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「シーンちゃんっ」
「どわっ!」
 昼食をとるためにダイニングに向かっている廊下で突然マジックが後ろから抱きついてきた。抱きつくというよりははっきり言ってタックルだ。つんのめりそうになるのを何とかこらえて背後のマジックを睨みつける。
「いきなり飛びつくのはやめろっつーとろーが!」
「だって予告したらシンちゃん避けるじゃないか」
「あたりまえだっつーの!」
 以前はパブリックスペースだろうがビジネスシーンだろうが公衆の面前だろうがお構いナシ状態だった。ただでさえ年若い新総帥が公私の別もついていないように見えては体裁が悪いので、そのつどシンタローに懇々と説教されたにもかかわらず態度を改めようとしなかった。よって一週間完全に無視したあげくそのまま長期遠征に出たところ、さすがに堪えたらしく最近ではプライベートエリア以外での過度のスキンシップを仕掛けてこないので多少のことは目を瞑るようにしている。ただし瞑りっぱなしだと図に乗ってくるのも歴然としているので、とりあえず悪態をついておく。それについてはマジックもコミュニケーションだと思っているらしく、特に気にしていない様子だ。
「お昼ごはんの用意が出来たよ。」
「キンタローとグンマは?」
「なんだか研究が忙しいから後で食べるって」
「ふうん?」
 そんなに開発を急かしているものなんかあったかな?とシンタローが思っているころ、グンマとキンタローは
「気をきかしているってわかってるかナ~?」
「いや、きっとわかってないだろう」
「やっぱり~~?」
 まぁ、いいけどね~などといいながら、空腹を紛らすためにお茶を飲みながら研究開発にいそしんでいた。
「今日のお昼ごはんは菜の花と鳥そぼろの和風パスタだよ」
 鼻歌交じりに手際よくパスタを盛り付ける。あとはお手製のフランスパンとサラダ。いつもはミネラルウォーターがピッチャーに入れられているが、今日は湯飲みに暖かい緑茶が注がれていた。
 いただきます、と手を合わせて一口。…美味い。鳥そぼろの味加減は絶品だし、卵のそぼろがまるで黄色い菜の花のような彩りを添えて美しい。菜の花のみずみずしい苦さが和風のソースと絡まってなかなかさっぱりしている。
 ぱくつく姿を見ながらニッコリ笑ってマジックがたずねる。
「どう、美味しい?」
「ああ」
 てか、この食いつきぶりを見てわかれ、と内心で思うが口にはしない。わかっていても聞きたいのが人情というものだろう。
 実際、マジックは料理が上手い。生まれも育ちもお坊ちゃんで下っ端生活だってしたことはないだろうに、不思議と何を作らせても美味い。マジック自身が総帥だった頃も忙しい中、時間があればよく作っていた。あの頃は母に採点してもらっていたので、案外、母に教えてもらっていたのかもしれない。もしかするとマジックは虚弱な母が長くはないだろうことを思い、シンタローが家庭の味に飢えたりしないように考慮していたのかもしれないが、実際は何も言わないし、実に楽しそうなので本当のところはただの趣味かもしれない。

 美味いんだけどね。

 ちぎったパンにソースを含ませ口に放り込む。

 なんかムカツク。

 そう。料理ならシンタローも作るし、けっこう上手い方だと自負している。けど、どう贔屓目に見てもマジックのほうが美味い。同じものを同じように作ったとしても、マジックの作ったものの方が美味いのだ。なんでだ?と思って聞いてみたところ

「それはね、愛という名のスパイスだよ」

 はーいはいはい。
 そんなもん、俺のも入ってるっつーの。
 ゼッタイ口に出して言ってやんねーがな!

 パスタもサラダも平らげて、少しぬるくなった緑茶をすすったらごちそうさま。マジックが洗い物をしている間、食後のコーヒーを飲みながらソファで雑誌をめくる。
 最近どういうわけかマジックが通販カタログを愛読するようになり、雑貨系のその手の雑誌がリビングに常備されている。ときどき面白がって商品も購入しているようだ。
 アホか、あの親父は。と思いつつ、キッチン用品のページを見て「あ、これ便利そう」とか思うシンタローもシンタローである。
「はい、洗い物終了―!」
 声高らかに宣言して外したエプロンをダイニングチェアにかけるとシンタローの隣に座って顔を覗き込む。
「ねぇ、シンちゃん」
「ん?」
「パパ、デザートが食べたいな」
「食えば? てか、あるんなら俺も食う」
「いや、あのね……」
 がっくりと肩を落とすマジック。
 あるんならさっさと出せよ、と思っているとマジックが肩を抱き寄せる。
「ね、シンタロー…」
 耳元で甘く囁きながらシンタローの太ももを大きな手でそっと撫でる。

 あ、そーゆーイミ。

 自分の鈍さ加減に若干あきれる。
「……いいだろう?」
「よくないわ!」
 無遠慮に撫でまわす手をぴしゃりと叩いた。
「なんで~~!?」
「もうすぐグンマたちだってメシ食いに来るだろうが、このエロ親父!」
「じゃあ、キスだけ! それ以上はナシ!」
 ねぇ、シンちゃ~ん、と、先程までの口説きモードはどこへやら、両手を組み合わせて拝みポーズでお願いする。

 なんなんだか、まったく。このヒトは。

 黙って座ってればそれなりに格好もつくというのに、シンタローがらみだと常にこんな感じ。

 俺はなさけないよ、父さん。

 まるでお預けを食らった犬のような目で見つめてくる。

 本当に仕方ない。けど、アメを与えることも時には必要か。
 実際、今日のパスタは美味かった。
 ご褒美をくれてやってもいいだろう。

「ホレ」
 いかにも、仕方ない、という風情で目を瞑って唇を突き出す。
 ムードもへったくれもない様子に落胆を覚えないわけではないが気が変わられたら大変、とばかりに唇を寄せる。
 初めが軽く、ついばむように。悪戯のようなキスを重ねて、それから優しく唇を吸う。舌先で歯列をなぞるとゆっくりとひらかれて、あとはもう、どこまでがお互いかわからなくなるまで絡み合うだけ。
 長いキスを交わして、そっと唇が離れる。至近距離で青い瞳が笑った。
「…好きだよ。…シンちゃんは?」
 だがシンタローは答えずマジックの首に腕を絡ませるとそのまま頭を引き寄せて唇を重ねた。マジックは答えをはぐらかされたことに不満半分、思いがけない彼の行動に嬉しさ半分でキスに応える。
 二度目のキスを交わしながらシンタローはうっすらと瞼を開けて時計を確認した。

 12:39:30

 もうすぐタイムリミットだ。遠くからにぎやかな足音が聞こえてくる。
 さぁ、カウントダウン開始。

 5 4 3 2 1

「あ~、おなか空いたぁ! おとー様、今日のゴハンなに?」
 ばぁんとドアを開けてグンマが賑々しく、続いてその後をキンタローが無表情で入ってくる。
「やぁ、グンちゃんキンちゃん、お仕事ご苦労様。すぐ支度するよ」
 マジックがエプロンをつけながらいそいそと台所に立つ。シンタローもカップを持ってダイニングテーブルについた。ここから十数分は家族団らんの時間だ。ごっこ遊びのようなこの時間が少しくすぐったい。だが、ぬるくて平和なこの時がシンタローは嫌いではなかった。

 早くコタローもこの輪の中に入ればいいのに。

 行儀悪くサラダをつつくグンマや熱いお茶を注ぐキンタロー、そして楽しそうにパスタを作るマジックを眺めながらそんなことを思う。
 ふと、夢想から覚めて時計を確認。

 12:53

 もう総帥室に戻らなければいけない時間だ。
 グンマのサラダからプチトマトを一つ失敬しながら立ち上がる。
「俺、そろそろ行くわ」
「あぁ~、ボクのトマト~~!」
「おいグンマ。今日は2時から会議だからな。遅れるな」
「え~? それ、ボクが出なくちゃダメなの?」
 会議って眠くなっちゃうんだよね、と上目遣いで聞いてくるグンマを小突く。
「お前がこなきゃ始まらない会議だろーが。いつもキンタローに任せっぱなしにしやがって!」
「ぶ~。ボクのトマト~。日記に書いてやる~」
「そんなに食いたきゃキンタローから奪れ!」
 恨みがましいグンマをよそにドアに歩み寄る。その時にチラッとキンタローを見たところ、自分の分のプチトマトをさっさと口に放り込んでいた。好物というより、グンマに対するさりげない嫌がらせだろう。
 思わず小さく吹き出しながらドアノブに手をかけたとき
「シンタロー」
 マジックが呼び止めた。反射的に振り返ってみると二人分のパスタを持ったマジックがニッコリと笑っていた。
「いっておいで」
「おう」
 短く応えて部屋を出る。



 すぐに時計を確認。

 12:55

 早く戻らないとまたティラミスに小姑のような説教をたれられてしまう。
 まったくグンマとキンタローには困ったものだ。週に何度かあいまいな理由で昼食に遅れてくるときは、いつもきっちり四〇分遅れてくる。変な気を回しているのがバレバレだ。どうせ言い出したのはグンマだろうが、二人のよけいなお世話様のおかげで常に時間が押してしまう。
 こんな時に限ってエレベーターがなかなかこない。
 やっときたエレベーターに飛び込んで総帥室があるフロアについた。足早に廊下を歩き、すれ違う団員たちの挨拶に軽く手をあげて答えながらシンタローは思う。


 マジックはことあるごとに、自分が好きか、と問う。
 キスをした後だとか、ベッドを共にした夜だとか。

 まったく馬鹿馬鹿しい。

 アンタは好きだのなんだの簡単に言いすぎる。
 大体、俺とアンタでは方向性が違うんだ。
 たとえば、アンタは自分より俺のことを好きな人間なんていないと言う。
 けど、俺は俺くらいアンタのことを好きな奴なんて、掃いて捨てるほどいるだろうと思う。
 でも、アンタの総てを受け入れられるのは俺だけだと思っている。

 アンタは俺のことを惜しげもなく好きだという。
 けど、俺はそれが惜しい。
 だから絶対に、まかり間違っても口になんてしてやらない。

 アンタは俺が自分と同じ気持ちでいて欲しいと思っているだろう
 でも、人間が二人いて、その二人の気持ちがまったく同じ方向を向いているなんてことは、絶対にありえないんだよ。

 どれくらいアンタが好きかだって?


 総帥室の前まできた。時間を確認する。

 13:08

 また遅刻だ。ティラミスが額に青筋を立てて待っている姿が目に浮かぶ。
 専用カードキーを差込みながらシンタローはため息をつく。





 アンタが死ぬ時、今わの際に言ってやるから、盛大に感動しやがれ。


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m


 あの南国の島から戻って半年近くが過ぎたある冬の日。シンタローはひとり車を走らせていた。
 助手席には大きな白い花束。久しぶりに『彼女』に会いに行く。ほんのわずかな間で大きく変わった自分を見せに行くのだ。
 あの島から帰ってから、シンタローのすべてが激変した。
 総帥の令息からシンタロー個人へ。奔放で自由な島での暮らしから、次期ガンマ団総帥へ。
 だから最初にその違和感に気づいた時は、ただの気のせいだと思っていた。だがそれは日に日に大きくなり、胸の中でモヤモヤとわだかまってシンタローをたまらなくイヤな気分にさせた。そしてそれはやがて、しこりのようにシンタローの奥深いところで根付いてしまった。
 その正体不明の気持ちに合理的な答えを求めるためにも落ち着いて考えたかったが、何しろ暇がない。
 新生ガンマ団の発足準備や総帥引継ぎのための諸々の手続き、その他、日々発生する雑務に追われ、ガンマ団本部でカンヅメの日々が続いていた。それというのも親父には忠実だが息子には厳しい総帥秘書・ティラミスが一歩も外に出してくれなかったからだ。
 特別な日だから、どうしても! と、ティラミスを拝み倒して何とか今日一日の休日を手に入れた。もちろん、有能な総帥秘書殿はこの日がどういう日なのか知ったうえで、恩着せがましく休暇を許可したのだった。
 一人で出かけようとしたシンタローにティラミスが、せめて護衛を、といったが黙殺した上で誰もついてこないよう厳命し、車に乗り込んだ。
 とにかく一人の時間が欲しかった。
 ガンマ団本部では常に誰かが側にいるし、種々雑多な揉め事や仕事に忙殺されて、とてもじゃないがそれ以外のことを落ち着いて考えさせてはくれない。
 車は海岸沿いをスムーズに流れていた。
 窓は全開。当然髪は風でめちゃくちゃに乱れているが気にならない。むしろ開放感でスッとする。このまま車を飛ばし続ければ、この言い知れない気持ちも吹き飛んでいくような気がしてアクセルをさらに吹かした。
 目的地の丘は、もうすぐそこに見えていた。


m




――これは罪か?――


 だとしたら、誰が定めた罪なのか。


 眼下では彼の息子が規則的な寝息をたてている。よほど疲れているのだろう。彼が側にいることすら気がつかないでいる。
 母を亡くし、弟と引き離されてから息子は士官学校での訓練に明け暮れていた。それからというもの、すっかり生傷が絶えなくなってしまった。痣をつくって帰ってくるなど日常茶飯事。だが、日に日にたくましくなっていく。早く強くなって弟を助け出したいという想いと、父の顔を見たくないという感情と。それが原動力だった。
 そして疲れ果て、深い眠りに落ちる。
 罪のない寝顔。
 どんなに大きくなっても寝顔だけは変わらない。ほほえましい気持ちで目を細める。
 誰よりも愛しい子。
 亡き妻と同じ黒い髪に黒い瞳。成長してさほどでもなくなったが、幼い頃の面差しは妻によく似ていた。だから、こんなに愛しいのか。


 美しいその人を思い出す。

 政略のために娶らされた妻だった。
 だが彼は人質として差し出された女を心から愛していた。

 黒絹のようにつややかな髪。
 時おり髪をかき上げるしぐさが、ひどく稚かった。
 白磁のようにきめの細やかな肌。
 そのほほ笑みは儚げで、今にも消えてしまうかとさえ思えた。
 そして、ほかに例えようもなく美しかった黒い瞳。
 迷いなく、真摯に見あげてくる柔らかなまなざしを何よりも愛していた。

 シンタローが生まれた時、彼女はシンタローが秘石眼を持って生まれなかったことを非常に気に病んでいた。周囲も時には無言で、また時には聞こえよがしに彼女を責めた。そしてついには彼女が不義を犯したのではないかというものまで現れだした。
 それを聞いたマジックはことさら人前でシンタローを可愛がるようになった。誰がなんと言おうとシンタローは彼の息子であり、愛する妻の息子なのだ。口さがない連中にそれを示すために、誰よりも息子を愛した。
 正直なところ秘石眼を持たずに生まれた息子に、落胆をおぼえなかったわけではない。だが妻によく似た息子を彼は溺愛した。今にして思えば息子が秘石眼を持ち、金髪で生まれてきたとしたら、ここまで愛することができただろうか。
 梳るようにシンタローの髪を撫でる。
 洗いざらしのまま眠ったのだろう。髪がずいぶんと濡れている。
(まったく、風邪をひいても知らないぞ)
 反抗期まっさかりの息子は、父親の言うことなど聞きもしない。苦笑しながら、そっとシンタローの頬を掌で包む。
 冷たい掌にシンタローのぬくもりが伝わる。
 ゆっくりとなだらかな頬のラインをなぞる。
 頤を撫で、親指でそっと唇に触れてみる。
 かすかな寝息が感じられた。

 いとおしい。

 どうしてこんなにいとおしいのか。
 シンタローがこんなにも妻に似ているから。
 だから愛しくてたまらない。

 黒絹のようにつややかな髪。
 時おり髪をかき上げるしぐさが、ひどく稚かった。

 違う

 白磁のようにきめの細やかな肌。
 そのほほ笑みは儚げで、今にも消えてしまうかとさえ思えた。

 違う

 そして、ほかに例えようもなく美しかった黒い瞳。
 迷いなく、真摯に見あげてくる柔らかなまなざしを何よりも愛していた。


――違う


 彼女とシンタローは似ていない。
 髪をかき上げるしぐさも、その笑顔も、まなざしも違う。
 ならばなぜ、こんなにシンタローが愛しいのか。
 今でも妻を愛している。その気持ちに偽りはない。

 シンタローがいとおしい

 妻に似ているから
 違う
 妻が残した息子だから
 違う
 妻のように、愛している


 違う


 妻のように、ではない。妻以上に。
 息子だから、ではない。人として。
 誰よりも。シンタローを。


 あいしている。


 シンタローが目を覚まさないよう、そっとベッドの端に腰かける。両手をつくとわずかにベッドがきしんだ。
 そのままゆっくりと覆い被さるように近付いていく。


――これは罪か?――


 だとしたら、誰が定めた罪なのか。
 見も知らぬ誰かが定めた罪など知らぬ。これが罪だなどと認めない。

 もう、互いの息がかかるほど近い。

 ただ、彼を愛したいだけ。
 それを罪とは呼ばせない。だがそれを――


 ほんのわずか、唇の先が触れるだけのくちづけ。
 そしてそっと体を離した。
「おやすみ、シンタロー」
 静かに囁いたとき、シンタローがかすかに声を漏らし寝返りをうった。まるでマジックを拒むように背を向けて。
 その様に思わず苦笑してしまう。
 こんな風につれなくされて、それでもなお彼が愛しい。
 もう一度口の中で、おやすみ、と呟いて、安らかな眠りを妨げないように静かに部屋を出た。
 窓の外にはわずかに欠けた月が晧々と輝き、長い影をおとす。


 シンタローを愛している。
 ただそれだけ。
 それを罪とは呼ばせない。
 だがそれを誰かが『罪』と弾劾するのなら
 自分を罪に陥れるがいい。

 愛している。





――これは罪か?――






m,



息も出来ないくらい


重ねた唇を放した途端、物凄い力で頬を抓られた。

「何しやがる、このアーパー親父」

真っ赤になった頬、潤んだ瞳。
こんな状態で怒ったって、余計こっちの欲を煽るだけなのにね。

「シンちゃん、もうちょっとムードってものを…」
「誰が出すか」
「パパを喜ばせてくれないの?」

当然といった表情を向けてくるシンタロー。
本当にこの子はどこまでも意地っ張りなんだから。
そんな所が可愛らしいけれどね。

「パパ、こんなにシンちゃんの事好きなんだけどなぁ」
「それがどうした」
「シンちゃんの呼吸を止めるくらいキスしてたいのに」

てっきり眼魔砲が来ると思ってたのに、シンタローは顔を赤くするばかり。
こんな反応を示す子だから愛しくて、胸が詰まっちゃうんだよ。
好きだという気持ちがどんどん膨らんで、この体を壊してしまう。

「何ニヤニヤしてんだよ」
「可愛いな、と思って」

いずれ来る終わりが、この気持ちによってもたらされればいいのに。
私の呼吸を止めるのはシンタローだけで良い。






君と出会うために


「宜しいのですか?」

かけられた声に、マジックは口端を上げた。
どうやら彼ら自身も追いかけたいらしい。
僅かに揺らいだ声がどことなく可笑しくて、マジックは目を閉じる。
有能な秘書達は自分の命令一つで逃げた息子を連れ戻そうと躍起になるだろう。
でも、それではダメだ。
きっと、これは良い機会。

「良いんだ。アレはあの島に留まるべきだろう。だが…」

余りにも長い滞在は許さない。

マジックがゆっくりと窓際に移動する様子を眺めていた秘書達は、彼が今どのような表情をしているのかなんとなく想像出来た。
彼の、否。
彼の一族の独占欲は一介の者には理解できない範疇にある。
振り返ったマジックは笑みを浮かべながら、秘書を返した。
残された空間は普段以上にどことなく冷たさを覚える。

「どれだけ成長するのかな、君は」

きっと、彼は変わってしまうだろう。
この場所では親である前に総帥としての立場が強くなる。
彼さえ望めば、いつでもそれは覆せるのだが、彼のプライドがそれを許さないだろう。
出来れば自分の手の届く範囲で成長して欲しかったが、どうやらそれは今のところ実現しそうに無い。

「でも、それじゃパパ悔しいだけだねぇ」

一つ一つ殻を破る君と出会うために、今はとりあえず我慢をしよう。







「シンタロー!」

目の前の男の蒼白な顔を目にとめた瞬間、失われていく意識とは別に笑いがこみ上げてきた。


生きていく


「マジック様。少し休まれてはどうですか」

このままではあなたが倒れてしまいますよ。
静かな声だが脳に響く声に、マジックは顔を上げた。
双子の弟達と同じ年の医者は、困ったような表情を浮かべている。
生気のない顔でも見せていただろうかと思うと、マジックも困ったように表情を崩した。

「シンタローは…」
「大丈夫です。今は薬が効いて眠っておられますが、命に別状はありません」

握り締めていたせいで熱が籠もってしまったらしく、額にあてた手が、驚くほど熱かった。

「らしくなくて、笑ってしまったと」

謎の言葉に、マジックは視線だけで問いかける。
高松は少し目を伏せていた。

「シンタロー様が、仰っていました」
「…そうか」

視線を戻したマジックに高松はそれ以上何も言わず、出来る限り静かに去った。
視界に映る全てがぼやけていて、思わず壁にもたれかかってしまったマジックは大きく息を吐く。

「シンちゃん」

目の前で崩れていく息子の映像が脳裏に焼きついて離れない。
助かったと知った今でも、出来の悪いビデオのようにスローモーションで流れていた。

「君に、置いていかれるのだけは嫌なんだ」

もう、君なしでは生きていけないから。
君がいないと、生きている実感なんてしない。

「きっと、君は怒るだろうね」

そんな情けない父親なんて知らないと、今はその言葉だけでもいいからすぐに聞きたい。
生きていくためには、君が必要不可欠なんだ。




m
「私はね、シンタローが好きなんだよ」

細められた目は、愛しいものをこれ以上無いというほどに慈しむ光を称えていた。


Father, I love you too.


「こぉのクソ親父!」

いつもならばこの後に盛大な爆発音が続くのだが、なぜか今日はその音が聞こえてこなかった。
不思議そうに首を傾げるマジックは、怒りを露にしている息子の頬にそっと触れてみる。
案の定、すぐに払われてしまったが。

「シンちゃん?そんなにカリカリしてると肌荒れるよ?」

普段ならば。
そう、普段ならば。
ここで又爆発音が響くはずなのだ。
それなのに今日は全然響かない。
マジックは困ってしまった。
かつては自分も着ていた真紅の総帥服を受け継いだ息子が珍しく怒りを抑えて、というよりもほぼ無視状態で唇を尖らせているだけなのだ。

「シーンちゃん」
「五月蝿い。俺は忙しいんだ、どっか行け。」
「パパ、泣くよ?」
「ここじゃないどこかで泣け」

一息吐いて書類を手に取ったシンタローの目にマジックはもう映らなかった。
わざとらしくハンカチを噛み締めて涙を流そうが無視だ。

「シンちゃんが冷たい…パパ、泣いてやるから!」
「もう、どっか行け」

そんな冷たい言葉と共に今日初めて響いた爆発音。
眼魔砲が躊躇なくマジックに向けて放たれた。
眼魔砲によって放り出される形になったマジックだが、彼は今日初めて向けられた息子の歪んだ愛情表現に満足気だったらしい。
マジックの姿が完全になくなってから、シンタローは眉を顰めてから書類を放り投げた。

「バッカじゃねーの、クソ親父」

あの男が挨拶代わりに好きだと言うのを止めない限り、好きだなんて、絶対に言ってやらない。
僅かにシンタローの口の端が持ち上げられた。

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