらしくない態度に首を傾げる。

――本当に何かあったのかな?

「シンちゃん、何か困った事でもあった?僕で良かったら聞くよ?」
いつもと様子の違うシンちゃんが本当に心配でそう言ったら、シンちゃんはますます困ったような顔をした。
「シンちゃん?」
先を促すようにもう一度名前を呼んでみる。
するとシンちゃんはポリポリと頬を掻きながら、言い難そうに口を開いた。
「あー…いや、グンマ、ほんとに何でもねェんだけど…」
期待に添えなくて悪いなと、申し訳なさそうに謝るシンちゃんの言葉に嘘は感じなかった。

――なんだ、勘違いかぁ。

ホッとする。
シンちゃんに何かあったのかと思ったから、そうじゃなくて良かったと心から思った。
でも、それなら何故いつもと様子が違うのだろう?

「あー…、その、よぉ…グンマ」
う~んと考え込んでいると、今度はシンちゃんが話しかけてきた。
「なぁに?」
「えとさ、ホラ、その…最近、どうだ?」
唐突の質問。
「?」
シンちゃんの質問の意味がよく分からなくて首を捻った。
「あ、いや、だからさ」
シンちゃんの顔をじっと見ると、シンちゃんはどこか慌てた様子になった。
サッと僕から視線を外して、何かを言い表したいのか手のひらを握ったり開いたりしている。
「シンちゃん?」

――どうしたの?

はっきり言ってくれないとわかんないよと、そう言おうとして僕はシンちゃんの顔が少しだけ赤くなっている事に気が付いた。

――あ。

ピンときた。
シンちゃんの聞きたいことが何か分かってしまった。
なーんだ、そういうことか。

「シンちゃんって相変わらず心配性だね」

シンちゃんには聞こえないくらいの声でそっと呟いた。

「え?」
「ううん、なんでもないヨvそれよりもシンちゃん、キンちゃんって凄いんだよ~」
「へ?」
突然キンちゃんの名前を出した僕に、シンちゃんの目がきょとんとした。
でも僕はそれに気付かないふりをして話を続ける。
「昨日もね、本を読んでてね――」

――キンちゃんは一度読んだらその殆どを覚えちゃってるんだよ。
そんな内容から始まって、僕は色んなことをシンちゃんに話した。
キンちゃんが新しい機械を発明したことや、それに至るまでの経緯。時には失敗談も含めて、シンちゃんの知らないキンちゃんのことを、聞かれもしないのにぺらぺらといっぱい話した。

そんな僕にシンちゃんはと言うと――。

『へー、アイツらしいな』
『…そんな事も出来るのか!』
『他には?』
『そっか…楽しんでやってるか』

――こんなふうに一つ一つ感想を述べては、本当に楽しそうに話を聞いていた。

話を聞いている間のシンちゃんは、子供のように表情がころころと変わって面白い。
多分シンちゃん自身は無自覚なんだろうけど、今のこんな顔をおとーさまが見たら、きっと物凄いヤキモチを妬くだろう。
それくらいにシンちゃんの顔は楽しそうだった。

――そんなに心配なんだったら、直接会いにこればいいのに。

シンちゃんとキンちゃんの間には二人にしか見えない壁があるらしい。
…僕にはそんなの見えないけどね。
僕を通してキンちゃんの事を知るんじゃなくて、キンちゃん自身を直接見てキンちゃんの事を知ればいいのにね――僕は心の中でこっそりとそう思った。

でも、二人の関係が特殊すぎると言えば特殊で――僕には分からないわだかまりが二人の間にあるのだとしたら、出来ることならそれをなくしてあげたいと思う。

だって折角の従兄弟だよ?
以前ならともかく、今は仲良しになってもおかしくないでしょ?
僕は皆が仲良しなのが嬉しいから、シンちゃんもキンちゃんも仲良しでいて欲しい。

だからそのきっかけを作ってあげる。
一度で駄目なら何度でも。


「ねぇシンちゃん、僕ねー最近研究で疲れてて、あま~~いモノが食べたいな~」
「あぁん?」
「生クリームがた~っぷりのったプリン、食べたいなv市販のじゃなくってシンちゃんお手製のvv」
「何言ってやがる。俺のどこにそんなヒマがあると思う」
スケジュール帳は真っ黒だと、シンちゃんは暢気な提案をする僕を呆れた顔で見る。
でも僕はあきらめないでおねだりをした。
「え~~、だってシンちゃんの作るお菓子美味しいもん~。キンちゃんも疲れが溜まってるみたいだし、ゆっくりお茶したいな~って思ったんだけどなぁ」
「……」
ピクリとシンちゃんが反応した。
もう、キンちゃんの名前には反応するんだから――少々不満に思ったけど…仕方ないか。
「ね、シンちゃ~ん」
もう一度甘えるように言ってみると、シンちゃんがわざとらしく溜息を付いた。
「…ったく、仕方ねーな!今度ヒマがあったら作ってやるよ」
「え、本当!?約束ダヨ!わ~~い、ありがと~~vvv」
恩着せがましいとも言える態度のシンちゃんに、それでも純粋に喜ぶふりをした。

――ほんとは作る気満々のくせに。…僕のためじゃなくて、キンちゃんの為にね。

「ま、まぁ早いうちに作ってやるから感謝しろよ」
本当は忙しくてそんなヒマねーんだけどな、とシンちゃんは念を押す。
「うんv楽しみにしてるね」
それに対して僕は素直に頷く。

「…じゃあ俺行くわ。そろそろ会議始まるし」
僕の返事を合図に、シンちゃんの顔が総帥モードに入った。
シンちゃん的には自然に話を逸らしたみたいだけど、物凄くわざとらしい事に気付いてるのかな?
本当にキンちゃんの話だけを聞きにきたんだね。
わかりやすいなぁと思いながらも僕は「頑張ってね」と、シンちゃんを見送る。

「あ、シンちゃん、そう言えばキンちゃんねーあんまり甘いもの好きじゃないみたいだよ~」
言い忘れてたと声を上げた僕に、シンちゃんは振り向きもしないで一言――『知ってる』とそう答えて壁の向こうに消えて行った。


――本当に素直じゃないんだから。

いちいち僕を通すの止めてよね。
でも、まぁ。
そう思いながらも、僕を頼ってくれるシンちゃんに実は嬉しかったりする。


「ま、いっか!シンちゃんのお手製プリン食べれそうだしv」


約束を『理由』に、きっとシンちゃんは作ってくれる。

僕にはあま~いプリンを。
そしてキンちゃんには僕のプリンとは違う、きっとあまり甘くない別のものを。

あの様子だと二、三日以内には食べれるだろうなと、僕はご機嫌で研究室の方へと足を向けた。






END


2006.09.18

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gfd
2.初めての






【Side:キンタロー】


『大切な人との記念日に贈り物としてどうですか?』

ショーウィンドウに飾られていたものに心を惹かれて眺めていると、店員が笑顔でそう言った。
見ていたものは赤い宝石が埋め込まれたピアス。
高価なものとはいえない小さな宝石だったが、シンプルなそのデザインはシンタローに似合うだろうと思って見ていた。

あらためてその従兄弟の顔を思い浮かべた後に、もう一度ピアスを見る。

(やはり似合うな…)

思い浮かべた上で納得した。
そんな思いを読んだのか――。

「如何ですか?」
念を押すように店員がもう一度商品を勧めてきた。

断る理由はない。

「貰おう」

そう答えると、店員は笑顔で「ありがとうございます」と言った。






【Side:シンタロー】


「やる」

そう言われてポンと投げられたものをキャッチした。

「何だコレ?」
手の中の小さな箱を物珍しげに眺めていると、金髪の従兄弟が『開けてみろ』と言う。
細いリボンが掛けられている華奢なつくりの箱を開けると、中にはピアスが入っていた。

「ピアス?」
思わず首を傾げると、キンタローは『お前のだ』とさらりと言った。
「お前が買ったの?」
――今日、何か特別な日だっけか?と尋ねると、キンタローは「いや」と答える。

「偶然見つけて似合うと思った」

「ふーん…」

ふわふわの生地に埋もれるようにして並んでいるピアスを手にとってみる。
綺麗な赤い石だ。派手ではない装飾は確かに嫌ではない。

「気に入ったか?」
そう聞いてくるキンタローの目には、はっきりと『気に入らないはずがない』と書いてある。
相変わらずだなと思いながらも礼を述べた。
「ん、まぁな。サンキュ…でもよォ」

とりあえず貰った事に対する礼をしてみたものの、一つだけ問題点があるのだ。

「何だ?」
真顔で聞き返すキンタローは、はたしてそれに気付いているのか――。


「俺さ、ピアスの穴、開けてねーんだけど」


一番根本的な事だった。
だが、貰ったこれを付ける為には耳に穴を開ければならないだろう。
ホラ、と髪を掻き揚げてキンタローに耳を見せてやる。
今まで特に付ける必要性を感じていなかったので、開けていなかっただけなのだから、これを機に開けてもまぁいいかと考えてもみた。

そんな俺に、キンタローは、「知っている」とたった一言で答えた。

そう答えるということは、準備の良いこの男のことだ、穴を開ける道具も用意してきたのだろう。

「んじゃ、折角貰った事だし付けてみるか」
そう言ってキンタローに手を差し出すと、何故かキンタローは不思議そうな顔をした。

「なんだ?」
「いや、『なんだ?』じゃなくて…穴開けなきゃ付けれねーだろ?だからその道具」
出せよと手をさらに突き出すと、予想外の返事が返ってきた。


「そんなものはないし、あける必要はない」

「―――はぁ!?」


きっぱりと言い切ったキンタローに、思わず間の抜けた声を出してしまった。

「お前の身体の何処であろうと傷付ける事は許さん」
「許さんって…お前ね」

俺は思わずガクリと肩を落としてしまった。
この男は一体何を考えているのだろうと心の底から思う。

「人にピアスを渡しといて、付けるなってか?じゃあ何のためにくれたんだよ」
「お前に似合うと思ったからだ」
「付けねーと似合うもクソもねーだろ?」

――お前、矛盾って言葉知ってるか?

そう尋ねれば、キンタローはムッと顔を顰めて『馬鹿にするな』と怒った。


「今のお前の発言が矛盾してるって言ってんだよ。わかれよな」
「そうかもしれんが駄目だ」
「――ナニが?」
「穴を開けることだ」
「………」

――本当はコイツ、阿呆なんじゃねーの?と思ってしまった。
口に出して言えば余計に煩くなりそうなので言わないが、正直呆れてしまっている。


「お前、俺にコレ付けてほしくねーの?」

ピアスを目前に翳して見せてやると、キンタローは暫く考えた後に頷いた。

「確かにこれはお前に似合うと思ったから買った。いいか、この俺がわざわざ宝石店で立ち止まってまで、お前に似合うと思ったんだ」

「二度言うな」

相変わらずな言いぶりに、とりあえずツッコミを入れる。

「だからお前がコレを付けている姿は見たい」
「なら穴は開けていーんだな?」

キンタローのその答えに念を押してみたら、キンタローはやはり駄目だと言った。

「お前の身体が傷付く事は許さんと言った。誰であろうとお前には傷付けさせん。それがお前自身であったとしてもだ」

キンタローは本心でそう思っているらしく、頑として譲ろうとしない。

「だーかーらーーッ」

堂々巡りだと脱力する。
キンタローは頭がいいくせに、時々本当に理屈の通らない事をムキになって言う。
自分としてはせっかく貰ったのだからそれを身に付けて、『見たい』と言ったこの男にその姿をみせてやりたいのだが――。

何かいい解決策はないのかと思案してみると、一つだけ思い当たるものが出てきた。


「なぁキンタロー、それじゃあお前が開けてくれよ」

「―――何!?」

俺の提案に、キンタローがおかしな顔をした。
意味が分からなかったのだろう。ならばきちんと説明してやればいいだけのこと。

「その『傷付けるのは駄目』ってやつは、どーせお前だけは『例外』なんだろ?」

俺の身体に傷付けるのは誰であっても許さないとキンタローは言ったが、南国から此処へ戻ってきた当初はそのキンタローに、幾度となく命を狙われ傷付けられた。――勿論同じだけやり返しはしたが。

「だからさ、お前が俺の耳に穴を開けてくれりゃーそれでいいじゃんか」

――我ながら良い案だと、俺はニヤリと笑ってキンタローを見た。






【Side:キンタロー】


シンタローが心底困っているのは分かった。

自分でも無理を言っていることくらいはわかっていたが、理屈ではないのだ。

渡した赤い石は確実にシンタローに似合うだろうから付けて欲しいと思っている。
しかしながらそれを付けるためにはシンタローの耳に穴を開けなければならないというのだ。

――それだけは絶対に嫌だった。

総帥という立場になってもシンタローと言う男は、率先して戦場へ出向く事が多かった。
誰一人死なせないという信条を掲げるのが悪い事だとは思わない。
ただ、その為に誰かを庇ったりすることで、アイツは身体に傷を増やしていった。
正直俺はその傷を見る度に腹を立てていた。
シンタローを傷付けていいのは自分だけだと思っていたからだ。
だから傷を見る度に苛々して、つい喧嘩を売ってしまっていた。

口に出しては一度も言わなかったが、俺以外の誰かに付けられた傷をいつまでも残しておくなと言いたかった。

今思えばそれは『嫉妬』と言える感情で――。

誰が付けても――誰が触れても嫌なのだ。
シンタローという男の身体にも心にも残るのは俺だけでいいと、今ははっきりとそう思っている。

だからそれがシンタロー自身であったとしても、耳に穴を開けるのは許せない。

赤い石は必ずシンタローに似合う。
何せ俺が見立てたのだから。

自分が選んだものをシンタローが身に付けるのだと思うと嬉しくなる。
だが――その所為でその身体に傷が付くとわかり、自分は見立てを誤ったのだと知った。
シンタロー自身はどうやら気に入ってくれたらしく、今すぐにでも穴をあけようとしているのが分かる。
『駄目だ』と言った俺に対しとても不満そうだ。

けれど譲るわけにはいかなかった。
ピアスを渡す前にどうしてこのことに気付かなかったのだろうと後悔している。

こうなれば無理矢理にでも取り返して、別のものを贈ればいいと思っていた時だった。

「なぁキンタロー、それじゃあお前が開けてくれよ」

暢気な声でシンタローがそう言った。


『お前は例外なんだろ?』――そう言って顔を覗き込まれて、一瞬だけ固まってしまった。


――この男は突然の行動が多すぎる。


人の気も知らないで嬉しそうにニコニコしながら覗き込んでくる姿にくらりときた。

『可愛いから止めてくれ』と、俺の口からでも言わせたいのかと思う。

勿論本人は無意識の行動なのだから、余計にタチが悪い。


「キンタロー?」
「ッ!」
どうしたんだ?と言うシンタローの声で我に返った。
「…いや、何でもない。気にするな」
さりげなく身体を離すように一歩だけ下がる。

「――で、開けてくんねーの?」
人の気も知らないで、ピアスを片手に耳を見せるシンタローに溜息が零れた。

(コイツは本当にわかっていない…)
頭痛すら覚えると文句を言いたくなるほどだ。

「駄目だと言っている」

きっぱりと言い切ってやった。
確かにコイツに傷を付けていいのは俺だけだが、それとこれとは話が違う。

「なんでだよ?」

返答が不満だったのだろう。
だが自分はどうやってもコイツが望む返事はやれない。

眉を顰めているシンタローに無言のまま手を伸ばし、髪を払って隠れていた耳に触れた。

「ッ!」

不意打ちの行動にシンタローはビクッと肩を竦めたが、お構いなしでその耳たぶをやんわりと撫で上げる。
そして――ひんやりとして柔らかな、この触り心地のいい耳に穴が開くことを想像して、やはり駄目だと実感して念を押す。

「いいな、穴を開けることは許さん。ピアスは別のものと交換してくる」

呆然とするシンタローの頭を引き寄せて、その耳元に息を吹きかけるようにして囁く。

「―――ッ!!」

ビクリとまたシンタローが揺れた。
この反応は好ましいと思いながら手を離すと、シンタローは弾かれたように素早く離れて行った。

「てめ…ッ!何しやがる!?」
「ただ話をしただけだが?」

――何か問題でもあったか?と、何もなかったような顔でそう言ってやると、シンタローは『グッ』と言葉を詰まらせた。

本当に分かりやすいヤツだ――思わず苦笑する。

こんな反応をされるものだから、必要以上に構いたくなるのだと――俺がそう思っていることなど、コイツは知らないのだろうなと、口には出さずにそう思った。







【Side:シンタロー】


…結局ピアスの穴は開けないままになった。

キンタローの人を喰った態度にだんだんムカついてきて、意地でも開けてやると宣言したのだが、それがどうやら拙かったらしく、何故かそのまま押し倒される羽目にあってしまった。

そしてそのまま――ま、まぁ、その、なんだ…い、色々あって――///、とッ、とにかく!!うやむやにされてしまったのだ。


「ちくしょー…」


口からは文句しか出てこない。
今思い出しても腹が立つ。

キンタローはクールに見えて内面は俺よりもねちっこいと思う。

さんざん弄られて焦らされて、『絶対に開けない』と誓うまで解放されないままひたすら責め続けられて――最終的には意識が朦朧とする中、誓約書まで書かされてしまった。

たかだかピアスの穴一つで大袈裟すぎるにも程があるだろーが。
呆れて物も言えやしない。


「ぜってーに納得いかねぇゾ…」

俺は今、ベットの中から抜け出せない状態でいる。
さっさと素直にピアスを諦めれば良かったのだが、意地もあって抵抗しまくったのが悪かった。
朝まで続いた責め苦に(朝まで抵抗した自分も偉いと思う)、身体が全く言う事を聞いてくれない状態だ。
腰は痛いし頭は重いし身体はだるいしで散々だ。

「元はと言えばピアスなんか買ってきやがるから…ッ」

キンタローがピアスではなく他のものを買ってきていれば、おそらくこんなことにはならなかった筈だと恨み言を述べた所でもう遅いのは分かっているのだが――。

「クソッたれ…」

どうしても文句を言いたかった。
――本人の前でそれを言えば、また酷い目に合わされそうなので、本人がいない今しか言えないが…。


そして今回の原因たるその当人はと言うと――朝起きて俺の身を綺麗にした後に、ピアスを持ってさっさと部屋を出て行ってしまった。

今頃はピアスの石と同じ石をあしらった、別の商品を物色しているだろう。

そう思うと胸がモヤモヤとした。

「…別にピアスはピアスで貰っといたのに…」

キンタローが初めて自分に買ってきたものだった。
ただ似合うと思ったからと、そんな理由で。
その気持ちは本当に嬉しかったから、例え身に付けないとしてもあのピアスは手に持っていたかった。
こういうところは本当に気が回らないと思う。

もう少し此方の感情を読み取ってくれてもいいだろうに――そこまで考えて、ふと我に返り顔が熱くなった。

「うわ…ッ、なんだコレ…!めちゃくちゃ恥ずいじゃねーかよッ!!クソッ!!キンタローの野郎ッ!!」

――何でこの俺様が乙女思考に走らなきゃならんのだ!!

苛立ち紛れに枕をドアへとぶん投げた。
ボスッと鈍い音を立ててドアにぶつかる枕に、少しだけ鬱憤が晴れた気がした。


「…帰ってきたら絶対一発ぶん殴ってやっからなッ!!」


心にそう誓う俺は、その時はまだ知らなかった。



キンタローが交換してきた品物に、また頭を悩ませる羽目になるなど――。







【Side:キンタロー】


「――ッくしゅ!!」

「風邪ですか?最近流行っていますからねぇ」

妙にむず痒くなってくしゃみをした俺に、昨日の店員が苦笑した。

「――いや、そういうわけではないのだが…」

「それでは誰かに噂をされているのかもしれませんね」

そう言われて瞬時に思い浮かんだのは、先程まで共に居た従兄弟の姿。

「…そうかもしれんな」

昨日(というか今日の朝まで)散々なことをしてやった自覚は充分にあった。
素直に諦めればいいのに、意地でもピアスを付けると言い張るものだから、此方もついムキになってしまった。
結果的には諦めさせる事が出来たのだから、自分としては全く問題ないのだが、おそらく当人はそうではないだろう。
今頃、自分に対する恨み言でも吐いていることは安易に想像出来た。
意地っ張りで素直ではなが、それでも自分の心を占めている従兄弟の、その拗ねた顔を思い出していると自然と口元が緩む。

あの赤い石を付けさせる事が出来ずに残念だったが、それと同等に似合うものを探せばそれでいいと、ショーケースを眺めていると――ある一角に目が留まった。

じぃっと眺めていると、店員が「あぁ」と笑顔になる。

「本日からのフェアなんですよ」
――デザイナーが一つずつ丁寧に作った、当店オリジナルの自慢の商品です。

そう言われてますます興味を持った。
ショーケースの中には数は多くないが、何種類かの指輪が並んでいた。
中に埋め込まれた石は、あの気に入った赤い石ではなかったが、指輪に合った品の良い形をしていてどの商品も目を引く。

指輪も悪くない――そう思った。

あまり大きな石でなければ邪魔にはならないだろう。
指輪を付けている姿を見たことはないが、これならばきっと似合う。
そう考えて店員を呼んだ。

「なんでございましょう?」
「悪いが昨日買ったピアスとこれを交換してくれ。勿論追銭はする」

ケースの中の指輪を指差して言うと、店員は「あぁ、そういうことですか」とよくわからないことを言った。

「此方がご入用だったのでしたら、昨日のうちにお伺いしておけば良かったですね。申し訳ございません」
「?…いや、それは別に構わんが」
「サイズは如何致しますか?」
「サイズ?」
サイズと聞かれて一瞬何のことだと思ったが、すぐに指に合ったサイズが必要だと言う事に気付いた。

アイツと俺とはほぼ同体型であるから、俺の指に合わせればいいと思う。
「ああ、このサイズにしてくれ」
そう言って指を差し出すと、店員は「サイズを測らせて頂きますね」と俺の指に触れる。
「もう一つのサイズは如何しましょう?それと内側にお名前を彫る事も出来ますが」
「?」
俺の指のサイズを測った後、店員がにっこりと笑って言う。
どういうことだと思ったが、あらためてショーケースを眺めると、どうやらケース内の商品は全てペアリングであることが分かった。
シンタローに贈る分だけで良かったのだが、ペアのものを一つだけくれと言うのも気が引ける。
「サイズは同じにしてくれ」
揃いで同じものを持つ事に子供じゃあるまいしと、抵抗を感じないわけでもなかったが、相手がシンタローならばいいかと思い店員にそう告げると、何故か店員は酷く驚いた顔をした。
「お、同じサイズで?」
目をぱちぱちさせながら確認されて、不審に思いながらも頷く。
「ああそうだ。それと名前は――『キンタロー』と『シンタロー』だ」
「…『キンタロー』様と…『シンタロー』様…ですか?あの…『シンタロー』様は…男性の方で…?」
「――何か問題でも?」
睨んだつもりはなかったが、店員にはそう見えたのかもしれない。
「いッ、いえ!畏まりました!!そ、それでは『キンタロー』様と『シンタロー』様でお名前を入れさせて頂きます!」
ビクリと怯えた様子でそう言うと、慌てて奥へと引っ込んで行ってしまった。

「……?」
同じサイズであることに何故あんな顔をされなければならないのかと、少々不満に思いながらももう一度ショーケースを見る。
たった今選んだこの指輪を、シンタローは喜んでくれるだろうか?
自分が見て趣味の良いデザインだと思ったのだから、おそらくシンタローから見てもそう思うはずだ。
指に付けたその様子を思い浮かべると胸が温かくなる。

――きっと気に入ってくれるだろう。

誰かに物を贈る事がこんなに楽しいとは思ってはいなかった。
勿論贈る相手にもよるのだろうが、自分は今確実に満足している。
早く渡したいと、心からそう思っている。


「あ、あの…お客様申し訳ございません」

先程の店員がおずおずとやってきた。
言い難そうに口を濁らせる店員に話を促す。

話を聞くと、同じサイズのものはすぐには揃わないといった内容だった。
受注生産のような形になるから少し時間がかかるのだと言う。
小さいサイズであればすぐに渡せると言われたが、それは断ることにした。

「揃った時点で引き取りに来るから連絡してくれ」

そう答えて名刺を渡すと店員はもう一度『申し訳ございません』と言って頭を下げた。






仕上がり予定日を聞いて店を出ると、日が大分高い位置へと来ていた。

もうそろそろ昼食時だろう。
シンタローは今起き上がれない状態なので、早く戻って昼食を作ってやらねばと思う。

指輪の事は内緒にしておいた方がいいだろう。
どうせならば現物を見せて驚かせたい。
代わりの商品を取り寄せてもらったとでも言えば、すぐに渡せなくとも納得するはずだ。一月まではかからないと言われたから、来月に遠征の予定が入っているがその前には渡せそうだ。

もう一度シンタローがあの指輪を付けている様子を思い浮かべて見る。

「…うむ」

――間違いなく似合うな。

我ながらいい見立てをしたと満足する。


そうしてシンタローのことを思い出していると、無性に本人に会いたくなって――俺は岐路を急ぐ事にした。






誰かに物を贈るなど初めてで、俺は何処か浮かれていた。


それが大切な相手へのものだから尚更嬉しくて。


だから―――。


宝石店のショーケースに貼られていたポップには全く気付いていなかったのだ。





そう――後日その指輪を渡した時に、シンタローに怒鳴られることになるとは、その時は夢にも思っていなかった――。






END


2006.05.07
2006.08.20サイトUP










休 暇





『あ~~、ダリィ』

執務の合間、それも欠伸を噛殺しつつ漏らした小さな呟き。
それが全ての始まりだった。
気が付けば俺は、真っ青な海原が見渡せる瀟洒なテラスで、優雅にシェスタをきめこんでいた。



「…おい、キンタロー」
「ん?何だ、シンタロー」
ドロドロに不機嫌な俺の呼び声に眉一つ動かさず、俺の側で専門書を読んでいたキンタローが顔を上げる。
「俺の記憶に間違いが無ければ、自分の部屋のベッドに入った筈だが…」
そう。
俺は確かに、唯一安らげる自室のベッドに潜りこんだ筈だった。
しかし気が付けば、潮風薫るテラスで寝そべっていた。
これに疑問を持たない人間がいるだろうか。
良くらオーバーワークを続けていたとしても、ごっそり記憶が飛ぶような疲れ方はしていない。
そこまで俺も柔ではない。
決して無い。
そんな俺の苦悩を他所に、真実を知っている筈のキンタローは涼しげな顔で事も無げに言い放った。
「ああ、その事か。さすがにドクターの睡眠薬は効き目バッチリだな」

チュドーン…ッ!!!!

豪快に眼魔砲をぶっ放す。
「こらテメェ!!キンタロー!!!一体何を考えてやがる!!!
つか、薬盛ってココまで連れてきたのはどう言う訳だっ!!事と次第によっちゃあ、もう一発眼魔砲をくれてやるっ!!!!」
一気に捲し立ててやると、目の前のキンタローはふぅと小さく息を吐き、そして俺を抱きすくめた。
そして、聞かん気の子供を宥めるように、背中を軽く叩く。
その仕草が余計に怒りをさそうと気付かないのだろうか。
もう一度怒鳴ってやろうとしたとき、キンタローがボソっと呟いた。
「シンタロー、お前が疲れたと言ったから…」
「え?」
「普段、滅多にそんな事は口にしないお前が言うのだから、相当なものだと思ってな…」
その言葉に、俺は動きが固まる。
もしかして、キンタローは俺のぼやきを聞いてこんな事を…?
「お前は俺が休めと言っても聞く耳を持たんからな。悪いとは思ったが強硬手段を取らせてもらった」
そしてキンタローは「悪かった」と、俯いた俺の額に軽くキスをした。
何だか、どうしようもなく、申し訳無い気持ちと、恥ずかしさがこみ上げて来る。
普段からグンマを組んで、何をしでかすか解らない奴だが、今回のこの行動は俺の事を思っての行動だ。
それに、キンタローがこんな場所に俺を連れ出すからには、僅かな時間で仕事の調整をしたと言う事で…。
「…キンタロー」
「何だ?」
「…その、すまない」
俺の言葉にキンタローはフッと笑うと、俺の背に回した腕に力が篭る。
「そういう場合は“ありがとう”だ」
「ああ、そうだな」
ありがとうの意味を込めて、向かい合った頬にキス。
「折角貰った貴重な休暇だ。満喫させてもらうか」



e n d
copyright;三朗



◇ ◇ ◇

キンシンバカップル(笑)

置いてきぼりを食らったパパは、グンちゃんに泣き付いてる筈。


20050503
copyright;三朗

*** Tricksy ***











 頼んでいた機械が完成したとの連絡を受け研究課を訪れたアラシヤマは、先刻から部屋の一隅にある椅子に腰を掛けて、ぼんやりと目の前の博士の行動を眺めている。
 ピンクのリボンに淡い金髪をまとめた博士の、常に紙一重の奇矯な振る舞いには慣れている。傍目にどう映ろうと、きっと彼の行動には彼なりの根拠があるのだろう。このつま先のとがった靴にぎざぎざつきのマント、右手に握られている星が先端に付けられた棒などにも―――きっと。
 そんなアラシヤマの思惑など知る由もなく、グンマはその格好のまま、歌でも歌いだしそうな上機嫌だった。ひらひらとマントを翻しつつ、部屋の一角から三十センチ四方の箱を取り出してきて、マニュアルと共にそれをアラシヤマに渡し。

「はい、これが頼まれてた新型暗視スコープ。で、ね」

 手に持つ星付きの棒をえいっと一振りして、にっこりと笑う。

「アラシヤマ、とりっく・おあ・とりーと」
「へぇ?」
「て、わかんない?んーと、じゃあ、お菓子ちょうだい」

 仮装姿の二十五歳は無邪気に両手を伸ばし、思わず引き込まれそうになるほどつぶらな瞳でこちらをじっと見つめてくる。アラシヤマはそれに渋い顔を返し、小さくため息を一つ吐いた。

「あんさん……ええ年した成人男子がいつもポケットの中に菓子類詰め込んでる思とったら大間違いどすえ」
「えぇーー。だって高松もキンちゃんも、いっつも持ってるのに……」

 それはあんさん仕様や、犬用クッキーとおんなじや…と内心では思ったがもちろん口にはしないアラシヤマだった。グンマは唇を尖らせて不満げな表情を隠そうともせず、上目遣いにアラシヤマを見る。

「それにしても、今日くらいはさぁ……」
「今日が、どうかしはったんどすか?あんさんはなんやらけったいな格好してはりますし。そのどこぞの魔女っ子みたいな格好、ドクターが用意しはったもんどっしゃろ」
「すごーい、なんでわかるの」
「そのやたら短いギリギリのキュロットの裾が何よりの証拠や……」

 げんなりとその折り目正しい短パンの裾に目をやると、何を勘違いしたのかグンマはくるり、とその場で回ってみせた。そうした仕草が正しく似合ってしまうのが、この博士の怖いところでもある。

「かわいいでしょー。でもアラシヤマ、今日が何の日かほんとに知らないの?だって士官学校出だったら、一年のときに、学校行事で」
「士官学校……」

 その単語を耳にした瞬間、背後に人魂が二つ三つ見えそうなほどアラシヤマの気配が一気に重くなる。

「わての一年生はトガワ君との語り合いと師匠の鬼のような再訓練で終わりましたさかいな……学校行事……フフ……ええ響きどすなあ……」

 (うわあー言っちゃいけないこと言っちゃったよ……)とさすがのグンマも笑顔のまま表情を強張らした。

「……うん、でも、お菓子くれなかったから、アラシヤマはTrick決定」
「は?」
「ううん、なんでもない。ただ、最近は欧米以外でも世界的な行事になりつつあるんだからさ。アラシヤマも一応知っておいたほうがいいと思うんだ」
「はぁ……」
「今日はハロウィンて言ってね、キリスト教のお祭りなんだよ。お化けの格好して、それで大事な人にTrick or Treatって言うの」

 にこにこと微笑みながら話し続けるグンマ。はじめはいつものようにほとんど聞き流していたアラシヤマだが、世界の常識と断言されたその行事を知らないというのも問題な気がして、つい耳を傾けてしまう。そして、

「その合言葉の意訳はね、『いたずらさせるか――もしくは「あなた」をください』v」

 その発言を耳にした途端、ガタッ、とそれまで腰掛けていた椅子を蹴倒さんばかりに勢いよく立ち上がった。

「な、なな、なんどすってえええ?!」
「バレンタインデーのちょっと大人版、てトコかな。まあ、そのフレーズに含ませる意味の深さは人それぞれだけど……アラシヤマの言う『いい年』の人だったら、察してねって話だよね?」
「そっ……そないな行事があらはったなんて……やっぱりラテンの血が入っとる人たちの考えは違いますな……アラシヤマ一生の不覚やわ……ッ」

 冷静に考えれば初めにグンマがアラシヤマに対してそれを言っている時点で、グンマの説明など大概嘘だとわかるはずなのだが。完全に頭に血が上っているアラシヤマはそんなことにすら気付かない。
 グンマの言葉に一度はがくり、と肩を落としたアラシヤマだったが、おそらく床のキズか何かに対して、何かをぶつぶつと呟いていたかと思うと、急にがばりと起き上がり。グンマの両手をぐっと握った。

「グンマはん、教えてくれはってありがとさんどす。ほなわて、これから今すぐにでもわての王子様のところに行ってきますわ!」
「え、シンちゃんとこ?」
「当たり前どすッ。心友のシンタローはん以外に、わてのこの熱い願いを聞いてほしいお人はおりまへん!」
「あー…うん、がんばってね」

 そしてまさに猛進といった勢いで総帥室に向かって走り出す。
 その後姿を見ながら
 (あ、しまった。これってシンちゃんにとってのTrickになっちゃうかも……)
 そんなことにふと考えが至ったグンマだったが、持ち前の前向きさで、ま、いっか、と思い。後も見ないで走り去るアラシヤマを笑顔で手を振りながら見送った。



***



 研究課を出て中庭に出ると、太陽はすでにかなり西のほうに傾いている。時刻は五時を回ったというところだろうか。総帥室へとわき目も振らず突進するアラシヤマだったが、本部棟の地階に入った瞬間、前方を歩いている童顔忍者と顔だけ書道家の姿が目に入り、歩く速さをやや落とした。
 どれほど忙しかろうと周りの状況が緊迫していようと、この二人は互いがそばにさえいればいつも楽しそうに二人きりの世界を作り出している。妬み半分嫉み三分の一興味六分の一でその様子をじっとりとした目線で追いかけていれば、ふとミヤギの明るい声が耳に入った。

「そだ。トットリ、Trick or Treatだべ!」

 その一言に、アラシヤマの全身のセンサーが一斉にそちらを向く。
 一体この自称ベストフレンド他称バカップルは今日という日をどのように過ごすのか。これまで培ってきた刺客技術の全てを駆使して二人の会話を盗み聞く。後姿からはよく確認できないが、ほんの少しだけ見えたトットリの横顔は、満開の笑みを浮かべていて。

「言われなくても、ちゃーんとわかってるっちゃよvでも今日は、夜が本番だわいや。だけぇ、ミヤギくん、仕事が終わったら僕ん部屋きて欲しいっちゃ」
「わかったべ。今年はどんなの用意してくれてっか、楽しみだべなあ……」

 そうして二人して笑いさざめきながら、廊下の角を曲がっていった。
 アラシヤマはと言えば、よろよろと壁に肩を預けると、目を血走らせて今の会話を反芻する。

(夜……夜が本番て……あんお人らナニこんな公共の場で堂々といかがわしい話しとるんーー?!)

 そんなことを考えて貧血にでも陥りそうになっていたアラシヤマは、背後から寄ってきた気配にすら気付かずに。無防備だった背中を、バンッと思い切り叩かれる。

「どうしたアラシヤマ!こがぁなとこでうずくまって、気分でも悪いんかぁ」

 廊下中に響き渡りそうな声で問いかけてきたのは、日本だったら確実に銃刀法違反で連行される長刀を引っさげたコート姿の大男。アラシヤマはひりひりと痛む背中を押さえながら振り返ると、極めて陰険な目つきで大男――コージをにらみつける。

「コージはん、あんさん気分悪い人間の背中、そないに遠慮なく叩きはったら倒れますえ。しかも相変わらず無駄に声でかいどすし……」
「はっはっはっ、周り気にして小声で喋るんはわしの性に合わんけんのう!」

 まあ平気そうならええんじゃ、と人好きのする笑みを満面に浮かべながら言う。その笑顔を見るとさすがのアラシヤマも毒気を抜かれてしまい、仕方ないどすなあ、と苦笑した。

「ま、確かに小声で内気に喋るあんさんなんか目にした日には、熱出して寝込みそうどすしな…」
 
 いつもの癖で皮肉を交えて言った台詞にも、コージはほうじゃろうほうじゃろう、と一人でうなずいている。だがそれから、ふと何かに気付いたように真面目な表情を作って、少しの間視線を中空に彷徨わせた。

「と、そうじゃ、アラシヤマ。なんじゃったかのぉ…ホレ、あれじゃ、あれ」

 どうやら何かを思い出そうとしているらしい。アラシヤマは眉を顰めながら、小首をかしげるようにして二十センチ近い身長差のある男を見上げる。
 あれでもないこれでもない、と珍しく悩んでいた大男は十五秒ほどしてからようやく目的のフレーズが浮かんだようで、そうそう、と言いながら、ぽん、と手を打った。そして、アラシヤマに向かってにっと笑う。

「Trick or Treat、じゃ」
「はいぃい?!」

 目を丸くして直立不動の姿勢になったアラシヤマの途轍もない動揺など、よく言えばおおらかな、悪く言えばこの上なく大雑把なコージは全く気付かない。
 ニヤニヤと笑いながら、自分よりいくらか細身の(とはいえ一般的に見ればかなり筋肉質な)アラシヤマの肩に手を回して、耳元で囁く。

「いくら吝嗇なぬしでも、今日くらいはええじゃろう……な?」
「な?て……」

 それはコージにとってみればほんの軽い茶目っ気で、食べ物の一つでも貰えれば儲けもの、という考えでやったことでしかない。
 だがアラシヤマは、表情を陰にするように俯きしばらく黙ったままでいて。それからやおら、ふ、ふふ、と不気味な笑い声をたててコージに組まれた肩を震えさせ始めたかと思うと、

「今日も明日も明後日も、あんさんにやれる日なんて未来永劫来んわボケェっ!」
「ほぉじゃらけえーーー!」

 両手を掲げ、ごおっと全身から容赦ない炎を噴き出した。全くの不意打ちに勢いよく燃え上がらされた大男は、やがてぶすぶすと燻りつつ、ゆっくりと前方へ倒れる。ずうん、と響く鈍い音。周囲にいた一般団員は顔面を蒼白にさせながら、遠巻きにその様子を眺めていた。
 だが事件を起こした当の火元は、そんな恐れおののいた団員たちの視線などものともせず。
 コージはんまでわての美貌を狙うてはったとは、まったく油断も隙もあらへんわ、と制服についた煤を払いつつ、歩き出す。
 な、なんでじゃあ……というコージの最後の力を振り絞った至極まっとうな抗議の呟きは、アラシヤマの耳には届かなかった。



***



 総帥室のある階にエレベーターが到着する。ココまで来れば目的の人までは後もう少しだ。
 だがそこには思いがけない伏兵が待ち構えていた。
 廊下の向こう側から歩いてくるのは、おそらく今しがたシンタローの部屋から出てきたらしきキンタロー。顔を上気させ動悸息切れの状態にあるアラシヤマの姿を見るなり、その端正な顔をゆっくりと、しかし顕著に顰める。
 顔を見たくのなんてお互い様どすえ、と思いながら鬼気迫る表情でアラシヤマは問いかけた。

「キンタロー!総帥は中にいはるんどすな」

 その質問にどう答えたものかと逡巡しつつ、キンタローはほとんど無意識の防衛本能というか、シンタローへの世話意識というかで、そのしっかりとした体躯で総帥室への道をふさいでいた。

「いることはいるが……」
「ほな、さっさとどきなはれ。わてはシンタローはんに用があるんどす」
「……今、シンタローは機嫌が悪い。更にこれまでの統計を見る限り、お前の顔を見てアイツの機嫌が悪くなることはあれ、良くなることはない。一刻を争うような用事でなければ後に……」
「一刻、一秒を争う用事どす。この上なく深刻な、デッドオアアライブゆう問題どす!」

 そのあまりの気迫に押されてか、さすがのキンタローも、む……と言葉を呑み込んでしまい。仕方なく体を開いてアラシヤマに総帥室への道を開ける。
 その意外とあっさりとした反応にほんの少しだけ違和感を感じつつも、アラシヤマはキンタローの脇をすり抜け、総帥室の前までたどり着いた。
 急ぎ足でどこかへ向かうキンタローの背がエレベーターの中に消えていったのを確認してから、誰もいなくなった廊下で、二、三度ほど深呼吸を繰り返し。逸る鼓動を必死で抑えつつ、アラシヤマは総帥室の扉をノックする。

「シンタローはん、ア、アラシヤマどす」

 少しの間の何かを我慢しているような沈黙の後(これはアラシヤマが総帥室を訪れたときは毎度のことだ)、げんなりしたような声で、入れ、とシンタローが答えた。
 この上なく性能のいい換気装置をつけておきながら、室内には仄かに煙草の匂いがする。飾り気はないが豪奢な部屋で、目当ての紅い服の総帥は、何故かふてくされたような表情をしながら、重厚な机の上に両手を組み合わせていた。

「なんや……ありましたん?シンタローはん」

 機嫌損ねてはるいうのはキンタローの方便やなかったんかい、と心の中でそっと呟きながら、眉間に二重の皺を寄せているシンタローに、アラシヤマは問いかける。
 だが予想通りというべきかシンタローから返されたのはギラリ、と効果音が聞こえてきそうなほど凶悪な視線で。

「なんでもねーよ。それよりなんだ、用件は。くだんねーことだったらブッ飛ばす」
「い、いや、その、あの、どすな」

 意気込みだけは十分。シンタローの険悪な目つきにも慣れきっている。だが、いざ本題を口に出そうとすると緊張が先立って、舌が強張ってしまうアラシヤマだった。
 あかん、リラックスやアラシヤマ。冗談ぽく言ってしもたらええやないどすの。このチャンス逃したらあと一年待たなあかんのやで。シンタローはんをトガワくんやと思って勇気を出すんや――とシンタローが聞いたら眼魔砲で即滅されそうなことを思いつつ、冷たい汗をだらだらと流しながら荒い呼吸を繰り返す。
 一方シンタローはといえば、キンタローの言うとおり、またアラシヤマが見て取ったとおり、いつも以上に不機嫌だった。よほど心にゆとりがあるときでなければ(そしてそんな日は一年に二日とないのだが)まず見たくない顔の唐突な来訪もさることながら、今日は昼に急なネット会議が入ってしまったため、昼食をとり損ねたのだ。
 しかも、そういう日に限って朝食すら抜いて慌てて執務室に来ていたという経緯がある。立て続けに飛び込んでくる突発事項に次ぐ突発事項で、秘書に頼んで簡単なものを買ってきてもらう暇すらなかった。やっと先ほどたまたま打ち合わせのために訪れていたキンタローが今日は比較的手がすいていると言ったので、好意に甘えて、急ぎで何か軽食を買ってきてもらうよう頼んだばかりである。
 そこにのこのこと現れたのが、常を超えて挙動不審極まりないアラシヤマだったというわけだ。
 空きっ腹と苛立つ存在の両方を抱えて上体を机の上に突っ伏すと、片隅においてある多機能電子時計の緑の文字盤が目に入った。その日付を見て、ああそうか、今日はあの日だったかとシンタローは思い出す。

「おい、アラシヤマ」
「ななな、なんどす?」
 
 明らかにいつも以上に奇怪な動きを見せるアラシヤマに目を眇めながらも、シンタローは机の上に両腕と首を放り出したまま言葉を投げかける。

「Trick or Treat」

 とりあえず、小腹を満たせるものならなんでもいい。年間行事にかこつけて下心つきのプレゼントを常に用意しているアラシヤマである。何かしら食物にありつけるかもしれないし、もしなかったら(あるいはそれがおたべだったら)トリックと称して眼魔砲の一発も食らわせて憂さ晴らしをしてやろう……。
 そんなことをぼんやりと考えていたシンタローは、次の瞬間アラシヤマの表情を見て心底ぎょっとした。

 これでもかというほど顔を真っ赤にしたアラシヤマは、口元に手の甲を当てたたまま、ぼたぼたと鼻血をたらしながらシンタローを見ているのだった。

「い、いたずらくらいまでどしたら……ああっ、でもやっぱりあきまへん!!シンタローはんの希望には出来る限り添いたいどすけど、せやけど、わてが下になるんだけは……でけまへんッッ」
「………は?」

 そうして少女マンガの主人公よろしく大粒の涙をこぼしながら総帥室を出て行こうとする。ただ部屋から外に出る間際にふと足を止め、演出過剰に扉のフチに手を掛けると、ぼろぼろと泣きながら無理やりに笑顔を作ってシンタローを振り返り。

「ホンマは……わてが言いたかったんどすえ。シンタローはん……」

 それだけを言うと、今にも倒れんばかりの哀愁を背負いつつ、ふらつく足取りで退出していった。
 シンタローはその一連の行動の最初から最後まで、言葉もなくひたすらに怪訝な表情で眺めているしかなく。
 「なんだぁ、アイツ…」と呆然と呟く総帥のその頭の上には、無数のクエスチョンマークが浮かんでいた。



***



 コトの元凶となったグンマ博士は結局、予想通り高松とキンタローから贈られた甘い菓子の山に囲まれて非常に幸せな一日を過ごしたため、アラシヤマに言ったことなどは、きれいさっぱり頭から消え去っており。


 とにかくその日以来、アラシヤマはケチで挙動不審でわけがわからない、という団内の定説が、よりいっそう深まったのであった。










Fin.








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アラシン祭開催おめでとうございますv






矢島えいじ / 『さしもぐさ』



『連敗記録』



「メーシ、メシメシ~~!」
「はーいはいはいはい!分かったからちょっと大人しくしてろよパプワ!」

言いながらも鍋を掻き混ぜる手を止める事はない男が、ガンマ団№1の殺し屋などと誰が信じられるだろうか。
少なくとも№2であるアラシヤマは己の目で見ているにも関らず信じられずにいた。
あれが長年越えられない男なのか。
いくら秘石眼を持つ少年が相手とはいえ、大の男があんなに振り回されるとは情け無い。

「で、テメェは何人様の家を堂々と覗いてやがんだよ」
不機嫌な声と共に額に突き刺さったお玉にアラシヤマは血を噴出しながら笑みを浮かべた。

「ふふふッ。よぉ見破りはりましたな!」
「そんだけ堂々と台所の窓から見てりゃ誰でも気付くわ!ナメとんのか!!」
眉間に皺を寄せて睨むシンタローを余裕の笑みで見返しながら、お玉の柄を抜き取り指を指した。
「勝負どす!」
「あんだけやってまぁだ懲りねぇのかよ。お前」
「今の所、勝負は五分五分や。今回こそはわてが勝つ!」
「ケッ。上等じゃねぇか、そこで待ってろよ」

エプロンを脱ぎ捨て踵を返した背中に不意打ちのサボテンを投げ付けてやろうとしていた目の前で、
茶色い犬に頭を噛み付かれて泣き叫びながら走り回るシンタローを見てアラシヤマは目を点にした。

「何を言う!まずは僕の昼御飯を作るのが先決だろう!!」
「売られた喧嘩を買ってるだけだろ!」
「む、まだ口ごたえする気なのか。チャッピー!」

少年の掛け声と共により深く食い込んだ牙にシンタローは更に涙を流している。
完全に手玉にとられている男にアラシヤマは少々同情すらしてしまった。

「ずわぁぁぁッ。申し訳ございません、御主人さまぁぁぁぁ!」
「分かればいい」
土下座する男からチャッピーが離れ、シンタローは頭から豪快に血を流しながらアラシヤマを指差した。

「テメーとの決着は飯の後だ」
「全く格好ついてまへんえ」
「喧しいわい!」
冷静な突っ込みにシンタローは涙を流しながらも料理の続きを始め、暇になったらしい少年は
わざわざ表に出て来るとアラシヤマのマントを引っ張った。

「お前、そんなにシンタローと勝負がしたいのか?」
「当然どす」
「だが万年№2という事は一度も勝った事がないんだろう?」
「万年言うなや!ええんどす、試合はよぅやっとりましたが今度は殺し合いどすからわてにも分がありまっさかい」
ふん、と鼻を鳴らせば少年は変わらない表情のままアラシヤマを見上げた。

「試合で勝てなくても殺し合いだと勝てるのか?」
「そうどす」
「妙な自信持ってんじゃねーぞアラシヤマぁ」
不敵に笑うシンタローだが、手元では葱を刻んでいる。

「せやから格好ついてへんって」
「うるせー!ほっとけよ!!」
自棄糞気味に叫んだ男から足元の少年に視線を戻せば、扇を広げて踊り始めていた。
この奇妙な踊りのせいで降り続いた雨で3日間も無駄にしてしまったのは苦い思い出だ。


「しかし何故お前は試合で負けてばかりいたんだ?」
「理由、どすか…」

試合は胴衣の着用が義務付けられており、どちらかが試合不可能になるまで続けられるデスマッチだった。
シンタローに勝てなかった理由はその胴衣にあるのだ。
日本の柔道や空手で着るのと同じ様に前合わせになっているそれは、功夫を使うシンタローにとっては動き易いのだろう
試合開始早々どんどん胸元が肌蹴ていくのだ。
そして厚みのある布の向こう側から迫出て来るのが鍛え上げられた美しい肢体である。
決勝だけあって、身体が温まりきっているので少し動いただけでも汗が浮かぶのだ。
普段は軍服の下に覆い隠されている肌は白い故に血行が盛んになっている試合中は薄っすらと色付いている。
更にそこに浮かぶ汗は若い肢体だけあって珠となり宙を舞うか肌を飾り立てる役割を果し、ライトの光を美しく反射しているのに
思わず見入ってしまったのは不可抗力だ。
楽しんでいるのだろう、普段は滅多に見られない笑みを浮かべ頬を紅潮させて攻撃する男の顔には時折長い髪が
汗で張り付き口は赤く色付いて半開きになっている事が多かった。

そんな表情の下、肌蹴過ぎた胴衣からは胸の突起がよく見えるのである。
日本人と英国人のハーフらしく薄い色をしているそこに何度手が伸びそうになった事か。
同性だと自分に言い聞かせても接近戦ともなれば否応無くそれは目に入り、更に時として肌が拳の先を掠める。
辛抱し過ぎて鼻血を噴出した瞬間に鳩尾に重たい拳を喰らって倒れてしまう事数回。

お陰でシンタローに勝った試しはない。
毎度思うのだが色仕掛けとは卑怯にも程がある。
本人が意識していようがいまいが、現に自分はそれに惑わされて負けたのだ。

「全てはシンタローの卑怯さからどす!」
「いーい度胸だテメェ!おら、飯が出来たから家ン中入って来いパプワ!俺はそいつをブチのめす!!」
「んばば!こりゃ見物だな、チャッピー!」
「わうわう!」
アラシヤマはパプワハウス玄関に周り込むと腕を組んで仁王立ちをした。
パプワに蛸がはみ出したスープの入った御椀を渡し、シンタローは出て来ると右手を構え左足を一歩引いて沈んだ体勢をとった。

「覚悟は出来てんだろーな」
「そっちがなぁ。ほな、いきまっせ!」
一足飛びに間合いを詰めたアラシヤマの目の前で、シンタローのシャツが顔を隠す程に捲れ上がり上半身が露になった。
露になった胸の先端にほぼ条件反射的に鼻血が噴出し、アラシヤマはその場に顔からスライディングをしたのだった。

「~ッ何だ…ってパプワぁ、邪魔すんなよ!」
「おかわり~~!」
「自分でやれば良いだろうが!俺は今忙しいの……って、何やってんだよアラシヤマ」
足元で鼻ばかりか額からも血を流す男を訝しげな目で見たシンタローは腕を組んで首を傾げた。

「お…己シンタロー!またしてもお色気を使うとは卑怯どすえ!!」
「いや、お前何訳分からねぇ事を口走ってんの?」
寝言は寝て言え、とアラシヤマの頭を踏みつけ地面にめり込ませて気絶させ、出てしまったシャツを帯の中にしまい込んだ。

「シンタロー早くおかわりだ!」
「わう!」
「はーいはいはい」
こうしてアラシヤマの連敗記録は更新されたのだった。




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雪原 湊 様


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