5.約束
「あれ、シンちゃんどうしたの~?」
「よ、よォ!」
研究室へと続く通路に、見慣れた黒髪を見つけた。
嬉しくなって足早に近付けば、何処かぎこちない様子でシンちゃんは軽く手を上げた。
「珍しいね、シンちゃんがこっちに来るなんて。何かあったの?」
「え…――あ、い、いや…別に…」
「?」
シンちゃんらしくない態度に首を傾げる。
――本当に何かあったのかな?
「シンちゃん、何か困った事でもあった?僕で良かったら聞くよ?」
いつもと様子の違うシンちゃんが本当に心配でそう言ったら、シンちゃんはますます困ったような顔をした。
「シンちゃん?」
先を促すようにもう一度名前を呼んでみる。
するとシンちゃんはポリポリと頬を掻きながら、言い難そうに口を開いた。
「あー…いや、グンマ、ほんとに何でもねェんだけど…」
期待に添えなくて悪いなと、申し訳なさそうに謝るシンちゃんの言葉に嘘は感じなかった。
――なんだ、勘違いかぁ。
ホッとする。
シンちゃんに何かあったのかと思ったから、そうじゃなくて良かったと心から思った。
でも、それなら何故いつもと様子が違うのだろう?
「あー…、その、よぉ…グンマ」
う~んと考え込んでいると、今度はシンちゃんが話しかけてきた。
「なぁに?」
「えとさ、ホラ、その…最近、どうだ?」
唐突の質問。
「?」
シンちゃんの質問の意味がよく分からなくて首を捻った。
「あ、いや、だからさ」
シンちゃんの顔をじっと見ると、シンちゃんはどこか慌てた様子になった。
サッと僕から視線を外して、何かを言い表したいのか手のひらを握ったり開いたりしている。
「シンちゃん?」
――どうしたの?
はっきり言ってくれないとわかんないよと、そう言おうとして僕はシンちゃんの顔が少しだけ赤くなっている事に気が付いた。
――あ。
ピンときた。
シンちゃんの聞きたいことが何か分かってしまった。
なーんだ、そういうことか。
「シンちゃんって相変わらず心配性だね」
シンちゃんには聞こえないくらいの声でそっと呟いた。
「え?」
「ううん、なんでもないヨvそれよりもシンちゃん、キンちゃんって凄いんだよ~」
「へ?」
突然キンちゃんの名前を出した僕に、シンちゃんの目がきょとんとした。
でも僕はそれに気付かないふりをして話を続ける。
「昨日もね、本を読んでてね――」
――キンちゃんは一度読んだらその殆どを覚えちゃってるんだよ。
そんな内容から始まって、僕は色んなことをシンちゃんに話した。
キンちゃんが新しい機械を発明したことや、それに至るまでの経緯。時には失敗談も含めて、シンちゃんの知らないキンちゃんのことを、聞かれもしないのにぺらぺらといっぱい話した。
そんな僕にシンちゃんはと言うと――。
『へー、アイツらしいな』
『…そんな事も出来るのか!』
『他には?』
『そっか…楽しんでやってるか』
――こんなふうに一つ一つ感想を述べては、本当に楽しそうに話を聞いていた。
話を聞いている間のシンちゃんは、子供のように表情がころころと変わって面白い。
多分シンちゃん自身は無自覚なんだろうけど、今のこんな顔をおとーさまが見たら、きっと物凄いヤキモチを妬くだろう。
それくらいにシンちゃんの顔は楽しそうだった。
――そんなに心配なんだったら、直接会いにこればいいのに。
シンちゃんとキンちゃんの間には二人にしか見えない壁があるらしい。
…僕にはそんなの見えないけどね。
僕を通してキンちゃんの事を知るんじゃなくて、キンちゃん自身を直接見てキンちゃんの事を知ればいいのにね――僕は心の中でこっそりとそう思った。
でも、二人の関係が特殊すぎると言えば特殊で――僕には分からないわだかまりが二人の間にあるのだとしたら、出来ることならそれをなくしてあげたいと思う。
だって折角の従兄弟だよ?
以前ならともかく、今は仲良しになってもおかしくないでしょ?
僕は皆が仲良しなのが嬉しいから、シンちゃんもキンちゃんも仲良しでいて欲しい。
だからそのきっかけを作ってあげる。
一度で駄目なら何度でも。
「ねぇシンちゃん、僕ねー最近研究で疲れてて、あま~~いモノが食べたいな~」
「あぁん?」
「生クリームがた~っぷりのったプリン、食べたいなv市販のじゃなくってシンちゃんお手製のvv」
「何言ってやがる。俺のどこにそんなヒマがあると思う」
スケジュール帳は真っ黒だと、シンちゃんは暢気な提案をする僕を呆れた顔で見る。
でも僕はあきらめないでおねだりをした。
「え~~、だってシンちゃんの作るお菓子美味しいもん~。キンちゃんも疲れが溜まってるみたいだし、ゆっくりお茶したいな~って思ったんだけどなぁ」
「……」
ピクリとシンちゃんが反応した。
もう、キンちゃんの名前には反応するんだから――少々不満に思ったけど…仕方ないか。
「ね、シンちゃ~ん」
もう一度甘えるように言ってみると、シンちゃんがわざとらしく溜息を付いた。
「…ったく、仕方ねーな!今度ヒマがあったら作ってやるよ」
「え、本当!?約束ダヨ!わ~~い、ありがと~~vvv」
恩着せがましいとも言える態度のシンちゃんに、それでも純粋に喜ぶふりをした。
――ほんとは作る気満々のくせに。…僕のためじゃなくて、キンちゃんの為にね。
「ま、まぁ早いうちに作ってやるから感謝しろよ」
本当は忙しくてそんなヒマねーんだけどな、とシンちゃんは念を押す。
「うんv楽しみにしてるね」
それに対して僕は素直に頷く。
「…じゃあ俺行くわ。そろそろ会議始まるし」
僕の返事を合図に、シンちゃんの顔が総帥モードに入った。
シンちゃん的には自然に話を逸らしたみたいだけど、物凄くわざとらしい事に気付いてるのかな?
本当にキンちゃんの話だけを聞きにきたんだね。
わかりやすいなぁと思いながらも僕は「頑張ってね」と、シンちゃんを見送る。
「あ、シンちゃん、そう言えばキンちゃんねーあんまり甘いもの好きじゃないみたいだよ~」
言い忘れてたと声を上げた僕に、シンちゃんは振り向きもしないで一言――『知ってる』とそう答えて壁の向こうに消えて行った。
――本当に素直じゃないんだから。
いちいち僕を通すの止めてよね。
でも、まぁ。
そう思いながらも、僕を頼ってくれるシンちゃんに実は嬉しかったりする。
「ま、いっか!シンちゃんのお手製プリン食べれそうだしv」
約束を『理由』に、きっとシンちゃんは作ってくれる。
僕にはあま~いプリンを。
そしてキンちゃんには僕のプリンとは違う、きっとあまり甘くない別のものを。
あの様子だと二、三日以内には食べれるだろうなと、僕はご機嫌で研究室の方へと足を向けた。
END
2006.09.18
「あれ、シンちゃんどうしたの~?」
「よ、よォ!」
研究室へと続く通路に、見慣れた黒髪を見つけた。
嬉しくなって足早に近付けば、何処かぎこちない様子でシンちゃんは軽く手を上げた。
「珍しいね、シンちゃんがこっちに来るなんて。何かあったの?」
「え…――あ、い、いや…別に…」
「?」
シンちゃんらしくない態度に首を傾げる。
――本当に何かあったのかな?
「シンちゃん、何か困った事でもあった?僕で良かったら聞くよ?」
いつもと様子の違うシンちゃんが本当に心配でそう言ったら、シンちゃんはますます困ったような顔をした。
「シンちゃん?」
先を促すようにもう一度名前を呼んでみる。
するとシンちゃんはポリポリと頬を掻きながら、言い難そうに口を開いた。
「あー…いや、グンマ、ほんとに何でもねェんだけど…」
期待に添えなくて悪いなと、申し訳なさそうに謝るシンちゃんの言葉に嘘は感じなかった。
――なんだ、勘違いかぁ。
ホッとする。
シンちゃんに何かあったのかと思ったから、そうじゃなくて良かったと心から思った。
でも、それなら何故いつもと様子が違うのだろう?
「あー…、その、よぉ…グンマ」
う~んと考え込んでいると、今度はシンちゃんが話しかけてきた。
「なぁに?」
「えとさ、ホラ、その…最近、どうだ?」
唐突の質問。
「?」
シンちゃんの質問の意味がよく分からなくて首を捻った。
「あ、いや、だからさ」
シンちゃんの顔をじっと見ると、シンちゃんはどこか慌てた様子になった。
サッと僕から視線を外して、何かを言い表したいのか手のひらを握ったり開いたりしている。
「シンちゃん?」
――どうしたの?
はっきり言ってくれないとわかんないよと、そう言おうとして僕はシンちゃんの顔が少しだけ赤くなっている事に気が付いた。
――あ。
ピンときた。
シンちゃんの聞きたいことが何か分かってしまった。
なーんだ、そういうことか。
「シンちゃんって相変わらず心配性だね」
シンちゃんには聞こえないくらいの声でそっと呟いた。
「え?」
「ううん、なんでもないヨvそれよりもシンちゃん、キンちゃんって凄いんだよ~」
「へ?」
突然キンちゃんの名前を出した僕に、シンちゃんの目がきょとんとした。
でも僕はそれに気付かないふりをして話を続ける。
「昨日もね、本を読んでてね――」
――キンちゃんは一度読んだらその殆どを覚えちゃってるんだよ。
そんな内容から始まって、僕は色んなことをシンちゃんに話した。
キンちゃんが新しい機械を発明したことや、それに至るまでの経緯。時には失敗談も含めて、シンちゃんの知らないキンちゃんのことを、聞かれもしないのにぺらぺらといっぱい話した。
そんな僕にシンちゃんはと言うと――。
『へー、アイツらしいな』
『…そんな事も出来るのか!』
『他には?』
『そっか…楽しんでやってるか』
――こんなふうに一つ一つ感想を述べては、本当に楽しそうに話を聞いていた。
話を聞いている間のシンちゃんは、子供のように表情がころころと変わって面白い。
多分シンちゃん自身は無自覚なんだろうけど、今のこんな顔をおとーさまが見たら、きっと物凄いヤキモチを妬くだろう。
それくらいにシンちゃんの顔は楽しそうだった。
――そんなに心配なんだったら、直接会いにこればいいのに。
シンちゃんとキンちゃんの間には二人にしか見えない壁があるらしい。
…僕にはそんなの見えないけどね。
僕を通してキンちゃんの事を知るんじゃなくて、キンちゃん自身を直接見てキンちゃんの事を知ればいいのにね――僕は心の中でこっそりとそう思った。
でも、二人の関係が特殊すぎると言えば特殊で――僕には分からないわだかまりが二人の間にあるのだとしたら、出来ることならそれをなくしてあげたいと思う。
だって折角の従兄弟だよ?
以前ならともかく、今は仲良しになってもおかしくないでしょ?
僕は皆が仲良しなのが嬉しいから、シンちゃんもキンちゃんも仲良しでいて欲しい。
だからそのきっかけを作ってあげる。
一度で駄目なら何度でも。
「ねぇシンちゃん、僕ねー最近研究で疲れてて、あま~~いモノが食べたいな~」
「あぁん?」
「生クリームがた~っぷりのったプリン、食べたいなv市販のじゃなくってシンちゃんお手製のvv」
「何言ってやがる。俺のどこにそんなヒマがあると思う」
スケジュール帳は真っ黒だと、シンちゃんは暢気な提案をする僕を呆れた顔で見る。
でも僕はあきらめないでおねだりをした。
「え~~、だってシンちゃんの作るお菓子美味しいもん~。キンちゃんも疲れが溜まってるみたいだし、ゆっくりお茶したいな~って思ったんだけどなぁ」
「……」
ピクリとシンちゃんが反応した。
もう、キンちゃんの名前には反応するんだから――少々不満に思ったけど…仕方ないか。
「ね、シンちゃ~ん」
もう一度甘えるように言ってみると、シンちゃんがわざとらしく溜息を付いた。
「…ったく、仕方ねーな!今度ヒマがあったら作ってやるよ」
「え、本当!?約束ダヨ!わ~~い、ありがと~~vvv」
恩着せがましいとも言える態度のシンちゃんに、それでも純粋に喜ぶふりをした。
――ほんとは作る気満々のくせに。…僕のためじゃなくて、キンちゃんの為にね。
「ま、まぁ早いうちに作ってやるから感謝しろよ」
本当は忙しくてそんなヒマねーんだけどな、とシンちゃんは念を押す。
「うんv楽しみにしてるね」
それに対して僕は素直に頷く。
「…じゃあ俺行くわ。そろそろ会議始まるし」
僕の返事を合図に、シンちゃんの顔が総帥モードに入った。
シンちゃん的には自然に話を逸らしたみたいだけど、物凄くわざとらしい事に気付いてるのかな?
本当にキンちゃんの話だけを聞きにきたんだね。
わかりやすいなぁと思いながらも僕は「頑張ってね」と、シンちゃんを見送る。
「あ、シンちゃん、そう言えばキンちゃんねーあんまり甘いもの好きじゃないみたいだよ~」
言い忘れてたと声を上げた僕に、シンちゃんは振り向きもしないで一言――『知ってる』とそう答えて壁の向こうに消えて行った。
――本当に素直じゃないんだから。
いちいち僕を通すの止めてよね。
でも、まぁ。
そう思いながらも、僕を頼ってくれるシンちゃんに実は嬉しかったりする。
「ま、いっか!シンちゃんのお手製プリン食べれそうだしv」
約束を『理由』に、きっとシンちゃんは作ってくれる。
僕にはあま~いプリンを。
そしてキンちゃんには僕のプリンとは違う、きっとあまり甘くない別のものを。
あの様子だと二、三日以内には食べれるだろうなと、僕はご機嫌で研究室の方へと足を向けた。
END
2006.09.18
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