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 そういえば以前に、電磁波が収まらなかったことがあった。(お題7参照)
 わかったのは、自分は結構危ない人間だということと、それでもこれがないと結構不安になるもんだなってことくらい。
 けど、それはそれで収まったし、(原因は不明のままだったが)以来変わったことはない。
 ……そう俺には。



 いつものように無意識に、(言わないでいるが、構って欲しくてわざとの時もあるけど、今回は本当に無意識に)お姑様の気に障ることをしてしまったのだろう俺に、シンタローさんの右手が上がった。
「飛んで来いっ、このボケヤンキー!」
 ああ、眼魔砲がくる。
 呟かれたと同時、これから来るであろう衝撃と、痛みを思って強く目を瞑った。
 今日はまだ家事も残ってるし、早めに帰って来たいとか、着地はなるべく衝撃の少ないところがいいとか、やけに冷静に思ってる自分って……どうなんだろ。
 ……けれど、何秒経ってもそれは訪れなくて。
「……何?」
 不審そうな声が聞こえる。それは俺が聞きたいです。
 ともかく何も起こりそうもなくて、ゆっくり目を開けた。
「シンタローさん……?」
 自分の右手を見つめたまま、動かないその人に、呼びかける。
 ……と。
「動くなっ」
 再び右手を俺に向けて構えた。
 その、顔面に向けるのは勘弁してください。
「……何、だ……?」
 何も起きる気配がない。
 念のため、というように、左手でも同じことを繰り返して……、やっぱり反応はない。
 自身の手のひらをまじまじを見つめて、閉じたり開いたりを繰り返す。
 子供の遊び歌みたいな感じ……うん、可愛い。
 いやいや、そんな場合じゃなくて。
「……出ねぇ」
 しばらくそうしていたかと思ったら、ポツリと一言呟いた。
「え……眼魔砲、が……っすか?」
 何度掌を構えても、青白い光は生まれない。
 ぐっと拳を握りこんで、バツが悪そうに顔を逸らした。
「どうして……」
 未だ状況をよく飲み込めない俺の言葉に、シンタローさんは握った拳で答えた。
 あ、危ね……! 舌噛むとこだった……!
「何で殴るんっすかー!」
「うるさい。とりあえずそれで勘弁してやる」
 そういえば眼魔砲くらうところだったんだっけ?
 いきなりは止めてくださいよ。
「それにしたって何で……」
「俺が知るかっ!」
 知るかって……自分のことじゃないですか。
 (別に眼魔砲くらいたいとか、そういうんじゃない)
 一体何が原因で……。
 俺なんかしたっけ……? いや、心当たりないしな。
 それとも不埒な輩がシンタローさんに何かしたんじゃ……!
 そう思ったらもう不安ばかりが上りつめる。
 だって、シンタローさん結構抜けてるとこがあったりして心配じゃないか。
 (たぶん言ったら怒るけど)
「そのっ、体に不調とかありません? 変なもの口にしたとか、変な奴になんかされたとか!」
 すんませんっ! 俺が目を離したばっかりに……!
「……ねぇよ。変な奴なら今目の前にいるが?」
 神様、愛が痛いです……。
「どうせ寝て起きたら戻るようなもんだろ」
 お前の時みたいに、と付け足される。
 そりゃ、この島に来てから多少のことじゃ驚かなくなったし、数々の不思議現象にも随分慣れてしまった。
「今度は俺の番か……」
 もういい加減、振り回されるのにも疲れたと言わんばかりに、息をつき、瞼を閉じる。
 寝て起きたらって……もう寝るんっすか。
 まあ別に害があるわけでも……。
「「聞いちゃったわよ~」」
 いや、あったよ。
 しかもかなりの害。(って言ったら悪いけど、やっぱ害)
「眼魔砲が使えない今がチャンスよ! タンノちゃん!」
「もちろんよイトウちゃん! 今こそシンタローさんを私たちのものに……!」
 厄介な二匹に聞かれてしまった。
 まずいっ、眼魔砲が使えないシンタローさんじゃ……!
「「シンタローさぁん!!」」
「去れナマモノ共」
 台詞と同時に、ベトコン仕込みのスパイクボールが二匹に炸裂する。
 ……眼魔砲が使えなくても何の心配もありませんでした。
 家の床になんてもん仕込んでんだあんた。
 俺か? まさか俺用なのか?!
「眼魔砲が使えねぇくらいで、俺に勝てると思ってんじゃねぇぞ?」
 仰るとおりです。
 俺も少しだけ、ほんの少しだけ色々考えましたけど……。
 見本をありがとうナマモノ。実行に移さなくて大正解だ。
「おいヤンキー」
「へ……あっ、はい?!」
 考えていたことが考えていたことだけに、呼びかけられて慌てる。
 ば、ばれてない……よな?

「お前、今日一日俺の側にいろ」

 …………は?
「えぇええっ?!!」
 な、あ、なな何っ、今っ、この人……?!
 う、うわぁ、絶対今顔赤い俺。
 何ですかこの嬉しい不意打ち。
「喚くなアホ」
 また殴るし……。
 でもそのくらいのことで、さっきの一言が忘れられるはずもなく。
「えっ、あ、そのっ、さ、さっきのは……!」
 あまりの出来事に、呂律さえも上手く回ってくれない。
 しっかりしろ俺!
「ああいうのが来ると面倒だ」
 言いながらドクドクと体液を流しながら横たわる二匹を指した。
 未だか細い声でシンタローさんの名前を呟いている辺り、長年のしぶとさを感じる。
 そういうことですか……。
 いや、それでもいいです! 満足です!
 言葉が何度も自分の中で反芻される。
 どこまでも俺様だなとか、それでもかなり素直に言った方かとか、そんなことばかり考えてしまって。
 いいように使われてるなとは、分かってるんだけど。
 はい、幸せです。それはもうかなり。
「その内厄介なのも嗅ぎつけてきそうだしな」
 ……多分、というか……絶対あの祇園仮面のことだ。
 確かにアイツは多少面倒かもしれないけど。
「あ、あのっ、俺、いても良いんですよね……?」
 アナタの隣に。
「おう、いちいち邪魔されんのもうざってぇからよ」
 邪魔って……。
 何の?
「じゃ、俺は寝る」
 昼寝の……?
 そりゃさっき寝て起きたらとは言ってましたけど。
 やっぱり寝るんですか。
 ……ずるい。
 だいたいシンタローさんはいつも……。
「頼んだぜ?」
 ……ッ卑怯だ。
 そんな上目遣いに見られて頼んだりとか、断れないじゃないですか。
 ああ、もう。
 それだけで、俺には充分な必殺技なんですよ。






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rrs


「それ、収まるまで大人しくしとけよ、お前」
「はい……」
 いつもなら(意識しあわなければ)数センチほど離れたところにある顔が、今は五メートルは離れている。
 というか、この広くない室内でそんなに離れているってのは、つまり俺が壁際に追い詰められているってことで……。
 パパ、ママ、一人孤独な時間です。俺。
「泣くんじゃねぇよ鬱陶しい!」
「だって近づかせてすら貰えないなんてッ……!!」
 あんまりですシンタローさん!
「仕方ねぇだろ。お前が悪ィ」
「俺じゃなくて俺の体質ですッ!!」
 なんっすかその『俺自身に問題あり』みたいな言い方は!
「変わんねぇだろ」
 変わりますっ!!
「ともかく、その放電が収まるまでは近づくなっ!!」




「いってッ……!」
 俺が起きたのは、そんな短い叫びを聞いてだった。
「んっ……? へ? シンタローさん?」
 ああ、そういや寝過ごしてるじゃんか俺!
 ……とか、そんな事を思いながら。
「ばっ……起きるなお前ッ!!」

 ――――バリッ

「「ッ!!」」
飛び起きた俺と覗き込んでいたシンタローさんの間に、弱い電流が走った。
「こんのっ、馬鹿ヤンキーッ…!」
「えっ? えぇ?」
 ビリビリと残った電気に痛そうに腕を摩りながら睨み付けられる。
 何で俺が罵倒されてるかが、分からない。
「早くそれをどうにかしろ!」
「『それ』って何……って、うわっ!!」
 自分自身を見直して初めて気付く。
 ……身体を電磁波が取り巻いてた。
 何だコレ……。
「な、何っすかコレー?!」
「俺が知りてぇよ!」
 叫んだら殴られました。
 理不尽だ……。
 というか、殴ったシンタローさんも痛いんじゃないんだろうか、電磁波。
 ……いや、そうだよ! ヤバイって。
 状況が飲み込めてきた分、冷や汗が出てくる。
 体質から慣れてる俺はいいとしても、問題は放電された方。
「すっ、すんませっ……! 俺っ……!」
 触れられず、言葉でしか言えなくて、ただおろおろするばかり。
 はっ……!! や、火傷とかさせてたらどうしよう?!
 傷モノにした責任とるべきか?!
 いや、それならむしろ取らせて下さい!
「いいから離れてろっ! くっそ……っ痛ぇ……」
「すんません……」
 故意じゃないけど、たぶんシンタローさん分かってくれないだろうなぁ……。




 そんなこんなで今に至ってる。
 今回来た世界の影響かもしれないけど。
 詳しい事なんて分からないし、いつもの如く知ろうともしちゃいけない気がする……。
 ほら、それはまぁ、お約束ってヤツ。
 まぁ、そのうち収まるだろうっていう、楽観的考えで。
 それでも、辛いもんは辛い。
 特にシンタローさんに近づけないとことか、
 シンタローさんに触れられないとことか、
 シンタローさんに……。
「なぁに見てんだよ、お前はっ」
「いや、そのッ……!」
 だって近づけないんだし、見るくらいいいじゃないですか!
「……どうにかなんねぇのか、それ?」
「いや、その……わかんないっす……」
 どうしたらいいのかとか、わからないし。
 意識して電磁波を出すことは簡単だけど、(というか、いつもそうしていたし)どうやって抑えるかまでは分からない。
 いや、ほら、手加減とか苦手なんだよね、俺。
「どうにもなんねぇってか……」
「はい……」
 もうどのくらい経つんだろ?
 半日くらい?
 俺は平気だけど、周りに迷惑かかるしなぁ……。
 もう俺の友達はナカイJrくらいだよ。
 へこむな俺! 明日はあるさ!
 ……たぶん。
「……」
「……」
 ……沈黙、すげぇ痛いんすけど。
 もう顔とか見てらんないよ。
 ああ、涙が込み上げてくるよ。
「おら、リキッド」
 肩を落して俯いていた俺に、シンタローさんの声が降ってくる。
「へ……?」
 いつかしてくれたように、頭をくしゃりと撫でられる。
「え、ちょっ……シンタローさん?! 手!」
 か、感電とかっ……! 火傷するっすよ?!
「うるせぇな、そんなやわじゃねぇよ」
 そう言って、二、三度軽く頭を叩かれる。
 手、マジで大丈夫かな……。
 小さくバチッと、音がしてくるその度に、冷や汗が流れた。
「もう少し、表情に気をつけろ。お前は」
「え……顔?」
 俺、今どんな顔してた?
 それより手――――。
「シ、シンタローさんっ?! 一体何……」
「うっせぇ、答えねぇ」
 ふいっと顔を背けて、直ぐに離れていってしまう腕を掴むことも出来ずに、座り込んだまま考える。
 ……あ、慰められた? 俺?
 だって普通だったら『女々しい』とか言って怒るくせに。
 何だってこんな時だけ。
 ……あの、
 もしかして、
 ねぇ、シンタローさん?
 実は結構、
 俺のこと好きでいてくれてます?
 いや、自惚れならそれはそれでいいっす。
 ただ、
 まるで慰めることに照れてるみたいにして、顔を合わせようとしないのが、ひどく可愛く思えたんで。
 ね?

 ちなみに放電は翌日収まった。
 同時に、色々扱いが元に戻ってたけど。
 それはそれでいいかなーと。






rss


 考えてみれば、好きな人と同じ家で暮らしてるってのは、途方もなく幸せで、
 けれどものすごく、自制を要求される。
 だからつい……って、あるだろう?なぁ?


 ……拝啓パパ、ママ……俺は元気です。
 この状態から解放されれば。
「言い訳は、一応聞いといてやろうか」
 ……正座した(させられた)俺を見下すこの人。
 全身から殺気が漂ってます……。
「えっと、その……スンマセン……」
 謝りゃいいってもんじゃないんだけど、言い訳も何も……。
 だって衝動だったわけですから。
「言い訳はなし、と」
 怒りのにじみ出た声で言う。
 だってこう……好きな人の顔が目の前にあったら、つい、って思いません?
 ……思わないか。
 でも後悔はしてないです。
 ほんの一瞬だったんだけど。
 柔らかで、あたたか……。
「何ニヤけてんだ変態が!!」
「痛いっ?!」
 グーは止めて下さい! グーは!!
 そんなに嫌だったんですか……。
 ちょっとショックだ……。
「反省してねぇだろ、てめぇ」
 そりゃ、してるかしてないで言えば、
 あんまりしてませんけど……。
 そこまで悪いことしたとは思ってないです。俺。
 というかギリギリ譲歩した方です!
「あの……嫌、ですか?」
 彼が真剣に訴えかけるような視線に弱いのを知っていて、その目で見つめる。
 ……多少卑怯かもしれないけど。
 本当はどうなのかを聞きたい。
「……そういう目で見んなってんだ」
 視線をそらした彼。
 やっぱり弱いんですね。
 そういうところが好きでたまらない。
 だから、ついまた……。
「っ……! てめっ……!!」
 勿論今度は正座じゃすまなかった。
 ホント、ついなんですって。
 同じ家に住んでるって、ホントに辛い。






rs


「薫ちゃんとこ行くかー……。」
「えぇっ?! 駄目っス!!」
 髪先を弄りながら何気なく呟いた言葉に、そばにいたヤンキーは、過剰なほどに反応した。
 かかさず拳を繰り出す。
「いてっ」
 耳元ででけぇ声出すんじゃねぇっ。
 鼓膜に響くだろうが。
 薫ちゃんの所へ行く……つまり髪を切るということだが。
「何でてめぇが言うんだよ」
「だ、だって、勿体無いっスよ! 折角……」
 そこで言葉をのみ込む。
 まぁ大体の予想くらいつくが。
 言ってどうなるかという知恵もついてきたんだろう。
 それなりに進歩はしてんのか。
「ばぁか、誰が短くするっつったよ」
 指に絡ませていた髪をパサリと背中に落として、軽く小突いた。
「毛先だけ揃えてもらうんだよ」
 勝手に短く切ろうものなら、周り(主に一族内)に何を言われるか分かったもんじゃねぇ。
 五月蝿くされるくらいなら、放っておいた方がまだマシだ。
「あ、そっスか……」
「何なんだよ」
 良かったと呟いて胸をなでおろす、何でてめぇが安心すんだ。
 ったく、どいつもこいつも……この黒髪のなにがいいんだか。
 大体黒髪なら、トットリもコージも、不本意だがアラシヤマもそうだろうに。
 以前、それを聞いた俺の元半身は、全く迷うことなく、
 『お前の髪だからいいんだ』
 と真顔で返してきた。
 嬉しいは嬉しいけどよ、思い出すだけでこっちが恥ずかしい。
 誤魔化すようにため息をつく。
「とにかく案内しろよ、ヤンキー」
 考えてみりゃ、行くのはいいが、場所を知らない。
 この島、前の所に似ちゃいるが、似てるからこそ、未だ把握しきれねぇ。
 一人で行動するとなると、うっかり面倒な奴らに遭遇しかねない。
「あ、はい。…………あの」
 何だよ。
 というか相手の了解を得てから話すってのは、面倒じゃねぇのか?
 まぁどうせ返さなきゃ進まねぇんだろうが。
「うん?」
「毛先だけなら、俺やりましょうか?」
 …………。
 はぁ?
 何言ってんだこいつ。
 いや、だから頬を染めんな。
「あぁ? お前に出来んのかよ?」
「これでも前は自分で切ってたんですよ?」
 まぁ島に来てからは薫ちゃんにやってもらってますけど。
 と付け足して、自分の前髪をつまむ。
 確かに料理などを見ていれば、随分器用な(この四年で培われたものなのだろうが)ことはわかるが……。
 何でわざわざそんな面倒なことを言い出すんだ、この馬鹿は。
 どうせ何か裏があんだろ。
「……何か他意でもあんのか?」
「あ、いえ、そのっ……薫ちゃんとこまで遠いんで」
 目線が泳いでいる。
 怪しいのが手にとるようにわかんぞ。オイ。
「……てめぇに任せるくらいなら自分でやる」
 とにかく何かがあることは明白。
 んな目的がわからない提案が受けられるか。
「うぅ……そ、そうっスよね……」
 放った言葉に傷付いたのか、ガックリと肩を落として、悲しそうな顔をする。
 何となく、叱られた犬のようだとか思う。
 つーか、それ見て何で俺が罪悪感なんぞ感じなきゃならねぇんだ!
「あー、くそっ! しょうがねぇなぁ」
 結局、こういう態度に出られるとどうしようもない。
 故意なのか、そうでないのか、関係なく。
 ……直さなけりゃなんねぇとは思ってる。
 けど、そう簡単にいくはずもないんだ。
「そのかわり1mmでもずれたら飛ばすぞ?」
 負けちまう。
 自分が折れたのだと相手に悟られるのは、絶対ごめんだが。
「ええ?! そ、そこまでは……」
「やるのかやらねぇのか、ハッキリしろ」
「え、あ、そのっ……はい。やらせて頂きマス……」
 髪でも何でも好きにすりゃいい。
 とっとと初めて、終わらせろ。
 俺って、本当、自分でも甘いと思う。
 最初のハサミが入るまでに10分、そんなことを考えては、諦めたため息ばかりついていた。






r


「だいたい、本部にいること自体珍しいじゃねぇか」
「だからって叔父様の顔見て挨拶なしに逃げるか?普通」
「逃げたんじゃねぇよ」
 廊下から聞こえたそのやりとりに、薄く瞼を開ける。
 (……うるさい)
 そう思ったが口には出さない。
 声の一つは上司のものだからだ。
 言ったが最後何をされるか分かったもんじゃない。
 まあ当分の給料査定にマイナス値がつくだろう。
 しかし、あの獅子舞と言い争えるとは、たいしたものだと感心する。
 (隊長が「叔父様」……ってことは甥っ子がいたのか……)
 声が言うように、本部に来ることは滅多になく、せいぜい上司の兄がトップを務めていることくらいしか知らない。
「とにかく、俺は忙しいんだよ!」
「何だよ、つまんねぇガキだな」
「っるせぇ。アル中」
 暴言と軽口のやりとりに良い加減飽きてきたのか、再度目をつむる。
 戦場から帰還したばかりの身だ。
 少しでも多く休息を取りたい。
 どうせすぐ、また新たな戦場へと駆り出されるのだから。
「ったく、隊長はまぁたシンタロー様?」
「相当気に入っているのだろうな」
 同僚のそんな会話が耳に入った。
 甥子の名は『シンタロー』と言うらしい。
 (まぁ関係ないだろうけど)
 隊長が気に入っていると言うのなら、尚更に関わりたくない。
「あらら、リキッドちゃんはお眠でちゅか~」
「てめ、ロッド! うるせぇんだよ!」
「はっ、怖い怖い」
 暇なのか絡んで来るロッドを払いのけ、寝返りを打つ。
 外の声は段々と遠くなって行く。
 そもそも総帥に報告に行くはずだったのだから、そのまま向かったのだろう。
「……ちっ、目ェ覚めちまった」
 声たちが完全に聞こえなくなってから起き上がる。
 結局、くだらない口ゲンカは、ありがたくもない目覚まし代わりになってくれた。
 はた迷惑なものだ。
 仕方なしにその辺を散歩でもしようとドアをくぐる。
「…………外出か?」
「迷子になるなよ、ボーヤ」
 廊下に出ようとして聞こえた言葉に、言い返そうと振り向くともう扉は閉じていた。
「っ~、なるかっ!」
 態度で示すように、近くの壁を殴りつける。
 自分自身、物にあたる子供のようだと思った。
 (どいつもこいつもっ……!)
 行く当てなどなかったが、とにかく廊下を歩く。
 ひどく、イラついていた。
 何もかも気に入らない。
「くそっ!」
 壁を殴った拳が痛い。
「……?」
 不意に、柔らかい風が顔に吹きつけた。
 このあたりの窓は開いていない。
 不審に思って見渡すと、突き当たりのガラス張りのドアが閉まるところだった。
 どうやら、外に出るためのものらしい。
 (こんなとこに……?)
 はたしてこんなにも高い場所で、外に出てもいいのだろうか。
 誤って落ちたらどうするのだ。
 柵はそれなりに高くなっているが、越えられない高さではない。
 まあ、わざわざ越えるもの好きもいないだろう。
 何となくドアノブに手をかける。
 外の方が気分が落ち着きそうだ、と思ったのかもしれない。
 ただ、風を感じたということは、
 (誰か、いるのか?)
 彼の前に、誰かが外に出たということ。
 団の制服を着た、長身。
 少なくとも、知っている人物ではない。
 束ねた長い黒髪が、風に吹かれて流れている。
 人殺しの集団に属するとは思えない、綺麗な後姿だった。
「……アンタ団員か?」
 思わずそんな言葉が口に出た。
 相手はこちらを少し見て、また視線を空に戻す。
 振り向く気はないようだ。
「団員じゃなけりゃ、ここにいねぇよ」
 ふてぶてしい言い方に、少し不快になる。
 自分が特戦だと気付いていないのだろうか。
「特戦だな。お前」
 分かってはいるらしい。それでこの言い様なのか。
「わかってんなら、口のきき方には気を付けんだな」
 お前呼ばわりかよと不機嫌を口で示すと、
「ああ、そうか――――。悪ィ」
 意外にも、嫌味ではなく、素直な答えが返って来た。
 反発されるものとばかり思い込んでいたために、それでいくらか気が緩む。
 久々の人らしい会話である。
 途端、目の前の人物に興味が湧いた。
「アンタは?」
「一戦闘員」

「へぇ」
 特戦部隊が、どれほどの位置に属するのか知らないが、ただの戦闘員よりは上、ということになるのだろう。
 しかし、彼の喋り方にそんなことは感じられない。
 考えてみれば、ついこの間まで一般人だった(電撃を出せることを除く)自分には、そのくらいで丁度いいのかもしれない。
「特戦はまたすぐ行くんだろ? いいのか、こんなとこにいて」
 どこに、とは言わない。
 そんなことは分かりきっているのだ。
 自分が、行かなければならないところ。
「だから休みたいんだ。……部屋は同僚がうるさすぎるんだよ」
「ああ、あいつら」
「知ってんのかよ?」
「一応だけどな」
 顔だけならまだしも、面識があるということだろうか。
 一戦闘員が……特戦部隊と……?
 (何モンだよコイツ……)
 ますます分からなくなる。
 本当に単なる団員なのか?
「……なぁ」
「あ?」

「……アンタさ、戦場、行ったことあるのか?」

 気が緩んでいたせいか、そんな言葉がふいに口にでた。
「…………」
 返事はない。
 その沈黙は肯定なのか、否定なのか、分かるはずもなかったが、リキッドは続ける。
「やらなきゃやられるだけなんて、当たり前だけど……嫌なもんだよな……」
 同僚や隊長にこんなところを見せられはしない。
 (どうせ馬鹿にされるのがオチだろうから)
 それを言って、どうなるわけでもないのだけれど。
 ただ、吐き出したかっただけなのかもしれない。
 誰かに話すことで、少しでも楽になりたかった。
 弱音だと笑われるだろうか。
「……今は、そうするしかなくても……、変われるかもしれないだろ」
 返ってきたのは、同意でも嘲笑でもない答えだった。
「はぁ?」
「俺が変えてやるってんだよ。文句あるのか?」
 そう言い切る彼は、どこか自分の隊の隊長に似ている気がした。
 あの獅子舞と一緒にしては、失礼かもしれないが。
「変えるって……総帥にでもなる気か?」
 体制を変えるとなると、大元からということになる。
 冗談めいて言ったその言葉に、相手はふと黙り込んだ。
「……そう、なっちまうのかな……」
「?」
 まるで独り言のように呟いた声は、リキッドには届かなかった。
「……そろそろ行かねぇとな」
 しばらく何か考えるように黙った後、ずっと空を見ていた彼が、振り向いた。
 長い黒髪に、灰色の目。
 日系なのだろうか。一瞬見とれてしまった。
 (……って、アホか俺。男だっての)
「あ、――――なぁ」
「ああ?」
 引き止めたものの、何を言いたかったのか、よく分からなかった。
 ただ、自分の話を聞いてくれたのが嬉しくて。
「何つーか、あんがとな」
「そうか」
 それは素っ気ない返事だったのだけれど、リキッドにとっては充分だった。
「それじゃな」
「ああ」
 柔らかく風が吹いて、その場には自分以外、誰もいなくなる。
 イラつきもいつの間にか消えていて、妙に気分が落ち着いている。
「そーいや、名前も知らねぇなー……」
 通り過ぎていった黒髪と灰の眼を思い出す。
 ……この時、まさか数年後に、実は獅子舞以上のこの天然俺様人間に、振り回されるはめになるとは……。
 思うはずもない。






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