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 ことり、とテーブルから聞こえてきた音に、シンタローは顔をあげた。
「ああ、ありがとう。キンタロー」
 テーブルの上には、湯気が立ち上るティーカップが置かれていた。中には琥珀色の液体が入っている。それを持って来てくれたのは、ガンマ団総帥である自分の補佐を務めてくれているキンタローであった。
 一息つくようにふぅ、と息を強く吐いてから、書類から目を放し、両手を上に持ち上げ伸ばす。軽く肩を回してから、ようやくティーカップへと手を伸ばした。
 こくりと一口飲んで、シンタローは、驚いたように顔を上げた。
「酒?」
 その言葉に、見つめられた相手は、こくりと頷いた。
「蜂蜜を混ぜたカリン酒を温めた。今日は朝から喉の調子が悪そうだったからな」
 その言葉に、ぱちくりと瞬きをする。
 気がついていたのか。
 朝から、喉がいがらっぽく、痛みも伴っていたが、たいしたことはないだろうと放っておいていた。だが、他のものに知られれば煩いから、なるべく声は出さないように仕事をしていたのだ。今日の予定がデスクワーク中心であったために、大丈夫だと思っていたが、しかし、今日は一日中傍で仕事をしていたキンタローには、しっかり気付かれていたようである。
「ありがとう」
 もう一度感謝の気持ちを伝え、甘い芳香をくゆらせるカップに口をつけた。
「そう言えば………」
 喉だけでなく身体を全体も温めてくれたカリン酒を飲み干したシンタローは、ふっと思い出したように、窓へ視線を向けた。
「そろそろ、花梨の花咲く頃だな」
「そうなのか?」
 つられるようにキンタローも外を眺めるが、あいにく見える範囲にカリンの木はない。カリンを植えてあるのは、ここではないのだ。
「ああ、親父が果実酒作るために三本くらい植えてあるからさ、子供の頃収穫も手伝ったこともあるし、覚えている」
 カリンの花は、ピンク色をした愛らしい花である。小さいながらも、くっきりとしたピンク色が瑞々しい若葉の上へ咲き誇り、遠くからでも目立つほどである。それは、庭に植えられていた。花が咲けば実がなることを知っているから、子供ながら、花が咲けばその周りで、咲いた咲いたとはしゃいでいた。秋には大きな実となり、マジックと一緒に収穫するのだ。
「酒だったから、出来上がってもあまり飲ましてくれなかったけどさ。喉が痛い時は、決まって出してくれていた」
「そうか」
 笑みを浮かべて相槌を打ってくれるキンタローに、けれど、ハッとシンタローは気付いたように表情を固まらせた。
(しまった……)
 キンタローには、こんな風に小さな頃の思い出はないのだ。そのために、なるべくそういう過去は、語らないでいたのだが、カリン酒を出されて、つい思い出話をしてしまった。
 もちろん、キンタロー自身が気を悪くしている様子は見えない。それでも、シンタローは、ばつが悪かった。気にしすぎだと言われそうだが、後ろめたさは消えてはくれない。やっかいだと思うけれど、こればかりは仕方がなかった。
 出来うることならば、今からでも思い出を作りたい。
(ああ、そうか―――)
「どうした?」
 きっとはたから見れば百面相をしているようだろう。コロコロ表情を変えるシンタローに、キンタローが怪訝な声をかければ、先ほど思いついた案を口にのせた。
「えっと………今年は、俺たちも作るか?」
「カリン酒をか?」
「ああ、そうだ―――嫌か?」
 新たにカリンで思い出を作ればいいと思ったのだ。固いあの実を収穫して、一緒に果実酒を作って、二人で飲む。
「いいや。それはいいな」
 そういってくれたことにホッとひと安心し、シンタローは中断していた作業に戻ることにした。
「じゃあ、もうひと頑張りしますか!」
「シンタロー」
 声をかけられ、顔を上げる。
「ん? って、何を!」
 急接近する顔に、思わずギュッと目をつぶる。

 ちゅっ。

「…………」
 目を開けてじろりと睨む。
「行き成り何をするんだ?」
「頑張ってくれ、という意味のつもりだったが?」
 さらりと告げてくれるその言葉に、唇がへの字に曲がる。
「で、なんで頬なわけ?」
 そう。あの時、唇に来ると思っていたキスは、けれど予想に反して、頬への軽いキスだった。
 唇に来ると思っていたために、慌てた自分に恥かしくなる。そんな自分に、キンタローはニッと笑って見せた。
「それは、だな。唇では、我慢できなくなるからだ。いいか、お前の唇にキスするだけで、俺は満足など全然しないからしなかったのだ」
「なるほど」
 納得である。
 それに関しては、自分も同感である。その先が、もっと欲しくなるというものだ。
「んじゃ、これを全て片付けますか」
 そうすれば、好きな場所にキスができる。かすかに甘いカリンの香りが漂う部屋で、シンタローはペンを取った。


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 ざわっ…。
 頭上の枝が波打つようにしなる。芽吹いたばかりの若葉が掠れ合い、柔らかな音を奏でる。誘われるように頭上を見上げたシンタローは、そのままの姿勢で止まった。
「あッ」
 思わず声をあげる。その声に、一歩先に進んでいた相手が振り返った。
「どうした、シンタロー。…ああ」
 問いかける声。けれど、すぐに納得がいったとばかりに頷かれた。
「髪が絡まっているな」
 目の前の事実を率直に述べられ、シンタローは、恥ずかしさを誤魔化すように苦笑した。
 ガンマ団敷地内にあるA棟からD棟までの距離。いつもならば車に乗っての移動だけれど、天気のいい今日は、時間の余裕もあるために、歩いて移動することにした。
 初夏を思わせる暖かさ。触れる風も、爽やかで、のんびりと散歩気分で歩いていたのだが、うっかりと髪を木の枝に絡ませてしまったのだ。
「ちょっとまってくれ、すぐにとるから」
 絡まった髪を手に取る。
「まて! シンタロー。俺が――」
 すぐに重なるキンタローの声。だが、それは遅かった。
「ッ!」
 髪を取ろうと枝に触れたとたん、鋭いものにシンタローの指先を突かれた。反射的に身体を引いて、しかし、髪が未だに絡まったために、二重の痛みを味わう羽目になった。
「ッ~~~~~~」
「シンタロー!?」
 慌てて駆け寄ってきたキンタローを前に、不覚だが、シンタローは涙目になっていた。
「いってぇ~」
 指の痛みと頭皮の痛みに苦しんでしまう。
「指を刺したのか?」
 キンタローの問いかけに、シンタローは痛みで歪む顔のまま頷いた。
「ああ…この木、棘がある」
「ボケだな」
 眉を顰め神妙な顔で言ってくれた相手に、シンタローは、ギロリと睨みつけた。
「ボケだぁ? 喧嘩売る気かよ、キンタロー」
 確かに、そんなことにも気付かないというのは、ボケているかもしれないが、こちらが痛みで泣いているのだ。にもかかわらず、そんなことを言われてしまえば、ムカついてくる。
 しかし、そんなシンタローに、キンタローはぷるぷると首を横に振った。
「違う。お前に言ったわけではない。いいか、お前が『ボケ』なのではない。その木の名前が『木瓜(ぼけ)』というのだ」
「…………」
 きっちり説明してくれた相手に、誤解をしてしまったシンタローは、気まずさから口をへの字に曲げて、視線をそらした。
 確かに、そんな樹が存在していることは、シンタローも知っていた。しかし、これが木瓜だとはわからなかった。というか、こんなところになぜ植えているのだろうか。
(植えた奴をボコりてぇぜ!)
 完全なる八つ当たりである。
「……ったく、薔薇じゃねぇのに、棘なんか生やしやがって」
 ぶつぶつと文句を言えば、それを聞きとめたキンタローは、また律儀に答えてくれた。
「いや、ボケも薔薇科だ。棘があるのはおかしくはないが……シンタロー、刺した指を見せてみろ」
「え? ああ、別にたいしたことはねぇぜ」
 実のところ、しゃべる合間に指を吸っていたら、痛みはほとんどひいていた。もともと指先をわずかに突き刺しただけなのだ。
 痛がったのは、それが不意打ちだったからである。自覚してみれば、たいした痛みではなかった。
「……って、おい。何してんだ」
 自分の手をとったと思えば、あっという間に、トゲを刺した指は、キンタローの口に入っていた。
「消毒だ」
「俺が散々やっていただろうが」
「念には念を入れろというだろうが」
「……こういう時に使うのは明らかに間違いだろう」
 念を入れたところで、これ以上の消毒がなされることはない。キンタローの唾液の方がより消毒効果があるわけではないのだ。絶対に。
 それでもがっちりと掴まえられているために、好きなようにさせていれば、ようやく満足したのか、指から離れていってくれた。
「――シンタロー」
「なんだ?」
 名を呼ぶキンタローの顔は真剣である。思わず身構えたシンタローに、キンタローは重々しく訊ねた。
「これも間接キスというのだろうか?」
「知るかッ!」
 真面目な顔して呼ぶから何事かと思えば、あまりにもくだらない発言に、シンタローは、思わず大声で怒鳴っていた。 こいつには付き合ってはいられない。キンタローを置いて、さっさと行こうと一歩前を進んだシンタローは、即座に身体は引っ張られ、頭皮に痛みを感じた。
「ッ~~~~~~!」
 忘れていた。まだ、髪は木瓜の枝に絡まったままだったのだ。
「素でボケるな、シンタロー」
「……お前に言われるとはな」
 もちろん今のボケは、木の木瓜ではなく、こちらに対する罵詈だ。 
 髪が未だ枝に絡まっていることに気付かなかったこちらも、確かにボケているだろうが、キンタローにだけは言われたくない言葉である。しかし、反論ももちろん出来なかった。
「待ってろ。すぐに取ってやる」
「いい! 俺が――」
 しかし、伸ばした手は払われた。
「身動き取れないお前がやるより、俺の方が早い」
 確かに、その通りである。ぶすっと不貞腐れたような表情で、じっとしていれば、ふっと頭皮が引っ張られる感覚が消えた。
「とれたぞ」
「サンキュ」
 ようやく自由を取り戻せた頭を振る。その開放感に浸っていれば、それをぶち壊すようなキンタローの言葉が聞こえてきた。
「まったく、お前は危なっかしくて見ていられない」
「――お前には言われたくねぇよ…」
 身体を手に入れて、まだ幾年も経ってない、まだまだ経験地不足のお子様には言われたくない言葉である。それでも、先ほどまでの自分の行動を振り返れば、確かにその通りなのだから、余計腹正しい。
(絶対に認めねぇからな!)
 自分の方が、年を重ねている分大人であることは譲れない。
「行くぞ!」
 ここで随分と時間をロスしてしまった。次の会議に間に合わせるために、ずんずんと足早に大股で歩くシンタローの後ろを、キンタローはかすかな笑みを浮かべながらついていった。

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「綺麗だ…」
 そう思った瞬間、身体が動いていた。




「シンタロー」
 部屋に入ってすぐ、名を呼び掛ければ、重厚な作りの机を前に座っていたガンマ団総帥はゆっくりと顔をあげた。
 少しやつれた表情。
 二日間研究室にこもっている間に、どうやら無茶をしていたようだった。久しぶりに見るその姿を観察していれば、ペンを机の上に置いたシンタローが口を開いた。
「どーしたんだよ、キンタロー。つーか、お前ちょっとやつれたか?飯はちゃんと食えよ」
 その言葉にムッとする。それはこちらの台詞である。
「お前には言われたくない。いいか、俺は今のお前にだけは言われたたくないからな! ――シンタロー、お前こそ鏡を見たらどうだ。頬が少しこけてるぞ」
 その指摘にシンタローは今気付いたとばかりに頬を撫でた。
「え!マジ?…っかしいなぁ。睡眠と食事はきちんととってるぜ」
「それが足りてないからだろう。まったく俺がいないとすぐ睡眠と食事を減らすな」
「…そういうつもりはないんだけどな」
「なかろうとも、結果はでている」
 甘い顔をすればすぐに無理をする相手だから、厳しい顔で睨み付けるようにすれば、視線を反らされた後、罰が悪そうに頭を下げた。
「悪ぃ。今度からは気を付ける。…で、お前の用はなんなんだ?今日までこっちの仕事は休みだろ」
 確かにシンタローの言う通り、今日まではガンマ団開発部で仕事だった。だが、途中で抜けてきたのだ。それは――。
「シンタロー。少し俺に付き合ってくれ」
「は?なんで…俺は今仕事中――」
「そろそろ休憩をいれる時間だろう。それとも強制的に休憩が必要な身体にしてやろうか?」
 そうすることはこちらとしては望むところである。机を回り込みシンタローの顎を軽く持ち上げてみせれば、慌てた様子で手を叩かれた。
「けっこーだ!つーわけで行くぞ。どこだ?その付き合って欲しい場所は」
そそくさと立ち上がるシンタローに、内心残念に思いつつも、キンタローは先を歩いた。
「外だ」




 連れて行きたかった場所はガンマ団本部内の端だった。
 それは研究室へ移動する窓から見えた。安全確保のためにガンマ団基地の中でもはずれに作られたそこは、建物との合間をつなぐために色んな種類の樹木を植えていた。たぶんこれもそのひとつ。だが、広大な基地の端であり危険な研究所が入っているために近づく者は早々いないここに、それはあまりにももったいないものだった。せめて自分だけでも気付いたならば、共に見たいと望む者と眺めたかった。
「あっ…」
 シンタローの顔に驚きの表情が浮かぶ。キンタローはそれを眺めほくそ笑んだ。予想していた反応だったからだ。自分もまた、これを見たときは驚いた。数メートル前までは青々とした緑溢れる常緑樹の並木道なのだ。けれど一歩角を曲がれば薄紅色のトンネルである。互いに触れ合うほどに枝を伸ばした桜達はその全てを可憐な淡い紅の花で飾っていた。辺りの空気すら染めるほど溢れる桜色。
「すげぇ…」
 漏れ出た感嘆の声にキンタローは同意するように頷いた。
「圧巻だろう」
「ああ」
 棒立ちのまま桜に魅入る相手を置いて、キンタローは移動した。そこは一際美しい桜の木下。道とは反対側に回り込み、そこへ座った。
「シンタロー、ここに来い」
 その場で手を伸ばし、名を呼べば振り返ったシンタローは頬を桜色に染めた。
「何考えてやがる!」
 キンタローが示した場所は、キンタローの股の間。キンタローが桜の幹にもたれかかって座っているように、シンタローもまたキンタローの胸にもたれかかって座れと言っているのだ。
「恥ずかしがらずとも、誰にも見られることはないぞ」
「そうかもしんねぇけどさ…」
 だからと言って素直にキンタローに身体を預けるのも照れ臭くて仕方がない。羞恥の壁に阻まれて躊躇っていれば、真っすぐな視線に貫かれた。
「嫌か? シンタロー」
 直球で尋ねられる質問。
「……ズリぃ」
 その問い掛けに、子供のように唇を尖らせた。そう思わずにはいられない。だからこそ、シンタローはキンタローの手をわざと無視して、定位置にストンて座った。
「嫌なわけねぇだろ!」
 ぶっきらぼうな答え。
 好きか嫌いかを尋ねられれば、どちらかなどわかりきったこと。こんな気持ちいい場所、他人に味あわせるのも嫌だ。
 くつろぐように背を相手の胸に預ければ、両腕が軽く回された。
「上を見ろ」
 その言葉にしたがって、頭上を仰げば、薄紅色と空色の柔らかな色彩に視界は埋められる。
 心安らぐ光景。
 漆黒の瞳と紺碧の瞳が一色に染め上げられる。
「―――お前とこうして見たかった」
「ん…」
 その気持ちが嬉しくて自然と笑みが浮かぶ。
「…シンタロー」
 名を呼ばれ振り替えれば甘い口付けが降ってきた。桜色に染まる頬を包み込み。花びらが触れるような優しいキスを何度も送られる。ようやく離れればその視線は桜ではなくキンタローのみに注がれていた。
「俺はずっと…お前とこんな綺麗な景色を共有していきたい」
真 剣に語られる言葉をシンタローはゆっくりと噛み締める。胸が熱くなるのは、その気持ちが嬉しいから。泣きたくなるのは、キンタローのことをそれだけ強く思っているからだ。
「…俺もだ――ありがとう、キンタロー」
 今日この日この時を与えてくれて、そしてこの先の美しい世界を共有出来る喜びを与えてくれて。感謝をこめて笑みが浮かぶ、その唇に深く触れた。

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 ぺたり…ぺたぺた…ぺたり。
「……何やってるだ、キンタロー」
 そんな奇妙な音を背中で聞かせられ、我慢できずにシンタローは、そう訊ねた。
 ぺたっぺたっぺたっ…。
 それでもまだ背中から音はする。
 というか、先ほどから背中を無遠慮に触られまくりだった。
 一体、何事だろうか。キンタローは、人の着替えている姿をじーと見ていたかと思うと、行き成り背中を触りだしたのである。
 溜まらずに、振り返ってみれば、そこには奇妙なほど真面目な顔をしたキンタローがいた。そうしてぽつりと言葉を漏らした。
「違う…」
「は? 何がだよ」
 どういう意味だろうか。
 先ほどからのキンタローの言動は、さっぱりわからない。
 仕事の話があるからと言うから、私室に招きいれたまではよかった。丁度、着替え中だったが、別段躊躇わずに着替えを続行していたが、シャツを脱いだところで、先ほどのあれが始まったのである。
 人の背中をぺたぺたと無遠慮に触りだしたのだ。しかも、難しい顔をしてだ。それに一体どんな理由があるのかと思えば、キンタローは、ギュッと握りこぶしを作って語りだした。
「違っているんだ、シンタロー。いいか、お前の背中が、俺よりも0.5ミリほど小さくなっているんだぞ。なんてことだッ!」
 さらにキンタローは、重大事件が発生したとばかりに、シンタローに詰め寄った。その肩をがっしりと両手で掴む。そうして、前後に揺さぶる。
「大変だぞ、シンタロー! お前の背中が縮んだのだ。いいか、お前の背中が、0.5ミリも縮んだのだぞ!」
「はぁぁあ?」
 思わぬ発言に、シンタローはどう対応していいか分からない。その間も、キンタローの言動はさらにエスカレートしていた。
「恐らく筋肉が減ってきたせいだろうが……なんてことだ。これは、由々しき事態だぞ、シンタロー!!」
 ついには、泣きそうな顔をして抱きついてくる。
 えーと、もしもし、キンタローさん? 
(それのどこが重大問題なんだろうか…)
 哀しいかな、シンタローにはそれがわからない。
 キンタローの言いたいことは理解できた。最近デスクワークでの仕事が忙しくて、トレーニングを少しさぼりがちだったのだ。そのせいで、キンタローの言う通り、筋肉が衰えて、幾分背中辺りが縮んだのだろう。……信じるならば、0.5ミリ。
 しかし、それでなぜ、あれほど大騒ぎになるのだろうか。それがまったくもって分からない。
「んなのは、ちょっと筋トレすれば、すぐつくだろうが。心配するほどのもんじゃ――」
 ない、と言おうとして、それは止められた。再び前後に身体が大きく揺さぶられたせいだ。
「何を言っているんだ、シンタロー! 今、今お前の背中は縮んでいるんだぞ。俺とどこまでも一緒の均一な身体だったにも拘らず。いいか、この俺と同じ身体だったのが、そうではなくなったんだぞ。これが、許される事態だとでも、思っているのかッ!!」
 …マジですか?
 そんなはずはないとは思うのだが……キンタローの真剣な眼差しをみていると、一概に否定は出来ないものがあった。しかし――。
「体重とかは違うじゃねぇかよ…」
 確か、この間のガンマ団身体測定をした時、高松が言っていた気がする。
「それは、お前の髪の重さだぁ!!」
 それは確かにそうかもしれないが、そこまで力いっぱい、血管が切れそうなほど力んで言わなくてもいい気がするのは、自分だけだろうか……。
 大体、キンタローと体型が違ったぐらいで、そこまで大げさになる必要はないはずである……たぶん。違っただけで、お互い支障があるわけでもなければ、当然死ぬようなこともないのだ……おそらく。
 なのに、この大騒ぎは一体なんなのだろうか―――全然分からない。
「あーそれじゃあ、まあ……大変だな。一大事だな。どうしようかなぁ」
 分からないために、抑揚のない声、虚ろな眼差でのお義理ですという態度満載でそう言ってあげれば、あちらはそれでも満足したのか、うんうんと力強く頷いていた。
「そうだ。一大事なのだ、シンタロー。これからどうすればいいかだと? もちろん、元の身体に戻すのだ。俺とお前は、同じ肉体を持つ者だからな!」
 暑苦しいほどの使命感を持って、高らかにそう宣言をするキンタローに、勝手にしてください、とぼんやりとその姿を見つめていれば、行き成り横から誰かが割り込んできた。
「えー、違ってば、キンタロー。シンタローと同じ体は、俺♪ そっちは、青の一族の身体でしょ。全然違うよv」
「ジャン…」
 いったいどこから湧いて出たのだろうか。そこには、いつのまにかちゃっかりとガンマ団に居座っているジャンがひょっこり部屋に現れて、そう言い放つ。さらに、こちらの隣に立つと、自分の顔とこちらの顔を指差した。
「ほーら、見てよ。顔とかそっくりだろv だからね君とシンタローとは別の肉体だから安心しなよ★」
 何を言うかと思えば、そんなくだらないことである。しかし、この発言に確実にダメージを与えられたものがいた。
「そんなことは……そんなことは――」
 それを目の前にして、キンタローは愕然とした顔をしていた。なにやら、目尻に涙が浮かんで見えるのは気のせいだろうか。
 それなのに、ジャンはさらに楽しげに言葉を紡いだ。
「あるんだよv というか、事実だからね。残念でした~♪」
 にこやかにそう告げる、元赤の番人に、シンタローはその場で眼魔砲をぶつけたかった。とてもぶつけたかったが、我慢したのは、ここが自分の私室だからだ。代わりに拳でも見舞ってやろうかと思ったが、気配を察したのか、空振りしてしまった。腐っても元番人ということだろうか。まったくもって腹正しい。
 何より、ジャンの存在に怒りを覚えるのは、その発言によって、全てのものに敗北したと言わんばかりに膝と肘をつき、苦悩の表情を浮かべた従兄弟を見せられたせいだ。すっかりと傷心している様子である。
 この状況を、自分はどうすればいいのだろうか。誰か教えてくれ、といいたいところである。
「くっ……それでは…俺とシンタローには、もう何のつながりもないのか……。かつては同じ体を共有していたというのに」
「キンタロー……」
 その言葉に、シンタローは、うっと胸を詰まらせた。どうすればいいか分からぬままに、そのままキンタローの傍に駆け寄った。
 ジャンの方は、自分の出番がなくなったことを察したのか、さっさと出て行ってしまったが、それはどうでもいいことである。むしろ、最初から来るな、といいたいが、来てしまったものは仕方がない。それよりも、落ち込んだキンタローを慰める方が大事だった。
 その肩に手を置けば、キンタローがゆるゆるとこちらの方へ顔を向けた。
「シンタロー……。お前と俺の身体が、別々のものになってしまうなんて……そんなことがなければずっと…」
「キンタロー…だがな」
 身体が別々であろうとも、いつも一緒に――傍にいれば、なんの問題もない。そう言おうとしたシンタローの視界がくるりと一回転した。
「へっ?」
 仰向けにされたシンタローの真上に、キンタローの顔があった。その状態のまま、キンタローは決意を固めた表情で、シンタローの身体をさらに拘束した。
「こうなったら、お互いの身体を繋げて一つにするしか、手段はないッ!!」
「はっ?」
 まだ状況がわからぬまま、逃げ場はどんどん塞がれていく。
「お前の中にまた、俺が一部分でも入り込んでいれば、きっと俺は安心できるはずだ」
「えっ?」
(一部分?)
 ってどこですか、と聞くのは、あまりにも野暮だろうか。いや、そんなことをつらつらと考えている暇はない。
(つーか俺、上半身裸じゃねぇかよッ!!)
 気がついてみれば、着替えを邪魔されたおかげで、上は何も着ていない状況である。そんなシンタローの身体にのしかかるように、キンタローが身体を重ねてくる。真剣な表情で、じっとこちらを見つめていた。
「また、一つになろう――シンタロー」
 その意味は――ひとつ。
「い~やぁ~だぁ~!」
 っていうか、それ、絶対間違いですからッ! 
 シンタローの空しい響きは、聞き届けられることなく散っていった。
kl

 自分が生まれた意味なんて、考えるだけ無駄。
 生まれたいから生まれたわけではなく、ただ、生まれる過程を踏んだから、ここに存在するだけ。
 そんな風に思っていた時があった。

 けれど、ある日突然知ってしまった、自分の生まれた意味。 
 それを知った時、生まれなければよかったのにと心から思えた。





「っ……」
 シンタローは目覚めると同時に側頭部を手のひらで押すように抑えた。
 ズキリと頭の奥で、痛みが起こる。それも一度だけではなく、断続的に痛む。
「うぅ…」
 呻きつつ、顔を顰めるシンタローの寝覚めは、最悪のものだった。
「酒くさ」 
 けだるげに半身を起こし、息を吐けば、酒の匂いが濃密に残っているのが分かる。
 ちらりと視線を部屋の真ん中に向ければ、小さなテーブルの上に溢れんばかりに酒のビンが転がっていた。
 昨日、いや、今日になっていたかもしれないが、両手では足りない数の酒瓶は、全て自分が開けたものだった。
 のろりとベットの上から這い出すと、シャワーを浴びるために移動する。
 一歩一歩歩くたびに、頭の奥がキリキリと痛み、苛立ちを産むが、それは自業自得であるから我慢するしかない。
 完全に二日酔いだ。
 重苦しさを感じる身体を動かしつつ、無意識に胃を撫でる。丈夫な胃だと自負しているが、その調子もどうも悪いようであった。
 吐き気はないが、一歩ずつ歩くたびに気持ち悪さがこみ上げてくる。無理やり吐けば、少しはすっきりするだろうか、とぐらぐらする頭でぼんやりと考えながら、部屋を横切っていく。
 窓に下がっているカーテンは閉められたままだった。けれど、そこから入り込む陽光は、かなり明るかった。
 たぶん、時刻は午後を回っているのだろう。
 部屋を横切る時に、その光が一筋目をさし、そのまぶしさに視界を細めた。
 総帥としての仕事があれば、完全に遅刻である。が、今日は休みで、全ての業務は休止だった。
 だからこそ、こんなにもゆっくりとしていられるのである。
 バスルームにようやく辿りつくと、シャワーのコックをひねり、肌が痛いほど熱い湯を浴びる。5分をほど、そうしていれば少しは頭が機能していく。
 ざっとバスタオルで水気をふき取り、下だけ身につけ部屋に戻ると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し口に含んだ。
 冷たい清涼水が喉を通過する。
 その時ようやく自分が喉が渇いていたことを知り、500mlのペットボトルをあっというまに空にした。
「2時か」
 棚の上に置かれたデジタル時計を見ると、時刻は2時10分をさしている。
 いつ眠ったかわからないから、寝すぎたという感覚はないものの、昼過ぎに起きるなんてことは、もう随分と久しくなく、なんとなく奇妙な感じはする。 

「どうしようかな」
 再びベットの上に戻ったシンタローは、髪がぬれているにもかかわらず、背中から倒れるように、身体を落とした。
(何もすることがないな)
 本日の予定は、一件のみ。それも夕方、一族で集まり夕食を一緒にとるというものだけだ。
 だが、それまで時間はたっぷりとあった。
 日ごろ怠っているトレーニングをするのもいいかもしれない。けれど、ズキズキと痛む頭を抱えて、そんなことはしたくはなかった。
「今日は…………」
 天井をぼんやりと見上げたまま、シンタローは、苦い笑みを作る。
「俺の誕生日か」
 何の感慨もなく吐かれた言葉は、むなしく大気に霧散する。
 今日は自分の誕生日である。
 だからこそ、いつも休みなしで働くガンマ団総帥のシンタローに休みが与えられていたのであった。
 特別休暇というやつである。
 けれどシンタローは、総帥になってからは、誕生日の日には、いつも昼過ぎまで眠り、夕飯を一族でとるだけで終えていた。
  昼過ぎまで寝るのは、いつもは忙しくて睡眠不足だから、という言い訳をしているが、気づいている奴もいるのだろう。
 自分が、今日という日を嫌って、眠むることで時間を潰していることを。
 昔は、そんなことはなかった。
 誕生日を祝うという年でもなくなっても、それでもなんとなく、嬉しさを覚えていた。けれど、そうではなくなったのは、パプワ島から帰ってきてからだった。
 自分の出生の秘密が全て明らかになった後、シンタローは自身の誕生日を祝うことはできなくなっていた。
  今まで24年間、自分は本来ならば祝ってもらえるはずのものを押し込めて、誕生日祝ってもらっていたのである―――――自分の誕生日だと信じて。
 いや、確かに、誕生したのは、その時だろう。
 けれど、自分は本当の『シンタロー』ではない。マジックの息子でも、ルーザーの息子でもなかった。
 そして、真実はどうであれ、マジックの息子の『シンタロー』として祝ってもらうものは、自分ではなかったのだ。
 別に罪悪感があるわけではない。
 それは、シンタロー自身が望んだことでもなく、知っていて行ったことでもなかったのだから。 
 ただ、24年間信じていたものが崩されるということは、思った以上に堪えていた。

 誕生日おめでとう――――生まれてきててれて、ありがとう。

 その言葉を自分がもらえるのかどうか、考えれば考えるほどわからなかった。
 もし、自分がいなければ、何かが違っていて、もっといい方向にいっていたのかもしれない、と考えてしまうから。
 自分が生まれたことを喜べないのだから、誕生日を祝うことなんてできるはずがなかった。

 トントントン。

 突然、ドアをノックする音に、シンタローは跳ねるように、上半身を起こした。
「誰だ?」
 機嫌の悪そうな低い声で誰何の声をあげる。
「俺だ」
 その声に、シンタローは驚いたように目を見晴らした。
 ドアの外にいるのは、自分が24年間全てを奪っていた奴だった。
「どうぞ」
 その短い応えに、ドアが静かに開かれる。 
 そこにいたのは、やはり『シンタロー』だった。
 従兄弟の……いや、パプワ島に戻ってからは、もう兄に変わったのだが、グンマあたりには、キンちゃんとかキンタローと呼ばれているその男は、部屋に入ってきた。
 酒臭さが不快なのか、顔を一瞬顰めてみせたが、すぐに元の表情に戻る。
 彼は、表情が乏しい。
 それもこれも、経験が足りないからだ。24年間の空白がそうさせる。
「どうしたんだ?」
 酒瓶が転がっているテーブルの前のソファーの方に座るように促すが、キンタローは首を振って断った。
「いや、いい」
「そうか。で、何の用事だ?」
 シンタローの方は、二日酔いで体がだるいので、酒瓶が転がっているソファーの上に腰をおろす。
 足を組むと、長身のキンタローを見上げた。
 彼が、ここに来るのは珍しかった。しかも、一人だというのは、初めてではないだろうか。
 いつもは、グンマか高松が一緒なのである。
 彼が自分のところに来る用事が思いつかず、彼の言葉を待っていると、キンタローはおもむろに口を開くと一言、言葉を発した。
「誕生日おめでとう」
「へっ?」
 シンタローはそれを耳にしたん間抜けな表情をさらした。
 自分が今、聞いた言葉が信じられないものだったから。
 驚いて、背もたれに預けた背中を起こし、中途半端に立ち上がるような姿勢となったまま、呆然とキンタローを見上げる。
 彼は、先ほどから表情をまったく変えずに、シンタローを見下ろしていた。
「な、んで?」
 ぽつりと出た言葉に、キンタローは片眉を持ち上げ、怪訝な表情をわずかに見せる。
「おかしいことなのか? 今日はお前の誕生日だろう。だから『おめでとう』を言いに来たんだ」
「あ、ああ。それは、どうも………」
 当然のように告げるキンタローの言葉に、呼吸をするのも忘れて、それを聞いていたシンタローは、けれど、あえぐように息を吸い込むと、ぼそぼそと礼を告げる。
「でも、なんで今?」
 誕生日が今日なのはお互い当然のことで、だから、夕飯の時、一族全員で食事を取るときに、もちろん彼も皆から祝ってもらえるのである。
「………俺は、まだ一度もお前に『おめでとう』といってないことに気づいたからな。グンマに言ったら、言ってこいと言われたから来たんだ」
「そう…だったな」
 皆に『おめでとう』という言葉はもらっていても、まだ、互いにそれを言い合ったことはなかった。
 キンタローの心中はわからないが、シンタローは、後ろめたくてそんなことは口に出せなかったのである。
 
 誕生日おめでとう。
 生まれてきてありがとう。
 
 そんな言葉を言えるはずがなかった。
 なのに―――――。
「本当に『おめでとう』と思っているのか?」
「? そう思っているが。まずいのか」
「いや、その………」
 はっきりと理由を告げることはできなくて、口ごもるシンタローに、察したようにキンタローは頷いた。
「俺は別に気にしてない。前は、そうではなかったかもしれないが、だが、今はこれでよかったと思っている」
 まっすぐに向けられた視線に、シンタローは、受け止めそこねて、視線をそらす。
「俺は、お前がいてくてれよかったと思っているぞ。他の奴らだってそうだろう。だから、『誕生日おめでとう』と言えるんだ」
 あっさりと、なんでもないように告げられる言葉が、酷く嬉しいと感じるのはどうしてだろうか。
 その言葉を信じてもいいという気持ちにさせてもらえるからかもしれない。
 キンタローの言うとおり、自分の誕生を祝ってくれる人がいてくれるということを。
 シンタローは視線をあげた。
 本来ならば『シンタロー』という名前と存在を与えられるはずだった男を見据える。
 全ては自分が生まれたことで、それを奪った。
 けれど、彼がいたからこそ、自分はここにいる。
 自分の誕生を祝ってもらえるならば、自分もまた祝ってもいいのだろうか。
「―――――俺も言っていいか? お前に、『誕生日おめでとう』と」
 躊躇うように告げた言葉に、キンタローは肯定するように頷いた。
「当然だ。俺がいなければ、お前は生まれてこれなかったんだからな。感謝しろ」
 言いたいことは言い終えたのか、キンタローはくるりと踵を返し、シンタローに背を向ける。
 それを黙ってシンタローは見送る。
 先ほどの彼の言葉が、耳に残る。

 『感謝しろ』

 その言葉に、自分の存在が許された気がした。
「――――ありがとう………生まれてきてくれて」
 部屋を出て行くキンタローに向かって、シンタローは小さく唇を動かした。
 自分には、言う資格がないと思っていた言葉を口にする。
 けれど、最後の言葉は、ドアが閉まる直前になってしまっていた。
 自分の言葉は、聞こえなかったかもしれない。
 それでも、その隙間から、手をあげたのを見え、シンタローは小さく微笑んだ。


「誕生日おめでとう…」
 久しぶりに、自分の誕生日を祝う言葉を吐き、その唇に深い笑みを刻んだ。


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