息も出来ないくらい
重ねた唇を放した途端、物凄い力で頬を抓られた。
「何しやがる、このアーパー親父」
真っ赤になった頬、潤んだ瞳。
こんな状態で怒ったって、余計こっちの欲を煽るだけなのにね。
「シンちゃん、もうちょっとムードってものを…」
「誰が出すか」
「パパを喜ばせてくれないの?」
当然といった表情を向けてくるシンタロー。
本当にこの子はどこまでも意地っ張りなんだから。
そんな所が可愛らしいけれどね。
「パパ、こんなにシンちゃんの事好きなんだけどなぁ」
「それがどうした」
「シンちゃんの呼吸を止めるくらいキスしてたいのに」
てっきり眼魔砲が来ると思ってたのに、シンタローは顔を赤くするばかり。
こんな反応を示す子だから愛しくて、胸が詰まっちゃうんだよ。
好きだという気持ちがどんどん膨らんで、この体を壊してしまう。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「可愛いな、と思って」
いずれ来る終わりが、この気持ちによってもたらされればいいのに。
私の呼吸を止めるのはシンタローだけで良い。
君と出会うために
「宜しいのですか?」
かけられた声に、マジックは口端を上げた。
どうやら彼ら自身も追いかけたいらしい。
僅かに揺らいだ声がどことなく可笑しくて、マジックは目を閉じる。
有能な秘書達は自分の命令一つで逃げた息子を連れ戻そうと躍起になるだろう。
でも、それではダメだ。
きっと、これは良い機会。
「良いんだ。アレはあの島に留まるべきだろう。だが…」
余りにも長い滞在は許さない。
マジックがゆっくりと窓際に移動する様子を眺めていた秘書達は、彼が今どのような表情をしているのかなんとなく想像出来た。
彼の、否。
彼の一族の独占欲は一介の者には理解できない範疇にある。
振り返ったマジックは笑みを浮かべながら、秘書を返した。
残された空間は普段以上にどことなく冷たさを覚える。
「どれだけ成長するのかな、君は」
きっと、彼は変わってしまうだろう。
この場所では親である前に総帥としての立場が強くなる。
彼さえ望めば、いつでもそれは覆せるのだが、彼のプライドがそれを許さないだろう。
出来れば自分の手の届く範囲で成長して欲しかったが、どうやらそれは今のところ実現しそうに無い。
「でも、それじゃパパ悔しいだけだねぇ」
一つ一つ殻を破る君と出会うために、今はとりあえず我慢をしよう。
「シンタロー!」
目の前の男の蒼白な顔を目にとめた瞬間、失われていく意識とは別に笑いがこみ上げてきた。
生きていく
「マジック様。少し休まれてはどうですか」
このままではあなたが倒れてしまいますよ。
静かな声だが脳に響く声に、マジックは顔を上げた。
双子の弟達と同じ年の医者は、困ったような表情を浮かべている。
生気のない顔でも見せていただろうかと思うと、マジックも困ったように表情を崩した。
「シンタローは…」
「大丈夫です。今は薬が効いて眠っておられますが、命に別状はありません」
握り締めていたせいで熱が籠もってしまったらしく、額にあてた手が、驚くほど熱かった。
「らしくなくて、笑ってしまったと」
謎の言葉に、マジックは視線だけで問いかける。
高松は少し目を伏せていた。
「シンタロー様が、仰っていました」
「…そうか」
視線を戻したマジックに高松はそれ以上何も言わず、出来る限り静かに去った。
視界に映る全てがぼやけていて、思わず壁にもたれかかってしまったマジックは大きく息を吐く。
「シンちゃん」
目の前で崩れていく息子の映像が脳裏に焼きついて離れない。
助かったと知った今でも、出来の悪いビデオのようにスローモーションで流れていた。
「君に、置いていかれるのだけは嫌なんだ」
もう、君なしでは生きていけないから。
君がいないと、生きている実感なんてしない。
「きっと、君は怒るだろうね」
そんな情けない父親なんて知らないと、今はその言葉だけでもいいからすぐに聞きたい。
生きていくためには、君が必要不可欠なんだ。
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