蒼く深い海の底に大きなお城がありました。そこには、海を統べる王とその子供達が住んでいました。
ある日のことです。
「シンちゃん。どこへ行くのかな?」
海の王マジックは、お城の廊下を歩いていた息子の一人を呼び止めました。
「あん? そんなこたぁ、てめぇに言うことでもねぇだろう」
その可愛い生意気な返事に、マジックは、にっこりと微笑みました。
「シンちゃん―――ここで襲っていい?」
「すいません。ごめんなさい。ちょっと向こうに用事があるだけです」
シンタローは、慌てて頭を下げました。
相手は、やるといったらやる男です。ある意味誰よりも危険人物な存在なのです。
そのうえ、海の王であるマジック相手では、人魚であるシンタローでは太刀打ちできないのです。
下手に不興を買うのは馬鹿がやることでした。
「ふぅ~ん。向こうに用事ねぇ」
何やら思惑ありげな声音でそう呟くマジックに、シンタローは、じりじりとマジックから距離を保ちつつ、そのまま一気に逃げる隙をうかがっていました。しかし、もちろんそんなに思い通りにいくはずがありません。
素早く距離を縮められると、がっしりと肩を捕まれてしまいました。
「シンちゃん。いっつも行ってるけど、外は危ないから出ちゃいけないからねv」
「んなッ! なんでわかるんだよ。俺が外へ行こうとしているのが」
その言葉に、シンタローはビックリしてしまいました。
マジックの言うとおり、シンタローは外へいくつもりだったのです。でも、それは父親に禁じられていたために、こっそりと出ていくつもりだったのです。
「シンちゃんのことなら、パパはなんでもわかるんだよ。さ、お部屋に戻るよ」
「はーい」
「んv いい子だね」
「――――と見せかけて、あばよ!」
ガツッ!!
「~~~ッ! ……シンちゃんッ!?」
良い子のお返事をし、マジックの促されるままに向きをかえたシンタローですが、マジックに隙が生まれた一瞬を身のがさず、マジックの脛を思い切り蹴りつけました。その痛みに怯んだ隙に、シンタローは、あっという間に外へと出かけていったのでした。
「シンちゃ~~~~~ん。カムバァ~~~~~ク!!」
父王の叫びは、空しく廊下に響き渡ったのでした。
「ったく、うるせぇ親父め」
シンタローは、毒づきながらも久しぶりの城の外を堪能していました。
青い世界は、いつ見ても綺麗です。ですが、それを毎日見ていては、やはり飽きて来ます。
「ちょっと外を見るぐらい、どうってことないだろうが」
シンタローは、尾を揺らめかせ、ぐんぐんと深い海の底から海面を目指して昇って行きました。
シンタローの目的は、海面から顔を出し、空と陸を見ることです。そこは、海の底とは全然違った、色鮮やかで美しい世界が広がっているのです。
海の中で退屈しきっていたシンタローにとっては、それは何よりも刺激的で、魅力的なものでした。
「せっかくの嵐だってぇのに、城の中でいられるわけがねぇだろ」
海の中ではありえない光景を見せる外の世界ですが、特に面白いのが、海が荒れている時でした。海の深い底では感じられない強い雨と風が顔に打ち付けるのが気持ちよくてたまりません。高い波に身体が上昇したり急降下するのもスリルがあり、楽しくてたまりません。
外が大嵐だと聞けば、シンタローはこっそりと外へ出てきていたのです。
この日もそんな日でした。
ようやく海面から顔を出すと、すぐに大波に顔を洗われてしまいました。丁度いい具合に、嵐の真っ最中のようです。
「すっげぇ」
素晴しい荒れ模様にシンタローは思わず感嘆の声をあげました。
「あれ?」
そうして、ぐるりと海面を見ていたシンタローでしたが、その視線の端に、面白いものを見つけました。
「船だ…しかも、凄くでかいな」
シンタローは、小さな木の葉のように海に弄ばれている一艘の船を発見しました。こんな荒れた海の中を航海するのは、大変危険なのですが、その船は、嵐の中に存在しておりました。
「傍に行ってみよう」
何か面白いものが見れるかもしれません。
好奇心一杯で尾を翻すと、シンタローは、その船に向かって突き進んで行きました。傍へ近づくと、船は想像以上に、とても大きいことが分かりました。
ですが、その船がいとも簡単に波によって左右上下へと大きく傾かされていました。
「あっ!」
シンタローが声をあげた瞬間、もっとも高い波が、船を襲いました。そのとたんに船は、横へと大きく傾きました。海水が甲板を勢いよく洗い流し、そして何かが海に向かって落ちたのがシンタローの目に見えました。
「大変だッ」
それが人であることが、海に潜って初めてわかりました。
シンタローは、懸命に尾を振ると、沈んでいくその身体を追いかけて行きました。ようやく、沈むその身体を捕まえると、今度は海面まで上昇していきます。人一人分の重さに、尾を動かすのも辛いのですが、それでもシンタローは泳ぎ続けました。
「ふぅ…ここでいいだろう」
シンタローがたどり着いたのは、どこかの岩場でした。
嵐はもう遠くの方へと行っています。船も見えなくなってしまいました。その人間をもう、船に戻すことはできません。
それでも陸地に連れていってあげたのだから、文句は言われないだろう、と思いつつシンタローは、岩の平らになっている部分を見つけ、にいて人間を一生懸命押し上げました。
「お~い、生きてるか?」
シンタローは、半身を海につけたまま、拾ってきた人間の顔が波にかからないところまで引き上げると、ぺしぺしと手で頬を叩きました。
ですが、青白い顔をしたそれは、なんの反応もしませんでした。
ベシベシッと今度はより強く叩いて見ましたが、少し頬が赤くなっただけでした。
「……これは、あれか? 人工呼吸という奴をしなければいけないのか」
もちろん海の中に住むものが、溺れるはずがなく、人工呼吸などという方法は知るはずがありませんが、年寄り達に話を聞いていて、シンタローも方法は知っていました。少々ご都合的な展開ですが、いいのです。
「まあ、いいか。不細工でもないし」
自分を助けたものを改めてシンタローは見ました。
そこにいたのは、とても綺麗な青年でした。キラキラと輝く金髪が目に眩しいほどです。きている服も立派なもので、シンタローは自分が助けたものに満足しました。
なんとなくいい拾いものをした気分です。もちろん助けただけで拾ったわけではないのですが。
そう言うわけでして、シンタローは、その青年の唇にそっと己のものを重ねて、息を吹き込んであげました。
何度繰り返したでしょうか、そのうち、青年の口から大量の海水が吐き出されました。
「よっしゃぁ!」
それは、息を吹き返したあかしです。
それを見届けると、シンタローは、そっと青年から離れました。自分の姿は人間とっては異形です。見つかってしまえば、捕まえられ見世物にされるのです。シンタローは、素早く海へと身を翻しました。
ですが。
「まてっ」
「うわっ! な、なんだよ」
シンタローの尾が行き成りつかまれました。ビチビチッと魚のように尾を振って暴れてみますが、捕まえられたそれは離してもらえませんでした。海の方向へ向かってシンタローは、叫びました。
「離せっ」
「嫌だ」
「なんでだよ」
「さあ?」
「分からないなら離せっ」
「それはダメだ」
進展の全然ない押し問答の末、シンタローは尾を跳ね上げるのを止めました。
そうして振り返ると、そこには自分の尾をしっかりと握った青年の顔が見えました。少し前までは死にそうな顔をしていたのが嘘のようです。そうして、晴れた日の海原のような瞳がこちらに向けられていました。
「俺をお前にとって命の恩人なんだぜ? 捕まえて見世物にしようとか思わないでくれ」
「なんで、お前を見世物にするんだ?」
「へっ?」
シンタローは、てっきりそのまま陸地へと連れていかれて、見世物にされると思っていたのです。けれど、あっさりと違うと言われて、なんとなく拍子ぬけてしまいました。
「んじゃ、何ぜ俺を放してくれないんだよ」
「お前が逃げるからだろ?」
「だって、俺は人魚だぜ」
「そうだな」
「そうだなって…分かってるなら、逃げるも分かれよ。だいたい人魚は人の前には出ないもんだろう」
「そうなのか?」
「……いや、まあ俺も知らないけどさ」
真顔でそう返されると、はっきりとした決め事など知らないシンタローはつい口ごもってしまいました。明らかにあちらのペースに巻き込まれているのですが、あいにくシンタローはまったく気付いてませんでした。
「それじゃあ、逃げなければ、それ、離してくれるか?」
尾は、ぬるぬるしているために滑りやすく、相手はしっかりと握りしめているのです。ですが、その指が食い込んで、シンタローは、痛い思いをしていました。
「本当に逃げないのか?」
「海の神にかけて約束する」
その言葉を口にすると、その青年は、ようやく手を離してくれました。
「あ~、痛かったぜ」
「それはすまなかった」
すぐに謝ってくれる男に、シンタローはどう反応するべきか困惑してしまいましたが、仕方がないので、横柄に頷いてあげました。
「ああ。もう二度とんなことするなよ」
「わかった」
やはり素直に頷いてくれるので、結局それについて、怒ることはできませんでした。
「ところで、何か用なのか」
それが疑問でした。
自分を見世物にする気がないならば、ここは溺れる心配のある海の上でもないのだから、自分には用事はないはずである。
いったいなんのために、海へと帰る自分の行く手を阻むのかと問いかければ、その青年は、言いました。
「命の恩人にお礼をしなければいけないだろう」
「お礼?」
「そうだ」
「ふぅ~ん。どんなお礼だ?」
思っても見なかったことですが、もらえるものはもらっておこうかな、とシンタローは思いました。素敵なものならば、海の仲間達に自慢してあげられます。
あの胸に輝くピカピカ光る奴とか、指にはまっているキラキラ青く輝く石でもいいな、と思いつつ、期待に胸を膨らましていると、青年は、シンタローの目をじっと見て言いました。
「お前を俺の后にしてやろう」
「…………はぁあ?」
それは何の冗談でしょうか。
ですが、そう言った本人は、いたって真面目な顔をしておりました。
「えっと…なんで?」
「そういう話だからだ」
当たり前のようにそう言ってくれますが、それで片付けられても困ります。
シンタローは、慌てて否定するように、相手に向かって手をふりました。
「いや…マテッ。『人魚姫』の話を言うなら、あれは悲恋話だろ。結局王子と人魚姫は結ばれなかった――という」
「だが、人魚姫は王子を愛していたのだろう」
「まあな」
それは間違いありません。
だからこそ、人魚に戻れるチャンスをふいにして、王子から身をひいたのである。
「それならば、お前は王子である俺に惚れているということだろう」
「いや、その展開はいささか強引じゃ…」
「だが、お前は寝ている俺にキスをしたじゃないか」
その言葉に、シンタローは、一気に顔を赤らめました。
「意識あったのかッ!」
あれは、意識を失っていると思ったからこそやったのです。なのに、しっかりと覚えていると言われて、シンタローは、そのまま岩場の縁に撃沈しました。
「事実を認めたな」
それを掬い上げるように、キンタローの手が伸びてきました。顔を上げさせられ、シンタローは、決まり悪げに王子様を見つめました。
「いや、あれはただの人口呼吸――んッ!」
キスとは違うといおうとしたシンタローの唇は、目の前にいた王子の唇に奪われてました。
唐突のそれに驚いて口を開いたままでいると、そこからするりと王子の舌が入り込んできました。深く深く奥へと潜り込んでくるようなそのキスです。ですが、中の舌はまるで嵐の中の船のように忙しく動き回り、シンタローは海の底で溺れるような感覚を覚えました。
「んっ…あ…はぁ」
ようやく唇を離されて、そのまま息も絶え絶えに砂浜に倒れこむと、その身体を王子様の手によって掬いあげられてしまいました。
「なっ、何する」
暴れようとするその身体をたくみに押さえて、王子様はいいました。
「城に戻って婚礼の準備だ」
「マテマテマテッ! 俺は人魚だぞ」
こんな身体で、結婚などできるはずがありません。
そんなことをすれば、自分は結局は見世物と同じ目にあいかねません。そんなのは、ごめんです。
けれど、そんなことを王子様がさせるわけがありませんでした。
「大丈夫だ。うちには腕のいいドクターがいる。あいつならば、お前を人間にしてくれるだろう」
そう断言され、シンタローは王子のの腕の中で憮然とした顔を見せました。
「って…なんか話が違ってる」
その通りです。何か色んなものをすっ飛ばしています。
ですが、王子はまったく問題ないと言い切りました。
「気にするな。世の中ハッピーエンドならば、問題なしだ」
「そうなのか?」
「そうだろ」
やはり真顔できっぱりと言い切られると、シンタローも真正面から反対し辛いものがあります。
「……まあな」
それに、シンタローだってやっぱりアンハッピーエンドよりもハッピーエンドを望んでいるんです。
抵抗をやめたシンタローに、王子は自分の城へ向かうために歩き出しました。けれど、数歩いくとぴたりと足を止めました。怪訝な顔で、止まった王子の顔を見ると、柔らかく微笑んでいる王子の顔がありました。
「ああ、言い忘れていたが。俺もお前に一目惚れしたからな。愛してるぞ」
「なんかそれ、すっごいずるい気がする」
そんなことを言われてしまったら、もう逃げることはできません。シンタローだって、本当のところこの綺麗な王子様に初めて見た時から惹かれていたのですから。
「俺も……愛してるからな。―――ちゃんと、俺を幸せにしろよ!」
どこかのお話のように、泡になるのは嫌です。そう告げたシンタローに、王子様はしっかりと約束しました。
「ああ。必ず幸せにしてやる」
こうして、人魚だったシンタローは、ドクターの手によって人間となり、陸に住む王子様と一緒になりずっと幸せに過ごしましたとさ。
めでたしめでたし。
――おまけ――
「シンちゃぁ~~~~~~ん! カムバァ~~~~~~~ク!!! ……しくしくしく、シンちゃぁ~ん。戻っておいでぇ~。パパ寂しいよぉ~~~~~~~~~!」
深海で、その声がいつまでもいつまでも響いていましたが、その願いが聞き届けることは永遠にありませんでした。
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昔むかし、あるところに、それはそれは可愛いらしい美少年がおりました。
「……俺はまだ美少年の部類なのか?」
「キンタロー様は永遠の美少年ですッ! この高松が保障いたします」
と、まあそう主張する人もいますし、物語上美青年でも全然構わないのですが、とりあえずということで話は進めて行きましょう。
そんなわけで、その美少年はとても利発で愛らしく、育ての親の高松が舐めんばかりに可愛がり、そうしてその子のために、赤い頭巾―――もとい、赤い前掛けを作ってあげました。その前掛けには、大きく『金』の文字が入っており、そのために、その子はどこへ行っても、キンタローと呼ばれておりました。
「まてっ、その展開は強引だろう。だいたい、俺の名前は元々(?)キンタローだ」
「いいんです。キンタロー様。ささ、私の作ったこの前掛けを身につけてください。もちろん上半身は裸でお願いいたします」
「………高松、鼻血が吹き出てるぞ」
というわけで、毎日赤く彩られた生活をしているキンタローでしたが、ある日、育ての親の高松に用事を頼まれました。
「キンタロー様。大変申し訳ないですが、マジック様がお風邪を召したという連絡が入ったので、この高松特製栄養ドリンクを持って、マジック様のところへお見舞いに行ってきてくれませんでしょうか」
「マジック伯父貴が風邪をひいたのか。それは大変だな」
「ええ。きっと年寄りの冷や水のようなことでもしたんでしょう。まったく迷惑なことですよ。ま、そんなわけでして、頼まれて仕方なく栄養ドリンク作ってさしあげたのはいいんですが、私は、明日の学会のためにちょっと手が離せないんです。ですから、キンタロー様に届けてもらいたいのですが、宜しいですか?」
「ああ、かまわないぞ」
心優しいキンタローは、高松の申し出を快く引き受けました。
「ありがとうございます。本当にキンタロー様はお優しい。きっと育ての親がよかったのですね」
「ああ。世の中には、反面教師という言葉もあるからな」
「えっ? …キンタロー様。それって冗談ですよね?」
それはいいとして、さっそくそのドリンクを運んでもらうために、入れ物として籠を用意した高松は、それをキンタローへとそれを渡しました。けれど、すぐに出かけようとするキンタローを呼び止めると、いいですかこれから言うことをよく聞いてください、といいました。
「キンタロー様。森を通る時にはお気をつけくださいね。近頃、真っ黒なオオカミが出て、人を食っていくという噂があるのです。万が一にもキンタロー様の身に何かあったら、この高松。か弱い心の臓が止まってしまいますッ! くれぐれも森を通る時には、オオカミに出会わないように気をつけてください」
「わかった」
高松の心臓が弱いなどとは初めて知ったキンタローでしたが、それならば、育ての親の心臓を止めないように気をつけなければ、と心に決めて、特製栄養ドリンクを入れた籠を手に、出かけて行きました。
それを見送りながら、高松の手は心臓へと押さえつけられていました。
「ふぅ。キンタロー様。無事帰ってこれるでしょうか。私のか弱い心臓が、先ほどからドキドキしてますよ―――って当たり前ですけどね。止まってたらシャレにもなりませんよ、あははははっ」
どこら辺が本当にか弱いのか、胸を掻っ捌いて見てみたい気もいたしますが、見なくても毛が生えていることは間違いなしの心臓を持っている高松は、明日に迫った学会用の資料をまとめるために部屋へと篭って行ったのでした。
「真っ黒いオオカミか……どんな奴だろうな」
しっかりとお使い用の籠を持ち、キンタローは森の中を歩きながら、そう呟きました。
今まで危険な場所は、育ての親から行くことを禁止されており、またその言いつけもよく守っていたキンタローは、オオカミなどという危ない動物には出会ったことはありませんでした。
けれど、やはり興味はあります。
「図鑑で見たオオカミはとても綺麗だったが、実際にそうなのだろうか」
高松の持っていた生物図鑑で見たオオカミは、威風堂々とした顔つきで佇んでいる姿を捉えておりました。幼い頃は、その気高さにうっとりと見惚れたこともあるキンタローは、ぜひに一度、その目で見て見たいとは思いましたが、高松のか弱い心臓を守るためにも、薄暗い獣道は通らずに、森の中にまっすぐと作られた大通りを進んで行きました。
しばらくすると、キンタローの横にあった大きな木が、風もないのに、ざわりと揺れました。
それに不思議に思って右へと振り返ってみると、いつの間にか、左側の首元に鋭い刃物を突きつけられておりました。
「バーカ。あれは罠だよ。あり金全部だしな」
首を元に戻し、視線を左一杯に向けると、そこには黒髪の青年がいました。
キンタローは、その状態のまま、ぽんと両手をたたきました。
「なるほど。油断したな」
紐か何かで、木を揺らし、そちらへ相手の気がそれたのを見計らって素早くこちらに近づき、急所に刃物をつきつけたのです。それは瞬きほどのできごとで、とても手馴れた様子でした。
「なんだよ、てめぇ。全然怖がらないんだな」
「いや。しっかりと驚いているぞ」
「そうは見えねぇよ」
正直に答えてあげたキンタローですが、相手は残念ながら信じてくれませんでした。
「お前は、キンタローだろ?」
「俺の名前を知っているのか?」
「その赤い前掛けを見れば分かるさ。変態ドクターと一緒に住んでる金髪の奴といえば、お前だけだろ?」
「そうだな」
育ての親が変態呼ばわりされましたが、キンタローは否定もせずに、あっさりと流してしまいました。聞かれていたら、涙と鼻血を流して哀しまれたでしょうが、もちろんここには彼はいないのでかまいません。
それに、変態を変態と呼ぶのは当然だと、キンタローはちゃんと分かっていました。
「で、お前の名は?」
自分だけ名前を知られているのも具合が悪く、綺麗な黒髪をした男に尋ねると、男はあっさりと答えてくれました。
「シンタロー」
「そうか。それなら、シンタロー。ひとつ尋ねるが、俺は、黒いオオカミが出ると聞いてはいたんだが、お前のような奴が出てくるとは思わなかったぞ」
「ん? ああ。それは、俺のことだろ。俺はこの辺を縄張りに盗賊をやっていて、巷では『黒い狼』で名が知れている」
そう言うと、シンタローは、束ねていた黒いオオカミの尻尾のように長い髪を跳ね上げて、ニカッと笑ってみせました。
キンタローは、それを見たとたん、自分の中にあったオオカミへの憧れと重なる気持ちを抱きました。
本物の狼ではないのは、少し残念ですが、けれど、この人間もオオカミのように綺麗な存在に見えたのです。
「なるほど、そう言うわけか。ところでお前は俺を食べるのか?」
高松の言葉の中には、人を食うとという言葉もありました。でも、キンタローが勘違いしたように、高松も正しい情報を知っていたとは限りません。というのも、高松は真っ黒いオオカミが実は人間で、盗賊だとは、一言も言ってなかったからです。
だから、キンタローは真実を確かめるために、尋ねてみました。
「本当に冷静だな、お前は。―――俺は、人なんかくわねぇよ。そりゃ、比喩だよ、比喩! 有り金全部巻き上げて、裸同然で外に放りだしてやってるから、相手によっては食われかけた、とでも行ってるんだろ。盗賊にやられた、というよりは、まだ格好がつくだろうし」
「そうか」
キンタローは、自分の持っていた籠をちらりと見ました。その中には、マジック伯父貴のための特製栄養ドリンクが入っているだけです。有り金を渡せと、目の前の男は言っていますが、キンタローが持っているのは、これひとつと。後は自分の服のみでした。果たしてどこまで取られるかが、問題です。できれば、そのまま見逃して欲しいのですが、キンタローは、未だに刃物を首に押し付けられたまま言いました。
「俺は、生憎金はひとつも持っていないんだが」
「本当か?」
「調べてもいいが、俺の持ち物は、この籠と中に入っているドリンクだけだ」
「ふ~ん」
刃物をキンタローに押し付けているために、シンタローには、それを確かめることはできません。けれど、キンタローを見ていると、それだけのように思えました。しかし、だからと言ってこのまま引き下がっては盗賊としての名が廃ります。
「まあ、いいや。ちょうど喉が渇いてたし、そのドリンクをもらうぜ」
そう言うと、器用に片手で蓋を開けるとシンタローは、そのドリンクを全て飲み干してしまいました。
「んん? すっぱウマッ。―――って、なんだよこれの原料は」
「さあ?」
今まで味わったことの無いそのドリンクに、シンタローは不思議に思いつつ中味を尋ねましたが、キンタローは、首を横へと傾げてみせました。
「高松からは、特製栄養ドリンクとしか聞いてないから、何が入っているのか、俺は知らない」
作る過程をみていれば、少しはわかったかもしれないが、それも見ておらず、一見綺麗なオレンジ色をしたそれに、何が含まれているかは、キンタローが知るよしもありませんでした。
「ゲッ!………これ、変態ドクター作かよ―――栄養ドリンクなら問題ねぇと思うけど」
その言葉に、一抹の不安を感じてしまったシンタローでしたが、とりあえず、今のところ生きているし大丈夫だろうと思うことにしました。
しかし、効果は後からじわじわとわいてきたのでした。
「どうしたんだ?」
キンタローが思わずそう声をかけたのは、首筋に当てていた刃物が突然震えだしたからです。
しだいにぶるぶると大きく振るえだし、とうとう刃物がポトリと地面に落ちてしまいました。同時に、シンタローもまた膝を折るようにしてその場に座り込みました。
「まさか、あの飲み物のせいか!?」
慌ててその肩を掴むと、うざったげに払いのけられました。
それに、思わず呆然としてしまえば、
「触るな……すっげぇ暑いんだよ」
「えっ?」
「暑い暑い暑いッ!」
そう喚くと、行き成りシンタローは着ていた上着を脱ぎだしました。
「……シ、シンタロー?」
突然のその行動に、らしくなくうろたえるキンタローでしたが、相手は構わずに、脱いだその服で、バタバタと自分の身体を煽りだしました。
「なんだよ、これ。めちゃくちゃ身体が暑い。…くっそぉ、栄養ドリンクじゃねぇだろ、これ」
「そういわれても…」
文句を言われても、キンタローには、その中に何が入っているのかわかりません。唐突過ぎる相手の文句に、オロオロするしかする術がありません。
けれど、どうにかしてあげたい、という気持ちはありました。
「シンタロー。どこか水場でも探して…」
身体が暑いなら、やはり冷やすのが効果的でしょう。そう思ったのですが、その場に膝とついたままのシンタローは、動いてくれません。
抱き上げて連れて行ってあげたいのですが、先ほどのように振り払われると哀しいので、どうするべきかと考えあぐねていますと、
「……ッ。あ~もぉ、なんだよ、これ。キンタローぉ」
シンタローが、焼け付くような暑さに耐え切れぬようにして、キンタローの腕にしがみついてきました。頬は桜色に蒸気しており、瞳はすでに赤く血走り潤んでいました。その瞳がまっすぐとキンタローに向けられ離れません。
「どぉにかしてくれ…」
暑いといいながらも、すがりついてくるシンタローに、キンタローは、ふとあることが脳裏を掠めました。
「もしかして、この薬…」
少し前に、高松が薬を作っていたのを思い出しました。その薬も確か、綺麗なオレンジ色をしていたのをキンタローは覚えてます。そして、その薬の名前も当然覚えてました。
「催淫剤…か?」
キンタローは、シンタローを見ました。すでに上半身は裸です。汗ばんだ素肌が、触れた手に吸い付きます。試しに、とキンタローは、すでに赤く色づきツンと突き出た胸の飾りを指先で擦るように触れてみました。
「んぁ! ああ…やっ」
とたんに苦しげに身悶えしましたシンタローですが、同時にあげた甘い嬌声に、キンタローは確信を持ちました。
「高松は、どうやらあげるドリンクを間違えたみたいだな」
「もぉ、なんでもいいから…キンタロー…助けろ」
薄く開かれたままの唇からちらりと赤い舌をみせ、熱い吐息とともに漏らされた言葉に、キンタローは、ごくりと喉を鳴らしました。
あちらからのご指名です。
すでに涙で潤むそれは、こちらに絡みつくような視線へと変わっています。こうなった以上、キンタローもそのまま見捨てるわけには行きません。
「わかった」
キンタローは、しっかりと頷くと、熱くなったシンタローの身体を抱き上げました。
「俺が責任をもってお前を助けてやる」
とても責任感が強いキンタローは、そう告げると、人気の無い茂みの裏へと、シンタローとともに向かいました。
しばらくすると、茂みの中から、
「んっ…あっああ、キンタロー…んあぁ…あつぅ…はぁ…あん」
「ああ…お前のなかは本当に熱いな」
熱い吐息とともに、そんな声が森に響き渡りました。
こうして優しいキンタローは、暑さに苦しむオオカミを助けてあげたのでした。
めでたしめでたし?
「おやっ?」
パカッ。
開かれた冷蔵庫の中をしげしげと眺めた高松は、あるはずのないものを見つけました。
「キンタロー様に渡したはずの栄養ドリンクがここに……なぜ?」
けれど、その原因はすぐに分かりました。
「うっかりしてましたね。キンタロー様に渡したのは、特製催淫剤のようで。ま、いいでしょう。飲むのはマジック様ですし。ティラミスやチョコレートロマンスが相手なら――――はっ! もしかしてキンタロー様の前で飲んで、キンタロー様が食われちゃったらどうしましょ!!! キンタロー様ぁ~~~~~~ご無事でいてくださぁ~い!」
その心配されている本人が、現在お食事中であることは知るよしもなく、高松は、空へ向かって高々と叫んだのでした
―おまけ―
「ルン♪ルンルン♪ は~やくオオカミさん来ないかなぁ。パパ、もう我慢できないよ。来たら即行で食べちゃうよv」
襲いに来たオオカミを反対に食べるという、裏王道的な展開を期待していたマジックだが、もちろんそれを期待するだけ無駄だと言うことも知らず、いつまでも、いつまでも訪れぬ来訪者を待っていたのでした。
それはとても寒い日でした。
とてもとても寒く、そして今年最後の日でもありました。
朝から雪がちらつき積もり、石畳の通りには、忙しなく道行く人たちの足跡がうっすらと形作っています。
そんな中に、一人の少女――いえ、少年が通りの隅に立っていました。
頭には何もかぶらず、服装といえば、薄いチャイナ服一枚。足には素足にサンダルを履いていました。
こんな冷たく凍えるような日に、少年がそこにいたのは、マッチを売るためでした。
少年は、ズボンのポケットにたくさんのマッチを詰め込んでいました。そのマッチは師匠から渡されたものです。パンパンに詰め込まれたマッチのひと束を少年は、手にとりながら、通りに歩く人達に向かって、差出ながら、言いました。
「マッチを…マッチを買うてくれはりまへんか。マッチはいりまへんか?」
少年――アラシヤマは、何度も何度もその言葉を言いました。なぜなら、ポケットの中にマッチが全部売れないことには、師匠の家に帰れないからです。
朝、アラシヤマはこのマッチを全部売って来いと師匠に命じられたのです。師匠は、怖い人です。あっさりと無慈悲に、弟子へ必殺技をかますような人です。消し炭にされたくないアラシヤマは、しぶしぶながらも師匠の言いつけどおりマッチを売ろうとしました。
「……ああ、ぎょうさん人がいらはりますわ。きっと誰ぞ親切なお方が、このマッチを買うてくだはるやろなぁ」
灰色の重たげな空の彼方を見上げながら、夢見がちに呟くアラシヤマの目の前を、何人もの人たちが、アウト・オブ・眼中で通り過ぎていました。
「はぁ~あ。どなたか、マッチを買うてくだはりまへんかぁ?」
どんより重苦しい雰囲気と、ねっとした視線を向けられた人達は、スッと綺麗に視線をそらし、その場から立ち去っていきました。当たり前ですが、誰も立ち止まって、アラシヤマのマッチを買ってくれる人はいません。
日はどんどん暮れていきました。
寒さはどんどん厳しくなっていきます。
吐く息は白さを増し、道行く人は、早く暖かな我が家に帰りたく、足早に歩いていきます。
道の真ん中で、マッチを売る少年など、誰も見向きはしませんでした。
「ふふっ…やっぱり人なんて、所詮冷たい生き物なんどす。わてには、このあったかな友達……マッチのヤマモトくんらがいてくれはりましたら十分どすえ。なあ、ヤマモトくん、ヤマギシくん、ヤマナカくん、ヤマカワくん、ヤマシタくん……わては、あんさんらがいれば十分どすえ」
道にしゃがみこみ、マッチ一本一本に向かって語りかけていくアラシヤマに、すでに道行く人たちは、一メートル以上の間隔をあけて、通り過ぎていました。
「せやけど、どないしましょ。このままだと、わては師匠のとこに戻れまへんわ」
マッチが売れないことには、お家には帰れません。ですが、その時でした。
「うわッ! そこの奴どけッッ。邪魔―――ああッ!」
勢いよく真正面から走ってきた少年に、思い切りぶつかられました。
「イテテテッ…」
声をあげたのは、衝突してきた方でした。地面にしゃがみこんでいたアラシヤマの方は、背中を少し蹴られたぐらいですみんだのです。ですが、走ってきた 少年の方は、アラシヤマを避けきれず、その背中に思い切り足を引っ掛けてしまい、そのまま前に転びました。石畳にスライディング土下座をするように豪勢にこけてくれたその少年は、痛そうに顔を顰めながら起き上がりました。
「だ、大丈夫でっか?」
アラシヤマは、すぐにその少年に駆け寄ると、自分のせいで転げさせたその少年の前に立ちました。その少年は、自分ぐらいの年齢で同じく真っ黒な 髪をしていました。その膝には、痛々しげな擦り傷がありました
「大丈夫なわけがねぇだろ! なんだってそんなところに座ってるんだよ。俺の道を塞ぐんじゃねぇ」
「はあ…えろうすんまへん」
なにやらとっても偉そうにまくしたてる少年に、アラシヤマは、唖然としつつもぺこりと頭を下げました。それでも、相手の怒りは収まらないのか、腰に両手をあてて、ふんぞり返るような格好でアラシヤマを睨みます。ですが、アラシヤマは、ちっとも怖いとは思えませんでした。
(そない怒られてもあんまし気分悪ぅ思わんのは、その顔のせいやろか)
その少年はとても可愛らしい姿をしていたのです。暖かそうな赤いコートに、ふわふわの真っ白なマフラ ーと手袋をしたその少年に――付け加えるなら、その姿だけをみていると少女かと間違えたぐらいである ――よく似合ってました。だから、頬を真っ赤にしていてもそんなに怖くありませんでした。それに、それも長くは続きませんでした。 アラシヤマが、おとなしく頷いていれば、ふっと心配げに表情を変え、
「ったく、なんでこんなとこにしゃがみこんでるんだよ。腹でも痛いのか? それとも怪我してたとか? 」
と、気遣うような言葉をくれたのです。天然俺様な気質を見せた少年ですが、どうやら優しい一面もあるようでした。
そんな優しい気遣いをされたことのないアラシヤマは、ぽぉとしつつも、相手を心配させないために、すぐに首を横に振りました。
「そんなんやありまへん。わては、このマッチを売っているんどす。せやけど、なかなか売れへんで、こ こにいるんどす。これが売れへんとわては家に帰れないんどすえ」
正直にそのことを話すと、その少年は、思案するようにちょこっとだけ首を横に傾げ、それから手袋を とってポケットの中に手を突っ込みました。
「んじゃ、俺が買ってやる。でも、これぐらいしかお金を持ってないけど……いいか?」
ほんの少し表情を不安げなものにしつつ、そうして差し出したのは、数枚の硬貨である。確かに、マッチ全部の御代には足りないが、けれど、マ ッチを数本買うことは十分できるお金でした。
「まいどおおきに。そなら、これ…」
頂いた金額の分だけ、アラシヤマはマッチを差し上げました。
「ん。サンキュ」
少年は、にっこり笑ってそのマッチを受け取りました。その刹那、アラシヤマの胸に、ポッとマッチの火が灯ったような暖かい気持ちが生まれました。
「それにしても、お前偉いな。こんな寒い中で、働いているなんて。名前、なんていうんだよ。俺は、シ ンタローだ」
その言葉に、アラシヤマの胸はどきどきと高鳴りました。
実を言うと、同年代の子供に触れ合ったことが一度もなかったのです。師匠のもとで、厳しい修行を繰 り返してきたアラシヤマにとって、目の前の少年は、初めて声をかけてくれた子供なのです。
「あ……わ、わての名は、アラシヤマどす」
初めての自己紹介かもしれません。自然と高ぶる感情に、声が少し上ずっていました。けれど、相手はそんなことは気にした風には見えませんでした。
「そっか。よろしくな、アラシヤマ」
そう言うと、シンタロー少年は、右手をアラシヤマに向かって差し出しました。いったいこれは何の手だろう、と思ったアラシヤマでしたが、すぐにこれは、お友達同士の印であることを思い出しました。
(こ、このわてと、シンタローはんがお友達に!?)
その瞬間、カッと胸が熱くなりました。こんな気持ちは初めてです。
ドキドキと胸の高鳴りは最高潮に達しました。
(わ、わての初めてのお友達……いや、心の友どすな)
こんなにも素敵な笑顔をくれる人です。きっと自分とそうなりたいと思っているに違いありません。間違いないのです。
「シンタローはん…」
アラシヤマは、差し出された手にそっと触れました。けれど、その時です。アラシヤマの身体から炎があふれ出したのでした。
「あ゛ッぢ~~ッツ! 何すんだテメッ!!!」
「えっ」
「ヤケドしちまったじゃねーかッ。この変態野郎!!」
「あっ」
慌ててシンタローは手を離し、そして先ほどとは打って変わって、厳しい顔つきでギッとアラシヤマを睨んできました。
「てめぇ、こっちが優しくしてやれば、ふざけたことしやがって!」
ちょうどその時でした。道の向こう側から「シンちゃ~ん! パパだよ」という声が聞こえてきました 。その声に、シンタローは、こちらを見ずに走って行ってしまいました。
後には、ぽつんとアラシヤマが一人、冷たい雪の中に取り残されていました。
足元には、先ほどシンタローに売ったマッチが、やけどの衝撃で手放され、落ちていました。けれど、拾ってももう使えません。自分の炎で全て燃えきってしまっていました。生まれたばかりの暖かな光は、このマッチのようにすぐに消えてしまっていました。
「う…うう……と…友達や思うたのにィ~~~~~」
ですが、その友達と思った人は、自分に酷い言葉を投げつけ、別の男(パパですから)の元へ行ってしまったのです。
「わてをだましたんどすなぁ~~。恨んでやるぅシンタロー~~!!!」
その高ぶる感情により、アラシヤマの身体は再び燃え上がり、近所に通報された消防車に鎮火させられるまで燃え続けていました。
そうして、売り物のマッチはどうなったかといえば、ご想像通り、すっかり燃え尽きていたのでした。
その後。
「はぁ~あ。やっぱり岩牢の中は落ち着きますわ。なぁ、光苔のトガワくん」
帰ってきたアラシヤマは、師匠より消し炭を免れ、代わりに牢屋入りを命じられると、そこで幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
「え? だから、俺が婿養子になったって知っていたのか?」
「うん。まぁね」
「そうかー。私はグンちゃん達がお父様って呼んでくるのは、
本能的に私とシンちゃんの仲を察知していたからと思っていたよ」
「やだなぁ父さま。もしもシンちゃんとの仲を察知しているんだったら
父さまじゃなくてお義兄ちゃんだよ。」
「それもそうだねぇ」
「じゃぁハロウィンパーティで、ルーザーおじさんがいなかったのは...」
「あぁ。あんまりにもお前が帰ってくるのが遅いからな。
心配して動向を探ろうとしたんだ。
だが、単にシンタローが願いをかなえるに手間取っているだけだとしたら、
俺たちが行ったらお前のプライドにかかわるだろう。
それで何とかしてお前たちに近づこうとしたんだが...」
「?姿を消して屋敷にもぐりこめなかったのかい?」
「...アンタにはわからんだろうが、ソレ結構上級の魔法だぜ?」
「...そうなの?」
「お父様1発で使えたものね。」
「もとから悪徳でもつんでいたのか、それとも秘石の力か。
どちらにしろ上級魔族でも上の部類に入るんだろうな」
「ありがとう!」
「話を元に戻すね。
それで、仮装パーティーを開くってこの辺にすんでいるカラスさんから聞いたの。」
「みんな仮装するのなら大丈夫だろうと適当な名前を借りて入ったんだが...」
「ルーザーさんがね、僕たちの顔を見て早足にどこかに行ったの。
嫌な予感がして、ついていったら受付でね。何か名簿を受け取ってたから、
やばいって判断して慌てて逃げてきたんだよ。」
「悪魔が他にいるといったら、シンタロー関連しかないからな。」
「これでシンちゃんの監視が増えたらもっと困るしね。」
「なるほど...」
「でもまぁ、その時シンちゃんを連れて帰らなくてよかったのかもね。」
「そうだな」
「そうだねぇ」
「なんでだよ!」
「え? あれから私とシンちゃんの仲急接近?」
「黙ってろ!」
「シンちゃんから聞いたくせに」
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「うん。まぁね」
「そうかー。私はグンちゃん達がお父様って呼んでくるのは、
本能的に私とシンちゃんの仲を察知していたからと思っていたよ」
「やだなぁ父さま。もしもシンちゃんとの仲を察知しているんだったら
父さまじゃなくてお義兄ちゃんだよ。」
「それもそうだねぇ」
「じゃぁハロウィンパーティで、ルーザーおじさんがいなかったのは...」
「あぁ。あんまりにもお前が帰ってくるのが遅いからな。
心配して動向を探ろうとしたんだ。
だが、単にシンタローが願いをかなえるに手間取っているだけだとしたら、
俺たちが行ったらお前のプライドにかかわるだろう。
それで何とかしてお前たちに近づこうとしたんだが...」
「?姿を消して屋敷にもぐりこめなかったのかい?」
「...アンタにはわからんだろうが、ソレ結構上級の魔法だぜ?」
「...そうなの?」
「お父様1発で使えたものね。」
「もとから悪徳でもつんでいたのか、それとも秘石の力か。
どちらにしろ上級魔族でも上の部類に入るんだろうな」
「ありがとう!」
「話を元に戻すね。
それで、仮装パーティーを開くってこの辺にすんでいるカラスさんから聞いたの。」
「みんな仮装するのなら大丈夫だろうと適当な名前を借りて入ったんだが...」
「ルーザーさんがね、僕たちの顔を見て早足にどこかに行ったの。
嫌な予感がして、ついていったら受付でね。何か名簿を受け取ってたから、
やばいって判断して慌てて逃げてきたんだよ。」
「悪魔が他にいるといったら、シンタロー関連しかないからな。」
「これでシンちゃんの監視が増えたらもっと困るしね。」
「なるほど...」
「でもまぁ、その時シンちゃんを連れて帰らなくてよかったのかもね。」
「そうだな」
「そうだねぇ」
「なんでだよ!」
「え? あれから私とシンちゃんの仲急接近?」
「黙ってろ!」
「シンちゃんから聞いたくせに」
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「...アンタ...馬鹿だろ」
マジックの説明を聞き終えたシンタローは、いくばくかあきれたような口調で言った。
「私は、シンちゃんのためならいくらでも馬鹿になれるよ」
この男はめげない。
「本当に馬鹿だな」
「君ほどじゃないさ」
「...俺のどこが馬鹿だってんだよ」
「分らないかい?」
「............」
言葉に詰まったのか、ふいと顔をそらしてしまう。
その顔に、もう涙は見えなかった。
「ねぇシンタロー。人間の地位や姿を失ってここに来た、私の行動は、全部無駄だったかな?
それとも、多少なりとも救いはあるのかな?」
今度はシンタローからマジックの目を見つめて答える。
「俺は悪魔だから、他の奴らに救いどころか何にも与えられねーよ。」
「そうかな?
キンちゃんたちが言うには、私はまだ2つの願いしか言っていないけど、
上級悪魔になった以上魂は狩れないから、2つの願いをかなえたのはボランティアになるな。だって」
「その代わり、アンタなにを失った?
ガンマカンパニー会長、最大株主の地位。裏の顔。
それとおそらく、家族。ほか、人間として生きてたら手に入れられたもろもろの品。」
「君と一緒にいられるなら惜しくないよ」
「家族もか?」
「分ってくれるさ。」
シンタローの息をつくまもなく出された質問に、即座に切り返すマジック。
それにひるむことなく、シンタローは続けた。
「どうだかな。昨晩その姿になって、今...昼か。
ここにいるってコトは、まだ兄弟連中には説明してないんだろ?」
「いいや。この姿になって即座に人間界に戻ったんだよ。
寝ている兄弟たたき起こして、この羽を見せて。」
「なんて言われた?」
「サービスとルーザーはよく似合ってるって。
ハーレムは、たまに遊びに来いってさ。」
「...会社はどうするんだよ。」
「あんな商売していたからね。
一応私がいついなくなっても大丈夫なように準備くらいはしていたんだ。
表の顔はルーザーが。裏の顔はハーレムとサービスが継ぐよ。
ルーザーはああ見えて世渡りがうまいし、
ハーレムとサービスはお互い足りないところを補える仲だ。
だから、何の心配も要らない。君は何にも背負う必要はない。」
「でも一応もう一度報告くらいにはいけよ」
「君からしかるべき返事をもらったらすぐにでも行くさ。
だから、
───今まで何度も言ってきた台詞だけど、
今度は君に答えてもらうよ。逃がさないからね」
睨むといっても良いほどの熱視線でシンタローを見つめ、、
逃げられないようにしっかり肩をつかんでおく。
自分を射抜くような視線に思わず顔をそらそうとすると、くいっとあごが持ち上げられた。
「言っただろう? 逃がさないって」
にっこりと微笑んだマジックの顔が、シンタローに近づく。
硬直したままのシンタローの唇を奪い、腰と背に手を回し、力強く抱きしめた。
「───ん」
よく知った感覚に、シンタローの体温が一気に上がる。
自分を抱きとめる腕が懐かしくて、体に感じる熱がうれしくて、
気がついたらシンタローも、マジックの背に手を回し、
しがみつくように自分の体をマジックに押し付けていた。
「...ふぁ...」
やっと開放され、胸の動悸はそのままで、ぽすっとマジックの胸に頭を押し付ける。
優しく頭をなでてくる手に、シンタローはまどろんだような声で告げた。
「なぁ...オヤジ。」
「ん?」
「俺さ...俺...あんたのコト好きだわ」
「......」
マジックの手が止まる。
「...さっきは...悪かったな」
「いいよ。私もごめんね。君を困らせてしまったみたいだ。
───今更だけどね」
今言った台詞の照れが、ようやく回ってきたのか、シンタローは少し顔を赤らめながら言った。
「あ~~~。あのさ、よかったら今夜」
「シンちゃん! とーさま!! いい加減にしないとお昼ご飯冷めちゃうよ!!」
バタンッ!!
甲高い声と、ドアを思いっきり開く騒音に、ソレまで言いかけてたコトはもちろん、
慌ててマジックを付き飛ばし、ドアに視線を走らせる。
「あ...あれ? 父さま? 何で床で寝っ転がってるの?」
「気にするな。そういう年頃なんだ。」
「ふーん? お昼どうする? お父様が作ってくれたんだけど...食べる?」
「食う。腹減った。」
さっきの甘いムードはどこへやら。
いきなり生活感あふるる空気になる。
「ところで何で「とうさま」なんだ?」
「え? だってシンちゃん父さまの息子になったんでしょ?
だったら僕とキンちゃんだって父さまの息子じゃない?」
「......なるほど」
どこか釈然としないシンタローだったが、とりあえず食堂からただよってくるカレーの香りに誘われ、
さっさと寝巻きのまま部屋を出て行ったのだった。
『よかったら今夜』の続きは、『一緒にアンタのとこのイルミネーション見に行こうぜ』
「うわー!! すごいねー!!
見て見て一番きれいだよ!!」
「あんまり騒ぐな。一応黙ってきているんだ」
「...どうしたオヤジ」
「いや、家族水入らずで過ごすってのも良いもんだなぁって思って」
「一気に大家族ですけどね。」
「おーいシンタロー! 火出せ火!」
「ここは禁煙だよハーレム」
「っつかライター使えオッサン」
ここはガンマカンパニー本社最上階。
そこにいるのは3人の見習い悪魔と新人の上級悪魔が一人。
ソレと人間が3人。
最上階の会長室で会社が誇るクリスマスツリーを臨んでのプチ宴会となっていた。
結局マジックの仕事はそれぞれ兄弟が受け継ぐコトになったが、
いくら下準備が元からあったとはいえ、緊急事態に変わりはない。
そこで、少しずつ少しずつ、マジックの仕事を他の3兄弟に移行していって、
来年からは完全に3人だけで業務が行えるようにしていくらしい。
「といっても今生の別れじゃないからね。」
「だな。たまには遊びにくるんだろ?」
「シンタローに嫌われたらとか」
「ルーザー!! 不吉なこといわないの!」
「そしたらシンタローは僕が引き取るよ」
「サービス!!?」
「え...///」
「シンタローもそこで照れるんじゃありません!!」
こうしてクリスマスの夜は更けてゆく。
【同時刻。魔界某所】
「訳を聞いて良いですか?青の秘石よ」
【何がだ?】
「人間を悪魔...しかも上級悪魔にしたコトです。
願い事を3つかなえる代わりに魂を───
というのは下級悪魔が始めた遊戯に過ぎません。
ソレをあなたの力まで使って
彼の者を仲間に引き込む義理や意味があったのですか?」
【義理はないが意味はある。
あの男は使える。それだけだ】
「...それだけ、ですか?」
【暴走しないようにストッパーもあるしな】
「はぁ」
【人間界でつんだ交渉術や行動力。生まれついてのあの性格。
それと、上級悪魔の力。
これだけあれば天上界との戦争にも役立つだろう】
「戦争ですか?」
【うむ。そういえばこのコトについて赤の秘石が説明を求めていたな。
ついでにこっちも最上天使が人間界に長らく滞在していた件について説明を求めたい。
早速赤の秘石との専用通話回路を開かなくては。
お前もその席にいるんだ。最上天使本人にも同席、説明してもらおう】
「かしこまりました」
表情は見えないが、やたらいそいそと嬉しそうに準備を進める創始者を見て、
最上級悪魔は自分も同じか。と笑みを浮かべた。