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zcv


 深い淵のほとりに、二人で立っていた。
 淵には深緑色の渦が逆巻いており、一度落ちたら二度と戻れないことは明らかだった。
 ああ、死ぬのだな、とぼんやりと思った。

「・・・・・・もう他に、方法がねーんだ」

 うつむいて、悔しそうに唇を噛み締めながら彼が言う。
 自分も彼も、身に着けているのは正規の軍服。
 自分は深緑。彼は紅。
 濃紺の闇に閉ざされた中で、彼の衣服は血に濡れたような艶を放つ。

「アラシヤマ・・・・・・」

 まっすぐな視線の強さはいつもとなんら変わらない。だが今は、その強さを更に上回る絶望が、瞳の中に居を同じくしている。
 その色はまるで嵐の中の凪のようで。
 こちらを見る彼の縋るような表情に、思わずこくりと喉が鳴った。

「・・・・・・そんなカオ、せぇへんといてや。わてはあんさんとやったら」

 たとえ地獄への道行きでも、喜んでお供するつもりなんどすから。
 そう言い切った言葉には、僅かの虚飾も含まれてはいなかった。
 彼は一瞬だけ泣き笑いのような表情を見せ、それから事前の約束どおり、その右手をゆっくりとアラシヤマのほうに差し出す。
 アラシヤマはその手をとり、自分の左手首に端切れで括りつけた。固く。何があっても解けないように。
 結ばれた手首から、彼の鼓動と体温が、直に伝わってくる。

「・・・今からでも、やめたい思わはったら・・・・・・」

 俯きがちにぽつりと呟くアラシヤマに、それ以上言わせまいとするように、彼はアラシヤマの言葉を自分の唇でさえぎった。
 酷くぶっきらぼうな口付けは、けれど確かな意思をアラシヤマに伝える。吐息を絡ませつつ離れると、こんな状況でも、彼は不敵な笑みを浮かべようとしていて。
 そんな彼の姿にアラシヤマは苦笑して、今度は自分から口付けた。そしてつながれていないほうの手に小刀を握りなおすと、彼の首筋に近づけ――。





 ぱちり、と瞼を開ければ、暗闇の中にいつもの自分の部屋の、灰色の天井が視界に入った。











『 黎明 』 











(――なんや、夢ですのん――・・・・・・て、当たり前か)

 急速に現実に引き戻されて、とりあえず枕もとの時計を見ると時刻はまだ六時だった。出勤予定時刻までは、一時間以上余裕がある。だが妙な夢を見たせいで二度寝する気にもなれなくて、アラシヤマはカシカシと髪を掻きながらベッドから身を起こした。
 まだ半分寝ぼけている頭を抱えて、漫然と浴室に向かう。
 意識した行動ではなく習慣としてシャワーの栓をひねり、頭から水を浴びると、徐々に頭がはっきりとしてくる。同時にそれまで見ていた夢のあまりのありえなさに、我が事ながら呆れてきた。
 確か昨日ベッドに入ったときにはすでに三時を回っていたので、眠れたのは実質三時間に満たない。それでも、夢の中では濃度の高いメロドラマが展開されていたようだ。
 シャワーから上がって髪を拭きつつ、その内容を反芻する。
 
(そもそも話自体、えらい陳腐やったなぁ・・・・・・。時代錯誤にもほどがあるっちゅうに)

 考えれば考えるほどつじつまの合わない夢だった。
 だが、そんな夢を見た原因ははっきりしている。昨日、一昨日と二日をかけて、任務の一環としてある要人に京の都を案内していた。もちろん護衛も兼ねた任務だったが、その中で一日目の晩に観たのが浄瑠璃の舞台だったのだ。
 追われ続けた主人公の男女二人が、最期は川に身投げをするという筋立てだった。
 案内役として解説できるよう事前に調べていたこともあって、存外話が頭に根付いていたということだろう。
 
(あの舞台は、確かに結構な凄みがあらはったしな。せやかて・・・)

 夢での配役は、かなり間違っていたと思う。
 仲間内では「俺様総帥」と異名をとるあのシンタローが、たとえ天地がひっくり返ろうとも、自ら死を選ぶようなマネをするはずがないのだ。更に言えば、自分をその道連れにと考えることは、輪をかけてありえない。
 それにもかかわらずああいった夢を見るとは。欲求不満か、と苦笑して、だが真面目にそれも否定は出来ないと思う。
 常に世界中を飛び回っている点は同じとは言え、シンタローとアラシヤマの任務や戦地が重なることはほぼ皆無に近かった。
 戦力の有効配分という観点からすれば、シンタローと自分を含む伊達衆が同じ場所に赴くのは、よほどの特殊な事情がない限り確かに非効率だ。ましてや最近はキンタローの存在もある。あの男が目付け役としてシンタローの傍近くに控えている限り、護衛としても自分が呼ばれる必要性はまずないだろう。
 そのことに関しては既にある程度割り切っている(もちろん顔を合わせるたびに嫌味を言ってはいる)と思っていたのだが、それでも一ヶ月以上の長期にわたって顔を合わせられないようなことが何度も続くと、さすがにつらいということなのか。
 
 ただ、今日は久しぶりに彼の顔が見られる予定だった。彼が率いた部隊が依頼を無事遂行したという報告は、昨夜本部に戻ってきたときに耳にしている。今度こそ延期はないはずだ。
 あんな夢を見たのは、それで浮かれていたせいもあったかもしれない。
 そんなことを思いつつ、アラシヤマはきれいにプレスのあたった深い緑色の制服に腕を通した。




***




 ちょうど午前の業務が終わりかけた頃に轟音とともに窓が揺れて、総帥帰還の報がガンマ団中を駆け抜けた。
 どよめく部下に対し、アラシヤマは即時休憩を言い渡す。自分の都合というばかりでなく(もっともそれだけのためにでもアラシヤマはその命令を出しただろうが)、部下の複数名は出迎えに行く必要があるのだ。それらの部下たちとデッキに出て一番に歓迎したい気分を抑えて、アラシヤマは一人、デッキから総帥専用通路でつながったエレベーターホールへと足を向ける。船着場は整然と並んだ団員で埋め尽くされていることだろう。戻ったばかりの彼とゆっくり確実に会話を交わすには、そこのほうがいいということをアラシヤマは熟知していた。

 ホールまで早足で移動し、しばらくのあいだそこで待つ。専用通路を抜けた先のデッキは総帥の凱旋に大騒ぎをしているようだった。それがひと段落着くまで待つこと数分。やがて銀色のリノリウムの通路に軍靴を響かせ、黒のコートを羽織ったシンタローが現れた。
 アラシヤマにとって都合のいいことに、シンタローは一人だった。きっと戦果報告や開発課への連絡をすべてキンタローに任せて、とりあえず総帥室に一度戻ろうと、ここまできたに違いない。

「おかえりどすぅvシンタローはん」

 まさか誰かが待ち構えているとは思わないこのホールで、いきなり京都弁の急襲に遭ったシンタローは、心底うんざりしたように顔をしかめた。

「チクショー、デッキで姿見えねえから油断してたらこっちかよ・・・・・」
「そら一月半ぶりの総帥のご帰還どすからなあv顔見てお祝いの一つも言いたくなるっちゅうもんでっしゃろ。――て、もしかしてわてのこと、探してくれはりましたの?」
「あーあーうぜえヤツがいる」
 
 誰にともなくそう言い放ち、スタスタとアラシヤマの横をすり抜けるとエレベーターのボタンを押す。シンタローの外出時から同階に止まったままだったらしい扉は、すぐに開いた。台に乗り込み、ちゃっかりと横についてきている根暗な「知人」の姿は視界に入らないよう努力する。しかし努力むなしく、普段ほとんど誰とも口をきかない(らしい)この男は、シンタローの前だと憎らしいほど饒舌になるのだ。

「ゆうべ、戦果報告書の内容聞きましたえ。さすがシンタローはん、あんだけの戦闘で敵にも死者にも死者ゼロ、味方にも重傷者二人、軽傷者数名なんて、ほとんど奇跡どすなv」
「まーな。それでも二人、出しちまったけど」
「そら高望みしすぎっちゅうもんですわ」

 十分すぎる戦果にも納得できていないシンタローに、アラシヤマは苦笑しながら答える。一個大隊にも匹敵するほどの連中を相手にしてあれほどの成果を出しておきながら、まだこの総帥は満足できていないらしい。
 ひととおり賞賛の言葉を口に上らせてから、ふと一週間前、総帥帰還延長の報を耳にしたときに感じた疑問をぶつけた。

「・・・・・・ただ」
「?」
「当初より、ちょっとだけ戻りの予定伸ばしはったんは、なんぞトラブルでもありましたん?」
「・・・・・・ああ」

 目敏いアラシヤマの質問に、ちょっとな、と答えるシンタローの表情がほんのわずか、曇る。同時に、かなりの高さまで上昇を続けていたエレベーターがようやく止まり、扉が開いた。
 アラシヤマの問いかけは出端をくじかれた形になり、二人並んで廊下に出て、総帥室に向かった。







 鈍く光る分厚い扉は、主の戻りをその網膜で知って瞬時に開いた。
 疲れているのだろうし、ソファで少し横にでもなればいいとアラシヤマは思うのだが、シンタローは迷いなく総帥室の黒い革張りの椅子に向かう。ただ疲れは疲れとして認識してはいるようで、崩れ気味に腰をかけた。机の上に片肘と顎を乗せ、もう片方の手で総帥の戻りを待ち構えていた書類の一部を、ぱらぱらとめくる。
 ココ
「本部で、特に変わったこともなかっただろ?」
「へえ。コレと言っては」

 アラシヤマは部屋の隅にあるミニバーでコーヒーを淹れながら答える。ま、わてやグンマはんらが留守預かっとるんですから当然どすけどな、とのたまうアラシヤマに、シンタローは「ずいぶん余裕じゃねーか」と唇の端を上げた。

「喜べヨ。来たる年末進行で、ちょっとでも滞った仕事全部オマエの部署にまわしてやるから」
「・・・ええどすけど、あんさん、ほんまにやりよりますからな・・・・・・」

 肩を落としつつアラシヤマは、濃い目に淹れたコーヒーにミルクを少しだけ垂らして、シンタローの前に置く。常にブラックを好む総帥は、カップの中身が白濁していることに軽く顔を顰めたが、嗜好はともかく疲れきった胃に直接のカフェインはよろしくない。と、ブラックをすすりながらアラシヤマは思った。

「で」
「ん?」
「さっきの話どすけど」
「ん――ああ」

 ミルク入りのコーヒーを飲みつつ書類をめくっていたシンタローが、おもむろに目線を上げる。

「初期の潜入工作も予定通りいったし、キンタローの奴の交渉のお陰で、向こうもうまい具合に頭に血が上ってくれて。おおむね順調だったんだけどよ」

 淡々と語るシンタローに、無言でアラシヤマは次をうながす。

「やっぱ、事前調査の甘さはあったな。次からはもーちょい厳しく言っとかねーと」
「それが、帰還が遅れた理由どすか?」

 腕組みをしてシンタローに片目を向けるアラシヤマの質問はあくまで直球だ。
 幾許かの逡巡のあと、さらに一、二回口を開きかけてはやめて。だが、いずれ詳細は団内の共有資料となるのだろうし、こうしたときのアラシヤマの追及からは逃れられないということに思い至って、シンタローは重い口を開く。

「――子供、が」

 そこで一旦区切って、アラシヤマの怪訝そうな視線を外すようにふいと顔を背けた。

「子供?」
「ちょうど、コタローくらいの年の子供が、『あっち』に居てさ」

 眼魔砲で一気に半殺しというわけにもいかなくなったのだとシンタローは言う。その口調と表情から、彼の言う「子供」が、民間人としてではなくその場にいたということはアラシヤマにもわかった。

「・・・・・・甘ぅおすなあ。あんさんは、ほんまに」
「知ってる」

 ため息を一つつき、遠慮なく本音を言ってのけると、シンタローは苦虫を噛み潰したような表情になる。
 途上国や、破滅を間際に迎えた小国を相手にしていれば、少年兵を相手にする機会など腐るほどあるだろう。元々彼らは「補充がきく」ということが何よりの存在価値だ。そこに彼らの意思がどういった形で介在している(あるいは介在していない)にせよ、あたら文明国ぶった常識にとらわれて年齢の幼さを情け容赦の対象とすることは、「少なくとも戦場では」間違っている。ガンマ団の敵はいまや、世間的にも認められる「悪者」のみと定義されているが、その対象がすべて職業軍人であるなどということはありえない。
 それらすべてを、アラシヤマは口にはしない。シンタローがそのようなマニュアルを知らないはずはなく、その上でどうしようもないということもまた、一応理解しているのだ。だが、漏れる嘆息を隠す気もなかった。

「そんなことばっか考えてはるから、また秘書課やらマジック様やらに過労の心配されるんどすえ」
「かもナ」
 
 シンタローはアラシヤマの小言を否定もせず、投げやりに机の上に上体を倒す。目を閉じ、組んだ両腕の上に片頬を乗せて呟くように言葉をつないだ。

「だけど、ああいうの見ると・・・・・・」

 一度閉じて、開かれた瞳は、ほんの一瞬だけ遠くを見るように茫漠とした色を映して。  

「この服着てからやたら痛てーこと多いし、今してることが本当に正しいのかどうかなんて、正直まだわかんねーけど」

 机に顎を乗せたまま、上目遣いにアラシヤマを見る。
 総帥の任についてからほぼ四六時中顰められているシンタローの眉が、ほんの少しだけ、情けなく下がった。


「やっぱ――殺せねぇわ。オレ」


 そしてシンタローは微苦笑する。
 その表情を目にした瞬間、アラシヤマはもう何も言うことができなくなった。

 理想論だという気は、如何として拭いがたい。彼とその父親と、上に立つものとしてどちらが正しいのか、アラシヤマにはまだ判断がつかずにいる。ただ、それでも。
 多くの運命を背負う彼の懊悩はけして軽いものではないはずなのに、その笑顔は、泣きたくなるほど明るくて。
 彼の思う未来は途方もなく険しくて――本当に、眩しい。

「――……」

 そのとき、やはり、今朝の夢は所詮夢だったと、アラシヤマは唐突に思った。
 あの夢には決定的な間違いがある。一月以上会わないうちに、こんな自明のことすら忘れていたというのか、と自らを哂いたくなるほどの。

 彼自身がそれを望むことがありえないという前提が一つ。
 だがたとえ、彼自身が心からそれを望んだとしても。


 何があっても、自分の目の前でこの人を死なすことなど、ありえない。

 
「なあ、シンタローはん?」
「んだよ」




「全部放り出して、死にとうなったら、どうかわてにゆうておくれやす」




 そのとき自分に、ひとかけらでも理性が残っているのなら。どのような手を使っても、自分は彼を生かそうとするだろう。たとえそれがどれほど残酷な行為でも。自分の命などいくらでも賭して。

 だから今朝見たのは、現実には起こりえない夢。

 それは、酩酊にも似て。目眩がするほどの幸福を感じた、あの瞬間の想いもまた、けして嘘ではなかったけれど。



「・・・・・・心中でもしようってのかよ?オマエ」



 シンタローは苦笑にも似た、不可解と呆れの入り混じった表情で自分を見る。

 その顔を目にしながら、アラシヤマはいつもの皮肉めいた笑いすら返さないまま、、そうさせてもらえれば本望どすわ、と静かに答えた。

























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すごい七転八倒的な変遷が随所にばれていて恥ずかしい。
最初はアラが心中迫るみたいな話だったんですが。あれ。
でもやっとなんか、矢島なりのアラシン観が見えてきたかもしれませぬ。
SSの書きかたも、ちょっとずつ思い出せてきてると、いいなあl。








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