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 目が覚めたら太陽は既に高く上っていて、遮光カーテン越しにもうっすらと入り込んでくる日差しの色でそれはわかったのだが、それがわかったところでどうすればいいのかはわからなかった。
 時刻は昼前。そして、これからの予定はない。
 それはアラシヤマにとって久しぶりの――本当に久しぶりの、完全なオフだった。









『休日』









 十月の後半、ガンマ団には一日の公休日が設けられている。
 世界各国から構成員を集めているガンマ団は、特定の地域や宗教に由来した休日を作っていない。一般の企業集団とは異なるその性質から、当たり前と言えば当たり前のことでもあるが、代わりに独自の公休日を年に幾日か設定していた。
 年間を通しても片手の指で足りるほどの日数。だがそれでも、一日の休みがあるとないとでは大違いだ。そのあたりの団員の心を、人身掌握術にも長けていた前総帥は、きっと見通していたのだろう。

 とはいえ、前線に赴いている人間たちにとっては知ったことかという日でもある。
 色々な連絡役を果たす人間やシステム関係の人間など、休みを取れない者達もいる。アラシヤマも今までの休日のほぼすべてをそれで潰してきた口だ。
 だが、今日ばかりは事情が違った。
 何せ総帥じきじきに言われてしまったのだ。
 「オマエ、今度くらいは休めば。てか休め。総帥命令」と。

 たとえその理由の大半が団員の勤務時間を掌る「管理部からの苦情」であったとしても、彼の総帥がほんのわずかでも自分の体を慮ってくれたのだと思えば、舞い上がるなと言うのが無理な話で。
 へえっ、と上ずった声で、よい子の返事をしてしまった。

 そして、今日に至る。
 とりあえず起き上がり、部屋着のまま簡単な朝食の用意をする。
 簡単なそれを摂りながら久しぶりにテレビなどつけてみた。
 アラシヤマは、普段、ほとんどテレビというものを見ない。寮の各室には三十インチの液晶テレビが据え付けられているが、アラシヤマの部屋のそれは、はっきり言って不遇な運命だ。
 たまにはいいかもしれないとつけてはみたものの、やはりというべきか、さして興味を引くものもなかった。
 国内外を問わず大きな事件などがあったときには、コトが起きた瞬間に各国の通信社や諜報部から直接、部屋に置いてある端末を通じて情報が流れるようにしてある。そのため、ニュースで報じられていることですら、すでに知っている内容ばかりだ。加えて「常に誰かがそばで喋っている」(ような気分になる)テレビの音がどうしても落ち着かない。
 結局、すぐに消してしまった。
 朝食の片づけを終え、これからどうしよう、と思ったときに途方に暮れた。休みというものがあまりに久しぶりすぎて、過ごし方がわからない。
 一日中寝て過ごすのもいいか、などという考えが頭をよぎるが、さすがに不毛すぎると思い直した。
 なにせシンタローからもらった休日なのだ。多少は充実させなくてはという思いはある。

(まあ、せっかくのええお天気やし・・・。散歩がてら、街にでも)

 考えに考えた挙句の結論は、ごくありきたりなものに落ち着いた。
 





 黒のパンツとジャケット、というよく言えば極めてシンプル、悪く言えば没個性な格好に着替え、表に出る。制服用の重い革靴ではなく、スニーカーを履いたのもだいぶ久しぶりで、やけに足が軽い気がした。
 団の施設を出て、てくてくと歩きながら一番近い公共機関の駅へと向かう。
 一番近いとはいえ、駅まで三キロほどの道のりはあり、通常は車を使って移動している。だが、今日は急ぐ理由もない。どうせ散歩がてらの外出なのだし、そのくらいは歩いてもいいと思った。
 風がさぁっと横を吹き抜けていき、半面を覆う長い前髪を弄る。気温は少し肌寒いくらいだが、秋が深まるこの季節が、なんとなくアラシヤマは好きだった。
 そして気持ちいいと思う分だけ、そんな日を一人で過ごしていることに、ついため息が出る。

(やっぱり、シンタローはんと過ごしたかったどすなあ・・・)

 休め、と言われたときに、ダメで元々と思いながらも、誘うだけは誘ってみたのだ。
 それなら、共に過ごしてはくれまいかと。
 だがシンタローの答えはきっぱりとしたもので。午前中は前線で働いている団員の元に視察に行く。戻る時間はわからない。もし早く戻れてもたまっている書類を片付けると、付け入る隙もなく断られてしまった。
 部署にも上がってくんじゃねえぞ電力消費の時間帯がおかしいって管理部から文句言われんのは俺なんだよ、と一息に言われ、せめて本部で待っててもいいかと尋ねようとしたアラシヤマの希望は、口にする前に潰えたのだった。


 
 のんびりと歩いて、それでも三十分足らずでアラシヤマは駅に着いた。支給されているパスで改札をくぐり、地下鉄で十五分ほどの近郊で一番近い都市に出る。
 平日の昼間という時間帯のせいか、思ったより人通りは多くない。スーツ姿の会社員や、普段は見慣れない色とりどりの洋服を着た若者達と時々すれ違うくらいだ。そんな中、黒の上下を着たアラシヤマはふらふらと歩く。
 この街の端には広大な敷地を持つ緑地公園がある。足は自然とそちらに向かっていた。
 公園にはアラシヤマがこっそり名づけた木々や岩石の「友達」がいて。
 彼らにもずいぶんとご無沙汰をしている。久闊を叙し、楽しい語らいの時間をとろうと考えたのだ。
 

 だが、それらの友達に出会う前に、アラシヤマはあるものに惹かれた。
 公園の一角にある広場で、何やら多くの露店が開かれている。どうやら今日はフリーマーケットの開催日だったらしい。
 対人コミュニケーションの極端に不得手なアラシヤマである。
 食材や薬剤などの買出しならともかく、服や雑貨の買い物などは特に苦手とするところだった。そのため普段から買い物は団を通しての通販に頼っている。だが。

(普通のデパートやらなんやらは緊張してなかなか入られへんけど、こういうとこやったら・・・!)

 綺麗に着飾ったマヌカンもいないし、何より屋外なので、逃げようと思えば簡単に逃げられる。
 フリーマーケットにしては静かな、その雰囲気にも後押しされて。
 アラシヤマは常にない積極性を持って、広場に足を踏み入れた。






 露店の数は大体百前後といったところだろうか。
 地面の上にシートを引き、衣服や雑貨などを並べている店を横目で眺めながら、アラシヤマは歩く。店によっては積極的に客と交渉をしているところもあるが、アラシヤマは極力そういうところは避けて見ていった。
 中には古書や、用途のわからない骨董を置いているような店もあり、そんな店は純粋に面白いと思う。ただ、やはり買い物に至るまでコミュニケーションをとることはアラシヤマにとってかなりの難題だった。
 ある店主不在の雑貨店の前で、珊瑚らしき石のついた耳飾を見ていたときは、師匠などによく似合うのではないかと考えていたのだが、

「それ、どう?似合うと思うわあ」
「ひえっ?!」

 唐突に背後から声を掛けられて、三十センチほど飛び上がった。
 戻ってきたばかりの若い女性の店主は、そんなアラシヤマの行動にも動じず、にこやかに商談に入ろうとする。

「おにーさんきれいな顔してるから、そういうシンプルなの、映えるわよぉ。ちょっと試してみない?」

 こうした場では極めて普通の会話であるが、アラシヤマの顔からは一斉に血の気が引く。

「わ」
「わ?」

「わわ、わ、わては、け、けっこうどすぅぅッ」
 
 数歩後ずさりながらそれだけをようやく言って、飛ぶようにその場から逃げ出した。


 そんなことを数回繰り返し、結局何一つ買い物は出来ないままにアラシヤマは広場をほぼ一周していた。

(はぁ・・・・・・やっぱり、人と話すんは苦手どす・・・・・・)
 
 ため息混じりに肩を落としながら出口に向かう。
 だがそのときあるものが目に付いて、アラシヤマはふと足を止めた。


 それは様々なガラクタの中に、ちょこん、と鎮座している黒猫の小さな置物だった。


(ん?なんか・・・・・・ええ味出しとりますな)

 店員を見てみると、丸いメガネをかけた人の良さそうな好々爺。
 その酷く細い目は起きているのか眠っているのかの判断もつかないほどで、それがむしろアラシヤマを安心させた。
 猫を手にとって、間近に見てみる。
 店主がのんびりと話しかけてきた。

「兄ちゃん、どうだね、それ」
「へえ。可愛いらしゅおすなあ」
「黒猫のくせに、憎めない顔をしてるじゃろ」
 
 にっ、と笑いながら店主は言い、つられてアラシヤマもつい表情を綻ばせる。

「中東のほうの工芸品だ。気に入ったなら、安くしとくよ」
「おいくらどす?」
「いくらなら出すね?」

 逆に問いかけられる。
 アラシヤマが少し考え込んだ後に装飾品として妥当だろうと思われる値段を言うと、それでいい、と老人はあっさりと了承した。
 やや拍子抜けしたものの、言い値でよいのなら、嬉しくないわけがない。
 じゃあいただきますわ、と告げて金額を差し出す。はいよ、と答えた老人は黒猫を小さな茶色い袋に入れて、紙幣と交換した。



 やっと一つの買い物が出来たアラシヤマは、広場を出た後、その場にあったベンチに座り、改めて戦利品を嬉々として眺めた。十センチメートルほどのその磁器は、飾り物にしては鋭い目つきをしているが、なんとも言えない愛嬌がある。
 だが、じっと眺めているうちに、アラシヤマはその置物に惹かれた理由がわかってしまった。
 この不敵な風貌には、「ある人間」の面影がある。
 それに気づいて、アラシヤマは思わず一人で笑う。

(なんやこれ、シンタローはんに似とるんどすわ・・・・・・)

 
 思い出してしまったのが、よくなかった。


(――あ)

 その瞬間、思いがけずにドクン、と心臓が跳ね上がった。
 まずい、と理性が警鐘を鳴らす。
 だが一度速度を増した鼓動は、もう自分の意思ではどうしようもなくて。

(――あかん) 

 だめだだめだと思いながらも、抑えきることが出来なくなった。






――――――――会いたい。









 思ったときには、すでにアラシヤマは駅に向かって歩きだしていた。



 来たときの倍以上の速さで駅まで戻り、ほんの二時間ほど前に来たばかりの路線を戻る。
 改札を抜ける瞬間、そばにいた中年の女性に肩がぶつかりそうになって、あわてて会釈した。
 どうやらかなり早足になっているらしい。
 気持ちばかりが逸って、抑えていなければ駆け出しそうだ。
 今の時間だったら、もしかしたらもう戻っているかもしれない。戻っていないかもしれない。それでも。
 


 駅前に止まっている車を捕まえ、団へと急ぐ。
 門の入り口で車を飛び降りて、セキュリティーカードを通すのももどかしく、通用門をすり抜けた。
 一度寮に戻って着替えてからのほうがいいか、という考えが瞬間的に頭をよぎったが、結局無視した。
 本部棟の、最上階をひたすらに目指す。
 すれ違う人間はほとんどいない。団にとっては年に片手の数もない公休と言うこともあり、私服姿のアラシヤマを咎める人間もいなかった。

 

 それでも、きっとあの人はそこにいるはずで。
 どうか視察が長引いたりしていないように、急なパーティなど入っていないように、と切実に願う。

 

 最上階でエレベーターを降り、早足で廊下を過ぎ去って、そして総帥室のドアの前。
 一回だけ深呼吸をして、それからノックもせずにその扉を開けた。

 果たして、紅い制服をまとった彼はそこにいた。






 書類の山を前にして、ぼんやりと紫煙を燻らせていた総帥は、目を丸くして予想外の来客を見る。

「アラシヤマ?!てめ、オレがあれほど・・・・・・!」
「へ、へぇっ!そうなんどすけど・・・」

 その叱責を耳にした瞬間、それまで逸る気持ちに任せて早足になっていた分も合わせてアラシヤマの顔に一気に血が上った。
 あれほど会いたかった人なのに、いざ顔を見てしまうと、いったい何を言えばいいのかもわからない。
 おろおろと常にも増して挙動不審になったアラシヤマは、ふと手の中にある紙袋の存在に気づいて、

「ここここれ!あげますわ」
「・・・・・・?」

 ばっ、とシンタローの前に先ほどもとめたばかりのそれを差し出した。
 シンタローは困惑した表情のまま紙袋を受け取って。とりあえず中を見て、よりいっそう戸惑いを深めた表情になり。
 その様子を見て、アラシヤマの顔がますます赤くなる。

「ありがとお・・・?て、コレ渡すためだけに来たのか?オマエ」
「や、いや、ええと。そうやなくて、どすな」

 わたわたと、手を振りながらシンタローの言葉を否定し――それから、がくりと肩を落として、やや俯きがちになる。
 呟くような小声で言った。


「シンタローはんに」


 ああもう、自分は本当におかしくなっている、と思う。
 それは白旗宣言にも等しい、今更の告白。


「会いとお、て」


 こんな、顔を見ただけで涙が出そうになるくらい、この人に、ただ、会いたかったのだ。
 

 そんなアラシヤマの衝動など理解できるはずもないシンタローは、呆れきったようにため息を吐く。

「アホか、明日になりゃ会議で嫌でも顔あわせんだろーが」
「せやけど」

 アラシヤマはふらり、と一歩を踏み出して。そして椅子に座ったまま自分を見上げるシンタローの前まで近づく。


「――ぎゅって・・・・・・しても、ええでっしゃろか」


 途方にくれた捨て犬のような目をして、アラシヤマはシンタローを見る。


「・・・・・・だめだっつったら、やめんの?」
「そんなん、無理に決まっとります・・・・・」
「じゃあ、聞くんじゃねェよ、アホ」



 その言葉を聴いた瞬間、アラシヤマは座ったままのシンタローを、かき抱くようにして抱きしめた。
 シンタローは少しの間目を開けたままアラシヤマの肩越しに総帥室の壁を眺めていたが、やがて目を閉じ。
 仕方ねえなといわんばかりにアラシヤマの背中に手を回し、ぽんぽんと幼子をあやすように叩く。
 それだけで、アラシヤマはあまりの幸せに本当に泣きそうになった。
 

 休日より何より。
 こうしてこの人の傍にいられることこそが、何よりの自分へのご褒美なのだ、と思いながら。













 黒猫はそれから幾度かの引越しを経て、総帥室の棚の中に居場所を見つけることになるのだが、それはまた後日の話。























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アラはfunnyでありそれ以上にmadでeccentricがいいんですが。
矢島が書くと単なるstupid(おばかなこ)になってしまうのがトホホのトホホたる所以です。
けど恋してしまえばこんなもん。かもしれない。(と言い訳してみる)






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