「薫ちゃんとこ行くかー……。」
「えぇっ?! 駄目っス!!」
髪先を弄りながら何気なく呟いた言葉に、そばにいたヤンキーは、過剰なほどに反応した。
かかさず拳を繰り出す。
「いてっ」
耳元ででけぇ声出すんじゃねぇっ。
鼓膜に響くだろうが。
薫ちゃんの所へ行く……つまり髪を切るということだが。
「何でてめぇが言うんだよ」
「だ、だって、勿体無いっスよ! 折角……」
そこで言葉をのみ込む。
まぁ大体の予想くらいつくが。
言ってどうなるかという知恵もついてきたんだろう。
それなりに進歩はしてんのか。
「ばぁか、誰が短くするっつったよ」
指に絡ませていた髪をパサリと背中に落として、軽く小突いた。
「毛先だけ揃えてもらうんだよ」
勝手に短く切ろうものなら、周り(主に一族内)に何を言われるか分かったもんじゃねぇ。
五月蝿くされるくらいなら、放っておいた方がまだマシだ。
「あ、そっスか……」
「何なんだよ」
良かったと呟いて胸をなでおろす、何でてめぇが安心すんだ。
ったく、どいつもこいつも……この黒髪のなにがいいんだか。
大体黒髪なら、トットリもコージも、不本意だがアラシヤマもそうだろうに。
以前、それを聞いた俺の元半身は、全く迷うことなく、
『お前の髪だからいいんだ』
と真顔で返してきた。
嬉しいは嬉しいけどよ、思い出すだけでこっちが恥ずかしい。
誤魔化すようにため息をつく。
「とにかく案内しろよ、ヤンキー」
考えてみりゃ、行くのはいいが、場所を知らない。
この島、前の所に似ちゃいるが、似てるからこそ、未だ把握しきれねぇ。
一人で行動するとなると、うっかり面倒な奴らに遭遇しかねない。
「あ、はい。…………あの」
何だよ。
というか相手の了解を得てから話すってのは、面倒じゃねぇのか?
まぁどうせ返さなきゃ進まねぇんだろうが。
「うん?」
「毛先だけなら、俺やりましょうか?」
…………。
はぁ?
何言ってんだこいつ。
いや、だから頬を染めんな。
「あぁ? お前に出来んのかよ?」
「これでも前は自分で切ってたんですよ?」
まぁ島に来てからは薫ちゃんにやってもらってますけど。
と付け足して、自分の前髪をつまむ。
確かに料理などを見ていれば、随分器用な(この四年で培われたものなのだろうが)ことはわかるが……。
何でわざわざそんな面倒なことを言い出すんだ、この馬鹿は。
どうせ何か裏があんだろ。
「……何か他意でもあんのか?」
「あ、いえ、そのっ……薫ちゃんとこまで遠いんで」
目線が泳いでいる。
怪しいのが手にとるようにわかんぞ。オイ。
「……てめぇに任せるくらいなら自分でやる」
とにかく何かがあることは明白。
んな目的がわからない提案が受けられるか。
「うぅ……そ、そうっスよね……」
放った言葉に傷付いたのか、ガックリと肩を落として、悲しそうな顔をする。
何となく、叱られた犬のようだとか思う。
つーか、それ見て何で俺が罪悪感なんぞ感じなきゃならねぇんだ!
「あー、くそっ! しょうがねぇなぁ」
結局、こういう態度に出られるとどうしようもない。
故意なのか、そうでないのか、関係なく。
……直さなけりゃなんねぇとは思ってる。
けど、そう簡単にいくはずもないんだ。
「そのかわり1mmでもずれたら飛ばすぞ?」
負けちまう。
自分が折れたのだと相手に悟られるのは、絶対ごめんだが。
「ええ?! そ、そこまでは……」
「やるのかやらねぇのか、ハッキリしろ」
「え、あ、そのっ……はい。やらせて頂きマス……」
髪でも何でも好きにすりゃいい。
とっとと初めて、終わらせろ。
俺って、本当、自分でも甘いと思う。
最初のハサミが入るまでに10分、そんなことを考えては、諦めたため息ばかりついていた。
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