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「シンタローさん、お客さんっすよー」
食材採りから戻ってきたリキッドが家の中にいるシンタローに呼びかける。
「ああん?俺に客?誰だ?」
家の中でくつろいでいたシンタローは客の心当たりがなく、不審な顔をする。が、
リキッドの穏やかと言っても良いくらいの口調からして、変なナマモノではないだろう。
シンタローはエグチくんかナカムラくんあたりかな、と判断し家の中に招くようリキッドに指示する。
「リキッド、入ってもらえ」
「はい、わかりました。どうぞー」
扉の横に立っているだろうものを手招きする。
「お、おじゃましますえ」
その人物は妙におどおどしながら、そろそろと入ってきた。
見たこともない少年だった。しかも美少年。
紫色のどこか中国を連想させるようなデザインの洋服を着ている。
だがシンタローはその言葉使いは聞き覚えがあった。
服装もどこかの誰かさんとよく似ていた。本人は覚えていたくもないのだが。
「『しますえ?』」
思わず眉をひそめ反復する。
「まあ、その辺に座ってください。今お茶用意しますから」
すっかり主夫が板についたリキッドが背中に背負っていた重そうな竹かごを下ろしながらその少年に
声を掛ける。少年はびっくりしたようにリキッドを見たが、こくんと頷くととことこと歩いていき
シンタローの横に少しはなれて座る。
「シンタローさんのお知り合いっすか?」
「あのなぁ。俺は昔のパプワ島の皆とは友達だけどこの島にははじめて来たんだよ。
 お前が知らないヤツなのに俺が知っていると思うか?」
「えー、でも最近は変な人たちが頻繁に来るじゃないっすか。次元移動もしてますし」
「…そう言われたらそうかもな。この間のヒロシくんの様なこともあるかもしれないな」
シンタローはコタローの面影が少しある美少年のヒロシくんを思い出し、少し顔がゆるむ。
そのちょっと微笑んだままの表情で少年に質問をする。
「で、君は誰?どこから来たのかな?」

「わ、わて。わてどすえ。シンタローはん」
顔自体はシンタローに向けているが、視線は泳いでいる。
「……アラシヤマ?」
「アラシヤマ?!」
リキッドが吃驚して大声を出す。台所でお茶の準備をしていたが、シンタローたちの元へと駆け寄る。
「アラシヤマってあのアラシヤマさんっすか?!」
「……そーなんじゃねーの?言葉遣い同じだし、服装は似ているし。面影も残ってるしなー」
「シンタローさん。何でそんなに冷静なんすか?
 おかしいじゃないっすか!いきなり子供になっちゃってるんすよ!」
「このくらいのことで取り乱していたらガンマ団総帥と一族ん中ではやっていけねーからな。
 自分で言うのもなんだが、ウチの一族は変だ。団員も変なやつばかりだ」
「……」
リキッドはどう返事をしてよいやら解らず黙り込む。
下手に『そうっすよねー』と相槌を打とうものなら一撃必殺をくらいそうだ。
「リキッド、茶。茶菓子もな」
「ああ、すんません。今持ってきます」
もう一度台所へと戻り
「シンタローさん、妙に優しくないっすか?」
ちゃぶ台の上に客用の湯飲みとお茶菓子を並べながらそう訊ねる。
「ったりめーだろうが。アラシヤマと言えどもこんなちみっこ相手に乱暴な態度とれっか!」
「……美少年だから、なだけじゃないっすか…」
コタローに再会した時やヒロシ君に会った時を思い出してぼそっと呟く。
「あ~~ん?何か言ったかな、リキッドくん?」
「い、いえ!俺、何にも言ってないっすよ!?」
「おめーも座っとけ」
「…はい」
悲しきかな、お嫁さんはお姑さんに逆らう事は出来なかった。

「アラシヤマ」
「なんどすか?」
「もう一度確認するが、本当にアラシヤマなんだな?」
「それ以外にありまっしゃろか。姿が変ったらわての事誰だかわからないなんて酷いどす、
 シンタローはんそれでも友達ですのん?」
アラシヤマは目をうるませ、シンタローを見上げる。
「……」
シンタローは何も答えず、そっと手で鼻を押さえる。ついでに顔も反対へとそむける。
アラシヤマがいつものアラシヤマだったらシンタローは容赦なく、友達じゃねーよ、と
突っ込みを入れていただろう。だが、不幸な事にアラシヤマは美青年だった。幼くなったら当然美少年だ。
シンタローは美少年にとことん弱かった。
「シンタローさん、あんた、美少年なら誰でもいいんすか?」
「うっせーよ」
「だって、アラシヤマですよ、アラシヤマ!」
「解ってるよ!俺だってヤだよ!なんでこいつ相手に、と思うけどしかたねーだろ!
見ての通り、ちみっこのおまけに美少年なんだし!」
「…やっぱり誰でもいいんじゃないっすか…」
こんなんがガンマ団総帥でいいのかとリキッドは遠い目になる。
「よっし、アラシヤマ。おまえもうそのままでいろ」
いつになく優しい態度のシンタローにアラシヤマは感激する。
「…シンタローはん、一番の友達にしてくれますか?」
「おまえがそのままならな」
とろけるような微笑を浮かべる。いつものどこか胡散臭い笑顔ではなく、本当に心からの笑みだ。
それがアラシヤマの脳天を直撃した。
「わて、このままでいますえ」
即答だった。少年に迷いは微塵も見当たらない。
「よし。んじゃ、暫くはここで寝泊りすればいい。一人じゃ不安だろ?」
「シンタローはん」
アラシヤマはぷっくりと柔らかそうな頬を赤くそめ、目を潤ませ、両手を胸の前に組み、
感極まったようにシンタローの名を呟く。
彼の人生は、今、花開いた。
そして凛々しいアニキとどこか影のある儚い美少年はみつめあう。
そこはかとなく妖しい雰囲気がパプワハウスを支配する。
そんな様子を見守っていた可愛い生き物にはめっぽう弱いが美少年には弱くない
リキッドがいい加減我慢できなくなったのか、それともその雰囲気に耐えられなくなったのか
ツッコミを入れる。
「ちっがーう!シンタローさん、まずこうなった原因を調べなきゃ駄目っすよ!
 もし他の人たちもアラシヤマみたいになっちゃったらどーするんすか?」
「え?いいんじゃね?」
美少年が増えるんなら俺は構わねーよ。
シンタローの顔には間違いなくそう書いてあった、ようにリキッドには見えた。
ああ、駄目だこのショタコンアニキ。脳が汚染されている。
リキッドは深く、深くため息をついた。
「……じゃあ、取り敢えずは今日はもうそのまま泊まってもらうとして。
 明日はちゃんと調べてくださいよ?
 それと、シンタローさんからちゃんとパプワとチャッピーに説明してくださいね?」
「ああ。解った。パプワも新しい友達が出来ていいんじゃねー?」
「シンタローさん、それ、アラシヤマさんっすよ。パプワとは歳、離れまくってます」
「いちいち細かいヤツだなー。男ならもっと大きく構えとけ」
「シンタローさんはもっと気にしてください」
「リキッドはん、お世話になりますえ」
アラシヤマは律儀に頭を下げる。
リキッドはなんとも言えない微妙な表情を浮かべ、思った。
キモい変な人でもこうして姿が子供になったら無下に出来ないのは何故だろう、と。

そして、アラシヤマをむかい入れた奇妙な生活が始まる。

H17.2.22
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cx


「シンタローはぁぁんッッ、見とくれやすっ!」 
「眼魔砲」

 師走に入り、団内の忙しさは加速度的に増している。
 各部署は各部署なりの年末進行に喘いでいるし、その過程で生じたトラブルはすべて総帥であるシンタローの下に集約される。前線に赴く前後にそれらをなんとか処理しながら、スケジュールの合間合間には、なぜかこの時期にやたらと開催される懇親会の数々が詰め込まれていて。
 いくつかは元総帥であるマジックや幹部連中に代わりに行ってもらっているが、総帥に就任してから初の顔見せとなる会も多い。大部分は直接顔を出さないわけにはいかなかった。
 もちろんそんな殺人的スケジュールの中でも、シンタローが愚痴など吐くことはない。たださすがに、全く疲れていないと強がってみせるにもごまかせない顔色には、なりつつあった。休憩時間に秘書課のティラミスが、す、と最高級の栄養ドリンクを差し出すほどには。
 そんな疲労のさなか、奇声を上げつつ総帥室に駆け込んできた闖入者が一人。重厚な書卓の上に頬杖をついたシンタローは、その声を聞くや否やほとんど無意識のまま必殺の一撃を放っていた。
 抜く手も見せず、と自画自賛したいほどにきれいに決まった眼魔砲は、しかし食らった男の息の根を止めるにはいたらなかったらしい。深緑の制服のところどころから香ばしい匂いをたてつつも、ずるずると地を這うように、その男は総帥室の中に入り込んでくる。

「ひ、ひど・・・用事があって来ましたのに・・・」
「悪いな、条件反射だ。で、なんだって?」

 表情も変えずに言ってのけるシンタローに、ぼろぼろの手から差し出されたのは、小さな橙色の実をつけた木の枝だった。どうやら、眼魔砲からは身をもってかばったらしい。

「なんだァ、ソレ。金柑か?」
「へえv」

 シンタローの前までなんとか這ってたどりつき、机を杖代わりに立ち上がると、嬉しそうに満面の笑顔を作って、アラシヤマはうなずいた。

「実をつけましたんや。半年前に植えた、わてとシンタローはんの友情の木十二号が」
「お前、まだ団内に勝手に植栽してやがったのか・・・」

 チッとひとつ舌打ちをして、シンタローは渋面を作る。
 アラシヤマがことあるごとに植えたがる本人曰くの「友情の記念樹」。木の種類こそ毎回違うが、本人が律儀に横に看板を立てておくので、見つけ次第すぐに眼魔砲で吹っ飛ばしてきたはずなのに。どうやらシンタローの目の届かないところで、じわじわと増殖していたらしい。
 団内緑地の一斉点検が必要か・・・などと考えているシンタローの表情などどこ吹く風で、アラシヤマはいくつもの実をつけた枝を頬擦りせんばかりに愛撫する。

「三年生苗どしたさかい、上手くいけば思うとりましたけど。はじめての冬でこれだけ実がつくなんて、ホンマ縁起がよろしおすなあ。友達百人できる前触れでっしゃろか、それともわてとシンタローはんの仲のより一層の深まりを暗示しとるんどすやろか・・・」
「安心しろ、どっちも確実にない」

 うっとりと遠くを見るような目つきで語るアラシヤマの言葉を、シンタローは引きつった笑顔で瞬時に否定する。ひどおすなあ、と悲しそうな顔をしつつ、アラシヤマは手に持つ枝をす、と差し出した。

「せやかて、金柑に罪はあらしまへんからな。よかったら食べてみておくれやす。わてもさっき一つ摘みましたけど、けっこう甘くていけますえ。無農薬有機栽培はわてが保障しますよって」
「・・・・・・オマエ、もしかしてそれだけのために、来たわけ?」
「へえ。そうどすけど」

 ごく当たり前のことのように肯定する幹部に、シンタローはハァァ、と脱力しきったため息を吐く。

「その根性に免じて、コレはもらってやるけどな。さっさと仕事もどれ、アホ」

 それとももう一発食らっていくか?と右手に光球を集め始めれば、アラシヤマはあわててきびすを返す。それでもまだいくらかの余裕は残っているらしく、退室の際には「ビタミンCも豊富どすし、疲労回復にも効きますえー」などとのたまってはいたが。
 アラシヤマの足音がすっかり聞こえなくなってから、シンタローは金柑の枝を机の上に置いた。友情の木、などという得体の知れない名称を勝手につけられた金柑には、同情を覚えつつも気色悪いと思うしかない。
 だがたしかに柑橘系の酸味は疲れた体に効きそうな気がして。アラシヤマがすっかり遠ざかったこと確認してから、一粒つまんで口の中に放り込んだ。
 癪ではあったが、男の言うとおり、ほのかな甘さと酸っぱさは、過度の疲労で膜がかかったような頭を少しすっきりとさせてくれる。シンタローは先刻までに比べれば明瞭となった意識で、いつ果てるともない未決済の書類に、再び対峙し始めた。











   『この長い道行きを。』   











 シンタローに果実を渡してからすぐに自分の部署へと戻ったアラシヤマは、ほんの二十分程度席をはずした間にまた増えた書類仕事を、的確に――ある意味では極めて機械的に――片付けていった。
 アラシヤマの仕事の速さには、団内でも定評がある。良くも悪くも、廻される仕事に対し私情を全くと言っていいほど挟まないからだ。だが乗数的に襲い掛かってくる書類を処理し、さらにその後に、自分の「ある任務」に関する計画を練っていると、ふと時計に目をやったときには短針はすでに午前二時を指し示していた。
 上司を残して自分たちだけ戻るわけには、と渋る部下たちは日付が変わった時点で睨みつけて帰したため、部署内に人気はない。アラシヤマも、通常業務だけだったらなんとか日中には終わらせていたのだ。それ以降も残って仕事をしているのは、云い様によっては私的な理由からだった。
 正しく言葉通りの意味で不夜城といえるこの団内には、まだまだ大勢の人間が働き続けている。
 ただ連日の三時間睡眠と終わりの見えない今後のスケジュールを思うと、さすがに今日はこれ以上の作業を続ける気にはなれなくて。机の上を整理してからパソコンの電源を落とし、椅子の上で伸びを一つ。そしてアラシヤマは立ち上がり、もはや自宅よりよほど長い時間を過ごしている部屋を後にした。


 新生ガンマ団が誕生して一年。
 新体制への移行は反対派を御しつつなんとか順調に進んでいるが、その変化の度合いが大きいだけに、まだまだ先は見えない状態だ。
 座ったままの仕事は性に合わない、などという不満は新総帥の就任初日で、思うだけ虚しいものと理解した。表面上皆無となった殺しの仕事の代わりに、まわされるのは膨大な数の調査要請と任務の計画書。これまでのように相手の頭を潰せば終わり、というやり方ならさほど必要ではなかった事前調査の、資料やら計画書やらに目を通してダメ出しをするのが今のアラシヤマの平時の仕事だった。前線に詰めるのとほぼ同程度か、あるいはそれ以上の時間を、紙やパソコンとの睨み合いに費やしている。
 好きではないが、他の幹部連中に比べれば苦手でもない。それだけに、新総帥からの要求は高く。通常の業務に加え、他の部署で難航して放り出された案件など、あからさまに誰もが敬遠するような仕事が積み増されて回されているのは気のせいではないだろう。
 それでも、こき使われているという心境よりは、とりあえずどういった形であれ心友の役に立てている、と嬉しい気持ちのほうが強い。ほぼすべての戦場で先陣に立つ総帥が、自身をどれほど酷使しているか。それを知っているだけに、ほんのわずかでも力になれればというのは、アラシヤマだけでなく彼と共に戦った仲間の誰もが同じ気持ちだった。
 たださすがに、人間の体力には限度というものがあるようで。
 通常業務に加え、自分には「別口」からの仕事に対する準備の時間もある。たまに取る代休は、実際にはその仕事に費やしていた。そのためここ二ヶ月ほどまともな休みをとった記憶がなく、なおかつ四時間以上眠った記憶も遠い。そうした現状においてはさすがのアラシヤマも、寮の自室にたどり着いた頃には意識が朦朧となっていた。


 だから自室であるはずのそこのリビングで、足を組み漫然と深夜のニュース番組を眺めているその姿を見たときも、咄嗟に状況を認識することができずに。
 呆けた表情で一瞬棒立ちになれば、彼の人の手元にあったらしきテレビのリモコンがアラシヤマの額に刺さりそうな勢いで激突した。






「遅いぞ、アラシヤマ」

 激しい痛みが、その存在がけして幻などではないことを主張する。
 一言の連絡もなく家宅侵入しておきながら、家主の帰宅が遅いと苛立ちを隠そうともしない。労いの言葉など欠片も期待したわけではないが、あくまでいつも通りな己が師匠の言葉に、さすがに切ないため息が出た。
 なんでこんなところに、という疑問は寸でで飲み込んで。ズキズキと痛む額を涙目で押さえながら、「すんまへん、とりあえず着替えてきますわ・・・」と小声で告げる。当然のごとくマーカーからの返答はない。
 自室で楽な部屋着に着替え、リビングの隅にある簡易キッチンの冷蔵庫からビールを取り出し師の元に戻る。ビールはもちろん、こういうときのために買い置きしてある青島ビールである。
 皮製の、部屋に一つしかないソファの中央で足を組み、反り返るように座っているマーカーにグラスの一つを渡すと、アラシヤマはソファと向かい合う形でフローリングの床に直に座った。テレビの音がなんとなく落ち着かなくて、消してもええどすやろか、と尋ねるとマーカーは無言でうなずく。先ほど飛ばされたリモコンは無視して、主電源を落とした。

「いつ、戻ってきはったんどすか」

 マーカーがグラスに口をつけたのを確認してから、アラシヤマも一口目を喉に流す。地雷を踏む可能性があるWHATとHOWの疑問はさて置いて、とりあえず無難な話題を振った。

「実際に団に帰着したのは今日の夕刻だ」
「それから、ずっとここにいてはりましたん?」
「いや、隊長たちと街に出ていた。来たのは三十分ほど前か」

 その言葉を聞き、疲れを感じたことが原因とはいえ、いつもよりは早く引き上げてよかったとほっとする。そして同時に浮かんだ「だったらそれほど待たせてへんやないどすか」という思いは、心の中で呟くだけにとどめた。

「鍵とかセキュリティーとかゆうんは・・・・・・聞くだけ無駄なんどすやろなぁ」
「当然だ」

 ただでさえこの団員寮は、幹部用の貸し家に比べれば警備は驚くほど手薄だ。仕事上のデータは自宅に持ち帰らないことが原則であるし、団の敷地内にあり、なおかつ腕に自信のある男ばかりの寮に保安上の必要性を感じないのは誰もが同じだった。この師匠であれば、公共施設に入る程度の心持で容易に侵入が可能だろう。
 別に現実問題として入られて困ることもないのだが、心臓には悪い。せめて侵入者があったときにはできるだけ早くそれを自分に知らせてくれるようなシステムは作れないものか、とぼんやりと本末転倒なことを考えてしまう。
 ふと見ると、師匠のグラスは早くも空になっていた。
 一本目の小瓶は、二人分を注いだ時点で空になってしまっている。手元に用意しておいた新しい瓶の栓を抜き、かすかに傾けられた師匠のグラスに近づける。
 だがそのとき不意に、軽いめまいがアラシヤマを襲った。否、正しく言えば、襲ったようだった。というのも、はっと気づいたのは、床にビールを(わずかだが)こぼした後だったからだ。ほんの一瞬、気を失うようにぼうっとしたらしい。どうやら睡眠不足に加え、夕食をとる間もなくアルコールを流し込んだのがまずかったようだ。

「あ・・・・・・、すいまへんっ」

 急いで拭くものを取りに立ち上がろうとする。
 だが、その腕をマーカーが押さえつけた。叱責される、と反射的に身を硬くしたアラシヤマだったが、意外にもマーカーはすぐに何かをするわけでなく。ただ、アラシヤマの腕を掴んだまま、鈍く光る蛇にも似た眼光でじっとこちらを見据えてくる。
 そのほんの数秒の沈黙を、アラシヤマは何より恐ろしく感じた。
 薄い唇がゆっくりと開く。

「――連日、戻りは遅いようだな」

 声の質そのものは普通の男よりも高いくらいだろう。なのに、こういうときに発するマーカーの声は、まるで地の底から響くように思えてくるから不思議だ。
 ただ、問われている内容そのものは予想外に普通のことだったので、アラシヤマは多少拍子抜けしたように答えた。

「へ、へえ、まあ・・・・・・」
「なぜだ」
「・・・・・・単純に、ただ仕事が終わりまへんのや。団内も今こんな状況どすし、それに一応わても責任者の一人ですよって、いろんなチェックやらなんやらありますしなあ」
「すべてに目を通さねばならんほど、貴様の手駒は信用が置けんのか?――使えん人間を手下に置いておくのは、無能の証拠だぞ」
「ちゃいますて。そういうわけやあらしまへん」

 実際、部下を信用していないのかと問われれば、案外そんなこともないのだ。
 手前味噌でも、自分の下には有能な団員が揃っていると思う。新総帥から今の立場を任せると聞いたとき、承諾する条件として部下の人選だけは自分の手で行わせてくれと頼みこんだ。それなりの付き合いをするためだけでも、対象にかなりの条件がつくだろう自分の性質には、一応自覚がある。人選はガンマ団内の全団員のリストと首っ引きで行った。手間も時間も、相当かかっている。
 だから彼らに対する信頼は自分としては破格なほど高いし、よほどのことでもない限り、仕事を割り振る際にも逡巡はない。ただ、どうしても――最後のチェックだけは自分でしないと気が済まない。それはアラシヤマの性格的なものもあるのかもしれないが。
 どれほど部下の仕事を信頼しようと。
 それ以上に、些細なミスで彼への負担を増やしてしまうことが、怖い。

「でもまあ、万が一のことでもあって、心友に迷惑かけるわけにはいきまへんし」

「心友、か・・・・・・」

 指の跡がつくほどにきつく掴んでいたアラシヤマの手首を離し、マーカーは酒を一口あおる。

「お前が見境もなくシンタロー様を追い回しているというのは、団内でもずいぶんと噂になっているようだな」
「ええっ、師匠の耳にも入らはるほどなんどすの?!」

 新総帥の名前が出ただけで、アラシヤマはあからさまに挙措を失す。驚くべき自制心を発揮して、マーカーは手のひらで燻りかけた火種を消した。

「いややわあ、いくらわてとシンタローはんが親密な仲やからゆうて。そない噂になるほどなんて、照れますえ~」
「新総帥のほうは、あからさまに疎んじているとも聞いたがな」
「照れてはるんどすっ。シンタローはんはシャイなお方どすさかい」

 とうに成人を過ぎた男が、頬を染めて話す。弟子ならずとも灰にしてやりたいほどの鬱陶しさだ。
 だがマーカーが真に腹を立てている理由は、そのことではなかった。ソファの前にあるガラス製の卓に、音を立てずにグラスを置き。
 
「もう一度聞く――連日遅く帰る理由は、新総帥から命じられる仕事のせいか?」
「――・・・・・・」

 そしてほとんど抑揚を持たない、それなのにどこまでも響くような独特の声音で、尋ねる。
 アラシヤマにとって、そうだ、と言い切ってしまうことは容易かった。実際、アラシヤマがそう答えたとすれば、マーカーは本意はどうあれ、それ以上の追求はしないだろう。
 しかし、幼い頃からこの師匠には、嘘だけはつかぬようにと教え込まれてきた。そして、現実にどんな些細な嘘でも見抜かれてきた経緯がある。そのため、答えるまでに数秒の間があいてしまった。
 そのほんのわずかなアラシヤマの動揺を見過ごすはずもなく、マーカーは口元に、まさしく冷笑と呼ぶにふさわしい氷点下の笑みを刻む。

「・・・・・・フン、やはり、な」
「やはり、てなんですの・・・・・・――ッ?!」

 その言葉を吐き出しきる前に、唐突に襟首をつかまれ、無理やりに顔を引き寄せられた。
 師の思いがけない行動に反応することさえ出来ず、アラシヤマはがくりと膝を折る。
 間近に見るマーカーの黒曜の眼は、いつもどおり冴え冴えと冷たい。だが真っ直ぐに己が弟子を見据えるその視線は、まるでアラシヤマの奥底にある「何か」を見極めようとしているかのようだった。

「どこまで『本気』なのだ?――お前は」
「・・・・・・・」

 マーカーの質問が意図するものが、やっとアラシヤマにも理解できた。
 シャツの襟を持ち上げていた手が喉元に移動し、綺麗に整えられた爪が、アラシヤマの肌に食い込む。気管も頚動脈も押さえつけられているわけではない。だが。

「あの島で、お前は変わったと言ったな。あの時は確かに私もそう思った。だが・・・」
 
 その視線と、長い五本の指から発される圧迫感に、知らず息が止まる。

「牙を抜かれて腑抜けたふりをしようとも、虎は虎だ。猫にはなれんぞ」








 夜の室内は、恐ろしいほど静かだ。先刻テレビを消したのは失敗だった、とアラシヤマは頭の片隅で思う。
 はぁ、と意識して息を吐き、同時に苦労して上げた口の端は、なんとも不自然にゆがんでいた。わかっていても、それ以外の表情を作るすべを、今のアラシヤマは知らない。

「・・・・・・虎かて一応、猫科どすえ」
「茶化すな馬鹿弟子」
「師匠は、わてを買いかぶっとるんやないどすか」
「阿呆が。お前こそ、己の師を見くびるのも大概にしろ――いいか」 

 鍛えられた首筋を掴むマーカーの指の強さは緩まない。不穏な笑みを浮かべたアラシヤマにわずかも表情を変えず、マーカーはゆっくりと言葉を舌に乗せる。

「いまだ血の匂いを撒き散らしながら猫を装う、お前の」

 間近で囁くように紡がれるその声の、あまりの冷涼さに、知らず肌が粟立った。

「その厚顔さに呆れている、と、私は言っているのだ」

 アラシヤマの髪の隙間からのぞく片目がほんの一瞬だけだが見開かれ、同時に室内の空気が静止する。
 マーカーの声は穏やかな声音ながら、明らかな怒気を含んでいた。
 続く沈黙。
 やがて何かを諦めたように重いため息を一つ吐いたあと、アラシヤマは師の黒曜の双眸からふ、と視線をそらした。ゆっくりと身を引き、マーカーの指を首元からはずす。

「・・・・・・ほんま、敵いまへんなあ。師匠には」

 口元には苦い笑みが浮かべられている。
 それは先ほどまでの、その場凌ぎに作られたものとは明らかに違った。マーカーの腕に浮かされるように、ずっとひざ立ちになっていた姿勢からようやく腰を下ろすことができたアラシヤマは、ガラスの卓に軽く背をもたせ掛ける。

「――確かに、師匠の言うとおり、わてはまだ刺客どすわ」

 それは、アラシヤマと、前総帥であるマジックだけが知っている真実。

「シンタローはんのガンマ団には、いるはずのない人間どす」

 言って、苦笑したまま伸びかけの前髪をぐしゃ、と掻く。
 一年で、全てを変えられるわけはない。いや、五年、十年でもこれだけの組織の全てを変えるにはまだ足りない。
 だけど、それでも、あの人は変えたいと欲していて。そして、変えなくてはならないと強く信じていて。
 ならばせめて、不要となる部分の中でも、もっとも冥い部分だけは彼の目に見えぬところで消し去っていこうと。そう考えたのがシンタローを溺愛する元総帥であり、その意を酌み、同意したのが自分だったと言う話。
 必要なことはわかりきっていた。ありとあらゆる手を使って、負の遺産の処理をする人間が。かつて、団内でおそらく最も多くそうした仕事に手を染めた一人であった自分と、それを命じていた元総帥だから、わかる。ある意味では最も接点をもとうとしない二人ではあったが、その部分に関する認識だけは共通だった。

「醜い部分は見せたくない、とでも言うつもりか?すべてを背負ってこその総帥だろう」
「ちゃいますわ。あんお人はもう十分背負うてはる、ゆうことどす」

 ただでさえ、普通の人間だったら壊れてもおかしくないほどのものを、シンタローは抱えているのだ。彼の少年との約束に、偉大なるカリスマの後継としての重圧。己の出生にまつわる秘密を受容するための時間すら与えられずに、彼の運命は回り続ける。最愛の弟を、いつ覚めるともわからない眠りの中に残したまま。
 それでもシンタローはただ、前を向いて。常人には不可能としか思えないようなことをやり遂げようと必死に両足を踏みしめているのだ。そんな姿を見ていれば、せめてこれ以上、余計なものを背負わせたくないと考えてしまうのは当たり前のことで。

「わてらのしとることは、完全にお節介どすけどな・・・」
「わかっていながら、わざと、あの男の前では道化て?馬鹿馬鹿しいにもほどがある」
「わざと、てわけでもないんどすわ。あれはあれで、全部本音どす」

 怪訝そうな表情をするマーカーに、慣れっちゅうんは怖いどすなあ、と、ひっそりと笑う。  

「正直、自分でもようわかりまへんのや。どっちもわてや、としか言いようがないんどす」 
「・・・・・・詭弁、だな」
「かもしれまへんなぁ・・・・・・、せやけど、嘘やありまへんで」

 そんな弟子の顔を見て、マーカーは先ほどとはまた異なる理由で手の内が燻るような気がした。あえてその手をぐ、と握り、弟子のこめかみから頬の中間を、ほとんど手加減なしに殴ってやる。

「でっ!何しますのん、師匠!」
「もういい――。その間抜け面を見たら、何を言うのも惜しくなった」 
 
 そうしてどさり、と始めのようにソファに反り返る姿勢で深く腰掛け、ビールがまだこぼれているぞ、さっさと台拭きなりなんなり取ってこい、と犬でも追い払うように手を振る。アラシヤマはずきずきと痛む頬を押さえながら立ち上がり、ようやく当初の目的であった簡易キッチンに向かった。
 マーカーはほんの数秒だけその背に目をやった後、視線を正面に戻して、声だけでアラシヤマに呼びかける。

「アラシヤマ」
「へえ?」

「そう遠くなく、特戦は団を離れる」

 淡々と。いつもどおり、遠征に出てくる、と告げるのと全く同じ口調でマーカーはそれを言った。だがその内容はアラシヤマの手を止めるには十分で。いかに簡単そうに言われたところで、それがどれほど重い決定かということは、アラシヤマにもわかる。
 団内でも最も多く屍を踏み越えてきた特戦部隊。
 団を離れて辿る道は、これまでにも増して険しいものとなるだろう。もとより安穏を望む彼らではないけれど。
 布巾を水に濡らしながら、そうどすか、と答えた声は、諦観を含みながらも、いつもよりもやや低く落ち込んでいるように響いた。
                                                あんお人
「痛いとこ、ほとんど持ってってくれはるんどすな。――ハーレムはんは」
「別に、新総帥のためだけを思って、そうするわけではないだろうがな」

 濡れ布巾をもったままソファの元に戻れば、マーカーは手酌で残ったビールを自分のグラスに注ぎ入れていた。

「そして、残った部分はお前とマジック元総帥が請け負うのだろう?甘やかしすぎではないか?」
「シンタローはんにはなんとのお、周りの人間を動かすようなもんがあるんどすやろな。まあ、それでも今、誰よりキツい思いしとるんはあんお人やと思いますえ」

 ためらいもなく言い放つ。その言い方を忌々しく思いつつ、マーカーはグラスの中身を一気に飲み干した。
 本当は、少しだけ思っていたのだ。アラシヤマを、共に連れて行こうかと。
 性根を一から叩き直してやりたいという気持ちもなくはなかったし、少なくとも、ここに一人残すよりは、そのほうがまだこの馬鹿弟子にとっても幸せなのではないかと思っていた。
 だが、先刻の話を聞いて、そのような気は一切、消散した。どんな修羅道に堕ちようと、本人が幸福だと思い込んでるのなら仕方がない。そういえば昔から、思い込みは激しい性格だった。
 空いたグラスをたん、と卓に置き、不機嫌そうな顔つきでマーカーは、「帰るぞ」と唐突に言う。

「へ・・・、これから、艦に戻らはるんですか」

 日が短くなっているせいで夜明けはまだ遠いが、時計は既に四時を回っている。

「馬鹿弟子とくだらん話をしたせいで、せっかくの酔いが覚めた。ロッドかGあたりを捕まえて飲みなおす」

 そうゆうたかて、ビール四本は空けてはるやないですか、これだけの時間で。そんな弟子の抗議の呟きは完全に無視して、マーカーは立ち上がり、ソファの肘掛に置いておいた皮のジャケットを羽織った。
 そうして部屋から出て行こうとしたとき、見送りに出ていたアラシヤマが不意に、マーカーを呼びとめる。

「師匠」
「なんだ」

 振り向いた瞬間、アラシヤマが浅く、それでも正式な作法に則った形で、頭を下げた。

「すみませんどした・・・色々と」

 その言葉をアラシヤマが口にし終えた瞬間、マーカーの眉間に深い縦皺が刻まれる。

「安い謝罪の言葉を口にするな。行いを正すつもりもないくせに」
「せやから、これからわてがすることも含めて、どすな」
「はなから貴様を許す気などない」
「そうでっしゃろなぁ・・・・・・」

 にべもない己が師匠の言葉に、アラシヤマは苦笑する。髪に覆われていない半面に見せる笑顔に、迷いの影は見えない。だがその顔はなぜか、かつて幾度となく見た幼い弟子の泣く寸前の表情に重なって。
 当時の面影などほとんど残していないのに、これはいったいどちらの感傷なのかと不思議に思いつつ、マーカーは男にしては細く骨ばった手でアラシヤマの髪をくしゃりと撫でる。撫でるというよりは掴むといったほうが近いような行為だったが、それでも思わず伸ばした手は――きっと。
 お互いに変わったと言いながらも、本質的なところで変わることなどできはしない、無駄に器用で、どこまでも不器用な男。そんな不肖の弟子に、嘲りとわずかな憐憫を抱いたからだろう、とマーカーは思った。


















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ある意味、前提(言い訳)作りの一本・・・。
ちなみにこの時点でアラシンはまだお付き合いはしていないという設定です。
アラシヤマはもう自分のことすらきっと、わかってるふりしてよくわからなくなってると思う。
それで師匠は、そんなアラシヤマのことを結構わかっちゃうのがいやだなあと思ってるといいなあと。

(元アラシンお題12.「変態的」)
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 深い淵のほとりに、二人で立っていた。
 淵には深緑色の渦が逆巻いており、一度落ちたら二度と戻れないことは明らかだった。
 ああ、死ぬのだな、とぼんやりと思った。

「・・・・・・もう他に、方法がねーんだ」

 うつむいて、悔しそうに唇を噛み締めながら彼が言う。
 自分も彼も、身に着けているのは正規の軍服。
 自分は深緑。彼は紅。
 濃紺の闇に閉ざされた中で、彼の衣服は血に濡れたような艶を放つ。

「アラシヤマ・・・・・・」

 まっすぐな視線の強さはいつもとなんら変わらない。だが今は、その強さを更に上回る絶望が、瞳の中に居を同じくしている。
 その色はまるで嵐の中の凪のようで。
 こちらを見る彼の縋るような表情に、思わずこくりと喉が鳴った。

「・・・・・・そんなカオ、せぇへんといてや。わてはあんさんとやったら」

 たとえ地獄への道行きでも、喜んでお供するつもりなんどすから。
 そう言い切った言葉には、僅かの虚飾も含まれてはいなかった。
 彼は一瞬だけ泣き笑いのような表情を見せ、それから事前の約束どおり、その右手をゆっくりとアラシヤマのほうに差し出す。
 アラシヤマはその手をとり、自分の左手首に端切れで括りつけた。固く。何があっても解けないように。
 結ばれた手首から、彼の鼓動と体温が、直に伝わってくる。

「・・・今からでも、やめたい思わはったら・・・・・・」

 俯きがちにぽつりと呟くアラシヤマに、それ以上言わせまいとするように、彼はアラシヤマの言葉を自分の唇でさえぎった。
 酷くぶっきらぼうな口付けは、けれど確かな意思をアラシヤマに伝える。吐息を絡ませつつ離れると、こんな状況でも、彼は不敵な笑みを浮かべようとしていて。
 そんな彼の姿にアラシヤマは苦笑して、今度は自分から口付けた。そしてつながれていないほうの手に小刀を握りなおすと、彼の首筋に近づけ――。





 ぱちり、と瞼を開ければ、暗闇の中にいつもの自分の部屋の、灰色の天井が視界に入った。











『 黎明 』 











(――なんや、夢ですのん――・・・・・・て、当たり前か)

 急速に現実に引き戻されて、とりあえず枕もとの時計を見ると時刻はまだ六時だった。出勤予定時刻までは、一時間以上余裕がある。だが妙な夢を見たせいで二度寝する気にもなれなくて、アラシヤマはカシカシと髪を掻きながらベッドから身を起こした。
 まだ半分寝ぼけている頭を抱えて、漫然と浴室に向かう。
 意識した行動ではなく習慣としてシャワーの栓をひねり、頭から水を浴びると、徐々に頭がはっきりとしてくる。同時にそれまで見ていた夢のあまりのありえなさに、我が事ながら呆れてきた。
 確か昨日ベッドに入ったときにはすでに三時を回っていたので、眠れたのは実質三時間に満たない。それでも、夢の中では濃度の高いメロドラマが展開されていたようだ。
 シャワーから上がって髪を拭きつつ、その内容を反芻する。
 
(そもそも話自体、えらい陳腐やったなぁ・・・・・・。時代錯誤にもほどがあるっちゅうに)

 考えれば考えるほどつじつまの合わない夢だった。
 だが、そんな夢を見た原因ははっきりしている。昨日、一昨日と二日をかけて、任務の一環としてある要人に京の都を案内していた。もちろん護衛も兼ねた任務だったが、その中で一日目の晩に観たのが浄瑠璃の舞台だったのだ。
 追われ続けた主人公の男女二人が、最期は川に身投げをするという筋立てだった。
 案内役として解説できるよう事前に調べていたこともあって、存外話が頭に根付いていたということだろう。
 
(あの舞台は、確かに結構な凄みがあらはったしな。せやかて・・・)

 夢での配役は、かなり間違っていたと思う。
 仲間内では「俺様総帥」と異名をとるあのシンタローが、たとえ天地がひっくり返ろうとも、自ら死を選ぶようなマネをするはずがないのだ。更に言えば、自分をその道連れにと考えることは、輪をかけてありえない。
 それにもかかわらずああいった夢を見るとは。欲求不満か、と苦笑して、だが真面目にそれも否定は出来ないと思う。
 常に世界中を飛び回っている点は同じとは言え、シンタローとアラシヤマの任務や戦地が重なることはほぼ皆無に近かった。
 戦力の有効配分という観点からすれば、シンタローと自分を含む伊達衆が同じ場所に赴くのは、よほどの特殊な事情がない限り確かに非効率だ。ましてや最近はキンタローの存在もある。あの男が目付け役としてシンタローの傍近くに控えている限り、護衛としても自分が呼ばれる必要性はまずないだろう。
 そのことに関しては既にある程度割り切っている(もちろん顔を合わせるたびに嫌味を言ってはいる)と思っていたのだが、それでも一ヶ月以上の長期にわたって顔を合わせられないようなことが何度も続くと、さすがにつらいということなのか。
 
 ただ、今日は久しぶりに彼の顔が見られる予定だった。彼が率いた部隊が依頼を無事遂行したという報告は、昨夜本部に戻ってきたときに耳にしている。今度こそ延期はないはずだ。
 あんな夢を見たのは、それで浮かれていたせいもあったかもしれない。
 そんなことを思いつつ、アラシヤマはきれいにプレスのあたった深い緑色の制服に腕を通した。




***




 ちょうど午前の業務が終わりかけた頃に轟音とともに窓が揺れて、総帥帰還の報がガンマ団中を駆け抜けた。
 どよめく部下に対し、アラシヤマは即時休憩を言い渡す。自分の都合というばかりでなく(もっともそれだけのためにでもアラシヤマはその命令を出しただろうが)、部下の複数名は出迎えに行く必要があるのだ。それらの部下たちとデッキに出て一番に歓迎したい気分を抑えて、アラシヤマは一人、デッキから総帥専用通路でつながったエレベーターホールへと足を向ける。船着場は整然と並んだ団員で埋め尽くされていることだろう。戻ったばかりの彼とゆっくり確実に会話を交わすには、そこのほうがいいということをアラシヤマは熟知していた。

 ホールまで早足で移動し、しばらくのあいだそこで待つ。専用通路を抜けた先のデッキは総帥の凱旋に大騒ぎをしているようだった。それがひと段落着くまで待つこと数分。やがて銀色のリノリウムの通路に軍靴を響かせ、黒のコートを羽織ったシンタローが現れた。
 アラシヤマにとって都合のいいことに、シンタローは一人だった。きっと戦果報告や開発課への連絡をすべてキンタローに任せて、とりあえず総帥室に一度戻ろうと、ここまできたに違いない。

「おかえりどすぅvシンタローはん」

 まさか誰かが待ち構えているとは思わないこのホールで、いきなり京都弁の急襲に遭ったシンタローは、心底うんざりしたように顔をしかめた。

「チクショー、デッキで姿見えねえから油断してたらこっちかよ・・・・・」
「そら一月半ぶりの総帥のご帰還どすからなあv顔見てお祝いの一つも言いたくなるっちゅうもんでっしゃろ。――て、もしかしてわてのこと、探してくれはりましたの?」
「あーあーうぜえヤツがいる」
 
 誰にともなくそう言い放ち、スタスタとアラシヤマの横をすり抜けるとエレベーターのボタンを押す。シンタローの外出時から同階に止まったままだったらしい扉は、すぐに開いた。台に乗り込み、ちゃっかりと横についてきている根暗な「知人」の姿は視界に入らないよう努力する。しかし努力むなしく、普段ほとんど誰とも口をきかない(らしい)この男は、シンタローの前だと憎らしいほど饒舌になるのだ。

「ゆうべ、戦果報告書の内容聞きましたえ。さすがシンタローはん、あんだけの戦闘で敵にも死者にも死者ゼロ、味方にも重傷者二人、軽傷者数名なんて、ほとんど奇跡どすなv」
「まーな。それでも二人、出しちまったけど」
「そら高望みしすぎっちゅうもんですわ」

 十分すぎる戦果にも納得できていないシンタローに、アラシヤマは苦笑しながら答える。一個大隊にも匹敵するほどの連中を相手にしてあれほどの成果を出しておきながら、まだこの総帥は満足できていないらしい。
 ひととおり賞賛の言葉を口に上らせてから、ふと一週間前、総帥帰還延長の報を耳にしたときに感じた疑問をぶつけた。

「・・・・・・ただ」
「?」
「当初より、ちょっとだけ戻りの予定伸ばしはったんは、なんぞトラブルでもありましたん?」
「・・・・・・ああ」

 目敏いアラシヤマの質問に、ちょっとな、と答えるシンタローの表情がほんのわずか、曇る。同時に、かなりの高さまで上昇を続けていたエレベーターがようやく止まり、扉が開いた。
 アラシヤマの問いかけは出端をくじかれた形になり、二人並んで廊下に出て、総帥室に向かった。







 鈍く光る分厚い扉は、主の戻りをその網膜で知って瞬時に開いた。
 疲れているのだろうし、ソファで少し横にでもなればいいとアラシヤマは思うのだが、シンタローは迷いなく総帥室の黒い革張りの椅子に向かう。ただ疲れは疲れとして認識してはいるようで、崩れ気味に腰をかけた。机の上に片肘と顎を乗せ、もう片方の手で総帥の戻りを待ち構えていた書類の一部を、ぱらぱらとめくる。
 ココ
「本部で、特に変わったこともなかっただろ?」
「へえ。コレと言っては」

 アラシヤマは部屋の隅にあるミニバーでコーヒーを淹れながら答える。ま、わてやグンマはんらが留守預かっとるんですから当然どすけどな、とのたまうアラシヤマに、シンタローは「ずいぶん余裕じゃねーか」と唇の端を上げた。

「喜べヨ。来たる年末進行で、ちょっとでも滞った仕事全部オマエの部署にまわしてやるから」
「・・・ええどすけど、あんさん、ほんまにやりよりますからな・・・・・・」

 肩を落としつつアラシヤマは、濃い目に淹れたコーヒーにミルクを少しだけ垂らして、シンタローの前に置く。常にブラックを好む総帥は、カップの中身が白濁していることに軽く顔を顰めたが、嗜好はともかく疲れきった胃に直接のカフェインはよろしくない。と、ブラックをすすりながらアラシヤマは思った。

「で」
「ん?」
「さっきの話どすけど」
「ん――ああ」

 ミルク入りのコーヒーを飲みつつ書類をめくっていたシンタローが、おもむろに目線を上げる。

「初期の潜入工作も予定通りいったし、キンタローの奴の交渉のお陰で、向こうもうまい具合に頭に血が上ってくれて。おおむね順調だったんだけどよ」

 淡々と語るシンタローに、無言でアラシヤマは次をうながす。

「やっぱ、事前調査の甘さはあったな。次からはもーちょい厳しく言っとかねーと」
「それが、帰還が遅れた理由どすか?」

 腕組みをしてシンタローに片目を向けるアラシヤマの質問はあくまで直球だ。
 幾許かの逡巡のあと、さらに一、二回口を開きかけてはやめて。だが、いずれ詳細は団内の共有資料となるのだろうし、こうしたときのアラシヤマの追及からは逃れられないということに思い至って、シンタローは重い口を開く。

「――子供、が」

 そこで一旦区切って、アラシヤマの怪訝そうな視線を外すようにふいと顔を背けた。

「子供?」
「ちょうど、コタローくらいの年の子供が、『あっち』に居てさ」

 眼魔砲で一気に半殺しというわけにもいかなくなったのだとシンタローは言う。その口調と表情から、彼の言う「子供」が、民間人としてではなくその場にいたということはアラシヤマにもわかった。

「・・・・・・甘ぅおすなあ。あんさんは、ほんまに」
「知ってる」

 ため息を一つつき、遠慮なく本音を言ってのけると、シンタローは苦虫を噛み潰したような表情になる。
 途上国や、破滅を間際に迎えた小国を相手にしていれば、少年兵を相手にする機会など腐るほどあるだろう。元々彼らは「補充がきく」ということが何よりの存在価値だ。そこに彼らの意思がどういった形で介在している(あるいは介在していない)にせよ、あたら文明国ぶった常識にとらわれて年齢の幼さを情け容赦の対象とすることは、「少なくとも戦場では」間違っている。ガンマ団の敵はいまや、世間的にも認められる「悪者」のみと定義されているが、その対象がすべて職業軍人であるなどということはありえない。
 それらすべてを、アラシヤマは口にはしない。シンタローがそのようなマニュアルを知らないはずはなく、その上でどうしようもないということもまた、一応理解しているのだ。だが、漏れる嘆息を隠す気もなかった。

「そんなことばっか考えてはるから、また秘書課やらマジック様やらに過労の心配されるんどすえ」
「かもナ」
 
 シンタローはアラシヤマの小言を否定もせず、投げやりに机の上に上体を倒す。目を閉じ、組んだ両腕の上に片頬を乗せて呟くように言葉をつないだ。

「だけど、ああいうの見ると・・・・・・」

 一度閉じて、開かれた瞳は、ほんの一瞬だけ遠くを見るように茫漠とした色を映して。  

「この服着てからやたら痛てーこと多いし、今してることが本当に正しいのかどうかなんて、正直まだわかんねーけど」

 机に顎を乗せたまま、上目遣いにアラシヤマを見る。
 総帥の任についてからほぼ四六時中顰められているシンタローの眉が、ほんの少しだけ、情けなく下がった。


「やっぱ――殺せねぇわ。オレ」


 そしてシンタローは微苦笑する。
 その表情を目にした瞬間、アラシヤマはもう何も言うことができなくなった。

 理想論だという気は、如何として拭いがたい。彼とその父親と、上に立つものとしてどちらが正しいのか、アラシヤマにはまだ判断がつかずにいる。ただ、それでも。
 多くの運命を背負う彼の懊悩はけして軽いものではないはずなのに、その笑顔は、泣きたくなるほど明るくて。
 彼の思う未来は途方もなく険しくて――本当に、眩しい。

「――……」

 そのとき、やはり、今朝の夢は所詮夢だったと、アラシヤマは唐突に思った。
 あの夢には決定的な間違いがある。一月以上会わないうちに、こんな自明のことすら忘れていたというのか、と自らを哂いたくなるほどの。

 彼自身がそれを望むことがありえないという前提が一つ。
 だがたとえ、彼自身が心からそれを望んだとしても。


 何があっても、自分の目の前でこの人を死なすことなど、ありえない。

 
「なあ、シンタローはん?」
「んだよ」




「全部放り出して、死にとうなったら、どうかわてにゆうておくれやす」




 そのとき自分に、ひとかけらでも理性が残っているのなら。どのような手を使っても、自分は彼を生かそうとするだろう。たとえそれがどれほど残酷な行為でも。自分の命などいくらでも賭して。

 だから今朝見たのは、現実には起こりえない夢。

 それは、酩酊にも似て。目眩がするほどの幸福を感じた、あの瞬間の想いもまた、けして嘘ではなかったけれど。



「・・・・・・心中でもしようってのかよ?オマエ」



 シンタローは苦笑にも似た、不可解と呆れの入り混じった表情で自分を見る。

 その顔を目にしながら、アラシヤマはいつもの皮肉めいた笑いすら返さないまま、、そうさせてもらえれば本望どすわ、と静かに答えた。

























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すごい七転八倒的な変遷が随所にばれていて恥ずかしい。
最初はアラが心中迫るみたいな話だったんですが。あれ。
でもやっとなんか、矢島なりのアラシン観が見えてきたかもしれませぬ。
SSの書きかたも、ちょっとずつ思い出せてきてると、いいなあl。








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 目が覚めたら太陽は既に高く上っていて、遮光カーテン越しにもうっすらと入り込んでくる日差しの色でそれはわかったのだが、それがわかったところでどうすればいいのかはわからなかった。
 時刻は昼前。そして、これからの予定はない。
 それはアラシヤマにとって久しぶりの――本当に久しぶりの、完全なオフだった。









『休日』









 十月の後半、ガンマ団には一日の公休日が設けられている。
 世界各国から構成員を集めているガンマ団は、特定の地域や宗教に由来した休日を作っていない。一般の企業集団とは異なるその性質から、当たり前と言えば当たり前のことでもあるが、代わりに独自の公休日を年に幾日か設定していた。
 年間を通しても片手の指で足りるほどの日数。だがそれでも、一日の休みがあるとないとでは大違いだ。そのあたりの団員の心を、人身掌握術にも長けていた前総帥は、きっと見通していたのだろう。

 とはいえ、前線に赴いている人間たちにとっては知ったことかという日でもある。
 色々な連絡役を果たす人間やシステム関係の人間など、休みを取れない者達もいる。アラシヤマも今までの休日のほぼすべてをそれで潰してきた口だ。
 だが、今日ばかりは事情が違った。
 何せ総帥じきじきに言われてしまったのだ。
 「オマエ、今度くらいは休めば。てか休め。総帥命令」と。

 たとえその理由の大半が団員の勤務時間を掌る「管理部からの苦情」であったとしても、彼の総帥がほんのわずかでも自分の体を慮ってくれたのだと思えば、舞い上がるなと言うのが無理な話で。
 へえっ、と上ずった声で、よい子の返事をしてしまった。

 そして、今日に至る。
 とりあえず起き上がり、部屋着のまま簡単な朝食の用意をする。
 簡単なそれを摂りながら久しぶりにテレビなどつけてみた。
 アラシヤマは、普段、ほとんどテレビというものを見ない。寮の各室には三十インチの液晶テレビが据え付けられているが、アラシヤマの部屋のそれは、はっきり言って不遇な運命だ。
 たまにはいいかもしれないとつけてはみたものの、やはりというべきか、さして興味を引くものもなかった。
 国内外を問わず大きな事件などがあったときには、コトが起きた瞬間に各国の通信社や諜報部から直接、部屋に置いてある端末を通じて情報が流れるようにしてある。そのため、ニュースで報じられていることですら、すでに知っている内容ばかりだ。加えて「常に誰かがそばで喋っている」(ような気分になる)テレビの音がどうしても落ち着かない。
 結局、すぐに消してしまった。
 朝食の片づけを終え、これからどうしよう、と思ったときに途方に暮れた。休みというものがあまりに久しぶりすぎて、過ごし方がわからない。
 一日中寝て過ごすのもいいか、などという考えが頭をよぎるが、さすがに不毛すぎると思い直した。
 なにせシンタローからもらった休日なのだ。多少は充実させなくてはという思いはある。

(まあ、せっかくのええお天気やし・・・。散歩がてら、街にでも)

 考えに考えた挙句の結論は、ごくありきたりなものに落ち着いた。
 





 黒のパンツとジャケット、というよく言えば極めてシンプル、悪く言えば没個性な格好に着替え、表に出る。制服用の重い革靴ではなく、スニーカーを履いたのもだいぶ久しぶりで、やけに足が軽い気がした。
 団の施設を出て、てくてくと歩きながら一番近い公共機関の駅へと向かう。
 一番近いとはいえ、駅まで三キロほどの道のりはあり、通常は車を使って移動している。だが、今日は急ぐ理由もない。どうせ散歩がてらの外出なのだし、そのくらいは歩いてもいいと思った。
 風がさぁっと横を吹き抜けていき、半面を覆う長い前髪を弄る。気温は少し肌寒いくらいだが、秋が深まるこの季節が、なんとなくアラシヤマは好きだった。
 そして気持ちいいと思う分だけ、そんな日を一人で過ごしていることに、ついため息が出る。

(やっぱり、シンタローはんと過ごしたかったどすなあ・・・)

 休め、と言われたときに、ダメで元々と思いながらも、誘うだけは誘ってみたのだ。
 それなら、共に過ごしてはくれまいかと。
 だがシンタローの答えはきっぱりとしたもので。午前中は前線で働いている団員の元に視察に行く。戻る時間はわからない。もし早く戻れてもたまっている書類を片付けると、付け入る隙もなく断られてしまった。
 部署にも上がってくんじゃねえぞ電力消費の時間帯がおかしいって管理部から文句言われんのは俺なんだよ、と一息に言われ、せめて本部で待っててもいいかと尋ねようとしたアラシヤマの希望は、口にする前に潰えたのだった。


 
 のんびりと歩いて、それでも三十分足らずでアラシヤマは駅に着いた。支給されているパスで改札をくぐり、地下鉄で十五分ほどの近郊で一番近い都市に出る。
 平日の昼間という時間帯のせいか、思ったより人通りは多くない。スーツ姿の会社員や、普段は見慣れない色とりどりの洋服を着た若者達と時々すれ違うくらいだ。そんな中、黒の上下を着たアラシヤマはふらふらと歩く。
 この街の端には広大な敷地を持つ緑地公園がある。足は自然とそちらに向かっていた。
 公園にはアラシヤマがこっそり名づけた木々や岩石の「友達」がいて。
 彼らにもずいぶんとご無沙汰をしている。久闊を叙し、楽しい語らいの時間をとろうと考えたのだ。
 

 だが、それらの友達に出会う前に、アラシヤマはあるものに惹かれた。
 公園の一角にある広場で、何やら多くの露店が開かれている。どうやら今日はフリーマーケットの開催日だったらしい。
 対人コミュニケーションの極端に不得手なアラシヤマである。
 食材や薬剤などの買出しならともかく、服や雑貨の買い物などは特に苦手とするところだった。そのため普段から買い物は団を通しての通販に頼っている。だが。

(普通のデパートやらなんやらは緊張してなかなか入られへんけど、こういうとこやったら・・・!)

 綺麗に着飾ったマヌカンもいないし、何より屋外なので、逃げようと思えば簡単に逃げられる。
 フリーマーケットにしては静かな、その雰囲気にも後押しされて。
 アラシヤマは常にない積極性を持って、広場に足を踏み入れた。






 露店の数は大体百前後といったところだろうか。
 地面の上にシートを引き、衣服や雑貨などを並べている店を横目で眺めながら、アラシヤマは歩く。店によっては積極的に客と交渉をしているところもあるが、アラシヤマは極力そういうところは避けて見ていった。
 中には古書や、用途のわからない骨董を置いているような店もあり、そんな店は純粋に面白いと思う。ただ、やはり買い物に至るまでコミュニケーションをとることはアラシヤマにとってかなりの難題だった。
 ある店主不在の雑貨店の前で、珊瑚らしき石のついた耳飾を見ていたときは、師匠などによく似合うのではないかと考えていたのだが、

「それ、どう?似合うと思うわあ」
「ひえっ?!」

 唐突に背後から声を掛けられて、三十センチほど飛び上がった。
 戻ってきたばかりの若い女性の店主は、そんなアラシヤマの行動にも動じず、にこやかに商談に入ろうとする。

「おにーさんきれいな顔してるから、そういうシンプルなの、映えるわよぉ。ちょっと試してみない?」

 こうした場では極めて普通の会話であるが、アラシヤマの顔からは一斉に血の気が引く。

「わ」
「わ?」

「わわ、わ、わては、け、けっこうどすぅぅッ」
 
 数歩後ずさりながらそれだけをようやく言って、飛ぶようにその場から逃げ出した。


 そんなことを数回繰り返し、結局何一つ買い物は出来ないままにアラシヤマは広場をほぼ一周していた。

(はぁ・・・・・・やっぱり、人と話すんは苦手どす・・・・・・)
 
 ため息混じりに肩を落としながら出口に向かう。
 だがそのときあるものが目に付いて、アラシヤマはふと足を止めた。


 それは様々なガラクタの中に、ちょこん、と鎮座している黒猫の小さな置物だった。


(ん?なんか・・・・・・ええ味出しとりますな)

 店員を見てみると、丸いメガネをかけた人の良さそうな好々爺。
 その酷く細い目は起きているのか眠っているのかの判断もつかないほどで、それがむしろアラシヤマを安心させた。
 猫を手にとって、間近に見てみる。
 店主がのんびりと話しかけてきた。

「兄ちゃん、どうだね、それ」
「へえ。可愛いらしゅおすなあ」
「黒猫のくせに、憎めない顔をしてるじゃろ」
 
 にっ、と笑いながら店主は言い、つられてアラシヤマもつい表情を綻ばせる。

「中東のほうの工芸品だ。気に入ったなら、安くしとくよ」
「おいくらどす?」
「いくらなら出すね?」

 逆に問いかけられる。
 アラシヤマが少し考え込んだ後に装飾品として妥当だろうと思われる値段を言うと、それでいい、と老人はあっさりと了承した。
 やや拍子抜けしたものの、言い値でよいのなら、嬉しくないわけがない。
 じゃあいただきますわ、と告げて金額を差し出す。はいよ、と答えた老人は黒猫を小さな茶色い袋に入れて、紙幣と交換した。



 やっと一つの買い物が出来たアラシヤマは、広場を出た後、その場にあったベンチに座り、改めて戦利品を嬉々として眺めた。十センチメートルほどのその磁器は、飾り物にしては鋭い目つきをしているが、なんとも言えない愛嬌がある。
 だが、じっと眺めているうちに、アラシヤマはその置物に惹かれた理由がわかってしまった。
 この不敵な風貌には、「ある人間」の面影がある。
 それに気づいて、アラシヤマは思わず一人で笑う。

(なんやこれ、シンタローはんに似とるんどすわ・・・・・・)

 
 思い出してしまったのが、よくなかった。


(――あ)

 その瞬間、思いがけずにドクン、と心臓が跳ね上がった。
 まずい、と理性が警鐘を鳴らす。
 だが一度速度を増した鼓動は、もう自分の意思ではどうしようもなくて。

(――あかん) 

 だめだだめだと思いながらも、抑えきることが出来なくなった。






――――――――会いたい。









 思ったときには、すでにアラシヤマは駅に向かって歩きだしていた。



 来たときの倍以上の速さで駅まで戻り、ほんの二時間ほど前に来たばかりの路線を戻る。
 改札を抜ける瞬間、そばにいた中年の女性に肩がぶつかりそうになって、あわてて会釈した。
 どうやらかなり早足になっているらしい。
 気持ちばかりが逸って、抑えていなければ駆け出しそうだ。
 今の時間だったら、もしかしたらもう戻っているかもしれない。戻っていないかもしれない。それでも。
 


 駅前に止まっている車を捕まえ、団へと急ぐ。
 門の入り口で車を飛び降りて、セキュリティーカードを通すのももどかしく、通用門をすり抜けた。
 一度寮に戻って着替えてからのほうがいいか、という考えが瞬間的に頭をよぎったが、結局無視した。
 本部棟の、最上階をひたすらに目指す。
 すれ違う人間はほとんどいない。団にとっては年に片手の数もない公休と言うこともあり、私服姿のアラシヤマを咎める人間もいなかった。

 

 それでも、きっとあの人はそこにいるはずで。
 どうか視察が長引いたりしていないように、急なパーティなど入っていないように、と切実に願う。

 

 最上階でエレベーターを降り、早足で廊下を過ぎ去って、そして総帥室のドアの前。
 一回だけ深呼吸をして、それからノックもせずにその扉を開けた。

 果たして、紅い制服をまとった彼はそこにいた。






 書類の山を前にして、ぼんやりと紫煙を燻らせていた総帥は、目を丸くして予想外の来客を見る。

「アラシヤマ?!てめ、オレがあれほど・・・・・・!」
「へ、へぇっ!そうなんどすけど・・・」

 その叱責を耳にした瞬間、それまで逸る気持ちに任せて早足になっていた分も合わせてアラシヤマの顔に一気に血が上った。
 あれほど会いたかった人なのに、いざ顔を見てしまうと、いったい何を言えばいいのかもわからない。
 おろおろと常にも増して挙動不審になったアラシヤマは、ふと手の中にある紙袋の存在に気づいて、

「ここここれ!あげますわ」
「・・・・・・?」

 ばっ、とシンタローの前に先ほどもとめたばかりのそれを差し出した。
 シンタローは困惑した表情のまま紙袋を受け取って。とりあえず中を見て、よりいっそう戸惑いを深めた表情になり。
 その様子を見て、アラシヤマの顔がますます赤くなる。

「ありがとお・・・?て、コレ渡すためだけに来たのか?オマエ」
「や、いや、ええと。そうやなくて、どすな」

 わたわたと、手を振りながらシンタローの言葉を否定し――それから、がくりと肩を落として、やや俯きがちになる。
 呟くような小声で言った。


「シンタローはんに」


 ああもう、自分は本当におかしくなっている、と思う。
 それは白旗宣言にも等しい、今更の告白。


「会いとお、て」


 こんな、顔を見ただけで涙が出そうになるくらい、この人に、ただ、会いたかったのだ。
 

 そんなアラシヤマの衝動など理解できるはずもないシンタローは、呆れきったようにため息を吐く。

「アホか、明日になりゃ会議で嫌でも顔あわせんだろーが」
「せやけど」

 アラシヤマはふらり、と一歩を踏み出して。そして椅子に座ったまま自分を見上げるシンタローの前まで近づく。


「――ぎゅって・・・・・・しても、ええでっしゃろか」


 途方にくれた捨て犬のような目をして、アラシヤマはシンタローを見る。


「・・・・・・だめだっつったら、やめんの?」
「そんなん、無理に決まっとります・・・・・」
「じゃあ、聞くんじゃねェよ、アホ」



 その言葉を聴いた瞬間、アラシヤマは座ったままのシンタローを、かき抱くようにして抱きしめた。
 シンタローは少しの間目を開けたままアラシヤマの肩越しに総帥室の壁を眺めていたが、やがて目を閉じ。
 仕方ねえなといわんばかりにアラシヤマの背中に手を回し、ぽんぽんと幼子をあやすように叩く。
 それだけで、アラシヤマはあまりの幸せに本当に泣きそうになった。
 

 休日より何より。
 こうしてこの人の傍にいられることこそが、何よりの自分へのご褒美なのだ、と思いながら。













 黒猫はそれから幾度かの引越しを経て、総帥室の棚の中に居場所を見つけることになるのだが、それはまた後日の話。























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アラはfunnyでありそれ以上にmadでeccentricがいいんですが。
矢島が書くと単なるstupid(おばかなこ)になってしまうのがトホホのトホホたる所以です。
けど恋してしまえばこんなもん。かもしれない。(と言い訳してみる)






xcv
 総帥室に足を踏み入れたとき、仄かに甘い薫りがした。

 花の薫りのような、薄いけれど、ふわりと漂う甘さ。

 だが室内に花の姿は見当たらない。

 それはある初夏の日のこと。











 『Cherry』











「総帥、なんや香水でもつけてはります?」


 普段そういったものを身につけてないと言うことは知っているが、とりあえず。
 
 机に向かっている紅い服の男に問いかけてみる。

 だが、彼からの返事はない。

 総帥は難しい顔をしたままあさっての方向を見て、なにやらもごもごと口を動かしている。


「・・・・・・シンタローはん?」


 再度の呼びかけにも答えずに。

 アラシヤマは諦めたように一つため息を吐いて、持ってきた書類をシンタローの前にどさりと置いた。

 そして腕組をしたまま待つこと一分ほど。

 ようやく発された総帥の言葉は、


「あーーだめだっ!できねぇ」


 ――だった。

 紙に何かを吐き出し足元のゴミ箱に放り込むと、ひどくつまらなそうな顔で机に突っ伏す。


「できないって、なにがどす」


 シンタローはその問いに直接的には答えずに、ただ手元に置いていたらしいガラスの器を、どん、と机の上に乗せる。


「ああ。さくらんぼでしたん、この薫り」

「さっき、秘書が実家から送ってきたって、持ってきたんだけどよ」


 ボウルほどの大きさのある厚手のガラスの器には、粒の揃った綺麗な朱色のさくらんぼが山と盛られている。


「昔、あっただろ?さくらんぼの柄を口ン中で結べるとキスがうまいって」

「はぁ、そうですの?わてはよく知りまへんけど」

「あったんだよ。で、ソレ思い出して。学生の頃はできなかったけど、今だったら、出来るようになってるかと思って」


 やってみたのだが、またもや撃沈した、ということらしい。

 その話を聞きながら、アラシヤマはほんの少しだけ考えるような素振りを見せ。

 それからひょい、とガラスの器に手を伸ばした。


「一つ、もらいますえ」


 実の部分を手でちぎって、柄だけを口に入れる。

 かかったのは、ほんの五秒ほど。

 べ、と出した舌の上にはきれいに中央に結び目のついたさくらんぼの柄が乗せられていて。


「早っ!」


 そのあまりのスピードと正確さに、皮肉を言うのも忘れてシンタローの目が丸くなる。


「思ったより、簡単どすな」

「・・・・・・~~ッッ」


 淡々としたその物言いに、それまでかなりの時間を同じ作業に費やしてきたシンタローの顔が、見て取れるほど不機嫌そうになった。

――アラシヤマのくせになんで出来んだヨお前こっそり隠れて練習とかしてたんじゃねぇのキモい。

 机に片肘を突いたままブツブツとそんなことを言うシンタローの表情は、まるで子供じみていて。

 アラシヤマから見るとなんともかわいらしい。

 思わず、シンタローのすぐ隣まで歩み寄って、す、と身をかがめた。

 
「別に、キスなんて、上手くなくてもええやないどすか」

「・・・・・・フォローにも何にもなってないぞ、オマエ」

「シンタローはんは、いっつも」


 ありありと不満げなシンタローの言葉はあえて無視して、その頭上、間近いところで囁く。


「たどたどしゅう応えてくれはるのが、あんまり可愛ゆうて、ドキドキしますえ」


 低音でゆっくりと告げられるその言葉の内容に、シンタローの顔が怒りと羞恥で赤くなった。

 だが、至近距離で睨みつけるシンタローの双眸ですら、アラシヤマは苦笑で流す。


「せやし、そう拗ねんといて。シンタローはん」

「誰が。拗ねてなんか・・・・・・」

「昔、師匠に言われましたわ。わては舌が普通よりちょっと長いから、器用なんやないかて」


 それだけのことどす、と言い、指をシンタローの顎にかけ、顔を自分のほうに向けさせた。

 シンタローの瞳はしっとりと、心持ちいつもより潤んでいるように見える。


「なんにせよ、わてにとっては、シンタローはんとのキスが一番、気持ちええんどすさかい・・・・・・・」

「アラシヤマ――・・・・・・」


 そしてその指はシンタローの顎から頬へとゆるやかな曲線を辿って滑り――


「――なんでマーカーが、お前の舌が器用だなんて、知ってんの?」

「へ?」


 シンタローの問いかけに、ぴたりと止まった。


 その行動と、二十センチと離れていないアラシヤマの目から導かれる結論は、明らかすぎるほど明らかで。

 シンタローは極上の笑みを浮かべ、ゆっくりと右手をかざす。



「オマエって、ほんとにいっつもツメが甘いよな。――――眼魔砲」










***










 ぶすぶすと燻るアラシヤマの残骸を足元に見下ろして、シンタローはつまらなそうに息を吐き、さくらんぼの実を一つ口に入れた。

 走りのさくらんぼの甘さは淡く、ほんの少しだけまだ酸味が残っている。

 正直、アラシヤマとマーカーの間に、そういったことがあったのかどうかなど知ったことではない―――ただ。

 師匠、と口に出すときの、らしくなく穏やかな自分の目の色に。

 たとえそれが自分の思い過ごしだとしても、これだけ指摘しているのだから、コイツもそろそろ気付いてもいいはずだ。



























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タイトルはそのまんまですが+「経験不足」(スラング)の意味で。
季節はずれのお約束テンプレートでごめんなさい。
でも楽しかったし書くの早かったヨ・・・。ベタな話が大好きです。


















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