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xc
 
  ところどころに赤茶けた土を露出している草原を挟んで、三十メートルほど前方。一面にどこまでも広がるのは、背の高い花畑。細い鮮やかな緑の葉の上には、可憐な紅の花が今が盛りと咲き誇っている。人の身長ほどもあるそれらの群れは、時折吹く風になびいて潮騒のような音を立てる。
 草原の上には、果ての見えない瑠璃色の空。ところどころに白い雲が一条の線を引いている。

(――風景としてみれば、綺麗なモンどすな)

 目の前の景色をそう評して、濃紫色の中国服にも似た衣服を身に着けた男は、右手の人差し指をぺろりと舐める。そうして風に翳し、風向きを再度確認。予想と違わず、先刻とわずかも変わってはいない。雲の流れ方から見ても、これから二、三時間は同じであろうと思われた。
 どちらにせよこの花畑から半径二キロメートル以内に人がいないことは事前に調査済みだ。捕縛しておいた、総勢たった三名の警邏兵は多少手荒な真似をして眠らせた後、薬を嗅がせて完全に意識を失わせてある。浅く掘った地面の底にころがしておけば、煙を被る可能性はまずなかった。それら全てのことを先の二十分で済ませたアラシヤマは、もう一度、赤い海原に目を向ける。

「あんさんら自身に、罪はあらしまへんのやけど―――堪忍、な」

 その景色は、きっとすぐにアラシヤマの記憶からは消え去ってしまうけれど。それでも確かに、今この時点でのそのコントラストは、美しいと感じたので。
 だが感傷に浸るのはほんの数秒。鮮やかな色彩を眼裏に焼き付けるように軽く瞑った眼を、ゆっくりと開き、すう、と右手を上げる。

「平等院鳳凰堂、極楽鳥の舞」

 体の内から生まれた炎は肘から指先を螺旋を描くように駆け抜け、前方の花畑を一瞬にして飲み込んだ。
















『ポロメリア』
















 遠方で、光点が見えた。と思うとその光は段々とその色を鮮明にしつつ、凄まじい勢いで周囲を侵食する。極力煙を出さないように温度を上げたらしい白色に近い黄金色の炎は、貪欲な爬虫類の舌を思わせる獰猛さで。ここからだと真紅の絨毯のように見える花畑を嘗め、呑み込んでいく。

(―――思ったより、早かったな)

 発火地点から二キロメートルほど離れた山中の、裾野に程近いところ。鬱蒼と茂る木々の枝を日よけ代わりに寝転んでいたシンタローは、光点が発生したことを目認して、側に置いておいた双眼鏡を手に取った。研究課のグンマがこのたび開発したというこの双眼鏡はなかなかに優秀で、二キロメートルくらいの距離であれば人影程度まで目視できる。だが、草原の付近に人間らしき形は見えなかった。炎を放った主は既にこちらに向かって撤収してきているらしい。
 特に連絡もなかったということは、思わぬアクシデントなどもなかったということだろう。シンタローはイヤホン型の衛星通信機のスイッチを入れる。

「……ああ、オレだ。任務は無事終了。敵味方とも死傷者ゼロ。煙も思ったほど出てねぇから、準備が出来次第ヘリをこっちに向かわせてくれ」

 了解致しました、という電波を通した本部通信兵の硬質な声を耳にして、回線はプツリと途切れる。それだけの作業を済ませて、シンタローはまた森の中に寝転んだ。
 遠くから獣が低く唸るような音が聞こえる。それが風の声なのか、それとも消え行く草木の悲鳴なのかはシンタローにはわからなかったが、この森の中はとりあえず平和だ。土地の持ち主がその炎に気付き対応するにはもうしばらくの時間がかかるだろうし、万が一警邏兵がこの山の中にも潜んでいたとしても、半径百メートル以内にはおよそ考えられる限りの罠を張り巡らしてある。
 チチ、とすぐそばで小鳥の囀る声が聞こえる。
 ほんの二キロ先では、地獄の業火もかくやというほどの炎が草花を嘗め尽くしているというのに。ここでは、求愛を交わす小鳥の声すらも聞こえるのだ。だが結局自然とはそういうものかもしれない。さわさわと風に揺れる梢の隙間から見える陽光を手首で遮って、シンタローは軽く眼を閉じる。





 それから二十分ほどが経過した頃だろうか、わざとらしくがさがさと草を踏み分ける音がしたかと思うと、この場には不似合いな(否、ある意味では非常に似合った)能天気な声が頭上から降ってきた。

「シンタローはぁんvただいまどすえ~」
「……お前、任務中にどすえはねーだろ」

 瞼を覆っていた手をどけて寝転んだまま呆れたようにそう言ってやれば、アラシヤマは苦笑を返し、おもむろにすっと背筋を伸ばして指をそろえた手を四十五度の角度で額にあてる。

「ガンマ団団員アラシヤマ、帰還致しました。任務遂行時間は15:42。完了時間は現在より約十分後と思われます。只今より撤収作業に……」
「やっぱヤメロ」

 制服姿ですらないアラシヤマの、その格好と姿勢のあまりの似合わなさに、皆まで言わせず手を振ってシンタローが言葉を遮った。

「予想以上にキモかった」
「俺様酷ッ」
「撤収っつってもここでただヘリ待ってるだけだしな」
「ま、そういうことどすな」

 さらりと言うその声音で、先ほどの芝居がかった仕草は明らかに自分をからかったものだということがわかる。面白くねえな、と思って少し口を尖らせながら、シンタローはアラシヤマを睨みつけた。もっとも寝転んでいるところを見下ろされているこの状況では、それは思うような効果は発揮しなかっただろうが。

「ちゃんと、うまくやったんだろ?」
「もちろんどすえーv命令どおり、ガンマ団が関おうとることもばらしとりまへん」

 アラシヤマがそれまでの経緯をごく簡単にかいつまんで説明すると、シンタローは表情も変えずにそっか、ごくろーさんだったな、と口にした。そんな素っ気無いシンタローの対応などどこ吹く風で、アラシヤマの顔は眼に見えて嬉しそうだ。

「に、しても。なんだよ、いつもにも増したその異常な浮かれっぷりは」
「そらもう、あんさんとの二人任務言うだけで、わてはウッキウキどすえ~~♪」
「……お前、煙吸い込んでんじゃねーの」
「ややわぁ、風向きの計算は、ちゃぁんとしとりましたやろ?」

 薬の効果ナシでここまでなれるのもある意味才能だよな、とは心の中だけで呟き、シンタローは表面上はただうんざりしたような目つきでアラシヤマを見るにとどめた。

「ちなみに、二人任務でもねーよ。今回の任務に関しては、オレは完璧なオブザーバーだからな。単なる見届け役だ」
「ほな、見届け役としての評価は、いかがどす?」

 アラシヤマの問いは直截的だ。シンタローはしばらく考え込むと、やがて前髪の辺りをがしがしと掻いて、言った。

「まあ、ナパーム弾いきなりぶち込むよりゃあ、大分マシだな……」

 その身もふたもない言い方に、だがアラシヤマは満足したように笑う。

「あんさんも、ようやっとわての使い方、わこてきはったちゅうことどすな」

 そして両腕を枕代わりにしているシンタローの横に腰を下ろした。やや膝を立て気味にした胡坐のような座り方で、交差させた両足首を両手で掴む。鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌は変わらない。

「直接的に、人が関わらへん仕事は気楽でええどすわ」
「まぁな……」
「この後の『人道支援』やらなんやら考えると頭痛ぅなりますけど」
「言うナ」

 そんなことは言われなくても百も承知で。ただできれば、せめて今くらいは考えたくはないことだった。
 炎によって失われた花畑は、確かに悪ではあったけれど、それも許しがたいほどの害悪を撒き散らしてきた存在ではあったけれど、本当に憎むべきは育成者ではなくそれを命じ、売りさばいてきた人間どもだ。花を育てることによってようやく日々を生き繋いできた人々もいる。そういった人々へのフォローは、総帥の代替わりに伴い大転換を果たしたガンマ団では仕事の内だった。
 寝転んだままごそごそと胸ポケットを探り、シンタローは潰れかけた煙草の箱を取り出す。残りは三本。まあ迎えが来るまでなら足りるだろうと考えて、一本を口にはさむ。

「寝煙草は、行儀がよろしゅうないどすえ」
「お前の顔見ると喫いたくなんだよ、なぜか」

 やっぱストレスか?と口元に煙草を咥えたまま真顔で言ってやると、人のこといつもライター代わりにしすぎやからや、と返された。それでも渋々といった様子でアラシヤマがシンタローの唇の先に指先を持っていく。ボッという小さな音と共に、ほのかに甘い薫りと紫煙が立ち上った。

「山火事は勘弁しとくれやす。わては火ぃつけるのは得意やけど、消すほうはでけへんさかい」
「フーン、それって……」

 お前の性格そのまんまだナ、と言いかけたが、そうすると言外に余計な意味まで含まれてしまいそうなことに気付き、シンタローはそれ以上言葉を続けなかった。

「ちなみに、迎えはいつ頃来る予定なんどすか?」
「お前が来る二十分くらい前に本部に連絡とっといたから、あともう十分ちょいてとこか」
「残念どすなあ、せっかく二人っきりになれましたんに」
「オレは一刻も一分も一秒も早くこの状況から抜け出したい」

 甘い響きを持たせようとするアラシヤマの言葉を一蹴して、シンタローはふぅ、と煙を吐く。上空のほうで長く尾を引くような鳥の鳴き声が聞こえた。
 濃緑の翳をその顔に受けながら、シンタローはぼそりと呟く。

「―――あとどんくらい焼けば、終わるんだろうな」

 それが今回の一件のみを指しているのではないということは、さすがに聞き返さずともわかった。苦笑しながら、アラシヤマは未だ燃え盛っている遠方の草原の方向を見遣る。

「さあ……。少なくとも、全部は難しいどっしゃろな」 

 世界各地に散らばる、麻薬の栽培畑。合成薬物がこれだけ蔓延る現代になっても、古来からの麻薬が絶えることはない。阿片、大麻、コカ。マフィアやギャングといった集団犯罪組織や時には国家の重要な財源となるそれらが、どれだけの地域に広がっているのか正確に把握することはおそらく不可能だろう。

「お前、ここにこんなデカいケシ畑があるって知ってたか?」
「シンジケートからの情報としては、一応。せやけど、同じくらいの規模のもんが他にどれくらいあるのかなんて、想像もつきまへんわ」
「こういうときばっかは、腹が立つくらい広いんだよな、この世界も」

 言いながら、二本目の煙草を咥えた。アラシヤマは今度は、先ほどのように指先をそっと近づけるやり方ではなく、やや投げやりにシンタローの目の前でぱちんと指を鳴らすように二本の指を合わせて火を点ける。その仕草には、おそらくあの島から戻って、すっかりヘビースモーカーになったシンタローへの、微かな非難が含まれている。自分とて時折喫っているくせに、シンタローのそれにいい顔はしないのだ。

「世界、か……そーいやお前、昔、やたら言ってたな。世界が欲しいって」
「よう覚えとりまんな、そないなこと」
「あんだけ散々聞かされたら、嫌でも覚えんだろ」

 そう、この男は士官学校の頃からやたら上昇志向が強く、それだけでなく目指すところが途方もなかった。せめてマジックの後釜を狙って団を牛耳るとか、それならまだわかるのだ。だが一足飛びに世界とは、あまりにも発想が突飛ではないか。
 しかしそんなシンタローの疑問など、考えるだけ無駄と思わせるほどの淡白さでアラシヤマはけろりと言う。

「わてな、世界くらいしか欲しいもんなかったんどすわ」
「……。欲深なのか、そうじゃねーのか、よくわかんねえな、ソレ」

 中空に目をやったまま、なんとも微妙な表情でシンタローは口元を歪める。そうどすなあ、と独言のように答えながら、あの頃の自分も、強さや名声といったものに対する執着は人並以上に強かったとアラシヤマは思い出す。
 ただ、何が欲しいのか、と問われて即答できる答えを自分は持っていなかった。
 だから、とりあえず世界が欲しいと言ってみた。目標があればきっと強くなれると思っていたから。それだけのこと。
 
「ただ……なんとのう、世界が手に入れば、大事なもんはぜぇんぶ傍近うに置いておけると思うとりましたな」
「大事なモン?そんなもんあったわけ?お前に」

 その質問には答えずに、アラシヤマは薄く笑う。今となっては、あの頃の自分が欲したものはただ一つだったのだと理解している。しかも、まるで駄々をこねる子供のようにソレを渇望していた。ただ、その唯一の欲求を明確な言葉で表現できるほど、自分は物を知らなかったのだろう。それはきっと、自分にとって(そして、彼の人にとっても)幸運なことだったに違いない。

「―――今は、どうなんだよ?」

 シンタローの問いかけに、アラシヤマは知らず浸っていた回想から現実に引き戻される。そして、相変わらず口元に笑みを浮かべたまま答えた。

「欲しいどすなあ、世界」

 躊躇いもせず言い切られたその返答は、シンタローにとって予想外のものだった。今更アラシヤマがガンマ団総帥の座を狙っているなどとは、どう考えても思えなかったからだ。
 その思考が表面に現れて怪訝そうに眉を顰めたシンタローに、覆いかぶさるようにアラシヤマは上体をかがめる。

「せやけど、今は」

 反面を覆う長い前髪が、シンタローの頬にさらりと落ちる。シンタローの口元から半分程度になった煙草を取り上げて。

「世界手にしてあの棟の最上階に座る、紅い服の男はんが、もっと、欲しい」

 代わりに落としたのは、触れるだけの口付け。
 そして手にした煙草はしかめっ面にも隠し切れない朱を上した総帥の唇には戻さず、自分ですぅ、と一息吸って、指先で消した。

「……オレには、親父と違って、世界征服の野望なんてねーぞ」
「武力で制圧するばかりが征服やおまへんでっしゃろ。こないな各地の小競り合いにも、国家間の戦争にも、ガンマ団が出張ればどうしょうもない……そないな状況になれば、世界はあんさんのもんも同然やないどすか」
「人殺しもしない、正義のオシオキ軍団がか?お前、時々突拍子もねーこと言いだすよな……」

 そうシンタローが言い終えるのとほぼ同時に、バラバラと雹でも降るような音が遠方から段々と近づいてくるのが耳に入ってきた。行くぞ、とシンタローが立ち上がり、ヘリとの合流場所として指定しておいた草原へと移動を始める。 
 開けた草原にはヘリを降ろせるだけの広さはあった。シンタローとアラシヤマの二人を確認し低い位置で八の字を描くように飛び続けるヘリに、風圧に長い黒髪をなびかせたシンタローが通信機で操縦士と何かを相談している。やがてヘリはホバリングを始め、上から縄梯子が下ろされた。どうせ二人とも軽装だし、着陸させる時間が惜しいからいいよな、とシンタローは風に弄る髪を抑えながらアラシヤマを振り返る。もとより否やもなかった。まずシンタローが梯子に足を掛け、アラシヤマが後に続く。
 二人が梯子の半ばまで上がったところで、ヘリは上昇を始めた。眼下に見える地上の炎はほとんど燻るばかりになっていたが、それと入れ替わるように燃え立つような色に染まっていたのは、空。
 火焔のような紅の空にオレンジ色の雲がたなびいている。
 
「―――わても、夢見とるんどすわ」
「…ん?なんか言ったか?」

 耳を劈くようなプロペラ音にアラシヤマの呟きはかき消されて。振り向いて問い返したシンタローに、なあんもどすー、とアラシヤマは声を張り上げる。

「綺麗どすなあ、夕焼け」
「まぁな―――ちょっと、思い出すな」
「せいぜい、約束破らんようにお気張りやす」
「言われるまでもねーよ、馬鹿」

 不敵に笑ったシンタローの表情に、アラシヤマは眩しいものでも見るかのようにほんのわずか、目を細めた。
 夢物語は、叶うと信じ続けることこそが何よりの楽しみなのだと、そんな、かつての自分ならば一笑に付していたようなことを本気で考えていることが、少しおかしくて。けれどその思いは、彼の笑顔を見るたびに確信に変わっていくから。
 せめて今だけでも、彼を中心に据えたその未来を夢見ることができる自分は、この上ない幸せ者に違いないと、強く思う。


 赤と黄色、橙で染め上げられた空の彼方では、真白い太陽が、並ぶ山々の向こう側に落ちようとしている。
 遥か遠い稜線は、赤と見事な対比を示す目の覚めるような濃紺で縁取られていて。それはまるで漆黒の闇の到来を、ほんの少しだけ留めているように、アラシヤマには見えた。




























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Coccoのベスト盤2枚目は
1、焼け野が原、2、ポロメリア、3、あなたへの月となっていて
矢島は学生の頃この並びがとても好きでした。















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