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ds
4.手






「あれ、グンちゃん達はお出かけかい?」


長い夜が明け、朝食の時間になってリビングに向かうと、そこには愛しい息子一人の姿しかなかった。
時間が早すぎただろうかと、時計を見るといつもよりも遅いくらいだった。

「ああ。今日は朝一で研究会とやらに行かなきゃなんねーらしくてな。とっくに食って出かけたぜ」

私の問いかけに面倒そうに答えるシンタローに微笑む。
やはり本人が目の前にいると安心出来る。

「ホラあんたの分。珍しいな、いつもより遅くねーか?」
「ああ、ありがとう。少し寝坊したみたいだね」
手渡される皿を受け取り苦笑する。
「別にいーけどよ。どーせ今日はオフ日だし」
「そうだったね」

今日はのんびり過ごすつもりだからなと笑って言うシンタローは、限界が来る前に休ませるようにと、私が秘書達に命令している事を知らない。

「塩はそっちな。あとサラダが冷蔵庫の中。俺の分も出してくれよ」
「シンちゃんも朝ごはんまだなの?もしかしてパパを待っていてくれた?」
自然と弾む声に、シンタローが嫌そうな顔をした。
「べ、別にッ、アンタを待ってたわけじゃねーからなッ!ただ腹がそんなに減ってなかっただけで――」
「シンちゃ~~んッ!!パパは嬉しいよ~~~ッ!!!」
バッと両手を広げて抱きつこうとすれば、
「眼魔砲」
ちゅどーーん。
爆発音が室内に響いた。



「うう…ッ、シンちゃんったら冷たい~~」
しくしくと泣きながら、それでもシンタローが作った朝食をしっかりと食べる。

目の前の席に着いたシンタローは始終無言だ。
きっと心中では『うざい』とでも思っているのだろう。
それでもいつもと変わらないその態度に、ひどく安心している自分がいて、それが妙に可笑しかった。

昨夜はあんなに恐怖したこと。
それが今目の前にいるということだけで、その恐怖は消えてしまう。
無言で怒りを表しているが、それは『いつも』のままのシンタローの態度で、決してぎこちないものとは違う今まで通りの姿なのだ。
自分に対して怒りや呆れがありありとわかるその表情。
何を考えているかが見て取れるシンタローにホッとする。
壊れてしまうくらいなら、このままの関係でずっといたいと願ってしまう。

泣き真似をしながらもそんなことばかり考えているうちに、シンタローは食事を終えてしまったらしい。

「ごっそーさん」
皿を片付けながらシンタローが席を立つ。
「ああ、シンちゃん片付けはパパがするよv」
パッと顔を上げてその手を止めると、シンタローは「やっぱり泣き真似かよ」と舌打ちした。
「だってシンちゃんったら冷たいんだもん」
イ・ケ・ズvvとその腕をチョンと人差し指で突くと、シンタローの掌に光が集まる。
「眼魔――」
「あ~~ッ!!シンちゃんッ!ホラ、シンちゃんはあっちでテレビでも見ていたら?ね?パパまだ食べてる最中だし、片付けはちゃんとするから!!」
慌ててその手を圧しとどめて急かすようにそう言うと、シンタローはまた舌打ちをして、それでも大人しくソファーへと向かった。
「――うざッ」
ぶつぶつとそう文句を言いながらリモコンを拾い上げて、テレビの電源を付けたシンタローにホッと息を付いた。

流石に朝っぱらから眼魔砲を二度も喰らうのは勘弁して欲しい。
本当ならば食べ終わるまで傍にいて欲しかったが、リビングから出て行かないだけでもよしとするしかないと、少し冷めてしまった朝食に手を伸ばした。


家族で団欒する場所にはそれ相応のものを置きたいと思い、リビングのテレビのサイズはかなり大きい。
腰掛けるソファーも外注品で、長時間座っていても疲れの来ない設計で作らせた。
シンタローに限らず、グンマやキンタローもそれについては全く文句はないようで、意外にも休日などは此処で過ごしていることが多い。


不意にテレビから声が聞こえた。
CMではなく何かストーリー性のある言葉に、映画かドラマだろうと思った。
朝食を摂っている自分の席からテレビを見るには、画面丁度の真ん中辺りにシンタローの頭があり、見ることが出来ない。
最もわけのわからない番組を見るよりは、息子の後姿を見ているほうが余程好ましいが。

なにやら画面の中で男女が喋っているようだが、興味が無い所為で内容は全く耳に入らない。
おそらくシンタローもそうなのだろう。
右手が小さなテーブルの上のリモコンへと伸びている。


その時だった。



「『好き』と言う想いが『カタチ』になって残ればいいのに」



――テレビの中の女優がポツリとそう言った。



不意に聞こえたその台詞にフォークを持つ手が止まった。
それ以外の言葉は全く耳には入らなかったのだが、やけに残るその声。


――『好き』と言う想いが『カタチ』になって残ればいいのに』――


何故かぐるぐると駆け巡るその台詞。
なんてことは無い。
作り話の中の何でもない台詞の一つだ。
現に画面の中の男女は気にした様子も無くそのまま次の台詞を口にしている。


なのに頭からその台詞だけが離れない。


何故なら――。


ああ、いい台詞だ――そう思ってしまったから…。



だって想いが形になって見えれば、私がどれだけこの子を愛しているかがわかる。
この子の瞳にカタチとして映るのなら、私がどれだけこの子を必要としているかをわかって貰える。
『血族』という繋がりなど関係なしに、どれだけ想っているかが伝わる――。
カタチになって残るのであれば、親子だろうがそうでなかろうが――とにかくこの子に私の愛情に偽りがないことが伝わるのだ。
それが『親子』としてのものなのか、それともそうでないものなのか、今はそんなことはどうでも良かった。
大切だと想っている心が伝えることが出来る――ただそれだけ。



『好き』と言う想いが『カタチ』になって残ればいいのに』



そう、ただその言葉がひどく心揺さぶって――。





だから。



だからつい、口にしてしまった。





「シンちゃん」



名前を呼んで此方を振り向かせれば、不機嫌そうな目をしたシンタローが目に映る。
私はそんな最愛の息子に微笑んで――



「ねぇシンちゃん、「『好き』と言う想いが『カタチ』になって残ればいいのに」ね」



――テレビの中の女優と同じ台詞を口にした。





好きだよ。

愛している。

誰よりも大切で誰よりも必要で。

他に何を失ったとしても手放したくはないよ。



この想いの全てがカタチになって見えれば、私の想いをわかってくれるかい?



私はお前の全てを欲しているよ。

カタチになるのならば、知りたいと思う反面知りたくないと思っていたお前の心も見えるようになる。

それはとても怖い事だけれども、いつまでも胸に抱えていくよりはずっといいことなのかもしれない――。





自分としては軽く聞いたつもりだった。

確かに内心では真面目に考えていたが、シンタローにはいつもの冗談を言うような口調で言ったつもりだった。

『馬鹿じゃねーの?』と返されると思っていた。





なのに――。




テレビの画面には幸せそうに手を繋いで歩く男女の姿。




そんな彼等とは裏腹に、私の言葉を聞いたシンタローはひどく驚いた表情で固まっていた。




「――シンちゃん…?」




ズキンと胸が痛む。
何故、シンタローがそんな顔をしたのかがわからなかった。





――また、何か失敗したのかもしれない。




何を失敗したかなんてわかりもしないけれど。





最愛の息子の見えない心に酷く泣きたい気分になった――。





後悔という言葉はいつも後から付いてくる

だから後悔というのだと分かっていてももう遅い――






別に見ようと思ったわけじゃなく、何となく付けてみただけだった。


一般家庭にはあまりないであろう大きさのテレビ画面に映ったのは、女と男の後姿。
どうやらドラマか映画らしい。
興味がなかったのでチャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばした時だった。



「『好き』と言う想いが『カタチ』になって残ればいいのに」



そんな台詞を女の方が口にした――。








4.手 Ⅱ








「『好き』という想いがカタチに見えるものだったらいいのに」


――前触れもなく突然言われたその言葉。


いつもと同じように抱きついて来た親父を眼魔砲でぶっ飛ばして。
いつもと同じように親父が『シンちゃんったら冷たいッ』と拗ねたように言って。
いつもと同じように俺が『うざい』と答えて、ソファーに座ってテレビを付けた。


ただそれだけだったのに。


いつもの親子喧嘩。
それ以上でもそれ以下でもない、少し異常な親子のやりとり。


そんな中で突然零れ出た言葉。


ただの下らないドラマだった。
テレビを付けたらたまたまやっていただけだ。
ドラマには興味はない。
だからチャンネルを変えようとした。
そうしたらテレビの中で女が楽しそうにその台詞を言ったのだ。


そしてそれを聞いた親父が突然――。



苦しそうで、そして何かに縋るような表情で――それでも微笑みながらドラマの女と同じ台詞を口にした――。



一体何を考えてそんな事を言ったのかわからなかった。
ただ分かるのは、親父の声が真剣だったということ。
そして部屋の空気が一瞬にして変わってしまったということ――。



――どうしてこの男はこんなに苦しそうにそう言ったのだろう。


笑っているくせに泣いているように見えたその笑顔が、やけに目に付いて離れない。



こんな男を俺は知らない。



「な、何、馬鹿なこと、言ってやがる…ッ」

自然と身体が強張るのを感じながら、それでもなんとか言葉を絞り出した。
声が震えてしまった事は気のせいにして、出来るだけいつもと同じ表情を作って親父を睨んだ。
すると親父は一瞬瞳を大きくし、その後にまたさっきの顔で微笑んだ。

「うん、そうだね。変なこと言ってごめんネ、シンちゃん」

――いつもならそんな顔はしないだろう?
そういいたくなる表情で素直に謝られ、妙に胸が締め付けられているような感覚に陥る。

「―――ッ」
その痛みが何故か怖くなり、思わずギュッと拳を握り締めた。
目に見えない何かに飲み込まれそうな気がする。


――嫌だ。


そう思った瞬間に俺はぶんぶんと首を振って、踵を返した。
向かう先は部屋の出口。

「シンちゃん?」
何処に行くの?と聞いてくる親父の声は無視して、部屋の扉へと足を速める。

この部屋に居たくない――はっきりとそう思った。

自分の知らない顔をした父親が――いや、『男』が怖いと思った。
確かにいつもはふざけていて、でも時折不意に真面目な顔を見せたりもした。

――けれど、その時とも違う顔だった。

自信に満ち溢れていて威厳を持った総帥としての顔でもなく、父親として見せていた甘い顔でもない。
そう――手に触れていないと、消えてなくなってしまいそうな、そんな哀しい顔――。



こんな男は知らない。
こんな風に切なげに自分を見る男なんて知らない。

早く。
早くこの部屋から出なければ――。



無我夢中だった。
数百メートルにも感じた数メートルの距離を、必死に進んで扉に手をかけた時だった。

「シンちゃん…ッ」

『いつも』の父親の声で親父が呼んだ。
だが、その声に俺は振り返れなかった。

声は確かに『いつも通り』だった。
でも、振り返って見た親父の顔が、知らない顔のままだったら――そう思うとゾッとした。
何に対してそう思うのかは自分でも理解出来なかったが、それでも心のどこかで誰かが『駄目だ』と忠告しているのだ。

乱暴に扉を開けて部屋の外へ出る。

「俺今日用事あるんだった。わりーな!」

顔を見ないように早口でそう言って扉を閉めた。
ほんの一瞬だけ見えた親父の顔が、何か言いたそうにしていたがそれを気にしている余裕なんてない。

バタンと音を立てて閉まった扉に背を預け、ホッと息を付いた。
そこでようやく握り締めたままの片方の拳に気付き、ゆっくりと指を開いてみると、それは酷く汗ばんでいた。
自分でも自覚がないほどに、物凄い緊張状態だったらしい。
一体何に怯えていたのか――親父の顔が見えなくなったことで緊張は解けたのだが、胸が妙に騒いでいた。

「…情けねェ…」

絞り出すようにやっと一言だけそう呟いて、扉から身体を離した。
早くこの場所から去らなければと、足を一歩踏み出した時だった。

部屋の中から親父の声が聞こえてきた。


「私はお前が私の事をどう思っているのか――知りたいだけだよ…」


「―――――ッ!!」


決して大きくはなかったその声が聞こえた瞬間、体中に電流のようなものが走った。

体中の血液が沸騰するような感覚。
ドクドクと煩いくらいに音を立てる心臓。

気が付いたら、俺は走り出していた。
親父ではない『男』から逃げるように。

わけも分からずにひたすら走って走って――気付けば自室のベットに突っ伏してシーツに包まっていた。


怖い、と思った。
『親父』ではなかった『男』の存在が。
威圧的だったわけじゃない。むしろ消え入りそうなくらいに儚く見えた。
それでも怖かった。

未だ自分の心臓はバクバクと激しい音を立て、呼吸すら苦しい。

あんなヤツは知らない。
父親でも総帥でもない、初めて見たあの男のもう一つの顔――。


『私はお前が私の事をどう思っているのか――知りたいだけだよ…』


最後に聞いた一言が頭の中にがんがんと響いてくる。

――どう、思っているかだと?
そんな事を聞かれても、自分は『あの男』の事を知らない。


知らない。

知りたくない。

知るのが怖い――。


「……ッ」
ギュッと唇を噛締めた。
何故だか涙が出てくる。



――『「好き」という想いがカタチに見えるものだったらいいのに』――


蘇る言葉に冗談じゃないと思った。
背筋に寒いものが走る。
そんなものが形として残るものなら、きっと押し潰されてしまう。

「――くそッ!」
言葉がそのまま見えない力になり、圧迫感が襲う。



『シンちゃん』――父親の顔で優しく自分を呼ぶ男。

『シンちゃん』――知らない男の顔で切なげに自分を呼ぶ父親。



「カタチ」なんかで残されでもしたら――囚われてしまう。



「――いや…だ」
泣きたくもないのに、涙が溢れる。


自分はどちらの男に囚われようというのか――。


分かっているはずのその答えを認めたくなくて、自身の腕で自分をきつく抱き締めた。

苦しい。
痛い。
知りたくない。

ぐるぐると脳内を駆け巡る思い。
逃げ出したいのに逃げられない。


――それは既に囚われている証拠――


「いや、なんだ…ッ」


温かな笑顔で自分を包んでくれていた父親との想い出。

一点の曇りもない瞳で自分を『大好きだよ』と言っていた父親。


思い出すのはそんな『父親』の姿ばかりなのに――。



目に焼きついているのは、知らない『男』の切なげな瞳。



「父さん…ッ」



苦しくて助けて欲しくて父親を呼んでは見るが、分かっていた。

――もう戻れないと。

何かが壊れてしまった。

おそらく次に合う時、あの男はいつも通りに振舞ってくれるだろう。
でも自分は無理だ。
あの顔を見た時に、自覚などしたくなかった心を、自分自身で暴いてしまった。



「どうして…ッ」



テレビなど付けなければ良かった。
あのまま親父に眼魔砲をくれてやった時点で、部屋を出て行けばよかった。
何故あのタイミングでテレビを付けてしまったのだろう。
付けなければいつものままだったのに――。



どれだけ後悔したところで、時を戻す事は出来ない。

どれだけ忘れようとしたところで、焼き付いてしまったあの顔は忘れる事など出来ない。





どれだけ望もうと、救いの手はもう現れない――…。






――『好き』という想いがカタチに見えるものだったらいいのに――






『好き』






単純なそのたった一言が






生まれて初めて、本気で『怖い』と思った。










END


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