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ma1

 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


   『シンちゃんがいま、一番欲しいものって、なに?』


 


ウキウキ、わくわく、ドキドキ、そわそわ。


思いつく形容詞はどれも子供染みて、しかもその喜色満面に輝いた表情を見れば条件反射でウンザリする。


毎年自分の誕生日が近くなるたび繰り返された光景だから、今更それについては特にコメントもない。欲しいものを言おうが言うまいが結果は同じで、祝われる側であってもより嬉しいのは一方的に相手なのだから、それに付き合わされる面倒が増えただけの状況を喜ぶことなど出来ようはずもないのだった。


いや、正確に言えば勿論、嬉しい。


一つ年を取ることに喜びを感じるほど若い訳ではないけれど、生まれたことを感謝される日はシンタローにとりなによりも嬉しいことだ。存在の不確かな自分を息子と呼び、諸々問題はあれど愛されている身の上なのだ、そのことについてはなんら不満も不都合もない。


けれどシンタローは、その日が近付くにつれ“ウンザリ”するように出来ている。


パブロフの犬だ。


美味しい餌をもらえると涎を垂らす姿はある意味悲哀を感じるが、それでももらえないよりマシだし不幸ということはない。けれどシンタローは犬ではなく、プライドとか世間体とか自分自身への言い訳とかなんとか厄介な感情を持て余しているタイプなのでこの状況は如何ともしがたい。


総帥として、また経営者として団の運営に支障をきたすほどの巨額の損失を生み出したのが身内とあっては贅沢は敵だ。元来慎ましい生活を苦とせず、悪く言えばがめつい気質を持つ彼にとって“借りることはいいこと”であり、“出すものは舌でも嫌がる”のが心情だ。ついでに言えば借りた場合、返さないのが秘訣だというのは誰にも言わない秘密だけれどこの際それは置いておいて。


とにかく、もらえるならありがたく頂戴したいところのプレゼントというやつを、彼は毎年最大限の警戒をしつつ受領検討せねばならないのだ。こんな馬鹿げたことはないだろう。


今年も間もなくやってくるその日に向けて、いよいよ諸悪の根源が動き出した。


ジロリと睨み付ける視線をものともせず、だらしなく笑った父親の顔を心底嫌そうに眺めながら、子供なら吹き飛ぶほどの盛大な溜め息を吐いてやった。


 


 「シンちゃんが欲しいものって、なにかな?パパに教えてくれる?」


 「……………」


 「あれ?聞こえてない?おーい、シンちゃーん、パパだよー」


 「黙れ」


目に刺さる近さで振られた手を叩き落す。


あー嫌だ。なんでこいつ、こうなんだろう。毎年毎年毎年毎年…エンドレスで毎年!しつこい、ウザい、暑苦しいの三拍子揃って耐え難い鬱陶しさを力の限りぶつけてきやがって!


人相が悪くなる。シンタローにとって自分は常に格好良く、青空に白い歯がキラリ、が似合うタイプなのだ。ナマハゲオヤジの如く人に不快感を与えるだけの顔などしたくはないのだ。


けれどこいつだけは違う。


諦めたと思いつつ、それでも律儀に相手をしてしまっている自分にも気付いているから余計に腹立たしくて、だからポーズだけでも拒絶の色は崩さず平常心を装いながら手元の書類に目を落とした。


そうだ、いまは執務中なのだ。それなのに、のこのこやってきてヘラヘラ笑って、神経を逆撫でて自己満足をしている彼が、父親が、マジックが信じられない。それが毎年。


 「忙しいのは分かるよ。でもだからこそパパも“あれが欲しい”って一言で言って欲しいんだよね」


 「…まずサプライズ、って意味、辞書で調べてから自分の行動について考えろ。俺の返事はそれからだ」


プレゼントといえば普通はなにを贈るか、なにが贈られるかを双方が楽しみにするものだろう。欲しいものを与えられるのはそれは当然嬉しいけれど、自分のためにあれこれ考えてくれたという喜びに勝るものはないはずだ。


どんなに忙しくてもシンタローは誰かになにかを贈るときは自分で考えたし、受け取ってくれた瞬間の笑顔を見るのが楽しみだった。だから彼にも、何度もそう言ったのだ。子供心に父からもらえるものならなんでも嬉しいと、繰り返し言い聞かせてきたのにいまだ実行に移されたことは数少ない。


 「パパはね、シンちゃんが欲しいものを贈りたいんだよ。そりゃ考えるのも楽しいけど、見当違いのものをあげてガッカリさせたくないし、なによりシンちゃんが必要とするものをあげたいと思うのが、パパにとっての最善なんだよ」


理屈は尤もだ。そうは思う。けれど元来物欲の少ないシンタローはあれこれ欲しがる性質ではないし、自分が欲しがればその分奪われる立場に曝される人間が少なくないことを突きつけられるてきたトラウマで、なにかを要求するということは避けているといっても過言ではなかった。


小さな頃はとにかく父親が傍にいればそれでよかった。あとはなにもいらなかった。ひとりにされるのが嫌で、怖くて、願うことはいつだって父親を中心に回っている。パパと一緒に遊びたい、一緒に食事がしたい、手作りのカレーがいい、お風呂に入って髪を洗ってほしい、笑ってほしい抱き上げてほしい優しく名前を呼んでほしい、パパ、パパ、パパ。


思えば恥ずかしいことこの上ない過去だが、変えられないのだから仕方ない。それにそれこそが自分の原点であることは嫌というほど分かっている。自覚がある。


結局、この父と離れられないのは、束縛されている訳ではなく自ら望んでのことなのだ。本当に嫌ならいくらでも逃れる術はあったし、実際それを躊躇う彼ではなかった。


だからこそもどかしいのだ。


毎年“なにがほしい”と聞かれるのが嫌なのだ。


答えられるはずもない自分の気持ちを突きつけられて、認めさせられて、顔から火を噴きそうな現実に人知れず耐えるその甘く疼く屈辱をこれ以上味わわせないでほしいのだ。


だから、シンタローは無視をする。諦めていなくなるまで仕事に没頭した振りをする。そうすれば一時的には諦め、次は自分の秘書やシンタローの同期に助けを求めそちらに迷惑をかけ始める。美貌の叔父にだけは絶対に相談しないのが彼のなけなしのプライドなのだろうが、基本的に父に関して素っ気無い態度を崩さないシンタローなので周囲も諦めているからそうなればこっちのものだった。


大体三日前くらいまでは纏わりつかれるものの、それを過ぎれば誰かしらから仕入れた知恵か、もしくは伝家の宝刀を抜き払って当日を迎える。前者はそれなりの品物に化けてのことだが、後者はいわゆる“ご奉仕”だ。


一番いらないもの、とシンタローは吐き捨てているが、後腐れがないしそれなりに悪くもないので文句を言いつつ収めてやっているのだ。勿論、マジックには言わないけれど。


父とどうこう、という仲であることに対し未だ完全に納得している訳ではない。血の繋がりがないと分かって安堵したのはその点についてのみだが、このあたりの事情は考えると落ち込みそうになるので極力触れないようにしている。シンタローはデリケートなのだ。タブーを承知で声高に愛を叫べるほど無神経ではない。


と、そんな苦悩を知ってか知らずか、恐らく分かってはいても理解するつもりのないマジックは日々彼を追い求めることにすべてをかけている。ほかにいくらもやらねばならぬことはあるはずなのに、二言目には“シンちゃん愛してる”で万事片付けようとする。


総帥職を譲ったのも、実は息子ストーキングを徹底するためだったのだろうと真顔でキンタローに言われたことがあるが、あながち嘘とはいえない。怪しげな芸能活動に割く時間とシンタローにかまける時間は頭一つシンタローに軍配が上がっている。逆になればなったで腹が立つものの、決して嬉しいとは言えない日常に疲れているのが正直なところだった。


 


さて、無視し続けること数分の間に、マジックはなんとか会話の糸口を掴もうと必死に言葉を並べ立てていた。


いっそ気の毒だが甘い顔を見せれば付け上がる。誕生日なのに、寝室から出られなくされるのは今年こそ避けたいというのも本心で、いい加減なにか適当なものを要求しようかとも思った。


酒とか。…酒とか。酒とか。


繰り返すがシンタローは物欲が少ない。もらってありがたいのは消費してしまうものくらいで、中でも酒なら自分に付き合って飲む者もいるし一石二鳥の品である。しかもこれなら、不自然にならずさりげなく、マジックを誘うことも出来るのだ。


彼ならそれが濁りきった池の水であろうと、シンタローに誘われたという事実に目が眩み甘露甘露と飲み干すことも出来るだろう。この辺に感情のずれがあるのだが、なにせシンタローはシャイなのだ。


デリケートでシャイ。かなり鬱陶しいよね。


とは、濡れた障子紙ほども頼りないと酷評する兄であるグンマから叩かれる陰口であったが、当然“陰”なのでシンタローの耳には入っていない。よかったね、グンちゃん。


そんな家族の思惑を踏まえ、段々とおとなしくなってきたマジックに溜め息を吐きつつ“じゃあ酒”と言おうとした。


その瞬間。


 「…パパには、なにも願ってくれないの?」


タイミングが悪い。


悪すぎる。


シンタローは器用ではないのだ。言葉や思いは頭の中にグルグル渦巻いているのに、それを音に変換するには時間がかかる。感情を素直に伝えるには精神的に未熟だった。この年になっても、マジックに関わることはすべて、なにもかもが苦手だった。


一番大きく、なにより影響を持つ存在だから。マジックだから。


勿論それも言えないので、開きかけた口を所在無くモグモグと動かしていると、暗い目つきになったマジックが媚びる様な視線でシンタローを見詰めてきた。


 「なにかあるでしょ?パパにしか出来ないこと、して欲しいこと、あるでしょ?」


甘えろ、という言葉のくせに甘えているのは彼の方。シンタローだって寄りかかりたいのに、そうできない性格が邪魔をして損ばかりしている。なのにマジックは寄りかかることを当然とでも思っているのか、すべてをシンタローに投げかけ自分はヘラヘラと笑っている。頭にくる。


出鼻を挫かれたそれだけのことにこんなに腹が立つのは、いつまで経っても進歩しない自分たちの関係を見せ付けられた気がするから。


マジックの態度がもどかしいから。


理解しあえない距離感が切ないから。


 「…………が、いい」


 「え?なになに、なにかほしいものあったの?」


 「アンタがいないのが、いい」


 「…え、と、それはどういう意味かな」


 「毎日しつこくてウザくてうるせえから、誕生日くらいは静かに過ごしたい。アンタがいないのが、いい」


 「私が、シンちゃんの前に、現れないのが、いいの?」


 「ああ」


ひどい!


シンちゃん、パパの愛を試してるのかい?


それだけは嫌だっ!それ以外でもう一声!


またまたぁ、そんなこと言って本当はパパのこと大好きなくせにぃ~。


 「…そう」


猫なで声で、擦り寄って。


 「そう。分かった」


腕を伸ばして隙があれば抱きついて。


 「誕生日だもんね。欲しいものがあるなら、プレゼントしないとね」


抱きしめて。


 「――え、お、おい」


キスをして。


 


 


ゆっくりと閉じていく扉を呆然と見送る。


なにが起きたのか理解するのに、情けないが数秒を要した。分かってからも暫くは、掛けた椅子から立ち上がることも出来なかった。指先が、微かに震えている。


 


突き放すのは自分の役目だ。


嫌がるのは、疎むのは、拒絶するのはいつだってシンタローの側であり、溢れるほど与えようとして失敗するのがマジックの愛だった。


それなのに。


 「なんだよ…なんで引き下がるんだよ…」


呟きが、室内にこだまする。


焦燥感に息も詰まりそうだった。


 



 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


 「喧嘩したの?」


 「…誰と」


 「シンちゃんが喧嘩する相手って言えば、お父様か僕かアラシヤマくらいしかいないじゃない」


 「最後のは喧嘩になんかならん」


はなから相手にしていない。


苛々と爪を噛んでいるところを目敏く見つけたグンマがひそひそと話しかけてくるが、この場合“ひそひそ”にまったく意味はない。悲しいかなこんなときに限って仕事も一段落してしまい、経費削減を呼びかけている折から自分が居残ることも出来ずすごすご帰宅する羽目になった。


誕生日は明日に迫っている。


先日、妙な雲行きになって以来、危惧した通りマジックの態度は一変してよそよそしくなった。普段が図々しすぎる男なのでこれくらいが丁度いいというのは決して負け惜しみではないけれど、それにしてもシンタローと目も合わせない状況は傍から見れば異常とすら言えるだろう。


グンマは、大方シンタローにちょっかいを出して叱られているに過ぎないと思っていたが、それだけにしてはどうもマジックの覇気がなさ過ぎる。年甲斐もなく無駄に生命力溢れる男なのだ、父親ながら飽きれたりもするけれどそれでも元気がない様子は心配になって当然だろう。


態度も体格も大きな弟は、父に対する遠慮という配慮を持っていない。あれだけ溺愛されれば仕方のないことかもしれないが、だからこそこういう場合、自分が間に立ってフォローアップに勤めなければならないという使命感がムクムクと沸いてくる。らしい。


分相応とか、そういう現実問題は棚の上に放り上げておいて。


 「明日はシンちゃんの誕生日だし、なにかすっごい企画でも立ててるんならいいんだけどね。そうじゃないならあのお父様の憔悴振りってかなり深刻だと思う」


 「俺は、そういうことを本人目の前にして、聞こえないと思い込みつつ語れるお前の方があらゆる面で深刻だと思う」


大きな食卓とはいえ、左右二人ずつ向かい合って座っている状況なのだ。因みにシンタローの左手がグンマ、向かいがマジックで彼の右隣がキンタローの席になっている。末の弟の席も勿論あるが、食事の支度はしていない。陰膳は戦争や旅に出た者の無事を祈るためのものだという、全人生かき集めても片手に満たない男の主張は尤もだが、もう少しマシな喩えをしてほしかった。


とにかく。


どんより濁った空気が漂う食卓も今日で三日を数え、いよいよ明日がシンタローの誕生日なのだ。今日の昼休みに訪ねた研究室で、トンガリ帽子に大きなリボンを取り付けながら微笑んだグンマは“盛大なパーティー”に期待しろと息巻いていたが、いまやその盛大さが恐怖に感じられて仕方ない。


喋らないマジック…有り得ない。


存在感のないマジック…有り得ない!


自分が手の届く近くを無防備に歩いていても、決して触れないマジックなんて有り得ない!


 


ぼそぼそと食事を終え、小さな声で“ごちそうさま”と呟いたマジックは背を丸めた寂しげなシルエットを隠すよう、足早にダイニングを出ていった。


 「あーあ、ほら、完全に拗ねちゃってるよ」


 「俺の所為か」


 「お父様のことに関して、なにかあったらぜーんぶシンちゃんの管轄でしょ」


 「なんでっ」


 「なんでって…ねぇ」


 「うむ」


分かっているのかいないのか、キンタローにまで深々と頷かれ余計に腹が立った。どうして自分が責められなければならないのかと、少しの罪悪感の影で感じていた苛立ちが吹き出して、心配する気持ちを凌駕した。


 「自分の思い通りにならないとすぐ腐って、それでみんながちやほやすると思ってやがるんだアイツはっ!」


 「確かに子供っぽいところはあるけど、でもそれだけシンちゃんが好きだってことだよ」


 「好きならなにをしてもいいのか?あーホンットお前は父親思いのいい子だねー、俺とは大違いの孝行息子だよバカのくせにっ」


 「シンちゃ、」


 「大人げないぞシンタロー。グンマはお前たちのことを心配して言っているんだ、それぐらい分かっているだろう」


 「うるせえ!」


説教は嫌いだ。マジックのことで誰かに、たとえ身内であっても自分より分かった風なことを言われるのはもっと嫌だ。


誰より知っている。解っている。その彼のことを解っていないと言われるのだけは許せない。認められない。


椅子を倒す勢いで立ち上がると、ドアに向かって真っ直ぐ進む。いっそ眼魔砲で吹き飛ばしてやろうかと思ったが、それが苛立ちで悔しさで寂しさだと知られるのは嫌だから思い止まり手で押し開けると自室へ向かう。


飛び込んだ室内は薄暗く、温もりの感じられない空虚だけが降り積もっているようだった。


いつもなら、部屋へと戻る自分の後を追ってうるさく話しかけ付きまとってくるマジックがいない。もう三日もこんな気持ちを強いられている。ひとりでいる。


原因は自分かも知れないけれど、それでもこんな風に放り出されるのは嫌だった。彼のいない時間など欲しくない。いらない。求めてない!


 


ベッドに俯せで倒れ込む。


気分が悪い。


胸が痛い。


苦しい。苦しい。苦しい。


 「あーくそ、腹立つ」


声に出し悪態を吐いて、自分を乱す相手の顔を思い浮かべる。


誕生日なのに。


年に一度、憚ることなく甘えられる日なのに。預けられる時なのに。


そんなこと、口に出して言うことは出来ないけれどそれでも自分にとっては必要な、大切な時間なのだ。言えないけれど。言えないけど。


傍にいてくれれば、それでいいのに。


そんな風に思う自分が恥ずかしくて、悔しくて、本当は自分だけが思っているような、好きなような気がして。そうとしか思えなくなって。


デリケートでシャイなのだ。俺は。ついでに言えば人知れずロマンティック、さりげなくペシミスト。どうしようもなくロンリーネス。


正気の時に思ったのなら、聞くものがなくとも顔を真っ赤にするようなことを平気で考えられる辺り相当落ちている証拠だろう。ことマジックに対しシンタローは面白いほどに打たれ弱い。これはある種の条件反射なのだろうか、強気な態度で、傍若無人に振る舞っているようでその実彼にだけはとんでもなく臆病なのだ。本心をぶつけるなどと簡単に出来ることではない。


どうしてだろう。


なんで擦れ違うのだろう。


素直ではない自分の所為か、追い求める割に本当は興味などないとしか思えぬほどあっさり手を引くことのあるマジックの所為だろうか。


よく、解らない。


 「…誕生日なのにな」


呟きが、ぽつん、と零れる。それは涙の粒のようで、余計に情けなくなったシンタローはきつく唇を噛み締め声を漏らさぬようにした。


 


あと、数分で、自分の生まれた日を迎える。



 

 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


朝起きて、ダイニングに行くとグンマとキンタローが真っ先に“おめでとう”を言ってくれた。仕事が終わったら真っ直ぐ帰ると何度も言って、そして二人は出掛けていった。


バースデー休暇なんてものを誰が団規に定めたのか。


自分ではないからマジックかも知れないし、見たことのない祖父かも知れない。なんにしても今年ほどこのぽっかり空いた時間を恨めしく思ったことはなかった。貧しくもないのに貧乏性のシンタローは、体を動かしていないと落ち着かない性質であり、休日の過ごし方が下手なのは自分でも嫌と言うほど理解していた。


だから起きてきたところですることなどないし、ガッカリするのは嫌だったから本当は自室に籠もっていたかったのだ。


けれど一縷の望みをかけて、そーっとリビングを覗いたけれど案の定そこは無人で、話し声の聞こえたダイニングにもグンマとキンタローの二人がいるだけだった。


時間が合いにくい夕食と違い、朝食は全員が揃う大切なコミュニケーションの場だ。家族としてともに暮らす以上、最低限のルールとして集うことを決めている。口にした訳ではないが、誰もがそう感じている。だからこそこの家の朝食は賑やかで、その団欒の中心には人一倍喋るマジックの存在が不可欠だった。


なのに、いない。


出掛けるとは聞いていないし、どうしても外せない仕事以外に彼が自分の誕生日に離れていることなどなかったのだからその不在は意図的なものであると判断するしかなかった。


 


一日、静かに過ごしたい。


アンタがいないのが、いい。


 


言ったのは確かに自分だ。この口が綴ってしまった。意味も後先も考えず、いつもの調子で鬱陶しいと。放っておけと。そう言うつもりでいった言葉。本心なんかじゃなかったのに。


後悔はあとからするから後悔で、既に一晩、嫌と言うほど味わった落ち込みに気分が悪くなってきた。


なにをする気力も起きず、といって部屋に戻ることも出来ず。仕方なく所在なく、シンタローはリビングのソファに腰を下ろした。白々しい朝の光が目に染みる。完全に寝不足だった。


 


 「べ、別に祝って欲しいとか、そんなんじゃないんだ」


なんとなく口をついて出た言葉。


寂しくて、独り言を言ってしまうガンマ団総帥。我ながら寒い!と拳を固めるがその力もすぐに抜ける。


 「うるさいのは確かなんだ。しつこいのもそうだし、変態なのもそうだし。物事の八割はアイツが悪いと相場が決まってるんだ。俺は悪くない。…悪くないのが八割だ。うん」


あとの二割は改善の余地があると、認めてやらないこともない。


やらなくはないけどでもだからといって認めた訳ではなくつまりは世間一般の常識から言って真っ当なオレサマが悪いなどと言うことが有り得ないので謝るのは筋違いと言うものだけどそれでも人間として出来ているから考えてやらなくもないということでつまり。


ワンブレスで繋いだ言葉。


うん、俺ってばボキャブラリーも豊富。やっぱり天才。カッコイイ。


ぱちぱち、と手を叩いて、それから盛大な溜息をひとつ。虚しい。ひとり遊びは性に合わないのだ。


座っていた姿勢からズルズル滑って寝転がる。天井は見慣れた模様を描いているけど、よそよそしく感じるのは何故だろう。ここはうちなのに。自分の生まれ育った家なのに。我が家なのに。


血の繋がりがないことを気に病むには、周囲の人間がアッケラカンとしすぎていた。本当は各思うところはあるだろう。けれどそれがシンタローに伝わるような言動を取るものはなく、誰もが当然という顔で受け入れた。いや、変わらなかったというのが正しいだろう。


シンタローはマジックの息子であり、グンマとコタローの兄弟であり、キンタローの従兄弟だ。本当は人間ですらなかった命を、家族として認めてくれた。守ってくれた。包んでくれた。


ここにいたい。一緒にいたい。応えたい。


だからこそシンタローはそれを引け目に感じることを自分自身によしとはしなかったのだ。本当の家族であろうとしてくれる彼等に対し、それほどの非礼はないと思ったからだった。


以来、この家では相変わらず“自信家のシンちゃん”、“いばりんぼのシンちゃん”は健在で、なにを言ってもしても許される状況を自然のこととして通してきた。これからもそれは変わらないと思う。


それなのに。


一言拒絶されたくらいで諦めるとは何事だ。


全てにおいてオレサマ気質のシンタローは、夕べから何度も巡る思考をまた頭の中心に据え文句を並べ立ててみる。


しつこいくせにたまに妙に引き際がよくて、こっちの罪悪感を煽るだけ煽ってけれど実際は大して気にしていた訳じゃなく、仕方なしに折れてやれば調子に乗って擦り寄ってくるくせに。


うざいんだよ。ウザ!ほんとウザ!アイツってばマジでウザ過ぎ。耳伸ばしてピョンピョン跳ねさせて“ウザぎ”とか新種の動物にしてやりたいほどムカツク。ってゆーかいまのは自分の思考にもムカついた。なにを考えているんだ俺。ウザぎって、そんなの有り得ねぇ。つかいたら怖い。体長二メートル級の小動物。こわっ!それ本気でコワッ!


 「……………もしかしなくても、いまの俺ってば、バカ?」


天井はなにも応えない。当たり前だ、平面の、白く塗り付けられた天井が『そんなことないヨ、シンタローくん』などと言いだした日にはホラー嫌いのシンタローなど一目散に逃げ出して、すぐさま新居を構えてしまう。


じゃなくて。


そうじゃなくて、俺!


ソファーの上を転がり、器用に俯せになってみる。足をゆらゆら揺らしながら、もう一度落ち着いて考える。


誕生日になにが欲しいか、それは聞かれても困るものだと生まれてこの方毎年欠かさず言ってきたことだ。うんと小さな頃から父の与えてくれるものを疑いなく受け取ってきたし、それらはいつだって自分を満足させるに足る品々だった。けれどそれはあくまで“物”として言っているだけのことで、本当は父そのものさえいればあとはなにもいらなかった。ほかを与えられることに引き替えられてしまうことの方が嫌だった。


いらないのだ、なにも。


それでもどうしてもなにかを贈りたいというなら自分で考えればいい。相応しいと思うものを持ってくればいい。照れ隠しに文句は言うが、それなら必ず受け取れる。有り難いと、幸せだと感じられる。それなのに。


酒なら、酌み交わすことが出来る。


だからそれでよかった。しつこいから、今年はそれで手を打つつもりだった。傍にいたいという願いを叶えるアイテムなのだ、シンタローにとって酒は悪いプレゼントなどでは決してない。


なのにしつこくて。早合点して。嘘でしかない言葉に引っ掛かって、傷付いて、離れて。


何年一緒にいると思ってるんだ。こんな自分を作ったのは、一体誰だと思ってるんだ。一秒、一分、一ヶ月、一年十年と時を重ね、こんな人間に作り上げたのは彼ではないか。不器用で意地っ張りで、往生際の悪い男に仕立て上げたのは自分じゃないか。それを今更、こちらの所為だと言わんばかりの拒絶を…そうだ、これは拒絶だ。拒まれている以外の何ものでもない。理不尽だ。


こんな勝手が許されるなら、いっそ殴り込んでやってもいいかも知れない。


 


 「…そうだよ、なんで俺ばっかこんな目に遭ってなきゃいけねぇんだ」


 


はたと気付き目を見開く。


そうだ、文句を言えばいいのだ。祝う祝うと言っておいて、誕生日になった瞬間の“おめでとうシンちゃん大好きだよ愛してる私の宝物マイスゥイート・ダーリン悪戯子猫ちゃん”が今年はなかった。ウザいけど。ムカつくけど。聞いてて痒くなるけどでも毎年恒例のそれを聞いてないから誕生日を迎えた実感がない。嬉しくない。楽しくない。釈然としない。


愛されて、ない。


 


思い立ったらとにかく腹が立って、ソファから身を起こすと転げるようにリビングを出た。ドタバタと怒りに満ちた足音を立て、マジックの部屋の前まで駆け付けた。


息を荒げるほどではないが、興奮しているため鼻息は荒い。幸せで満ち足りた一日になるはずの今日を、最低最悪の気分にさせた報いは受けてもらうぞ。意気込みは堅く握る拳も闘志に満ちている。


チクショウ目にもの見せてやるぜ。


思わず悪人面になりかけながら、シンタローは突き出した拳でドアを叩いた。本当はそのまま突き破ってやりたいが、彼だってキンタローなどには負けない紳士なのだ。一応の礼儀くらいは持ち合わせている。


 


ドン。


ドンドン。


ドンドンドン。


ドンッ!


 


 「てめぇ、居留守使うつもりかっ」


悔し紛れにそれから連続二十回、力の限りノックしてやったドアはそれでも開くことがなく、静まりかえった廊下に立つシンタローは漸く事態を飲み込んだ。


 「いない…のか?」


真鍮のノブを掴んで回してみると、それは抵抗なくかちゃりと軽い音を立て回る。鍵がかけられていることもあるこの扉があっさり開くのは主が不在の時が殆どで、いま、それが成されるということは即ちマジックの外出を告げているのと同意で…


 


室内に、彼の求める人の姿はなくただ静まりかえった室内はやたらと綺麗に片付いていた。元より散らかったところを見たことのない部屋だが、その寒々しさは長いこと使われていないかのような錯覚を抱かせるほどでゾッとする。


もしかしたら、夕べからいないのかも知れない。


整った室内を見回し、隣の寝室を覗きそう結論付けた。きちんとメイクされたベッドは昨夜使われた形跡はなく、部屋着も、きちんと折り畳まれナイトテーブルの上に置かれたままになっていた。


ぽつんと立ち尽くし、シンタローは考える。


突然一人きりにされた自分というものを理解するのに数瞬を要した。


 「ほんとに、いない、のか」


いなくなれと言った。


確かに、言った。


けれど。


でも。


 


 


枕元に座らされた、自分を模したぬいぐるみが笑っている。


窓の外では小鳥のさえずる声が響いていた。


 


 


 


 


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