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ma2

 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


マジックの部屋を大捜索し、不在が疑いのないものとなると慌てて自室へ取って返す。


以前、久しぶりに手に入れたたった一日の休日を彼の『かくれんぼしよう!』の台詞でふいにした苦々しい記憶が甦ったためだ。


やらないと言ったのにさっさと鬼に決められて、まあ視界から消えてくれるならそれもいいかと放置しておいたらその後三日も見つからなかった。何処とは言えないが一族の者は全員体に認証IDタグを取り付けているから、それを使えば世界中何処に潜んでいてもたちどころに発見される。


かくれんぼと言っていたし、屋敷の外に出た形跡もない。けれど比率で言えば限りなく百に近い確率で恨まれ、命を狙われる彼が行方不明になったのだから、数時間経って異変に気付いてからはすぐに探索が実行された。だが。


高をくくっていたけれど、それから三日、マジックは見付からなかったのだ。


気が遠くなった。


本当にだめかと思った。


もし、万一のことがあれば自分はどうするだろう。どうなるだろう。とても正気ではいられない恐慌の中、先陣を切って捜索に出向きたいのに足が震えて立てなくなった。見かねたキンタローに留められ、自室で安定剤を処方されるという失態を演じた挙句それでもどんな気力も沸かず情けない自分を呪いながら横になるベッドに拳を叩き付けた。


ぼすん、という音と、それから“響くよぉ”という情けない声。


聞きたかった声。


ベッドの下からそろりと出てきた彼は、“なんだか大事になっちゃって、どうしようかなーと思ってたんだよねー。シンちゃん、ちゃんと謝るからみんなにとりなしてくれる?”と、言った。


 


その後の記憶は曖昧だ。気を失うなど、あとにも先にもあの時が最初で最後の経験だろう。


 


自室に駆け込み、まずベッドの下を覗く。残念ながら今回そこに目的の人物は見つけられず、次に浴室を徹底的に調査した。シンタローの入浴を覗くため、壁を二重に改造した事のある男だ。勿論すぐに気付いて元通りに直したが、性懲りもなく再挑戦している可能性はなくもない。


その調子で部屋中をくまなく探してみたけれど、残念ながら今回彼の姿は何処にもなかった。初めから分かっていた結果ではあったが、その事実は余計にシンタローを落ち込ませる。


自分がいなくなれと言ったから彼は消えたのだ。鬱陶しいと言ったから、誕生日くらい静かに過ごしたいと言ったから、だから本当にいなくなってしまった。今日一日は決して顔を見せないだろう。意志は固く、いっそ頑なと言って差し支えない性格の持ち主だ。拒絶されると追わないのが彼だし、情が薄いところがあるのも悲しいかな事実だった。


結局のところ、シンタローには彼に踏み込めない領域があることが悔しい。いかなるときも受け入れて欲しいと言い募るくせに、自分はなにも見せないところがもどかしい。知っているつもりでいると簡単に足元を浚われて、こんな風に情けない思いをさせられる。意地っ張りな性格を誰より理解しているはずの彼があっさり身を引く瞬間に、どれほど傷付けられているか分かろうともしないマジックに腹が立つ。


誕生日なのに。


ひとりにされて、思いに囚われて。苦しくて。


 


泣きたくなる。


 


 


何処にいるのか見当もつかず、結局探すことを諦めベッドに転がったままぼんやり窓の外を見ていた。それは視界に入っているだけのことであり、特別なにかを見ようと思ってしたことではない。


鳥が横切るのが見える。


低く流れる雲が風の速度を教える。


静かで、静か過ぎて自分の呼吸する音がやけにはっきりと聞こえた。それだけ。


それだけの、時間。空間。


人一倍なんでも器用にこなすはずの自分なのに、こと時間に関する配分だけはどうしようもない。本を読むとか、片付けをするとか、思いつくことはあるがどれも実行に移す気になれない。騒がしいのは本来好まぬ性格だけれど、静か過ぎるのにも当然慣れてはいなかった。


 


うとうとしていたのだろう。


ふと気付くと日差しが真昼より少し、傾いている。思ったよりも怠惰に過ぎていく時間を惜しむ気持ちはあったがかといってやはり動くのも億劫で。


空腹も感じない。


夜になって、グンマとキンタローが戻れば騒々しいパーティーが開かれるのだろう。あの、リボンのついたトンガリ帽子がよもや自分の頭に載せられることだけはないよう祈りつつ、投げ出した体をくん、と伸ばす。それから丸くなる。


胎児のように手足を縮め、全身でいじけているポーズをとってみた。


我ながら馬鹿らしいとは思うが、こういうときはとことん落ち込んだ方がいいかもしれない。自分のことを可哀想だと思い込み、理解してくれない周囲に責任を擦り付ける。この場合周囲というよりマジック単体に対する恨みだが、日頃から迷惑を掛けられ通しの自分には十分その権利があると思う。うん、絶対ある。自己弁護。


再びうつらうつらしてきたのをいいことに、そのまま眠りについてしまう。


寝ていれば余計なことは考えずに済むし、もしかしたらそのまま誕生日なんて過ぎてしまうかもしれない。


そうだ、こんな日、来なくたっていい。


誕生日なんてものがあるからマジックがいないのだ。一番いて欲しい時にいないなんて、そんな馬鹿げたことは許されるはずがない。


来年から、誕生日なんて廃止してやる。


支離滅裂に陥りつつあるのは既に意識が寝ているから。


薄く開いた唇から微かな息が漏れると、シンタローは本格的に眠りの世界へと落ちていった。


 


 


 


 「シンちゃん、起きて!」


耳元で叫ぶ声はグンマのものだ。


 「もー、まさかと思うけどずっと寝てたの?」


ぼんやり映る視界いっぱいに頬を膨らませたグンマがいて、鬱陶しさから思わず両手で顔を押しのけてしまった。


 「ひどいよ、僕、パーティーの支度ができたって呼びにきてあげたんだよ。主役がやる気ないと盛り下がっちゃうじゃない」


 「いま何時だ」


 「六時半」


起き上がりながら、強張った四肢を伸ばしてみる。休んでいたのに却って肩が凝っている気がして、両腕を回しながらベッドを降りた。


聞きたいけれど、聞けない。


だから無言で部屋を出た。


 


ダイニングは、まるでプライマリースクールの教室のような有様だった。


やるだろうとは思っていたが、幼稚な飾りつけはグンマの趣味そのもので、あちこちに造花や風船が取り付けられ手書きのパネルには几帳面な字で“祝誕生日”と綴られている。これは指摘するまでもなくキンタローの仕業だろう。


食卓には、パーティーというだけあって様々なオードブルやメインらしいローストビーフなどが並び華やかさを演出している。小ぶりのケーキはそれでもきちんとホールで用意され、チョコのプレートには“シンちゃんおめでとう”と不器用な文字がのたくっている。これはグンマの手によるものだ。


ありがたいと思う。来年は廃止する予定の“さよなら誕生会”だけれど、それでも二人が心から祝おうとしてくれているのが良く分かり、それには素直に礼が言えた。


 「シンちゃん、元気ないね」


 「それは肝心なものを受け取っていないからだろう」


 「そっか。そうだね。やっぱり誕生日といったらアレだよね」


恐らく、彼らは“ひそひそ話し”をしているつもりなのだろう。いつものことながらグンマの声は通りがよく、答えるキンタローにいたっては常と変わらぬ張りのある低音でハキハキと返しているのだから始末が悪い。


 「ごめんね。でも焦らしてた訳じゃないんだよ」


 「その通り。俺たちはお前の生まれたことに感謝して、その気持ちをどうすれば最大限に活かせるかここ一月思案に思案を重ねてきたのだ。そしてついにある一つの結論に達したのだが、俺が閃いた、いいか、この俺が閃き考案した策こそ史上最大のバースデー企画であり、後世まで語り継がれること間違いなしのサプライズになるのだ!」


 「うん、でもキンちゃん何度も言うけど自分だって誕生日だからね。そこは忘れないでね」


突っ込みを入れるべきかどうか迷っていたが、取り敢えずグンマもそこは忘れていなかったらしい。


 「変なんだよ、キンちゃん。自分だって誕生日なのに、驚かされるのは絶対に嫌だからパーティーは辞退するって聞かないの」


 「俺は常に、創造する側にいたいんだ」


 「仕事してるんじゃないんだからさぁ」


 「その件についてはもう何度も話し合っただろう。俺を祝いたいなら俺の好きなようにさせろ。お前からのプレゼントは、シンタローサプライズ企画を俺に任せることじゃなかったのか」


 「それはそうだけどぉ」


 「なんでもいいからさっさとプレゼント渡せよ」


この二人に任せておくと話が進まない。ありがたいとは思うものの、気乗りのしないパーティーほど虚しいものはないのだ。フォークに刺したプチトマトを口に運びつつ、適当に食べて適当に驚いてやったら部屋に戻ろうと密かに思う。


 「じゃあ気を取り直して。シンちゃん、今年のプレゼントはほんっとにすごいよ!」


 「目にものを見せてくれる」


脅迫されているような状況で受け取るプレゼントにどんな期待をしろというのか。この二人のことだからどうせろくなものではないに決まっている。


なんとかロボとか、ホニャララ兵器とか、そんなもの。


 「では、改めましてシンちゃん!お誕生日おめでとう!」


 「遠慮なく驚け!」


 「あーあびっくりした大したもんだ」


口先だけで言いながら、甘酸っぱいトマトを飲み込み視線だけでそちらを見る。


ダイニングに入った時から気付いてはいたが、プレゼントを隠しておくのは当然なので気付かない振りをしてやっていた、かなり大きな山に掛けられた白いシーツが二人の手によって取り去られる。


 


ぱさり、と。


床に落ちるサテンの白。照明に照らされ光っている。


 


 「――――、げっ、」


 


 


シンタローは、確かに驚いた。



 
 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


 「な、な、な、」


 「やった!シンちゃん驚いてるよ!」


 「俺の企画力の勝利だ」


驚いた。


確かにシンタローは、これ以上ないほどに驚愕している。


しかし。


 「わーい、さすがキンちゃんだよぉー」


 「シンタローに絡むことは即ち叔父貴に絡むことだからな」


 「アホかーーーーーーーーッ!」


 


驚いたが、それは両手を挙げて“オウッ、サプライズ!”とか言っていられるレベルの驚きではない。驚愕だ。いままでの生涯で堂々第三位にランクインを果たした超弩級の驚きにあたる。


因みに第一位は実の父親に言い寄られたこと、第二位はその苦悩をあっさり裏切ってくれた血縁関係がないという真実を知ったときである。


 「おいっ生きてるのかっ」


 「やだなぁ、なんで僕たちがお父様を亡き者にしなきゃならないのさ」


 「シンタローは身内だという油断から、時々無礼なことを平気で言い放つがな、それはやはり良くないぞ。親しき仲にも礼儀ありという言ってな、つまり、」


 「うるせえ黙れ馬鹿でこぼこコンビ!」


 「む。いまのはなかなか難しい早口言葉だぞ」


 「うるせえ、だまればかでこぼん、ほんとだよく舌噛まないね」


駆け出したシンタローは、振り向きざま小さ目の眼魔砲を撃った。食卓と室内に被害はないが、でこぼこの頭は取り敢えずモコモコになった。


 「しっかりしろ!親父!」


 「…む、ぐ、ん?」


台車の上に乗せられたマジックは、後ろ手に縛られ猿轡まで咬まされている。冗談にしては行き過ぎた扱いに手加減をしたことを後悔しつつもう一声怒鳴ろうとしたが、薄目を開けて自分を見るマジックの救出が先だと拘束を解くことを優先させた。


 「なんでこんなことされてるんだよっ」


 「シンちゃん、ちょっと、大声は勘弁して。頭が痛い」


 「ああ、すまん」


反応を見る限り、睡眠薬でも使われたのだろう。顰めた顔が本当に辛そうで、ムカムカと怒りがこみ上げてくる。


 「お前たち、なんでこんな真似した!」


マジックを手近な椅子に座らせると、突如ファンキーなヘアスタイルにイメージチェンジさせられた二人がふらふらしつつもどうにか支え合い、シンタローに向かって口を尖らせる。


 「ひどいよシンちゃん、僕らはシンちゃんのためにやったのにぃ~」


 「何処の世界に自分の親父を拉致監禁する馬鹿がいる!」


 「拉致はしたけど、監禁まではいってないって」


 「そうだぞ。俺たちは、取り敢えず一服盛って眠らせはしたが、叔父貴にはプレゼントとして活躍してもらっている間研究所の仮眠室で大切に保護していたんだからな」


 「なんだそりゃ!分かるように話せっ」


 「シンちゃん大声出さないでってば」


 「アンタこんな目に遭わされて言うことねぇのかよ!」


 「そりゃ私だって怒るときは怒るけど。なんでこんなことしたの?」


こめかみを擦りつつマジックが尋ねると、恐ろしいほど不似合いなアフロを揺らしつつキンタローが答えた。


 「お前は常日頃、叔父貴が近付くとうるさい鬱陶しいと邪険にしていただろう。確かに世の一般的な父親像から比べれば常軌を逸した言動、行動だというのはわかる。そこで俺は考えた」


 


曰く。


 “静かにしろ、放っておけ、あっち行け、と毎日のように言っているシンタローが年に一度の誕生日を迎えるに当たり、反比例してボルテージの上がるマジックを隔離することにより、心静かに寛げる一日を提供する”


 


 「名案だろうが」


 「そうだよ。これじゃシンちゃん、言ってることとやってることが逆だよ」


 「そんな計画を立ててたの?ひどいなぁ、お陰で私は、私だけの特権を行使し損ねたじゃないか」


 「お父様の特権ってなぁに?」


 「勿論、日付が誕生日に変わった瞬間、ぎゅーっと抱きしめておめでとうを言うことだよ」


 「ああ~、そうだねぇ、毎年それやって毎年眼魔砲撃たれるのがお父様の楽しみだったんだよね。ごめんなさい気付かなくて」


 「眼魔砲を撃たれるのは不本意なんだけどね」


 「うむ、確かに。今年はおめでとうもバースデー眼魔砲も俺たちが奪ってしまった形になるわけだな。それは悪いことをした」


 「だから、眼魔砲はいいんだって」


 


和やかな会話になっている。


精神的にも肉体的にも、あの程度のことならばダメージなど殆どないであろうマジックは早くも復活したのか、豪勢な食卓を見て感心している。


 「まあ言いたいことはあるけど、二人がシンちゃんのために計画したことなら仕方ないね。こんなに素敵な支度もしてくれていることだし、改めてみんなでお祝いしよう」


 「ケーキは僕が作ったんだよ」


 「グンマ、それは正しい表現ではない。正確には、お前が作ったのは“ケーキを作るロボット”だ」


 「細かいことはいいじゃない」


 「開発費用はちっとも細かくなかったぞ」


 「おや、また公費流用だね。それはシンちゃんに叱られる種だからやめておくか隠し通さなきゃダメだよ」


 「あーっ!そうだよキンちゃん、なんで言っちゃうのさ!」


 「いずればれる。シンタローはどんな庶務雑務書類でも欠かさず目を通すからな。特に経費計上面はシビアだ」


 「それもこれも愚弟の所為だからね。私も心が痛むよ」


 「ハーレム叔父様も、人は悪くないような気はするんだけどねぇ」


 「悪くはないが良くないことも確かだろう」


 


和気藹々。


 


 「…………に、しろ」


 「ん?なんだいシンちゃん」


 「勝手にしろ!」


怒鳴って、立ち上がる。扉に向かう。出て行く。


壊れないかどうかの配慮など考えられず叩き付けたドアには気の毒だが、仮に壊れたとしても直す責任は自分にはない。


自室に戻り、寝室へ直行するとそのままベッドに潜り込み布団を被った。釈然としない様々な思いが渦巻き、目を閉じると余計にぐるぐる回る。頭の中を、巡る。


誕生日なのに。


一年に一度、祝福される日なのに。


ほしいものが与えられる日なのに。


ほしいものはあったのに。


素直になれなかったのは確かに自分だけれど、それでもこんな風に悲しくなるような、情けなくて胸の痛む思いをするような日じゃないはずだ。少なくとも今日は、何事に対しても幸せでいられるはずたった。


願っても、咎められるはずのないささやかな。


 


誰が悪いのか、順序をつければ自分だって上位に入る。というより全員一律で同罪だといっても過言ではない。各々の思惑がうまい具合に擦れ違って、結果招いた結末がこうであったというだけのこと。


だからグンマを、キンタローを責めることは出来ない。


マジックを責めることも出来ない。


それでも悔しいのは、悲しいのは、今日という一日はもう戻らないということ。取り返せないということ。


ただ傍にいたいだけで、特別変わったことなど必要ないのだ。しつこくされるのが嫌だというのは、普段と変わりなければそれでいいということだとどうして分かってくれないのだろう。なんで悲しくさせるのだろう。


 


女々しいなぁ、俺。


頭の中でぽつんと呟き、深く湿った溜め息を吐く。


今頃、主役を欠いたパーティー会場はいたたまれない空気に包まれていることだろう。いい気味だと悪態を吐いてやりたいが、そうするにはシンタローは家族思いすぎたから、結局ひどい自己嫌悪に苛まれ益々深みにはまっていく。


こんなときは。


 「…寝よ」


寝るに限る。考えても名案が浮かばないなら、そのときは思考を切り替え一旦保留してしまうのが一番だ。正常な動作をしなくなった電子機器も、一度電源を落とせばうまく繋がったりするあれに似ている。人間の思考は電波でもあるから、寝て、覚めれば状況も変わっているかもしれない。


第一、引き摺るような問題ではないから。


些細なことだ、本当にくだらないこと。すぐに忘れていいようなこと。


眠れるはずがないと思いながら、それでもシンタローは目を閉じた。硬く瞑って、頭の中にある黒い影を出来る限り隅に追いやる。


がんばれ俺。眠るんだ俺。


無駄な努力を一晩続けることになりそうな予感も押さえ込み、必死に自己暗示を掛け続けた。


寝る。


コン。


寝る寝る。


コンコン。


寝る寝る寝る。


コンコンコン。


 


 「シンちゃん…起きてるでしょ?入るよ」


 


逢いたくて、逢いたくない彼の気配が近付いてくる。



 
 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


頭から被っている布団の上から、ぽんぽん、と叩かれる感触がする。


 「シンちゃん、怒らないで。機嫌を直して顔を見せてよ」


誰が。


どのツラ下げてそんなことが出来るというのだ。


 


シンタローの寝室に入ってきたマジックは、真っ直ぐ彼のいるベッドまでやってくると圧迫しないように気を付けながら腰をかけ、両手を回して彼の体を抱き締めた。


布団にくるまっているから、欲しいようには抱き締めてもらえないもどかしさに苛立つ。けれどそんなことを言えるはずもないシンタローは無視するように沈黙し、身動きをしないよう体を固くしていた。


自分が悪い。彼が悪い。自分は悪くない。彼も悪くない。


誰もが悪いし、誰も悪くない。分かってる。


 「ねえ、機嫌を直して。パパ、まだちゃんとおめでとうって言えてないんだよ?今年は言わせてくれないの?」


言いたきゃ勝手に言えばいい。口に出そうと思って、でも出来なくて。


 「シンタローが生まれた日だよ。私にとっては一番大切な日だ。なにより大事な一日を棒に振ってしまったことは確かにショックだし、本音を言えばグンちゃんもキンちゃんも、ちょっとばかり恨んでるけど…でもあの子たちだってシンちゃんのためを思ってしたことだし、私の日頃の行いの所為だからね。叱れないでしょ」


それも分かってる。言われなくても分かってる。


 「毎年シンちゃんになにをあげようかって考えて、でも思いつくものはどれも本物じゃなくて、仕方なく本人に尋ねても答えてくれないし、結局なにもいいものが浮かばなくて。品物じゃない限り、上げられるのは私自身しかないからね。それに…」


金で買えるもので心底欲しいと願ったものなんてひとつもない。


彼から受け取りたいのは、捧げて欲しいのは。


 「お前が、本当に求めているのは私だってことくらい」


 


ちゃんと、分かっているんだよ。


 


屈んで、いつの間にか捲られた布団の隙間から直接囁きが注がれる。耳に湿った空気。それだけで背筋に灼けた鞭を振り下ろされたような心地になる。


いつだって逆らう力を奪うマジックの声。熱。腕の強さ。ほしかった。


 「ばか…言うな」


 「違うの?違わないよね。お前は私のことを愛しているよ。私だけを欲しがってる」


言葉とともに、くるまっていた布団を剥がれ徐々に暴かれてしまう。体も、心も、奪われてしまう。怖くて、嬉しくて、恥ずかしくて、切なくて。


 「ほら、抵抗出来ない。お前はいつだってそうだよ。私のことが好きで、私を束縛したくて、そのくせプライドが邪魔して素直になれない。言いたいことが言えなくて、苛ついて八つ当たりして好きじゃないって、嫌いだって言いながら泣きそうな目で見詰めてくる。私が悪いと責めてくる」


 「そ、なこ、と…な、い」


 「ほらまたそうやって否定する。でもご覧、お前の体、動かないよ。私に抱かれて大人しくしているよ。もっと強くと思っているの?早く、と思ってるの?」


 「ちがうっ」


 「違うの?本当に?じゃあ私が納得して、離れてしまったらどうする?二度と触れなくなったらお前、そのまま私を忘れるの?忘れられる?熱も、恋も、愛も、捨てられると言うの?」


 「、っ」


蒼い目が。


薄暗い部屋の中で、彼の目だけが、光っている。


 「おれ、はっ」


 「うん」


 「俺はっ」


 「うん」


 「お、れはっ」


射竦める瞳の力。彼の目は確かに特殊な能力を秘めているが、シンタローを捕らえて離さないのはその所為ではない。


彼が秘石眼の持ち主であろうがなかろうが関係はない。


マジックがマジックであること。


自分が、自分であること。


 「俺はっ」


声も、体も、心も震えて止まらない。


こんなの自分じゃない。正気じゃない。


堪えられない。


 「――ごめんね。意地悪言ったね。でも泣かないで。全部私が悪いんだよ。お前はなにひとつ悪くない。なにからなにまでシンタローは間違ってない。これまでも、これからも、困らせるのは私でお前はいつでも正しいから。そう信じていいんだから」


 「ばか、やろっ」


抱き締めて。


 


 


好きなのは事実。


愛しているのも事実。


でもそんな言葉を軽々しく言えるほど思いは軽いものではない。


気持ちは、軽いものではない。


気付いたときには手遅れで、シンタローにとってマジックは唯一絶対の支配者でありそれは父としてもそうだし、愛するものとしてもそうだった。血縁だとか、家族同様だとか、そんなことは今更なんの基準にもならない。それで揺らぐ思いじゃない。


言えないから、伝えられないから。


心の中に降り積もる、憎しみすら含んだ愛で許容量は既に超えているのだ。だから新しいものを受け入れる隙間はないし欲しいとも思わない。なにもかもが彼で満ちている。彼だけで出来ている。二つの体であることが、もどかしいと思うほどには愛してる。


言えないけれど。


言葉に出来ないけれど。


それはプライドとか自制心とか、そんなものがかけている歯止めではなく切なさが。


あまりに強すぎて、強くなりすぎて凝り固まってしまった心の重みで。


愛の重みで。


身動きも出来ないほど。


 


 「お前が生まれて、私の元に来てくれて本当に嬉しいよ。悲しい過去は消せないけれど、そんなことどうでもいいんだ。なにがあっても離さないし、どうなろうと離れないよ。シンちゃんはこの話になると決まって誤魔化そうとするけど、私がお前より先に逝くのは変えられない。それだけは逃れられない。でも、でもね、だからこそ傍にいたいよ。いつでも触れていたいよ。抱き締めて欲しいし、愛して欲しい。時間は前に進むだけだから、二人で進んでいきたい。進むしかないなら片時だって離れずに、お前と歩いていきたいんだよ」


よくもまあ、と。


いつものように憎まれ口を利いてやりたい。歯の浮く台詞を並べ立て、お前は恥ずかしくないのかと。情けなくないのかと。


けれど抱き締められた腕の中は温かく、抵抗するには今日の自分は弱すぎた。


たった一日ひとりでいただけでこんなになるなんて信じられないけれど、それが自分なのだと改めて思い知らされた。認めるもんかと歯を食いしばっても虚しいだけで、いまだけだからと目を閉じた。


いまだけだ、こんなの。


らしくない自分は今日だけだ。


誕生日だから。


なにももらえない、奪われるだけの誕生日だから、だったらこの弱い自分も持っていけばいい。浚って、どこか遠くに追いやってくれればいい。


今日だけ。


いまだけ。


 


今夜だけ。


 


 


 


伏せていた顔を、顎にかけた指が押し上げる。


拗ねて甘えた表情になっている自覚はあったが、今更取り繕うことも馬鹿らしくてそのままじっと見詰めていた。


苦笑して、可愛いねと囁いたマジックはとんでもないバカだが、自分だって大概どうしようもないと思う。思うけれど止められない。


もういいや。なんでもいいどうでもいい。今日の俺は俺じゃない。忘れる。忘れてやる。


こんな誕生日、自分史上から抹殺してやる。


今日一日はなかったことにしてやるーっ!


 


 


 


心の中で力の限り叫ばれた台詞が成就したかどうかは…


 


 


気の毒なので、言わないでおこう。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


おまけ



 

 


2006 シンタロー誕生日記念


 


 


 「シンちゃんはパパのこと、好きだよね」


 「…好きじゃねぇ」


 「好きだよね。愛してるよね」


 「…好きじゃねぇ。愛してねぇ」


 「好きだし愛してるし一緒にいるんだよね。ずーっと離れないよね」


 「好きじゃないし愛してないし一緒にいないし…」


 「ん?」


 「好きじゃないし愛してないし一緒にいないし…」


 「んん?なに?」


 「っ、好きじゃないしっ!愛してないしっ!一緒にいないしっ!いない、しっ」


 「んんん?」


 


 


 


 「くっ、親父のバカヤローーーーーーーーッ!!」


 「あ、逃げた。シンちゃーん、パパまだおめでとうって言ってないよーっ」


 


 


 


好きだし。


愛してるし。


一緒にいるし。


ずっと傍にいるし。


離れないし。


 


 


 


 「初志貫徹!来年から誕生日は廃止!!」


 


 


 


爽やかな朝に不似合いな、シンタローの叫びがこだまする。


 


お誕生日、おめでとう。


 


 


 


 


 


END


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