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ass
『on the wild world』  -epilogue- 












―――瞼を開いて、まず感じたのは、白色の光だった。
 まぶしさにやや目を眇めると、その視界の片隅に長い黒髪が入ってきた。

「……よォ、やっと目ぇ覚ましやがったか」
「…へ……?あ……シシ、シンタローはん?!」

 思わず飛び起きそうになって、瞬間的に走った全身の痛みに表情を顰める。
 それは団の医務室でも、重傷者が収容される個室だった。白い部屋の中央に置かれたパイプ製のベッドの上にアラシヤマは横たわり、その腕には数本の点滴の針が刺さっている。
 シンタローはベッドの横に置かれた簡素な椅子の上に腰掛けて、アラシヤマを見下ろしていた。
 現状の把握すら出来ていないアラシヤマに、オマエ、五日間眠りっぱなしだったんだぜ、とシンタローは言う。「まさか、ずっとついててくれはったんどすか?!」と目を輝かせるアラシヤマに、シンタローはたまに、仕事の合間に時間が出来たときに、気が向いたら寄っていた程度だと答えた。
 そして、当人が眠っていた間のことはさておいて(その期間にもアラシヤマが危篤状態に陥ったりそのせいで高松が急遽呼び出されたり、キンタローが逃げ出した残党の処理に奔走したりとごたごたはあったのだが)、砦で起こったことをシンタローは簡単に解説する。
 思わぬマーカーとの共闘や、グンマやマジックによる援助、内部で起こった出来事。瓦礫の山と化していた研究所を発見したことと、首謀者の死。脱出時のあまりの派手さを聞いた時には、さすがにアラシヤマも目を剥いた。

 アラシヤマもまた枕を丸めて背もたれのようにし、砦の中で起こっていた事実のみを淡々と報告した。見抜くことができなかった副官の裏切りと、前政権が目論んだ陰謀。そして、あの研究施設で行われていたことの詳細。
 もっとも、暗示をかけられてからのことはさっぱり覚えていないらしい。
 かろうじて一瞬だけシンタローの声が聞こえ、師匠の顔が目に入ったことしか記憶にはないという。それすらも、今の今まで夢かと思っていた、と正直に白状した。
 
 起き抜けでやや掠れがちのその声の報告が済んだあと、アラシヤマはへらりと情けない笑みを浮かべて言った。 

「シンタローはん、なんやおとぎ話の王子様みたいどすなぁ」
「で、助け出した姫がコレって。そんな報われねー王子がいてたまるか」

 掛け値なしの本音を言いながらシンタローは立ち上がり、近くの棚に置かれている果物カゴから林檎を一つ取り出す。この見舞い、グンマ達からだけど貰うゼ、と言いながら、ナイフで器用にその皮を剥いていく。
 そして、綺麗に切り分けたその一つをシャクッと齧りながら、思い出したように言った。

「ああ、そーだ。あともうひとつ」
「?」
「オマエの『副官』から、伝言」

 シンタローはあのホールで聞かされた言葉を、一言一句違わずアラシヤマに伝える。
 それを聞いたアラシヤマはしばらく黙ったままでいて。やがてゆっくりと天井を見上げた。

「あの男……ホンマは、誰かに壊してもらいたかったんやないかと思うんどすわ」
「結局、ていよく利用された、ってワケか」
「どうでっしゃろな。壊したないゆう気持ちもほんもんで、せやから―――わてらに賭けたんかもしれまへん」

 言いながらアラシヤマは、けして短くはない期間、己の下にいた男のことを少しだけ思い出す。
 頭の回転が速く腕が立ち、誠実で、軍人の鑑のようだった男。そして、あまりにも真面目で―――それがゆえに、哀れなほど弱くなってしまった男。
 せめてその終焉を共にしたことで、あの男は己の良心と、最後の忠誠のどちらをも全うすることができたのだろうか。

 そんなことをやや感傷めいて考えていたアラシヤマを現実に引き戻したのは、シンタローの完全に呆れ返った声だった。

「しっかし、オマエ、今回ほんっとマヌケだったな。マーカーへの報酬と親父への借金で、この先二年はほとんどタダ働き決定だぜ」
「えええッ?!せ、せめて生活費くらいは残しといておくれやす」

 けして冗談ではない総帥の言葉に、アラシヤマは本気で焦る。そんな様子を面白そうに眺めながら、―――ただ、とシンタローが言った。
 
「最後まで……団の方針守ったその根性は、褒めてやる」
「……ハハ。あんさんに褒められたん、初めてかもしれんどすな」

 その言葉にアラシヤマは、おろおろと挙動不審だった動きを止め、短く息を吐きながら顔を仰向けた。
 ―――せやけど、今だけ堪忍な、と前置いて。
 身を起こしたアラシヤマは、キッ、とシンタローに向かって眦を吊り上げる。

「……どこの世界に、たかが一団員助けるために一人で敵陣突っ込む総帥がおるんや、こん阿呆!」

 そのいきなりの剣幕に、一瞬だけシンタローの目が丸くなった。
 そしてむくれたような表情で視線を横に流す。他の人間(それはティラミスが最も強かったが)が口にしたくてたまらない、という顔をしながらそれでも抑えていたその説教を、ああコイツは言うんだな、とぼんやりと考えながら。
 ったく、鬱陶しいと片眉を顰めながら、シンタローはぼそりと呟く。

「……一人じゃねーだろ。マーカーもいた」
「し、師匠は……師匠にも色々思うことはあんねんけど、今はあんさんのことどす!」

 その台詞に出された唯一の鬼門に瞬間怯みながらも、アラシヤマはシンタローへの面責を止めようとはしない。

「あんさんの情が深いんは嫌てほど知っとるわ。せやけど団員の一人や十人、いざっちゅう時には平然と切り捨てはるのが総帥ちゅうもんどっしゃろ。そないなことすらわかっとらんほど、あんさんの頭が悪いとは思うとりまへんどしたえ。ましてこんな―――つッッ」
「オラ、暴れんなよ。テメーアバラ二本折った上に全身火傷と打撲だらけで、全治三ヶ月の重体患者だろーが」

 うんざりしながら、それでも一応最後までその小言を聞いていたシンタローは、胸のあたりを押さえて言葉を詰まらせたアラシヤマの口に、小さく切り分けた林檎を放り込んだ。
 それ以上何も言えなくなったアラシヤマは、微妙な表情でなんとかその果実を嚥下する。そして、あてつけがましく長いため息をついた。

「……わての言いたいのは、そんだけどす」

 起こしていた身を、どさりとまたベッドに沈める。身体への衝撃をできるだけ和らげるためなのか、分厚い枕は羽毛入りのようで柔らかく、アラシヤマの上体を包み込むように沈めた。
 そんなアラシヤマを横目で見ながら、シンタローもまた、抑えた声でそれを口にする。

「俺も、一つ。どうしても言っておきたかったことがある」
「なんどす?」
「―――泣かねーよ。テメーが死んだくらいじゃ」

 はじめは何を言われたのかわからずきょとんという表情をしたアラシヤマが、やがて記憶と合点がいき、苦笑しながら静かに答えた。

「そうどすか」
「あぁ」

 真白な病室に、静謐な空気が流れる。いくら換気しても消しきれない薬の匂いの中に、林檎のほんの少しだけ甘酸っぱい薫りが漂っている。
 アラシヤマは何も言わない。シンタローは二切れめの林檎を口に入れた。シャクシャクとささやかな音をたてながら、薄く切られたそれを二口で食べ終える。
 そして、ぼそりと言った。

「泣かねーけど。でも、その間抜け面蹴っ飛ばしに行く」

 アラシヤマが俯かせていた顔を上げて、シンタローを見る。

「どうせテメーのことだから、前線で英雄的に華々しく散るってよりは、なんか色々裏工作やって、そこでしょーがねぇって自分の命使うタイプだろ」
「……はは」

 むかつくことに、この男は困ったように笑うだけでシンタローの言葉を否定もしない。

「たとえそれがどんだけ団のためになって―――俺のためになったとしても。俺はそんなのは認めねぇ。特進どころか団員資格剥奪。遺体だって白骨になるまで放置だ」
「酷おすなぁ……」

 まるで叱られた子犬―――否、大型犬のような表情で、それでもアラシヤマは口元の苦い笑いを消そうとはしなかった。
 その表情は、それも仕方ないとどこか諦めているかのようで。
 そういった顔がどれほどシンタローを苛つかせるのかなど、きっと百回言ったところで、この男には理解できないに違いない。

「いいか、もし死んだら。一番にその死体蹴っ飛ばすのは、俺だ」
「へぇへ、そんな念押さんでも……」

 耳にタコができる、とでもいうかのようにアラシヤマは視線を逸らそうとする。そんなアラシヤマの胸倉を、シンタローは何の遠慮もない力で掴んで引き寄せた。
 怪我の痛みを訴えるその眉間の皺も何もかもを無視して、シンタローはアラシヤマと二十センチと離れていない間際で、その目を真っ直ぐに睨み付けて、言う。

「それが戦場のど真ん中でも、どんなヤバい組織の最深部でも。だから―――もし俺を心配しようって気があんなら、少なくとも、俺の目の届かないところで、死ぬな」
「……―――」

 吐き出すようにそれだけ告げて、シンタローはそのままベッドにアラシヤマを突き倒す。
 骨に響くその行為に一瞬だけ顔を顰めながらも、アラシヤマは思わず込みあがってくる笑いを噛み殺すのに苦労した。

「……シンタローはん。それって、えらい愛の告白みたいどすえ」
「ばーか、深読みすんな」
「せやけど」
「それ以上なんか言ったら、トドメ刺すぞ」
 
 シンタローはけしてアラシヤマに顔を向けようとはしない。だが、その反らした首筋に朱が上っているのは、アラシヤマの目にもはっきりとわかった。そんなものを見せ付けられて、どうしてこらえきれるというのだろう。
 アラシヤマは、ぐい、と紅い総帥服の袖を引く。
 そして包帯だらけのその腕で、シンタローを強くかき抱いた。


「―――愛してますえ、シンタローはん」


 笑みを含みながら、しかしこの上なく真摯な響きをもって告げられたその声に。
 憮然とした表情のシンタローはやがて薄く目を閉じて―――知ってる、と呟いた。





 微かな医療機器の作動音だけが聞こえる白い部屋の中で、その時確かに、自分にとっての時間が再び流れ出したのをシンタローは感じた。

 これからもきっとこの馬鹿は、無謀な戦場に赴き、そして自分のために何度でも命を懸ける。時には大怪我をすることもあるだろう。
 だが、それでも、こうして共にいられる今を。
 悔しいと歯噛みしながらも、シンタローは幸せだと認めるしかなかった。














 そしてまた、いつもの「日常」が始まる。

















Fin.
















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BGM(順不同):Cocco, 椎名林檎(東京事変), Aerosmith, The Stone Roses,
Cornershop,Thee michelle gun elephant, RADWIMPS, スキマスイッチ,
BUMP OF CHICKEN, jamiroquai, Sarah Brightman, Underworld




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